生まれ変わった世界は   作:月影うみ

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42話

「初めまして。禪院の子、道真の血、呪胎九相図、宿儺の器――そして、イレギュラー」

 

何もない純白の空間に、その声は響いた。

 

振り返った俺たちの前に立っていたのは、白い布を纏った奇妙な姿の人物。

四つの目を持ち、頭部はまるで円筒のように平ら。

人間離れしたその姿から放たれる気配は、果てしなく深く、そして古い。

 

(まさかこの人が……

いや、人ってよりは――呪霊?)

 

「……私には挨拶なしかい?」

 

戸惑う俺たちを他所に、由基さんが腕を組みながら不満げに口を挟んだ。

 

「君とは初対面ではないだろう。九十九由基」

 

天元と呼ばれたその人物は、静かにそう返した。

どうやら由基さんは、過去に天元様と会ったことがあるらしい。

 

「……何故、薨星宮を閉じた」

 

由基さんが、鋭い視線を天元様に向ける。

 

「羂索に君が同調していることを警戒した。私には人の心まではわからないのでね」

 

「羂索?」

 

知らない名前に一同が首を傾げる

 

「かつての加茂憲倫。今は、夏油傑の肉体に宿っている術師だ」

 

(羂索…それがあいつの名前)

 

「天元様はなんでそんな感じなの?」

 

悠二先輩が突拍子もない質問を投げかけた。

 

(今なの?)

 

「私は不死であって不老ではない。君も五百年老いればこうなるよ」

 

「マジでか……」

 

悠二先輩が本気で嫌そうな顔をする。

 

天元様はゆっくりと歩き出しながら、自身の状態について語り始めた。

 

「11年前、星漿体との同化に失敗してから老化は加速し、

私の個としての自我は消え、天地そのものが私の自我となったんだ」

 

「どうりで、"声"が増えないわけだ」

 

由基さんが、伏し目がちに呟いた。

 

「僕たちはその羂索の目的と獄門彊の解き方を聞きに来ました

知っていることを話してもらえませんか?」

 

憂太先輩が一歩前に出て、真っ直ぐに天元様を見据えた。

 

「もちろん……と言いたいところだが」

 

天元様は俺たちを見回し、静かに告げた。

「一つ条件を出させてもらう」

 

「条件……?」

悠二先輩が眉をひそめる。

 

「乙骨憂太、九十九由基、呪胎九相図。そして……月影うみ」

 

天元様は、その名前を一人ずつゆっくりと読み上げた。

 

「この内の2名はここに残り、私の護衛をしてもらう」

 

「護衛……? 不死なんですよね」「封印とかを危惧してるんですか?」

 

憂太先輩と真希先輩が怪訝に尋ねる

 

「フェアじゃないなぁ」

 

九十九さんが呆れたように言った。

「護衛の期間も理由も明かさないのか?」

 

「……では、羂索について語ろうか――」

 

天元様が言葉を続けようとしたところを、恵先輩が遮った。

 

「目的は聞きました。具体的に何をするつもりなんですか?」

 

「何故、あの時日本の人間を全員術師にしなかったんですか?」

 

俺も同調して首を傾げる。

 

「単純な呪力不足だよ。うずまきで精製した呪力は術師に還元できない

術式で一人一人進化を促すのはあまりに効率が悪い」

 

天元様が淡々と答える。

 

「羂索が取る進化手段は、人類と私の同化だ」

 

『!!?』

 

その場にいた全員が息を呑んだ。

 

「あれ、でも同化って……」「星漿体にしかできないハズだ」

 

恵先輩と悠二先輩が困惑を露わにする。

 

「以前の私ならね。11年前に進化を始めた今の私なら、

星漿体以外との同化もできなくもない」

 

 

「どうやって複数の人間と同化するんだ? 天元(オマエ)は一人だろう」

 

脹相さんが疑問を口にする

 

「言っただろう、天地そのものが私の自我なんだ。進化した魂は至る所にある

私と同化した人間は術師という壁すら超える。そこにいてそこにいない。新しい存在の形さ」

 

そこにあるのは、人類の強制的な次元上昇

 

「私には結界術があった。ゆえに進化後も形と理性を保てている。

だがもし、人類が進化し、その内の一人でも暴走を始めたら世界は終わりだ」

 

「なぜ?」

 

由基さんが短く問う

 

「個としての境界がないんだ。悪意の伝播は一瞬さ

先の東京が世界で再現されるんだ」

 

「何のためにそんなことすんだよ」

 

