廻る世界、渡る魂   作:月影うみ

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VSどらごん

慌てて立ち上がった愛子たちが、急いで一人外へ向かったうみの後を追って洞窟の出口へと走り出す。

薄暗い洞窟の中を、息を切らして駆ける愛子や園部たち。

しかしその後方では、彼らの焦燥感とは反対に、極めてのんびりとした足音が続いていた。

 

「……うみ、すごく楽しそうだった」

「あんな顔するんですねぇ。いつも涼しい顔してるから新鮮ですぅ」

『まあ、私たちの前だと大体ふわっとしてるか、呆れ顔をしてるからね! それはそれでいいんだけど!』

 

一切の焦りもなくマイペースに歩いてくるユエ、シア、ミレディの三人である。(ミレディはユエに抱えられているが)

彼女たちの間には、これから伝説の凶悪魔物と相対するという緊迫感など微塵も存在していなかった。

 

ゴォアアアアア!!

 

突如、洞窟の奥――外の世界から、大気を激しく震わせるような咆哮が響き渡った。

ただの鳴き声ではない。

莫大な魔力と圧倒的な殺意が込められたその音圧だけで、ビリビリと肌が粟立ち、愛子やウィルは反射的に首をすくめて足を止めてしまう。

出口はもうすぐそこだ。

しかし、大量の水が流れ落ちる滝のカーテンが道を塞いでおり、外の様子は窺えない。

 

「た、滝を開けてください! 早く月影くんを!」

 

すがりつくような愛子の声に、追いついたユエが小さく頷く。

彼女が視線を向けただけで、無詠唱の水魔法が発動した。

轟音を立てて流れ落ちていた滝が、まるでモーセの海割りのように左右に真っ二つに分かたれる。

開かれた視界の先、月明かりに照らされた夜の峡谷。

そこに広がっていた光景に、愛子たちは文字通り言葉を失った。

 

上空に君臨する、体長七メートルに及ぶ漆黒の巨竜。

夜闇の中で爛々と輝く黄金の瞳が、眼下の獲物を睥睨している。

その存在が放つ絶大なプレッシャーに、愛子も、園部たちも、ウィルでさえも、蛇に睨まれた蛙のように硬直してその場に尻餅をついてしまった。

 

本能が警鐘を鳴らす。勝てるはずがない。手を出してはいけない『死』そのものだ、と。

しかし――そんな絶望の象徴を前にして、ただ一人、全く別の次元にいる者がいた。

 

愛子たちがへたり込んだ場所から、少し前方の五〜十メートルほど上空。

滝壺の水面からふわりと浮き上がり、まるでそこに透明な階段があるかのように虚空に佇む少年。

月影うみは、吹き荒れる竜の殺気など微塵も意に介する様子もなく、静かに上空の巨竜を見上げていた。

 

「さすがドラゴン。文句なし。間違いなく特級クラス……だけど」

 

銀青の髪を夜風に揺らしながら、うみはぽつりと呟いた。

彼の『六眼』は、黒竜の巨体を覆う強固な鱗の性質だけでなく、その内側で渦巻く魔力の流れまでを克明に視覚化している。

圧倒的な魔力の奔流。

だが、その中に微かなノイズのように混じり込む『異物』を見逃すうみではなかった。

 

(精神干渉系の術式……?)

 

黒竜の意思とは無関係に、強制的に思考を書き換えるような魔法。

誰の魔法かまでは、黒竜自身の莫大な魔力がノイズとなって正確には読み取れない。

しかし、この竜が本来の自我を封じられ、何者かの命令に忠実に従うだけの操り人形に成り下がっていることだけは確実だった。

 

(せっかくのドラゴンなのに。これじゃあ、本気は期待できそうにないかな)

 

誰かに操られているという事実に、うみは微かな落胆とともに息を吐く。

だが、その瞳に宿るキラキラとした光は決して失われてはいなかった。

理屈や戦闘力などはさておき、男子たるもの、本物のドラゴンを目の前にして胸が躍らないはずがないのだ。

 

その黒竜は、ウィルの姿を確認するとギロリとその鋭い視線を向けた。

そして、硬直する人間達を前に、おもむろに頭部を持ち上げ仰け反ると、鋭い牙の並ぶ顎門をガパッと開けてそこに魔力を集束しだした。

 

キュゥワァアアア!!

