機動戦士ガンダム 美味しんぼ ロンド・ベルの究極、ネオ・ジオンの至高 逆襲のシャア前夜、ロンド・ベル寄港中の補給食堂   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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太さの違う麺と表より先

麺が2種類届いた。

太い麺と、細い麺。

どちらも正規の食材ではない。

ラー・カイラム向け補給の端数でもなく、避難者支援物資の主食でもない。

中立業者の棚卸しで出た、規格違いの乾麺だった。

伝票には、大学試料、と書かれている。

便利な言葉だ。大学試料。

食べ物を食べ物ではない顔にする言葉。

私はその文字を見て、少しだけ嫌な気分になった。

嫌な気分になるくせに、手帳を開く。そこが私の性格の悪いところだ。

 

リィナ・アーシタは、麺の束を見た瞬間、目が少し輝いた。

本当に少しだけ。でも私は見逃さなかった。

「配分表を作れる」

リィナが言った。

 

「今、すごく嬉しそうだったよね」

私が言うと、リィナはツンとそっぽを向いて即座に否定した。

「う、嬉しくなんかないですっ! 必要だから作るだけですっ!」

 

「必要そうな顔じゃなくて、文具店で新しい定規を見つけた顔だったけど」

 

「キッカ、あとでお話があります」

 

エル・ビアンノが横でニヤニヤと笑った。

「リィナ、怒る時だけお姉さんぶるよねー。ジュドーの妹のくせにさ」

 

リィナの耳が真っ赤に染まる。

「あ、兄さんは関係ありませんっ!」

 

「今の反応、めちゃくちゃ関係あるじゃん!」

 

「ありませんっ!」

 

「あ、声が裏返った」

 

「裏返っていませんっ!」

リィナはぷいっと顔を背け、麺の束を机にドンと置いた。

まったく、この生真面目な妹分はからかい甲斐がある。

 

太い麺は、見るからに腹に残りそうだった。

細い麺は、頼りない。でも、ゆで時間は短い。

エルが太い方を持ち上げる。

「こっち、勝ち麺って感じだよね」

 

「勝ち麺って何」

私が聞く。

 

「食べたら、腹の中で『俺の勝ちだ!』って勝利宣言するやつ」

 

「胃がうるさそう」

 

「エルさんの発想がうるさいだけです」

リィナが即答した。

 

ファ・ユイリィは、太い麺と細い麺をそれぞれポキリと折って、鋭い視線で断面を睨みつけた。

それから、湯を沸かす鍋の横へ恭しく並べる。

「この太い麺は、強靭な生命力を内包しているわ。噛みしめるほどに小麦の香りが爆発する……でも、噛む力が落ちている子には、その弾力が凶器になる」

 

「じゃあ、細い方がいいの?」

エルが聞く。

 

「細い麺は消化への負担が軽い。でも、致命的に伸びやすいのよ。そして伸びた麺は、料理のセオリーから言えば『完全なる敗北』を意味するわ」

 

「負けじゃん」

 

「ええ、見た目と食感の評価軸ではね」

ファは細い麺を愛おしそうに指でつまんだ。

「でもね、歯や顎が弱い子にとっては、伸びて弾力を失った状態こそが、至高の優しさになり得るのよ。麺は、腰があればいいってもんじゃない。食材の『腰』を誇示するのは、時に作り手のエゴでしかないわっ!」

 

リィナがハッとして顔を上げた。

「こ、腰がない麺を、正しい料理として提供していいんですか……?」

 

「誰に出すかによるわ」

ファは即座に、だが深い慈愛を込めて答えた。

「料理の正解は、皿の上だけの絶対評価で決まるものじゃないの。食べる人間の状態と完全に調和した時、初めてその料理は完成するのよ!」

 

私はまた手帳に書きたくなった。

料理の正解は、皿の上だけで決まらない。

強い。強すぎる。

黒板に大書したら、たぶんその瞬間に圧倒されて死ぬ言葉だ。

標語になる。標語になった言葉は、少しずつ料理の真の姿から離れていく。

私は手帳を開かなかった。

 

