機動戦士ガンダム 美味しんぼ ロンド・ベルの究極、ネオ・ジオンの至高 逆襲のシャア前夜、ロンド・ベル寄港中の補給食堂   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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崩れた黄身と制度の皿

U.C.0092年12月。翌朝、旧実習棟の流し台は早くも限界を迎えた。

 

蛇口をひねると、配管の奥からごぼごぼっと嫌な音が響く。私は手帳を開きかけた。水道、不安定。排水、詰まり。調理施設として不適合。そう書いてしまえば、惨めな現実から「記録係」という高みの見物へ逃げられる。その日和った自分が嫌で、手帳を勢いよく閉じた。

 

流し台の下へ潜り込んでいたエルが絶叫する。

 

「これ、逆流してない!?」

「見れば分かります。配管図は?」

「この廃墟みたいな建物にそんな高級品あると思う!?」

「では、勘で直すんですか」

「エルちゃんの勘は打率高いよ!」

「当たった時しか覚えていないからです!」

 

リィナが冷やややかに切り捨てた直後、港湾設備局の技師が配管を力任せに外した。

 

「錆と麦殻です。昨日の洗い水に混じった殻が、曲管で固まっています」

 

技師に悪気はなかった。だが、悪気がないことと、配管を詰まらせた事実は別だ。「流した物は消えません。見えなくなるだけです」と、私は手帳の隅へ鉛筆を走らせた。排水口の先までが、すでに厨房なのだ。

 

修理後、ファ・ユイリィは目の細かな受け網を流しに設置した。

 

「麦の洗い水は、殻を沈めてから流す。最後の澄んだ水は器の予洗いに使えるわ」

 

料理は、鍋の中だけで完結するものではない。ファの徹底した厨房管理に、私は思わず固唾をのんだ。

 

昼前、卵が3個届いた。伝票には「搬送時破損、検査待ち、調理使用不可」と赤字で書かれている。1個には露骨な亀裂が入っていた。

 

「残り2個は使えるでしょ!」

 

エルが身を乗り出すが、ファは冷静に保冷記録を確認し、亀裂のない2個を別々の器へ割った。1個は濃い白身が黄身をしっかり支え、もう1個は白身が緩い。異臭も変色もなかった。

 

「白身が緩いことと、腐っていることは違う。でも亀裂卵は絶対に使わないわ」

「3個もあるのに!?」

「3個あることと、3個使えることは違うでしょう」

 

危険を冒してまで使い切るのは節約ではない。食べる者へリスクを押しつける、ただの怠慢だ。

 

「2個じゃ、オムレツが小さくなっちゃうよ……」

「卵を目立たせたいの? それとも、古米を食べやすくしたいの?」

 

ファは一喝すると、卵を静かに溶き、麦飯へ優しく馴染ませた。別の小鉢には、焼いた卵を載せる。

 

焼いた方は香ばしいが、卵と飯が別々に崩れ、硬い米粒が口の中に残った。一方、蒸した方は地味だが、卵が米粒を包み込み、舌で押すだけでパラリとほどけていく。

 

「女将! このオムレツは出来損ないだ、食べられないよ!」

 

思わず脳内で某究極の新聞記者が叫んだ。地味な蒸し焼きの方が、圧倒的に食べやすいのだ!

 

「今日は卵を味わわせるのでなく、古米を助けてもらうの」

「崩れた黄身でも?」

「崩れた事実は変わらない。でも、その状態に合わない料理を意地で作る必要はないわ」

 

ファは鍋の底へ水を張り、小鉢を弱い蒸気でじっくり温めた。

 

「表面を焦がせば1口目のインパクトは強くなる。でも今日は、2口目を邪魔しない方が大切よ」

 

そこへ、連邦港湾局の監査官が踏み込んできた。リィナが提出していた仮申請書を検分する。責任者名、空欄。利用人数、未確定。食材調達経路、混在。衛生責任者、未登録。

 

「正規配給に例外を増やせば、制度の公平性を保てません」

「同じ量でも、全員が同じように食べられるとは限りません」

「制度は1人ずつの食べ方まで管理できません」

「だからこそ、料理が必要なのです」

 

ファは無言で2つの麦飯を差し出した。監査官は両方を口にし、蒸した方だけをもう1口だけ取った。

 

「……薄味だが、米の硬さを感じない」

「卵を上へ載せず、米粒の間へ入れました」

「出来の悪さをごまかしたのでは?」

「状態の違う食材へ、同じ形を求めなかっただけです」

 

監査官は静かに器を置き、容赦なく1枚の文書を突きつけた。

 

「調理提供活動、3日間停止」

 

突きつけられた理由は4点。消防設備、未点検。衛生責任者、不在。利用対象、未確定。食材履歴、不備。

 

「食べたのに止めるの!?」

「料理が適切でも、施設の安全が証明されたことにはなりません」

「3日で整えれば、認められますか」

「改めて判断します」

 

監査官はガタつく脚の浮いた椅子を一瞥した。

 

「これも直してください。これが倒れて怪我をすれば、料理以前の問題です」

 

監査官が去ると、ファは静かに火を消した。

 

「残りは私たちの賄いにします」

「子供には出さないの?」

「おいしいことと、出してよいことは別よ」

 

ファは己の作った料理を一口食べた。料理が正しくても、厨房という環境が正しいとは限らない。その残酷な事実まで噛み締めるように。

 

夜、配給所の裏にいた照合不能の子が廊下の闇へ現れた。だが、暗く静まり返った部屋を見ると、静かに足を返して去っていった。

 

私は追わなかった。ただ、手帳を開いた。

 

詰まった麦殻。使わなかった亀裂卵。焼かずに蒸した麦飯。4つの不備。3日間の停止。

 

最後に、こう書き留めた。

 

食べたことは、許可を意味しない。

止められたことは、終わりを意味しない。

 

少し偉そうだと思った。でも、消さなかった。電熱器の小さな余熱が、冷え込む旧実習棟の闇を静かに照らしていた。

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