生まれ変わった世界は   作:月影うみ

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45話

結界との境を跨いだ瞬間、視界がぐにゃりと歪むような奇妙な感覚に襲われる

 

直後、フワッ、と。

全身から重力の感覚が抜け落ちる。

 

「……わっ」

 

視界が晴れた瞬間、うみは自分が地上数十メートルの『空中』に放り出されていることに気がついた。

眼下には、海沿いの開けたコンクリートの防波堤と、灰色の海が広がっている。

冷たい風が、空中に投げ出された身体を勢いよく吹き抜けていった。

 

(ランダム転送なのか……総則にはなかったな)

 

そのままたたきつけられるわけにもいかないので、

うみは反射線を起動し、それを足場にしてジグザグに跳ね下りていく。

最後はふわりと、防波堤の上へ音もなく着地した。

 

「……非術師がほとんどいない

もうみんな結界の外に出たのかな。そしたら楽でいいんだけど」

 

うみが防波堤から跳び下り、地を蹴ろうとした、その瞬間だった。

 

「おっ! 新規ログインのプレイヤー発見!」

 

防波堤の少し先。

奇妙なヘッドマウントディスプレイを装着し、

テトリスブロックのような装飾を身に纏った、いかにもゲーマー風の青年が立っていた。

 

(さすがに現代の術師だよね……

あれで1000年前の術師だったら俺は何も信じられなくなる)

 

「見たところ丸腰の初期装備みたいだねぇ。初心者狩りは趣味じゃないんだが、これもイベントの仕様だからね。

ボーナスポイントとして美味しくいただかせて――」

 

「ねぇお兄さん」

 

うみは青年の言葉を遮り、単刀直入に尋ねた。

 

「今、何点持ってる?」

 

「は? なんだいきなり」

 

青年は一瞬拍子抜けしたような顔をしたが、すぐにフンと鼻を鳴らして胸を張った。

 

「……フフ、聞いて驚け! 僕はすでに『7点』も稼いでる!

このテリトリーで初心者狩りを続けていけば、いずれは100点だって――」

 

「7点か」

 

うみは青年の言葉を途中で切り捨て、冷たく目を細めた

 

7点。

死滅回游の原則として、術師を殺せば5点。非術師なら1点。

つまり、7点という中途半端な数字は、術師1人と非術師2人、

あるいは非術師7人を殺害しているという何よりの証拠だ。

 

「……そ。なら、遠慮はいらないか」

 

「は?」

 

ドンッ!!

 

うみの姿が、青年の視界からブレて消えた。

次の瞬間には、うみは青年の背後に立ち、その首筋へ向けて手刀を振り下ろそうとしていた。

純粋な呪力強化による、爆発的な踏み込み。

 

「……まずは5点」

 

「はぁ!? 挨拶中の開幕攻撃(不意打ち)!? 対人ゲーのマナー悪すぎだろ!!」

 

青年が顔を引き攣らせて叫びながら、両手を交差させた。

 

「強制イベント発生!! 領域展開!!」

 

『――ウェルカム・トゥ・マイ・ゲーム!』

 

(領域……!! うかつに近づきすぎたか)

 

うみは即座に必中効果を中和するため、簡易領域を発動させようと構える。

 

「シン・陰流――」

 

――不発。

足元に展開されるはずの、簡易領域の薄い結界が全く立ち上がらない。

 

「……あれ?」

 

『アハハハハ! 無駄無駄! まだゲームは始まってない(ロード中)

ゲームスタート前は、あらゆる行動(コマンド)はシステムエラーで弾かれるのさ!』

 

うみはそこで初めて、周囲をぐるりと見回した。

いつの間にか、着地した防波堤のコンクリートは綺麗に消失している。

視界の端から端までを埋め尽くしているのは、不自然なほど整然と並んだ、巨大な白と黒の格子模様。

 

「……チェス盤?」

 

うみと青年の目の前には、白と黒の呪力で象られた人間ほどのサイズのチェスの駒が、

戦場を二分するようにズラリと並び立っていた。

 

(チェスの術式……いや、これは領域か。ただ、簡易領域すら弾くこの「ロード中」ってのは……)

 

『僕の術式は「盤創遊戯(ばんそうゆうぎ)

そしてこれはその領域!!「絶対盤上(グランドマスター・ドメイン)」!

