機動戦士ガンダム 逆シャア前夜の子供食堂 ――キッカの家―― 〜宇宙世紀0092-0093、サイド1・ロンデニオン外縁区〜   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

16 / 17
学園祭の屋台パニックと公開された善意

公開屋台当日。

前日から、旧実習棟はほとんど眠っていなかった。生地を寝かせ、果物を薄く切り、保存クリームを伸ばし、紙包みを折る。見た目は楽しげな屋台でも、裏側は避難作戦の中継点だ。ミリーは甘い匂いの中で、何度も人数表を見直した。

食文化研究部の屋台はクレープ屋だった。

 

理由は単純。目立つ。売れる。大量生産できる。子供の手にも渡しやすい。

そして人混みの中に、支援先や協力者を自然に紛れ込ませられる。

 

「呼び込み任せて!」とキッカ。

 

「ドローン広告も用意しましたわ」とステファニー。

 

「それはやりすぎ」とリィナ。

 

「でも効きそう」とエル。

 

案の定、行列は昼前から長蛇になった。

ミリーはひたすら生地を焼き、クリームを詰め、果物を切る。表向きには華やかな学園祭。裏では、列の中にいる協力者へ暗号化した伝言が渡されていく。

“今夜、地下へ”

“新しい布団が必要”

“北港の洗浄が南区へ拡大”

 

クレープは情報の受け渡しにもなった。

キッカは列の中で交わされる小さな視線も見逃さなかった。誰が怯えているか、誰が見張られているか、誰が無理に笑っているか。彼女は包み紙の端へ小さな印をつけ、あとで手帳に書き写す。記録は、ただ過去を残すためではない。次に誰を逃がすかを決めるための地図でもあった。

 

しかし、騒ぎが大きくなるほど目も集まる。

午後、大学本部の幹部と外部警備責任者が視察に現れた。しかもその男は、北区で見た顔だった。子供を運んでいた連中と繋がる側の目だ。

 

「面倒なのが来た」とキッカ。

 

男は屋台の様子を眺め、薄く笑う。

 

「立派な慈善活動だな。だが、その善意の先がどこへ流れているのか調べる必要がある」

 

「どうぞ」とステファニーが前に出る。「会計も寄付帳簿も公開できますわ」

 

「帳簿に載らない分があるだろう」

 

図星だ。

だがその瞬間、エルが大声を上げた。

 

「すみませーん! クリーム切れまーす!」

 

行列がざわつく。

期待と不満の視線が、責任者たちへも向く。

 

「ほら、邪魔しないでくださいまし」とステファニー。

 

「学生の文化祭ですわよ?」

 

世論は味方だった。

学内紙、子供支援の記事、焼き芋の写真。積み上げてきた“無害で善良な部”のイメージが効く。

 

責任者たちはその場で踏み込めず、引いた。

だが完全な勝利ではない。帰り際、男はミリーの前で立ち止まり、小さく言った。

 

「夜道に気をつけろ」

 

脅しだ。

ミリーは怯えなかった。

 

「あなたも。熱いもの、こぼれますよ」

 

手元には焼きたての鉄板がある。

男は一瞬だけ睨み、去った。

 

学園祭は売り上げも支持も大成功だった。

だが夜、地下通路の入口に見張りを置いたキッカが、静かに告げる。

 

「明日から、もっときつくなる」

 

クレープの甘さのあとに、

現実の苦さが待っていた。

それでも、その夜の売り上げ袋は重かった。毛布、薬、保存食、替えの靴下。数字に直せば小さな成果かもしれないが、子供の一晩を守るには十分な重さだった。ミリーは袋を抱え、甘い匂いが残る指先を見た。料理は人を集める。人が集まれば、守れるものも、狙われるものも増える。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。