「ねぇ、うみくん」
すっと、俺の横に影が差した。
顔を向けるより先に、
ふわっと甘い香りが近づいてくる。
さっきまで後ろで笑っていた、
小柄な金髪の女の子が、
いつの間にか目の前に立っていた。
距離が近い。
いや、近すぎる。
「さっきの、すっごく可愛かったよ?」
にこっと笑うその顔は、
葵先輩の圧とは真逆の"軽やかさ"で満ちていた。
(……この人、近い。すごく近い)
彼女は俺の反応を楽しむように、
少しだけ首を傾ける。
「ふふっ。
やっぱり可愛い〜」
なぜかは知らないが気に入られているらしい
後ろで黒髪の女性が呆れた声を上げる。
「桃、近い。離れなさい」
「え〜? いいじゃない。
東堂君よりマシでしょ?」
「比較対象が悪いのよ」
(姉妹みたい....この二人)
金髪の子は、俺のそんな心の声を読んだみたいに、
くすっと笑ってから胸に手を当てた。
「そうだ、まだ名乗ってなかったね。
私は西宮桃。京都校二年よ」
にこっと笑うその顔は、
さっきよりもさらに柔らかい。
「よろしくね、うみくん」
「よろしくお願いします。桃先輩」
そう言うと、
桃先輩はぱぁっと花が咲いたみたいに笑った。
「うん、いい子〜。
やっぱりうみくん、可愛いわね」
「え、あの……」
近い。
距離が近い。歌姫さんより近いかも....
桃先輩は俺の顔をじーっと眺めながら、
嬉しそうに言葉を続ける。
「私、可愛いものが大好きなの。
ぬいぐるみとか、動物とか、
あと……こういう"守りたくなるタイプ"とかね」
「ま、守りたく……?」
「そう。
うみくんみたいな子、すっごく好き」
にこっと笑うその顔は、からかっている感じはない
「桃先輩も……可愛いですよ?」
言った瞬間、
桃先輩の目がぱちぱちと瞬く。
「……え?」
一拍置いて──
「ちょ、ちょっと……
うみくん、それ反則じゃない……?」
桃先輩の頬がほんのり赤くなる。
後ろで黒髪の女性が呆れた声を上げた。
「桃、あんたが照れてどうするのよ」
「だ、だって……可愛い子に可愛いって言われたら……
そりゃ照れるでしょ……!」
「知らないわよ……」
(……大げさじゃないかなぁ)
桃先輩がまだ頬を押さえている横で、
黒髪の女性──さっきからツッコミ役をしている人──が
深いため息をついた。
「.....桃がごめんなさいね。
可愛いものには目がないのよ」
「ちょっと真依ちゃん!?
もうちょっと言い方があるんじゃないかな!!」
「事実でしょ」
(やっぱり姉妹みたいだ、この二人)
黒髪の女性は俺の方へ向き直ると、
さっきまでの呆れ顔から一転、
礼儀正しい落ち着いた表情になった。
「改めて。
私は禪院真依。京都校一年」
一年──
桃先輩より年下なのに、
雰囲気はずっと大人っぽい。
(それよりも禪院って.....)
俺が言いかけるより早く、
真衣先輩が軽く手を振った。
「名字のことは気にしなくていいわよ。
いろいろあるの、うちの家系は」
口調は軽いが真依先輩の表情は少し重い
あんまり踏み込んでほしくなさそうだ...
桃先輩がすかさず俺の腕をつつく。
「そうそう。
真衣ちゃんの家の話は置いといて、
うみくんの話をもっと聞かせてよ~」
(……助かった)
真依先輩は小さく息を吐いて、
桃先輩の横に並ぶ。
「ほんと、桃はこういう時だけ切り替え早いんだから」
「だって重い話より、可愛い話の方がいいでしょ?」
「……まあ、否定はしないけど」
二人のやり取りは軽くて、
さっきまでの微妙な空気が消えていく
(京都校って……なんか、思ってたより賑やかだな)
桃先輩は俺の方へ向き直り、
期待に満ちた目で覗き込んでくる。
「ねぇうみくん。
東京校ではどんな感じなの?
