あれから、一か月ほど。
とりあえず猫又に、玉犬みたいな名称を付けた。
毎回色で呼ぶのも大変だし。
紫よりの黒のほうが、"猫又(影)"
アンバー寄りの茶色の方が"猫又(焔)"
そして、猫又について研究した結果、分かったことがある。
それは、
恵先輩の玉犬と、できることがかなり違うこと。
まず玉犬の方はというと。
嗅覚や聴覚が優れていて、
周囲の気配を探るのが得意だ。
においや音で先に異変に気づいて、
必要なら前に出て噛みつき、相手の動きを止める。
戦うこともできるけど、
どちらかというと味方を支える役に向いている。
一方で、猫又の方はだいぶ勝手が違った。
まず、こいつらはサポート向きではない。
動き方からして、玉犬とは思想が真逆だ。
猫又(影)の方は、影の中を移動できる。
一つの影から消えて、別の影から現れる。
正面から近づくことは、ほとんどない。
常に影を潜り、死角を取るように回り込み、
気づいた時には、もう背後にいる。
完全に奇襲前提の動き方。
一方、猫又(焔)の方は、
炎が扱えるらしい。
猫又の伝承とかで出てくる、
いわゆる"猫火"ってやつだ
火力もなかなかで、、
この前任務で使ってみたら、三級呪霊が一撃だった。
あれなら、準二級あたりにも
それなりに効きそう。
.....当たれば、だけど。
速度はそこまでじゃない。
まぁそんな感じで。
猫又は玉犬と違って、
かなり攻撃的な性能をしている
……と、まあ。
猫又について分かったことは、だいたいそんな感じだ。
そこまで整理したところで、
そろそろ考えるのをやめることにした。
正直、机の上で考えても限界がある。
猫又たちも、あまり考えすぎると面倒そうな顔をするし。
「……さて」
ひとりごちて、訓練場を出る
今日はまた、悟さんに呼ばれている。
......いつも通り、何も知らされることなく
高専の校舎に戻ると、
案の定、悟さんはのんびりした様子でそこにいた。
「やっほー。待ってたよ」
「....今度はなんですか」
「そんな警戒しなくていいじゃん」
「日頃の行いです」
即答すると、悟さんは楽しそうに笑った。
「はは、辛辣だなぁ。
でもほんとに大丈夫だよ。今日はただの顔合わせだから」
「顔合わせ...ですか?いったい誰と?」
「今年入ってきた子たち、まだちゃんと会ってないでしょ?」
そういわれて思い出す
「あー、今年って何人いるんでしたっけ?」
「えっとねー....3人」
「3人って....あったことないの一人だけじゃないですか」
そう。今年の新入生の二人は、すでにあったことがある。
パンダと棘先輩。
パンダは小さいころから一緒だし、棘先輩とももう二年とか三年の付き合いになる
「そう。だから今日のメインは最後の一人」
「....なるほど
何で呼ばれたのかはわかりましたけど、
なんでいつも呼び出すときに行ってくれないんですか?」
そう聞くと、悟さんは少しだけ考える素振りをしてから、
「えー?サプライズの方が楽しいじゃん」
と、悪びれもせずに言った。
「ほら、あらかじめいうとさ
準備とか、心構えとか、しだすでしょ?」
「それ、ダメなんですか?」
「うん。僕がつまらない」
即答だった。
……納得はいかないけど、
これ以上は意味がないのも分かる。
悟さんは、そのまま歩き出した。
「ほら、行こ。
もうみんな集めてるから」
言われるがままについていくと、
中庭の端の方に、人影が見えた。
まず目に入ったのは、でかいシルエット。
(......うん、またでかくなったね。パンダ
入学に合わせたのかな)
その少し横に、
口元を高く覆った人影。
(棘先輩。なんだかんだ久しぶりに会うかも)
二人とも、こちらに気づいたようで、
軽く手を振ったり、ひらひらと挨拶を送ってくる。
「よう、うみ」
「しゃけ」
「パンダおはよう
棘先輩もおはようございます」
……で。
改めて思い出す。
(そういえば、今日はもう一人いるはずなんだよな)
悟さんは「三人」って言ってた。
パンダ、棘先輩――ここまでは見えてる。
じゃあ最後の一人は、と視線を巡らせて。
中庭の端。
少し日陰になった場所に、
壁にもたれるように立っている人影があった。
腕を組んで、
長い得物を肩に担いでいる。
(あの人が……最後の一人だよな)
そう思って、
挨拶をするために近づいていく
――そこで、引っかかった。
(あれ?どこかで見たような....)
