「続いて、人的被害です」
静かな会議室に、伊地知さんの淡々とした声が響く
どうやら会場側だけでなく、高専側にも襲撃があったらしく、
現在、襲撃による被害報告の真っ最中である
「二級術師 3名、準一級術師 1名、補助監督5名、
それに加え、忌庫番が2名。
高専に待機していた術師で、
五条さんや夜蛾学長と別行動だった方たちですね」
(被害甚大...)
「家入さんからの報告待ちですが、
以前七海さんが遭遇した呪霊の仕業で間違いないかと」
「チッ」と悟さんが舌打ちをする
「この件、学生やほかの術師にも共有した方がいいですかね?」
「いや、上で留めてもらった方がいいだろう
呪詛師界隈に特級呪物流出の確信を与えたくない」
歌姫さんの疑問に反応したのは正道さん
「そうですね。
そんなことになったら呪詛師がこぞって呪霊と組む、
なんてことになりかねないですし...」
「ああ。それで、とらえた術師は何か吐いたか?」
「口が固いわけではないのですが、
まともじゃない要領を得ない発言が多く、
あまり参考にならないかと」
そこで一度言葉を切り、
「ただ――」と続ける
「件の襲撃に関しては、取引の上、
命令されてやったことに過ぎない、とのことで」
その取引相手とやらは、"性別不詳の白髪おかっぱの子供"ということらしい
「性別不詳のオカッパ坊主のガキんちょ...心当たりは?」
冥さんが、会議室を見回すように問いかけた。
「なーし。適当こいてるだけじゃない?」
悟さんが手を振りながら答える
「そもそも、ですけど――」
歌姫さんが、腕を組んだまま言った。
「部外者が、どうやって天元様の結界を抜けたのか。
そこが一番の問題じゃない?」
「それは、うみたちが祓った特級の仕業だと思うよ
あれは特殊な気配を持ってた。
呪霊は呪霊でも限りなく精霊に近いんじゃないかな
当事者のうみ的にはどう思う?」
「そうですね...」
少し考えてから、口を開く
「精霊寄りって言うのはその通りだと思います
あれは自然に対する畏怖・信仰がそのまま形になった感じがありましたし。
直接は視てないんですけど、葵先輩の話では植物に潜ったらしいです」
そう答えると悟さんは軽い感じで反応する
「さすがの天元様の結界も植物には反応しないだろうねぇ
それに、天元様の結界って隠すことに特化してるから、
懐に潜られるとちょっと弱いよね」
その言葉を聞いて歌姫さんがため息をつく
「まあ、今は学生の無事を喜びましょう」
「フム...そうじゃな」
楽巌寺学長が短く肯定する
「……だが」
それまで黙っていた正道さんが、重く口を開いた。
「言わずもがな、この状況だ。
交流会は中止とするのが妥当でしょう」
会議室が、わずかに静まる。
「いやいや」
その空気を、悟さんが軽く崩す。
「それを決めるのは、僕らじゃないでしょ?」
「そーですね。先輩たちに聞いた方がいいと思いますよ
多分やるって言うと思いますけど。葵先輩が」
---
そんなわけで現在、高専の一室に両校の生徒を集め、
交流会を継続するか否か、確認している
「っつーわけでさぁ、色々あったし人も死んでるけど、
どうする? 続ける? 交流会」
悠二先輩が腕を組んで頭を捻る
「うーん...どうするって言われてもなぁ...」
「当然――」
低く、腹の底から響く声が割り込んだ。
「続けるに決まっているだろう」
全員の視線が、同時にそちらへ向く。
いつの間にいたのか。
さっきまで、この部屋に居た記憶はない。
「東堂!!」
悠二先輩が、驚嘆の声を上げる
(いつのまに...)
「……その心は?」
悟さんが、問いかける。
「一つ、故人を偲のは当人と縁のある者の特権。
俺たちが立ち入る問題ではない」
(ふむ。三千里くらいある)
「二つ、人死にが出たのならば、
尚更俺たちに求められるのは強くなることだ」
「後天的強さとは"結果"の積み重ね。
敗北を噛みしめ、勝利を味わう。そうして俺たちは成長する
"結果"は"結果"としてあることが一番重要なんだ」
言いたいことはわかる。正しいとも思う。でも――
(葵先輩が真面目に話してると調子狂うな...)
「東堂先輩って意外としっかりしてるんですね」「しっかりイカれてんのよ」
なんて会話も聞こえてくる。真依先輩辛辣...
