機動戦士ガンダム 逆シャア前夜の子供食堂 ――キッカの家―― 〜宇宙世紀0092-0093、サイド1・ロンデニオン外縁区〜 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
奪還は、ぎりぎり成功した。
検問記録を三分だけ乱し、その隙に裏扉からコンテナへ入る。中には六人の子供がいた。怯え、縮こまり、声も出せない子供たち。エルが二人ずつ抱え、リィナが経路を指示し、キッカが囮として警備の前を走り抜け、ミリーは最後尾で必死に足音を消した。
完全勝利ではない。
追手は出た。ひとりの男に顔も見られた。
だが六人は旧実習棟へ連れ帰れた。
ひとり、最後まで声を上げられなかった子がいた。
それが、ミリーの胸に小さく残った。
翌日、キッチンは満員だった。
泣く子、眠る子、熱を出す子。大学の正規の福祉網に流せない子もいる。記録に残れば、逆に連れ戻される危険があるからだ。
「隠すだけじゃ限界がある」とリィナ。
「分散が必要ですわね」とステファニー。
「その前に腹減ってる」とエル。
そこでミリーが作ったのが、大量のおにぎらずと弁当のおかずだった。海苔とご飯で具材を包み、切れば配りやすく、運びやすい。屋外でも食べられるし、持ち逃げもできる。
「これはいいわね」
リィナが断面を見て頷く。
卵、野菜、少量の肉。何が入っているか一目で分かり、子供に安心感も与える。
「ピクニックみたい」とキッカが言った。
実際、その日は旧実習棟の裏庭へシートを敷いた。
室内に押し込めておくより、人工陽光の下で食べさせた方が子供の顔色が戻る。環境制御された空は青く、風は少しだけ柔らかい。昨日までコンテナに詰められていた子たちが、恐る恐る外を見上げている。
「ほら、食べな」
エルが笑って渡すと、小さな男の子が両手で受け取った。
「……いいの?」
「いいの。うちらの飯だもん」
その言い方に、ミリーは少しだけ胸が熱くなる。
うちらの飯。
家族みたいな響きだった。
だが、穏やかな時間は長くは続かない。
裏門近くで見張っていたキッカが、表情を変えて戻ってきた。
「大学本部から人が来る。しかも外郭警備と一緒」
ステファニーが舌打ちする。
「早すぎますわね。誰かが喋った」
「裏庭の子たちを隠して」
ミリーが立ち上がる。
「どこに?」とエル。
「実験倉庫。古い配管室の奥」
「知ってるの?」
「昨日、逃げ道探してる時に見つけました」
それは自然な答えだった。
誰もが、彼女がもう受け身ではないと知る。
数分後、大学本部の職員と警備がキッチンへ踏み込んできた。
名目は、非認可活動の監査。だが狙いは明らかだった。
「ここで未登録者を匿っているとの通報がありました」
キッカは笑顔のまま応じる。
「まさか。食文化研究部ですよ?」
その後ろで、ミリーは鍋を火にかけていた。
玉ねぎを炒める匂いが立ち、油の音が部屋を満たす。職員の鼻がわずかに揺れる。
「何をしている」
「昼食の準備です」
「監査中だぞ」
「お腹が空いたままでは正しい判断ができません」
それは詭弁だったが、効いた。
職員は眉をひそめ、警備は気まずそうに視線を逸らす。
ステファニーが前へ出た。
「ルオ商会名義で、当部の慈善活動に一部寄付が入っていますの。もし違法性を主張なさるなら、書類上の照合をお願いできます?」
肩書きは強い。
職員の勢いが少しだけ鈍る。
その間に、裏庭の子供たちは移動を終えた。
監査は結局、明確な証拠なしで引き上げた。
だが帰り際、警備のひとりが低く呟いた。
「次はもっと大勢で来る」
それを聞いたミリーは、弁当箱を握る指先に力を込めた。
ただ守るだけでは足りない。
この家を残すには、もっと大きな後ろ盾か、もっと巧妙な隠し方が要る。
ピクニックの晴天の下で、
次の戦いが決まった。