数日後。京都・某所。
薄暗く、ひんやりとした空気が漂う地下駐車場。
等間隔に並んだ蛍光灯の無機質な光の下を、四つの影が歩いていた。
「コッチよ」
柱の陰から姿を現した歌姫さんが、俺たち──
悠二先輩、恵先輩、野薔薇先輩、そして俺の四人を手招きした。
「五条や……うみくんから、内通者の話は聞いてるわね」
歌姫さんの静かな問いかけに、三人が真剣な顔で「はい」と頷く。
「多分、呪詛師と通じてるのは二人以上」
歌姫さんは淡々と続ける。
「一人は学長以上の上層部。コッチは私たちじゃどうしようもない」
「もう一人。その上層部に情報を流してる奴がいる。それが今回の標的」
歌姫さんの言葉の奥には、教師としての重い怒りと悲哀が混じっていた。
「まだ容疑の段階だから、捕縛後、尋問します」
その言葉を聞いて、野薔薇先輩が腕を組んだまま、すっと口を開いた。
「で」
鋭い視線が、まっすぐに歌姫さんを射抜く。
「京都の、誰ですか?」
悠二先輩が驚いたように野薔薇先輩を見る
野薔薇先輩は少しだけ顎を上げ、自信ありげに言った。
「私達東京側に頼むってことは、そういうことでしょう?」
「釘崎スゲーな……」
悠二先輩が感心したように呟く。恵先輩は静かに前を見据えていた。
「……うみくん、言ってないの?」
「はい。どこで誰が聞いてるか、あるいは"見ている"かわからないので。
標的の名前までは伏せておきました」
そう答えながら、俺はちらりと歌姫さんへ視線を向ける。
その表情には、決意の裏にやはり痛ましさが滲んでいた。
(ふむ...)
俺は小さく息を吸い、彼女に代わって告げた。
「今回の標的は──京都校二年『究極メカ丸』
本名を与幸吉先輩です」
一瞬、三人の顔に驚きが走る。
交流会を思い出したのか野薔薇先輩が眉をひそめた。
「あのロボットが……」
「ええ。と言っても消去法よ。誰も怪しくないからメカ丸なの
登録してない傀儡があれば、内通者としての仕事はいくらでもこなせるからね」
歌姫さんは再び前を向き、薄暗い通路の奥へと足を踏み出す。
俺たちもそれに続いた。
歩きながら、野薔薇先輩がふと疑問を口にする。
「でも、あの人結構目立つと思うけど。内通者なんて隠密な仕事できるわけ?」
「普段の戦闘用ならそうですね。でも、傀儡が蠅や蚊のようなサイズだとしたら?」
俺の言葉に、悠二先輩がハッとしたようにポンと手を打った。
「そっか。そういうのもアリか」
誰も怪しくないからこそ、消去法で浮かび上がる異常な操作範囲と潜伏能力。
その推論を裏付けるために、俺たちは地下へと続く階段を下りていく。
「ここよ」
歌姫さんが一つの扉の前に立つ
悠二先輩が呪力を練り上げ、扉をぶち破る
「…………」
部屋はもぬけの殻。主の姿は、どこにもない。
「えーと……」
悠二先輩が言葉を漏らす
「やられたわね」
歌姫さんが室内を見渡し、ぽつりとこぼす。
「....生活感がありません。もうずいぶん前からいないみたいですね」
恵先輩が静かに口を開いた。
「でも逆に、これでメカ丸で確定だろ」
「シロなら逃げる必要はないからね。完全にクロだわ」
野薔薇先輩も同意するように頷く。
俺は室内を軽く見渡してから、三人に向き直った。
「メカ丸先輩がいないなら、ここにとどまる理由はありません。
悠二先輩たちは、東京に戻って悟さんへ事の顛末の報告をお願いします」
俺の指示に、悠二先輩が不思議そうに首を傾げた。
「え? うみはどうすんの?」
「俺は、別で調べたいことがあるので別行動です」
「別行動?」
野薔薇先輩が眉をひそめる。
「ええ。ちょっとした心当たりを確認してくるだけです」
俺は理由を深くは語らず、あっさりと返した。
「……危険な真似はするなよ」
恵先輩が忠告するように俺を見る。
「分かってますよ。それじゃ、歌姫さん、先輩方。気をつけて」
俺は軽く手を挙げ、踵を返して一人その場を離れた。
(さて、残ってればいいけど...)
----
――京都校・学生寮。
(メカ丸先輩の部屋は確か...)
