交流会から、だいたい一週間ほど。
久しぶりに、学校に来ている。
本当に久しぶり、という言葉が一番しっくりくる。
思い返してみれば、出張に始まり、悠二先輩の一件、
そこから間を置かずに交流会。
ろくに学校へ顔を出す暇もなかった。
最後にまともに登校したのがいつだったか、
少し考えないと思い出せないくらいだ。
……実に、半年以上ぶりの登校である。
校門の前に立ち、見慣れたはずの校舎を見上げる。
変わっていないはずなのに、
どこかよそよそしく見えるのは、
単に俺の方が変わったからだろう。
放課後の学校は、やけに騒がしい。
当たり前の光景なのに、とても新鮮な感覚だ
ふと、校門脇の駐車場の方に視線が向ける。
見覚えのある後ろ姿が、三つ。
……いや、三人と一人か。
恵先輩。
悠二先輩。
野薔薇先輩。
それに、確か補助監督の新田さん。
(....任務?)
流石に気になって、歩み寄る。
「恵先輩、悠二先輩、野薔薇先輩」
声をかけると、三人が同時にこちらを向いた。
「あ」
虎杖先輩が一番に反応する。
「あれ、うみじゃん
何でここにいんの?」
「なんでも何も。俺、ここの生徒なので
恵先輩、言ってなかったんですか?」
そう言うと、恵先輩は一瞬だけこちらを見て──
すぐに、視線を逸らした。
(言ってないのね)
「は? もしかして伏黒中学ここなの?」
「....ああ」
「言えよ」
「まあまあ。
それで、先輩たちはどうしてここに? 新田さんが一緒ってことは任務ですか?」
「ああ、実はな――」
少年説明中
「――ってわけなんだ」
「6月から続く不審死ですか。
それで、被害者が全員ここの出身と」
「そうそう。それでさ、うみはなんか知らない?
ここの生徒なんだろ」
悠二先輩に聞かれるが、そのころは学校に来れていない
「すみません。ちょうどその時期は来れてないんですよね
俺学校来るの半年ぶりくらいで....」
一拍。
「……半年ぶり!?」
声を上げたのは、悠二先輩。
「え、マジで?」
「この学校の生徒だよな!?」
「半年来てないってどういう生活してんの!?」
「3月の末から7月の末くらいまで出張に行ってて、
帰ってきて早々、悠二先輩との特訓でひと月。
そのまま交流会でしたからね」
そう説明した瞬間――
「…………」
一瞬の沈黙。
そして次の瞬間。
「その節は大変お世話になりました!!」
悠二先輩が、勢いよく頭を下げた
その様子に苦笑する
「あはは...別にいいですよ
仕事振ったの悟さんだし、受けたのは俺なので」
そういうと悠二先輩は頭を上げ、もう一度こちらを見る
「……じゃあさ」
「今回の件については、マジで何も分からない感じ?」
「まあ、そうですね。
何かあるかもって憶測だけなら、八十八橋じゃないですか?
自殺の名所ですし」
「ああ、あそこか」
恵先輩が頷いた、その横で――
「……ちょっと待って」
野薔薇先輩が、顎に手を当てたまま口を開いた。
「今さらだけどさ」
「なんで、あたしらが派遣されてんの?」
野薔薇先輩は俺の方を見てから、
今度は恵先輩を見る。
「うみがこの学校の生徒なら、
最初からうみに回した方が早いんじゃない?」
至極もっともな疑問だった。
悠二先輩も、
「それ俺も思ってた」と言わんばかりに頷く。
その疑問に簡潔に答える
「多分、俺が別件を抱えてるからですね」
一瞬、全員の視線が俺に集まった。
「別件?」
野薔薇先輩が眉をひそめる。
「えぇ。詳細は言えないんですけど」
「ほ~ん。じゃあしょうがないな」
そう悠二先輩が肩をすくめたところで、
新田さんが腕時計をちらりと見た。
「そろそろ調査を再開しないとっすね」
野薔薇先輩が軽く指を鳴らす
「そうだ。さっき言ってた八十八橋と、
この被呪者たちって何か関係あったりしないの?」
悠二先輩も頷く。
「確かに。全員この学校の出身なんだろ?
