機動戦士ガンダム 美味しんぼ ロンド・ベルの究極、ネオ・ジオンの至高 逆襲のシャア前夜、ロンド・ベル寄港中の補給食堂   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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北区、もう一度の6分

体制変更の週が来た。

 

北区倉庫の軍用区画指定が解除され、管理がロンド・ベルから港湾管理局へ移る、その1日だけ。

 

ロンド・ベル司令部の通達にあった「良くも悪くも」の意味が、ようやく分かった。

 

「立入許可は20:00から20:30までです」

 

港湾管理局の職員が端末を見せた。

 

「旧警備班の撤収後、新しい管理班が倉庫内を確認します。残留者がいた場合は、保護手続きに移ります」

 

「30分」

 

エル・ビアンノが身を乗り出した。

 

「30分しかないの」

 

「30分もあります」

 

リィナ・アーシタが言った。

 

彼女は表を作らなかった。作りかけて、やめていた。

 

「今回は、表にしません」

 

「なんで」

 

「表を先に作ると、私はそこにある答えだけを探してしまいます。動ける、動けない。保護を望む、望まない。でも、人はそんなにきれいに分かれません」

 

リィナは鉛筆を置いた。

 

「今回は、その場で本人に聞きます。表より先に」

 

以前に貼った掲示の言葉が、こんな形で戻ってくるとは思わなかった。

 

ファ・ユイリィは、今日も薄い麦粥を用意していた。

 

見た目は前と同じだった。塩も香りも控えめで、湯気さえ弱い。

 

「同じ料理ですか」

 

私が聞くと、ファは首を横に振った。

 

「同じに見えるだけよ。前回は、その場で飲ませることを考えた。今回は、連れ出した後に温め直すことまで考えている」

 

ファは、30分置いた粥と、できたての粥を小皿へ取った。

 

できたての方はさらりとしていた。30分置いた方は、麦が汁を吸い、舌へ重く残った。

 

「同じ粥なのに」

 

エルが言った。

 

「粥は時間も材料にする料理よ。作った瞬間だけ見ていては駄目なの」

 

ファは麦の煮汁の上澄みを別容器へ移した。

 

「冷えて濃くなったら、水ではなく、これで戻す。水だけを足せば薄くなる。でも、麦の香りまで切れてしまう」

 

「塩は」

 

「まだ入れないわ。脱水しているのか、口の中に傷があるのか、それすら分からない。相手を見る前に味を完成させたら、料理へ相手を従わせることになる」

 

20:00。

 

港湾管理局の職員2人と医療担当者が、第4倉庫を開けた。

 

中は暗かった。

 

奥に、あの子がいた。

 

3月の初め、暗闇の中で動かなかった子。

 

今回は、動いた。

 

本当にわずかに。照明に気づき、体を丸めた。

 

「大丈夫」

 

エルが囁いた。

 

「今日は、勝手に連れていかない。出たいなら手伝う。まだここにいたいなら待つ」

 

その子は動かなかった。

 

ファが毛布を床へ置いた。手渡さず、手の届く距離へ置いてから下がった。

 

その子は毛布を見た。

 

それから初めて、自分から手を伸ばした。

 

「怖い」

 

小さな声だった。

 

「何が怖いですか」

 

医療担当者が聞いた。

 

その子は扉を見た。

 

「外」

 

通路の照明が落とされた。

 

暗い倉庫から急に明るい場所へ出さず、目が慣れる時間を作る。料理と同じだった。正しいものでも、一度に与えれば体が拒む。

 

20:18。

 

その子は保護された。

 

誰も走らなかった。追手もいなかった。

 

旧実習棟へ戻ると、ファは冷えた粥を小鍋へ移した。

 

麦の上澄みを少しずつ加える。木べらを持ち上げ、粥が1拍遅れて落ちたところで手を止めた。

 

「なぜ、その濃さなんですか」

 

「水のようなら喉へ急に入る。重すぎれば、舌で押さなければ飲み込めない。今は、その間がいい」

 

塩は鍋へ入れなかった。

 

粥と上澄みを、それぞれ別の器へ入れた。

 

「2つ出すんですか」

 

「飲むか、食べるか、何もしないか。本人が選べるようにするの」

 

その子は長い間、扉を見ていた。

 

エルが扉の近くへ座った。

 

「閉めないで」

 

「分かった」

 

エルは扉を少し開けた。廊下の光が入ると、その子の体が硬くなった。

 

エルはすぐに少し戻した。

 

「このくらい?」

 

返事はなかった。

 

だが、しばらくすると肩の力が抜けた。

 

それが返事だった。

 

夜遅く、その子は麦の上澄みに手を伸ばした。

 

1口。

 

口の中へ含み、時間をかけて飲み込んだ。

 

ファは2口目を勧めなかった。

 

「もっと飲ませなくていいんですか」

 

エルが聞いた。

 

「飲めたからこそ待つの。1口飲めたことと、2口目を受け入れられることは別よ」

 

10分後、その子は粥を1口飲んだ。

 

匙から急に流れず、舌へ重く残らない。冷える時間まで考えて作った粥だった。

 

「味、ない」

 

「ええ。ほとんどつけていないわ」

 

ファは薄い塩のスープを見せた。

 

「少し加えることもできる。今のままにもできる。今日はやめてもいい」

 

その子は考えてから言った。

 

「少しだけ」

 

ファは数滴だけ落とした。椀全体には混ぜず、片側を薄いまま残した。

 

「全部を同じ味にしないんですか」

 

「濃いと思った時、逃げられる場所が必要でしょう」

 

その子は塩を加えた側を1口飲み、次に薄い側を飲んだ。

 

「こっち」

 

薄い方を指した。

 

「分かったわ」

 

その選択で、料理はようやく完成した。

 

リィナが尋ねた。

 

「名前を聞いてもいいですか」

 

返事はなかった。

 

リィナは質問を繰り返さなかった。

 

しばらくして、その子が自分から言った。

 

「……ミナ」

 

たったそれだけの名前が、部屋の空気を変えた。

 

「ミナ、ですね」

 

リィナは鉛筆を持たなかった。

 

「記録に残してもいいですか」

 

ミナは白紙を見た。

 

「今は、やだ」

 

「分かりました」

 

リィナは紙を裏返した。

 

名前を聞けたことと、名前を書く許可を得たことは違う。

 

私は手帳を開きかけて、閉じた。

 

その夜、ミナは粥を4口飲んだ。

 

椀の半分以上が残った。

 

それでもファは、失敗とは言わなかった。

 

「今日は、食べ切らせるために出したんじゃない。自分で味を選び、自分でやめられることを確かめるために出したの」

 

人を助ける料理は、栄養を与えるだけの料理ではない。

 

食べる人から、選ぶ力を奪わない料理だ。

 

今日、1つの名前を聞いた。

 

けれど、まだ書かなかった。

 

鍋の中では、完成させないことが正解になる日がある。

 

記録にも、同じ日がある。

 

その夜、白紙には何も書かれなかった。

 

けれど、空白ではなかった。

 

そこには、ミナが自分で選んだ味と、「今は、やだ」と答えた時間が、確かに残っていた。

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