人気のない寮の一室。
与幸吉の部屋──厳密には『究極メカ丸』が普段待機している部屋の扉を開ける。
そこには、交流会でも見慣れた木と金属の入り混じったロボット──究極メカ丸が、完全に沈黙して座り込んでいた。
「……よかった、残ってた」
俺は動かないメカ丸に近づき、六眼を通してその内部と周囲の呪力の流れを視る。
(.....接続が切れてからまだ時間が経ってない)
「これなら、追える」
俺は静止したメカ丸の装甲にそっと手を触れ、手印を結んだ。
「――響蝠」
足元の影から、数匹の小さな蝙蝠が飛び立つ。
「この呪力の残滓の『先』を追え」
俺の指示を受け、響蝠たちは特有の超音波を発しながら、窓の隙間を抜けて夜の空へと飛び立っていった。
俺は目を閉じ、響蝠が送ってくる反響(エコー)に全意識を集中させる。
京都の街並み。
森。
川。
そして──京都郊外の山間部へと差し掛かった時だった。
(……ん?)
先頭を飛んでいた響蝠からのパスが、突如としてプツリと途切れた。
いや、途切れたというよりは『弾かれた』ような感覚だ。
山間部のさらに奥、巨大なダムがある付近。
そこに、空間を黒く塗りつぶすような巨大な呪力のドーム──『帳』が下りているのを、響蝠の知覚を通して感じ取った。
(……帳? こんな山奥で?)
胸の奥で、警鐘がガンガンと鳴り響いた。
言葉にできない、ひどく嫌な予感が全身を駆け巡る。
「……っ」
俺は足元に反射線を展開し、窓から飛び出した。
空を蹴り、木々を蹴り、最短距離で山間部へと向かって一直線に駆け抜ける。
---
時間を少し遡る。
虎杖悠二たちが与幸吉の捕縛に乗り込んだのとほぼ同時刻。
京都郊外・山間部。巨大なダムの地下施設。
無数のケーブルやパイプが這う、ひんやりとした無機質な空間。
その中央で、生命維持装置のタンクの中に浸かり、全身を包帯で巻かれた少年──与幸吉は、ぽつりと呟いた。
「……来たか」
視線の先、暗がりから足音を響かせて現れたのは二つの影。
ツギハギだらけの顔を持つ特級呪霊・真人と、額に縫い目のある袈裟姿の男・夏油傑。
「遅かったな。忘れられたかと思ったぞ」
真人たちがニヤリと笑いながら近づいてくる。
与は、身動きすらままならない包帯だらけの顔で睨み返した。
「そんなヘマはしないさ」
夏油が軽口を叩きながら与を見下ろす。
その横で、真人はつまらなそうに肩をすくめた。
「もう敵なんだからちゃっちゃと殺しちゃおうよ」
「まだ駄目だよ真人」
夏油が静かに制する。
「私達に協力し情報を提供する、その対価として真人の『無為転変』で体を治す。
そういう『縛り』を私達は彼と結んでいるからね。殺すのは治した後だ」
「彼には渋谷でも働いてほしかったけど、仕方ないね」
与は包帯の奥の目を鋭く光らせた。
「『京都校の人間には手を出さない』。先に"縛り"を破ったのは貴様らだろう」
「八つ当たりはやめてほしーなー。やったのは花御だもーん。てか、そっちだって花御を祓ったんだからトントンでしょ」
真人がおどけたように両手を挙げる。
与はそれに付き合う気もなく、短く吐き捨てた。
「呪霊と議論する気はない。さっさと治せ、下衆」
「下衆ね……勢いあまって殺しちゃいそう」
真人が不快そうに呟く横で、夏油が冷酷な目で与を見る。
「自らが自らに科す"縛り"と、他者間との"縛り"はわけが違う。自分の"縛り"は破った所で得たモノ……向上した能力などを失うだけだが、他者との"縛り"はその違約のペナルティに不確定さがある」
夏油は言葉を切る。
「いつどんな災いが私達に降りかかるか分からない。今回は駄目だ」
「ハイハイ。感謝してよね、下衆以下」
真人が与の前に立ち、その巨大な掌を与の頭へと伸ばした。
「『無為転変』」
その瞬間、与の全身を覆っていた包帯が内側からの圧力で弾け飛んだ。
真人の術式によって健康的な肉体を取り戻した与幸吉は、自らの両手を握り、開き、その確かな感覚を確かめるように見つめた。
「もっとハシャげよ。かわいくないなー」
真人が退屈そうに口を尖らせる。
与は新しい手から視線を外し、真人たちを冷たく見据えた。
「……それは、事が済んだ後だろう」
「それもそうだね。じゃあ」
ニィ、と真人の口角が吊り上がる。
与もまた、新たな肉体で深く呪力を練り上げた。
縛りは解かれた。
「始めようか」
水底深く、閉ざされた地下空間で。
互いの命を削り合う死闘の幕が、切って落とされた。