顔ははっきり見えない。
会うのも初めてのはず。
でもその雰囲気には覚えがあった
(....どこで?)
答えが出る前に、
後ろから悟さんの軽い声が割り込む。
「あ、その子が今日のメインね」
「まだ会ってなかった。新一年生の最後の一人」
「はい、自己紹介をどーぞ!!」
……丸投げだった。
少しの沈黙。
その人――最後の一人は、
壁にもたれたまま、動こうとしない。
視線だけこちらに向けて、
露骨に面倒そうに口を開いた。
「……禪院真希」
(禪院....あぁ、前に禪院家で見たんだ)
悟さんが、わざとらしく首を傾げた。
「おや?それだけ?」
「十分でしょ」
即答。
「名前言ったし。聞かれてないこと、話す必要ない」
棘先輩が、小さく肩をすくめる。
「おかか」
パンダは、くすっと笑った。
「相変わらずだなー」
……なるほど。恵先輩タイプだ
「月影うみです。
よろしくお願いします。真希先輩」
そう言うと、真希先輩は一瞬だけこちらを見て――
少しだけ、口角を上げた。
「……あぁ」
それから、何でもないことみたいに続ける。
「お前が、パンダと棘が言ってたやつか」
その言葉に横目でパンダと棘先輩を見る
「.....何をどう聞かされてるのかわかりませんけど。多分、そうです」
真希先輩は小さく鼻で笑った。
「別に悪い意味じゃない」
肩に担いでいた得物を、軽く持ち直す。
「"年下でそれなりにやるやつがいる"ってな。そういう話」
パンダが、口を挟む。
「事実だろ?実際、準一級なんだし」
「しゃけ」
棘先輩も、短く頷く
真希先輩は、少しだけ考える素振りをしてから、こっちを見た。
視線は真っ直ぐで、遠慮がない。
「ふーん。準一級ねぇ」
それだけ言って、間を置く。
「じゃあさ、相手してくれよ」
一瞬、空気が止まった。
「お?」とパンダが、面白そうな声を出す。
「さぞ強いんだろ?準一級なら」
の様子を見て、
悟さんが悪戯っぽく口角を上げる。
「いいねいいね」
「顔合わせには、ちょうどいいでしょ」
完全に煽っていた。
「ほら、うみ」
「真希がこういってるけど、どうする?」
急な展開に言葉に詰まる
(いや、どうするって言われても.....)
真希先輩を見ると、
とても好戦的な表情を浮かべている
(.....逃げらんないやつじゃん)
悲報。
真希先輩、バトルジャンキーだった
「……その前に」
一つ、咳払いしてから口を開く。
「悟さん」
「どこまでやるんですか?」
その問いに、
悟さんは一瞬だけ目をぱちっと瞬かせて、
すぐに笑った。
「あー、そっかそっか」
「危ないのはナシね」
即答だった。
(十劃呪法は封印決定
猫又は....影の方だけだな)
それを聞いて、
真希先輩が少しだけ眉を上げる。
「ハンデ付き?」
「違う違う」
悟さんはひらひらと手を振る。
「ハンデじゃなくて、区分け」
軽い口調だけど、
言っていることははっきりしている。
「人に向けるもんじゃないのがあるでしょ?」
「そういうのは、今日はナシ」
「……ふーん」
「つまり、殺しかねないのはダメ、ってことか」
「そゆこと」
悟さんはあっさり肯定する。
「今日は"顔合わせ"だからね。生きて帰れるやつでやろー」
「分かりました」
短く答えて、一歩前に出る。
視線の先では、
真希先輩が肩の得物を軽く払い、
いつでも踏み込める姿勢を取っていた。
……速そうだ。
「じゃ、開始でいい?」
悟さんの声は軽い。
返事を待つ気もなさそうだった。
「三――」
「二――」
数え始めたところで、
真希先輩の重心がわずかに前に落ちた。
(近接重視か....)
