東京喰種【赤鬼】   作:マツユキソウ

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何の為に、誰の為に

「真戸さんッ!! 大丈夫ですか!!」

 

「大丈夫だ亜門君。それより……目の前の事に集中するんだ」

 

亜門は上司である真戸呉夫が指をさした方向を見ながら、棍棒型のクインケ『ドウジマ』をゆっくりと構えた。

そこには、亜門達が追っていた喰種の女を庇う様に前に立った、白いコートを着た人物がいた。

フードを深く被り、俯いているせいで顔はわからない。

身長は160cm程だろうか、大きめのコートのせいで体つきがわからず、性別や年齢が判断できない。

(警告はしておくか……)

 

「貴様ッ! 自分が何をしたのかわかっているのか!! 喰種を庇うなど人間のするべきことじゃないッ!!すぐにそこをどいて離れろ!!」

 

亜門はクインケを威嚇のつもりで一度振って、目の前の人物に退避するように警告した。

身長190cm程ある体格のガッチリした男が、これまた体格に見合った武器振って怒鳴る。それだけで普通の人間であれば縮こまり、素直に命令を聞くであろう……それだけ今の彼からは凄まじい覇気が出ていた。

 

「……はぁ」

 

しかし、目の前の白いコートを着た人物は、命令を聞くわけでもなく。呆れた様子で肩をすくめただけであった。

 

「貴様ッ!!」

 

その様子を見た亜門は頭に血が上り、鬼の形相で白いコートの人物を睨んだ。

(出来るだけ穏便に済ませたかったのだが……)

コートを着た人物を強引に退避させようと考えた亜門に、真戸から声がかかる。

 

「亜門君、もう少し冷静になれ。目の前の白いコートは私のクインケを弾いたのだぞ? そんな事ができるのは……」

 

「……赫子を持っている喰種だけ、という事ですか」

 

「正解だ亜門君、そして……唯の喰種ではないぞ」

 

鱗赫のクインケ『フエグチ壱』を構え直した真戸は、チラリと後ろを見て右目を閉じて合図を出した。

その合図を見た二十区のCCG局員捜査官の草場と中島は、持っていた拳銃の照準を白いコートの人物に向け……それぞれ二発ずつ発泡した。

 

銃声が響いた瞬間に、何か硬い物同士がぶつかり合う音がした。

いや、正確には発射された弾丸が、全て白いコートを着た人物が出した平らな棒状の赫子によって防がれた音だった。

 

「なっ!?」

 

その様子を見た亜門と局員捜査官の二人は驚きを隠せなかった。

白いコートを着た喰種と中島達との間は精々七m程である。

いかに人間の数倍以上の身体能力を持っている喰種といえども、この距離から撃てば確実に当たる筈であった。

しかし、目の前の喰種は一歩も動かずに全ての弾丸を防いでみせた。

つまり、考えたくないことだったが、目の前の喰種はその辺にいる喰種とは桁違いの身体能力があるということだった。

 

「いきなり攻撃してくるなんて、酷いですね」

 

喰種が声を発した。

身体能力が高いという事もあり、てっきり男の喰種だと思っていたが、目の前の喰種は声質からして少女のようで、抑揚のない声でそう言った。

しかし、亜門達にとってはどうでも良い事であった。

女だろうが男だろうが、はたまた子供だろうが老人だろうが、喰種であれば殺す。

そこに例外など存在しなかった。

 

「なるほどな、我々に殺されそうになった喰種を助けに来たということか……反吐が出る」

 

「……貴方達はどこまで偉い?」

 

「何?」

 

「お前達喰種捜査官は、この世に一つしかない命の価値を決めるほど偉いの?」

 

「ふん、喰種の分際で命の価値が、だと? 貴様らがいるから、今もこうして誰かが悲しい思いをしている。将来を潰された人達がいる。そして……愛する者を失った人達がいる……自分の事を過剰評価する気はないが、貴様達よりマシな存在だと思っている」

 

「オマエたちだけだと思うな……」

 

「なに?」

 

「お前達だけが、悲しい思いをしていると思ったら大間違いだと言ったんです」

 

