悟さんに捕まってトんだ先は、どこかの湖畔。
周りは木々で生い茂っており、どこかの山中だと見える。そして――
「うみ!見てあれ!
富士山!!頭富士山!!」
悠二先輩の示す先。湖の中心に一体の呪霊。
その呪力・雰囲気から分かる。こいつは――
(...特級。それも俺が12月に祓ったやつよりもずっと強い)
そんなことを考えている間に、悟さんは呪霊と会話をしていて――
「大丈夫でしょ。だって君、弱いもん」
めちゃくちゃに煽っていた。
呪霊が怒る。呪力が立ち上りあたりを満たす
横目で悠二先輩を見ると、
目の前の存在の強大さに気づいたようだ。顔を青くしている。
次の瞬間――
「領域展開!!『蓋棺鉄囲山』」
世界が変わる。
足元は黒く、硬く、
踏むたびに"パキッ"と乾いた音を立ててひび割れる。
割れ目の奥からは、灼熱が脈打っている
周囲を囲むのは、
山の岩肌を思わせる巨大な壁──
だが、よく見ると"呼吸"している。
熱で揺らぐ空気が、壁の表面を波のように歪ませていた。
頭上には空がない。
あるのは、
閉じた洞窟の天井のような圧迫感。
熱い。
皮膚が焼けるほどではないが、
空気そのものが刺すように熱い。
(すごい....これが特級の領域)
術式の流れ、領域の仕組み。
この領域を構成する全てを脳に焼き付けるように観察していく
隣では、悟さんが悠二先輩に領域が何たるかを解説している
解説を終えたところで、悟さんが俺と悠二先輩をまとめてつかむ。
そして――
「領域展開.....『無量空処』」
世界が白く反転した。
灼熱の地獄だったこの場所は、一瞬にして、真っ白な"無"になり果てた。
(これが...悟さんの領域)
桁違い。
呪力の質が、領域の精巧さが、
何もかもが先程の領域のはるか上を行っている。
(....最強。これが、五条悟)
いままでなんだかんだで、直接見たことがなかった最強の片鱗
(遠いな...)
悟さんが、呪霊の首を捻じ切る。
直後、世界は色を取り戻し、最初に見た湖畔に戻ってきた。
そして悟さんは、
呪霊の首を投げ捨て踏みつけて、尋問を始めた。
....シュールだなぁ
その時――
ドスッ!!
上から、螺旋状の何かが降ってきた。
かと思えば、螺旋から芽が放たれ一面が花畑が広がる
(...っ!幻術...?気が抜ける)
突如現れた呪霊が首だけの呪霊を回収、と同時に悠二先輩を拘束する
(悟さんは悠二先輩の方に気を取られてる。なら....)
逃走する呪霊を追撃。
(はっやいうえに硬いな、こいつ)
反射線で追いついて一撃入れる
もう一撃と体制を整えたところで、視界が植物群で埋まる
全てを払いのけたころには呪霊は姿は見えなくなっていた
(気配もない...逃げるの上手すぎでしょ)
「ごめんなさい、悟さん。逃げられました」
俺がそう言うと、悟さんは呪霊が消えた方角を一瞥し――
「んー、まぁいっか」
そう言い放った
「……よくないと思いますけど。祓えたはずの特級逃がしちゃったのは
あのレベルの強さだと、回復されたら悟さんか憂太先輩以外だとしんどいですよ?」
「その時のために悠二や皆を鍛えるんだよ
もちろんうみもね」
「僕としては、皆にはアレに勝てるくらい強くなってほしいんだよね」
「アレにかぁ!!」
ここまで土下座して訴えていた悠二先輩が戻ってきた
「目標は具体的なほうがいいでしょ?」
「目標を設定したらあとは駆け上がるだけ、
ちょっと予定を早めるよ」
「どうするんですか?」
「これから一月の間、僕とうみでとことん悠二を鍛える
映画を見て、僕らと戦うを繰り返す」
「一月後の俺、生きてるかなぁ」
悠二先輩が遠い目をする。
「そのあとは実戦。重めの任務をいくつかこなしてもらう
基礎と応用をしっかり身に着けて、交流会でお披露目といこう」
(あぁ、もうそんな時期なのか...)
