生まれ変わった世界は   作:月影うみ

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43話

――時は少し遡る。

伏黒恵が、虎杖悠仁や乙骨憂太と合流を果たす前のこと。

 

「お断りします。面倒くさい」

禪院家次期当主に指名された伏黒は、当然のようにそれを拒否した。

 

「いや悪いが受けてくれ。直毘人は恵には禪院家の財産を全て譲るって言ったんだ」

真希は必死に説得を試みる。

当主になれば、金に呪具、総監部や御三家の情報も入ってくる。

これからの死滅回游を平定するための立ち回りが大きく変わるからだ。

 

「じゃあ真希さんがやって下さいよ。ゆずるんで」

 

「今の私じゃ誰も納得しねぇし、ついてこねぇよ」

 

術式至上主義に女性蔑視。そして、非術師への徹底した差別。

禪院家に深く根付くその腐った価値観の全てが、真希が当主となることを絶対に許さない。

 

相伝の術式を継ぎ、領域を会得し、さらに五条悟に目をかけられていた伏黒であってさえ、

あの家にとっては『ギリギリ納得するライン』に過ぎないのだ。

 

 

「納得とか…禪院家の人がどう思おうと関係ないですか?

さっき言ってた恩恵は、当主になりさえすれば受けられるでしょ」

 

正論を返す伏黒に対し、真希は少しだけ目を伏せ、本音をこぼした。

 

「……まだ、私じゃダメなんだよ

私じゃ、真依の居場所を作ってやれない」

 

その言葉に込められた不器用な姉の想いを受け取り、伏黒は静かに『分かりました』と頷いたのだった。

 

---

 

そして、現在。

呪術界御三家が一つ、『禪院家』の敷地内。

真希は、忌庫へ向かって真っ直ぐに歩みを進めていた。

その足元の影の中には、十種影法術の特性を利用して『荷物持ち』として同行している月影うみが密かに潜伏している。

 

「――誰かと思ったわ」

 

突然、ねっとりとした声が上から降ってきた。

 

「酷い面やな。それもう治らんやろ。どうすんの? 真希ちゃん」

 

(うわぁ……)

影の中で、うみは思わず顔をしかめた。

いきなり人の顔の火傷を嘲笑うとは、絵に描いたような嫌な奴である。

声の主は、禪院直哉。禪院家前当主・直毘人の息子で、真希の従兄弟にあたる男だ。

 

真希は直哉の言葉を完全に無視し、スタスタと歩みを進める。

 

「どうすんのって聞いてんねんけど」

 

「女を顔で判別できたんだな。尻しか見てねぇと思ったぜ」

 

「答えろやカス」

 

(もうやだ...直毘人さん以外ってこんな人しかいないの?)

 

影の中で、うみは心底ウンザリしながらも息を潜めた。

こんな絡まれ方をして一切ペースを崩さず無視を貫く真希のメンタルは、素直に尊敬に値する。

 

直哉の嫌味は止まらない。

 

「呪術も使えん、呪霊も見えん。取り柄のお顔もグズグズ。もう誰も君のこと眼中にないで」

 

「昔みたいにまたイジメたろか?

どうすんの? 乙骨君と恵君の金魚のフン?」

 

直哉のねちっこい声を背後に置き去りにし、真希はさらに敷地の奥深くへと足を進める。

 

広大な禪院家の敷地。

いくつもの建物を抜け、やがて木々に囲まれた薄暗い一角――忌庫へと続く石段が見えてきた。

 

だが、その石段の前に、一人の人影が立ち塞がっていた。

 

和服姿の中年女性。

真希と真依の、実の母親だった。

 

「真希。戻りなさい

忘れたの? 忌庫への立ち入りは私達に許されていないの」

 

「当主様がいいって言ってんだよ」

 

真希が短く返す。

 

「戻りなさい!!」

 

母親の金切り声が響いた。

 

「……どうして? どうしてアナタはいつもそうなの?」

 

「一度くらい、産んで良かったと思わせてよ……真希」

 

(……)

 

影の中で、うみは思わず顔をしかめた。

いくら禪院家という環境がそうさせたのだとしても、あまりにも胸糞が悪い言葉だ。

 

――だが。

 

(……なんだ? この違和感)

 

紡がれた言葉は確かに最悪なのだが、うみはその声色に奇妙な引っかかりを覚えていた。

言葉そのものと、そこにこもっている感情が、どこか噛み合っていないような……。

まるで、是が非でも『この先』へ行かせたくないような、得体の知れない必死さ。

 

(……気のせいか?)

 

そんなうみの疑問を他所に、真希は母親の言葉に何も答えず、

ただ冷たい視線を向けた後、忌庫の重厚な扉へと向かった。

 

ジャラジャラと鎖を解き、伏黒から預かった鍵を鍵穴に差し込む。

ガキッ、と重い音を立てて鍵が開き、真希は扉を押し開けた。

 

忌庫の中は薄暗く、埃っぽい空気が漂っている。

真希が石造りの通路を奥へと進んでいくと―

 

「親父……!!」

 

薄暗い忌庫の最奥。

そこに胡坐をかいて座っていたのは、日本刀を傍らに置いた初老の男。

禪院扇。真希の実の父親だった。

 

「ここに呪具はないぞ。真希」

 

扇は鋭い眼光で真希を見据える。

 

「オマエ()の動向を見越して、空にしておいた」

 

(……達? オマエじゃなくて?)

 

影の中で、うみは扇の言葉に引っかかりを覚えた。

『オマエ達』。真希がここへ来ることは事前に読まれていたようだが、それなら『オマエ』で済むはずだ。

自分の存在がばれているのか? はたまた他に誰かが来ているのか?

