機動戦士ガンダム 逆シャア前夜の子供食堂 ――キッカの家―― 〜宇宙世紀0092-0093、サイド1・ロンデニオン外縁区〜 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
年明け前の人工夜が深まり、ニュースの声も日増しに硬くなる。
連邦高官の腐敗、軍再編、シャアの名。
まだ宣戦布告ではない。だが誰もが知っていた。何か大きなものが、もう戻れないところまで動いている。
そんな夜、旧実習棟の屋上でサンマを焼いた。
保存サンマは、決して上等な食材ではなかった。缶の端は少し錆び、身は崩れやすく、塩気も強い。けれど、炭火で軽く炙ると余分な脂が落ち、焦げ目の香りが立つ。ミリーは大根の代わりに刻んだ根菜を添え、苦味を受け止めるための温かい麦飯も用意した。
七輪に炭火。脂の落ちる匂い。煙。腹が減る音。
「サンマって、苦いとこが好きになると大人らしいよ」
キッカが言う。
「じゃあ私もう大人」とエル。
「嘘おっしゃい」とステファニー。
笑い合いながらも、空気にはどこか終わりの気配がある。
ミリーは内臓を少しだけ口に運んだ。
苦い。けれど、ただ嫌な苦さではない。飲み込める。意味のある苦さだ。
「……大人の味って、たぶんこういうことなんですね」
「どれ?」とリィナ。
「苦いのに、必要だって分かる味」
リィナは少し笑って頷いた。
そのとき、屋上の扉が開き、協力者のパン屋が駆け込んできた。
「北港で一斉検挙が始まった! 未登録の子供を洗ってる! 赤い腕章の連中が、名前を剥がしてる!
」
全員が立ち上がる。
「理由は?」とステファニー。
「治安維持だとよ。実際は人狩りだ」
パン屋の男は、震える手で紙袋を差し出した。中には売れ残りの硬いパンが詰まっている。「走るなら持っていけ。腹が空いた子は泣く。泣けば見つかる」その言葉に、誰も笑わなかった。食べ物は慰めであると同時に、逃げるための装備でもあった。
キッカは即座に判断した。
「今夜、全員移動」
「公開屋台前なのに?」とエル。
「前だからこそ。ここに集めてるのバレたら一網打尽だよ」
リィナが地図を広げる。
古本屋、修理工場、農園小屋――駄目だ。どこも近すぎる。
「地下ですわ」
ステファニーが言った。
「ルオ商会が以前、学内物流用に使っていた未登録の地下通路があります」
「なんでそんなのあるの」
「あるから便利なんですの」
その夜、サンマの後味を舌に残したまま、彼女たちは子供たちを地下へ移した。
地下通路は狭く、古い金属の匂いがした。天井の低い場所ではエルが子供を抱え直し、リィナが人数を数え、キッカが最後尾のミリーへ合図を送る。誰かが泣きそうになるたび、ミリーは小さくパンを割って口に含ませた。噛むという行為が、恐怖で固まった体を少しだけ現実へ戻してくれる。
苦い味は、大人になる儀式ではなく、
守る側に回る覚悟の味へ変わっていった。