生まれ変わった世界は   作:月影うみ

26 / 46
24話

十二月二十四日。

 

京都高専は、

普段より明らかに人が多かった。

 

視界に入るのは、二級以上の術師たち。

 

今回の作戦は危険度等を鑑みて、

基本的に二級以上の術師のみが配置されている。

 

例外的に配置されている準二級もいるが、

それもあくまで補助や警戒要員だ。

 

あたりを見回していると、

 

境内の端――

少し開けた場所に、

ひときわ目立つ姿があった。

 

上半身裸。

筋肉の塊。

腕を組み、堂々と立つ巨体。

 

(みーっけ)

 

俺は一度だけ呼吸を整え、

その背中に向かって声をかけた。

 

「葵先輩」

 

「ぬぅ?」

 

振り返るまでの一瞬。

視線が合った瞬間、

相手の表情がぱっと明るくなる。

 

「月影!!」

 

ずん、と一歩近づいてくる。

 

「よく来たな!!

京都配置とは聞いていたが、

まさか本当に来るとは!!」

 

「志願しましたからね」

 

一拍。

 

葵先輩は一瞬目を細め、

次の瞬間には、豪快に笑った。

 

「そうかそうか!そんなに俺に会いたかったのか!!」

 

(違う)

 

喉まで出かけた言葉を、

飲み込んだ。

 

「.....まあ、そうですね」

 

「はっはっは!!

照れることはない!

漢は素直が一番だ!!」

 

――その時だった。

 

びり、と。

空気の密度が、わずかに変わる。

 

(....来た)

 

背中の奥が、

じわりと熱を帯びる。

 

境内の空気が、

音もなく濁り始めていた。

 

葵先輩も、

それに気づかないわけがなかった。

 

「……ほう」

 

剛腕を組んだまま、

ふっと笑みを消す。

 

「月影」

 

「はい」

 

「これは……

なかなか景気のいい入りだな」

 

「そうですね。

でも、さすがに高専の敷地には出せなかったんですかね

ほぼ、街の方です」

 

「ふん」

葵先輩は鼻を鳴らす。

 

「賢い判断だな。

ここで派手にやらせるより、

一般人ごと巻き込むつもりだろう」

 

境内の外側――

街の方角から、

次々と湧き上がる呪力の濁り。

 

「思ったより雑魚が少ないです....

呪詛師を東京に多めに回して、

浮いた分をこっちにって感じかもしれないですね」

 

(なかなか大変そうだなぁ)

 

「はっはっは!!」

葵先輩は楽しそうだ。

 

「問題ない!!祓いがいがあるというもの!」

 

拳を軽く打ち鳴らしながら、

こちらを見下ろす。

 

「月影」

 

「なんですか?」

 

「どうせだ」

にやり、と笑う。

 

「祓った数で勝負でもするか?」

 

(う~ん。勝率低いけど...まあいっか)

 

「じゃあ俺が勝ったら、葵先輩が言ってた

"高田ちゃん"ってアイドルのライブに連れてってください」

 

――一瞬。

 

時間が止まった。

 

葵先輩の動きが、

ぴたり、と完全に止まる。

 

(あ……)

 

次の瞬間。

 

「――――――」

 

沈黙。

 

そして。

 

「なにィ!?」

 

地鳴りのような声が境内に響いた。

 

「高田ちゃんを!!」

「この俺に!!」

 

「要求しただとォォォッ!!」

 

(反応でかい)

 

葵先輩は俺の肩をがっと掴み、

顔を限界まで近づける。

 

「貴様……」

「やはり分かっている!!」

 

「高田ちゃんの価値を理解できる男はな!!」

「一目で"同類"と分かる!!」

 

(いや、価値というか話に出てたから……)

 

「いいだろう!!」

 

がっ、と拳を鳴らす。

 

「その賭け、受けてやる!!」

 

「ただし!!」

 

びしっと指を立てる。

 

「俺が勝ったら!!」

 

「貴様は俺と共に、

高田ちゃんのライブDVD十本を一気見だ!!」

 

(ミスったかぁ....