 

その疑問に対する答えは、すぐに真希の悲痛な叫びによって明らかになった。

 

「真依……!!」

 

真希の視線の先。

扇の後方、冷たい石の床の上。

血だまりの中に、うつ伏せに倒れ伏す禪院真依の姿があった。

 

「……なんで来たのよ、馬鹿」

 

掠れた、弱々しい真依の声が響いた。

 

---

 

――同刻。禪院家の奥座敷にて。

 

「こうする気やったら始めっからそう言えや」

ソファーにだらしなく座る直哉が、不満げに口を尖らせた。

 

「オマエが先走りすぎなんだ、直哉」

甚壱が冷たい声でたしなめる。

 

「確かに伏黒恵はオマエより幾分マシだ」

腕を組んだ甚一が、忌々しげに同調する。

 

「五条家との関係修復の契機として、彼を後押しする声も少なくない

だが全財産を伏黒恵に譲るというのは俺達も到底納得できない」

 

甚壱の言葉に、直哉が鼻を鳴らす。

「じゃあ何をトロついとったん?」

 

「伏黒恵は五条家だけでなく、

加茂家次代当主 加茂憲紀とも友好な関係を築いている

理由もなく消せば立場を悪くするのは我々禪院家。

五条悟が封印され変動する勢力争いに遅れをとることになる」

 

甚壱の言葉に、直哉は納得したように肩をすくめる。

 

「それはわかったけど、なんで今なん?」

 

甚壱は、その言葉に軽く直哉を睨みつける

 

「……総監部の通達をろくに聞いていないな

『三、五条悟を渋谷事変共同正犯とし呪術界から永久追放、かつ封印を解く行為も罪と決定する』

利用しない手はない」

 

甚壱の言葉に、直哉は下品な笑い声を漏らした。

 

「くっくっくっ……実の娘も殺した方が信憑性が増すもんなぁ。」

 

「ああ。それにより総監部からの信頼もより強固となる」

 

「でもそれでいいん? 扇のオジさんは」

 

直哉の挑発的な問いに、甚壱は短く答えた。

 

「この一件、発案者は扇だ」

 

---

 

忌庫の中。

静寂に包まれた薄暗い空間で、扇がゆっくりと立ち上がり、刀に手をかけた。

 

「五条悟解放を企てた謀反者として――

伏黒恵、真希、真依を、誅殺する」

 

(……なるほど、そういうことか)

 

影の中で、うみは一つの事実に思い至っていた。

忌庫の前で立ち塞がった、真希と真依の母親。

彼女のあの冷たい言葉の裏に隠れていた、異常なまでの焦燥と必死さ。

 

あれは、決して娘に対する単なる嫌悪などではない。

この忌庫の奥で、扇が真依を血祭りにあげ、真希をも『始末』しようと待ち構えていることを知っていたからだ。

だからこそ、是が非でもこの死地へ娘を行かせまいと、あんな不器用で悲痛な叫びを上げていたのだ。

 

「……そうか」

 

真希は、血だまりに倒れる真依から視線を外し、扇を真っ直ぐに睨みつけた。

 

「なら、遠慮はいらねぇな」

 

真希は、背中に背負っていた長細い布包みを解いた。

中から現れたのは、刃の峰に機械的なギミックを備えた大剣。

禪院家へ来る前に立ち寄った、組屋鞣造の工房(アトリエ)から持ち出した傑作。呪具『竜骨』。

 

「何故前当主が、私ではなく直毘人(あに)だったか 知っているか?」

 

扇が構えを取る。

 

刀を静かに鞘へと納め、腰を深く落とした居合いの構え。

 

――落花の情

 

扇の周囲の空気が、ピリッと張り詰める。

纏った呪力により、触れたモノを自動で迎撃する領域対策の術。

それを、居合いによる迎撃に転用した扇の奥義。

 

(……へぇ)

 

影の中で、うみの『六眼』がその術理を的確に分析する。

 

(あれが御三家の秘伝『落花の情』。

居合いに転用してるのか……初めて見たけど、構造自体は簡易領域よりは簡単そうかな)

 

万が一の交渉材料として生かした真依、未知の呪具を所持する真希。

それら不測の事態に備えつつ、渾身の一振りを放つための構え

 

「テメェが子供を殺せるクソ野郎だからだろ」

 

真希は扇の問いに吐き捨てながら、無言で床を蹴った。

呪具の効力を知られていないアドバンテージ。それを最大限に生かすため、あえてその迎撃の構えへと一気に肉薄する。

 

キンッ!!

 

鋭い金属音が響く。

扇が放った神速の居合いを、真希は竜骨の幅広な刀身で――一撃目で受け流した。

衝撃を殺しきれず体勢を崩しかけるが、真希は強靭な足腰で踏ん張り、すぐさま返す刀で二撃目を放つ。

 

「シッ!」

 

「違う!!」

 

扇が真希の二撃目を迎え撃とうと、刀を振るいながら怒号を響かせた。

 

「それは、子供のオマエ達が、出来損ないだからだ……!!」

 

(……は?)

 

影の中に潜むうみは、その言葉に絶句した。

自分が当主になれなかった理由を、己の不甲斐なさではなく、実の娘たちのせいにしている。

どこまで腐りきれば、そんな思考回路に行き着くのか。

 

真希の気迫と共に、竜骨の峰から先ほど蓄積された衝撃と呪力が爆発的に噴出した。

その莫大な推進力が乗った刃が、扇の刀を真正面から打ち据える。

 

バキィッ!!

 

鈍い音と共に、扇の刀の刀身が中ほどから無残にへし折れ、宙を舞った。

 

(勝った……!)

