機動戦士ガンダム 美味しんぼ ロンド・ベルの究極、ネオ・ジオンの至高 逆襲のシャア前夜、ロンド・ベル寄港中の補給食堂 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
臨時支援が終わって最初の月曜日、旧実習棟へ厚い封筒が届いた。
差出人は、大学食糧委員会・厚生窓口共同事務局。個人名はない。
「誰が書いたの?」
エルが封筒を振った。
「誰、ではなく委員会です」
リィナが封を切る。
「顔のある相手なら話せます。顔のない相手とは、書類で話すしかありません」
中身は監査項目の再確認だった。
責任者名。利用人数。食材出所。記録閲覧規定。
「前にも見た4つだね」
「でも今回は、項目を説明する人がいません」
文字だけが机に並んだ。
私は手帳を開かなかった。書きたいことより先に、返すべき書類があった。
ファは鍋の前で、古い麦を水へ放った。沈む粒と浮く粒を分け、浮いた粒を指で割る。
「軽い粒は全部捨てるの?」
エルが聞いた。
「いいえ。虫食いや異臭がある物だけ。乾燥して軽くなった粒なら、別に戻して早く煮崩し、とろみに使えるわ」
「同じ麦なのに、分けるんですね」
「同じ欄に入っている物が、同じ状態とは限らないでしょう」
ファは2つの小鍋を用意した。
片方は、選別せず同時に煮る。もう片方は、重い粒を先に煮て、戻りの早い軽い粒を後から加えた。
食べ比べると、最初の粥は硬い粒と崩れた粒が混じり、舌触りが落ち着かない。後の粥は粒の硬さがそろい、煮崩れた麦が汁を薄くまとめていた。
「同じ材料、同じ量なのに」
「一括して扱う方が公平に見える。でも、違いを見ずに同じ火へ入れれば、食べる時の差が大きくなるの」
リィナは監査書類へ目を戻した。
「利用人数は、また空欄にします」
「委員会に納得してもらえるかな」
「氏名を確認できない人は数えません。ただし、配膳数、残量、再来数は別に記録します」
「人は数えないのに、椀は数えるの?」
「明日の食材量を決めるためです。必要な数字まで捨てたら、空欄に責任を持ったことになりません」
ファが頷いた。
「麦も同じね。全部を同じ粒として数えるだけでは、火加減を決められない」
食材出所には、搬入票の番号を1件ずつ付けた。閲覧規定は緩めなかった。
本人へ開示する。本人の許可なく外部公開しない。開示できない場合は理由を残す。
夕方、大学の窓口へ提出した。
若い事務員は書類を確認し、利用人数の欄で手を止めた。
「未記入ですか」
「意図した空欄です。代わりに配膳記録を添付しました」
事務員は別紙を読み、受領印を押した。
「審査結果は後日通知します」
それだけだった。
帰り道、エルが言った。
「判子の後ろに、誰もいないみたい」
「押した人はいました」
リィナが答えた。
「名前を知らないことと、いないことは違います」
旧実習棟へ戻ると、粥は少し冷めていた。
ファは水を足さず、残しておいた麦の上澄みで濃さを戻した。最後に乾燥豆を潰し、少量だけ加える。
「豆を粒のまま入れないんですか」
「今日は書類で疲れて、噛むことまで面倒な人がいるでしょう。でも全部を滑らかにすると、食事らしさが消える。だから麦の粒は残し、豆だけをとろみにするの」
エルが1口飲んだ。
「昼より味が丸い」
「冷めて失った水分を、ただの水で薄めなかったからよ。足りない物が何かを見ず、同じ処理をすれば、料理も書類も嘘になる」
夜、顔の分からない誰かが椀の前へ座った。
ファは名前を聞かず、麦粥を置いた。
委員会には口も舌も胃もない。
だが、その制度の向こうには、食べる人がいる。
私は手帳を開いた。
顔のない書類が来た。名前のない判子が押された。
利用人数は空欄。配膳数は記録。
同じ麦を、同じ火へ入れなかった。
最後に書いた。
制度に顔はなくてもいい。
台所では、椀の向こうの顔を見失わない。