「ふん……何を言うかとおもっ「亜門君、少し黙っていなさい」

 

今にも目の前の喰種に飛びかかりそうな亜門を、真戸呉夫は肩を掴んで後ろに引っ張った。

亜門は喰種に負けず劣らない身体能力を持っているが、冷静さを欠くと行動が単調になってしまう。

そして、今の亜門の状態は頭に血が上り、完全に相手の実力を測り間違えている。

 

(さて、亜門君の今の状態では確実にやられてしまう。コレを狙ったとしたら、岸花雪……中々に厄介な喰種だねぇ)

 

真戸は亜門に冷静さを取り戻らせる為に後ろに下がらせ、代わりに自分が目の前の喰種と対峙する形でクインケを構える。

 

「真戸呉夫……」

 

「さて…………確かに君はあの事件の被害者であろう、それは認めるし同情もする。君に殺された捜査官がいたら、今すぐにでも再教育してやりたいが、そうはいかないからねぇ……」

 

「そう……」

 

「だが一つ勘違いしないで欲しい」

 

「?」

 

「喰種が人を喰う化け物である限り……人と喰種は分かり合えないッ!!」

 

真戸はクインケを振るいながら、そう叫んだ。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

「ほら、どうした? 守っているだけでは私は倒せんぞ?」

 

「ッ……」

 

真戸呉夫、やはり一筋縄ではいかないようですね。

私は真戸呉夫のクインケを弾きながら隙を伺う。

 

……オカシイ。隙が見つからない。

防御ならまだしも、攻撃には必ず隙が生まれる。

それは、攻撃と攻撃の間だったり、体が疲労した時、一瞬でも攻撃以外の事を考えた時だ。

それなのに真戸呉夫の攻撃には隙が見つからない。

 

「ほぅら!!」

「ック」

 

私の右脇腹を狙った攻撃。

右の赫子で強く弾き返せば、その衝撃で体勢が崩れるはず。

 

「なめ……るな!!」

「おっと?」

 

私は赫子に力を込める意味も兼ねて声をだす。

右足を軸にして、後ろにいる笛口(だったかな?)さんを赫子で傷つけない様に、高さを調整して勢いよくその場で回転する。

そして、そのまま右から来ている骨を合わせたような鞭状のクインケに叩きつける。

 

「……え?」

 

「ックク、今のは中々良い手だったが、まだ甘い」

 

予想よりも軽い感触。

まるで、クッションを叩いたかの様な柔らかい衝撃に、私は自分の赫子を見る。

そこには、私の赫子に絡みつく様に真戸呉夫のクインケがくっついていた。

 

「私のクインケは中々扱いづらくてね。慣れるまでに苦労したが……慣れてしまえばいろいろ使えるんだ。例えば、衝撃を和らげる。とかね」

 

「くっ……」

 

「そう睨むな……赤鬼」

 

真戸呉夫の発言で、後ろで待機していた亜門さん達が驚愕の声を上げた。

あぁ、バレていましたか。

まぁ……今更隠す必要もありませんね。

私はフードを取る。

止む気配がない雨が、私の白髪を濡らす。

 

「やはり、綺麗な髪色だな」

 

……は?

真戸呉夫がいきなりそう呟いた。

雨音のせいで、後ろに居た亜門さん達には聞こえていなかったようですが、いきなり何を言い出すのでしょうか。

わからない。

 

「あぁ、別に深い意味はない」

 

「そう……」

 

「――だな」

 

え?

真戸呉夫が、何かを言った気がした。

その瞬間。右の脇腹辺りが熱くなる感覚と痛み。

見ればそこには、いつの間にか私の赫子から離れたクインケが喰いついていた。

 

「さて、私としてはこのまま抵抗しないでくれると嬉しいのだが?」

 

「っ!? ふざ……けるな」

 

「ふざけてなどいないさ、私はお前達に情けをかけてやる程には優しいのだぞ?」

 

 

「っく……偉そうに……お前たちのせいで、あの子達はッ!!」

 

 

 

――――――

 

 

 

『あの子達はッ!!……ねぇ。』

 

え?