でもやる気になってるしいいか)

 

「異論は――」

 

「ありません」

即答した。

 

「はっはっはっは!!」

 

腹の底からの大笑い。

 

「いい!!最高だ月影!!」

 

「よし!!」

 

葵先輩は街の方角へと視線を向け、

その場で構える。

 

「勝負成立!!」

 

「条件は単純!!

祓った数が多い方が勝ちだ!!」

 

「了解です」

 

それだけ返した瞬間、

空気が切り替わった。

 

「情けは無用!!」

「加減も不要だ!!」

 

拳を握りしめ、

低く構える。

 

「月影!!」

 

「はい」

 

「死ぬなよ!」

 

「先輩こそ」

 

一瞬だけ、

視線が重なる。

 

言葉はそれで充分だった。

 

「――行くぞォォォォ!!」

 

東堂先輩は地面を蹴った。

 

轟音。

土煙。

一瞬で距離を潰す突進。

 

(……相変わらず派手だ)

 

その背中が、

街側へと消えていく。

 

俺は反対方向へ向きを変える。

街に呪霊の気配があふれるのが視える

 

(さて、行きますか)

 

***

 

――京都市街。

 

通りには人影がなく、

代わりに、呪力の濁りだけが漂っていた。

 

(……まあ、想定通り)

 

路地の先、

屋根の上、

看板の影。

 

湧いてくるのは、

三級から二級が中心。

 

準一級がそこそこいて、

たまに一級が混ざっている

 

視界の外で、

猫又が跳ねた。

 

低く唸り、

焔を纏って突っ込む個体と。

影に溶けて、

背後から喉元を裂く個体。

 

(ほんと、乱戦だと頼もしいね...

ん、今のでこの辺りは終わりか)

 

周囲の呪力反応が薄れたのを確認して、

俺は軽く息を吐いた。

 

「移動する」

 

合図を送ると、

猫又たちはそれぞれ跳ねる。

 

焔が消え、

影が伸び、

するりと――

足元へと溶け込んだ。

 

(……よし)

 

足元に、

細い“線”を引く。

 

反射線。

 

一歩、踏み込む。

 

視界が跳ね、

景色が反転する。

 

地形を無視した高機動で次の地点へ

 

---

 

たどり着いたのは

商店街から一本外れた裏路地だった。

 

(ここも結構いるな...)

 

呪力反応は複数。

 

数は多いが、

質は二級以下。

 

(さくっと終わらせよう)

 

猫又を呼び出し、合図を送る。

 

跳ねる。

裂く。

焼く。

 

二体、三体と消えていく。

 

――その時だった。

 

ぐしゃ、と。

不快な音。

 

祓いかけていた呪霊の一体が、

不自然な方向へ引きずられた。

 

"……?"

 

影が、路地の向こうから伸びる。

 

いや、

影というより――

"塊"だ。

 

姿を現した何かが、

もがく呪霊を掴み――

 

そのまま、喰った。

 

文字通りだ。

 

噛み砕き、

呑み込み、

呪霊の形が、体内へ溶けていく。

 

(共食い!?いや、そもそも呪霊って呪霊を食べるの?)

 

次の瞬間、食事を終えた呪霊の呪力が膨れ上がった

 

(....!!そういう術式か

コイツは...間違いなく)

 

「....特級...大外れだなぁ」

 

(放置はできない....ほっといたらもっと強くなる

こいつは、ここで確実に...)

 

「――祓う!!」

 

いうや否や突貫する。

 

猫又(焔)の炎を目くらましに背後をとって――

 

――一撃目。

 

(浅い....普通にやってもダメか

猫火も効果が薄い)

 

十種影法術を解除し、次の手に移る

 

(十劃呪法でなら――!!)

 

そう踏み込もうとした、その瞬間。

 

――――警鐘。

 

説明できない。

音でも、視覚でもない。

 

ただ、

頭の奥で何かが「違う」と叫んだ。

 

(……っ!!)

 

考えるより早く、

体が反応する。

 

足元に引いていた反射線を踏み抜く。

 

視界が弾け、

身体が横へ流れた、次の瞬間だった。

 

轟ッ――!!

 

背後で、

空気が潰れる音がした。

 

さっきまで俺が立っていた場所。

 

アスファルトが、

"抉り取られて"いた。

 

(……速っ!そのうえパワーも....)

