機動戦士ガンダム 逆シャア前夜の子供食堂 ――キッカの家―― 〜宇宙世紀0092-0093、サイド1・ロンデニオン外縁区〜 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
保税倉庫で迎える最初の大きな行事は、クリスマスになった。
もちろん、飾り付けに凝る余裕などない。
壁は無機質な金属板のままだし、床には毛布と折り畳み寝台が並ぶ。
それでもキッカは、古新聞で即席の星を切り抜き、子供たちと一緒に糸で吊るした。
「こういうの大事だからね」
「自己満足では?」とステファニー。
「自己満足で人が救えるなら安いもんだよ」
エルは笑いながら木箱を机代わりに運び、リィナは配膳の位置を整えた。
そしてミリーの前には、今日だけの主役が置かれる。
丸鶏だった。
「すごい……」
思わず漏れた声に、ステファニーが肩をすくめる。
「休眠在庫の処分名目で回してもらいましたの。これくらいは、令嬢の意地ですわ」
「ありがとう」とキッカが真顔で言う。
「素直すぎて調子が狂いますわね」
鶏に塩を擦り込み、香草の代わりに乾燥した葉を詰め、表面に油を塗る。
焼き始めると、保税倉庫には信じられないほど豊かな匂いが満ちた。
子供たちはそわそわしながらオーブンの前を行ったり来たりし、エルが「まだ!」「今開けるな!」と交通整理をしている。
その様子を見ながら、キッカがぽつりと言った。
「こういう匂いってさ、平和そのものだよね」
ミリーは頷く。
「命を食べる匂いでもあります」
「うん」
キッカは少しだけ真面目な顔になる。
「だから、忘れちゃいけないんだよね。美味しいってことは、誰かが生きてて、誰かが手をかけてくれて、何かが差し出された結果なんだって」
焼き上がったローストチキンは、子供たちの歓声を呼んだ。
切り分ける役はミリー。皮の張り、肉汁、熱。どこをどう分ければ一番多くの人が満足するか、彼女の頭は自然に計算している。
「はい、順番」
リィナが列を整え、エルが皿を渡し、キッカが小さい子を膝に乗せ、ステファニーがナプキン代わりの布を配る。
食卓は、倉庫の中なのに確かに食卓だった。
その最中、ラジオから不穏なニュースが流れる。
連邦政府高官ジョン・バウアーの後押しを受けたロンド・ベル再編、宇宙側の軍需物流の加速。スウィートウォーターを本拠とする新生ネオ・ジオンの動き。
子供たちは意味が分からず、ただ肉を頬張っている。
だが大人側の空気は少しだけ沈んだ。
その沈黙を破ったのは、サラの弟分のようになっていた小さな男の子だった。
「ねえ、明日もこれ食べられる?」
場が一瞬止まる。
ミリーは、少しだけ考えてから答えた。
「明日、これと同じじゃない。でも、明日も温かいものは出す」
男の子は、それで十分だとばかりに頷いた。
食事が終わり、子供たちが寝静まったあと。
ステファニーが、一通の暗号化通信を皆に見せた。
「父からですわ。年明け前に、わたくしを香港へ移送する手配が整ったそうです」
キッカが目を伏せる。
「……そう」
「ただし、その便なら」
ステファニーは画面を閉じた。
「子供を数人、荷物扱いで外へ出せますわ。これはわたくしが関われる、最後の流通介入ですの
」
沈んだ空気が、一気に緊張へ変わる。
クリスマスのごちそうは、
次の別れと決断の前夜祭になった。