「そして三つ、学生時代の不完全燃焼は死ぬまで尾を引くものだからな」
「オマエいくつだよ」
「葵先輩、人生二週目?」
周りを見ると、どうやら続ける方向でまとまっているらしい
「個人戦の組み合わせはくじ引きか?」
真希さんが悟さんに確認する
悟さんは「何言ってんの?」とでも言いたげな顔で言葉を返す
「え、今年は個人戦やんないよ?」
「……やんないんですか?」
思わず、横から口を挟んだ。
「うん。僕ルーティーンって嫌いなんだよね」
(自由人....)
悟さんはそれだけ言って悠二先輩に木箱を投げる
「毎年、その箱に勝負方法入れて、当日開けんの」
悠二先輩が箱に手を突っ込んで紙を取り出すとそこには――
『野球』
(野球....? なんで?)
紙をのぞき込んだ学長'Sも困惑の声を上げている
「どういうことだ。夜蛾」
「いや、私は確かに個人戦と....待て悟!!」
どうやら悟さんの独断により内容が変わったらしい
---
そんなこんなで一日休みを挟み
「プレイボール!!」
ホントに野球が始まってしまいました
野球のルールを知らない人もいるのでとってもカオスです
さて、そんな状況のなか、東京・京都のどちらにも所属していないため、
試合への参加権を持たない私。
月影うみですが――
「F・I・G・H・T! 高専! ファイオー!!」
なぜかチアをやらされています。ほんとになんで?
――時は今朝までさかのぼる
早朝、悟さんに呼ばれた俺は昨日使っていた一室の前まで来ていた
扉を開けて中に入ると、すでに悟さんがいて、なぜか葵先輩も一緒だった
「葵先輩...? 葵先輩も呼ばれたんですか?」
首を傾げながら聞くと、
悟さんは当然のように言った。
「ううん。葵はね――
僕と一緒に"呼んだ側"だよ」
「そうですか。それでご用件は?」
そう聞き返すと、
悟さんは指を一本立てた。
「ほら。今日、野球やるじゃない?」
「……やりますね」
「でさ」
悟さんは、何でもないことのように続ける。
「うみって、生徒じゃないでしょ」
「はい」
「だから試合出られない」
「……そーですね」
嫌な予感が、じわじわと形を成していく。
「でもさ、観戦だけって味気なくない?」
「いえ、十分ですけど」
「せっかく交流会なんだし、
何かしらの形で参加できた方がいいよねーって思って」
無視された。どうやらすでに決定事項らしい
そう言って、悟さんは横にいる葵先輩へ視線を送った。
「……ってことで、葵に相談したんだ。そしたらね」
「相談?」
返事をするより先に、
腕を組んで黙っていた葵先輩が、一歩前に出る。
「これだ」
ごそり。
持っていたものを机に置く
視線を落とすと、
そこにはテレビなどでみたことのある一式が並んでいた
ポンポン。
スカート。
トップス。
「……」
言葉を失って数秒。
「……なんですか、これ」
すると葵先輩は、
さも当然のことを言う調子で答えた。
「チアの衣装一式だ」
「そんなの、見ればわかりますよ」
冷静に返す。
「で、これをどうしろと?」
悟さんが、にこっと笑った。
「着て」
「」
「応援して」
「…………」
深呼吸。
「正気ですか?」
思わず、真顔で聞き返していた。
悟さんは一瞬きょとんとした顔をして、
すぐに不思議そうに首をかしげる。
「え? どこが?」
「全部です」
即答。
「そもそも試合への参加の代替が何でチアなんですか?」
聞き返すと、
悟さんと葵先輩が顔を見合わせた。
「え?」
「……何言っているんだ」
一拍。
「「野球と言えばチアでしょ / だろう」」
「…………」
一瞬、
本当に言葉が出なかった。
「……あの」
ゆっくりと口を開く。
「今、お二人とも、
さも"常識みたいに言いましたよね?」
悟さんが、きょとんとした顔で頷く。
「うん」
先輩も、重々しく頷く。
「当然だ」
「……世間一般では、チアがなくとも野球はできます
必須条件ではありません」
「えー?」
悟さんが首を傾げる。
「でも、いると嬉しいでしょ?」
「それは否定しませんけど!!」
「なら、問題ない」
葵先輩が即断した。
「……どういう論理ですか」
「感情が肯定している」
胸を張る。
「理屈は後からついてくる」
(この人たち、会話のレイヤーが違う……)
「まぁいいでしょう。野球にはチア、百歩譲ってそこまでは納得しましょう」
「ですが――」
一拍置いて、続けた。
「こういうのは霞先輩とか、桃先輩とか――
普通に"女の子"に頼むものじゃないですか?」
言い切った直後、
悟さんと葵先輩が、ほんの一瞬だけ黙った。
そして。
「……?」
悟さんが、不思議そうに首を傾げる。
「いや、それは違くない?」
「何がですか」
「今回これ考えた理由、
"うみが参加できない"からでしょ?」
「そーですね」
隣で、葵先輩が言葉を紡ぐ
「うみが試合に出られん
故に、うみの役割を用意した。
うみ以外がやるのはおかしいだろう」
「……」
(違う。そうじゃない)
「ぶっちゃけ誰がやるかとかはどうでもいいんですよ
俺が言ってるのは、"代替案の内容自体がおかしい"って話なんですけど」
「?」
きょとん。
「だって、
"俺が試合に出られない"ことの代替が、
"チア"って論理的につながってなくないですか?」
「つながってるだろう」
葵先輩が即答した。
「野球だからな」
「またそこに戻るんですか」
悟さんが、ああなるほど、という顔をする。
「つまり――
"チアという選択肢自体が謎"って言いたいのか」
「そうです!!」
全力。
「今の俺の立場にいるのが霞先輩とか桃先輩とかならわかりますよ?