 

真希はトドメとなる三撃目を振りかぶった。

 

――その瞬間。

 

「――っと」

 

真希の足元の影がドロリと歪み、そこから伸びた一本の腕が、真希の襟首を後ろから強く引っ張った。

 

「えっ!?」

 

勢いよく踏み込もうとしていた真希の身体が、強引に後方へと引き倒される。

 

そのままドスン、と尻餅をついた真希は、突然の出来事に目を見開いた後、

影から滑り出るように姿を現した少年を睨みつけた。

 

「オマエ……! なんで邪魔すんだよ!!」

 

「……真希先輩、油断しすぎです」

 

うみは、軽い口調でため息をつきながら、扇の方を顎でしゃくった。

 

「あっち、見てください」

 

言われて真希が視線を戻すと――

 

ボォォォッ!!

 

「……!?」

 

折れたはずの扇の刀身から、炎が噴き出し、新たな『刃』を形成していた。

 

術式『焦眉之赳』。

 

もしあそこでうみが真希を引っ張っていなければ、

三撃目を振り下ろす無防備な真希の身体を、その炎の刃がカウンターで両断していたはずだった。

 

「なんで……折ったハズの刀身が……!?」

 

「そもそも禪院家で露骨に虐げられてない時点でそこそこの術式は警戒しとくべきですよ」

 

冷や汗を流す真希の横で、うみがやれやれと肩をすくめる。

 

「……うみ……くん……?」

 

少し離れた血だまりの中から、掠れた、信じられないものを見るような声が響いた。

倒れ伏したままの真依が、痛みを堪えて目を見開いている。

渋谷でその無事を確認したとはいえ、

まさか姉の影に潜んでこんな場所へ同行しているなど、夢にも思わなかったのだろう。

 

「貴様、何者だ!! どこから入った!!」

 

不意を突かれた扇が、怒号を上げながら一旦距離を取る。

 

そして、立ち上がったうみの顔――正確には、その両目を見て、驚愕に顔を歪めた。

 

「その眼……六眼!? 五条悟の飼い犬か!!」

 

「ご名答。……でも、アンタみたいなクズに名乗る名前はないんで」

 

うみは、いつもの目隠しを外し、剥き出しになったその瞳で扇を静かに見据えていた。

 

空の果てを思わせる、蒼く澄んだ『六眼』。

 

その奥に、明確な怒りと冷たい殺意を宿して、禪院扇を捉えている。

 

「自分が当主になれなかったのを娘のせいにして、その娘を殺して点数稼ぎとか。

……情けないですね。禪院の名が泣きますよ?」

 

「小童が……!! 舐めるなァ!!」

 

扇の怒りが頂点に達し、折れた刀身から噴き出す炎がさらに爆発的に燃え盛る。

『焦眉之赳』による灼熱の刃が、うみを両断せんと凄まじい速度で振り下ろされた。

老齢とはいえ特別1級術師。その剣閃は決して侮れるものではない。

 

だが。

 

「……」

 

ガキィィィンッ!!

 

忌庫の中に、硬質な金属音が響き渡った。

 

「なっ……!?」

 

扇が驚愕に目を見開く。

炎を纏った必殺の刃が、真正面から弾き返されていた。

 

うみの右手には、足元の影からスッと引き抜かれた一振りの日本刀が握られていた。

 

「術式もなしに、ただの刀で私の刃を……弾いただと!?」

 

うみは刀を軽く振って構え直し、冷たく告げた。

 

「アンタの言う『出来損ない』と同じ土俵――『刀』だけで、相手してあげますよ」

 

「舐めるなァァァ!!」

 

扇が完全に理性を飛ばし、猛然と斬りかかってくる。

袈裟斬り、逆袈裟、突き。

炎の軌跡が忌庫の暗闇に幾重にも描かれる。

 

だが、うみはその全てを、最小限の動きと剣捌きで完全にいなしていく。

呪力による身体強化すら、あえて今の真希のフィジカルと同等になるほどにしか施していない。

彼が頼るのは、強化睡眠記憶による超学習で積み上げてきた『純粋な剣術の経験値』のみ。

 

「ッ、チィィィ!!」

 

怒りに任せ、大振りになった扇の剣閃。

うみにとって、理性を飛ばした力任せの太刀筋など、幾度となく潜り抜けてきた死線に比べれば児戯に等しかった。

流れるような刃の軌道で炎の剣をいなし、その勢いを利用して扇の体勢を崩す。

 

(当たらない……! こいつ、本当に術式を使っていないというのか……!?

いや、それどころか、呪力の気配すら殆ど感じない……!!)

 

扇の焦りが、徐々に剣筋をさらに乱していく。

 

「遅いですね」

 

うみの声が、扇の懐――完全に死角となる位置から響いた。

 

「っ!?」

 

「その程度の剣術で、よく御三家の当主になれると思いましたね」

 

ガンッ!!

 

うみの刀の峰が、扇の鳩尾を正確に打ち据える。

 

「ガ、ハッ……!?」

 

呼吸を完全に持っていかれ、扇の体がくの字に折れ曲がる。

圧倒的な才能に加え、常人の何十倍もの密度で積み上げてきた技術の差。

それは、呪力や術式といった土台を取り払った時、より残酷なまでに明白となる。

 

「ヒューッ……ハッ……!」

 

膝から崩れ落ちそうになる扇。

うみはそれを冷ややかに見下ろし、定的な事実を突きつける。

 

「娘のせいにするな。

あんたが当主になれなかったのは、

あんたが弱いからだよ」

 

ザシュッ!!

