生まれ変わった世界は   作:月影うみ

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16話

翌日。

 

目覚ましより少し早く、意識が浮上した。

 

寮の天井をぼんやりと眺めてから、

小さく息を吐く。

 

(今日は朝から訓練場に集合だっけ)

 

身支度を整えて、

まだ人の少ない廊下を抜ける。

 

朝の空気は少し冷たくて、

肌に触れる感じがはっきりしている。

 

訓練場に近づくにつれて、

足音が吸い込まれるみたいに静かになっていく。

 

訓練場に入ると、すでに恵先輩が来ていた

 

壁際に立って、

腕を組み、床に落ちる影をじっと見ている

 

「おはようございます」

 

「あぁ」

 

「早いですね」

 

「別にそうでもないだろ」

 

淡白な会話が続く。

 

「こんなに早く来ても、悟さん来ないですよ

あの人、時間通りに来たことないので」

 

少し冗談混じり(8割本気)にそういうと、

恵先輩は肩を落とし、げんなりした様子を見せる

 

「……そうだったな」

 

ため息まではいかないけど、

ほぼそれに近い。

 

「昨日も来たのは俺が先だったし」

 

ぼそっと漏れた一言に、

思わず苦笑する。

 

「ですよね」

 

「早く来ても、結局待つことになるんですよ」

 

「五分前に来る意味、ないんだよな」

 

淡々とした声だけど、

少し疲れた響きが混じっている。

 

その時。

 

「はーい、お待たせー」

 

場違いなくらい軽い声が、

訓練場に響いた。

 

「今日も健康的に朝活してるねぇ」

 

悟さんだ。

 

案の定、

少し遅れての登場。

 

恵先輩は振り返らずに、

ぽつっと言った。

 

「……遅い」

 

「え?」

 

「いや、今日はむしろ早い方だよ?」

 

悪びれもせずに、

悟さんはそう言う。

 

「もう準備してる感じ?」

 

「……まあ」

 

「いいね」

 

それだけで評価したらしく、

満足そうに頷く。

 

「じゃあ今日は予定通り」

 

「"一番最初のところ"からやろっか」

 

「式神を呼び出す方法は簡単。全部で3ステップ」

 

「まずは一つ。

術者の近くに影を用意すること

まあ、これは普通なら大体は自分のがあるからいいね」

 

(まぁ、影がない人なんていないだろうし)

 

「そしたら二つ目。"印"を組む」

 

「....印?」

 

「そう。わかりやすく言えばハンドサイン

これで、十種類いる式神からどれを呼び出すかを決めるのさ」

 

「で、印の形は呼び出す式神のモチーフ

それを両手で表すの」

 

(モチーフを表すってどういう.....あ、モチーフって動物なのかな?)

 

「モチーフを表すって、影絵ってことですか?」

 

「まあそんな感じ。

 

ただし、綺麗に作ろうと意識すると逆に失敗するから、

"似てればいい"くらいでいいよ」

 

ここで一呼吸を置いて、

 

「じゃあ最後の三つ目。影に呪力を流す

この工程を終えて、式神が出せるってわけ」

 

そこで話を区切って俺たちを見る。

 

「ここまでは大丈夫っぽいし、

このまま調伏の方も行っちゃおうか」

 

その言葉に、俺と恵先輩は首肯で答える

 

「よろしい」

悟さんは満足げにうなずくと説明をつづける

 

「昨日、調伏について、式神と戦って勝つことって言ったね」

 

「ざっくりいうとその通りなんだけど、

いくつか条件、もといルールがあるんだ」

 

「.....ルール、ですか?」

恵先輩が聞く

 

「そう。そんなに難しいことじゃないからまとめて言っちゃうね

一つ目、調伏は必ず一体ずつ。まとめて複数体の調伏はできない。

二つ目、調伏は単独で行わなければならない。

僕とかに手伝ってもらった場合は調伏が無効、かつ二度と調伏に望めない

三つ目、調伏の条件は倒すこと。無力化とか封じるとかじゃダメ

こんな感じ」

 

「……その」

 

印と調伏の説明が一段落したところで、

恵先輩が口を開いた。

 

視線はまだ影に落としたまま。

 

「最初から使えるって言ってましたよね」

 

「一種類だけって」

 

悟さんは、

「お、いい質問」とでも言いたげに頷く。

 

「うん」

 

「十種影法術で、

調伏なしで最初から使えるのは――」

 

少し間を置いて、

 

「玉犬(ぎょくけん)」

 

その名前を、

あっさり口にした。

 

「犬型の式神。

十種の中では、

一番基本になるやつ」

 

恵先輩は、

その言葉を聞いても表情を変えない。

 

「二体一組で一つ扱い」

 

「攻撃もできるし、索敵もできる」

 

恵先輩は小さく頷いた。

 

「……置き役、って感じですか」

 

「まあ、そうだね」

 