なんで俺にやらせることとしてチアが出てくるんですか!」
一拍。
悟さんと葵先輩が、再び顔を見合わせた。
「……」
「……」
そして、
まったく同時に。
「「野球だよ / ぞ?」」
「関係ないよね?」
間髪入れずに、
「関係あるよ?」
悟さんが、即答した。
一拍も、置かなかった。
「え?」
思わず聞き返す。
「野球だよ?」
真顔。
「応援があると盛り上がるでしょ?」
横で、葵先輩が力強く頷く。
「士気は勝敗を左右する。
よって、関係ある」
「チアである必要はないよね?」
一拍。
葵先輩が、こちらを見て言った。
「うみ」
低く。
「野球だぞ」
「…………」
(あぁ。この人たち、理屈で話してないんだ...)
机の上のチア衣装を見る。
ポンポン。
スカート。
トップス。
そして二人の顔を見る
――逃げ場、なし
「……分かりました。今回だけですよ?」
――そして現在
「GO! GO! まーき!!
ファイトだ! かすみー!!」
「……は?」
背後から、心底訝しげな声。
振り返ると、
真依先輩が腕を組んで立っていた。
「……あんた、
何やってんの?」
視線が、
俺の全身を上から下までなぞる。
ポンポン。
スカート。
トップス。
逃げ道は無い。
「……チアです」
正直に答えた。
一拍。
「見りゃ分かるわよ」
バッサリ。
「"何で"って聞いてんの」
「……それがですね」
どう説明したものか言葉に詰まる。
「野球に出れないので代替案だって――」
真依先輩は、途中で手を上げた。
「ストップ」
「いいわ、大体察した」
(さすが…)
「五条先生でしょ」
「……はい」
「で、横に東堂いたでしょ」
「……はい」
「逃げ場無かったでしょ」
「……全くもって」
深く頷くと、
真依先輩は鼻で笑った。
「ご愁傷さま」
「……ありがとうございます」
一拍置いて、真依先輩は口角を少しだけ上げる。
「まあでも――」
再び俺を見る。
「似合ってはいるわよ」
「今、何て言いました?」
「聞き間違いじゃないわよ
"似合ってる"って言ったの」
一拍。
「というか――」
真依先輩は、ため息まじりに付け足す。
「正直、普通に女の子にしか見えないわよ」
「なんてこと言うんですか」
思わず食い下がると、
真依先輩は肩をすくめた。
「事実を言ってるだけよ」
そこで真依先輩は、にやりと笑った。
「三輪ー」
軽く手を挙げて呼ぶ。
「ちょっとこっち来なさい」
そちらを見れば、
バッターとしての役目を終えた霞先輩がいた
.....何で呼んだの?