 

冷酷な刃の閃きが、忌庫の暗闇を切り裂いた。

扇の首が、呆気なく胴体から滑り落ちる。

遅れて噴き出した血が石畳を赤く染め、

特別1級術師である禪院扇は、その身勝手な怨嗟の言葉すら残す間もなく絶命した。

 

うみは血濡れた刀を軽く振り払い、静かに鞘へと収めた。

そして、へたり込む真希の方へ振り返り、少しだけ気まずそうに頭を掻いた。

 

「……すみません、真希先輩」

 

「……え?」

 

「こういうのって、本来は真希先輩自身でケリをつけたかったんだろうなって思うんです。禪院家との因縁というか、決別のために」

 

うみは、冷たくなった扇の死骸を一瞥し、忌々しげに吐き捨てた。

 

「……でも、我慢できませんでした。あんなクズの相手、先輩がこれ以上する必要ないです」

 

真希は、うみの言葉に少しだけ目を伏せ、やがて短く息を吐いた。

 

「……気にしてねぇよ。私が弱かったからだしな」

 

ギリ、と真希が拳を握りしめる。

実際、うみが介入していなければ自分はあの炎の刃で真っ二つにされていた。

その事実と自らの不甲斐なさを噛み殺すように、真希は首を横に振った。

 

「それよりも、今は真依だ!」

 

真希は慌てて立ち上がり、血だまりに倒れる真依へと駆け寄った。

うみもそれに続く

 

真依の傍らに膝をついた真希は、その周囲に広がるおびただしい血だまりを見て血の気を引かせた。

 

「真依……! しっかりしろ!!」

 

「傷口自体は一応血が止まってますが……今まで流れた血の量が多すぎる。このままだと失血によるショックで長くは持ちません」

 

「……っ! 何か、治す方法はねぇのか! 硝子さんのところに連れて行くまで……!」

 

焦燥する真希に対し、うみは少しだけ思考し、不意に問いかけた。

 

「真依先輩、血液型って何型ですか?」

 

「……は?」

 

真依が、痛みに顔を歪めながらも怪訝そうに視線を向ける。

隣の真希も「こんな時に何言ってんだ」とばかりに戸惑いの声を上げた。

 

「……O型、だけど……。あんた、何する、つもり……」

 

掠れた声で真依が答えると、うみは「見てれば分かりますよ」と短く返した。

 

そして腰の刀を少しだけ引き抜くと、躊躇うことなく自らの右手首を浅く切り裂いた。

 

「なっ……!?」

 

ツゥッと流れ出した自身の血を、うみは空中に浮遊させる。

 

加茂家相伝『赤血操術』。

 

「『血因書換』」

 

宙に浮いたうみの血が、ぼわっと微かな呪力の光を帯びて変質する。

 

本来、他者の体内に入れれば拒絶反応を起こす血液。

 

その組成を『O型』のものへと書き換える

 

――血因書換

 

これはうみが独自に開発した拡張術式。

 

『自身の体外に出た血液限定』かつ『体外に出てから5分以内の血液に限る』という縛りのもと、

 

血液組成の改変という本来あり得ない現象を成立させている。

 

安全な場所で行えば有用な医療技術だが、いつ敵に襲われるか分からない戦場で自ら大量の血を流すなど、

 

貧血による意識混濁や死のリスクを跳ね上げる自殺行為に等しい。

 

だが、うみは躊躇うことなく、書き換えた血液を真依の傷口から直接体内の血管へと流し込んでいく。

 

「……うみ、お前」

 

真希がその光景に息を呑む。

 

失われた血を、うみ自身の血で直接補う『呪術による強引な輸血』。

 

「……ふぅっ……」

 

数十秒後。真依の顔にほんのわずかだが血色が戻ったのを確認し、うみは術式を解いて自身の手首を止血した。

 

失われた血液が補填されたことで、死の淵にあった真依の呼吸が少しずつ力強さを取り戻していく

「……ゲホッ、はぁっ……」

 

痛みに顔を歪めながらも、真依が自力で上体を僅かに起こした。少なくとも、失血死はないだろう

 

「真依!」

真希が安堵の声を上げた、その時だった。

 

グラリ、と。

当然ながら短時間で大量の血を失ったうみの身体が、大きく揺らいだ。

 

「おい、うみ! 大丈夫か!?」

真希が慌ててうみの肩を支える。

 

「……ちょっと、貧血気味ですけど。大丈夫です」

うみは青白い顔で力なく笑うと、自身の足元の影に手を入れて小さな小瓶を取り出した。

中に入っていた赤黒い丸薬――自身で調合した『造血丸』を数粒取り出し、水もなしにそのまま飲み込む。

 

「すぐにってわけにはいかないですけど……しばらくすれば元通りになりますから」

 

「真依先輩、血は足りてきましたか? まだ無理して動いちゃダメですよ。とりあえず止血と補填はしましたけど、絶対安静なんで」

 

「……あんた、相変わらず……無茶苦茶ね……」

 

真依が弱々しく、しかし呆れたように笑みを作った。

 

――その時だった。

 

カンッ、カンッ、カンッ、カンッ……!!

 

忌庫の外から、遠くけたたましい警鐘の音が響き渡ってきた。

 

「……警鐘?」

 

真希がハッとして振り返り、鋭い目をする。

 

「……どうやら、面倒なことになったみたいですね」

うみが小さく息を吐いた。

 

---

 

――同刻。禪院家、奥座敷。

 

カンッ、カンッ、カンッ……!!

 

「警鐘? なんややかましい」

 

ソファーに寝そべっていた直哉が、不快そうに顔をしかめる。

その傍らに座っていた甚壱も、窓の外へ視線を向けた。

 

ドタバタと慌ただしい足音と共に、一人の若者が血相を変えて奥座敷へ駆け込んできた。

『炳』のメンバー、禪院蘭太だ。

 

「甚壱さん!!」

 

「蘭太か」

 

甚壱が立ち上がると、蘭太は息を切らしながら叫んだ。

 

「真希が乱心しました!! 扇さんを殺害!!