「前に出してもいいし、

後ろに回してもいい」

 

「無理させて壊すこともできるし、

ずっと温存することもできる」

 

そこで一言、付け加える。

 

「もちろん、

壊したら戻らないけど」

 

(……なるほど)

 

悟さんは、

恵先輩の方に一度視線をやる。

 

「今日は、

まずその玉犬を

ちゃんと出せるようになるのが目標」

 

「調伏は、

また別の日ね」

 

恵先輩は、

短く答えた。

 

「……分かりました」

 

それだけ。

 

余計な気負いも、

期待もない。

 

ただ、

やると決めた人の返事だった。

 

俺は内心で、

一つだけ思う。

 

(最初が犬でよかったな……)

 

これがいきなり、

蛇とか象とかだったら、

だいぶ空気が変わっていただろう。

 

悟さんは、

そのまま話を締める。

 

「じゃ、次は実際にやってみよっか」

 

恵先輩は、

何も言わずに前に出た。

 

訓練場の中央。

影が一番はっきり落ちる位置。

 

俺は一歩下がったまま、その背中を見る。

 

(うまくいくといいけど...)

 

そんなことを思いながら様子を眺める

 

その時。

 

「……あれ?」

 

間の抜けた声がした。

 

悟さんだ。

 

「何やってんの?」

 

軽い調子で言ってから、こちらを指差す。

 

「恵だけじゃないよ」

 

一拍。

 

「うみもだよ?」

 

一瞬、場の空気が止まった。

 

「……俺も?」

そう聞き返すと、悟さんは軽く肩をすくめる。

 

「そりゃそうでしょ。せっかく教えたんだから」

 

悟さんは、さも当然みたいに続けた。

 

恵先輩は一瞬だけこちらを見て、

特に何も言わずに少し立ち位置を調整した。

 

(どうせ何言っても変わらない....決定事項か)

 

諦めて恵先輩の隣に並ぶ

 

二人分の影が、床の上で自然に並んだ。

 

「手順は一緒だよ」

 

悟さんが言う。

 

「印を組んで、影に呪力を流す」

 

俺と恵先輩は、ほぼ同時に印を組んだ。

 

玉犬の影絵。

 

影に呪力を流す。

 

――次の瞬間。

 

恵先輩の影が、すっと沈む。

 

黒い塊が床から盛り上がり、

脚と胴、牙を形作る。

 

低い唸り声。

 

白い犬と黒い犬が現れた

 

一方で。

 

俺の影は、動かない。

 

沈まない。歪まない。

 

呪力は流しているはずなのに、

反応がない。

 

「……?」

 

恵先輩が、玉犬を一度確認してからこちらを見る。

 

「出てないな」

 

「……みたいですね。

昨日の説明で、仕組みを理解して、

今日の説明で手順や条件がわかりました。

今までと同じ感じなら、

十分にコピー条件を満たしてるはずなんですけど」

 

悟さんは、

少しだけ目を細めた。

 

「うん。理論上は、そうだね」

 

軽くうなずいてから、

恵先輩の足元に目を落とす。

 

玉犬が、命令を待つみたいに静止している。

 

「印は正しい、呪力の流し方も問題ない」

 

一つずつ確認するように言う。

 

「なのに、うみの方は無反応」

 

少しの間。

 

「じゃあ、もしコピーが成立しているのなら。

これは個人差って問題じゃない」

 

恵先輩が静かに言う。

「条件の不足じゃない」

 

「はい」

俺もうなずく

 

「昨日、今日の様子を見ても

理解度や出力に問題があるとは俺も思わない」

 

「となると、仕組みの方ですかね?」

 

悟さんは、口角を上げた。

「いいね。そこまで来てるなら話が早い」

 

そして、指を一本立てる

 

「仮説を立てよう」

恵先輩と俺を交互に見る

 

「まずは前提として、うみのコピーが成功してるものとする」

 

「今の二人は、同じ条件で片方だけが出せた」

 

「これの意味するところは――」

 

一拍。

 

「玉犬は、すでに恵が契約してる状態であるって可能性」

 

その言葉を聞いた恵先輩が、すぐに続ける

 

「式神は....同じ代に一体しか存在できない?」

 

「かもね」

悟さんが即答する

 

「今まで、同じ代に十種の使い手が二人いたことはないはず。

だから、実際のとこどうかってのはわからないけど、

その可能性は大いにある」

 

「......今までは、術者が一人しかいなかったから」

恵先輩が、少し考えこむかのように言葉を選ぶ。

 

「一人で契約できるのが十種って都合上、

初代が契約したそれが全部だと思われてた」

 

「でも、最初から"十"が上限だったとは限らない、ってことか」

 

悟さんが、ゆっくり頷いた。

 

「その線、かなり濃いね」

 

「十種影法術って名前だけど、"十種が決め打ちで用意されてる"というより」

 