悠二先輩が忌々しげに吐き捨てる。

 

「さぁね。これも言っただろう、私に人の心までは分からない」

 

「でもそれって、天元様が同化を拒否すればいいだけじゃないっスか?」

 

真希先輩がもっともな疑問を口にする。

 

「そこが問題なんだ」

 

その言葉に最悪の可能性が沸き上がる

 

「……まさか!」

 

「そう。その眼で視た君ならわかったことだろう」

 

天元様は静かに肯定し、絶望的な事実を口にした。

 

「私は今、羂索が操る『呪霊操術』の術式対象だ」

 

『!』

 

重苦しい沈黙が場を支配する。

 

「羂索の術師としての実力を考慮すると、接触した時点で取り込まれるかもしれない。

だから私の本体は今、薨星宮で全てを拒絶している」

 

「その上で、私の護衛を?」

 

憂太先輩が眉をひそめる。

 

「ああ。羂索は私に次ぐ結界術の使い手、薨星宮の封印もいつ解かれるか分からない」

 

「何故今なんだ」

 

由基さんが険しい顔で問いかける。

「星漿体との同化を阻止。天元を進化させ、呪霊操術で取り込み操る。

羂索は宿儺とも関りがあるようだった。少なくとも千年、術師をやっている

何故!! 今なんだ!!」

 

天元様は話を続ける。

 

「『天元(わたし)』『星漿体』そして『六眼』。これらは全て因果で繋がっている」

 

(……因果)

 

「羂索は過去に二度、六眼の術師に敗れている。

二度目は徹底して、星漿体も六眼も全て生後一月以内に殺した。それでも同化当日に六眼と星漿体は現れた」

 

「その後羂索は、六眼を抹殺ではなく封印へと方針を変え、獄門疆の捜索を始めた」

 

天元様がその言葉を遮り、四つの目を細めた。

 

「だが11年前、予期せぬ事が起こった。禪院甚爾の介入だ」

 

(天与の暴君。確か悟さんが一度負けた相手だっけ)

 

「天与呪縛によるフィジカルギフテッド。その中でも完全に呪力から脱却した特異な存在だ

呪縛の力で因果の外に出た人間が、私達の運命を破壊してしまった」

 

「そしてそこには、呪霊操術を持つ少年」

 

かつての夏油傑。

 

「……意図せず、獄門疆以外のピースが全て揃ったんだ

そして6年前、その獄門疆も羂索の手に渡った……」

 

天元様は淡々と事実を積み重ねていく。

 

「これであとは、五条悟――六眼を封印するだけとなった。

六眼持ちは同時に2人現れないからね」

 

「あれ? でも、うみも――」

 

悠二先輩が俺を指さして言いかけた、その時だった。

 

「そう。今までは、ね」

 

天元様がその言葉を遮り、四つの目を真っ直ぐに俺へと向けた。

 

「11年前、天与呪縛の男によって破壊された因果の空白に、

本来なら存在しないはずの君という『イレギュラー』が入り込んだ」

 

「羂索にとっても、君の存在は完全に計算外だったはずだ。

過去に二度も六眼に敗れ続けた彼にとって、同時に二つの六眼が存在するなど、

悪夢以外の何物でもないからね」

 

「だからこそ、君はイレギュラーなのだ。

君の存在は、羂索の野望を打ち砕くカギになるやもしれない」

 

「……」

 

「……じゃあ、死滅回游は何のために行われるんですか?」

 

恵先輩が再び核心を突く。

人類を進化させるためなら、なぜ術師同士で殺し合いをさせるのか。

 

「同化前の……慣らしだよ」

 

天元様の言葉が、純白の空間に重く響き渡った。

 

「日本の人間を私と同化させるには、人間から彼岸へと渡す儀式が必要となる。

死滅回游は、術師の呪力と結界を利用し、この国の人々を彼岸へ渡すための儀式なのだ」

 

「それを慣らしとして私との同化を始めるつもりだろう。現時点では不完全なモノとなる確率が高いがね」

 

「だが、これだけの儀式を成立させるために羂索自身も縛りを負っているハズだ」

 

天元様は淡々と説明を続ける。

 

「その一つとして、死滅回游の管理者は羂索ではない」

「泳者が全員死ぬか、参加を拒否して死ぬか。それまで死滅回游は終わらない」

 

「だがこれは君達にとって不利に働くな。羂索を殺しても死滅回游は終わらないのだから。

死滅回游の総則にある"永続"は、あくまで儀式を中断させないための保険だよ」

 