 

「思ったより...しんどいかも」

 

口に出してみると、

思考が一段、整理された。

 

純粋なフィジカル。

速度も、力も、単純に高い。

 

しかも、

一撃一撃が街を壊すクラス。

 

(十劃呪法は....当てれば多分効く)

 

ただ――

 

「素のフィジカルだと、そこまで持ってけるかどうか...」

呟いた瞬間、特級呪霊の視線がこちらに向いた。

 

ギギギ、と軋むような音。

呪霊の筋肉が膨張し、地面が沈む。

 

(……さっきの動きを見るに、反射線にも反応してきそうだな

こっちもフィジカルを底上げしたほうがましか...)

 

喉の奥で、ひとつ息を飲む。

 

血が、脈打つ。

 

(……使うか)

 

――赤血操術。

 

「血液に呪力を流し、その呪力を操作する」

 

それだけの、極めてシンプルな術式。

 

憲紀先輩との任務に出た時に視て、それが理解できた

 

(さすがに血液パック何て持ち歩いてないから、

体外操作はできないけど、"フィジカルの底上げ"くらいなら....)

 

指先が熱を帯びる。

 

心臓の鼓動が、ひとつ跳ねた。

 

「――赤燐躍動」

呟いた瞬間、

血管の中を、呪力が一気に駆け巡る。

 

熱い。

けれど、暴走するような熱さじゃない。

 

身体の芯が、ひとつずつ"点火"していくような感覚。

 

(……さて、どこまでできるか)

 

視界の端で、特級呪霊が動いた。

 

地面を砕き、一直線にこちらへ突っ込んでくる。

 

速い。

さっきより、明らかに速い。

 

でも――

 

「よっ」

 

軽く身をひねって、特級の突進をかわす。

赤燐躍動で底上げされた身体は、さっきまでとは別物だ。

 

(……うん、動きは見える)

 

特級呪霊が振り抜いた腕が、電柱を紙みたいに折り曲げた。

風圧だけで頬が切れる。

 

(じゃあ――こっちも一発)

 

地面を蹴る。

赤燐躍動で強化された脚が、アスファルトをひび割らせた。

 

一瞬で間合いを詰め、刀を振る。

 

ドッ。

 

手応えはある。

あるが――

 

(切り落とす予定だったんだけど....)

 

刃が肉を裂いた感触は確かにあった。

だが、浅い。

赤燐躍動で強化した腕力でも、特級の肉体は"削れただけ"だ。

 

(……やっぱり、これじゃ押し切れないか)

 

特級呪霊は、斬られた箇所を気にも留めず、ただこちらを見下ろす。

 

(十劃呪法しかないか....)

 

ただし――

 

術式は一つずつ。

 

赤燐躍動を維持したまま十劃呪法は使えない。

 

なら、やることはひとつ。

 

(接近までは赤燐躍動。

攻撃の瞬間に"切り替える"。

それしかない)

 

特級呪霊が吠えた。

 

「――――ッ!!」

 

地面が爆ぜる。

突進。

さっきより速い。

赤燐躍動で強化した今の俺でも、ギリギリ反応できるレベル。

 

(こいつ...呪霊食べたわけでもないのに、

どんどん速くなってる

もしかして、最近生まれたばっかでまだ慣れてないのか?)

 

「っ……!」

 

身を沈め、横へ滑るように回避。

風圧だけで背中が焼ける。

 

特級の突進が止まる前に、俺は地面を蹴った。

 

赤燐躍動で強化された脚が、アスファルトを砕く。

 

一瞬で間合いを詰める。

 

特級呪霊が振り向くより早く――

 

(今!!)

 

赤燐躍動を、切る。

 

身体の中を駆けていた熱が、すっと消える。

代わりに、別の“線”が脳内に走る。

 

十劃呪法。

 

呪力の流れが、赤燐躍動とはまったく違う形で組み上がる。

 

刀を握る手に、呪力が集束する。

 

(斬り飛ばす!!)

 

刃が、黒い軌跡を描いた。

 

呪霊の脚が宙を舞う

 

(.....これで一番厄介だったスピードを殺せた

あとは、被弾しないように注意するだけ...)

