機動戦士ガンダム 逆シャア前夜の子供食堂 ――キッカの家―― 〜宇宙世紀0092-0093、サイド1・ロンデニオン外縁区〜 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
公開屋台当日。
前日から、旧実習棟はほとんど眠っていなかった。生地を寝かせ、果物を薄く切り、保存クリームを伸ばし、紙包みを折る。見た目は楽しげな屋台でも、裏側は避難作戦の中継点だ。ミリーは甘い匂いの中で、何度も人数表を見直した。
食文化研究部の屋台はクレープ屋だった。
理由は単純。目立つ。売れる。大量生産できる。子供の手にも渡しやすい。
そして人混みの中に、支援先や協力者を自然に紛れ込ませられる。
「呼び込み任せて!」とキッカ。
「ドローン広告も用意しましたわ」とステファニー。
「それはやりすぎ」とリィナ。
「でも効きそう」とエル。
案の定、行列は昼前から長蛇になった。
ミリーはひたすら生地を焼き、クリームを詰め、果物を切る。表向きには華やかな学園祭。裏では、列の中にいる協力者へ暗号化した伝言が渡されていく。
“今夜、地下へ”
“新しい布団が必要”
“北港の洗浄が南区へ拡大”
クレープは情報の受け渡しにもなった。
キッカは列の中で交わされる小さな視線も見逃さなかった。誰が怯えているか、誰が見張られているか、誰が無理に笑っているか。彼女は包み紙の端へ小さな印をつけ、あとで手帳に書き写す。記録は、ただ過去を残すためではない。次に誰を逃がすかを決めるための地図でもあった。
しかし、騒ぎが大きくなるほど目も集まる。
午後、大学本部の幹部と外部警備責任者が視察に現れた。しかもその男は、北区で見た顔だった。子供を運んでいた連中と繋がる側の目だ。
「面倒なのが来た」とキッカ。
男は屋台の様子を眺め、薄く笑う。
「立派な慈善活動だな。だが、その善意の先がどこへ流れているのか調べる必要がある」
「どうぞ」とステファニーが前に出る。「会計も寄付帳簿も公開できますわ」
「帳簿に載らない分があるだろう」
図星だ。
だがその瞬間、エルが大声を上げた。
「すみませーん! クリーム切れまーす!」
行列がざわつく。
期待と不満の視線が、責任者たちへも向く。
「ほら、邪魔しないでくださいまし」とステファニー。
「学生の文化祭ですわよ?」
世論は味方だった。
学内紙、子供支援の記事、焼き芋の写真。積み上げてきた“無害で善良な部”のイメージが効く。
責任者たちはその場で踏み込めず、引いた。
だが完全な勝利ではない。帰り際、男はミリーの前で立ち止まり、小さく言った。
「夜道に気をつけろ」
脅しだ。
ミリーは怯えなかった。
「あなたも。熱いもの、こぼれますよ」
手元には焼きたての鉄板がある。
男は一瞬だけ睨み、去った。
学園祭は売り上げも支持も大成功だった。
だが夜、地下通路の入口に見張りを置いたキッカが、静かに告げる。
「明日から、もっときつくなる」
クレープの甘さのあとに、
現実の苦さが待っていた。
それでも、その夜の売り上げ袋は重かった。毛布、薬、保存食、替えの靴下。数字に直せば小さな成果かもしれないが、子供の一晩を守るには十分な重さだった。ミリーは袋を抱え、甘い匂いが残る指先を見た。料理は人を集める。人が集まれば、守れるものも、狙われるものも増える。