小6の終わりに恵先輩と会ってから、
季節はゆっくりと春へ向かっていった。
卒業式を迎えて、
制服の採寸をして、
気づけば──俺は中学生になっていた。
(……なんか、あっという間だったな)
恵先輩と初めて会ったのは、
ほんの一ヶ月か二ヶ月前のことなのに、
もうずっと前の出来事みたいに感じる。
あの時はまだ小学生で、
悟さんに振り回されて、
よく分からないまま中学校に連れてこられて。
でも今は、
その"よく分からない中学校"が
俺の新しい日常になっている。
新しいクラスは、まあ普通だった。
自己紹介して、
席が決まって、
教科書を配られて。
(……うん、普通だ
相変わらず目隠しは突っ込まれたけど)
「なんでそれ付けてるの?」
「中二病?」
「見えてるの?」
……まあ、想定内だ。
――2番目の奴は許さん
(……慣れたけど、慣れたくなかったな)
でも、誰も悪気があるわけじゃない。
ただの興味本位だ。
"普通の学校生活"って、こういうものなんだろう。
そう思いながら、
俺は新しい教科書をめくっていた。
---
恵先輩とは、
中学に入ってからも何度か顔を合わせた。
……で、俺なりに距離を縮めようと頑張ってはいる。
廊下で会えば挨拶してみたり、
任務の話題を振ってみたり、
たまに勇気を出して世間話をしてみたり。
でもまあ──
(……ほぼ暖簾に腕押しなんだけど)
返事は来る。
ちゃんと聞いてくれる。
無視されるわけじゃない。
ただ、
"壁が薄くなった気がする"程度で、
突破はしてない。
それでも、
ほんの少しずつだけど進歩はしている。
前よりは会釈の角度が柔らかいし、
俺の話に対して「ふーん」で終わらず、
一言くらい返してくれるようになった。
(……これでも大きな進歩なんだよな)
悟さんの話題を出すと、
露骨に眉をひそめるのは相変わらずだけど。
でもその反応が、
なんかちょっと安心する。
"ああ、この人も振り回されてるんだな"って。
そう思った数日後のことだった。
放課後、
帰り支度をして校舎を出ようとした時、
校舎裏のほうから騒がしい声が聞こえた。
(……また不良か?)
この学校、
裏の倉庫あたりは人目が少ないせいで、
たまに不良がたむろしている。
気配を探ると、
妙に"荒れている"感じがした。
任務じゃないけど、
放っておくのも気持ち悪くて、
俺はそっちへ向かった。
倉庫の角を曲がった瞬間、
目に飛び込んできたのは──
不良数人に囲まれている恵先輩だった。
(……え?)
助けに入ろうと一歩踏み出した瞬間、
恵先輩が動いた。
一瞬だった。
殴りかかってきた腕を掴み、
そのまま地面に叩きつけ、
後ろから来た蹴りを軽く避けて、
別の不良の腹に拳をめり込ませる。
倒れた不良が倉庫の壁にぶつかり、
ガンッと鈍い音が響いた。
気づけば、
不良たちは全員地面に転がっていた。
そこからは、
ほとんど“作業”だった。
恵先輩は淡々と、
無駄のない動きで不良たちを次々と倒していく。
数十秒後──
地面には不良の山ができていた。
(わぁ....恵先輩ってけっこうやんちゃ?)
そう思っていると、恵先輩は、不良の山の上に腰を下ろして話し出す
(……え、こんな状況で“ルール”の話?)
不良が震えながら首を振る。
恵先輩は淡々と続ける。
恵先輩が話を終えたのか、不良の山から下りてくる。
そこで不良の一人が口を開いた。
「俺ら、オマエになんかしたか?」
(したからぼこぼこにされたんじゃないの?
えっ?まさかとは思うけど....なんもしてないの?)