現在躯倶留隊が処理にあたっています!!」

 

「……は?」

 

直哉が呆れたように鼻を鳴らす。

「あのカスが? 扇のオジサンを? 冗談やろ」

 

一方、その頃。

忌庫から続く薄暗い通路を抜け、外の空気を吸い込んだうみたちの前に広がっていたのは――異様な光景だった。

 

「いたぞ!! 噂の間だ!!」

「報告にないガキが一人同行しているぞ!! 目視で確認!!」

 

忌庫の周辺をぐるりと取り囲むように、和装に口元を布で覆った男たちが、

刀や得物を構えてズラリと立ち並んでいた。

その数、ざっと数十人。松明の炎が、彼らの殺気を帯びた目を照らし出している。

 

「囲め、囲めぇ!!」

 

完全に包囲された絶体絶命の状況。

だが、うみは焦る様子もなく、ただ首を傾げて隣の真希に尋ねた。

 

「……真希先輩。この人たちは?」

 

「『躯倶留隊』だ」

 

真希は、意識のない真依を庇うように立ちながら、鋭い目で男たちを睨みつけた。

「術式を持たない禪院家男児は、入隊を義務付けられてる。

……私も高専入るまではあそこに籍を置いていた」

 

「へぇ……」

うみはぐるりと周囲の男たちを見回す。

一人一人の呪力はたかが知れている。だが、全員が鍛え抜かれた肉体と殺気を放っており、

統制の取れた動きでじりじりと包囲の輪を狭めてきていた。

 

「どうする、うみ」

真希が油断なく身構える。

彼女の両腕は真依を支えるために塞がっており、万全の態勢で戦うことは難しい。

 

「真希先輩は真依先輩を守っててください

……すぐ終わらせます」

 

うみのその言葉と態度に、包囲していた躯倶留隊の男たちが一斉に青筋を立てた。

 

「舐めるなよ、ガキが!!」

「かかれぇ!!!」

 

信朗の怒号を合図に、数十人の男たちが一斉に得物を振りかざし、うみへと殺到する。

前後左右、逃げ場のない四方からの同時攻撃。

 

うみは静かに目を閉じ、そして――眼帯を外した。

剥き出しになった蒼く澄んだ『六眼』が、眼前に迫る群衆の動きを、筋肉の収縮から血流、呪力の微細な流れまで、すべてスローモーションのように捉える。

 

ドンッ!!

 

うみの姿が、文字通り『かき消えた』。

術式による補助ではない。極限まで洗練された呪力強化による、純粋な脚力のみでの爆発的な踏み込み。

 

「なっ――」

 

先頭を走っていた男が驚愕の声を上げる間もなく、うみの白刃がその胴体を無慈悲に薙ぎ払った。

鮮血が夜の空気を切り裂く。

 

ザシュッ! ガギィッ! ズバァッ!!

 

特級呪霊たちと渡り合ってきたうみにとって、術式すら持たない彼らの動きなど止まって見えるに等しい。

男たちが構えた刀や棍棒ごと、圧倒的な速度と重さを伴った刃がその肉体を次々とバッサリと両断していく。

 

「ヒッ……!?」

「ば、化け物……!! 囲め、隙を――ギャアッ!?」

 

悲鳴が上がるたびに血飛沫が舞い、躯倶留隊の男たちが次々と崩れ落ちる。

開戦から、わずか数十秒。

数十人いた躯倶留隊は、誰一人としてうみに触れることすらできず、血の海に沈んで全滅した。

 

血に濡れた刀をだらりと下げ、死体の山の上に立つうみ。

圧倒的な暴力の蹂躙。

その後ろ姿は、かつて禪院家を恐怖に陥れた『天与の暴君』を彷彿とさせるほどの凄みがあった。

 

「うーい 首尾はどうだい?」

 

静まり返った血の海に、場違いなほど軽い声が響いた。

建物の縁側の襖が開き、躯倶留隊隊長の禪院信朗が姿を現す。

シメは自分がやるなどと豪語し、悠然と遅れてやってきたのだ。

 

だが、信朗は目の前の光景に言葉を失い、ハッとして立ち止まった。

「あっ」

 

血の海に沈む部下たちと、その中心で刀を下げるうみを見て、信朗は冷や汗を流して呟く。

 

「びっくらポンだぜ……」

 

その言葉を合図にするように。

 

ゴゴゴゴォォォォォォォンッ!!!

 

うみたちの足元から、凄まじい地響きと共に、地面を砕いて巨大な石と土で構成された『両手』が突き出してきた。

 

(……下から!!)

 

うみは足元の異常な呪力に気付く。

標的はうみだけでなく、背後にいる真希と真依も含んでいた。

 

「真希先輩!!」

 

うみは咄嗟に振り返り、真希と真依の身体を強引に圏外へと突き飛ばした。

 

「うみっ!?」

 

真希が体勢を崩しながら声を上げる。

 

(こっから回避は無理か……仕方ない)

 

直後、巨大な岩の両手が、真希たちを逃がしたうみの身体を左右から完全に挟み込んだ。

 

ガァァァァァァンッ!!!

 

凄まじい轟音と土煙が舞い上がる。

 

「長寿郎さんの術式……!!」

 

躯倶留隊の生き残りである信朗が歓喜の声を上げる。

建物の瓦礫が降り注ぐ中、巨大な腕がうみを完全に押し潰したかに見えた。

さらに、その巨腕の死角から、蘭太と甚壱が姿を現した。

 

「ははっ、やりやがった……!」

信朗が安堵の笑みを浮かべた、その瞬間。

 

ピキッ……

 

巨大な岩の腕に、亀裂が走った。

 

「……え?」

 

メキメキメキッ!!