この領域内では、僕が設定したゲームのルールが絶対の強制力を持つ!』

 

青年はビシッと俺を指差し、高らかに宣言し始めた。

 

『そして、今回のゲームはチェス!!

ルールその一! この空間内では「チェス」のルールが強制され、互いに交互にしか駒を動かせない!

 

ルールその二! 互いの駒は呪力で生成され、駒が取られると、

その駒のランクに応じたダメージがプレイヤー本体に直接フィードバックされる!

 

そしてルールその三! キングを取られれば(チェックメイトで)、敗者は死ぬ!!』

 

(……なるほど。金ちゃん先輩と同じ、領域が本体の術式か

で、相手にルールを強制する代わりに説明が義務ってところかな)

 

『このゲームにおいて、僕の脳内には最新のチェスAIが直結している!

1秒間に数億手の演算を行い、常に最善手(ベスト・ムーブ)を弾き出す! 人間の脳では絶対に勝てない盤面だ!』

 

青年は醜悪な笑みを浮かべた。

 

『自慢の身体能力もここでは無意味! じわじわと駒を奪われ、ダメージに苦しみながら死んでいくがいい!』

 

「……なるほどね」

 

うみは、目の前に並ぶ白の駒を見下ろした。

対人戦におけるルール。それの強制。

ならば、このゲームのルールに従う他ない。

 

(白ってことはこっちが先手か……)

 

「俺の手番。――e2のポーン、e4へ」

 

うみが口頭でそう宣言した瞬間、自陣の白い呪力でできたポーンが、

ガタガタと音を立てて自動的に前進し、e4のマスでピタリと停止した。

 

青年の目が一瞬だけギラリと明滅する。

 

『AIの最善手――c7のポーン、c5へ!』

 

奴の宣言に呼応し、今度は黒いポーンが滑るように自動で動き出す。

 

「g1のナイト、f3へ」

 

『d7のポーン、d6へ!』

 

「d2のポーン、d4へ」

 

『c5のポーン、d4のポーンをテイク!』

 

凄まじい音を立てて黒のポーンが白のポーンに衝突し、それを粉砕する。

 

――その瞬間。

 

チクリ、と。

 

うみの胸のあたりに、針の先で強く突つかれたような、確かな痛みが走った。

 

(なるほど。こういう感じなのか

傷ができるわけじゃない、神経に直接くるタイプ……

呪力の防御も効いてないっぽい

痛みに慣れてない人にはきついだろうな)

 

うみはふっと平然とした顔に戻り、口を開いた。

 

「俺の手番。――f3のナイト、d4をテイク」

 

うみが淡々と告げると、自陣の白のナイトが猛然とスライドし、

先ほど白のポーンを粉砕した黒のポーンへと衝突、木っ端微塵に消し去った。

 

「うおっ!?」

 

盤面の向こう側で、青年がビクッと肩を激しく跳ねさせ、苦しげに自分の胸元をぎゅっと押さえた。

 

「ふふっ。お兄さん、あんまりケガとかしたことないでしょ」

 

(自分でルールを押し付けておいて、ポーン一個取られただけでそんなにうろたえるんだ)

 

『ハ、ハッ……! ポーン一個くらい、どうということはないさ……!

次だ! g8のナイト、f6へ!』

 

「b1のナイト、c3へ」

 

『a7のポーン、a6へ!』

 

「c1のビショップ、e3へ」

 

『f6のナイト、g4へ!』

 

青年が、うみのe3に展開したビショップを狙ってナイトを動かしてきた。

 

「d1のクイーン、d2へ」

 

俺が守りを固めるようにクイーンをスライドさせると、すかさず青年が叫んだ。

 

『隙あり! g4のナイト、e3のビショップをテイク!』

 

黒のナイトが激しい音を立てて突進し、白のビショップを木っ端微塵に粉砕した。

 

――その瞬間。

 

ドスッ!!!

 

(……っ!)

 

うみは思わず、喉の奥で呼吸を詰まらせた。

胸のあたりに、みぞおちを直接鉄槌で殴り抜かれたかのような、重苦しい衝撃が突き刺さる。

 

(うわ、流石にビショップともなると、一気にダメージの格が上がるな

恵先輩にぶん殴られたときくらいかな? これ、この人は耐えれるの?)