 

そう思った、その瞬間。

 

――ぶちゅる。

 

嫌な音がした。

 

切断面から、黒い肉が蠢く。

 

「……は?」

 

次の瞬間、切り落とした脚が“生えた”。

 

ずるり、と音を立てて。

 

(……再生!?いや、これは――)

 

呪霊の体表に、淡い光が走る。

 

反転術式。

 

「……そういえば、呪霊がやる分には難しくないんだっけ」

 

「……めんどくさ」

 

呟いた瞬間、特級呪霊が吠えた。

 

脚を再生した勢いのまま、地面を蹴る。

 

さっきより速い。

 

(ああもう!!時間かければかけるほど不利になる)

 

赤燐躍動で底上げした身体でも、

この速度を相手に長期戦は無理。

 

ゆっくり削っていっても、反転術式で振り出し

 

(となると――)

 

「一撃で祓うしかない、か」

 

呪霊が吠えた。

 

その声は、街全体を震わせるほどの圧。

 

(俺の手札で一撃ってなると首を持ってくしかない

でも、どんだけごまかしても狙いが分かりやすくなる

反応される前に、最速で行くしかないか...)

 

特級呪霊が、地面を砕きながら前傾姿勢を取る。

 

吠える。

空気が震える。

街の灯りが揺れる。

 

術式を赤血操術に切り替えて、構える

 

(来る)

 

次の瞬間、呪霊の姿が目の前に迫っていた。

 

「っ……!」

 

ギリギリで横へ跳ぶ。

呪霊の拳が通過した軌跡が、建物ごと抉り取られる。

 

(……ほんと、洒落にならないな)

 

だが――

 

この速度、この破壊力。

"首を狙う"と悟られた瞬間、確実に潰される。

 

呪霊が振り返る。

再生した脚が地面を踏み砕く。

 

来る。

 

「――っ!」

 

赤燐躍動で踏み込み、

呪霊の懐へ飛び込む。

 

拳が迫る。

避けられない。

 

(ここで切り替える!!)

 

赤燐躍動を切る。

熱が消え、代わりに十劃呪法の"線"が脳内に走る。

 

刃に呪力が集束する。

 

(これで――)

 

ガキィィンッ!!

 

「っ……!?」

 

刃が、止まった。

 

特級呪霊の腕が、まるで鉄塊のように刀を受け止めていた。

 

(防がれた……!?)

 

次の瞬間。

 

ドゴォッ!!

 

「ぐっ……!!」

 

拳が脇腹にめり込み、視界が一瞬白く弾けた。

 

肺の空気が全部抜ける。

肋骨が悲鳴を上げる。

 

(……っ、やば……!

一撃でこれ!?次まともに食らったら終わる)

 

地面を転がりながら、必死に体勢を立て直す。

 

特級呪霊は、もう次の一撃を放つ体勢に入っていた。

 

速い。

さっきよりさらに速い。

 

(回避は無理....迎撃そっから反撃までいけるか?

いや、先のことは考えるだけ無駄。どうせここミスったら終わり

――先はいい。今は迎撃だけ考えろ....)

 

視界が狭くなる

いつもは、周囲のほとんどを映す視界は、

今、この瞬間、目の前の呪霊しか映していない

 

雑念が、音もなく落ちていく。

恐怖も焦りも、全部どこかへ沈んでいく。

 

刀を握る指先が、自然と最適な角度に収まる。

 

呼吸が、勝手に整う。

 

鼓動が、ゆっくりと響く。

 

今までにない――極限の集中。

 

呪霊の拳が迫る。

さっきまで追えなかった速度が、

今は線のように見える。

 

(……ここ)

 

呪霊の拳に刀を合わせる

 

瞬間――

 

バチィンッ!!