 

不思議な音色が夜の山間に響き渡る。直後、竜の口からレーザーの如き黒色の極大ブレスが一直線に放たれた。

音すら置き去りにして迫る必滅の閃光。その圧倒的な熱量と死の気配に、愛子たちは悲鳴すら上げられず、ただ絶望に目を瞑るしかなかった。

 

「よいしょっと」

 

だが、そのブレスが愛子たちを消し炭にする直前、緊迫感の欠片もないのんびりとした声が響いた。

ブレスの射線上、愛子たちと黒竜の間の上空に、うみは『天衣無縫』の術式でふわりと浮遊したまま立ち塞がっていたのだ。

『無下限呪術』を使えば、ただ突っ立っているだけでやり過ごせる。

しかし、せっかくのドラゴン相手にそれでは味気ない。うみは、空間を操る術式『天衣無縫』を防御と反撃の手段に選んだ。

 

うみが両手で何もない虚空を掴み、まるで布を引っ張るようにグイッと手元へ引き寄せる。

その瞬間、うみの目の前の空間がぐにゃりと歪んだ。

直撃するはずだった極大のブレスは、歪んだ空間の表面を滑るように軌道をずらされ、うみをぐるりと回り込むように円を描く。

 

「はい、お返し!」

 

そして、うみは掴んだ空間の布を、勢いよく黒竜の方向へと投げた。

完全に軌道を反転させられた極大ブレスが、放たれた時と全く同じ威力と速度で、上空の黒竜へと向かって逆流していく。

 

「グルァアアア!?」

 

自らの極大ブレスを真正面から浴びた黒竜は、驚愕の悲鳴を上げながら空中で大きく体勢を崩した。

ブレスの轟音が止み、恐る恐る目を開けた愛子たちは、信じられない光景に絶句する。

うみが無傷で浮いているばかりか、あれほどの威容を誇っていた黒竜が、自らの攻撃で吹き飛ばされていたのだから。

 

「さぁ、本格的に行こ――」

 

うみは楽しそうに笑うと、体勢を崩した巨竜に向けて一気に距離を詰める。

しかし、ダメージを受けたはずの黒竜は、迎撃に来たうみには一切目もくれなかった。

洗脳の命令に絶対服従する操り人形は、標的であるウィルだけを執拗に見つめ、うみの横を完全に素通りして一直線に突進しようとしたのだ。

 

「……え? どこ見てんの」

 

自分を無視して横を通り過ぎようとする巨体に、うみは不満げに呟く。

直後、彼は素通りしようとする黒竜の太い尻尾を、素手でガシッと掴んだ。

人外級の膂力に、呪力強化を加えた強引極まりない力業。

うみは体長七メートルの巨竜を、ハンマー投げの要領で空中で強引に振り回すと、愛子たちとは逆方向の川原に向かって豪快にぶん投げた。

 

ドォガァアアア!!!

 

轟音と共に地面に激突し、盛大に土煙を上げる黒竜。

それを上空から見下ろしながら、うみはポツリと呟いた。

 

「……ダメじゃん」

 

本物のドラゴンを目の前にして、うみの中で少年特有の妙なテンションのスイッチが入ってしまったらしい。

夜風に銀青の髪を揺らしながら、うみは地上に倒れ伏す黒竜を見下ろす。

愛子たちのいる後方からは、彼の美しい横顔が月明かりに照らされてはっきりと見えていた。

少しだけ拗ねたような、それでいてどこか妖艶で、ゾクッとするような色気を孕んだ視線。

普段の彼なら絶対に口にしないであろう、甘い言葉がこぼれ落ちる。

 

「俺のことだけ見ててくれないと……妬けちゃうよ?」

 

当然、それは黒竜に向けられた言葉と視線である。

しかし、月明かりの下で見せたその圧倒的な美貌と、甘く危険な響きを持ったセリフは、後方で見ていた者たちの心臓を、ものの見事に撃ち抜いていた。

 

「えっ……あ、え……っ」

 

さっきまでドラゴンの恐怖で泣きそうになっていた園部優花は、恐怖を完全に上書きされて顔を真っ赤にしていた。

完全に語彙力を喪失し、耳まで朱に染めながら両手で顔を覆ってその場にしゃがみ込む。

 

「……ん。カッコいい。でも、私に言ってくれたらもっとポイント高いのに」

 

うみのカッコよさには一番慣れているはずのユエは、胸を押さえて微かに頬を染めつつも、余裕の笑みを浮かべていた。

 

「はぁ〜……普段の涼しい顔のうみくんも最高にいいけど、ああいう積極的なのもいいなぁ……」

 

ミレディは、ゴーレムボディでありながら中身の乙女な部分をモロに撃ち抜かれていた。

うみの新たな一面にガッツリ魅了され、しみじみと熱い吐息を漏らしながら惚れ直している。

 

(あの子は生徒! あの子は生徒! いくらカッコよくて大人の色気があってもダメです愛子!)

