うみの身体は、反射線を連続で踏み抜いた跳躍の勢いをそのまま保ったまま、
森の上空――帳の天井ぎりぎりの高度へと"駆け上がっていた"。
重力に引かれ落下へ転じる直前、
うみは空中で姿勢をわずかに傾け、進行方向を川沿いへと定める。
視界の先には、森と大地が抱く怨嗟と慈悲の化身
特級呪霊・花御。
そして、その前に立つ二つの影――虎杖悠仁と東堂葵。
うみは息を整えることもなく、ただ一直線にそこへ向かう。
速度が乗り切った瞬間。
彼は、術式を――切った。
空間に固定されていた反射線がすべて霧散し、
うみの身体は落下軌道へ移行する……が、減速はない。
むしろ、重力がそのまま推進力へ変換されていく。
そして――
呪力が、消えた。
完全に、ではない。
だが、常人はもちろん、並の一級術師ですら"存在を見失う"ほどの沈み方。
月影うみという術師は、
その万能さや術式の多彩さばかりが語られがちだが――
本質は、呪力操作にある。
あの五条悟が、
「呪力操作に関しては、右に出る者はいない」
と評したほどの精度。
うみが本気で呪力を抑えたとき、その出力は非術師の十分の一以下。
五条悟をもってして、"意識して視なければ見落とす・読み切れない"と口にした。
ゆえに。
戦いの快楽に酔い、
虎杖と東堂との殴り合いに没頭している花御が――
背後から迫る気配に気づくはずもない。
ただ、風だけが揺れた。
うみが射程圏内に入った。
次の瞬間。
爆ぜた。
呪力が、一気に開放される。
まるで"存在そのものが突然出現した"かのような膨大な呪力の奔流。
花御が反射的に振り返る――が、遅い。
視界に映ったのは、迫る拳。
回避も、防御も、間に合わない。
直撃。
衝突の瞬間、世界が一瞬だけ"黒"に染まった。
――迸る黒。
黒閃。
花御の巨体が地面へ叩きつけられるのとほぼ同時に、
うみは軽く息を吐きながら、静かに言った。
「お邪魔します」
その声に、虎杖が目を見開く。
「……え、うみ!? いつの間に……!?」
東堂も眉をひそめ、信じられないというように呟く。
「正面から来たというのに気づけなかったぞ....!」
花御の巨体が地面へ叩きつけられ、
衝撃で土煙が大きく舞い上がる。
その中心に、うみは静かに着地した。
足元に残る黒い残滓――
先ほど迸った 黒閃 の余韻が、まだ空気を震わせている。
虎杖は目を見開いたまま、言葉を失っていた。
東堂でさえ、状況を理解しきれず眉を寄せている。
うみは二人の反応を横目に、
ほんの少しだけ申し訳なさそうに息を吐いた。
そして――
「……楽しんでたところ、ごめんなさい」
その声音は淡々としているのに、
どこか気遣うような柔らかさがあった。
うみの言葉に、虎杖はまだ呆然としたまま口をぱくぱくさせていた。
「た、楽しんでたって……いや、まあ……楽しかったけどさ……!
でも今の黒閃、マジでやばかったぞ……!」
その横で、東堂は腕を組み、うみをじっと見つめていた。
戦闘の最中とは思えないほど真剣な眼差し。
「....うみ。
お前はあれほどの精度で呪力をコントロールできるのか
正面からの接近だというのにまるで気づけんかったぞ!!」
うみは少し胸を張って答える
「そーいうの得意ですから
なんせ俺は、悠二先輩の先生なので」
虎杖が一瞬だけ目を瞬かせる。
「……あ、そういえば……」
うみの横顔を見ながら、ぽつりと呟いた。
「五条先生、言ってたわ。
呪力操作が一番上手い奴って」
東堂は拳を握りしめ、魂が震えるような声で叫んだ。
「ブラボォォォォォ!!
月影うみ!!
貴様は虎杖の師であり、
五条悟が認めた呪力操作の使い手!!
