機動戦士ガンダム 逆シャア前夜の子供食堂 ――キッカの家―― 〜宇宙世紀0092-0093、サイド1・ロンデニオン外縁区〜   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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放課後のポテトサラダ――登録されない子供たち

旧実習棟のキッチンは、大学の表通りから少し外れた、古い煉瓦造りの建物の一角にあった。広くはない。だがコンロは四口あり、古い冷蔵庫と、まだ使えるオーブンがひとつある。丁寧に磨き上げられた流し台を見て、ここが長く放置されていた場所ではないと分かった。

 

「歓迎、ミリー」

 

エプロン姿のキッカが手を振る。

その後ろには二人の少女がいた。

 

ひとりは、凛とした顔立ちのお嬢様然とした少女。背筋が真っ直ぐで、だが目つきの鋭さに油断のなさがある。

もうひとりは、長い脚を投げ出して椅子に座る、快活そうな少女。腕まくりした細腕に、ジャンク屋育ちの機敏さが宿っていた。

 

「リィナ・アーシタよ。キッカに頼まれて来たの」

 

「エル・ビアンノ! 面白そうだから来た!」

 

シャングリラ。

二人の名を聞いた瞬間、ミリーは察した。どちらも宇宙で戦争をくぐってきた側の人間だ。

 

キッカは床に置かれた麻袋を指した。

 

「今日のメイン食材。ジャガイモ二キロ」

 

「……多すぎませんか」

 

「配るから」

 

簡潔だった。

 

説明を受ける。旧実習棟の裏口には夜になると子供たちが来る。学内で働く清掃員の親類、登録のない避難民、港湾区の流れ者。大学の正式な支援から零れ落ちた子供たちだ。キッカは彼らに、パンやスープを細々と渡していたらしい。

 

だが最近、人数が増えた。

配給の質も落ちている。

だから拠点が必要になった。

 

「今夜、十人来る」

 

リィナが帳面をめくりながら言った。

 

「大人三人、子供七人。うち二人は熱あり。炭水化物を確保したい」

 

「保存が利いて、量が増やせて、胃に優しい……」

 

ミリーは袋の中身を見た。痩せたジャガイモ、固い人参、玉ねぎ少々。ハムはない。卵も少ない。

 

「ポテトサラダにします」

 

「おっ、きた!」

 

エルが嬉しそうに立ち上がる。

 

「でもマヨネーズが足りません」

 

「自作できる?」とキッカ。

 

「油と卵黄と酢があれば」

 

リィナが無言で棚を開け、瓶を差し出した。

あった。

 

それからの一時間、キッチンは戦場になった。

ミリーがジャガイモを茹で、エルが皮を剥き、リィナが野菜を刻み、キッカが裏口の見張りに立つ。エルは大雑把だが手が速い。リィナは包丁筋が美しい。キッカは気配に敏感で、誰かが近づくたびに窓から外を確認した。

 

「そんなに警戒するんですか」

 

ミリーが聞くと、キッカの顔が少しだけ曇る。

 

「先週、食料を持ち帰ろうとした子が路地で絡まれた。大学の外郭警備じゃない。もっと質の悪い連中」

 

「闇市の仲買人」とリィナが言う。「たぶん徴用屋も混じってる」

 

徴用屋。

子供を労働力として売る連中だ。ミリーの表情が固くなる。

 

「だから場所を作るの」とキッカは言った。「来た子を腹いっぱいにして、顔を覚えて、消えないようにする」

 

それは食堂ではなく、避難所だった。

 

出来上がったポテトサラダは、大きなボウルいっぱいになった。

粗く潰した芋に、刻んだ玉ねぎと人参、少量の酢、自家製マヨネーズ。胡椒は控えめ。腹を空かせた子でも食べやすいように、塩加減だけをしっかり整える。

 

最初に来たのは、煤けた顔の兄妹だった。

次に、清掃員の娘。

それから、細い腕の少年と、咳をする幼い子。

 

ボウルを前にした子供たちの目が変わるのを、ミリーは見た。

警戒、飢え、期待、そして信じきれない驚き。

 

「食べて」

 

キッカが笑う。

 

一斉にスプーンが動き、部屋に咀嚼音だけが広がった。

その静けさが、何よりも雄弁だった。

 

ひとりの少年が、ぽつりと言った。

 

「……久しぶりに、ちゃんと芋の味がする」

 

ミリーは何も言えなかった。

ただ胸の奥で、小さな怒りが火種のように生まれる。

 

そして同時に、ひとつだけ確信する。

「この分、確実に少なくされてる」

 

誰かがこの子たちの分を盗んだ。

なら、その誰かを止めなければならない。

 

食後、リィナが帳面を閉じて低く言った。

 

「今夜ひとり足りない」

 

「え?」

 

「前回来た、アドって子。今日まだ来てない」

 

キッカの笑顔が消えた。

 

「……行こう」

 

その言葉で、食文化研究部の最初の夜が終わり、

本当の仕事が始まった。

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