機動戦士ガンダム 美味しんぼ ロンド・ベルの究極、ネオ・ジオンの至高 逆襲のシャア前夜、ロンド・ベル寄港中の補給食堂 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
ラー・カイラムを含むロンド・ベル艦隊の救難活動が縮小されたのは、アクシズを巡る戦闘からしばらく後のことだった。
艦隊は本来の警戒任務へ戻る。ロンデニオンから受けていた臨時支援も、そろそろ終わりに近づいていた。
港湾設備局の技師が、その知らせを持ってきた。
「来週、臨時回線を切ります」
短い一言だった。エルが真っ先に反応した。
「来週って、早すぎない」
「軍用設備の撤収日程です。早いも遅いもありません」
技師は端末を開いた。
「旧実習棟の電力、水道、廃棄物処理。これまでは港湾の臨時救護施設として扱われていましたが、今後は正規契約へ切り替える必要があります」
「切り替えないと」
「電熱器も水道も止まります」
リィナは、すでに申請書へ手を伸ばしていた。
「必要書類を教えてください」
「こちらで下書きを作りました。半年も待たされたくなければ、今日中に確認してください」
「半年って」
「役所仕事を甘く見ないことです」
その日から、技師は何度も旧実習棟へ来た。
電力、水道、廃棄物処理。臨時扱いだった設備を、1つずつ正規契約へ移していった。
「これまでにも、余剰備品を回してくれましたね」
リィナが、ある夜に言った。
「正式に払い下げられた品です。処理記録も残っています」
「記録があるから、ここへ残せたのですね」
「記録がなければ、善意ではなく横流しです」
素っ気ない言い方だった。
だが、その人は鍋の前で足を止めた。
ファ・ユイリィが、2台の電熱器で同じ麦粥を作っていた。
片方は強火で短く炊いたもの。もう片方は、弱火で時間をかけたものだった。
「同じ材料ですよね」
技師が聞いた。
「ええ。電力の使い方だけが違います」
強火の粥は、麦の表面が崩れ、汁に強いとろみが出ていた。弱火の方は粒が残り、噛むと甘味が広がった。
「弱火の方が、おいしい」
エルが言った。
「でも、時間がかかるわ」
ファは電力計を示した。
「強火は短時間で済むけれど、最大出力が大きい。弱火は味を作りやすいけれど、長く電力を使う。どちらが優れているかは、鍋の数と食べる時間で変わるの」
技師は、2つの粥を食べ比べた。
「電熱器を増やせば、弱火の鍋を並行して使える」
「契約容量が足りればね」
ファが答えた。
「料理は、火力だけでは決まらない。使える火を、何台の鍋へ、どれだけの時間配るか。それも味の一部よ」
臨時支援終了の3日前、技師が最後の書類を持ってきた。
「これで、すべて旧実習棟単独の契約へ切り替わりました。軍の臨時支援がなくても、ここは動きます」
「1人で立てるようになった、ということですか」
私が聞いた。
「1人ではないでしょう」
技師は、部屋を見渡した。
棚。鍋。黒板。まだ消されていない3番の文字。
「最初は、物資の仕分けに使われていた部屋だったそうですね」
「今も、書類の上では大差ありません」
リィナが言った。
「食品を仕分け、必要な場所へ渡しています。人間を番号で仕分けなくなっただけです」
技師は、小さく笑った。
「役所が聞いたら困る表現です」
「書類には書きません」
臨時回線の停止前日、技師は電源盤へ最後の紙を貼った。
電熱器、3台まで同時使用可。
以前の2台から、1台増えていた。
「増やしたんですか」
「現在の配膳数と、実際の消費電力を計測しました。3台を定格出力で使っても、安全率を確保できます」
「正規の変更?」
エルが聞いた。
「正規の変更です」
技師は澄ました顔で答えた。
ファは3台の電熱器へ、それぞれ大きさの違う鍋を載せた。
1台目は、麦を弱火で煮る。
2台目は、硬い根菜から出汁を取る。
3台目は、冷えた粥を少量ずつ温め直す。
これまで1つの鍋で順番にしていた仕事が、同時に進んだ。
根菜を煮すぎる前に取り出せる。麦を強火で急がせなくてよい。遅れて来た人にも、煮詰まっていない粥を出せる。
「電熱器が1台増えただけなのに、味まで変わった」
エルが言った。
「火が増えたのではないわ」
ファは答えた。
「料理を急がなくてよい時間が増えたの」
臨時回線が切られる朝、技師は短く挨拶に来た。
「港湾側の回線へ切り替えます」
それだけだった。
「また、ここへ来ることは」
私が聞くと、技師は少し考えた。
「分かりません。私の担当は今日までです」
「じゃあ」
「でも、この表示は残ります」
技師は電源盤の紙を見た。
「私がいなくても、3台まで使える。それで十分です」
切り替え時刻になった。
照明が1度だけ消え、すぐについた。
3台の電熱器も、火を失わなかった。
技師はそれを確認し、港湾設備局へ戻っていった。
私は、その背中を見送りながら手帳を開いた。
臨時の電力は、終わった。
けれど、鍋は3つまで使える。
火が1つ増えたのではない。
弱火を守れる時間が、1つ増えた。
それで十分だと、私も思った。