機動戦士ガンダム0092 サウス・ナポリの「キッカの家」 ホワイトベースの少女とシャングリラの孤児たちが、放課後のキッチンで幸せを盛り付ける話   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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学園祭の屋台パニック

サウス・ナポリの学園祭は、地球連邦政府が喧伝する「平和と繁栄」の象徴のような喧騒に包まれていた。

広場には色とりどりの旗が翻り、最新のホログラム広告が宙を舞い、学生たちの浮かれた声が空へと吸い込まれていく。

その喧騒の端っこ、旧校舎の裏手に、私たちの「食文化研究部」の屋台はあった。

 

「ミリー、クレープ生地のストックがもう切れるよ! 追加お願い!」

 

エルの悲鳴に近い声が、鉄板の熱気とともに飛んでくる。

私は狭い調理台の上で、ボウルの中の生地を泡立て器で必死にかき混ぜていた。

 

「今やってます! エントランスの配分、もう少しだけ落としてください!」

 

今日のメニューは、私が考案した「ミリーの特製クレープ」だ。

といっても、本物の小麦粉や牛乳を贅沢に使えるわけじゃない。

ベースは、宇宙食のノウハウを応用した大豆プロテインパウダーと、ステファニーがどこからか融通してきた「期限間近の脱脂粉乳」をブレンドしたものだ。

そこに、ドライフルーツを戻した甘いシロップを練り込み、古い型のアナログなフライパンで薄く、けれどモチモチした食感に焼き上げる。

 

「ちょっと、ステファニー! 宣伝にルオ商会の私物ドローンを使うのは反則だって言ったじゃない!」

 

リィナが、空を見上げながら憤慨していた。

見上げれば、ステファニーの息がかかった小型ドローンが、屋台の真上で「究極の、旧世紀再現スイーツ。今、ここでしか味わえない伝統の味」という派手なホログラムを照射している。

 

「あら、リィナさん。これは効率的なマーケット戦略ですわ。私たちの部には予算がありませんもの。資材を提供した私に、これくらいの裁量は認められるべきではなくて?」

 

ステファニーは、いつもの澄ました顔で、行列を整理している。

彼女の裏工作……もとい、緻密な宣伝活動のせいで、私たちの屋台には、お洒落な女子学生や連邦軍関係者の家族までが長蛇の列を作っていた。

 

「正攻法でやりなさいって言ったでしょ! これじゃ研究部じゃなくて、ルオ商会のアンテナショップじゃない!」

 

リィナの一喝が響くが、行列は一向に途切れる気配がない。

私は、焼き上がったクレープ生地に、自家製のカスタードクリームを絞り出した。

このクリームも工夫の産物だ。

卵代わりの粉末プロテインと、サツマイモのデンプンを煮詰め、バニラエッセンスの代わりにかつてベルファストで拾った乾燥ハーブの香りを移したもの。

 

サクッ、トロリ。

手渡されたクレープを頬張った学生たちが、驚いたように目を見開く。

 

「……何これ、合成食っぽくない!」

「本当。……なんだか、すごく『重い』味がする」

 

その「重さ」こそが、私のこだわりだった。

フード・コンポジターが完璧な栄養バランスで出力する、味気ないゼリーやバー。

それらにはない、火を通した跡、焦げた匂い、そして作り手の体温。

ミハル姉さんが私に教えてくれたのは、不格好でも、誰かのために熱を加えることの大切さだった。

 

「……ミリー、交代。あんた、少し休んで」

 

キッカが、私の背中を優しく叩いた。

彼女は部長として、調理の合間に客一人一人に笑顔を振りまいている。

その笑顔は、かつて一年戦争の最中、ホワイトベースの廊下を走り回っていた三歳の頃の面影を残しながらも、今は十八歳の、一人の強い女性のものになっていた。

 

私は屋台の裏側で、冷えた水を一口飲んだ。

情報端末からは、今日も「シャア・アズナブルによる地球連邦への警告」といった物騒なニュースが流れている。

学園祭のこの平和な光景のすぐ裏側で、最新鋭のジェガンが整備され、ミノフスキー粒子の濃度がどうとか、そんな殺伐とした世界が動いている。

 

「……リィナさん。世界は、あんなに騒がしいのにね」

 

私の隣に、いつの間にかリィナが立っていた。

彼女は、忙しなく動くドローンを見つめながら、少しだけ寂しそうに目を細めた。

 

「そうね。……でも、だからこそ、私たちはここを守らなきゃいけないの。……兄さんが宇宙で戦っていたのも、きっと、こういう誰かが焼いたクレープを笑って食べられる場所を守るためだったと思うから」

 

リィナの言葉は、熱気を孕んだ風に溶けていった。

宇宙世紀0092年。

誰もが、嵐の前夜であることを予感しながら、それでも今日のご飯を食べている。

 

「さあ、ミリー。お喋りは終わりよ。行列の最後尾が、あんなところまで伸びてるわ」

 

リィナに背中を押され、私は再び調理台に向かった。

フライパンを振る。生地を広げる。クリームを絞る。

その繰り返しの作業は、まるで銃の手入れをする兵士のように正確で、けれど、そこには殺意ではなく、誰かを満たしたいという祈りがこもっていた。

 

「いらっしゃいませ! クレープ、お待たせしました!」

 

エルの元気な声が、屋台に響く。

ステファニーのドローンが、夕陽を反射して銀色に輝いていた。

私たちは、自分たちの手の届く範囲の平和を、この甘い匂いで守り続ける。

 

宇宙世紀の長い歴史の中で、学園祭のたった一日の出来事なんて、誰も覚えていないかもしれない。

でも、今日ここでクレープを食べた誰かが、いつか戦場に立った時、ふとこの焦げた匂いを思い出してくれたら。

 

そんな大袈裟なことを考えながら、私は再び、泡立て器を握り直した。

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