友達とか、先輩とか、先生とか……
気になることいっぱいあるんだけど」
「え、えっと……」
急に質問の嵐が到来。
小学校の編入の時を思い出すほどに。
桃先輩の目から本気で"知りたい"っていうのが伝わってくる。
……が。
「桃、ちょっと落ち着きなさい」
真依先輩がすっと桃先輩の肩を押さえた。
「まだ自己紹介してない子がいるでしょ。
順番、飛ばしすぎ」
「え〜? だって気になっちゃったんだもん」
「気になるのは分かるけど……ほら」
真依先輩は視線を横へ向ける。
その先には──
さっきからおろおろしていた青い髪の女の子と、
無機質な体をした"機械の人"が立っていた。
青い髪の子は、
俺と目が合った瞬間、びくっと肩を震わせる。
「あ、あのっ……!
わ、私も……その……!」
声は小さいけど、
一生懸命さが伝わってくる。
その横で、機械の人が淡々と補足する。
「……三輪は緊張している。
自己紹介の優先度を上げるべきだ」
「ちょ、ちょっとメカ丸!?
言わなくていいからっ!」
桃先輩が俺の腕をつつきながら笑う。
「ほらね?
うみくんのこと、みんな気になってるんだから」
(いや、そんな大層なものじゃ……)
真依先輩は軽く肩をすくめて言った。
「というわけで、次は三輪。
ほら、ちゃんと挨拶しなさい」
「は、はいっ……!」
青い髪の女の子は深呼吸をひとつして、
ぎゅっと拳を握りしめた。
「わ、わたし……!
京都校一年の……三輪霞です……!」
声は震えているけど、
一生懸命さがまっすぐ伝わってくる。
「よ、よろしくお願いしますっ……!」
深々と頭を下げた勢いで、
前髪がふわっと揺れた。
(……真面目な人だな)
顔を上げた三輪さんは、
俺と目が合った瞬間、またびくっと肩を震わせる。
「えっ、あっ、その……!
さ、さっきは……東堂先輩が……その……!」
「三輪、落ち着きなさい」
真依先輩が横からそっと肩に手を置く。
「う、うん……ごめん……」
三輪さんは小さく縮こまりながらも、
勇気を振り絞ってもう一度俺を見る。
「えっと……その……
うみくん、でいいんだよね……?」
「はい。よろしくお願いします、霞先輩」
あまりにも緊張しているようなので、
最大限声音を柔らかくして声をかける
俺がそう言うと、
三輪先輩はさらに真っ赤になって俯いた。
「う、うぅ……優しい……」
その横で、
無機質な体の"機械の人"が一歩前に出た。
「……次は私だな」
金属が擦れるような、
けれどどこか落ち着いた声。
「京都校一年。メカ丸だ」
(すごい。説明欲しいとこの説明が一切ない
.....とりあえず、どうしても聞かなくちゃいけないことが一つ)
気づけば、
俺はほんの少しだけ前のめりになっていた。
「……あの、メカ丸先輩」
「なんだ」
「ビーム……出ますか?」
部屋の空気が一瞬だけ止まった。
その瞬間。
桃先輩は両手で口を押さえ、
その場でくねっと身体をよじった。
「か、かわ……っ……!
うみくん、そういうの……ずるい……!」
真依先輩はふっと目元を緩める。
「……あんた、案外子どもなのね。
でも、悪くないわ」
霞先輩は「えっ……!」と目を丸くしたまま固まっている。
そしてメカ丸先輩は──
まったく動じない。
「……出る」
「えっ、出るんですか!?」
「正確には"砲撃"だ。
ビームと呼ぶかどうかは個人の自由だが、
エネルギーを直線状に射出する点では概ね一致している」
「すご……!後で見せてください!!」
桃先輩が悶えながら俺の肩をつつく。
「うみくん……!
反応が純粋すぎて……ほんと好き……!」
真依先輩は苦笑しながら腕を組む。
「……桃、落ち着きなさい。
うみくんが引いてるでしょ」
「引いてないよね!? ね!?」
「え、えっと……」
(……正直、ちょっと楽しい)
メカ丸は淡々と締めた。
「……以上だ。
質問があれば受け付ける」
メカ丸先輩が淡々と締めたところで、
それまで静かに様子を見ていた歌姫さんが、
ぱん、と軽く手を叩いた。
「はい、これで全員終わったわね」
その声に、
桃先輩がびくっと肩を揺らした。
「ひゃっ……!