なんか共通点とかさ」
「さすがにそこまでは……」
俺は少し肩をすくめた。
「被呪者の学生時代なんて、俺も知らないですからね」
そこで、ふと一つ思い出す。
「……ああ、でも」
三人が同時にこちらを見る。
「武田さんなら、
何か知ってるかもしれません」
恵先輩がわずかに目を見開いた。
「武田さんが?」
「誰それ?」
野薔薇先輩が首を傾げる。
悠二先輩も同じく「初耳だな」という顔。
「この学校の用務員さんですよ」
少し記憶を辿りながら続ける。
「前に聞いた話だと、少なくとも二十年は勤めてるはずです。
この学校のことなら、教師より詳しいと思いますよ」
「へぇ、そんな人が」
悠二先輩が感心したように呟く。
「じゃあ、その武田さんに話を聞けばいいってわけね」
野薔薇先輩が腕を組む。
恵先輩は静かに頷いた。
「……確かに、あの人なら何か知ってるかもしれない」
新田さんが軽く手を叩いた。
「じゃ、まずはその武田さんって人に話を聞きに行きましょうか。
時間もあんまりないですし」
悠二先輩がこちらを振り返る。
「うみはどうすんだ? 別件あるんだろ?」
「はい。俺はそっちを進めないといけないので……
ここで失礼します」
そう言うと、悠二先輩はにっと笑った。
「そっか。じゃあ頑張れよ、うみ。
なんかあったらすぐ言えよ?」
野薔薇先輩も腕を組んだまま、ふっと口角を上げる。
「アンタはアンタで気をつけなさいよ。
別件ってやつ、面倒くさそうだし」
恵先輩は短く頷いた。
「……無理はするな」
その言葉に、思わず小さく笑ってしまう。
「先輩方も、お気をつけて」
「おう! 任せとけ!」
悠二先輩が元気よく返し、
三人と新田さんは校舎の方へ歩き出した。
その背中が見えなくなるまで見送ってから、
俺は小さく息を吐く。
(……さて。俺も動かないと)
悟さんから頼まれている内通者調査。
気は進まないが放っておける問題じゃない
校門の外へ向かって歩き出しながら、
胸の奥にじわりと重たいものが沈む。
(憂鬱だなぁ...)
---
夕方の光が差し込む廊下は静かで、
放課後の中学校とは対照的に落ち着いている。
――呪術高専 東京校・管理棟
ここには、
術師としての世界の裏側が、すべて積み重ねられている。
任務記録。
呪霊の観測データ。
呪詛師の行動履歴。
術師たちの昇級審査や戦闘映像。
過去の大規模事変の報告書。
そして、閲覧権限によって色分けされた無数のファイル。
ここは、
呪術界の歴史と、呪術師たちの生死が積み重なった場所。
重たい沈黙が漂う管理棟の空気に、
自分の足音だけがやけに響く。
(ひとまず確認すべきは、交流会に関する諸々の記録....)
交流会での襲撃が計画的なものである以上、
内通者の動向をつかむには、
交流会の情報が"いつ" 確定されたかを洗うのが先。
交流会の日程と開催地が正式に決まった時期。
少なくとも、これより早い段階での漏洩は不可能
(……まずは、ここだな)
管理棟の端末の前に立ち、
画面に手を伸ばして電源を入れる。
低く唸るような起動音とともに、
薄暗い室内に青白い光がふっと灯った。
ログイン画面が開き、
術師専用の認証術式が淡く浮かび上がる。
指先を術式に触れ、
自分の呪力を流し込む。
「……よし」
認証が通ると、
高専内部の記録へアクセスするためのメニューが展開された。
まず開くのは──
交流会・開催決定ログ。
カーソルを動かし、
該当するフォルダを選択する。
画面が切り替わり、
日付と閲覧権限の一覧がずらりと並んだ。
(開催概要が記録として共有されたのは....ここか)
共有日時。
閲覧権限の階層。
閲覧者の一覧。
淡々と並ぶ文字列を追いながら、
一つ一つ確認していく。
開催情報の共有は、六月末。
共有範囲も妥当。
閲覧権限は二級以上。
(まあ、毎年やってることだし、普通だね)
交流会の開催地そのものは、
去年の勝敗でとっくに決まっている。
ここで新しく確認できるのは、
日程の最終確定と、簡単な進行概要くらい
秘匿性は低い。
生徒にも共有される情報
(.....少なくともこの日より前に漏洩した可能性はないわけだ)
画面を閉じ、
次のフォルダへカーソルを移す。
交流会・警備計画ログ。
当日の人員配置。
これが分かっていないとあの襲撃は不可能
フォルダを開く。
画面が切り替わり、
共有日時と閲覧権限、閲覧者ログが一覧で表示される。
権限は──準一級以上。
開催情報とは違い、
ここは秘匿性が段違いに高い。
生徒に共有されることもないし、