「はい。先生!!」
「はい!悠二君!!」
「交流会って何?」
「.....言ってなかったっけ?」
「悟さんは言ってることの方が少ないですよ?」
俺が即答すると、悟さんは「えぇ〜?」と不満そうに唇を尖らせた。
「ついでに先生。」
「はい!うみくん!!」
「じゃあ二つ。
一つ目なんですけど、交流会って俺はまた運営側ですか?それとも不参加?」
「去年と同じ。運営側の非常時要員だよ」
「で、二つ目なんですけど
俺は悠二先輩が任務に出るまでこっちってことでいいですか?」
「うん。悠二の任務には別の人をつけるつもりだから」
「りょーかいです」
「よし、じゃあ帰るよ二人とも」
悟さんが手を伸ばす。
次の瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。
---
視界が戻ると、地下への階段の前だった
「で、交流会って何なんですか?」
悠二先輩が聞くと、悟さんは「あー」と頭をかいた。
「簡単に言うとね、東京校と京都校の合同イベント。
毎年やってる"呪術師の体育祭"みたいなやつ」
「体育祭……?」
「まぁ、殴り合いだけどね」
「殴り合いなんだ……」
悠二先輩が遠い目をする。
悟さんは続ける。
「うみは去年と同じで運営側。
非常時のバックアップ、緊急対応、戦力補填、その他諸々」
「つまり、便利屋ですね」
「言い方ァ!」
「事実ですよ?」
悟さんはむくれた顔をしながらも、すぐに笑顔に戻った。
「じゃあ、今日のところはこれでおしまい
明日から本格的に"地獄の一ヶ月"始めるからね」
「地獄って言っちゃったよこの人……」
悠二先輩が泣きそうな声を出す。
悟さんはにこにこしながら、俺の肩をぽんと叩いた。
「うみ。明日からよろしくね。期待してるよ」
「……はい。任せてください」
「じゃ、僕はさっきの特級について報告してくるから~」
ひらひらと手を振りながら、悟さんはその場から消えた。
悟さんが消えたあと、悠二先輩がぽつりと言った。
「……なぁ、うみ」
「はい?」
「俺、ほんとに強くなれるかな」
その声は、さっきまでの明るさとは違っていた。
不安と、覚悟と、少しの恐怖が混ざった声。
(悠二先輩の場合は発破かけたほうがいいよな?)
「なれるかじゃなくてなるんですよ?
じゃないとさっきの奴ら出てきたときに守れませんよ?」
だれをとは言わなかったけど多分伝わるだろう
「そっか....そうだな」
そこで悠二先輩が顔をぱんっとたたく。
「よし!うみ、明日からよろしくな!!」
「はい。心を鬼にしますね」
「うっ...それはほどほどに...」
「ダメです」
即答すれば、悠二先輩は苦笑する
「じゃ、また明日な!」
「はい。おやすみなさい、悠二先輩」
「おう!おやすみ!」
(....明日からか。
俺も気合入れないと)
夜風が少しだけ涼しくて、
今日の熱気を洗い流してくれるようだった。
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一ヶ月は、想像以上に早く過ぎた。
いや、正確には──
悠二先輩が想像以上の速度で強くなったせいで、早く感じたのかもしれない。
毎日映画を観て、呪骸に殴られ、悟さんと俺にしごかれ、
もうすでに二級相当の実力はあると思う。
それに――
(あの"逕庭拳"...とってもめんどくさいんだよなぁ)
そんなことを思いながら、俺は朝の高専の廊下を歩いていた。
今日が、悠二先輩が任務に出る日らしいので、見送りに向かっているのだ。
出立地点につくと、悟さんと悠二先輩、
そして、久しぶりの白スーツが見えてきた
「健人さん!お久しぶりです!!」
「えぇ、月影君。久しぶりですね。見送りですか?」
「はい。悠二先輩は初めての教え子なので」
悠二先輩が不思議そうに俺たちを見ている
「あれ?2人って知り合いだったの?」
「はい。俺の初任務の時の監督者ですから」
「へぇ~」
と、ここで健人さんが時計を確認して声を上げる
「それでは、虎杖君。そろそろ行きますよ」
「お、おう!よろしくお願いします!」
悠二先輩は緊張と期待が混ざった顔で返事をする。