 

『あの事件、全ての責任を捜査官のせいにしてるけど……本当に全部捜査官が悪いのかな?』

 

悪い……悪いに決まっています。

 

『へぇ……でもさ、あの時私が赫子で捜査官達を殺していれば、私の守りたかった物は失わずに済んだよね』

 

…………。

 

『私が喰種だって子供達にバレるのが怖かった。この生活を壊したくなかった。たったソレダケ……結局、自分勝手な恐怖心で子供達を救えなかった。守るべきものを守れなかった』

 

やめてッ!

 

『子供を殺したのって……ワタシだよね』

 

やめて……やめてやめてやめてやめてやめて。

 

『誰かのせいにして罪から逃げて……「貴様達よりマシな存在」全くもって亜門さんの言う通りだよね。私達がいなければあの子達は死ななかった。あの子達の将来は失われずに済んだ』

 

……。

 

『私達は、不必要な生き物だよ』

 

 

 

―――――

 

 

 

「敵の目の前でスキを見せるとは、愚かな行為だッ!!」

 

「しまっ……ッ!?」

 

意識が浮上する。

気が付くと、真戸呉夫のクインケが私の目の前まで迫ってきていた。

避けようにも、右脇腹の傷のせいで上手く動けない。

 

……赫子を展開している余裕はない。

当たれば致命傷は免れない。

これが、罰なの?

私が…………私たちが存在しているから…………

 

「見ず知らずの私の為に戦って下さり、ありがとうございます」

「えっ……?」

 

トンッ。

私の後ろから優しげな声が聞こえたかと思うと、不意に背中を押される感覚。

何の抵抗もなく倒れていく最中、私が目にしたのは……ニッコリと微笑んでいる笛口さんだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お母さんッ』

 

その時、何処から少女の声が聞こえた。

震える声。悲しそうな……涙声。

そうだ。

そうだッ!!ソウダッ!!!

私は何の為にここに来た。自分の存在がバレるというリスクを冒してまでこの人を助けに来たんだ。

私は声がした方向を横目で確認する。

そこには、電柱の影から涙を流しながらこちらを……いえ、笛口さんを見ている少女がいた。

 

そう、私はあの子が泣いているのを発見して、ここまで来たんじゃないか。

 

助ける。

助けるんだ……助ける。助ける。助ける。たすケる。タスケルンダ。

 

『りょう!! どうして、どうしてなのぉおお』

『あかね……嘘よ。嘘』

 

アノ時のコウケイだ。

イヤダ。

モウ、アンナカナシイ……ミタクナイ。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

赤鬼の隙を付いた真戸呉夫の一撃は、赤鬼を庇った笛口に確実に届くはずだった。

しかし。

笛口の首元に届く瞬間、真戸に向かって何かが迫って来ていた。

瞬時にクインケを戻しながら後ろに下がる。

その瞬間に真戸がいた場所が、大きく抉れる。

 

「ほぅ……」

 

真戸は自分の見たものが信じられず、動きを止める。

しかし、すぐに気持ちを落ち着かせて冷静にソレを分析する。

 

「なる程、赤鬼……とはよく言ったものだ」

 

「アハッ!!」

 

真戸の目の前には、赤鬼がいた。

だが、先程の姿と変化している。

紅の光沢のある滑らかな赫子で鼻から下を覆い、仮面で隠れていた紅の瞳が顕になる。

白いコートを着てはいるが、袖から見える手は、篭手の様な紅い赫子で覆われていた。

そして、何より一番変化しているのは、彼女の赫子であった。

腰の辺りから左右に五本ずつ――計十本出た赫子。

左右から五本ずつでた赫子は、まるで鬼の手の様な形をしている。

 

「甲赫ではなく鱗赫か……それに、赫子を纏うように展開しているということは、赫者である可能性があるな」

 

「オニゴっこッ!! ワタシがオニねぇえええええええええええええ」

 

「くくっ、捕まえるのは私のほうだよ」

 

 

 

 

 

 






赤鬼が苦戦した理由――後ろに笛口さんが瀕死の状態でいたから。


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