機動戦士ガンダム 美味しんぼ ロンド・ベルの究極、ネオ・ジオンの至高 逆襲のシャア前夜、ロンド・ベル寄港中の補給食堂 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
アクシズを巡る戦闘が終わっても、照合不能の子供はいなくならなかった。
むしろ、増えた。
「戦闘の後の方が、身元を確認できない子が増えるんですね」
リィナが、新しい記録用紙をめくりながら言った。
「所属先や居住区の記録が、混乱の中で失われるからよ」
ファが答えた。
「戦っている間は、軍人、避難民、港湾労働者という区分が残る。でも、その区分からこぼれた後の方が、人は数えにくくなる」
その週、旧実習棟を訪れる子供は、以前の約3倍になっていた。
利用人数、空欄。
黒板の3番の下には、条件付き受理の紙が貼られたままだった。人数を氏名や照合番号と結びつけて数えない。その方針は変えていなかった。
しかし、椀は明らかに足りなかった。
「残り4つです」
リィナが、棚を確認しながら言った。
「借りればいいんじゃない」
エルが軽く言った。
「港湾中で不足しています。避難者向けの食器が優先されますから」
その日の午後、港湾管理局から余剰備品の一覧が届いた。
軍用区画から回収された食器のうち、部隊識別番号を抹消したものを、民間の救護施設へ払い下げるという。
「今回は、正規の申請です」
リィナは、すでにペンを持っていた。
「用途、必要数、保管場所、洗浄設備。全部書けます」
「慣れたね」
「慣れたくはありませんでした」
数日後、無骨な金属椀が届いた。
飾り気はなく、縁には細かな傷があった。数は十分だったが、ファはすぐに料理を盛らなかった。
まず熱湯へ沈め、1つずつ匂いを確かめた。
「洗えば使えるんじゃないの」
エルが聞いた。
「洗剤の匂いが残った器へ薄い粥を入れると、最初に感じるのは料理ではなく洗剤よ」
ファは、熱湯だけで洗った椀と、麦の煮汁で再びすすいだ椀を並べた。
同じ粥を入れて飲み比べる。
最初の椀では、金属と洗剤の匂いが湯気へ混じった。
麦の煮汁ですすいだ方は、匂いがほとんど気にならない。薄い粥の甘味も、わずかに感じられた。
「器で味が変わる」
エルが言った。
「料理の味を邪魔するものも、献立の一部として考えなければならないの」
ファは答えた。
「食べ物だけを整えても、器が怖かったり、嫌な匂いがしたりすれば、手は伸びないわ」
新しく来た子供たちは、金属椀を見ても、最初は近づかなかった。
ファは椀の縁を布で包んだ。
熱が直接唇へ伝わらず、金属音も鳴りにくくなる。粥は熱すぎない温度まで冷まし、机の端へ置いた。
手渡さない。
遠くもしない。
名前を聞く前に、まず料理と器を見せる。
1人、また1人と近づいてきた。
ある子は布を外して飲んだ。別の子は布を巻いたまま両手で持った。椀を使わず、匙だけを取る子もいた。
同じ料理でも、食べ方は同じではなかった。
「今週だけで、何人来ましたか」
私が聞くと、リィナは記録用紙を見た。
「延べの配膳数は残しています。でも、人の数とは呼びません」
「違うの」
「同じ子が2回来れば、椀は2回使われます。だから配膳数は、必要な食材と食器を考えるための数字です。人間を区切るための数字ではありません」
「数えないんじゃなかったの」
「人を数えないことと、必要な椀を数えないことは違います」
リィナは答えた。
「椀を数えなければ、明日来る人の分がなくなります。でも配膳数だけを見ていたら、今日1口も飲めなかった子を忘れます」
夜、掲示板へ新しい紙が1枚貼られた。
椀は数える。人を椀の数にしない。
字はリィナのものに似ていた。
エルが、その下へ小さく書き足した。
でも、忘れない。
ファは何も言わず、使い終わった金属椀を麦の煮汁ですすいだ。
最後の1つまで、洗剤の匂いが残っていないことを確かめた。
私は手帳を開いた。
今週使った椀の数は、記録した。
来た子供の数は、書かなかった。
同じ子が何度来ても、そのたびに1杯を選べるようにするためだ。
アクシズを巡る戦闘が終わっても、この部屋の仕事は終わらない。
料理を盛る前に、器の匂いまで確かめる。
そんな仕事が続くことを、今は少しだけ誇らしく思った。