 

愛子は、顔を真っ赤にしながら両手で自分の頬をベチベチと叩いていた。

今ここが死の危険が迫る戦場であることも忘れ、必死に教師の理性を総動員して自らの心臓の鼓動を抑え込もうとしている。

 

「……あんな甘いセリフ、一体どこで覚えてきたんですか……。うみくんの将来がちょっと心配ですぅ」

 

そしてシアは、呆れたようにウサミミを力なく垂らしていた。

彼が今後どれだけの女性を無自覚に落としていくのか、お姉ちゃんとして本気で将来を憂いてため息をつく。

 

死の危険が迫る戦場だというのに、彼女たちの脳内はすでに別の意味でショート寸前。

そんなカオスと化した空間を他所に、地面に叩きつけられた黒竜が激怒の咆哮と共に身を起こした。

 

洗脳状態でありながらも、今の攻撃でうみを明確な脅威として認識したのだろう。

黒竜はウィルから一旦目を離し、上空のうみへ向けて顎門を開く。

直後、さながら対空砲火のように、巨大な火炎弾が乱れ飛んできた。

 

「やっとこっち向いた」

 

自身に殺意を向けてきた巨竜に対し、うみは嬉しそうに笑みを深める。

うみは術式を切り替え、空中の何もない空間に不可視の線――『反射線』を次々と展開した。

それは触れたものを反射する空間のトランポリン。

うみは空中に配置した線を蹴り、まるでピンボールのように超高速で跳ね回りながら、迫り来る火炎の雨を最小限の動きで回避していく。

炎の嵐を軽々とすり抜け、うみは一気に黒竜の懐へと飛び込んだ。

 

接近と同時、うみは手元で魔力を硬質化させ、変幻自在の刃『スコーピオン』を作り出す。

そのままの勢いで、黒竜の顔面に向かって鋭い刃を叩きつけた。

 

ガキンッ!!

 

だが、甲高い金属音と共に砕け散ったのは、スコーピオンの方だった。

圧倒的なフィジカルから放たれた一撃でさえ、レールガンをも耐え凌ぐ竜鱗の硬度には一歩及ばない。

スコーピオンは形の自由度が高い分、純粋な強度ではやや脆いという弱点があった。

 

「ありゃ。やっぱりこれじゃ無理?」

 

砕けた刃を見て、うみは軽い調子で首を傾げる。

その隙を突くように、黒竜が反撃に転じた。

空気を叩き潰すような風切り音と共に、大質量の太い尾がうみの胴体を真っ二つにせんと薙ぎ払われる。

空中で回避不能に見えるタイミング。

しかし、うみの顔に焦りはない。

 

パァンッ!

 

軽快な破裂音が響いた。うみが両手を叩き合わせたのだ。

一定以上の呪力を持ったモノの位置を入れ替える術式『不義遊戯』。

超至近距離で発動したそれにより、うみと黒竜の位置が瞬時に入れ替わる。

黒竜の尾は無惨にも空を切り――入れ替わり直後、がら空きとなった黒竜の腹部のすぐ隣に、うみが拳を構えていた。

 

「『宇守羅彈』」

 

うみの打撃が、空間そのものを叩き割るように振り抜かれた。

それは衝撃が空間を伝播し、防御という概念を完全に無視して内部へと直接破壊の波を届かせる。

 

「ゴォバァアアア!?」

 

先程、自らのブレスを浴びた時以上の苦悶の声を上げ、内臓を直接抉られたような凄まじい衝撃に、体長七メートルの巨体が後方へと吹き飛ばされた。

ズゴゴゴゴッ!と凄まじい地響きを立てて川原の岩を砕きながら転がっていく黒竜。

 

一撃で露骨に動きが鈍った黒竜を見て、うみは少しつまらなそうに呟いた。

 

「うーん……これズルいから禁止にしよう。せっかくのドラゴンだし、もっと色々試したいしね」

 

無下限に続き、防御無視の強力な術式すらもあっさりと封印する。

 