「……となると」

 

恵先輩が思考を巡らせ、一つの結論に行き着く。

 

「『ルール6。泳者は自身に懸けられた点を除いた100得点を消費することで管理者と交渉し、死滅回游に総則を1つ追加できる』」

 

「僕らも死滅回游に参加して、津美紀さんやゲームに消極的な人が回游を抜けるルールを追加するしかない」

 

「五条先生の解放も並行しましょう。あの人がいれば一人で全て片が付く」

 

恵先輩の言葉に、憂太先輩も静かに頷いた。

 

「その前に誰が残るか決めてくれ」

 

天元様が、本題であった護衛の指名について話を戻す。

 

「「 俺 / 私 が残ろう」」

 

そう言って名乗り出たのは脹相さんと由基さん

 

「悠仁には乙骨か、この女の協力が必要不可欠だろう」

そう言って、由基さんの方を見る。

 

「それに、加茂憲倫…羂索がここに来るなら尚更だ

奴の命を絶つことが、弟たちの救済だからな」

 

自分を指差していた由基さんは、少し間を置いてから、

 

「私はまだ天元と話し足りなくてね。いいかな? 乙骨君、月影君」

 

と、軽い調子でウィンクをして見せた。

 

「はい! 僕はもう皆と離れたくないので!!」

 

憂太先輩に続くように俺も返答する

 

「俺はどっちでもよかったので、お二人が納得してるなら構いませんよ」

 

俺がそう答えると、天元様は静かに頷いた。

 

「ありがとう……これが」

 

天元様が手を差し出すと、何もない空間から黒い小箱がふわりと浮かび上がった。

 

「五条悟の解放に必要な、『裏』だ」

 

「『裏』!?」

恵先輩が驚きの声を上げる。

 

「初耳だね」

由基さんも目を丸くした。

 

「獄門疆『裏』」

天元様の手の中で浮かぶその箱には、悟さんを封印した獄門疆と全く同じ意匠が施されていた。

 

「羂索に見つかる前、獄門疆は私の結界の外……恐らく海外にあった。

この裏門を封印することで表の気配を抑えていたんだが、無駄だったね」

 

天元様は淡々と説明を続ける。

 

「この裏門の中にも五条悟は封印されている」

 

え、じゃあこれを開ければ!?」

悠二先輩が身を乗り出す。

 

「いや、あくまで開門の権限は表の所有者、羂索のものだ。これを抉じ開けるには」

 

天元様は、二つの呪具の幻影を空中に映し出した。

 

「あらゆる術式を強制解除する『天逆鉾(あまのさかほこ)』。

あるいは、あらゆる術式効果を乱し相殺する『黒縄(こくじょう)』。

このどちらかが必要だ」

 

「なるほど、それを見つければ……」

 

「だが、『天逆鉾』は11年前、五条悟が海外に封印したか破壊してしまった」

 

「何してんの先生!!」

 

「『黒縄』も去年、五条悟が全て消してしまった」

 

「何してんだあの人は!!」

 

(どうしようもない、あの人は……)

 

「ダメ元で聞くんですけど。『釈魂刀(しゃっこんとう)』じゃダメ?」

 

「ダメだね。アレは万物の硬度を無視して魂を切り裂く呪具であって、術式そのものを強制解除するような効果はない」

 

天元様から、身も蓋もなくバッサリと切り捨てられる。

 

「ですよねー……」

 

「……ちょっと待ちな。君、そんな物を持ってるのかい?」

 

由基さんが、驚いたように目を丸くして俺を見た

 

「あ、はい。イギリスに出張行ってた時に裏のオークションに出されてたので、買い叩いておきました。

そこらに放置してていいものじゃないでしょうし」

 

「……いくらしたんだか」

 

由基さんが呆れたようにため息をついた。

 

「『黒縄』の残りは僕がアフリカでミゲルさんと探してたんだけど……これに関しては無駄足だったね」

 

憂太先輩も、肩を落としながら補足した。

つまり、現状俺たちの手元には五条先生の封印を解くための手段がゼロだと言うことになる

 

「手はあるんだろ?」

 

脱線しかけた空気を断ち切るように、由基さんが天元様を見据える

 

「ああ。死滅回游に参加している泳者の中に、『天使』を名乗る千年前の術師がいる」

 

(天使…急にファンタジーだなぁ)

 

「彼女の術式は、『あらゆる術式を消滅させる』」

 

「術式を……消滅させる?」

由基さんが目を細める。

 

