生まれ変わった世界は   作:月影うみ

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12話

季節は、気づけばまた巡っていた。

 

あの日、黒板の前で自己紹介をした春から──

もう二年が経つ。

 

久しぶりの"普通の世界"は、

最初こそ戸惑いの連続だったけれど、

今ではすっかり日常になっていた。

 

(……まあ、慣れるものなんだな)

 

友達ができて、

行事に参加して、

宿題に追われて、

時々、校内の小さな呪霊を片づけて。

 

悟さんに振り回される日々は相変わらずだけど、

それでも、この二年間は穏やかだったと思う。

 

──少なくとも、"普通の学校生活"の範囲では。

 

ただ、

二年間"普通"の空気の中で過ごしたせいか、

久しぶりに呪術界の空気に触れると、

前よりずっと"異様さ"がはっきり分かるようになった。

 

昔は当たり前だと思っていたものが、

今ではどこか歪んで見える。

 

任務だけじゃ気づかなかったことも、

悟さんに連れられて名家の敷地に足を踏み入れると、

その違和感がはっきりと胸に残る。

 

(……ああ、やっぱりこういう世界なんだな)

 

そんなふうに思わされる場面が、

この二年間でいくつかあった。

 

例えば――

 

――回想――

 

その日の放課後、

校門のあたりが妙にざわついていた。

 

帰り支度をして廊下を歩いていると、

外から聞こえる声がいつもより騒がしい。

 

(……嫌な予感しかしない)

 

校門に近づくと、

人だかりの中心に、見慣れた白い髪があった。

 

悟さんだった。

 

「うみ〜、お迎えに来たよ〜」

 

いつもの軽い声に、思わずため息が出る。

ただ、言ってどうこうなるものでもないのであきらめる

 

「いきなりなのはもう諦めます。何しに来たんですか?」

 

悟さんは、にこにこしながら答えた。

 

「ちょっと行くとこあるから〜」

 

(絶対"ちょっと"じゃない。

この人の"ちょっと"が"ちょっと"だったためしがない)

 

心の中でだけツッコんでおいた。

 

そのまま肩を押され、

気づけば校門の外へ連れ出されていた。

 

「ちょ、悟さん──」

 

言い終わる前に歩幅を合わせられ、

気づけば駅の改札を通っていた。

 

切符を買う暇もなく、

悟さんの後ろを引きずられるようにホームへ。

 

電車が滑り込んでくる音がして、

気づいた時にはもう乗せられていた。

 

座席に腰を下ろす間もなく、

車内アナウンスが遠ざかっていく。

 

(……まただ

相変わらず、ほんとに何にも説明しないな。この人は)

 

状況を飲み込む前に、

景色はどんどん流れていく。

 

そして──

 

気づけば、京都駅のホームに立っていた。

 

夕方のざわめきと、

アナウンスの声が混ざり合う。

 

俺は悟さんを見上げて言った。

 

「……また京都校ですか?」

 

悟さんは首を傾げ、

まるで本当に"ついで"みたいな声で言った。

 

「んー?今日は別のとこ〜」

 

そして、歩き出しながら軽く付け足す。

 

「そろそろ、うみも"ああいうとこ"も知っといた方がいいかな〜って思ってさ」

 

("ああいうとこ"…?)

 

悟さんの言い方は軽い。

 

(何見せられるかは分かんないけど....

少なくとも、楽しいものじゃないんだろうな)

 

悟さんの背中を追いながら、

京都駅の雑踏を抜けていく。

 

人の声が少しずつ遠ざかり、

代わりに、ひんやりとした静けさが近づいてくる。

 

街の明るさとは違う、

どこか張りつめた空気。

 

(空気重た......)

 

歩くほどに、胸の奥の重さが増していく。

 

そして──

視界の先に、重々しい門構えが見えてきた。

 

「.....悟さん、ここは?」

 

悟さんは立ち止まり、

いつもの調子で軽く言った。

 

「禪院家だよ〜。ちょっと挨拶ね」

 

軽い声なのに、

その言葉だけで空気がさらに冷えた気がした。

 

(禪院家....確か、呪術界の御三家のひとつだったっけ?

術式にうるさいとか。家柄が厳しいとか……

あんまり"いい話"はきかないなぁ)

悟さんは門番に軽く手を上げただけで、

重そうな門はすぐに開いた。

 

(……対応が早い)

 

門番の視線が一瞬だけ俺に向いた。

値踏みするような、冷たい目。

 

(うわ……これだけで分かる。

ここ、絶対"普通"じゃない)

 

敷地に足を踏み入れた瞬間、

空気がさらに変わった。

 

ひんやりしていて、

静かすぎて、

どこか"閉じている"感じ。

 

庭は手入れされているのに、

どこか息苦しい。

 

(……なんか、嫌な感じだ)

 

悟さんはそんな空気をまったく気にせず、

いつもの歩幅でずんずん進んでいく。

 

「うみ、こっちこっち〜」

 

軽い声が、この場所では妙に浮いていた。

 

俺はその背中を追いながら、

胸の奥の重さがじわじわと広がっていくのを感じていた。

 

少し歩いたところで──

前方の建物の影から、

二つの小さな人影が見えた。

 

距離はあるのに、

声だけははっきり聞こえる。

 

「……だから違うって言ってるでしょ!」

 

「はいはい、言い訳はいいから。

"術式がないなら"せめて働きなさいよ」

 

(……ん?)