あ、そっか……歌姫先生いたんだった……
うみくんが可愛すぎて忘れてた……」
「忘れないでくれる?」
歌姫さんはじとっとした目を桃先輩に向けたあと、
軽くため息をついて全員を見渡した。
「ここでいったん区切りにするわよ
まだ、うみくんに説明しなきゃいけないこともあるしね」
桃先輩はまだ俺の肩をつつきながら名残惜しそうに言う。
「え〜、もう終わり?
うみくんの話もっと聞きたかったのに……」
「桃、続きは後でしなさい。
うみくん困ってるでしょ」
真依先輩が軽く肘で桃をつつく。
「むぅ……だって可愛いんだもん……」
「……はいはい」
歌姫さんはそんな二人を軽く流しつつ、
俺の方へ向き直った。
「じゃあ、うみくんはおしごとの話があるから、
別室に来てもらえる?」
「はい。分かりました」
歌姫さんは頷き、
全員に向けて声をかける。
「みんなは午後の実習の準備をしておいて。
私は交流会の準備に入るから、
しばらく引率には出られなくなるから」
桃先輩が手を挙げる。
「え〜、歌姫先生いないの寂しい〜」
「寂しがる前に準備しなさい」
「はぁい……」
真依先輩は肩をすくめる。
「……まったく、あんたは」
霞先輩は小さく会釈。
「う、うみくん……午後もよろしくお願いします……!」
(午後?え..俺も実習出るの?)
メカ丸先輩は淡々と。
「……戦力が増えるのは助かる」
(……なんか、歓迎されてる?)
歌姫さんが扉の方へ歩きながら言う。
「じゃ、うみくん。
交流会のことと、これからの動きについて説明するわ。
ついてきて」
俺は鞄を持ち直し、
歌姫さんの後を追った。
歌姫さんの後をついて廊下を歩くと、
さっきまでの賑やかさが嘘みたいに静かだった。
「……ごめんね、うみくん。
あの子たち、悪い子じゃないんだけど、ちょっと騒がしくて」
「いえ、全然。
なんか……楽しかったです」
歌姫さんは小さく笑った。
「そう言ってくれると助かるわ。
京都校は個性の塊みたいな子ばっかりだからね」
そう言いながら、
歌姫さんは一つの扉の前で立ち止まった。
「ここ。
交流会の準備室として使ってる部屋よ」
扉を開けると、
書類や地図が机に広げられた、
いかにも"仕事部屋"という空気が漂っていた。
歌姫さんは椅子に腰を下ろし、
俺に向き直る。
「さて──
本題に入りましょうか、うみくん」
その声は、さっきまでの柔らかさとは違う、
"先生としての声"だった。
「まず、あなたが京都に来た理由。
そして、これから何をしてもらうか。
ちゃんと説明しておくわね」
俺は姿勢を正した。
(この人、お仕事モードだとかっこいいな.....)
歌姫さんは指を組み、ゆっくりと話し始めた。
「まず、あなたを呼んだのは、交流会のためだけじゃないわ」
俺は思わず背筋を伸ばした。
「まあ、そうですよね。
イレギュラー時の人員で呼ばれたなら、
交流会までやることないですし」
歌姫さんは静かに頷く。
「えぇ。あなたにやってもらいたいのは、
交流会までの任務の穴埋めね」
「....穴埋め、ですか?」
「そう。交流会の準備って、思ってる以上に時間を取られるの。
私は今日からしばらく、そっちに専念しなきゃいけない」
「はい」
「そうなるとね──
任務や実地授業の引率に割ける時間が、どうしても減るのよ」
(あぁ....そういうことか)
「あなたには、そこを補ってもらいたいの」
俺は小さく息を吸い、姿勢を正した。
「……分かりました。
できる範囲で頑張ります」
歌姫さんはふっと表情を緩めた。
「ありがとう、うみくん。
今日の午後にある実地授業も、その"慣らし"みたいなもので用意したの
まずは軽い討伐からやってみましょう」
そう言って、歌姫さんは資料を渡してくる
(あぁ、今日からなのか
だから、霞先輩は「午後も」って...)
