機動戦士ガンダム0092 サウス・ナポリの「キッカの家」 ホワイトベースの少女とシャングリラの孤児たちが、放課後のキッチンで幸せを盛り付ける話   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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サツマイモの収穫祭

十月も半ばを過ぎると、サウス・ナポリを囲む山々の木々は、モビルスーツの塗装を塗り替えるように鮮やかな橙色に染まり始める。

 

大学の敷地の隅にある実習用農園で、私は泥だらけになっていた。隣では、部長のキッカが顔に黒い土の筋をつけながら、必死に土を掻き出している。

 

「あ、見えた! ミリー、見て、大きいよこれ!」

 

キッカが歓声を上げ、土の中から丸々と太った紫色の塊を引き抜いた。サツマイモ。最新の植物プラントで管理された均一な野菜とは違う、どこか不格好で、生命力に溢れた地球の産物。

 

「本当ですね。……キッカさん、腰を入れて引かないと蔓が切れちゃいますよ」

 

私は笑いながら、軍手越しに伝わる土の冷たさを楽しんでいた。ベルファストの戦災孤児だった頃、土を掘る理由といえば、空襲から逃れるための防空壕を掘るか、誰かを埋葬するための穴を掘るか、それとも凍った地面の下にわずかな食べ残しがないかを探すためだけだった。

 

でも、今は違う。私たちは、生きるための楽しみとして、この重力の下で土を弄っている。

 

「……ふう。これで全部かな。ステファニーたちが待つ広場へ運びましょう」

 

私たちは収穫したイモをカゴに詰め、大学の中央広場へと向かった。そこでは、リィナとエル、それにステファニーが、あらかじめ大学側に許可を取って用意した焚き火を囲んでいた。

 

「遅かったわね、二人とも。火加減はもう完璧よ。エルが張り切りすぎて、ちょっとした大気圏突入並みの火力になりかけたけど」

 

リィナが、眼鏡を曇らせながら苦笑いする。エルの手には、どこから持ってきたのか大きな団扇が握られていた。

 

「焚き火は戦場だからね! 火力を制する者が勝利を制するのさ」

 

エルの豪快な笑い声に、ステファニーが少しだけ複雑な表情で薪をくべている。

「……焚き火、ですか。ルオ商会の施設では、温度管理はすべて自動化された電磁システムで行われますわ。わざわざ煙に巻かれながら調理をするなんて、非合理的だと思っていましたけれど……この匂い、不思議と落ち着きますわね」

 

私は新聞紙とアルミホイルを取り出し、洗ったイモを包んでいく。

「ステファニーさん、これはただの調理じゃないんです。……供養、みたいなものかもしれません」

 

「供養?」

 

「はい。燃えて、灰になって、その熱が私たちに命を繋いでくれる。……昔、ミハル姉さんが教えてくれました。火は怖いものだけど、正しく使えば、死んだ人の心も温めてくれるんだよって」

 

私はアルミホイルに包んだイモを、熾火の中へと放り込んだ。

 

パチパチ、と薪が爆ぜる音が響く。

立ち上る白い煙が、風に流れて私たちの間を抜けていく。その光景に、ふとキッカが目を細めた。

 

「……煙を見るとさ、時々思い出すんだ。ホワイトベースが不時着した時のこととか、燃え上がるコロニーの空のこととか。……でも、今のこの煙は、そんなに怖くないね」

 

「そうね……」

リィナが静かに同意する。

「シャングリラでも、ジャンクを燃やす煙はいつも空を黒く汚していたわ。でも、今のこの匂いは……甘くて、優しい」

 

私たちは、焼き上がるのを待つ間、情報端末から流れるニュースを眺めていた。新生ネオ・ジオンの不穏な動静。連邦政府による「平和」の維持を訴えるプロパガンダ演説。画面の向こう側では、最新鋭のジェガンが宇宙港に並び、軍拡の足音が刻一刻と大きくなっている。

 

でも、今の私たちを支配しているのは、足元から伝わる焚き火の熱と、少しずつ漂い始めたイモが焼ける香ばしい匂いだった。

 

「よし、そろそろいいんじゃない?」

エルの合図で、私は長い火バサミを使い、灰の中からアルミホイルの塊を救い出した。

 

熱を逃がさないように、厚手の布を介してホイルを開く。

立ち上る、真っ白な湯気。

半分に割ると、中は鮮やかな黄金色をしていて、粘り気のある蜜がじわりと溢れ出していた。

 

「……わあ……」

ステファニーが感嘆の声を漏らす。

 

「熱いから気をつけてくださいね。はい、リィナさんも」

 

私は一人一人に、焼きたてのイモを手渡した。

フーフーと息を吹きかけ、薄い皮を剥いて、黄金色の果肉を口に運ぶ。

 

甘い。

暴力的なまでの、大地の甘み。

ホクホクとした食感の後に、ねっとりとした濃厚な風味が舌の上に広がる。

 

「……あふっ、あつ……でも、おいしい! ミリー、これ、最高だよ!」

キッカがハフハフと口を動かしながら、満面の笑みを浮かべる。

 

「本当……、力が湧いてくる味ね。……ジュドーにも食べさせてあげたいわ。あの子、こういう泥臭い食べ物が一番好きだったから」

リィナが、慈しむようにイモを見つめる。

 

ステファニーは、上品に指先で欠片を口に運び、驚いたように目を見開いていた。

「……これが、土の中で育ったものなのですか? ルオ商会が輸入するどんな高級スイーツよりも、ずっと……魂に直接響く味がしますわ」

 

私たちは、言葉を忘れてイモを頬張った。

合成プロテインやビタミン錠剤では決して得られない、物理的な「熱」と「重み」。

かつて宇宙で、あるいは地上で、冷たい真空や鉄の壁に囲まれて戦っていた彼女たちにとって、この焼き芋の熱さは、今自分が生きているという何よりの証明だった。

 

ふと、上空を連邦軍の連絡機が通り過ぎていく。

その金属音に、私たちは無意識に身を硬くした。ニュータイプ的な感応なのか、それとも戦場を知る者としての本能なのか。空を見上げる五人の表情には、一瞬だけ、普通の大学生ではない鋭い影が差す。

 

でも、キッカがわざとらしく大きな音を立ててイモを齧ることで、その緊張を解いた。

 

「……ねえ、みんな。アクシズが落ちるとか、シャアがどうとか、怖いニュースはいっぱいあるけどさ。……あたしたち、このイモの熱さを知ってる限り、きっと大丈夫だよね」

 

キッカの言葉は、根拠のない希望だったかもしれない。

でも、泥だらけの顔で笑う彼女を見ていると、不思議とそれが真実に聞こえた。

 

「そうね。……明日、もし世界が終わるとしても、私は今日のこの夕食を美味しかったと記憶していたいわ」

リィナが優しく微笑む。

 

夕闇が迫り、焚き火の赤がより鮮明に地面を照らし始める。

私たちは、最後の一切れまで、地球の恵みを慈しむように食べ終えた。

焚き火の煙は、かつての悲惨な火災の記憶を、温かな夕食の風景へと塗り替えていく。

 

宇宙世紀0092年、秋。

嵐の前夜の静けさの中で。

私たちは、泥のついた手を繋ぎ、この食卓を守り抜くことを、心の中で静かに誓っていた。

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