 

一瞬、足が止まりそうになった。

 

噂では聞いていた。

術式がないとか弱い人は肩身が狭いとか、

特にこの家は"そういうの"が露骨だとか。

 

でも──

 

(実際に聞くと……思ってたよりキツいな)

 

もう一人の小さな影は、

反論するでもなく、ただ黙って俯いていた。

 

その姿が、

遠目でも分かるくらい"慣れてしまっている"感じで。

 

(……なんか、ムカつくな)

 

胸の奥に、じわりと熱が広がる。

自分では抑えているつもりでも、

空気にその感情が少し滲んだのかもしれない。

 

「うみ」

 

悟さんの声が、すぐ横から落ちてきた。

 

振り返ると、

いつもの軽い笑みのまま、

けれど目だけが少しだけ真面目だった。

 

「気持ちは分かるけどね〜。

少し落ち着きなよ。」

 

軽い声なのに、

ちゃんと"分かってる"感じが伝わる。

 

「僕もムカつくけどさ。

でも、ほら。今日は見学だけ」

 

悟さんはそう言って、

俺の頭をぽん、と軽く叩いた。

 

その一拍で、

胸の奥の熱が少しだけ落ち着いた。

 

深呼吸をひとつして、

気持ちを押し込める。

 

悟さんは何事もなかったように歩き出し、

俺はその背中を追った。

 

けれど、

さっき見た光景が頭から離れなかった。

 

(……なんか、やっぱり嫌だな)

 

その日は結局、

最後まで気分が晴れなかった。

 

――回想終了――

 

ああいうのを見たのはあの日が初めてだった。

 

呪術界の"嫌なところ"自体は、

前々から聞いたことはあった。

 

術式があるかないかで扱いが変わったり、

強いか弱いかで態度が露骨に違ったり、

誰かが誰かを見下すのが当たり前みたいな空気。

 

ただ、

あの日みたいに“はっきり”見せつけられたのは初めてで。

 

(……やっぱり、変だよな)

 

胸の奥に残ったざらつきは、

しばらく消えなかった。

 

でも、

二年間がそういう"嫌なこと"ばかりだったわけじゃない。

 

むしろ──

思い返せば、ちゃんと嬉しいこともあった。

 

例えば。

 

今まで仲のいい奴なんて、

せいぜいパンダくらいしかいなかった。

 

.....自分で言ってて悲しくなってきた

 

いや、パンダはいいやつだし、

あいつと一緒にいると退屈はしないんだけど。

 

そんな俺に最近、仲のいい子ができた

 

これも──

悟さんに連れ出された先で会ったんだけど。

 

....あれ?

悟さんいなかったら、

俺、普通にぼっちだった?

 

気づいた瞬間、

なんとも言えない気持ちになった。

 

(……いや、考えるのやめよ)

 

頭を振って誤魔化す。

 

あの子とあったのは確か、禪院家に行った時から3か月くらいの時だったかな?

 

悟さんにまた突然どこかへ連れ出されて、

気づけば知らない建物の前に立っていて。

 

そこにいたのがその子だった。

 

最初に目が合ったとき、

向こうはじっと俺を見てきて──

 

開口一番、

 

「しゃけ」

 

……いや、意味分かんないだろ普通。

 

悟さんに聞くと、術式の都合で語彙を制限してるらしい。

 

正直、最初は戸惑った。

でも、驚くことに会話は普通に成立した。

なんか波長が近いのかもしれない

 

その子の名前は狗巻棘。

 

俺より二つ上で、

語彙が全部おにぎりなのに、

言いたいことが全部伝わってくる不思議な人。

 

妙に気が合うから、

たまに遊んでもらいに行ってる

 

……とまあ、そんな感じで

棘先輩とは最近よく一緒にいるんだけど。

 

問題は──

悟さんだ。

 

あの人は、

俺が少しでも落ち着いてくると、

なぜか"次の何か"を持ってくる。

 

そして案の定、

その"次"は突然やってきた。

 

「うみ~、今度から通う中学校、見に行こっか~」

 

放課後、

またしても説明ゼロで肩を掴まれた。

 

「ちょっと見学するだけだからさ~」

と、いつもの"ちょっと"を言いながら、

俺の返事も聞かずに歩き出す。

 

「それ。今まで一回も"ちょっと"で済んだためしがないんですけど?」

 

思わず口に出た。

でも悟さんは、聞こえてないのか聞く気がないのか、

いつもの調子で鼻歌まじりに先を歩いていく。

 

(……はぁ。もう慣れたけどさ)

 