担当者以外が触れる必要もない。
これが確定したのは――八月二十五日
(おそらくこの情報が最後のピースだったはず)
記録では、
この三日後、呪霊と吉野順平の接触が、
そのさらに一週間後に、吉野凪の遺体が発見された。
同時に宿儺の指の回収・保管も行われている
(おそらく、先の襲撃で忌庫の位置が割れていたのは
この指の所為...となると
それが示すことは、呪霊と吉野順平が接触した時点で、
計画はもう"完成していた"という事実
つまり──
"襲撃に必要な情報"は、
八月二十五日の時点である程度揃っていた。
そして、吉野順平との接触までの三日間で最終調整をしたと考えるのが妥当だろう
(だとすると……
内通者が動いたのは、それより前か)
画面をスクロールしながら、
俺は時系列を頭の中で組み直す。
六月末──交流会の開催情報が共有。
八月二十五日──警備計画が確定。
八月二十八日──順平と呪霊が接触。
そして──交流会襲撃。
(……計画の準備期間を逆算するなら)
六月末〜八月頭。
(この期間である程度計画を固め、
二十五日の警備計画をもって完成。
計画を実行に移しだしたってところか...)
期間は絞った。
ターゲットも閲覧権限から、
準一級以上の術師か上層部の人間まで絞れてる
(ただ...上層部だった場合はどうしようもないな
俺が手を出せる場所じゃない)
上層部は、
術師の裁量を超えた領域だ。
権限も、情報量も、政治力も桁違い。
(……となると、現状当たるべきは術師側か)
そう判断して、
俺は端末のメニューを切り替えた。
まずは──
任務記録。
六月末から八月頭までの対象術師
の任務を一覧で表示する。
(……)
任務の発生日時。
帰還報告。
同行者の証言。
呪力残滓の記録。
特に不審な点はない
次に──
結界の出入り記録。
高専の結界は、
術師が出入りすると必ず呪力反応を記録する。
本体か、式神か、傀儡か。
その区別も簡易的に残る。
(……こっちも、異常なし)
最後に──
術式使用ログ。
準一級以上の術師が敷地内で術式を使えば、
必ず痕跡が残る。
任務記録。
結界出入り記録。
術式使用ログ。
三つのログを照らし合わせても──
何も出てこない
(……東京側じゃないのか?)
記録上、
東京校の術師は全員“正常”。
六月末〜八月頭。
この二ヶ月間、
誰一人として“怪しい動き”をしていない。
(記録じゃ……これ以上の調査は無理だな)
端末を閉じると、
管理棟の静けさが一気に戻ってくる。
(……記録は全部白。
任務も、結界も、術式も。
東京側の術師は"全員正常"……か)
椅子の背にもたれ、天井を仰ぐ。
(本当に何もないのか、何らかの手段で記録をごまかしてるか...)
椅子を押し、ゆっくり立ち上がる。
(記録がダメなら、実際の動きを確認するしかない。
相手側にも次の計画があるだろうし、どこかで、必ず動きがあるはず)
管理棟を出て、手印を結ぶ
影が揺らぎ、形を成す
「――響蝠」
小さな蝙蝠が次々に飛び立つ
(めちゃくちゃしんどいけど、東京中にばらまこう)
「行け」
夜空へ、校舎の影へ、街の灯へ。
響蝠たちが一斉に散っていく。
(……っ、もって三日...まじできつい)
---
三日間。
東京中にばら撒いた響蝠は、昼夜問わず街を飛び回り、
呪力の揺らぎ、異常な残滓、術式の痕跡、
人の気配の乱れまで拾い続けた。
そのすべてが、俺の頭に直接流れ込んでくる。
(……っ、頭痛い)
響蝠は便利だが、広域展開は負担が桁違いだ。
三日も続ければ、普通は倒れてもおかしくない。
それでも──
(……何も、ない)
本当に、何も。
呪詛師の動きも、怪しい呪力の波も、
術師の不自然な行動も、なにもかも
響蝠の一匹が、ふっと呪力を霧散させた。
限界が近い。
俺は全ての響蝠とのパスを切り、
深く息を吐いた。
(記録も白。実動も白
一人で調べるのは限界か...ひとまず悟さんに報告
そのあとでいったん歌姫さんと共有しよう
京都側も知っておきたい)
スマホを取り出し、連絡先から「五条悟」をタップする。
コール音が二度鳴ったところで──
『おっ、うみ? 珍しいじゃん、電話なんて』
いつも通りの軽い声。
それにいつも通りの声音で答える
「えぇ、まあ。久しぶりに稽古でもつけてもらおうかなぁって」
一拍の沈黙。
『へぇ〜? 珍しいねぇ。
うみが自分から"稽古"なんて。
……何かあった?』
「いえ。ただ...今の自分がどれくらいになったか確認したいんです