なんという……なんという男だ!!」
うみは困ったように眉を寄せる。
「いや、そんな大げさな……」
虎杖はうみの横に立ち、花御を見据えながら言った。
「でも……助かったよ、うみ。
今の一撃、マジで効いてる」
東堂も満足げに頷く。
「うむ。
うみの参戦で、戦いはさらに高みに至った。
ここからは三人で行くぞ!!」
その瞬間――
土煙の奥で、花御の呪力が再び膨れ上がった。
うみは二人の前に一歩出る。
「……じゃあ、続きやりましょうか」
虎杖は拳を握りしめ、東堂は笑みを浮かべる。
「もちろんだ!!」
「行くぞ、うみ!!」
三人の気配が同時に跳ね上がる。
花御の呪力が唸りを上げる。
そして――
戦場の空気が、再び震え始めた。
---
土煙の奥で、花御はゆっくりと身を起こした。
衝撃の余韻が、まだ大地の奥で震えている。
──効いた。
確かに、あの一撃は自らの核に届いていた。
花御は呪霊でありながら、痛覚に近い“揺らぎ”を覚えていた。
それは、ただの呪力強化の拳ではない。
呪力そのものの質が跳ね上がった、異常な密度の打撃。
黒閃。
あの瞬間、少女の呪力は“世界の色”を変えていた。
花御は視線を上げる。
そこに立つのは、黒い残滓を足元に散らしながら、静かに佇む"少女"。
だが──
その呪力の流れが、まるで読めない。
呪霊である花御は、本来なら相手の呪力の揺らぎを敏感に察知できる。
だが今、目の前の少女からは──
何も、感じ取れない。
まるで、そこに"流れ"という概念が存在しないかのように。
花御は理解できず、ただ静かに警戒を深める。
東堂葵は言う。
「一流の術師ほど、呪力の流れは読みづらいものだ」 と。
それは、呪力操作の精度が高い者ほど、
外へ漏れる呪力が少なく、揺らぎが小さくなるためだ。
だが──
月影うみは、その“読みづらさ”の次元が違う。
あの五条悟が
「呪力操作に関しては、右に出る者はいない」
と評したほどの精度。
うみが本気で呪力を抑えたとき、
その漏出量は非術師の十分の一以下。
五条ですら「意識して視なければ見落とす」と言うほどの沈み方。
そして今。
黒閃によって呪力の密度が跳ね上がったうみは──
その高密度の呪力を、一滴たりとも外へ漏らさず、
完全に肢体の内部へ閉じ込めている。
結果として、
外から見える呪力の"流れ"はゼロに等しい。
呪力の揺らぎも、圧も、気配もない。
ただ、異常な密度の呪力だけが、
静かに、濃く、うみの内部で渦を巻いている。
ゆえに花御には読めない。
読める段階にすらない。
黒閃によって跳ね上がった呪力の質と、
それを完全密閉する異常な操作精度。
その二つが重なったとき──
月影うみは、呪霊にとって"存在しない怪物"となる。
---
土煙の奥で、花御がゆっくりと立ち上がる。
その呪力は荒れ狂い、森全体がざわめくほどの圧を放っていた。
虎杖が拳を握りしめる。
「……まだやる気満々だな、あいつ」
東堂は笑みを浮かべ、肩を回す。
「当然だ。だが──ここからは三人だ」
うみは静かに前へ出る。
黒閃の余韻で高密度化した呪力が、
外へ漏れぬまま、内部で静かに渦を巻いている。
「……合わせます。二人に」
東堂がニヤリと笑った。
「ならば、まずは俺が号令をかけよう」
花御が地を踏み鳴らす。
根が蠢き、木々が揺れ、森が牙を剥く。
虎杖が叫ぶ。
「来るぞ!!」
東堂が手を叩いた。
不義遊戯。
世界が一瞬だけ揺らぎ──
位置が入れ替わる。
---
花御の視界に映っていたのは──
さっきまで正面にいた、巨躯の男。
東堂葵。
その圧。
その存在感。
その“質量”。
だが、次の瞬間。
消えた。
代わりに現れたのは──
小柄な影。
視線が一瞬、空を切る。
花御の視界は“東堂の高さ”を基準にしていた。
だが、そこに立っていたのは──
153cmの少女。
花御の視線は、
“うみの位置”を捉えるまでに、
致命的な一拍の遅れを生んだ。
その一拍が、
戦場では"死"に等しい。
うみの拳が、
すでに振り抜かれていた。
「──っ!」
花御の巨体が大きく揺れる。
黒閃の余韻を残したままの拳は、
ただの打撃ではない。
恐ろしいまでの密度の呪力により強化された拳
感知できない存在により放たれる一撃
"読めない"×"見えない"×"強力"
三拍子揃った最悪の一撃。
虎杖が叫ぶ。
「ナイス!! 今の絶対効いてる!!」
---
花御は、虎杖と東堂の二人を相手にする中で、
不義遊戯の厄介さを嫌というほど味わってきた。
東堂が手を叩くたびに迫られる二択──
入れ替わるか、入れ替わらないか。
そして、入れ替わるならさらに三択──
虎杖と花御、東堂と花御、虎杖と東堂。
花御はそのすべてを、
