機動戦士ガンダム 逆シャア前夜の子供食堂 ――キッカの家―― 〜宇宙世紀0092-0093、サイド1・ロンデニオン外縁区〜   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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ベルファストのシチューと北区のコンテナ

北区の偵察は、予想以上に危険だった。

 

ミリーとキッカが古い買い物籠を提げて市場へ向かうふりをし、リィナとエルが少し離れて尾行、ステファニーは大学の回線から輸送記録を洗う。北区の再開発工区はフェンスで囲われ、民間業者のプレートが掲げられていたが、出入りする男たちの目つきは労働者のそれではなかった。

 

夕暮れ時、ミリーは聞いた。

フェンスの向こう、資材コンテナの隙間から、子供の咳を。

 

確かにいた。

しかも一人や二人ではない。

 

その晩、キッチンには重い沈黙が落ちた。

 

「連邦の福祉委託名目で集めてる」

 

ステファニーが資料を机に並べる。

 

「でも帳簿の行き先が曖昧ですわ。たぶん闇の人材派遣。資源採掘か、違法コロニー建設の下働き」

 

「子供を荷物みたいに……!」

 

エルが椅子を蹴る。

 

ミリーは鍋に向かった。

怒りで頭が熱くなるほど、手を動かした方がいい。今日はシチューだった。保存野菜、粉乳、少しの脂、古いパン。ベルファストで姉が作ってくれた、空腹を騙すための白いシチュー。

 

「何作ってるの?」

 

キッカが隣に立つ。

 

「ベルファストのシチュー」

 

「……そっか」

 

鍋をかき混ぜる木べらの音だけが続いた。

匂いが立ち始める。優しい匂いだ。戦争も政治も知らないふりをして、ただ『温かい』と感じさせる匂い。

 

キッカがぽつりと言う。

 

「昔ね。ホワイトベースで、タムラさんが変なシチューを作ったことがあったの」

 

「変な?」

 

「そりゃもう。何が入ってるか分かんないやつ。でもね、皆あれで生き延びた。だから味って、きっと上手いとか不味いとかだけじゃないんだよ」

 

ミリーは木べらを止めた。

 

「姉も、そんなこと言ってました。『空腹のときに食べる温かいものは、だいたい正義だ』って」

 

キッカは笑って、それから急に目元を押さえた。

 

「……ずるいなあ、ミリーの料理。思い出まで連れてくる」

 

シチューはその夜、子供たちと大人たちに配られた。誰もが黙って食べ、食後には少しだけ顔色が戻った。だが今夜の食卓は、それで終わらない。

 

リィナが静かに言う。

 

「助けるなら、明後日しかない。明日の深夜、北区から移送車が出る」

 

ステファニーが頷く。

 

「ルオ商会経由の検問データを少しだけ改ざんできますわ。三分、長くて五分」

 

「十分」とエル。

 

「足りるかな」とキッカ。

 

全員が、ミリーを見た。

 

彼女は鍋の底に残るシチューを見下ろし、ゆっくり言った。

 

「やります」

 

それは宣言だった。

もう待つ側には戻らない。

 

キッカは机に手をつく。

 

「よし。作戦会議。食文化研究部、明後日、北区で子供を奪還する」

 

シチューの匂いが残る部屋で、

少女たちは初めて、明確な敵に向かって牙を剥いた。

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