機動戦士ガンダム 美味しんぼ ロンド・ベルの究極、ネオ・ジオンの至高 逆襲のシャア前夜、ロンド・ベル寄港中の補給食堂 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
再開初日の朝、旧実習棟には麦しかなかった。
米も卵もない。乾燥野菜は伝票が止まり、缶詰は再検査中。油も出所確認中という極限の物資不足!
「リィナ、その分量、本当に合ってる!? これじゃただの薄い白湯だよ!」
「麦は吸水と加熱が命です。浸水15分、ザル上げ5分、3倍量の水で弱火18分、蒸らし7分!」
「麦ってホント面倒くさい性格ね!」
「食材に性格を押しつけないでください。1番面倒なのはエルです!」
「精神的損害30%!」
「残り70%は?」
「当たってるから言い返せない……!」
ファは水に浮く麦と沈む麦を素早く選別した。
「古い麦は乾燥にむらがあるの。いきなり熱を加えると、表面だけ崩れて芯が残るわ」
「長く浸ければいいんじゃないの?」
「外皮がふやけ、でんぷんが溶けて鍋底へ貼りつくのよ。足りない水を一度に与えても、上しても上手に吸えるとは限らないわ!」
ファは麦を短く浸し、5分だけ休ませた。粒の表面へ回った水を、中心までゆっくり移すためだ。
リィナが電熱器の印を確かめる。設備局の検査票には「同時使用1台まで」とある。
「弱火で18分。蓋は絶対開けません!」
「ちょっと見たいかも……」
「蒸気を逃がせば温度が落ちます!」
「恋愛も監視が厳しそう」
「関係ありません!」
ファは鍋蓋へ静かに手を添えた。
「見たい時に開けない。表面を崩さず、芯へ熱を届けるためよ。ただの調理です」
炊き上がった粥は灰白色で、具も香りもなかった。
「がっかりされそう……」
「されるでしょうね」
「認めるんだ!?」
「豪華に見えて胃へ残る料理と、地味でも喉を通る料理なら、今日は後者よ!」
ファは最初から塩を入れず、2つの椀を作った。片方には薄い塩水を数滴。もう片方は麦の甘味だけ。食べ比べると、塩を入れた方は1口目の輪郭が強い。無塩の方は物足りないが、噛むほど淡い甘味が出た。
「女将! どっちが正解なんだい!?」
「食べる人が決めるのよ! 薄味は正義ではないわ。2口目を選べる余地よ!」
至高の食卓! 昼前、1人の子が恐る恐る扉から入ってきた。
2つの椀を見比べ、無塩の方を1口飲んだ。ぴたりと動きが止まる。誰も声を掛けなかった。
やがて、その子は2口目を飲んだ。
エルの肩が跳ねたが、声は上げなかった。
別の子は椀を小さく押し返した。
リィナが小さく聞いた。
「熱かった?」
首を横に振る。
「塩味?」
また横。
「麦が苦手?」
少し間を置き、頷いた。リィナは記録欄へ、ただ「麦」とだけ書いた。
「嫌い、とは書かないの?」
「本人が言っていません。推測を足せば、私の言葉になります」
午後、リィナは乾いた皿を何度も何度も拭いていた。
「まだ拭くの?」
「表が埋まらないと不安なのです。ですが、都合のよい言葉で埋める方がもっと駄目です!」
私は手帳をリィナへ向けた。
「書いていい?」
「小さくなら」
私は端へ書き留めた。
表がないと怖い。空欄はもっと怖い。勝手に埋めるのは、もっと駄目。
「まだ文字が大きいです」
「これ以上小さいと読めないよ!」
「人の弱みを守る記録なら、それくらいでいいのです」
夕方、鍋に少し粥が残った。
「捨てるの?」
「試料として保管はしないわ。時間と残量、粘り、匂いを記録して、私たちが食べるの」
ファは冷えた粥を確かめた。粒は水を吸い、朝より重くなっていた。
「明日は水を少し増やすわ。でも浸水は延ばさない。残ったものを見れば、次の火加減が分かるでしょう?」
食べてもらえた2口だけを残せば、ただの自己満足になる。押し返された椀も、冷えて重くなった粥も、明日の献立に必要な記録なのだ!
私は手帳へ書いた。
1口目で勝とうとしない。
2口目を邪魔しない。
空欄を勝手に埋めない。
麦粥だけの再開初日は、何ひとつ解決しなかった。それでも、2口目を飲んだ喉があった。押し返された椀があった。「麦」とだけ書かれた真実の記録があった。
私はその全部を、勝ちにも負けにもせず、静かに手帳を閉じた。