機動戦士ガンダム 逆シャア前夜の子供食堂 ――キッカの家―― 〜宇宙世紀0092-0093、サイド1・ロンデニオン外縁区〜 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
表向きに部として認められたことで、旧実習棟の出入りは多少楽になった。だが同時に、予算申請と物資管理の記録も必要になった。つまり、隠れ蓑は得たが、監視の目も増えたということだ。
「節約しないと詰むわね」
リィナが帳簿を睨みながら言う。
「一か月で十六人分。これで回してるの、ほぼ奇跡よ」
「奇跡じゃないです」
ミリーは買い出し袋から、もやし、ちくわ、わずかな胡麻油を取り出した。
「技術です」
そうして始まったのが、もやし尽くしの夕食だった。
シャキシャキのナムル。
ちくわともやしの炒め物。
根まで使った味噌汁。
エルは最初こそ「また安そうなの来た」と顔をしかめたが、一口食べてすぐ箸を止めなくなった。
「うまっ!」
「もやしは火を通しすぎると死ぬの」とミリー。
ステファニーがメモを取る。
「保存性、価格、満腹感、調理時間……」
「数字にするな」とキッカが笑う。「でも、まあ大事か」
その夜は子供たちだけでなく、港湾区で働く老人も来た。食べながら、ぽつりぽつりと情報が落ちる。最近、配給の積み下ろしを監督していた顔ぶれが変わった。路地裏で、身分証のない子供を集めている男たちがいる。大学近辺の空き家に、知らない輸送車が夜ごと入る。
「食卓ってすごいね」
キッカが小声で言う。
「腹が満ちると、人は話す」
ミリーは頷いた。
だからこそ、奪われるのだ。食べ物も、居場所も、話せる空気も。
そのとき、ひとりの少女が恐る恐る手を挙げた。
「あの……アドが言ってた。連れていかれた子、北区の工事場にいるかもって」
キッチンの全員が顔を上げる。
「確かなの?」とリィナ。
少女は首をすくめる。「分かんない。でも、トラックの荷台で泣いてる声がしたって」
沈黙のあと、エルが拳を握った。
「行こうよ。取り返そう」
「短絡的すぎる」とリィナが切る。「証拠もないまま突っ込めば、こっちが潰される」
「じゃあ見捨てるの?」
「そうは言ってない」
二人の空気が険しくなる。
そこへ、ミリーが静かに言った。
「囮を出します」
全員が彼女を見る。
「明日、余り物を配るふりをして北区を回る。食料を運ぶ子は警戒されにくい。私が行く」
「だめ」とキッカが即答した。
「危ない」
「危なくても行きます」
珍しく、ミリーの声にははっきりした硬さがあった。
「ベルファストで、私は待ってる側だった。誰かが来るのを。でも来なかった。だから今度は私が行く」
キッカは言葉を失う。
やがて、深く息を吐いて頷いた。
「……ひとりじゃ行かせない。全員で段取り組む」
その瞬間、食文化研究部はただの炊事班ではなくなった。
もやしの皿を挟んで、彼女たちは同じ戦列に並んだ。
その夜遅く、旧実習棟の外で誰かの気配がした。
キッカが窓を開けると、そこには封筒だけが置かれていた。
中には一枚の紙。
『余計な真似をするな。次は子供では済まない』
食堂に、敵がこちらを見ている証拠が届いた。