機動戦士ガンダム 逆シャア前夜の子供食堂 ――キッカの家―― 〜宇宙世紀0092-0093、サイド1・ロンデニオン外縁区〜 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
行方不明の少年は、すぐには見つからなかった。
焦りの中、エルが言い出した。
「一回、外で食べよう。頭煮詰まってる」
保税倉庫や旧実習棟に閉じこもったままでは、子供たちの不安も膨らむばかりだった。誰かが戻らない。どこかが焼かれた。次は自分たちかもしれない。そんな空気は、狭い部屋の中で何度も反響し、ついには息をするだけで喉に刺さる。だからこそ、エルの提案は乱暴に見えて、必要な逃げ道でもあった。
不謹慎にも聞こえたが、リィナは反対しなかった。詰めた空気のままでは判断を誤る。そこで協力者の修理工場主が貸してくれた海辺の作業場で、簡単なバーベキューをすることになった。
海の幸。
安い魚、貝、少しの野菜。
豪勢ではないが、炭火の香りだけで気分が変わる。
作業場は海辺と言っても、観光地ではない。コロニー外壁近くに設けられた環境水路の端で、人工潮流の匂いと機械油の匂いが混ざっていた。けれど水面の反射は本物みたいに眩しく、古い鉄板の上で魚が焼ける音は、倉庫の中では聞けない種類の明るさを持っていた。
エルは火起こしをしながら、昔の話を始めた。
「シャングリラじゃね、魚なんて高嶺の花だったんだよ。食べられるのはたいていジャンク肉か合成タンパク。だから本物の匂いがするだけで、もう勝ち」
エルは笑っていたが、その笑いには少しだけ昔の空腹が混じっていた。シャングリラでジャンク屋をしていた頃、食べられるものはいつも早い者勝ちで、きれいな皿に乗って出てくることなどほとんどなかったという。だから彼女は、焼けた魚を子供に渡す時だけ、妙に丁寧な手つきになる。
リィナが苦笑する。
「兄さんなんて、焼けてなくても食べようとしたわよね」
「ジュドーさん?」とミリー。
「ええ。生きるのに必死だったから」
「でもね」とリィナは続けた。「兄さんは、どんなひどい場所でも誰かと食べると少し笑ったの。たぶん、食事って、そこがまだ人間の場所だって確認するためにあるのよ」その言葉に、ミリーは炭火の上の貝を裏返しながら、小さく頷いた。
その言葉に、皆それぞれの飢えの記憶を重ねる。
キッカは焼けた魚をほぐしながら、海を見ていた。
「一年戦争の頃も、海は綺麗だったよ。人がいっぱい死んでも、海は綺麗だった」
「綺麗だから腹が立つんですか」とミリー。
「うん。たぶんね」
キッカはそれ以上、昔のことを語らなかった。代わりに、手帳を開いて皆の言葉を書き留める。エルが「本物の魚の匂いが勝ち」と言ったこと。リィナが「人間の場所」と言ったこと。ミリーが魚に振った塩の量まで、妙に細かく。誰かが生き延びた証は、大きな事件の名前だけでは残らないと、彼女はもう知り始めていた。
その時、修理工場主が遅れてやってきた。
手には古い腕章。
「これ、焼け跡で見つけた。赤い腕章の連中のだ」
腕章は、ただの布切れではなかった。焦げた端に、工場用の耐熱繊維が使われている。赤い染料も安物ではなく、警備会社の正式装備に近い。修理工場主は、それを油で汚れた指でつまみながら、悔しそうに言った。「チンピラなら捨てていく。だが、こいつはわざと残した。見せしめだ」
ステファニーが受け取って顔をしかめる。
「民間警備じゃありませんわ。ヴァルター・クライスの私兵です。しかも、元ティターンズ系の流れ者が混じっている」
「最悪」とリィナ。
つまり敵はただのチンピラではない。
ミリーは、焼けた貝の殻を皿に置いた。さっきまで楽しかった匂いが、急に遠くなる。けれど、子供たちの前で顔を強張らせるわけにはいかなかった。彼女は魚をほぐし、小骨を取り、塩を少しだけ足して、小さな握り飯に混ぜ込む。食べやすくして渡すと、サラは黙って受け取り、兄の名を口の中で確かめるように噛んだ。
戦争で人を管理し、使い捨てるやり口に慣れた連中だ。
だが収穫もあった。工場主はもうひとつ、少年の目撃情報を持ってきた。
「港の冷蔵倉庫だ。荷物と一緒に積まれる前に、見たって奴がいる」
その目撃者は、冷蔵倉庫の搬入口で荷役をしていた老人だったらしい。少年は作業員用の上着を着せられ、荷札のない保冷箱のそばに立たされていた。泣いてはいなかったという。ただ、何度も後ろを振り返っていた。誰かが追ってくるのを、まだ信じていたのだ。
ミリーは炭火の上の魚を見た。
火が通る。
中まで確実に。
火が通らないものを食べさせることはできない。半端な救出も同じだ、とミリーは思った。勢いだけで飛び込めば、サラの兄も、倉庫にいるかもしれない他の子も、まとめて消される。だからこそ焦りを飲み込む。鍋も作戦も、中まで火を通さなければならない。
「行きましょう」
海辺のささやかな食事は、束の間の休息では終わらなかった。
次の救出の前触れになった。炭火の匂いがまだ服に残るうちに、彼女たちは冷蔵倉庫への潜入を決めた。