呪霊としての感知と、戦いの中での"慣れ"によって
どうにか対応してきた。
だが──
今は違う。
そこに混ざったのは、
自身の感知の及ばぬ存在。
月影うみ。
呪力の揺らぎも、圧も、気配もない。
黒閃で跳ね上がった呪力を完全に密閉し、
外へ一滴も漏らさない異常な術師。
花御の感知は、
うみの存在を"認識する"ことすらできない。
つまり──
不義遊戯の択に、
"感知不能のイレギュラー"
が混ざった。
花御がこれまで積み上げてきた読みは、
その瞬間、すべて無意味になる。
東堂の巨体を見ていた視界が、
次の瞬間には153cmの少女へと切り替わる。
東堂から虎杖への入れ替わり以上の落差。
視線の高さが合わない。
呪力の流れも読めない。
動きの予兆も掴めない。
読み合いの前提が崩れた。
択が崩壊した。
そして──
"読めない"という概念そのものを持たない存在が、
黒閃の余韻を纏って迫る。
花御にとって、それは
最悪のイレギュラーだった。
---
虎杖が地を蹴る
虎杖が地を蹴った。
「東堂!! もう一回!!」
「任せろ!!」
東堂が手を叩く。
不義遊戯。
世界が揺らぎ──
今度は虎杖が花御の真正面へ、
東堂が側面へ、
そしてうみが背後へと現れる。
花御の視界が、またしても追いつかない。
“どこだ。
どこから来る──”
その問いに答えるように、
うみの声が背後から落ちてきた。
「……入れます」
黒閃の残滓が、
うみの拳に再び灯る。
花御が振り返るより早く、
虎杖が叫ぶ。
「うみ!! 合わせる!!」
虎杖の拳が、花御の腹部へ叩き込まれる。
その衝撃で花御の体勢がわずかに崩れ──
東堂が吠える。
「
(いつの間に弟に...)
虎杖が力任せに花御の巨体を押し込み、
花御の重心が大きく傾く。
東堂が手を叩く。
不義遊戯。
世界が揺らぎ──
花御の真正面に現れたのは、うみ。
花御の視界が揺らぐ。
読めない。
何も読めない。
うみはすでに動いている
"線分の設定"
花御の巨体、
その頭頂から胸にかけて一つの線分として認識する
"7:3の演算"
黒閃で跳ね上がった呪力密度が、
演算速度をさらに引き上げる。
"弱点の確定"
それらすべてが須臾の時間で行われた
うみの瞳が、わずかに細められる。
「……十劃呪法」
拳がわずかに引かれ──
"弱点となった頭部"へ向けて放たれる。
黒閃の残滓が、
拳に再び灯る。
いや、残滓ではない。
二撃目の黒閃。
世界が一瞬だけ"黒"に染まった。
衝撃。
大地が裂け、木々が揺れ、森が悲鳴を上げる。
花御の巨体が、
その場で崩れ落ちた。
呪力が、
霧散する。
森を揺らしていた圧が、
嘘のように消えた。
虎杖が息を呑む。
「……やった……のか?」
東堂は拳を握りしめ、
震える声で言った。
「ブラボォォォォ……
うみ……!!
貴様……本当に……!!」
うみは静かに息を吐き、
拳を下ろした。
「……さすがに疲れた」
風が吹き抜ける。
森が静まる。
特級呪霊・花御は──祓われた。
---
森が静まり返った。
呪霊の呪力が霧散したことで、
空気そのものが軽くなったように感じられる。
悠二先輩が大きく息を吐き、膝に手をついた。
「……マジで……終わった……のか……?」
葵先輩は肩で息をしながらも満面の笑みを浮かべている
「素晴らしい...素晴らしいぞうみ!
それでこそ、俺の弟!!」
「いや、だからいつ弟になったんですか俺……」
悠二先輩が苦笑しながら言う
「うみ、もう諦めたほうがいいよ……
俺なんて親友と書いてブラザーだし」
「……それ、諦めるしかないやつじゃないですか」
そう返した瞬間、
どっと疲労が押し寄せてきた。
疲労に任せて後ろに倒れ寝転がる
「さすがに疲れました....百鬼夜行の時以上です」
倒れ込んだ俺の横で、悠二先輩もその場にドサッと座り込んだ。
「百鬼夜行が何かはわからんけど、
……うみの気持ち、めっちゃ分かる……
俺も今までで一番疲れた……」
「ですよね……
なんか……全身が"もうやめてください"って言ってます……」
二人で地面に座り込んでいると──
ただ一人、元気すぎる男がいた。
葵先輩だ。
「はっはっは!!
何を言っているんだブラザー達よ!!
今こそ勝利の雄叫びを上げる時だ!!」
「……なんでこの人だけ元気なんですか」
「知らないよ……俺も聞きたいよ……」
葵先輩は胸を張って言い放つ。
「当然だ!!
愛と青春の殴り合いを経た男は、疲労など感じぬ!!
むしろ今が一番元気だ!!」
「……いや、殴り合いの定義おかしくないですか?」
「うみ、ツッコむだけ無駄だよ……
こいつ、テンションで生きてるから……」
葵先輩は俺たちの肩をガシッと抱き寄せた。
「だが!!