リィナは一生懸命に表を作った。

体格。空腹時間。噛む力。来る時間。配膳温度。好き嫌い。

最後の欄で、彼女の鉛筆がピタリと止まった。

「……好き嫌いって、本人に聞いてないと分かりません」

 

「じゃあ聞けば?」

エルが軽く言う。

 

リィナは悔しそうに唇を噛んだ。

「聞く順番が、表の後になっていました……」

その声は、小さかった。でも、かなり痛そうだった。

彼女は表が好きなのではない。表がないと怖いのだ。

リィナは前にそう言っていた。

でも、表を作ると、本人より先に無機質な答えが並んでしまう。それも怖い。

怖いものから逃げるために作った表が、別の怖さを連れてくる。

リィナはそれを、たぶん今目の当たりにしていた。

 

昼前、太い麺は2杯分減った。

先に来た子が食べた。走れる子だった。声を出せる子だった。食べたいと手を伸ばせる子だった。

走れない子は、間に合わなかった。

リィナの表では、その子は太い麺の候補だった。

空腹時間が長い。体格も小さい。腹持ちを優先するなら、太い麺。

でも、来るのが遅かった。

いや、来るのが遅いのではない。早く来られなかったのだ。

 

リィナは表の3行を消しゴムで強く擦った。

ビリッ。紙が破れた。

「……私、間違えました」

 

「私もよく間違えるよ!」

エルが言った。

 

「あなたは、間違え方がうるさいんですっ!」

 

「なによ! 慰めてあげたのに!」

 

「慰めが大声すぎるんですっ!」

リィナは破れた表を見つめた。

泣きそうではなかった。泣く代わりに、鉛筆を削り始めた。

もう十分尖っている鉛筆を、ガリガリと。

削りすぎて、ポキリと芯が折れた。

 

エルが小声で私に言う。

「リィナの謝罪って、鉛筆が犠牲になるタイプなんだね……」

 

「聞こえていますっ!」

 

「聞こえるように言ったんだもん」

 

「なお悪いですっ!」

 

その日の夜、細い麺が完全に伸びた。

リィナはそれを配膳するのをひどく嫌がった。

「こんなの、料理としては最悪です……」

 

ファは静かに首を横に振った。

「料理として、誰に対して最悪なの?」

 

リィナはハッとして黙り込んだ。

細い麺は、たしかにデロデロに伸びていた。

箸で持ち上げると、自重に耐えきれずに途中でプツリと切れる。

見た目は頼りなく、香りも弱い。

けれど、ファは湯を少し多めに残して、薄い汁の中にその崩れた麺を滑り込ませた。

 

「ゆ、ゆで汁を残すんですか!?」

リィナが驚愕して聞く。

 

「ええ、今日は残すわ」

ファはまるで錬金術師のように鍋を操りながら語る。

「見てなさい。麺の表面から溶け出したでんぷん質が、汁の輪郭を優しく丸くしているでしょう? 塩の棘で無理やり味を立たせるより、この天然のトロみが喉の粘膜を保護し、スッと喉を通しやすくしてくれるのよ!」

 

「でも、ゆで汁って普通は捨てるものじゃないの?」

エルが目を丸くして聞いた。

 

「捨てる時もある。使う時もある。料理の常識を盲信して全部決めつけると失敗するわ」

ファは伸びた細麺を椀に入れた。

「小麦の腰を残して食感を楽しむ料理と、腰を完全に消し去って究極の優しさを追求する料理は違う。今日は、腰を消すのよっ!」

 

ファはその椀を、昼に間に合わなかった子の前へそっと置いた。

無理に手渡さない。でも、遠ざけもしない。絶妙な距離感。

その子は、しばらく椀をじっと見ていた。

それから、顔を近づけ、小さく口をつけた。

 