 

黒い火花が散った

 

衝突のはずだった拳が、弾ける。

 

(なんかよくわかんないけど――)

 

全能感。

 

「――今なら、何でもできる気がする」

 

「――――ッ!!」

 

咆哮。

空気が震え、街灯が一斉に明滅する。

 

「怒ってる?……まあ、そうだよね。さっきまで"届かなかった"んだし」

 

「――――――ッ!!」

 

呪力が膨張する。

"制御"なんて概念がどこにもない。

ただ、感情のままに溢れ出している。

 

次の瞬間、呪霊は暴れた。

 

右へ。

左へ。

前へ。

後ろへ。

 

動きに一切の法則がない。

ただの暴走。

ただの本能。

ただの"恐怖の裏返し"。

 

地面を殴りつけ、

壁を引き裂き、

空気を叩き潰し、

影に向かって吠える。

 

(……めちゃくちゃだな)

 

でも――

 

(全部、見える)

 

呪霊の拳が迫る。

さっきまで追えなかった速度が、

今はただの“ゆっくりした軌跡”だ。

 

「そこ」

 

一歩。

ほんの一歩、体をずらすだけで拳が空を切る。

 

呪霊が振り抜いた腕が、

建物を紙みたいに裂いた。

 

(……威力だけは洒落にならないけど)

 

呪霊が気づくより早く、

刀が肉を裂く。

 

斬る。

避ける。

すり抜ける。

叩き込む。

 

(....次で、最後)

 

刀を握り直す。

一歩踏み込む。

呪霊の視線がこちらに向くより早く。

 

刃が銀の軌跡を描く

 

――その瞬間。

 

呪霊の動きが変わる

 

今までの僅かなぎこちなさが消えた

 

まるで――

ここまでの動きが"試運転"だったかのように

 

呪霊の腕が、滑らかに、鋭く、速く動く。

 

(....慣らしが終わったのか)

 

うみの刃が届くよりも早く、

呪霊の腕はそこにあった

 

ガキィンッ。

 

金属が軋む音。

腕に伝わる、嫌な手応え。

そして。

 

もう片方の腕が、"そこにある"。

 

視界の端で、黒い影が膨らむ。

 

空中。

踏ん張れない。

体勢は崩れたまま。

刀は押さえ込まれ、腕も動かない。

 

絶体絶命、完全に詰んでいる。

 

――はずなのに。

 

(……不思議だな)

 

焦りが、ない。

 

むしろ――

 

胸の奥で、

静かに、確かに、何かが“鳴った”。

 

――予感。

 

今日ここで、

自分はひとつ先へ進む。

 

そんな確信だけが、

ゆっくりと、揺るぎなく満ちていく。

 

呪霊の拳が、視界いっぱいに広がる。

 

空気が震える。

皮膚がざわつく。

骨が軋む未来が、容易に想像できる。

 

それでも。

 

(……大丈夫)

 

理由なんてない。

根拠もない。

 

ただ――"分かる"。

 

世界が、

ひとつ"遅れた"。

 

拳が迫る速度が、

まるで水の中を進むみたいに鈍く見える。

 

(....ようやく、掴んだ!!)

 

理解が、落ちる。

 

呪霊の拳が、鼻先に触れようとした瞬間。

 

――止まった。

 

空気が、薄膜のように揺れた。

 

呪霊の拳は、

そこに"ある"のに、

"届かない"。

 

目の前の現象に、呪霊の動きが固まる

 

(隙だらけ....今なら――届く)

 

刀を握る指先が、自然と力を帯びる。

 

呪霊の拳はまだ目の前にある。

けれど、もう脅威じゃない。

 

ほんのわずか、指を動かす。

それだけで、呪霊の拳が“押し返される”。

 

呪霊の目が見開かれた。

 

理解不能。

恐怖。

拒絶。

 

その全部が混ざった、濁った色。

 

刀を振りかぶる必要はない。

力む必要もない。

 

ただ、

最短距離で、最短軌道を描く。

 

その瞬間――

 

バチィィンッ!!

 

再び、黒い閃光が弾けた。

 

世界が震える。

空気が裂ける。

呪霊の体が、内側から爆ぜるように歪む。

 

呪霊の胸に刻まれた黒い亀裂が、

音もなく広がっていく。

 

呪霊が吠えようとした。

けれど声は出ない。

 

「ざんねん...俺の勝ち」

 

呪霊の体が崩れ落ちる。

 

風が吹いた。

街の濁りが、少しだけ薄れる。

 

(……ふぅ)

 

刀を下ろし、息を吐く。

 

「まだ、残ってる。動けるうちに祓わなきゃ」

 

――そして俺は、反射線を踏み込み、薄れゆく街の濁りへと再び跳んだ。




明日から少しの間お出かけなので、5/4まで投稿ないかもです。
ご了承ください
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。