(言ってることやばっ)

 

「ああ」

 

天元様が頷いた。

 

「天使の術式なら、獄門疆『裏』を開けることができる」

 

「そいつは今、どこにいるか分かりますか?」

恵先輩が身を乗り出して尋ねた。

 

「東京の東側の結界だ」

 

天元様が答える。

 

「回游の結界は私を拒絶しているから、それ以上の情報はない。まずはそこから整理しようか」

 

天元様が空間に、日本地図と、そこに点在する十の円、そしてそれらを結ぶ線を描き出した。

 

「全国10の結界(コロニー)。それが日本の人間を彼岸へと渡す境界をなす結界と繋がっている」

 

「これが、こうなるわけか……」

悠二先輩が地図上の線を見比べる。

 

「北海道が入ってないのは、呪術連の結界?」

由基さんの問いに、天元様が頷く。

「そうだ。あの地は既に巨大な霊場として慣らしが済んでいる」

 

「流石は試される大地」

 

由基さんがぼそりと呟く。

 

「儀式が終わるまで、どのくらいかかりますか?」

恵先輩の問いに、天元様は淡々と答えた。

「回游次第だが、2月もあれば済むだろう」

 

(2ヶ月……思ってたよりは時間がある)

 

そして天元様は回游のルールを空間に表示した。

 

『1. 泳者は術式覚醒後、十九日以内に任意の結界にて死滅回游への参加を宣誓しなければならない。』

 

現在は11月9日の午前9時。

そして、泳者の術師が覚醒したのは、10月31日24時頃

 

恵先輩が素早く計算する。

 

「津美紀が回游に参加するまでの猶予はざっと10日と15時間」

 

『2. 前項に違反した泳者からは術式を剥奪する。』

 

「天元様。さっき、参加を拒否すれば死ぬと言ってましたよね」

 

恵先輩の確認に、天元様は「ああ」と頷く。

 

「……硝子さんの読み通りってわけですね。さっすが」

 

俺が呟くと、憂太先輩も同意するように静かに頷いた。

 

続いて、ルールが表示される

 

『3. 非泳者は結界に侵入した時点で泳者となり、死滅回游への参加を宣誓したものと見做す。』

 

「これさぁ」

悠二先輩が顔をしかめる。

「始めから結界の中にいる一般の人らはどうなんの?」

 

「少なくとも1度は外に出る機会を与えられる」

 

「マジ?」「随分と親切ですね」

 

悠二先輩が素直に驚き、憂太先輩が感想を口に出す

 

「親切というかただの仕様でしょう

泳者を閉じ込めるには泳者が『自ら望んで結界に入った』という前提が必要なんだと思います」

 

「その通り。加えて言うならば、総則に一つも結界の出入りに関する条項がない。

泳者に『結界から出る』という明確な目的を与えて、回游を活性化させる狙いだろう」

 

俺の推測に、天元様が捕捉する

 

「……猪野さんが言ってた、結界の足引きか」

悠二先輩が思い出すように呟いた。

 

そして、天元様は次のルールを表示する。

 

『4. 泳者は他泳者の生命を絶つことで点を得る。』

『5. 点とは管理者によって泳者の生命に懸けられた価値を指し、原則術師5点、非術師1点とする。』

 

「総則ゴチャってすんな……」

 

「天元様。管理者っていうのは」

恵先輩の問いに、天元様が答える

 

「各泳者に1体ずつ憑く式神、『コガネ』。

コガネも正確に言えば管理者ではなく"窓口"だ。死滅回游のプログラムそのものと思った方がいい」

 

「ナルホド」

悠二先輩が頷く。

 

『6. 泳者は自身に懸けられた点を除いた100得点を消費することで管理者と交渉し、死滅回游に総則を1つ追加できる。』

 

「追加……か」

恵先輩が眉をひそめる。

「既にあるルールを消すのはなしか」

 

「遠回しに否定するようなルールなら、いけるかもですよ?」

俺が横から提案すると、悠二先輩も「ムム……」と思案顔になる。

 

『7. 管理者は死滅回游の永続に著しく障る場合を除き、前項によるルール追加を認めなければならない。』

 

「これ、アリか? 」「だよなぁ。判断があっち任せすぎる」

 

脹相さんと真希先輩が懸念を口にする。

 

「いや、ある程度は公平な判断が見込めるハズだ」

天元様が首を振る

 

「呪術的に、これ以上羂索に利益が偏ることはない」

 

そして一番問題なルール

 