疲れていようがいまいが──
今日の勝利は三人のものだ!!
誇れ!!」
「……誇る前に、まず離してください……肩が……」
「俺も……ちょっと痛い……!」
葵先輩はようやく手を離し、満足げに頷いた。
「ふむ……よし。
では、勝利の余韻に浸りながら──
次は風呂だな!!」
「どういう理屈ですか!?」
「いや風呂は入りたいけどさ!!」
そんなやり取りをしていると──
バチッ──。
空を覆っていた"夜"が、
まるで薄い膜を破るように弾け飛んだ。
悠二先輩が顔を上げる。
「帳が....」
俺もつられて空を見上げる
黒い帳が砕け散り、
その向こうに──晴れた空と、人影。
「....あそこ、悟さんがいます」
悠二先輩がぽつりと呟く。
「……なんか、安心するな……」
「分かります……
あの人がいると、全部どうにかなりそうで……」
東堂先輩は腕を組み、満足げに頷いた。
「うむ。
あれこそ最強。
我らが誇る術師の頂点だ」
「……さっきまで"俺の弟が最強だ"
みたいな顔してませんでした?」
「それとこれとは話が別だ!!」
帳が晴れ、悟さんの姿を確認したところで──
ふと、胸の奥に引っかかるものがあった。
(……そういえば)
俺は上体を起こし、響蝠を呼び出す。
「散開」
黒い小さな影が、複数飛び立っていく
空気を震わせるようにして、森の奥へと散開していく。
悠二先輩が首を傾げた。
「うみ、どうしたの?」
「呪霊以外にも呪詛師が来てたので、
そっちがどうなったかなって」
「へぇ~。ちなみにいままでその呪詛師は?」
「呪詛師は二人居て、片方は楽巖寺学長が足止めしてるはずです
もう片方は思いっきり殴ったら飛んでっちゃって」
響蝠に殴り飛ばした辺りや、歌姫さんの周りを探らせるが反応なし
(回収できなかったのか、まぁ結構飛んでったからなぁ
逃げられちゃったか、反省反省)
俺が小さく肩をすくめると、悠二先輩が覗き込んでくる。
「どう? なんか分かった?」
「金髪の方は……ダメですね。
どっか行っちゃいました」
軽くため息をつきつつ、俺はもう一方──
楽巖寺学長が相手をしていた呪詛師へ響蝠を向ける。
反応はいまだ同じ位置、楽巖寺学長と対面している
次の瞬間。
"そこ"に、圧倒的な呪力が出現した。
まるで空間そのものが一瞬だけ震えたみたいに、
響蝠越しでも分かるほどの"質"の違う呪力。
(悟さんか....)
反射的に空を見上げるが、先程の位置に悟さんの姿はなかった
そして、スキンヘッドの呪詛師の反応が──急激に弱くなる。
まるで、蝋燭の火が吹き消されるみたいに。
(……処理完了、か)
俺が小さく息を吐いたその瞬間。
「──あ、いたいた。やっぱりここだ」
耳元で、軽い声が落ちてきた。
風も、気配も、何もなかったのに。
気づいたら、すぐ横に立っていた。
悟さんが、いつもの調子で手を振っていた。
「やっほー。特級がいるって聞いたんだけど……どこ?」
俺は地面に座ったまま、淡々と答えた。
「……もう祓っちゃいましたよ。
遅刻です、悟さん」
悟さんは「あれ?」とでも言いたげに首を傾げる。
その横で、悠二先輩が手を挙げた。
「そうそう。
俺とうみと東堂の三人で祓っちゃったよ、五条先生」
どこか誇らしげで、どこか呆れたような声。
続いて、葵先輩が腕を組み、深く頷きながら言い放つ。
「主役は遅れてくるというが……
遅れすぎではないか、悟」
悟さんは目隠しを掛けなおしながら、肩をすくめた。
「しょうがないでしょ~
あの帳すっごくめんどくさかったんだから」
地面に座ったまま、
森を巡回してきた響蝠の頭をなでながら、
ぼそりと付け足す。
「……ほんとに遅刻ですよ。特級どころか
雑魚呪霊すら残ってないみたいですから」
悟さんはその言葉に、
「えぇ~? せっかく来たのに~」と子どもみたいに嘆いてみせる。
「でもまあ、よくやったよ。ほんとに。三人とも」
「……褒められるのは嬉しいですけど……
やっぱり疲れました……」
悟さんは笑って言う。
「うんうん、分かるよ~。
でも、よく頑張ったね。ほんとに」
悠二先輩が隣で頷く。
「……うん。今日はマジで頑張った……」
東堂先輩は拳を握りしめ、空へ向かって叫ぶ。
「青春の勝利だ!!」
悟さんはその叫びに苦笑しつつも、
どこか楽しそうに空を見上げた。