ヘルメットを脇に抱えたまま、
あたりをきょろきょろと見回していて、
こちらに気づいた瞬間、びくっと肩を跳ねさせる。
「どうしたの? 真依」
霞先輩は、少し不安そうに首を傾げた。
真依先輩は肩をすくめつつ、顎で俺の方を示す。
「見てのとおりよ
うみくんが変な役割に就かされてるの」
「へ、変な……?」
霞先輩の視線が、俺の全身をなぞった。
ポンポン。
スカート。
トップス。
「あ……」
一拍置いて、ぱっと顔を赤くする。
「あ、あの……うみくん……」
「応援……ありがとう……!」
深々と頭を下げられる。
「すごく……元気、出た……」
(複雑.....喜ぶべきなのか? これは)
ぼやきが、思わず口をついて出た。
「……こういうのって、
本来は霞先輩とか、真依先輩の役回りだと思うんですけどね……」
ぽつり。
独り言に近い声だった。
──が。
「あら?」
真依先輩には聞こえていたらしい
真依先輩が、にやりと口元を歪める。
「あらあら、聞いた?」
わざとらしく、霞先輩の方を見る。そして――
「うみくん、三輪のチア姿が見たいらしいわよ?」
「!?」
とんでもないことを言い出した
「言ってないよね? 一体どこをどう解釈したんですか?」
「えー? そうだっけ?」
真依先輩は、心底楽しそうに肩をすくめる。
(この人、俺を困らせて楽しんでる...!)
とりあえず弁明をしないことには"変態"の烙印を押されてしまうことだろう
必死で弁明しようと、霞先輩の方を見る。
「霞先輩、違いますからね? 真依先輩の悪ふざけですから」
しかし。
「……うみくんが……」
「……私の……」
「……チア………」
返事がない。
視線は宙を漂い、
口がわずかに動いて、
独り言をつぶやいている
「……え?」
思わず間の抜けた声が出る。
「え、なに?」
「どうしちゃったんですか?」
呼びかけても反応がない。
「……見たい……?」
「……でも……恥ずかしい……」
「……でも……」
「あ、あの。霞先輩?」
「ちょっと!!」
真依先輩が、苛立ち混じりに声を張った。
「まだ試合中なのに、
三輪が壊れちゃったじゃない!」
「いやいやいや」
即座に切り返す。
「壊れた理由は分かりませんけど、
壊したのは真依先輩ですよね?」
「はぁ?」
鋭い視線。
「私はただ、
うみくんの発言を分かりやすく整理してあげただけよ?」
「だから言ってないよね?」
霞先輩は相変わらず、
ぷしゅーっと音がしそうな顔色で固まっていた。
「……う、うみく……」
「……私の……」
「ちょっと三輪! 戻ってきなさい」
真依先輩の声が飛んだ、その瞬間だった。
―――
「ストライッ!! バッターアウッ!! チェンジ!!」
場に不釣り合いなくらい、やたら通る声。
グラウンドの中央、
なぜか審判役を務めていた悟さんのコールだった。
「はいはーい!
攻守交代ねー!
京都校、守備ついてー!」
(もうそんな進んだんだ...)
「三輪! 行くわよ!」
真依先輩が再度声をかける。
しかし――
「チア……でも……」
戻ってこない。
意識はまだ、思考の深海。
「歌姫先生! 三輪、壊れちゃったんだけど!!」
「……は?」
歌姫さんが、眉をひそめる。
「何言ってんのよ、試合中――」
そう言いかけて、
霞先輩の様子を見て言葉を失った。
ヘルメットを抱えたまま、
目は虚空を見つめ、
口は小さく動いている。
「……チア……」
「……恥ずかしい……」
「……でも……」
「…………」
歌姫さんが、ゆっくりと額に手を当てた。
「……何があったの」
「うみよ」
即答。
「うみくんが何かしたんです」
「いや、してませんよね?
なに? 是が非でも俺のせいにしたいの?」
即座に反論する。
「俺、何もしてないですよね?」
「むしろ被害者ですよね?」
真っ先に視線が集まる。
真依先輩。
歌姫さん。
そして――
まだ戻ってこない霞先輩
「……三輪」
歌姫さんが一歩近づいて、低めの声で呼ぶ。
「何があったかわからないけど、後になさい」
一瞬。
「……はっ」
霞先輩の肩が、びくっと跳ねた。
「す、すみません……!私……!」
ようやく現実に引き戻されたらしい。
顔は真っ赤。
耳も首元まで真っ赤。
「だ、大丈夫です……!
守備、行きます……!」
そう言って、ふらふらと定位置へ向かう。
「…………」
歌姫さんは、その背中を見送りながら一言。
「……めちゃくちゃね」
「どうしちゃったんですかね?」
誰に向けたわけでもなく、そう零した。
返事はなかった。
あるのは、試合が終わったあとの静けさだけだった。
そのまま何事もなく試合は進行し、
姉妹校交流会は、幕を閉じた。
姉妹校交流会・野球戦。
最終結果――
東京校 2
京都校 0
30年度交流会
勝者――東京校