---
「手伝う?」
薄暗い空間の端で高みの見物を決め込もうとする夏油に、真人が口角を釣り上げて笑う。
「やめて、
その言葉を合図にするように、与が動いた。
真新しい肉体の指先を走る呪力の糸が、暗がりに潜んでいた無数の影を起動させる。
ガチャ、ガチャ、と無機質な駆動音を響かせ、等身大の戦闘用傀儡たちが一斉に真人へと群がる。
だが、真人はそれを嘲笑うかのように、自らの肉体を変形させながら次々と傀儡を破壊していった。
しかし、与の狙いは傀儡での包囲ではない。
真人の意識が小型傀儡に向いたその一瞬の隙を突き、与自身はカプセルのような装置に入り、地下空間の天井をぶち破って水面へと脱出した。
「ははっ、いいんじゃない!?」
真人が顔を上げ、楽しげに笑う。
その視線の先、大きく割れたダムの湖面から、凄まじい水柱と共に"それ"は姿を現した。
『究極メカ丸
ダムの堰堤を見下ろすほどの、規格外の巨大な機体。
その頭部に位置する操縦席――『魂の座』で、与幸吉は冷静にコンソールの数値を確認していた。
(拡充比正常、知覚フィードバック遮断)
肉体的な痛みは機体とリンクさせない。だが、目の前のパネルには非情なエラーが点滅していた。
【 VITAL : CLEAR 】
【 CONNECT : ERROR 】
(電波も断たれている……『帳』が降りてる……夏油だな)
与の脳裏に、あの最強の術師の顔が浮かぶ。
(五条悟のようにはいかないな。俺の勝利条件は五条悟だ)
どんな手段でもいい。五条悟と連絡を取り、渋谷の計画を伝える。そして保護してもらう。
だが、この分厚い"帳"を下ろした夏油に集中するためには、目の前の特級呪霊をどうにかしなければならない。
「まずは真人を……被う」
『ACTIVITY LIMIT(活動限界)』を示すパネル。そこに表示されている数字は『17年5ヶ月6日』。
与幸吉が縛られた年月。その代償として得た、莫大な呪力の蓄積。
「全て視てきた」
与の目に、交流会での光景がフラッシュバックする。
あの時戦った仲間たちの姿。そして、あの時以上の力で。
パネルの数字が減少し、『16年5ヶ月6日』へと変わる。
「チャージ1年!! 焼き払え、メカ丸!!」
巨大メカ丸の両掌から、莫大な呪力の奔流が放たれた。
「『
極太の熱線がダムの堰堤を消し飛ばし、水面を割りながら真人を飲み込む。
だが、与の表情に安堵はない。
メカ丸の通常攻撃では、真人の『魂』まで傷つけられない。
事実、凄まじい爆発の中から飛び出してきた真人は、攻めの姿勢を全く崩していなかった。
翼を生やし、巨大メカ丸の腕を駆け上がるようにして肉薄してくる。
(すさまじいパワーだ、ダグダグやってると装甲を破られるな)
与は、操縦席のコンソールに備え付けられた筒状のシリンダーを握り込んだ。
『呪術装填』。勝利の奇手。
(チャンスは4回……!!)
「一気に片をつける!! 撃て、メカ丸!!」
巨大メカ丸の腕から、シリンダーに封じられた攻撃が放たれる。
迫り来る真人へ直撃する軌道。だが、真人は余裕の笑みを浮かべていた。
「意味ないって。今まで何見てきたの」
呪力による物理攻撃は、魂の形を保つ真人には無意味。
真人はそれを知っているからこそ、避ける素振りすら見せなかった。
だが。
「……アレ?」
真人の左腕が、内側から弾け飛んだ。
(どういうことだ。魂ごと破壊された……!!)
驚愕に見開かれた真人の目。
与はモニター越しにその様子を冷静に分析していた。
(飛ばした左腕が再生している!! ……いや、再生したように見せかけているだけだ。
これ見よがしにしているのがいい証拠。大丈夫、俺のこの手は――)
離れた場所からその攻防を眺めていた夏油が、面白そうに呟く。
「……効いてるね」
特級呪霊の魂を抉る、与幸吉の奇策。
だが、敵は魂の形を自在に操る化け物。この一撃で終わるはずがなかった。
「一時的だろうけど特級クラスの呪力出力……真人対策もしっかりしてきたわけだ。場合によっては今この場で……」
夏油が警戒を強める中、与は機体を操り、さらなる追撃を放つ。
「『
両肩から放たれた無数の誘導弾が、真人を追尾し爆発を起こす。
だが、真人もただ的になるつもりはない。巨大な腕を形成し、メカ丸の装甲を強引に削りにかかる。
激しい攻防の最中、与はコンソールに次の『呪術装填』のシリンダーをセットする。
(いける!!)