ほら、交流会で特級祓ったじゃないですか。三人で、ですけど」
『ふーん……』
悟さんの声が、ほんの少しだけ低くなる。
『了解了解。どこでやる?』
「いつものところで」
『はいよ。じゃ、十五分後ね』
通話が切れる。
(よし……行こう)
---
十五分後。高専の敷地外、山中の演習場。
「おっ、おつかれ~。眠そうだねぇ」
「……視えてるなら、労いの言葉くらいくださいよ」
一歩踏み出すだけで、頭の芯がズキリと疼く。
「稽古」という名目通り、俺たちは互いに呪力を練り、軽い打撃を交わし始めた。
「……現状、東京校側は、記録も実動も完全に『シロ』です」
拳を合わせる衝撃音に紛れさせ、俺は調査結果を口にする。
交流会の警備計画が確定した八月二十五日を起点とした、徹底的な逆算結果。
「管理棟の全記録、結界の出入り、術式の使用履歴。
……俺の『響蝠』による三日間の広域監視も含め、疑わしい術師は一人もいませんでした」
「だろうね。僕の目でも、生徒や教職員に『黒』は見えない。
……君が洗ってダメなら、本当にいないんだろうね、"表層"には」
悟さんは俺の回し蹴りを軽く受け流し、至近距離で囁く。
「残るは、京都側か……あるいは、僕らでも手の出せない『上』か」
「……上層部が相手となると、どうしようもないですよ。
権限そのものを握られている以上、記録の改竄すら『正当な手続き』にされてしまう」
「ま、そうだね。あいつら、保身と隠蔽に関しては特級だし。
お疲れ様、うみ。やっぱり君に頼んで正解だったよ」
悟さんは一度距離を取り、パンパンと服の土を払った。「稽古」終了の合図だ。
「君はそのまま京都の歌姫と合流して。あっちの調査結果と突き合わせるんだ」
「……今からですか?」
「今から。……これが終わるまで、内通者の件は僕ら三人の秘密だよ」
「……了解です」
疲労で重い体に鞭を打ち、俺は影を介して移動を開始した。
---
数時間後、深夜の京都。
古びた神社の境内で、俺は歌姫さんと対峙していた。
歌姫さんは、俺の顔を見るなり深くため息をついた。
「……あんた、顔色最悪よ。随分無茶したのね」
「あはは...まあそんなことはいいんです。そっちのほうは?」
歌姫さんは首を横に振った。
「結論から言うと、こっちは『収穫なし』よ。
生徒から職員まで、襲撃の準備期間に怪しい動きをした形跡はないわ。
……もちろん、西宮や三輪、真依も含めてね」
俺と歌姫さん、二人がそれぞれの校内を洗って「全員シロ」。
「……俺の方も空振りです。消去法で行くなら……上層部の誰かか。あるいは……」
俺は一瞬、自分の手元・影の順に視線を落とす。
「……歌姫さん。外部に情報を流す手段として、
最も『足がつかない』方法って何だと思います?」
「……結界の記録を残さず、
かつ術師本人が動かない方法、かしら」
「えぇ。例えば……俺や恵先輩の十種みたいに、
式神やそれに類する『遠隔操作体』を介して情報を流しているか、ってところですかね。
それも、ただの伝達じゃなく、高専の各所に潜伏して情報を拾い続けられるほど、
精密で、呪力範囲の広いもの、かつ術式の行使が確認されても不自然じゃないものが理想ですね」
「そんなものがあるかどうかは置いといて」と肩をすくめる
「俺の響蝠でもできなくはないですけど、少し出しっぱなしにしただけでこのザマですし。
本人への負担を考えると、広範囲をリアルタイムでカバーできるほどの『操作範囲』を持つ人間なんて
……さすがにいないですよね」
うみはあくまで、術式の効率と「術師本人のリソース消費」に基づいた客観的な分析として提示した。
しかし、その言葉を聞いた歌姫の顔から、一気に血の気が引いていく。
「……リソース消費度外視の、広域操作……」
彼女の脳裏に、ある一人の生徒の顔が浮かぶ。
それは、京都校の教え子の中でも最も特殊な事情を抱えた少年。
「……与, 幸吉」
「……誰ですか? 聞いたことないですけど」
俺が首を傾げると、歌姫さんは重々しい口調で答えた。
「あんたも会ってるわよ。……『究極メカ丸』」
「……」
その瞬間、俺の中で点と点がカチリと繋がった。
「なるほど、メカ丸先輩の本体ですか」
「ええ。天与呪縛……生まれつき右腕と膝から下の肉体に感覚がなく、
肌は月明かりにも焼けるほど脆い。
その代わり、日本全土に及ぶ広大な術式範囲と、膨大な呪力出力を得た生徒」
「....条件は、満たしてますね」
「えぇ。未登録の傀儡があれば、内通者としての仕事はいくらでもできるわ」
(それだけ聞けば、容疑者筆頭だけど....)
