機動戦士ガンダム 逆シャア前夜の子供食堂 ――キッカの家―― 〜宇宙世紀0092-0093、サイド1・ロンデニオン外縁区〜 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
公開屋台の準備期間、食文化研究部は表向きには穏やかな部活動を装った。
大学農園でサツマイモを収穫し、焼き芋を振る舞い、子供たちとも写真を撮る。善良な、無害な、微笑ましい集まりに見せるためだ。
温室農園の芋は、見た目こそ不揃いだったが、よく洗えば皮まで食べられる。ミリーは細いものを子供用に、太いものを来客用に分け、焦げすぎないよう濡れ新聞とアルミ代わりの薄板で包んだ。甘い匂いは、まだ危険を知らない顔をして広がっていく。
「偽装工作ってやつ?」とエル。
「世論形成ですわ」とステファニー。
「怖い令嬢」
焼き芋の甘い匂いは人を集めた。
教授も、学生も、近隣住民も。キッカは愛想よく立ち回り、リィナは来客名簿を整え、エルは薪を割り、ミリーは火加減を見る。
火の前に立つと、戦災の記憶が戻る者もいた。
子供のひとりが煙を見て震えた時、ミリーはその子の隣にしゃがんだ。
「これは怖い火じゃないよ」
「ほんと?」
「うん。お芋を甘くする火」
子供は恐る恐る頷く。
やがて焼けた芋を受け取ると、ほんの少しだけ笑った。
その光景を、新聞部の学生が撮っていた。
キッカはその様子を横目で見ながら、新聞部の学生に声をかけた。撮ってほしい角度、載せてほしくない顔、子供の名前を出さないこと。彼女は笑顔で頼んでいるのに、内容は妙に具体的だった。誰かを守るために、何を見せて何を伏せるか。その判断もまた、記録する者の仕事だった。
「使えますわね」とステファニーが小さく言う。
「何に」
「世論に」
公開屋台前に、研究部の活動紹介記事が学内紙に載る。
“地域の子供支援を行う食文化研究部”
これで大学側は、簡単には潰しにくくなる。
だが、敵も黙っていなかった。
その夜、農園の小屋が荒らされ、収穫した芋の半分が燃やされたのだ。
燃え残った芋は、完全には捨てなかった。黒い皮を剥けば、中心にはまだ食べられる部分がある。ミリーはそれを潰し、少量の塩と油で練って小さな団子にした。焦げの匂いは消えない。それでも、子供たちは黙って食べた。奪われたものを、全部無駄にはしないという意思がそこにあった。
「やっぱり来たか」
キッカが焼け跡を見て唇を噛む。
そこにはメッセージが残されていた。
『次は家だ』
子供の支援を表に出したことで、敵は焦った。
つまり、効いている。
ミリーは黒く焦げた芋をひとつ拾い上げ、土を払った。
「公開屋台、やります」
「当然」とリィナ。
「でも警備が増える」とステファニー。
「なら増えた警備ごと利用します」
皆が彼女を見る。
ミリーの目はもう揺れていなかった。
「人目がある場所で、私たちが正しい側だと証明する。家を焼かせないために」
焼き芋の甘い匂いの奥で、
戦争前夜の煙が確かに立ち上っていた。