腰から刃を二本抜いて、脱力する
右を順手、左を逆手に構える
「一――」
「始め!!」
合図と同時に、
真希先輩の姿が縮んだ。
一歩。
二歩。
距離が、あっという間に詰まる。
(速っ.....!!)
思わずそう思った瞬間には、
もう間合いの内側だった。
振りかぶりなし。
予備動作もほとんどない。
真希先輩の薙刀が、一直線に突き出される
思考より先に、
身体が反応していた。
右腕を、
肘から前に滑らせる。
順手の刃で、
薙刀の軌道を左から右へ弾く。
刃が擦れ合う、
短い音。
そのまま身体を捻る。
今度は左。
逆手の刃が、
薙ぐように横へ走る。
「……っ」
真希先輩が、
一瞬だけ半歩引いた。
逆手の刃が空を切る
(なんでその体制から対応効くんだよ....)
内心毒づきながら、
踏み込んでくる真希先輩に対応するべく動く
躱された左の勢いを、そのままにさらに体を捻る
刃を振り切った遠心力に、
自分の回転を上乗せする。
左足を軸に右を蹴りだす
真希先輩の踏み込みと、
自分の回転が交差するところへ――
「……っ!」
鈍い手応え。
深くは入らなかったが、押し返し、距離をとることに成功する
(これでいったん仕切り直し....)
距離は取れた。
一拍、時間もできた。
——けど。
(……さて、どうする)
こっちの手札は、
攻撃力のない反射線と奇襲特化の猫又(影)のみ
(結局、近づかないとダメなんだよなぁ)
ただ。
(この人相手に真正面から斬り合いは論外....負けかねない)
(ひとまず、"アレ"を試すか....)
足元に反射線を展開。一気に突っ込む
薙刀の迎撃が来るが、反射線で躱してそのまま乱反射に入る
真希先輩の最大射程のわずかに内側、
薙刀を振りづらい位置を跳び回る。
跳ねる。
跳ねる。
跳ねる。
無規則に縦横無尽に。
薙刀が、来る。
迎撃。
(.....今!)
一気に仕掛け、刃を振るう。
.....が。
――キィン!
――キィン!
刃が弾かれる。
薙刀の柄と、
短剣の切っ先が噛み合った瞬間、
手首に嫌な衝撃が返ってきた。
(動体視力やばすぎでしょ....!)
即座に反射線を踏み一気に後方へ。
距離が、空く。
薙刀の切っ先が、
さっきまでいた位置を薙ぎ払った。
「今のはなかなかよかったぞ?」
真希先輩が口角をあげて言う
「.....どーも」
(スピードでってのじゃ無理そうだな
となると、想定外から攻めるしかないわけだけど....)
頭の中でそう整理して――
ふと、視界の端に影が映った。
真希先輩の足元から、
後ろへと伸びる影。
それを見て――
(.....これで行くか)
ゆっくりと左手を上げていく
おもむろに。
見せつけるように。
肩ほどまで上げたところで――刃を手放す。
「――?」
さすがに、
真希先輩の動きが一瞬、止まった。
視線は落ちていく刃に合わせて下がっていく
その瞬間――
反射線。
足元ではなく、
"落下中の刃"に向けて。
刃が触れて、反射線が弾ける
次の瞬間、
刃が――射出された。
真っ直ぐに、真希先輩へ向けて。
「チッ!」
真希先輩の薙刀が、
反射的に、その刃を追う。
視線。
意識。
一瞬だけ、
完全に“そっち”へ持っていかれた。
(ここ!!)
