機動戦士ガンダム 逆シャア前夜の子供食堂 ――キッカの家―― 〜宇宙世紀0092-0093、サイド1・ロンデニオン外縁区〜   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

21 / 21
二月下旬の甘い謀略――開戦前の避難網

宇宙世紀0093年二月下旬。

街は表向きにはまだ平静を装っていたが、裏では物流も治安も確実に歪み始めていた。検問所の若い兵士たちは妙に殺気立ち、港の積み荷検査は軍需を優先し、民間への配給はさらに遅れる。

年明けから二月下旬までの間に、彼女たちはいくつもの避難先を失い、いくつかの新しい協力者を得た。古本屋の老人は一度尋問を受け、パン屋の夫婦は店を閉める日を増やし、修理工場主は部品の発注を装って子供用の毛布を運んだ。誰も英雄ではない。けれど、誰もが少しずつ危険を引き受けていた。

 

そんな中でも、キッカは言い切った。

 

「バレンタインやるよ」

 

「この状況で?」とリィナ。

 

「この状況だから」

 

ステファニーが深く頷く。

 

「同意ですわ。甘味は士気に直結しますもの」

 

「その言い方だと軍需物資みたいだな」とエル。

 

実際、その通りだった。

甘いものは貴重で、心を保つ力がある。だから今回は、“ありがとう”のためだけではなく、情報の運搬にも使うことになった。

 

チョコレートの中に、極小の耐水紙を封入する。

溶けにくいよう配合を調整し、受け取る協力者ごとに形を変える。丸は安全、四角は要注意、ハート型は緊急避難先変更。

 

「とんでもないバレンタインだね」

 

キッカが笑う。

 

「でも、ちょっと好き」

 

ミリーは黙々と湯煎を続けた。

チョコの艶を壊さず、薄く型に流し込む。中へ小さな紙を忍ばせ、さらに上から流して封じる。

紙片には地名をそのまま書かない。色と形、菓子の数、包み紙の折り方で意味を分ける。もし途中で奪われても、ただの贈り物に見えるように。ミリーは料理をしているはずなのに、いつの間にか暗号を作っていた。戦争前夜の台所は、作戦室でもあった。

 

その作業の合間、ステファニーがぽつりと漏らす。

 

「香港行きは、三日後ですわ」

 

場が静まる。

 

「ついにか」とエル。

 

「ええ。今度こそ、本決まりですの」

 

キッカが明るく振る舞おうとして、少しだけ失敗した笑みを浮かべる。

 

「じゃあ最後の令嬢バレンタインだ」

 

「最後かどうかは分かりませんわ。わたくし、しぶといので」

 

チョコが固まるまでの時間、皆は無駄口を叩きながらも、どこか別れの気配を意識していた。

 

完成したチョコは、見た目には素朴だった。

しかし受け取った協力者たちは、その“甘い謀略”を理解していた。

同時に、子供たちにも小さな欠片が配られた。彼らにとってはただのご褒美だ。

小さな男の子が、欠片を半分だけ残してポケットに入れようとした。明日の分だという。ミリーは何も言わず、もうひと欠片を包んで渡した。今日食べるものと、明日まで持っていたいもの。その両方が必要なのだと、彼女はこの家で何度も学んでいる。

 

「おいしい」

 

そう言って笑う子供の頬を見て、ミリーは思う。

この笑顔を守るためなら、どれだけ裏で手を汚してもいい、と。

 

その夜、キッカは配布先の名前と証言を別の手帳に書き写した。誰が、いつ、どこで、何を見たのか。感情ではなく事実を残す書き方を、彼女は少しずつ覚え始めていた。

彼女はその手帳の表紙に、小さく「人を英雄にしすぎないこと」と書いた。まだ誰にも見せるつもりのない、自分だけの約束だった。

だが、その夜。

最後の配送に出た協力者のひとりが戻らなかった。

 

机の上に残された、食べかけのチョコ。

それが、次の危機の始まりだった。

キッカは食べかけのチョコを紙に包み、匂いが移らないよう手帳とは別にしまった。証拠品としてではなく、戻らないかもしれない人が最後に口にしたものとして。彼女はその違いを、もう感覚で理解していた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

聖戦士アムロ(作者:くまぷーⅢ世)(原作:聖戦士ダンバイン)

 バイストン・ウェルの物語を覚えている者は幸せである。▼ 心、豊かであろうから……▼ 私達はその記憶を記されてこの地上に生まれてきたにも関わらず、思い出すことのできない性を持たされたから……▼ それ故に、ミ・フェラリオの語る、次の異なる物語を伝えよう。▼ シャアとの最後の戦いの中、地球へ落下するアクシズをνガンダムで止めようとしていたアムロ・レイは眩い閃光に…


総合評価:3133/評価:8.63/連載:9話/更新日時:2026年02月12日(木) 23:46 小説情報

(魔界の)神様(に)転生!そして伝説へ…(作者:ぶーく・ぶくぶく)(原作:ダイの大冒険)

※本作は作者が読みたい原作改変を自給自足する趣味作です。感想や考察はありがたく拝見しますが、展開は作者の予定と趣味を優先して進めます。▼ 大魔王バーンに転生した男は、魔界の惨状を見て理解した。▼ この世界には救いが必要だ。▼ ただし、地上を消し飛ばす必要はない。▼ 地上と魔界を繋ぐギアガの大穴。▼ 魔界を潤す水と光。▼ ロモス統治、ハドラー育成、バラン一家保…


総合評価:10985/評価:7.96/連載:21話/更新日時:2026年07月16日(木) 18:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>