『8. 参加または点取得後、十九日以内に得点の変動が見られない場合、その泳者からは術式を剥奪する。』

 

「また……人を殺さなきゃいけないのか」

 

渋谷での惨劇を背負う彼にとって、これ以上自らの手を血で染めることは耐え難い苦痛だろう。

 

恵先輩は、そんな悠二先輩へ静かに言葉を継いだ。

「いや……いくつか考えがある」

 

「ルール7次第なとこはありますけど、抜け道はありそうですね」

 

すべてのルールの説明が終わり、空間から文字が消えた。

 

「とりあえず、情報は整理できたな」

真希先輩が一つ息を吐き、全員を見回した。

「あとは、それぞれの役割だ」

 

「私と脹相は、ここに残って天元様の護衛」

由基さんが腰に手を当て、親指で隣の脹相さんを指差しながら言う。

 

「私はまず、禪院家に戻って」

真希先輩が、静かに、だが鋭い声で告げた。

「悟が封印されて間もなく、高専忌庫の呪具は加茂家と禪院家が持ち出してスッカラカンだ」

 

だが、恵が当主になった」

 

「「は!?」」

悠二先輩と俺の声が重なった。

 

(えっ、恵先輩が禪院家の当主に?)

俺が目を丸くして恵先輩を見ると、本人は面倒くさそうに視線を逸らした。

 

「後で説明する」

 

そして真希先輩は淡々と続ける。

「おかげで禪院家の忌庫は漁り放題……でその前に。天元様」

 

「分かっている」

天元様が静かに頷いた。

 

「組屋鞣造の工房(アトリエ)だろう? 」

 

「助かります」

 

「用が済んだらパンダ捜して、回游の平定に協力する。憂太は?」

 

「僕は早速結界(コロニー)に入って、回游に参加するよ

津美紀さんや伏黒君達が回游に参加する前に、少しでも情報を集めたいしね」

 

「スンマセン」

恵先輩が申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「万が一身内で潰し合うことがないように……

それから、津美紀さんに何かあった時のために、近場の結界は避けるね」

憂太先輩が優しく微笑む。

 

「あ」

悠二先輩がふと声を上げ、憂太先輩を見た。

 

――もし次、俺が宿儺と代わったら、迷わず殺してくれ――

 

憂太先輩が少しだけ困ったように眉を下げる。

「んー……」

 

「言ってる場合か。大丈夫だ」

恵先輩が、悠二先輩の胸を軽く小突く。

「そんな時は俺が死んだ後、しっかり殺してもらえ」

 

(そうならないための約束じゃなかったっけ?)

 

「先輩」

 

恵先輩が真希先輩に声をかける

 

「ああ、オマエらは予定通り金次のとこ行け」

 

「金次?」

悠二先輩が首を傾げる。

 

「秤金次。停学中の3年生だよ」

憂太先輩が答える

 

「今はとにかく人手が足んねぇ。なにがなんでも駆り出せ」

 

「その人……強いの?」

 

「ムラっ気があるけど、ノッてる時は僕より強いよ」

憂太先輩が爽やかに笑って言うが、真希先輩は即座に真顔で否定した。

「それはない」

 

俺も苦笑しながら首を振る。

「あはは。確かに金ちゃん先輩はめちゃくちゃ強いですけど、

ノッてる時でも憂太先輩相手じゃ頑張って引き分けだと思いますよ」

 

(そういえばもう結構会ってないなぁ。元気かな? 金ちゃん先輩と綺羅ちゃん先輩)

 

「そしたら俺は――」

 

「お前は私と来い」

 

俺が次の方針を言いかけようとしたところを、真希先輩が有無を言わさぬ声で遮った。

 

「えー。俺、久しぶりに金ちゃん先輩と綺羅ちゃん先輩に会いたいんですけど」

 

俺が少し口を尖らせて文句を言うと、真希先輩は苛立たしげに眉をひそめた。

 

「あのな、私だけでどうやって禪院家から大量の呪具を持ってくんだよ。

一つ二つじゃねぇんだぞ。お前は荷物持ちだ」

 

「んー。仕方ないですね」

 

確かに、忌庫から大量の呪具を運び出すなら、これ以上ないほど適任だ。

とはいえ、あのギスギスした禪院家にわざわざ顔を出したいとは思えないが。

 

「まぁ、そういうことなら手伝いますよ」

 

俺がしぶしぶ頷くと、真希先輩は満足そうに「よし」と鼻を鳴らした。

 