岩の腕が内側から押し広げられるように歪み、そして――

 

ズバァァァンッ!!!

 

巨大な岩の腕が、内側から木端微塵に粉砕された。

 

「なっ……!?」

「長寿郎さんのアレをくらって……なんで動ける……!?」

 

信朗や蘭太が驚愕に目を見開く。

粉砕された岩の中から姿を現したうみは、服に埃一つついていなかった。

 

「……あーあ。術式は隠しときたかったんだけどなぁ」

 

信朗と長寿郎の間に、うみが立っていた。

反応を許すこともなく、冷酷な刃の閃きが信朗と長寿郎の首を刎ね飛ばす。

 

蘭太の視線がうみを捉えた瞬間、うみの身体に強烈な見えない枷がのしかかる。

対象の動きを強制的に縛る強力な術式。

うみの足が、ピタリと止まった。

 

(……なんだ、これ?)

 

突然の身体の硬直に、うみは内心で首を傾げる。

目に見えない強力な拘束力。筋肉の動きだけでなく、呪力操作による機動すらも強制的に押さえつけられているような感覚だ。

 

(……ちょっと、すぐには動けそうにないな)

 

「甚壱さん!!」

 

「そのまま止めてろ!! 蘭太!!」

 

甚壱が怒号を上げ、術式を発動する。

 

「止……止めきれ、ない……!!」

 

だが、蘭太の術式をもってしても、うみの異常な呪力出力を完全に抑え込むことは難しく、

蘭太の目や鼻から限界を超えた証である血が吹き出す。

 

(なるほど、棘先輩と同じで、相手との力量差で反動が出るタイプか)

 

「蘭太!」

 

血を吐きながら術式を維持する蘭太の姿に、甚壱が思わず声を上げる。

だが。

 

「構うな!! 甚壱さん!!」

 

血を吐きながら、蘭太が悲痛な声で叫んだ。

 

「あんな化物と敵対したんだ!! ここで確実に仕留めなきゃ、禪院家に未来はない!!」

 

「ここで!! 今!! 殺すんだ!!」

 

蘭太の決死の叫びに応えるように、甚壱の術式が全開になる。

 

虚空から無数の巨大な『拳』が出現し、動きを止められたうみを圧殺せんと一斉に降り注いだ。

回避不能の質量攻撃。

 

ダダダダダダダダダダダダダダダンッ!!!!!

 

無数の拳が、うみの立っていた場所を跡形もなく粉砕していく。

中庭の石畳が砕け、土煙が周囲一帯を完全に覆い尽くした。

 

「……やった、か……」

 

血まみれの蘭太が、膝をつきながら呟く。

甚壱も荒い息を吐きながら、土煙の奥を睨みつけた。

 

だが。

 

土煙がゆっくりと晴れていく中、そこにあったのは――

無残に押し潰された死体ではなく、退屈そうに首を回す少年の姿だった。

 

「……え?」

 

血まみれの蘭太の口から、間抜けな音が漏れる。

 

土煙が完全に晴れた中庭。

甚壱の猛攻を受けたその場所は、石畳が跡形もなく粉砕され、巨大なすり鉢状のクレーターと化していた。

 

だが――うみが立っているその足元。

彼の周囲数十センチの円形の空間だけが、

まるでそこだけ別の世界から切り取られたかのように、一切の傷もなく、平らな石畳のまま綺麗に残っていたのだ。

 

無数の巨大な拳は、うみの身体はおろか、その足元の地面に触れる数センチ手前で、

すべて見えない壁に阻まれて停止し、砕け散っていた。

 

「やっぱり無茶苦茶だなぁ。あの人の術式は」

 

「……ウソ、だろ……甚壱さんの術式を、無傷で……」

 

絶望に染まる蘭太と甚壱を前に、うみは血濡れた刀を静かに鞘へ納めた。

そして、ゆっくりと右手を前へと突き出す。

 

「『術式順転・蒼』」

 

ドォォォォォォンッ!!!

 

放たれた青い引力が、空間ごと、甚壱と蘭太、そして長寿郎の残骸を丸ごと削り取った。

彼らが立っていた場所の建物ごとブラックホールのように吸い込まれ、一瞬にして爆散する。

 

「……ッ!!」

 

凄まじい風圧が中庭を吹き抜け、後にはただ、大きく抉り取られた地面だけが残った。

命を懸けた『炳』の幹部たちは、文字通り跡形もなく消し飛んだ。

 

……静寂。

数十秒前まで怒号と殺気に満ちていた中庭は、今や血の海と、完全な更地に成り果てていた。

 

その中心で、うみは軽く肩を回し、小さく息を吐いた。

 

「……ふぅ。とりあえず、こんなもんですかね」

 

「……」

 

背後でその光景を見ていた真希が、完全に言葉を失っている。

 

パチ、パチ、パチ。

 

不意に、乾いた拍手の音が、無惨に抉り取られた中庭に響き渡った。

 

「いやぁ、ひっどい有様やなぁ。炳の連中までチリ一つ残らんとは」

 

縁側の奥から、着物の袖をまくり上げながら、一人の男が悠然と姿を現す。

禪院直哉だ。

彼は足元の更地と血の海を底冷えするような目で見下ろし、大げさに肩をすくめた。

 

「自分らと同じ術師……それも名家である禪院の人間をここまで惨たらしく殺して、君ら……人の心ないんか?」

 

嘲笑うかのようなその問いかけに、うみは冷たく言い放った。

 

「……あるが故、ですけど?」

 

「……あん?」

 

「当然であるかのように真依先輩や真希先輩を傷つけようとする、

アンタらのその腐りきった考え方が気に入らないんです」

 

うみの蒼い瞳が、直哉を底冷えするような視線で射抜く。

 

「これでも俺、結構情動的なんですよ」

 

「そうかいな」

 

直哉はゆっくりとうみの方へと歩み出る

 

死に晒せ」

 

ドンッ!!