その脳裏に浮かぶのは、京都校の仲間たちの顔。
東堂、加茂、西宮、真依、三輪。
(勝てる!! 皆に、会うんだ!!)
希望が、確信に変わりかけたその時だった。
「領域展開」
与の視界が、絶望に塗りつぶされる。
「『
無数の巨大な手が連なる、真人の生得領域。
その必中効果は『魂への接触』、すなわち『無為転変』。
領域に引きずり込まれた時点で、与の敗北は決定したかに見えた。
「はい、お終い」
真人が無為転変を発動する。
「触れられなきゃいいとでも思ってたんだろうけど、領域に入れちゃえば関係ない」
真人は勝ち誇ったように笑う。
(俺が呪力をケチって領域まで使わないと思ったか?
作戦に夢と希望を詰め込むなよ。気の毒すぎて表情に困るんだよね)
ドスッ
内心で嘲笑っていた真人の顔が、困惑に染まる
たった今、自身の手により主を失ったはずのメカ丸が自身の身体を貫いている
――次の瞬間
真人の身体が膨張し、はじけ飛んだ。
『シン・陰流――簡易領域』
それは、呪術全盛の平安時代、門弟を凶悪な呪詛師や呪霊から守るために考案された技。
あらゆる術式を中和する、"領域"から身を守るための弱者の"領域"
与はその術を成立させ、領域から自身を守って見せた
(勝った……!!)
与の確信に答えるようにメカ丸が雄たけびを上げる
そして、その標的を夏油傑へと変えていく
「撃て、メカ丸!!」
勝利を確信し、次の一手を放とうとしたその時だった。
ガガァンッ!!
「なっ……!?」
与の目の前、巨大メカ丸のメインモニターが内側からぶち破られた。
そこから姿を現したのは──
死んだはずの真人。
「仕留め損なった!?」
与の目が見開かれる。
真人の顔には、狂気じみた笑みが張り付いている。
(だがまだ領域は1本残っている!! 直に――)
「ブチ込む!!」
間に合わない。死の手がすぐ目の前にまで迫っている。
仲間たちの顔がフラッシュバックする中、与は強く歯を食いしばった。
(ここまで、か……っ!)
――その時だった。
バシュッ
空を覆う夜が弾けた
「帳が、破られた……!?」
高みで見物をしていた夏油が、初めて余裕の表情を崩し、上空を振り仰ぐ。
だが、驚愕はそれだけでは終わらない。
『パンッ』
場違いな、乾いた音が響き渡った
直後。
与の視界が、ぐらりと反転する。
「……は?」
迫りきていたはずの真人の姿が消え、代わりに目に飛び込んできたのは、少し湿った地面
(これは……東堂の……)
あり得ない状況に、与の思考が追いつかない。
だが、その視線をゆっくりと上げた先。
自分のすぐ横に、少し大きめの黒いパーカーを着た見慣れた少年が立っていた。
「....結構ぎりぎりだったなぁ。メカ丸先輩、けがしてないです?」
「っ、お前……月影、うみ……!?」
唐突な視界の切り替わりに混乱する与の隣で、少年――うみは、軽く息を吐きながら立ち上がった。
与がいたのは、すでに崩壊しかけた巨大メカ丸の中ではなく、そこから少し離れた森の中だった。
一方、与のいた操縦席では。
「あ?」
与に触れるはずだった真人の掌は、突如として与の場所に出現した小石を粉砕し、空しく宙を切っていた。
「……え? なにこれ、どこ行ったの?」
指先に残った石の粉を不思議そうに見つめながら、
真人がきょとんと首を傾げる。目の前から獲物が忽然と消えたのだ。無理もない。
そして、少し離れた場所からその一部始終を見ていた夏油は、さらなる戦慄を覚えていた。
(入れ替わった? いや、それよりも……!)
夏油の視線が、空間の端――与の傍らに立つうみへと鋭く向けられる。
(……いつの間に接近されていた!? まったく気配を感じなかったぞ……!)
「……お前、どうしてここに」
与が呆然と呟く。
うみは振り返らずに、ただ静かに前を見据えた。
その視線の先には、空振りに終わり、不快そうに顔を歪める真人と、警戒を強める夏油の姿がある。
「そりゃあ、メカ丸先輩のお迎えですよ♪ まあ――」
その眼帯の奥にある『六眼』が、目の前の脅威を冷たく捉えていた。
「ちょーっと危ない人たちの相手をしないといけないかもですけどね」