「すげぇ……」

 

後方の安全圏からその戦闘を眺めていた玉井が、思わずといった感じで呟く。

言葉はなくても、他の生徒たちや愛子も同意見のようで無言でコクコクと頷き、その圧倒的な戦闘から目を逸らせずにいた。

ウィルに至っては、先程まで黒竜の偉容にガクブルしていたとは思えないほど目を輝かせて食い入るようにうみを見つめている。

彼らの視線の先では、吹き飛ばされた黒竜が即座に身を起こし、猛烈な咆哮と共に反撃を繰り出そうとしていた。

しかし、その黒竜の巨体には、詠唱の暇も与えない超高速のテンポで、紅蓮の炎や絶対零度の氷塊、果ては四方八方へと弾ける強烈な雷撃といった魔法の数々が次々と炸裂していた。

 

「……でも、あんまり効いてないように見えるんだけど」

 

凄まじい魔法の嵐の裏で、天職が『氷術師』である宮崎が不安げにポツリと漏らした。

その指摘にハッとしてよく見れば、次々と魔法を浴びているはずの黒竜の強固な鱗には、焦げ跡や霜がついているだけで致命傷には程遠い。

むしろ痛みで激怒し、より凶暴に暴れ回っているように見えた。

 

「ほ、本当だ……。さっきの一撃はあんなに効いてたのに……」

「もしかして、さっきのってめちゃくちゃ準備が必要な『大技』なんじゃないか!?

だから今は、なんとか魔法を乱れ撃ちして時間稼ぎをしてるんだ!」

「先生! このままじゃ月影くんがジリ貧です! 私たちも時間稼ぎの加勢を……!」

 

玉井たちが悲壮な決意と共に武器を構え、愛子も「ええ!」と生徒たちと共に前に出ようとした、まさにその時。

 

「……ダメ。余計なことしないで」

 

冷ややかで、どこか呆れたような鈴を転がすような声が、愛子たちの出鼻を完璧にへし折った。ユエである。

 

「で、でもユエさん! 月影くんが……!」

「大丈夫ですよ。うみくんは遊んでるだけですから。……お好きみたいですしね、ドラゴン」

 

食い下がる生徒に、シアがやれやれといった様子でウサミミを垂らしながら告げた。

 

「あ、遊んでる……?」

「……ん。あなたたちが行ったところで、うみの邪魔になるだけ」

 

呆然とする一行をよそに、ユエは上空で黒竜と対峙している少年を、絶対の信頼が籠もった瞳で見上げる。

 

「うみは、一人で戦ってる時が一番強いから」

 

その言葉の真意を測りかねて、愛子たちが息を呑む。

一方、地上でのそんな勘違いとやり取りなど露知らず。

当のうみは、上空で浮遊したまま、眼下の黒竜を見下ろしていた。

 

(魔法の効きが悪い……)

 

魔弾瓶から解放した魔法の雨。それを何発も直撃させたにもかかわらず、黒竜の鱗は表面をわずかに焦がす程度だった。その事実を、うみは頭の中で冷静に分析する。

 

(さっきの『宇守羅彈』は効いたし、呪力や呪術への耐性はないはず……いや、アレは内側を直接叩く都合上防御無視だから効いたように見えただけで、竜鱗自体が純粋にめちゃくちゃ硬い可能性もある。……一応、試してみるか)

 

うみは空中に浮遊したまま、ふわりと指先を振るった。

直後、不可視の飛ぶ斬撃――『解』が複数、黒竜の巨体に向かって放たれる。

 

ズバァッ!と、嫌な肉の裂ける音が響き渡り、黒竜が苦悶の咆哮を上げた。

真っ二つにとまではいかないものの、強固な竜鱗は確かに断ち割られ、そこそこの深手を負わせた箇所からドクドクと血飛沫が舞う。

その結果を見て、うみは納得したように一つ頷いた。

 

(俺の『解』であのダメージなら特別硬いってわけじゃなさそうだ。あの鱗は魔法……というよりは魔力に対する強力な耐性を持ってるってとこかな)

 

この世界において、なぜこの竜が、ベテランの冒険者すら手も足も出ないほどの絶望として君臨しているのか。

その理由にある程度の予測が立つ。

 

(それなら、魔力がメインじゃない『自然現象』ならどうだろう?)