 

直哉の姿が、極限のスピードでブレた。

「速っ……!」

背後で真希が思わず声を上げるほどの圧倒的な速度。

 

だが、うみは慌てず、眼帯の奥の『六眼』で直哉の動きを捉えようとする。

 

(……右からの回し蹴り)

 

直哉の攻撃を躱してカウンターを入れようと身を沈める。

だが――

 

(……え?)

 

うみの六眼が予測した軌道から、直哉の動きが『ズレた』。

人間としての自然な慣性や体重移動を完全に無視した、不自然極まりない軌道変更

 

「遅いなぁ!」

 

予測を外されたうみの顔面に、直哉の掌がピタリと触れる。

 

「っ……!」

 

うみが咄嗟に距離を取ろうとした、その瞬間だった。

 

ピタッ。

 

うみの身体が、空中で完全に硬直した。

るで、一枚のアクリル板のパネルに閉じ込められたかのように、指先一つ動かすことができなくなる

 

(なんだ、これ…… 体が、急に固まった……!?)

 

うみの思考だけが、現状を理解できずに警鐘を鳴らす

 

「なんや、その程度かいな」

 

硬直して宙に浮いたままのうみのパネルに向かって、直哉が冷酷な笑みを浮かべて踏み込む。

1秒間の完全な無防備。

そこに、投射呪法の異常な加速が乗った渾身の一撃が叩き込まれた。

 

パァァァンッ!!!

 

うみのパネルが粉砕されると共に、凄まじい衝撃がうみの腹部を打ち抜く

 

うみの身体が砲弾のような速度で吹き飛ばされる。

そのまま中庭の瓦礫の山へと激突し、凄まじい土煙を巻き上げた。

 

「うみ!!」

真希が焦燥の声を上げる

 

「あーあ、つまらん。悟くんの出来損ないやな」

直哉は血のついた手を着物で拭いながら、土煙の上がる瓦礫の山を見下ろして鼻を鳴らす。

 

「見掛け倒しもええとこや。さっさと死ねや」

 

(いてて……どうしたもんかな)

 

瓦礫の山の中で、うみは砂埃にまみれながら内心で首を傾げていた。

直哉の攻撃を受ける直前、無下限呪術を展開しようとしたが、

身体が強制的にフリーズさせられたことで呪力操作が乱れ、防ぎきれなかったのだ。

 

(無下限を常時展開にして全部弾くのは簡単だけど……あれに頼りすぎるのも良くないよなぁ)

 

何より、今は造血丸を飲んだばかりで貧血気味だ。無下限の常時展開は脳への負荷が大きすぎる。

それに、この不気味な現象の『タネ』を見破るためには、後何度かはこの目で相手の動きを観察する必要があった。

 

うみは土煙を払いながら、ゆっくりと瓦礫の山から立ち上がった。

 

「ゲホッ……まぁ、ご挨拶ですね」

 

「……あん? まだ生きてたんか」

直哉が、心底つまらなそうに鼻を鳴らす。

 

「あのまま寝てれば楽に死ねたのに。次は首の骨折ったるわ」

 

ドンッ!!

 

直哉が再び極限のスピードでブレる。

うみは『六眼』を限界まで見開き、迫りくる直哉の不自然な軌道を追う。

 

(さっきより速くなってるな……

術式の構造は大体視えてきたけど、動けなくなる仕組みがなぁ)

 

直哉の拳が、うみの顔面を的確に捉える。

だが、うみは咄嗟に腕を交差させ、ギリギリでその一撃をガードした。

 

ドガァッ!!

 

「っ……!」

重い衝撃が腕を伝う。ガードしたまま、うみの身体が数メートル後方へ滑った。

 

「チッ、しぶといガキやな!」

直哉の超高速の連撃が、雨霰と降り注ぐ。

うみは反射線を駆使して致命傷を避けつつも、その異常な加速と予測不可能な軌道変更の前に、防戦一方となる。

 

「……なんで、あんな屑どものためにそこまで頑張るん?」

 

怒涛の格闘戦の中。

直哉が、理解不能だというように苛立った声を上げた。

 

「自分、呪力も多いし、六眼なんてええ目も持っとる。術式も悟君とおんなじや。

……やのにどうして、あんな奴らのために戦うん?」

 

直哉の重い蹴りが、うみのガードを弾き飛ばす。

 

「一人は、術式どころか呪力もない出来損ない。もう一人は、ゴミみたいな術式に少ない呪力量」

 

直哉は、倒れ伏す真依と、それを庇う真希を蔑むように一瞥し、吐き捨てた。

 

「あんな底辺のカス共、放っとけばええやんけ」

 

その、心の底からの見下した言葉。

 

禪院家という呪いの坩堝で煮詰められた、純粋なまでの『才能至上主義』と『差別』の結晶。

 

ガードを弾かれ、体勢を崩したうみだったが、その顔に焦りはなく、ただ冷たく細められた瞳で直哉を見据えた。

 

「……それ、なんか関係あります?」

 

うみは空中で身を捻り、足元の反射線を蹴って着地した。

 

「あん?」

 

直哉が不快そうに眉をひそめる。

 

「呪力がどうとか、術式がどうとか。……俺にとってはどうでもいいんですよね」

 

うみは刀の柄に手をかけ、直哉を底冷えするような蒼い瞳で射抜いた。

 

「術式が強かろうが弱かろうが、呪力が有ろうが無かろうが。

 

真依先輩は真依先輩だし、真希先輩は真希先輩です」

 

「俺は、あの二人だから助けるだけ。アンタだったら、絶対助けてないですよ」

 

うみは、明確な嫌悪を含んだ声で、はっきりと告げた。

 

「俺、アンタのこと嫌いだもん」

 

その言葉に。

 

直哉の整った顔が、ピクリと引き攣り、これ以上ないほどの『怒り』に歪んだ。

 

「……言うに事欠いて、この俺とあんなゴミカスを比べよるか」

 

直哉の周囲の空気が、再び異常な密度で圧縮される。

 

「なら、そのカス共と一緒に仲良く死に晒せ!!」

 

ドンッ!!