「!」

天元様の横で護衛に残ることになっていた脹相さんが、ハッとしたように振り返った。

そして、その瞳に深い愛情と一抹の寂しさを浮かべて、呼びかける。

 

「悠仁!!」

 

悠二先輩が振り返る。

 

「……死ぬなよ」

 

その真っ直ぐで不器用な言葉に、悠二先輩は少しだけ驚いた顔をした後、にかっと笑い返した。

 

「ありがとう。助かった」

 

それぞれの道筋が決まった。

死滅回游を平定し、五条悟を取り戻すための、反撃の第一歩。

 

「禪院の子。そして、月影君。少し待ってくれるかな」

 

純白の空間を後にしようと踵を返した俺たちを、天元様が思い出したかのように引き留めた。

 

「なんだよ」

真希先輩が鬱陶しそうに振り返る。

 

「君は、禪院甚爾ではない」

 

天元様は、真希先輩の全身を静かに見つめながら告げた。

 

「同じ天与の肉体を持っていたとしても、彼のように全てを捨て去れるわけではないだろう。……あまり、無理はしないことだ」

 

その忠告に、真希先輩は少しだけ目を伏せ、すぐに鋭い視線を返して鼻を鳴らした。

 

「……チッ。余計なお世話だ」

 

天元様はそれ以上真希先輩には踏み込まず、今度は俺へと四つの目を向けた。

 

「そして、月影君」

 

「はい」

 

「君が手に入れたという『釈魂刀』だが。あれは万物の硬度を無視して魂を切り裂く刃だ」

 

天元様は言葉を選ぶように、ゆっくりと語りかける。

 

「あれが斬るのは、物理的な形あるものだけではない。

例えば……目に見えぬ理(ことわり)や、血の繋がりがもたらす重い『因果』の糸すらも、

その刃であればどうにかなるやもしれん」

 

(……因果の糸)

 

「魂の輪郭を捉え、斬り離す。それが意味するところを……君の眼であれば、いつか見出す時が来るだろう」

 

天元様の静かな、だがひどく重みのある言葉。

俺は一瞬だけ真希先輩の背中を見つめ、目隠しの奥で思案を巡らせた。

 

(目に見えぬ因果を斬る……。あぁ『そういうこと』ね)

 

「……なるほど。そういう使い方もできるかもしれないってことですね」

 

俺は小さく息を吐き、静かに頷いた。

 

「軽々しくしていいことではないですけど……頭には入れておきます」

 

「ああ。頼んだよ」

 

天元様が満足そうに目を細めたのを見て、俺は真希先輩へと向き直った。

 

「さて。真希先輩は、どうします? このまま実家(ぜんいんけ)に直行ですか?」

 

「当たり前だ。さっさと忌庫を空にして回游の準備に取り掛かるぞ。お前も急げ」

 

真希先輩は踵を返し、今度こそ迷いなく歩き出す。

 

「……でも、大丈夫ですかね?」

 

俺がその背中に声をかけると、真希先輩は足を止めることなく「何がだよ?」と短く返した。

 

「だって、悟さんが今、渋谷事変の共同正犯で主犯格扱いじゃないですか。そしたら俺の扱いって、下手したら犯罪者候補くらいな気がするんですけど」

 

俺は歩きながら、当然の懸念を口にする。

 

「五条悟が育てた子供ですよ、俺。

今あのギスギスした禪院家に俺が一緒に居たら、

そもそも門の中に入れてくれないんじゃないですか?」

 

御三家の中でも特に保守的で、五条家とバチバチにやり合っている禪院家。

目の上のたんこぶだった五条悟が封印され、しかも大罪人扱いとなっている今、

その「秘蔵っ子」である俺がのこのこ顔を出せば、門前払いで済めばいい方だろう。

 

だが、真希先輩は鬱陶しそうに舌打ちをして、あっさりと解決策を提示した。

 

「忌庫に着くまでは、私の影の中にいりゃあいいだろ」

 

「……あー、なるほど」

 

俺は苦笑交じりにため息をつきながらも、足元に呪力を練った。

 

ドロリと沈み込むような感覚と共に、俺は自身の足元の影を広げ、そこへ滑り込むようにして姿を隠す。

そして影から影を伝い、前を歩く真希先輩の影の中へと移動し、ピタリと張り付いた。

 

「……準備OKです。じゃあ、行きますか。禪院家へ」

 

影の中から声をかけると、真希先輩は「おう」と短く返し、禪院家を目指して足早に進んでいった。

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