機動戦士ガンダム ブライト・ノア「このおにぎりを作ったのは誰だあっ!」 美味しんぼ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
U.C.0092年12月。ロンデニオン港、東西新聞支局。
公開審査の熱気が冷めやらぬ中、名前を取り戻した少年が、支局にそっと顔を出した。
「あの……僕も、何か作ってみたい」
その一言に、支局中が驚いた。これまで少年は、誰かが作ったものを受け取る側でしかなかった。自分から「作りたい」と言ったのは、この港に来て初めてのことだった。
「もちろんよ。何を作りたいの?」
ファ・ユイリィが優しく問いかけると、少年は少し考えて、こう答えた。
「トンカツを、作りたい。親父さんが、僕にくれたみたいなやつ」
親父さんが、その話を聞いて、二つ返事で少年を屋台に招いた。
「よし、坊主。まずは衣の付け方からだ。小麦粉、卵、パン粉。順番を間違えるなよ」
少年は真剣な顔で、1つ1つの工程を確認しながら、肉に衣をつけていった。エル・ビアンノが横で応援し、リィナ・アーシタが油の温度を正確に測って助言する。
「油の温度は170度。低すぎると衣がべちゃつき、高すぎると中が生焼けになります」
「わかった、170度、覚えた」
少年は真剣にその数字を復唱した。揚げ油に肉を投じる瞬間、少年の手はわずかに震えていたが、目だけは、これまで見たことがないほど輝いていた。
じゅわっという音と共に、衣が黄金色に色づいていく。その音に、エルが待ちきれない様子で身を乗り出した。
「音だけでもう分かる、これは絶対おいしいやつだ……!!」
「エル、揚げている本人より前のめりになっています」
リィナの指摘に、支局が小さく笑いに包まれた。揚げ上がったトンカツを、少年は自分の手で切り分け、支局の全員に配った。
「食べて。僕が、初めて作ったやつ」
私が一口食べた瞬間、思わず声が漏れた。
「――うまい」
技術的には、まだ拙い。衣のつき方も均一ではない。だが、そこには確かに、誰かに食べてほしいという、まっすぐな気持ちが詰まっていた。
ブライト・ノアも、その場に居合わせ、少年のトンカツを一口食べ、静かに頷いた。
「至高でも究極でもない。だが、これは間違いなく、一人の人間が、初めて誰かのために作った、確かな一皿だ」
少年は、その言葉に、はにかみながら笑った。私はその笑顔を、東西新聞文化部の連載史上、最も丁寧な言葉で記事に綴った。
「名前を取り戻した少年に、初めての一皿。今日はまだ、名前を書かない。ただ、彼が誰かのために料理を作ったことだけを、私は正確に記録した」
誰かに与えられるだけだった少年が、自らの手で熱を帯びた一皿を差し出し、誰かを笑顔にした。その小さな一歩こそが、この過酷な宇宙世紀において彼が自分の足で歩み始めた、何よりの証拠だった。
サクサクと音を立てて揚がるトンカツの香ばしい匂いが、冷え込む支局の空気(あたたかさ)を満たしていく。
至高でも究極でもない。だが、これこそが私たちが伝えるべき「食」の本質であり、人が人として生きていくための光なのだ。私は愛おしさを込めてキーを叩き、このロンデニオンの夜に生まれた小さな奇跡の物語を締めくくった。
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