「……こっちが、いい」

声は、ほとんど息のようなささやきだった。

理由は、弱った歯が当たらないからだ。麺が舌の上で、噛むまでもなくほどけていく。

 

リィナは自分の崩れた表を見た。

表には、「噛む力」という欄がある。

でも、「歯が当たるとつらい」という切実な言葉は、そこにはなかった。

リィナは鉛筆を握り直し、そこへ書き足した。

歯が当たらない方が楽。

字が、少しだけ震えていた。

 

エルは黙っていた。

めずらしく、本当に静かに黙っていた。

私はそれを手帳に書こうとして、やめた。

エルが黙ったことを書いたら、あとでエルが無理にうるさく振る舞いそうな気がしたからだ。

 

食後、リィナは皿を1枚、ものすごく丁寧に洗っていた。

キュッキュッと、もう汚れは完全に落ちているのに。

それでも、意地になったように洗っていた。

「リィナ、もうピッカピカだよ」

私が言うと、リィナは水を止めずに答えた。

 

「知ってます」

 

「じゃあ何でまだ洗ってるの」

 

「表を破ったからです」

 

「……皿、関係ある?」

 

「ありますっ!」

 

「どういう関係?」

 

「私の中での問題ですっ!」

 

そう言い切られると、もう何も言えなかった。

リィナは常に正確で完璧に見えて、たまにこういう、とても不器用で不正確な謝り方をする。

そこが、反則的に可愛い。

そう思ったことは、絶対に手帳には書かなかった。

本人に見せたら、また耳を真っ赤にして怒るからだ。

 

翌朝、掲示板に小さな紙が貼られていた。

表より先に、本人に聞く。

私はその紙を見て、リィナに聞いた。

「これ、正しい言葉だから貼ったの?」

 

リィナは少し考えてから、首を振った。

「違います。私が忘れるから貼るんです」

 

「リィナが忘れるの?」

 

「忘れます。私は表があると、それに頼って安心してしまうから……」

リィナはそう言って、少しだけ悔しそうに目を伏せた。

「安心すると、本人の本当の声を聞く前に、もう正解が出ている気がしてしまうんです」

 

エルが不思議そうに首をかしげる。

「へー、リィナみたいにしっかりしてても、そうなるんだ」

 

「私だから、なるんですっ」

 

「今の台詞、ちょっとかっこいいね」

 

「ほ、褒めても新しい表は作ってあげませんからねっ!」

 

「別に欲しいって言ってないし!」

 

ファは掲示板を見て、優しくうなずいた。

「いい言葉だと思うわ」

 

リィナは少し照れたように頬を染めた。

でも、すぐにいつものキリッとした顔に戻った。

「ただし、紙が右下に曲がっています」

 

「そこ!?」

エルがツッコミを入れる。

 

「そこですっ!」

リィナは掲示をキュッと直した。

右上が1ミリ下がっていたらしい。

私にはまったく分からなかった。でも、リィナには分かる。

何でも正確に分かってしまうからこそ、彼女は少し生きづらいのだと思う。

 

その日の昼、リィナは配膳表を取り出す前に、子供の前でスッと膝を折った。

「硬いのと柔らかいの、どっちが楽ですか?」

答えは、すぐには返ってこなかった。

リィナは静かに待った。表を見なかった。鉛筆も持たなかった。

ただ、目の前の相手を見つめて。

 

少しして、その子がぽつりと言った。

「……柔らかい」

 

リィナは優しくうなずいた。

それから表の隅に、「柔らかい」とだけ書いた。

たった4文字。

でも、それは昨日の完璧な表より、ずっと正確なデータだった。

 

エルが横からニヤニヤとのぞき込む。

「リィナ、今の対応、ちょっと勝ち誇ってない?」

 

リィナはすぐに言い返そうとして、言葉を飲み込んだ。

「勝ちではありませんっ」

 

「じゃあ何?」

 

「……ちゃんと、聞けただけです」

 