印を組んで猫又を自分の影に潜らせる
同時に突貫。
一直線に、
真正面から突っ込んだ。
立て直した真希先輩の薙刀と刃が、真正面で激突する。
重い衝撃。
完全に、
真正面からの力比べ。
真希先輩の注意は、
間違いなく――こっちにある。
背後で影が揺れる
影の中から、
音もなく、黒が立ち上がった。
「――っ!」
背後からの一撃が通る。
そして――完璧な隙。
迷いなく刃を振るう
そこで、
高い声が割り込んだ。
「そこまで!!」
悟さんの声。
振り抜いた刃が寸前で止まる。
ゆっくりと刃を引いて、
半歩、後ろへ下がる。
猫又(影)も、
背後で音もなく影へと溶けた。
……静寂。
真希先輩は、
しばらくその場から動かなかった。
薙刀を構えたまま、
一度、背後の地面を見て――
それから、こちらに視線を戻す。
それから、
ゆっくりと薙刀を下ろした。
「正面は全部、囮か」
一拍。
「刃を捨てて、飛ばして、正面から斬り合って」
「全部、あたしの注意を背後に回させないため。
そんで、本命は猫の方....か」
「……やられたな」
……と。
そこで、
後ろから妙に軽い声が入る。
「いやー」
悟さんだ。
「なかなかやるでしょ~?」
悟さんの軽い声に、
真希先輩はちらっと横目を向けてから、
小さく肩をすくめた。
「……そうだな」
短い肯定。
でも、
それで終わりじゃなかった。
こちらに視線を戻し、
少しだけ眉を寄せる。
「ただ」
一拍。
「猫と空中を跳び回るあれ」
「一貫性なくねえか?とても同一の術式とは思えねえ」
真希先輩の率直な疑問。
(まぁ、同一じゃないし...)
「あぁそれは――」
言いかけたところで。
「そりゃ、うみの術式はちょっと特別だからね~」
横から、
軽やかな声が割り込んできた。
「....特別?」
真希先輩が、
怪訝そうに悟さんを見る。
「そう」
悟さんは、指を一本立てた。
「うみの術式は――"術式写経"」
「....?」
名前から想像がつかないのか、真希先輩は首をかしげる
「簡単に言うとね。他人の術式をコピーできる」
真希先輩の眉が、
わずかに跳ね上がる。
「は?」
「反射も猫も。両方とも違う人の術式
だから、統一感なんてなくて、とーぜん」
真希先輩は、
少しだけ目を細める。
「……なるほど」
視線が、
再びこちらに戻ってくる。
「ずいぶん便利、どころか下手したら最強格じゃねえか?」
「他人の術式をコピーできて、それが全部手札になんだろ?」
(まぁ、今のだけ聞けばそうなんだけど...)
「存外、そうでもないですよ?」
真希先輩の眉が、
わずかに動く。
「ほう?」
一歩、
間合いを詰められる。
「どういう意味だ」
「コピーって一口に言っても、
写したそばから使えるわけじゃないんです」
そこで区切って、横目で悟さんを見てから続ける
「例えば、悟さんの術式をコピーしたとしても、
今は、多分使えません。操作がすごく難しいらしいので。
技術が足りません」
「まぁ、簡単に言うと、コピーできるのと扱えるのは別ってことですね」
「それに――」
少しだけ間を置いて、
視線を横にずらす。
目に入ったのは、
口元を覆った棘先輩の姿。
「棘先輩の呪言みたいに、
仕組みがさっぱり分からない術式は、コピーできないですし」
真希先輩が、一瞬だけ目を細めた。
「……どういうことだ」
「術式のコピーって俺の理解力依存なんです
だから、俺が理解できない術式はコピーできません」
静かに言い切ると、
一瞬、場が静まった。
真希先輩は、
腕を組んだまま少し考える素振りを見せる。
「……なるほどな」
短く息を吐いて、
こちらを見る。
「じゃあ結局」
「万能でもなけりゃ、ズルくもねえ」
「頭が回らなきゃ」
「持ってるだけで終わる力、か」
「大体そんな感じです」
そう言うと、
真希先輩は少しだけ黙った。
腕を組んだまま、短く息を吐く。
「……なるほどな」
それ以上は何も言わなかった。
悟さんが、
手を叩いて声を上げる。
「はい、じゃあ今日はここまで!」
「顔合わせとしては十分でしょ」
パンダが軽く手を振り、
棘先輩が小さく頷く。
「……しゃけ」
真希先輩は、
薙刀を肩に担ぎ直して、
こちらを一度だけ見た。
「悪くなかった」
それだけ言って、
歩いていった。
足元の影が、わずかに揺れる。
猫又(影)が、
何でもない顔でそこにいる。