機動戦士ガンダム 逆シャア前夜の子供食堂 ――キッカの家―― 〜宇宙世紀0092-0093、サイド1・ロンデニオン外縁区〜   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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お正月の七草粥と移送便

新年最初の朝食は、七草粥だった。

 

もちろん本物の七草が完璧に揃ったわけではない。

ステファニーが物流網を使ってどうにか似たものを集め、足りない分は野草で補い、リィナが食べられるものか確かめ、ミリーが丁寧に刻んで米と一緒に炊いた。

七草の名を正しく言える子はほとんどいなかった。セリ、ナズナ、ゴギョウ。途中で舌がもつれ、誰かが笑い、別の子が真剣に復唱する。ミリーはその様子を見ながら、名前を覚える行為は食材にも人にも似ていると思った。呼べるものは、まだそこにある。知らないままなら、簡単に捨てられてしまう。

 

「なんか、弱そうなご飯」

 

エルが椀を覗き込む。

 

「弱ってる胃を立て直すためのものです」とミリー。

 

「つまり今の私たち向け」

 

「まさに」

 

粥の湯気は静かだった。

派手さも、肉の匂いもない。けれど昨年を生き延びた者にだけ分かる、やさしい温度がある。

 

ひと口食べたキッカが、深く息を吐いた。

 

「……これ、好き」

 

「地味なのに?」とエル。

 

「地味だから。派手なのって、戦争が始まるとすぐ消えるでしょ。でも、こういうのは最後まで残る気がする」

 

リィナが椀を両手で包んだまま言う。

 

「覚えておきなさい、みんな。この味を忘れない限り、自分がどこから来たか、何を守りたかったか、見失わないでいられる」

 

その言葉を、子供たちは完全には理解しないだろう。

それでも、湯気ごと胸にしまってくれたらいいとミリーは思った。

キッカは椀を持つ子供たちの顔を一人ずつ見て、手帳に小さな印をつけた。熱が下がった子、まだ咳が残る子、移送便の話を聞いてから眠れなくなった子。彼女の記録は、だんだん食事日誌でもあり、避難台帳でもあり、誰かの生きた証でもあるものに変わっていた。

 

食後、移送便に乗せる三人が決まった。

サラの弟分の男の子、熱を繰り返していた幼い双子。

皆、小さい。皆、倉庫より安全な場所へ送るべきだった。

選ばれた三人の荷物は、小さな布袋ひとつずつだった。替えの靴下、薬、乾いたパン、そしてミリーが握った小さなおにぎり。持てるものは少ない。けれど、どこへ行っても最初に口へ入れるものがあれば、知らない場所でも少しだけ自分を保てる。

 

サラは唇を噛みしめたまま、何も言わなかった。

 

「お兄ちゃんは?」

 

その問いに、誰もすぐ答えられない。

港の別件で消息は掴めている。だが、次の機会まで救出は難しい。

 

ミリーはしゃがみこんで、サラの目を見る。

 

「約束する。探す」

 

「ほんとに?」

 

「うん。今度は待たせない」

 

それは、彼女がベルファストの自分自身に言えなかった言葉でもあった。

サラは強く頷こうとして、失敗した。涙をこらえた顔は、怒っているようにも見えた。ミリーはその表情を忘れないようにした。約束は、言った瞬間から重くなる。守れなければ、ただの優しい嘘になってしまう。

 

午後、ステファニーが出発の準備リストを作っていると、外の見張りに立っていた協力者が慌てて飛び込んできた。

 

「大学の地下通路、封鎖された!」

 

「早いですわね……」

 

ステファニーが眉をひそめる。

 

「こっちの動きが読まれてる」

 

つまり、移送便も安全ではない。

 

七草粥のやさしい朝は終わり、

正月早々、彼女たちはまた一手先を読む必要に迫られた。

ミリーは残った粥を保存容器に移した。移送便が使えなくなれば、また歩くことになる。走ることになる。七草粥は派手な力にはならないが、弱った胃をもう一度動かす。逃げ延びるための力は、こういう静かな食べ物から始まるのだと、彼女は知っていた。

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