機動戦士ガンダム 美味しんぼ ロンド・ベルの究極、ネオ・ジオンの至高 逆襲のシャア前夜、ロンド・ベル寄港中の補給食堂 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
戦闘が終わると、書類が増える。
これは、誰も教えてくれなかった法則だった。
「なんで戦闘が終わった後の方が、書類が分厚くなるわけ」
エルが、山のような紙束を睨みながら唸った。
「部隊と港湾施設が、臨時体制を解除するからです」
リィナが即答した。
「解除すると、増えるの。減るの」
「予算も人員も、たいてい減ります」
「減るのに、書類は増えるの」
「何を、どれだけ減らしたかを説明する必要がありますから」
「意味分かんない」
「私も、その点には同意します」
リィナが珍しく本音を漏らした。
その日届いたのは、旧実習棟への臨時支援を縮小する通知だった。
ロンド・ベル艦隊は、アクシズを巡る戦闘後も救難と警戒に追われている。港に回されていた余剰物資も、本来の補給系統へ戻されるという。ロンド・ベルがアムロやブライトを中心にネオ・ジオンの地球寒冷化作戦を阻止したこと、ラー・カイラムがその旗艦だったことは公式設定に沿う。
「つまり」
私が要約した。
「食材が減る」
「減ります」
「鍋が痩せる」
「痩せます」
エルが机へ突っ伏した。
「ファが、また無敵の料理理論で何とかするやつ」
「何とかなるとは限らないわ」
ファは、通知を1枚ずつ読んでいた。
「でも、量で隠していた部分が見えるようになる」
「隠してたの」
「多く盛れば、それだけで満足したように見えるでしょう」
ファは配給箱を開けた。
残っていたのは、小さな根菜が3本、外葉の硬い野菜、乾燥麦。それに、昨日のパンの端だった。
「少ない材料では、1つの食材に1つの仕事だけをさせてはいけない。香り、食感、出汁。使えるところを分けるの」
「出た。前向き解釈」
「調理計画よ」
午後、書類仕事に飽きたエルが、鍋の蓋へ落書きを始めた。
「これは何ですか」
リィナが不機嫌に覗き込んだ。
「痩せた鍋くん。今日から旧実習棟のマスコット」
蓋には、目が3つある奇妙な鍋が描かれていた。
「目が3つある理由は」
「予算、人員、食材。3つの心配事を同時に見てるから」
「くだらないです」
そう言いながら、リィナは目の下へ涙を1本書き加えた。
「泣かせるの」
「現実を反映しました」
エルが吹き出した。
「リィナ、たまに黒いよね」
「たまにではありません。いつもです」
その夜、私は鍋の絵を手帳の隅へ写した。
「それも記録?」
「ただの落書き」
「キッカが落書きするの、珍しい」
「説明しない記録があってもいいと思って」
意味の分からないことを言った自覚はあった。
それでも、そのページには、3つ目で涙を流す鍋と、何の説明もない空白だけが残った。
翌日、ファは削減後の食材で2つの皿を作った。
片方は、根菜と葉を同じ大きさに刻んだスープ。
もう片方は、根菜を3つの形に切っていた。
薄切りは汁へ甘味を出す。
細長い拍子木切りは、噛み応えを残す。
端の部分はすり下ろし、汁へ薄いとろみをつける。
外葉は最初から煮なかった。硬い葉脈だけを先に入れて出汁を取り、柔らかい部分は火を止める直前に加えた。
パンの端は乾煎りし、細かく砕いて最後に浮かべた。
「材料は同じですよね」
リィナが聞いた。
「重量もほとんど同じよ」
2つを食べ比べた。
同じ大きさに刻んだ方は、どこを食べても同じだった。数口で味にも食感にも慣れた。
3つの切り方を使った方は、最初に葉の香りが立ち、次に薄切りの根菜がほどけた。細長い根菜を噛むと甘味が増し、最後に焼いたパンの香ばしさが残った。
量は少ない。
それでも、1口ごとに違うものを食べているように感じた。
「増えてないのに、多く感じる」
エルが言った。
「量ではなく、変化を増やしたの」
「噛む回数で満腹にするってこと?」
「それだけではないわ。硬くして噛ませればいい、という話ではない。柔らかいもの、噛むもの、香るものを順番に置く。食べる時間を単調にしないのよ」
「皿の上の量じゃなくて、口の中の時間で満たす」
「正確には、少ない量を少なく感じさせない設計ね」
「名言っぽくなくなった」
「調理は名言ではできないわ」
その日の皿は小さかった。
けれど、誰もすぐには食べ終わらなかった。
エルは最後まで細長い根菜を残し、焼いたパンと一緒に噛んだ。
「最後の1口が、1番うまい」
「最初に全部食べさせようとしないことね」
ファは言った。
「少ない料理ほど、最後まで味を残さなければならない。最初の1口だけ豪華にしても、椀の底で寂しくなるわ」
夜、リィナが鍋の蓋の裏へ、真面目な文字を書き加えた。
『支援縮小。切り方と加熱順で対応。使用量減。食べ残しなし』
「それ、正式な記録にするの」
「します。満足度、維持とは書けませんから」
「どうして」
「満足したかどうかを、本人に聞いていません」
エルは少し考えた。
「じゃあ、私は満足した」
「記録します」
「本当に書くの?」
「証言者1名。献立への評価、良好」
「急に重いな」
リィナは、落書きされた3つの目を消さなかった。
「心配していたことも、対応できたことも、どちらも記録です」
私は鍋の蓋を見ながら、少し笑った。
今日は、笑うことに罪悪感がなかった。
皿の量を減らしても、味の時間までは減らさなくていい。
そういう日も、必要だった。