その横で悟さんが、いつもの調子でひらひらと手を振った。
「まぁ、気楽にね〜。死なない程度に頑張ってきなよ」
「おっす」
「健人さん、悠二先輩のことお願いしますね」
「言われるまでもありません」
健人さんが軽く会釈する。
「では、行きましょう。虎杖君」
「行ってきます!!」
悠二先輩は大きく手を振り、健人さんと共に歩き出した。
その背中は──
一ヶ月前よりずっと、ずっと大きく見えた。
悠二先輩達の姿が見えなくなったところで、悟さんがぽつりと言う。
「……ありがとね」
「?」
「うみのおかげで悠二はかなり強くなったよ」
「...悠二先輩の頑張りですよ。
それに、多分悟さんだけでも十分でしたよね?」
悟さんは、ふっと笑って首を横に振る。
「いやいや~。そんなことないよ
確かに僕だけでも、
この一ヶ月でそこそこ強くすることはできたかもしれないけど、
あそこまではできなかったよ」
悟さんは一つ息をついて続ける
「ほら僕はさ、感覚派だから。
うみほど丁寧には教えられないの
やる側は感覚派でもいいけど、教える側がそうだと限界あるでしょ?」
「なるほど、悟さんが雑って話ですね」
「ひっど!?もっと言い方あるでしょ~」
「じゃあ..."豪快で大雑把で繊細さが壊滅的"?」
「悪化してるよね!? ねぇ、それ悪化してるよね!?」
悟さんが抗議するように俺の肩をつついてくる。
「でも事実じゃないですか。
悟さん、教えるときだいたい"こう、バーッてやってドーンだよ"って説明しますし」
「伝わるでしょ? うみなら」
「俺は悟さんの通訳じゃないんですよ」
「えぇ〜? 僕の通訳兼、保護者兼、非常時要員兼──」
「便利屋ですね」
「言い方ァ!! 二回目!!」
悟さんが本気でむくれた顔をする。
でも、そのあとすぐに表情を緩めた。
「……でもね、うみ」
「はい?」
「雑でも、豪快でも、繊細さが壊滅的でも──」
「自覚あるんですね」
「あるよ!? あるけどさ!?」
悟さんは軽く笑いながら、続けた。
「僕が悠二をここまで引き上げられたのは、
うみが横にいてくれたからだよ」
その声だけは、冗談じゃなかった。
「僕の"雑"を補ってくれるの、うみだけだからさ」
「……褒められてる気がしないんですけど」
「褒めてるよ? すっごく褒めてるよ?
だって僕の雑さを扱える人材なんて、そうそういないもん」
「扱う前提なんですね」
「うん。うみは僕の扱い方うまいから」
悟さんはにっと笑う。
「だから、これからもよろしくね。
僕の"雑さ補正フィルター"」
「役職名ひどくないですか?」
「え〜? じゃあ"右腕"にする?」
「……雑さ補正フィルターでいいです」
「なんでそっち選ぶの!?」
悟さんの叫び声が、朝の高専に響いた。
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悟さんは叫んだあと、
ふぅ、と息をついて肩の力を抜いた。
「……でもさ、うみ」
「はい?」
悟さんは、さっきまでの騒がしさが嘘みたいに、少しだけ柔らかい声になった。
「ほんとありがとね。出張明けすぐで呼びつけたのにさ」
「そーでしたね。もう半年くらい働きづめですね。俺」
「そうだよ? うみ、普通にブラック企業よりブラックだよ?」
悟さんは肩をすくめながら、ひょいっと俺の頭を軽くつついた
「悠二のことは、ここから七海に任せるわけだし、休んでいいよ。
少しの間、任務も回さないように調整させるからさ」
「……じゃあ、とりあえず先輩たちに会ってきます。
しばらく会えてないですし。確か、もう一人いるんですよね?一年生」
悟さんは「あ〜」と頷き、にっと笑った。
「そうそう。恵と悠二ともう一人。
今年の一年はその三人だよ」
「へぇ……どんな人なんですか?」
「んー……まぁ、会ってみてのお楽しみってことで。
あ、でも悠二のことはまだ内緒だよ?」
悟さんは軽く手を振る。
「……了解です。じゃあ、行ってきます」
「うん。いってらっしゃい、うみ」
悟さんは、いつもの軽い笑顔のままなのに、
その声だけはどこかあたたかかった。