エルはにやっと笑った。

「それ、結構いい顔じゃん」

 

リィナは耳まで真っ赤にした。

「う、うるさいですっ!」

 

「あ、照れた!」

 

「照れてませんっ!」

 

「『照れてる』って項目、表に書き足していい?」

 

「書いたら破りますっ!」

 

「表を?」

 

「あなたをですっ!」

 

「こわっ!」

 

私は笑った。

今度は、笑ってもそれほど嫌な気分ではなかった。

会話の温度が、少しだけ温かい生活のそれに近づいていたから。

 

伸びた麺は、最後まで豪華な料理には見えなかった。

香りも弱いし、見た目も頼りない。

でも、歯が当たらない方が楽な子にとっては、それが今日の絶対的な正解だった。

 

ファは鍋の湯をすべて捨てず、小さな器に少しだけ残していた。

「また記録用?」

私が聞く。

 

「そうよ。伸びた麺から出た成分が溶け込んだ汁」

 

「そこまで細かく残すの?」

 

「残すわ。次に同じ状況になった時、これがただの失敗の産物か、それとも計算して使える究極の技法か、正確に再現できるようにね」

 

使える究極の失敗。

その言葉も、かなりヤバい。

私は手帳に書き留めたくなった。でも、やめた。

代わりに、事実だけをこう書いた。

 

細い麺。

伸びた。

歯に当たらない。

柔らかい方が楽。

 

これでいい。これくらいがちょうどいい。

 

夜、リィナは破れた表を一生懸命に貼り合わせていた。

テープで丁寧に。切れ目に沿って。

でも、いくらきれいに貼っても、破れた痕跡は消えずに残る。

「新しく作り直せばいいじゃん」

エルが呆れたように聞く。

 

リィナは頑なに首を横に振った。

「破れたところが必要なんですっ」

 

「表なのに?」

 

「表だからですっ」

リィナは破れ目の横に、小さな整った字で書き足した。

 

本人に聞く。

表より先に。

 

それから、私の手帳をじっと見た。

「キッカ」

 

「なに」

 

「……それ、書きますか」

 

「どれ?」

 

「私が、表に頼って間違えたこと……」

 

私は少し意地悪に迷ってみせた。

「書く」

 

リィナは小さく、観念したように息を吐いた。

「じゃあ……私がちゃんと聞けたことも書いてください」

 

「聞いたこと?」

 

「柔らかい方が楽かどうか、膝をついて聞いたこと」

 

「書くよ」

 

「あと、表を捨てずに貼り直したこともっ」

 

「書く」

 

「破れ目は、あまりかっこよく書かないでくださいね」

 

私は思わず吹き出しそうになりながらうなずいた。

「かっこよくしないよ」

 

リィナは安心したような、でも少しだけ不安そうな、複雑な顔をした。

その素直じゃない顔が、たぶん今日いちばん、リィナらしくて可愛かった。

 

私は手帳にペンを走らせた。

 

太い麺は、間に合わなかった。

細い麺は、伸びた。

伸びた麺を、いいと言った子がいた。

リィナは表を破った。

それから、本人に聞いた。

 

最後に少し考えて、もう1行足した。

 

表は、正解を出すためではなく、聞き忘れたことを忘れないためにある。

 

書いたあと、見せるかどうか迷った。

迷ってから、そっとリィナに見せた。

リィナはそれを読んで、少しだけ眉を寄せた。

 

「……字が大きいです」

 

「またそこ!?」

 

「そこですっ!」

 

私は苦笑しながら、字を少し小さく書き直した。

リィナはそれを見て、ツンとした態度のまま小さくうなずいた。

「……なら、いいです」

 

その夜、掲示板の小さな紙は、1ミリも曲がらずに貼られていた。

表より先に、本人に聞く。

正しいから貼ったのではない。忘れるから貼ったのだ。

そういう不器用な紙なら、私は嫌いじゃなかった。

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