「でも、さすがに目立ちません? メカですよ?」
メカ丸先輩の姿を思い出しながら疑問を投げる
あれと同じでないにしろ、同じ系統の姿は隠密に向かないだろう
歌姫さんは首を横に振った。
「普段使っている戦闘用の傀儡ならそうね。でも、もしも……」
そこまで言って、言葉を区切る
「……もし、傀儡が極小サイズだったら?
それこそ、ハエや蚊ほどのサイズ……」
「....なるほど」
「それなら、結界の目を潜り抜けることも、
誰にも気付かれずに会話を盗聴することも可能ですね。
しかも、先輩は日本全土に及ぶ術式範囲を持ってる。遠隔操作の距離も問題ない……」
「ただ、動機は? 余程のことがないと....」
俺が問うと、歌姫さんは悲痛な表情で唇を噛んだ。
「あの子の身体よ。天与呪縛の代償として失った肉体……
それを治癒できる存在がいるとしたら?」
「....噂のツギハギですか」
俺が呟くと、歌姫さんは重々しく頷いた。
「ええ。魂の形を変える特級呪霊……
それなら、天与の肉体すら治せるかもしれない」
「手段も動機もありますけど....
あくまで推測の域は出ないですね。まだ容疑の段階です
取り合えず、捕縛しましょう。
直接話を聞かないことにはどうにもなので」
歌姫さんは頷きつつも、険しい表情を崩さない。
「ええ。でも……今すぐ私たち二人だけで踏み込むのは危険よ」
「そうですね」
俺も同意する。
「万が一クロで、すでに肉体が治っているとしたら、本体の戦闘力も未知数です。
確実に押さえるなら、人員を増やして万全を期すべきですね」
「でも、下手に大人数で動かせば怪しまれるし、
万が一、別に内通者がいた場合、情報が漏れるわよ」
「えぇ。なので、悟さんにも相談しますが、
東京校の一年生を呼ぼうと思ってます」
「1年? 虎杖たちってこと?」
歌姫さんが驚いたように目を丸くする。
「はい。理由は二つあります」
俺は指を立てて説明した。
「一つ。あの三人は
上層部とのつながりも薄いので、情報漏洩のリスクは極めて低い」
歌姫さんは「なるほど」と小さく頷いた。
「二つ。あの三人は確か、一級への推薦を受けてますよね」
「ええ。東堂と冥さんが推薦したって聞いたわ」
「『二名以上の一級術師から推挙されたものは、
現役の一級または一級相当の術師と任務をこなし、
適正ありと判断されたら準一級に昇級。
その後単独で一級任務をこなし、結果次第で一級に』でしたっけ?」
「ええ、その通りよ」
歌姫さんが小さく頷く。
「なら、あの三人を適当な理由で呼び出しても不自然ではないですよね?
ちょうど、
歌姫さんは少し考え込んでから、深く息を吐き出した。
「……なるほど。悪くないわね」
「じゃあ、方針は決まりですね。俺はいったん東京に戻って悟さんに相談します
この方針行けそうなら、三人と一緒に来ます」
「……ええ。頼んだわよ」
そう言う横顔には、教師としての重い覚悟が滲んでいた。
「はい。必ず」
俺は彼女の決意を受け止め、東京へととんぼ返りした。