一拍。

 

「"術者一人につき、十枠分のリソースが割り当てられてる"

そんな設計だった可能性がある」

 

「今までずっと、術者は一人だった

だから、今までの記録通りの式神が割り当てられて」

 

そこで一度言葉を切る

 

「玉犬から始まり、摩虎羅までが。

それが"十種影法術の完成系"だと誤認されてた」

 

恵先輩が静かに続ける。

 

「でも今は、二人目が現れた」

 

「そう」

 

悟さんが即座に肯定する。

 

「同時代に、同じ術式が現れた。今までにないケースだ」

 

「まぁここまでは全部、

うみのコピーが成立してる前提の話だけど」

 

悟さんは、肩をすくめるようにそう言った。

 

「そこが違ってたら、ここまでの推論、全部パーだよ」

 

「.....身もふたもないですね」

 

「だってそうじゃん」

 

悟さんと恵先輩の話をよそに思考を回す。

 

(前提が違ってた時のことは後回し。

今は、この前提通りとして考えて.....)

 

「......仮に、ですけど」

 

俺は顔を上げて言う。

 

「現状の前提が正しくて、仮説通りで」

 

「"先に術式を持ってた"恵先輩の方に、従来の十種が割り当てられているとして」

「"後から術式を得た"俺の方には、別の十種が割り当てられているのだとしたら」

「次にやるべきことは、単純ですよね」

 

悟さんがこちらを見る。

 

「へぇ~。何するの?」

 

「別の印を使うんです。

従来の十種に含まれないモチーフを。

仮説が正しければ、既存の十種に含まれない式神が出るはずです」

 

「最初の一種が何かわからないですけど」

 

 

「いいねえ」

 

悟さん、は心底楽しそうに言った

 

「これで当たってたらさ。」

「驚くだろうなぁ。禪院家のやつら」

 

「でしょうね。何年越しの真実って感じですもん。」

 

「じゃ、聞くけどさ

最初の一種、何が来ると思う?」

 

急に振られて、少し間を置く。

 

「性能とかは...」

 

「それはいったん置いといて」

 

それなら、と前置きしてから言う。

「影との相性で言うなら、

夜行性の動物じゃないかな、とは思ってます」

 

恵先輩が、視線をこちらに向ける。

 

「具体的には?」

 

「猫とか」

 

あっさり言う。

 

「夜行性で影に馴染むし、

妖怪としても知名度が高い」

 

「人の近くにいるけど、

犬みたいに従順じゃない」

 

少し間を置いて、続ける。

 

「恵先輩の玉犬も、同じ理由だと思います」

 

恵先輩が、わずかに視線を向ける。

 

「人に近くて、

役割が分かりやすい」

 

「守る、追う、命令を聞く」

「最初に出るなら、一番無難ですよね」

 

悟さんが、くっと笑った。

 

「なるほどね」

「犬も猫も、"人と影の距離が近い"モチーフってわけだ」

 

「じゃあ、試してみようか」

悟さんは、軽く手を叩いた。

 

「予測は十分、次は実践」

 

俺は、深く息を吸った。

床に落ちる影に視線を落とす。

 

両手を上げる。

 

描くのは、

丸みのある輪郭。

尖りすぎない耳。

 

猫。

 

呪力を流す。

 

次の瞬間、影が沈んだ。

 

水面に吸い込まれるみたいに、すっと。

 

……一拍。

 

影の縁が、二か所揺れた

 

姿を現したのは二匹の猫。

 

片方は紫がかった黒の毛並みを持つ

光を吸うような色で、足音もなく影の中から歩き出す。

 

もう片方はアンバー寄りの茶色。

温度を感じさせる色合いで、静かに着地する。

 

二匹とも、同時に尾を動かした。

 

……違和感。

 

尾が、一本じゃない。

 

ゆっくりと持ち上げられたそれは、

二本に分かれて揺れていた。

 

「......猫又」

 

「……二匹、だな」

 

恵先輩が、低く言った。

 

悟さんは、二匹の猫又を眺めたまま、軽く息を吐いた。

 

「……うん」

 

「とりあえず、仮説が正しそうってことはわかったね」

 

とても楽しそうにそう言う

 

「じゃ」

 

悟さんが、手を叩く。

 

「今日はここまで、続きはまた今度ね」

 

その言葉に首肯し、猫又を影に戻す

 

その隣で、恵先輩の方も玉犬を影に戻している

 

「……猫、か」

 

恵先輩が、ぽつりと呟く。

 

「悪くないですね」

 

「でしょ?」

 

悟さんは楽しそうだ。

 

「さて、朝練はここまで。次はどうしよっか~」

 

そんな、いつも通りの調子で。




十種影法術にオリジナルの設定を作りました。
気になってたんですよね。十種影法術の使い手が二人いたら式神がどうなるか。

それで出した自分なりの答えがこの設定です
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