気づけば、見知らぬ中学校の前に立っていた。

 

校門の前には、

夕方の光を受けて少しだけ影の伸びた制服姿の少年がひとり

 

悟さんが軽く手を振ると、

その少年はわずかに眉を寄せて近づいてきた。

 

「……誰ですか、そいつ」

 

低い声。

刺すような視線が、まっすぐ俺に向けられた。

 

(....目つきが鋭いのもあってすごい圧)

 

整った顔立ちなのに、

近寄りがたい雰囲気がある

 

悟さんは気にした様子もなく、ひらひらと手を振った。

 

「ん〜?可愛い後輩だよ。来年ここに入るから、挨拶ね〜」

 

「……は?」

 

少年の眉が、ほんの少しだけ動いた。

 

その反応が"驚き"というより

"余計なことを増やされた"みたいな雰囲気で。

 

(あ、これ絶対悟さんのせいで話がややこしくなるやつだ)

 

少年は眉を寄せたまま、俺をじっと見る

 

(なんか....探られてる?

悟さんが連れてきたから、ろくな事じゃないって感じが伝わってくる....)

 

悟さんが、まるで今思い出したみたいに手を打った。

 

「あ、そうだ。この子、一応術師だから〜」

 

軽い。

あまりにも軽い。

――っていうか

 

「ちょっと悟さん?言っちゃっていいんですか?」

 

思わず声が出た。

(なに?この人、こっちの関係者なの?)

 

悟さんは、そんな俺の焦りなんて気にも留めず、

いつもの調子で笑った。

 

「大丈夫大丈夫~。恵は知ってるよ。

ほら、前に言ったでしょ?面白い子拾ったって~」

 

そう言われて記憶を探る。

(あぁ、そういえば。いやでも――)

 

「あれのことですか!?もう7年も前のことじゃないですか!そーいえば、

あの時、そのうち合わせてあげるって言ってましたよね!?

すぐじゃないとは思ってましたけど、7年も待たされるとは思いませんでしたよ!」

 

勢いで言ったあと、

自分でも「あ、言いすぎたかも」と思って口をつぐむ。

 

少年はというと──

一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、目を瞬かせた。

 

悟さんは相変わらずの調子で笑っている。

 

「いや〜、ほら。タイミングってあるじゃん?

でも今日こうして会えたんだから、結果オーライでしょ〜?」

 

(結果オーライって……)

 

悟さんが笑っている横で、

少年はほんの一瞬だけ、俺と悟さんを見比べた。

 

その目が、さっきまでの“警戒”とは少し違う。

 

(……あ、なんか。察した顔してる)

 

「……そういうことなら」

 

伏黒は小さく息を吐き、視線を俺に戻した。

 

そして、さっきよりずっと落ち着いた声で言った。

 

「伏黒恵。来年度から二年だ」

 

短く、簡潔で、でもさっきよりずっと柔らかい。

 

まるで

"ああ、この子もこの人に振り回されてる被害者なんだな"

と理解した後の態度だった。

 

(……なんか、同情されてる?)

 

悟さんは満足そうに頷く。

 

「ほらね〜。恵は優しいから大丈夫なんだよ〜」

 

「……そういうの、言わないでください」

 

伏黒は眉を寄せながらも、

その声はどこか呆れと諦めが混ざっていた。

 

俺は慌てて頭を下げる。

 

「あ、えっと....月影うみです。

よろしくお願いします。恵先輩。

悟さんが言ったように術師で...来年度からここに通うらしいです」

 

言った瞬間、恵先輩の眉がピクリと動いた。

 

「……"らしい"って何だよ」

 

声は低い。

刺さる。

でも、怒鳴りはしない。

 

ただ、言葉の端に

"勝手に振り回されてんのかよ"

みたいな苛立ちが混ざってる。

 

俺が慌てて続ける。

 

「いや、その……俺、何にも聞かされてなくて……

今日も、通うことになる中学校を見に行こうって急に……」

 

恵先輩は一度だけ、深く息を吐いた。

 

呆れとも、諦めともつかない、"刺々しい落ち着き"。

 

「……あの人、マジでそういうとこ直んねぇな」

 

ぼそっと吐き捨てるように言ったその声は、

怒ってるというより、完全に経験者のそれだった。

 

そして、ほんの一瞬だけ俺を見る。

 

その目は鋭いままなのに、

どこかで "ああ、こいつも被害者か"と理解した色が混ざっていた。

 

「……で。お前はそれで納得してんのか?」

 

ちょっと刺すような問い。

 

でも、そこには

"嫌なら言えよ"

"無理してんじゃねぇだろうな"

みたいな、不器用な気遣いが隠れている。

 

悟さんは後ろで「恵~優しい~」とか言ってるけど、

恵先輩は完全に無視していた。

 

その無視の仕方がまた、妙にリアルで。

 

(……あ、やっぱりこの人、悟さんに振り回されてるんだ)

 

そう思った瞬間、

なんかちょっとだけ親近感が湧いた。

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