歌姫さんは椅子から少し身を乗り出し、柔らかい声に戻った。
「説明は以上。
準備ができたら、また呼ぶわね」
俺は立ち上がり、軽く頭を下げた。
「はい。よろしくお願いします」
***
準備室を出て少しすると、
校舎の外から風の音と、誰かの声が聞こえてきた。
「うみくーん!こっちこっち!」
桃先輩が手をぶんぶん振りながら駆け寄ってくる。
その後ろには真依先輩と霞先輩もいて、
霞先輩は相変わらずそわそわしていた。
「準備、終わったわよ」
真依先輩が腕を組んだまま言う。
「えーっと、確か葵先輩と憲紀先輩は別任務、メカ丸先輩は後方支援で、
現場に出るのは俺、桃先輩、真依先輩、霞先輩の4人でしたね」
俺が確認すると、真依先輩が軽く頷いた。
「そういうこと。あの人たちは単独任務に出れるからね
桃も出られるけど、人数都合でこっち」
桃先輩がくるっと回りながら言う。
「だから今日は、私たちでうみくんをエスコートする日ってわけ〜!」
「エスコートって……任務ですよね?」
「任務もエスコートするものだよ?」
(っていうか、等級的に逆じゃないかなぁ....)
そんな俺の内心を知ってか知らずか、
真依先輩が軽く肩をすくめた。
「まあ、桃の言うことは気にしなくていいわ。
あんたは準一級なんだから、普通に"戦力"として動いてもらうからね」
「えっ、あ、はい……」
桃先輩がすかさず俺の腕をつつく。
「でもね〜、等級とか関係なく、
うみくんは"守りたくなるタイプ"なんだよ。
これはもう本能だから仕方ないの!」
「桃先輩。俺、一応歌姫さんの代わりで呼ばれてるんですよ?」
俺がそう言うと、
桃先輩は「むぅ〜」と頬を膨らませた。
「それはそれ、これはこれだよ〜。
うみくんが可愛いのは事実なんだから、仕方ないの!」
「仕方なくないでしょ」
真依先輩が即ツッコミを入れる。
そんなツッコミを華麗にスルーして、
桃先輩はぱっと表情を明るくして言った。
「でね、うみくん。
午後の実習なんだけど──」
真依先輩がその言葉を引き継ぐ。
「組分け、もう決まってるわよ」
霞先輩がびくっと肩を震わせた。
どうやら"その話題"を待っていたらしい。
「えっ……あ、あの……!
わ、私……その……!」
桃先輩がにこにこしながら俺の方へ向き直る。
「うみくんは──霞と組むことになったよ〜!」
「えっ……!」
霞先輩の顔が一瞬で真っ赤になった。
真依先輩が補足する。
「三輪が希望したのよ。
"うみくんとなら頑張れる"ってね」
「ま、真依っ……!
い、言わなくていいから……!」
霞先輩は両手をぶんぶん振って抗議するが、
耳まで真っ赤なのは隠せていない。
桃先輩はというと──
また悶えている。
「はぁぁ……霞可愛い……!
うみくんと組みたいって……尊い……!」
「桃、落ち着きなさい」
真依先輩が軽く頭を叩く。
真依先輩が指を立てて説明する。
「というわけで、班分けは──
A班が"うみと三輪"。
B班が"私と桃"。
ここまではいいわね?」
「は、はいっ……!」
霞先輩は緊張で声が裏返っている。
桃先輩はにこにこしながら俺の腕をつつく。
「うみくん、霞のことよろしくね〜。
あの子、緊張すると固まっちゃうから」
「ん。任せてください」
真依先輩は軽く息を吐き、
今度は少し真面目な声で続けた。
「で、実習の形式だけど──
今日は"交代制"でやるわ」
「交代制……?」
俺は思わず聞き返す。
真依先輩が頷く。
「そう。
まずA班が先に廃工房に入って討伐。
その間、B班は外で待機して状況を確認。
終わったら交代して、今度はB班が別の区画を担当する」
桃先輩が補足するように手を挙げる。
「つまりね〜、
うみくんは"監督者代行"として、
両方の班の動きを見れるってこと!」
(あぁ、だから"慣らし"って言われたのか)
「なるほど....監督者としての経験を少しでも多くってことですか」
真依先輩は俺の言葉に軽く頷いた。
「そういうこと。
監督者側に回るの初めてらしいじゃない。
まずは、軽い任務で経験をってことだと思うわよ」
「ね〜、楽しみだねうみくん!
霞も可愛いし、真依ちゃんは頼りになるし、
今日の実習、絶対いい感じになるよ〜!」
「桃、浮かれすぎ」
真依先輩が呆れた声を出すが、どこか楽しそうだ。
俺は資料を軽く握り直し、深く息を吸った。
「それじゃあ、そろそろ行きましょうか」