機動戦士ガンダム 美味しんぼ ロンド・ベルの究極、ネオ・ジオンの至高 逆襲のシャア前夜、ロンド・ベル寄港中の補給食堂 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
3日間の活動停止命令が下された翌朝、旧実習棟は静まり返っていた。
火は使えない。残るのは、外した配管の不快な金属臭と床に漂う底冷えする湿気だけだった。
「静かすぎるね……」
エルが絶望的な顔で作業台へ突っ伏した。
「無駄口を叩く暇があるなら、食材履歴の空欄を1つでも埋めてください」
リィナは冷徹な手つきで書類を広げていた。責任者。利用記録。食材の入手先。衛生管理手順。
「依然として、責任者の欄が空欄です」
「誰かその辺の大人の名前を借りちゃえばいいんじゃない?」
「名前を借りても、責任までは借りられません。軍や港湾局の管理施設になれば、身元を照合できない子を受け入れられなくなるかもしれないのですよ」
「そんな都合のいい責任者、いるわけ?」
「いなくても探します!」
私は手帳を開きかけた。書類を整えるのは、あの照合不能の子供が食べられる場所を守るためだ。そう書けば格好がつく。だが、そんな自分に酔うような偽善が嫌で、私は手帳を固く閉じた。
そこへ、作業用エプロン姿のファが入ってきた。手には密閉容器と新しい排水網があった。
「停止命令が出ています」
「だから調理はしないわ。今日は厨房を、料理してよい状態へ戻すの」
「食材の準備も?」
「しないわ。根菜を剥けば乾く。水へ3日漬ければ味が抜ける。豆を戻しても、保冷できなければ傷むのよ」
ファは乾燥豆を2粒並べた。1粒は割れ、もう1粒は虫に食われていた。
「女将! 今できるのは、使える豆を選り、戻し時間を決めることよ!」
思わず脳内で某グルメ漫画のセリフが再生される! 皮の薄い豆は短く、厚い豆は長く浸水する。割れただけの豆は煮崩して、とろみに使えるのだ。
「同じ袋の豆でも、同時に煮れば同じ硬さにはならないわ。今選っておけば、再開後の火を無駄にしないでしょう?」
「火を消されても、火の使い方は考えられるんだ……」
私は記録する代わりに、無言で豆を選った。
「これは割れています」
「変色も異臭もないわ。残して」
「こっちは?」
「虫食いの周囲まで変色している。捨てるわ」
「もったいなくない?」
「食べられない物まで使うのは節約ではないわ! 危険を食べる人へ押しつけることよ!」
至高の教え! リィナもペンを置き、エルは両手で豪快に豆をかき回した。
「野生の豆選りーっ!」
「速さを競わないでください! 欠けを見落とします!」
静かな部屋へ、カランと豆が器に当たる爽やかな音が戻った。
昼過ぎ、港湾設備局の技師が排水管を交換した。新しい管には、外して洗える沈殿受けが付いていた。
「麦殻や根菜の細片は、ここで止まります」
「流せるように直すんじゃないの?」
「流してはいけない物を、流れないようにしたんです」
ファは排水網を指先で確かめた。
「後始末ではなく、料理の前提ですね」
技師は書類へ「排水設備交換済み」と記した。空欄が1つ埋まった。
その後、市場管理所から、傷のため正規販売を外れた根菜と乾燥豆が届いた。検品済みの救護施設向け払い下げ品だった。
ファは検査票を確認した。
「今日は開けません」
「せっかく届いたのに!?」
「開封した時から状態は変わるの。使えない日に開ける理由はないわ」
リィナは食材履歴へ速やかにペンを走らせる。
「市場管理所。救護施設向け。検品済み。未開封」
また1つ、空欄が埋まった。
夜、調理場は冷え切っていた。それでも、惨めさはどこにもなかった。
排水管は直った。豆は状態別に分かれた。開封日と使用期限の欄も、火力と戻し時間の手順もできたのだ。
止められている。だが、終わってはいない!
ファは扉を施錠し、外へ1枚の掲示を貼った。
「調理活動停止中。再開手続き中。閉鎖ではありません」
「隙間を開けないんですか」
「衛生と防犯も、料理を続ける絶対条件よ。温もりの気配は、扉を開けなくても残せるわ」
廊下の向こうに、あの小さな人影が現れた。
掲示の前で立ち止まり、すぐには帰らなかった。
私は手帳を開かなかった。
料理はしていない。けれど、次に作る1杯の味は、もう今日という日から完璧に作られ始めていたのだ。