 

そんな純粋な興味から、うみはある「実験」を思いつく。

怒り狂う黒竜が、再び上空のうみに向けて巨大な炎弾を連続で吐き出し始めた。

対するうみは、自らの口でしっかりと言霊を紡ぎ始める。つまりは、詠唱だ。

 

「天を焦がし地を溶かす赫灼たる劫火よ。我が呼声に応じ、大気を焦がす熱波となれ――〝爆炎(エクス・フレア)〟」

 

出力を何倍にも跳ね上げた、同規模の炎魔法を真正面から放つ。

ドゴォォォン!!と、空中で二つの炎が相殺し合い、莫大な熱量が大気を急激に熱した。

 

「月影くんの魔法と、ドラゴンのブレスが互角……!?」

 

地上で見ていた愛子たちが、その圧倒的な力と力のぶつかり合いに息を呑む。

うみはこれを何度も繰り返した。空中で巨大な炎が激突する度に、凄まじい熱波と上昇気流が生まれていく。

 

「……うみ、何してるの?」

『うみくんが無駄なことするとは思えないけど……同じこと繰り返してるだけだよねぇ?』

 

一方、ユエは不思議そうに見上げ、ミレディも周囲に聞かれないよう念話を飛ばして首を傾げていた。

そんな中、ウサミミをピーンと立てていたシアだけが、自身の体に起きている異変に気がついた。

 

「あれ……? なんか、耳と尻尾の毛が……逆立って……?」

 

バチバチと、大気中に強烈な静電気が帯び始めている。

さらに、ウサギ特有の極めて鋭敏な聴覚が、音というよりも地響きのような「超低周波の振動」を感じ取り、それが次第に遠くで鳴る「ゴロゴロ」という音に変わっていくのを捉えた。

音の出所。遥か上空を見上げたシアが、慌ててユエの服を引く。

 

「ユ、ユエさんユエさん! 空っ! 空を見てください!」

 

必死に服を引くシアの声に、ユエがハッとして上空へと視線を向ける。

そのただならぬ様子に釣られて愛子や生徒たち全員が上空を見上げると、一行はパニックを起こした。

 

「えっ!? さ、さっきまであんなに晴れてたのに!?」

 

月明かりに照らされていたはずの夜空が、いつの間にか重く分厚い、巨大な黒雲に覆い尽くされていたのだ。

急激すぎる天候の変化。愛子も直感的に悟る。

 

(まさか、あの炎の激突が原因で……?)

 

上空の巨大な積乱雲に向け、天へと指を突き立てたうみがポツリと呟いた。

 

「名前はシンプルに行こうか」

 

その言葉と共に、指先から微かな『纏雷』を帯びた魔力が導線となって空へ放たれ、上空の雷雲を直接刺激する。

直後、刺激を受けた重厚な黒雲の内部が、エネルギーの臨界を迎えて「ビガァッ!」と強烈に発光した。

 

暗闇に包まれていた夜の山々が、まるでサスペンス映画の冒頭のように、一瞬だけ白昼のごとく青白く照らし出される。

 

「〝神の(トール)――」

 

うみが天を突いていた腕を、標的である眼下の黒竜へ向けて勢いよく振り下ろす。

上空の雷雲が渦を巻き、大気がビリビリと悲鳴を上げて莫大な自然のエネルギーが一点に集中していく。

 

「――雷(ハンマー)〟」

 

腕を振り切ると同時。

天地を真っ二つに裂くような凄まじい轟音と共に、雷雲から一筋の巨大な光の柱が、逃げ場のない一直線の軌道で黒竜へと降り注いだ。

 

「ギャァアアアアア!!!」

 

大自然の数億ボルトという規格外のエネルギーが、強固な装甲を容赦なく貫き、巨体の肉体を直接焼き焦がしていく。

魔法を撃ち込んだ時とは全く違う、明確な苦悶の絶叫。

それを上空から見下ろしながら、うみは満足げに口角を上げた。

 

「よし、ビンゴ」

 

自らの予測が完璧に的中したことを確認し、うみは小さく指を鳴らす。

 

雷光が収まると同時、黒焦げになった黒竜の巨体がズドォォン!と凄まじい地響きを立てて地面に墜落した。

視界を遮るほどの激しい土煙が舞い上がる。その分厚い粉塵のベールに阻まれ、墜落した黒竜の姿は窺えない。

 

「た、倒したん……ですか?」

 

静まり返った峡谷に、愛子の震える声だけが小さく響いた。

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