 

直哉の姿が、先ほどよりもさらに速い、極限のスピードでブレた。

怒りに任せた、投射呪法の最高速による突進。

 

(コマ送りのように切り取られた空間の移動。

人間としての自然な慣性や体重移動を無視した軌道)

 

直哉の掌が、うみの顔面を捉えんと目前まで迫る。

 

(なるほど。タネが分かれば、対処は簡単だ)

 

パシッ。

 

直哉の掌が、うみの肩に触れた。

 

「かかったなぁ! そのまま――」

 

直哉が冷酷な笑みを浮かべ、フリーズしたうみのパネルを粉砕しようと踏み込んだ。

だが。

 

「……え?」

 

うみの身体は、フリーズしていなかった。

硬直するどころか、直哉の掌をふわりといなし、滑らかな動作で刀の柄に手をかけている。

 

「なっ……!?」

 

「1秒間を24分割して、あらかじめ自分の頭で作った動きをトレースする。

それに触れられた相手も、同じように24フレームの動きを作らなきゃフリーズする……ってルールですね」

 

うみは、驚愕に目を見開く直哉の目の前で、淡々と術式の仕組みを語り出した。

 

「古い歴史がある御三家相伝の術式にしては、随分と現代的でアニメチックですね」

 

直哉の顔に、明確な焦りが浮かぶ。

自分の術式のルールを完全に看破された上に、それに適応して24フレームの動きを即座に作り上げたというのか。

 

「それに」

 

うみは、動揺する直哉を底冷えするような蒼い瞳で射抜いた。

 

「あらかじめ動きを設定するってことは、途中で軌道の修正ができないってことだ。

使い続ければどんどん加速していけるみたいですけど……結局は『アンタの頭で想像できる程度の動き』しかできない」

 

「ッ!!」

 

「ただ速いだけ。想像力が足りないよ」

 

その痛烈な煽りに、直哉のプライドは粉々に砕け散り、沸点を超えた。

 

「舐めるなァァァ!!」

 

直哉はさらに加速し、うみへ向かって最高速の突進を仕掛ける。

 

何重にも重なる残像が、四方八方からうみを包み込むように動き回る。

圧倒的なスピードによる、視覚の蹂躙。

 

だが、うみは全く動じず、ただ静かにその場に立ち尽くしていた。

 

眼帯を外した『六眼』が、直哉の筋肉の収縮、重心の移動、呼吸のタイミング、その全てを恐ろしい精度で情報化していく。

そこに、うみがこれまで強化睡眠記憶で培ってきた膨大な戦闘経験のデータが組み合わさる。

 

(相手を心の底から見下しているからこそ、攻撃の起点は常に単調。

軌道をどれだけ複雑に設定してフェイントを混ぜようが、最後は必ず『自分の優位を確信した最短距離』で首か顔を狙ってくる)

 

超高速で動き回る直哉が次に作る「24フレーム」の終着点が。

うみの目には、まるで未来予知のように、一本の明確な線となってはっきりと視えていた。

 

「死ねやァ!!」

 

直哉が、うみの完全な死角――背後上段から必殺の手刀を振り下ろす。

完璧な軌道。回避不能のタイミング。直哉は自身の勝利を確信した。

 

だが。

 

「……そこ」

 

うみは、振り向くことすらしない。

ただ、自らの身体を一歩だけ左へずらし、

呪力を込めた拳を背後の『何もない空間』へと無造作に突き出した。

 

「なっ――」

 

直哉からすれば、自分が最高速で踏み込んだその『終着点』に、なぜか最初からうみの拳が待ち構えていたようにしか見えなかった。

あらかじめ動きを設定する投射呪法の特性上、空中で急ブレーキをかけることも、軌道を修正することもできない。

 

ゴォパァッ!!!

 

「ガ、ハッ……!?」

 

自らの最高速の突進エネルギーをモロに乗せた、強制弱点付与の強烈なカウンター。

 

直哉の顔面が、うみの拳に自ら激突する形となり、めきめきと骨の軋む嫌な音が響いた。

呼吸を完全に持っていかれ、空中でくの字に折れ曲がって硬直する直哉。

 

その耳元で、うみが冷たく囁く。

 

「言ったでしょ」

 

「想像力が足りないよって」

 

うみはそのまま右拳を振り抜き、直哉の身体を地面へ向けて無慈悲に殴り落とした。

 

ズガァァァァァンッ!!!

 

禪院家次期当主候補、禪院直哉。

その傲慢な自負心ごと粉砕する重い一撃を受け、直哉の身体は砲弾のように地面に叩きつけられ、凄まじい土煙とクレーターを作り出した。

 

……土煙がゆっくりと晴れる。

そこには、顔面を血に染め、白目を剥いて完全に気絶した直哉が、瓦礫の中に無様に取り残されていた。

 

「……ふぅ」

 

うみは軽く拳を振り、小さく息を吐いた。

そして、後ろで呆然としている真希と、意識を取り戻した真依へと振り返り、いつものようにふわりと微笑んだ。

 

「お待たせしました。帰りましょう」

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