機動戦士ガンダム ブライト・ノア「このおにぎりを作ったのは誰だあっ!」 美味しんぼ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
U.C.0092年11月。ロンデニオン港、美食倶楽部。
「ブライトさんのお怒り、今日も見事な角度でしたね、90度は入ってました」
エル・ビアンノが軽口を叩いた相手は、往復ビンタを見舞われたばかりの新人だった。だが、その日に限って、ブライト・ノアの怒りは、いつもと少し違って見えた。
「なぜ、今日はあんなに怒ったんですか」
私が尋ねると、ファ・ユイリィが代わりに答えた。
「今日、彼が怒った相手が作っていたのは、追悼配給食だったのよ」
ロンデニオンに最初の戦災避難船が到着した記念日に合わせ、避難の途中で命を落とした民間人と、救援に携わって戦死した軍人を共に偲ぶ、追悼配給食を作る企画があった。新人はそれを、通常業務の延長として、手早く済ませようとしたのだという。
「あの人にとって、一年戦争は、ただの歴史じゃない。戦友を、何人も失った戦争なのよ」
ブライトは、若くして戦艦の艦長を任され、多くの部下を生死の境に送り込んだ過去を持つ。その記憶が、彼の「至高」へのこだわりの、根っこにあるのだとファは語った。
「二度と、誰かの命を軽く扱いたくない。だから、飯1つにも、手を抜かせない。それが、あの人なりの、戦友への礼なのよ」
私はその話を聞きながら、ブライトの怒鳴り声の奥にある、ずっと張り詰めたままの緊張の糸を、初めて具体的に想像することができた。
「新人の彼、大丈夫なんですか?」
エルが心配そうに尋ねると、ファは静かに頷いた。
「大丈夫よ。ブライトさん、怒鳴った後は必ず、自分の当番の分と交換して、もう1度作らせてくれるから。叱るのと、教えるのを、ちゃんと分けてる人なの」
事実、その日の夕方、ブライトは新人につきっきりで、追悼配給食の炊き方を1から教え直していた。米の吸水時間、塩の分量、蒸らしの長さ。1つ1つの手順を、決して急かすことなく、根気強く繰り返させていた。
「至高の鬼にも、こんな一面があるんですね」
私が思わず漏らすと、リィナ・アーシタが伝票から顔を上げずに答えた。
「意外ではありません。妥協しない人ほど、教えることには、案外丁寧なものです」
その夜、ブライトは1人、追悼配給食を握り直していた。私は遠くからその背中を、声をかけずに、そっと見つめていた。何かを尋ねるには、まだ早い気がしたからだ。
翌朝、追悼配給食が配られる時、ブライトは1人1人に、深く頭を下げながら椀を渡していった。至高の鬼と呼ばれる男の、誰も見たことのない姿だった。
エルとリィナも、その日ばかりは軽口を控え、静かにその様子を見守っていた。私は、この日の記事だけは、誰よりも丁寧に、誰よりも短く書いた。
「至高とは、失った者への、終わらない約束である」
たった1行の記事は、後に東西新聞文化部の連載の中で、最も多く読者に読まれた1本になった。
お気に入り登録や評価で応援していただけると大変励みになります!