まさかの質問に混乱していると恵先輩が答えた
「自分で考えろ。――それか死ね」
(......何にもしてないかも)
恵先輩はそのまま俺のほうへ歩いてくる。
影が伸びて、
俺の足元に重なる。
「……見てたのか」
「はい。ちょっと騒がしかったので様子を見に来たんです。
もし呪霊だったらあれですし」
恵先輩の足が、俺の目の前で止まる。
近くで見ると、
さっきまで不良の山の上にいたとは思えないほど、
呼吸も乱れていないし、表情も変わっていない。
ただ、
その目だけが妙に静かで、
底が見えない。
「……呪霊じゃない」
短く言い捨てるように言うと、
恵先輩は俺を一瞥した。
その視線は冷たいというより、
"測っている"ような感じだった。
俺がどこまで見たのか、
どこまで理解しているのか、
何を言うつもりなのか──
全部を一瞬で判断しているような目。
「……そうですか」
そう返すと、
恵先輩はほんのわずかに目を細めた。
怒っているわけじゃない。
呆れているわけでもない。
ただ、
"余計なことを言うなよ"
という無言の圧だけが伝わってくる。
「……誰にも言うな」
さっき不良に言ったのと同じ言い方。
淡々としていて、
でも拒絶の気配だけははっきりしている。
「言いませんよ。
俺、悟さんと違って口軽くないんで」
その瞬間、
恵先輩の眉がほんのわずかに動いた。
そして、少し雰囲気が柔らかくなった気がした
恵先輩は視線をそらし、
歩き出そうとして──
ふと足を止めた。
「……さっきのは、見なかったことにしろ」
「はい」
「余計なことを考えるな」
「考えません」
「……本当にか?」
「本当です」
短いやり取りなのに、
妙に緊張する。
恵先輩はしばらく俺を見つめてから、
ようやく納得したように小さく息を吐いた。
「……ならいい」
それだけ言って、
恵先輩は校舎の影へと歩いていく。
「う~ん。まだ仲良くはむずかしそうだな~」
そう呟きながら、
俺も昇降口へ向かった。
---
中学生活が始まって、
思っていたほど劇的に変わったわけじゃない。
授業も、クラスも、放課後も、
だいたい"普通"だ。
……まあ、今日みたいに"普通じゃないこと"もあるけど。
いや、俺が知らないだけであれも普通かもしれない。
まぁ、確実に変わったものがひとつだけある。
それは──
俺の等級だ。
入学前の春休み、
悟さんに呼び出されて、
「ちょっと来て〜」と軽いノリで連れて行かれた先で、
昇級の通知を渡された。
『準一級術師認定』
紙にそう書かれていた。
(……準一級、か)
正直、驚きはあまりなかった。
というか──
何がどう評価されて、どういう基準で昇級になるのか
俺は未だにちゃんと知らない。
ゆえに、
どれくらい凄いのかも分からない
任務をこなして、
危ない目にも遭って、
気づいたら"上がっていた"
そんな感覚だ。
(……まあ、呪術界ってだいたいそんなもんか)
悟さんはいつもの調子で、
「おめでと〜。まあ当然だよね〜」
なんて言ってたけど。
(……当然って言うなら、説明してほしいんだけど)
準一級になったからといって、
急に世界が派手に変わった――わけじゃない。
特に変わらないよ。任務に訓練、それと勉強。
やること自体は、
今までとほとんど同じだ。
……ただ、
"同じ"に見えて、
よく見るといろいろ違っていた。
まずは任務。
今までは、二級術師の補佐や同行者ありの任務が多くて、
一人の任務は数えるほど、
現場も危険度の低いものがほとんどだった。
でも準一級になってからは──
依頼書の端に小さく書かれた"単独対応可"の文字が増えた。
(……いや、"可"じゃなくて"強制"でしょ、これ)
年齢が年齢だから、同行者はいるけど、
現場に着いても、
「状況判断は任せる」
「必要なら一級を呼べ」
みたいな、妙に"任せる"空気が漂っている。
誰も指示してくれない。
でも、誰も心配もしない。
"準一級ならできるでしょ"
という無言の圧だけがある。
(やるよ?やるけどさ...あまりの落差に風邪ひきそう)
そう思いながらも、
結局は現場に行けばちゃんとやる自分がいる。
……まあ、そういう性格なんだろう。
任務以外にも、
準一級になってから"地味に変わったこと"はいくつかある。
例えば、周りの術師の対応
前は「危ないから下がってて」とか
「無理するなよ」とか、
子ども扱いされることが多かった。
でも今は、
「この現場、任せる」
「判断は君に任せる」
「結果だけ報告して」
……いや、急に距離感変わりすぎじゃない?
(.....でも、悟さんは相変わらずなんだよなぁ)
「うみは準一級だし〜」
「そろそろ一人で任せてもいいよね〜」
「いや〜成長したね〜」
……と、
俺の意思を一切確認せずに話を進めてくる。
(いや、嬉しいけどさ。せめて説明して)
でも、
悟さんがそう言うってことは──
俺が思ってるより、
ちゃんと"術師として見られてる"ってことなんだろう。
……たぶん。