 

うみが自分の身体のタフさと痛覚の鈍さを棚に上げて心配していると、

青年はまだ「してやったり」と言わんばかりの歪んだ笑みを浮かべている。

 

なら、お返しだ。

 

「俺の手番。――d2のクイーン、e3のナイトをテイク」

 

うみが口頭で告げると、自陣の白のクイーンが自動的にスライドし、

目の前にいた黒のナイトを爪で引き裂くようにして粉砕した。

 

「グギィィィッ!?」

 

盤面の向こう側で、青年が喉を潰したような悲鳴を上げてその場に崩れ落ちそうになった。

必死に右肩を左手で押さえているが、その指先がカタカタと震えている

 

(まあそうだよね。慣れてる俺でも結構効いたもん

同じ価値のナイトを取られたらそうなる)

 

『ハ、ハァ……! ク、クソっ……なぜ、なぜ平然としていられる……!』

 

「俺はそこそこ長い術師ですよ? 痛みには慣れてます」

 

『う、うるさい! e7のポーン、e5へ!』

 

「俺の手番。――e3のクイーン、f3へ」

 

駒が動くたびに、バチバチと不気味な呪力の火花が盤上に弾ける。

 

最初こそ、青年は「さすがに定跡くらいは知っているか」と余裕の表情を崩さなかった。

だが、十手、二十手とお互いの指し手が一切のラグなしに、超高速で盤上を流れるように繰り返されるにつれて、

青年の額から一筋の冷たい汗が流れ落ちた。

 

『な……ぜだ……!?』

 

青年は、コンソール画面に表示されるAIの予測値を凝視しながら、愕然とした声を漏らす。

 

『なぜ一切迷わない!? 僕のAIは、毎秒更新される数億通りの可能性の中から最善手を弾き出しているんだぞ!

なぜお前は、そのすべてを最初から知っているかのように……完全に、先回りして……!!』

 

「ねぇ、お兄さん」

 

うみは、顎に手を当てたまま、退屈そうに目隠しの奥の目で盤面を俯瞰した。

 

「チェスの必勝法って知ってます?」

 

『……は? 必勝法だと? チェスはまだ完全解析されていないゲームだぞ!

 

先手後手の有利はあれど、完全な必勝法なんて解明されて――』

 

「あるよ」

 

うみは静かに告げた。

 

「f1のビショップ、c4へ」

 

白のビショップが、斜めに滑るように自動で移動する。

 

「チェスはね、先手と後手のプレイヤーが互いにすべての情報を開示された状態で、

交互に意思決定を行う『二人零和有限情報確定ゲーム』に分類される」

 

「だからね。――あ、お兄さんの番だよ」

 

うみが促すと、青年はひどく焦ったように叫んだ。

 

『く、クソっ……! d8のクイーン、d7へ!』

 

黒のクイーンが、自動的に滑るように動き出す。

 

「――はい、俺の手番。c3のナイト、d5へ」

 

白のナイトが鋭く跳躍し、盤面の中央を制圧した。

 

「どこまで言ったっけか……ああそうだ。チェスは『二人零和有限情報確定ゲーム』

だから、運が介在する余地が一切ないゲームなんだ。

――お兄さんの手番。早く指さないと時間切れ(タイムアウト)で強制敗北ですよ?」

 

『……ハァ、ハァ……! f7のポーン、f6へ……!!』

 

黒のポーンが防戦のために前進する。

 

「運の介在が一切ないゲーム。つまりゲームの原理上、明確な必勝法が存在するんだよ」

 

青年は、口元をぬぐいながら血走った目で愕然と首を振る。

 

「そんな方法があるはずがない!! あるというのならばいったいどんな手段があるという!?」

 

「10の120乗」

 

うみは淡々とその数字を紡いだ。

 

「これが何の数字か知ってますか?」

 

『……は? なにを……突飛な数字を……!』

 

「これはチェスにおけるすべての局面の総数だよ」

 

『……それが、どうしたというんだ!』

 

「必勝法の話ですよ。チェスの必勝法はその無量大数を超える膨大な局面をすべて把握すること」

 

『……は? 把握するだと? そんなこと、人間にできるわけが――』

 

「ええ。でも、俺にはそれができる」

 

うみは、焦燥に顔を歪める青年に向けて、退屈そうに目を細めた。

 

「10の120乗通りある全局面、俺はその全てを頭の中で把握してる」

 

『……な、んだと……!? 全てを、把握している……!?』

 

「そう。計算して答えを探しているお兄さん(AI)と、最初から答えを知っている俺。

手順が確定した時点で、お兄さんの勝率は最初からゼロだったんだよ」

 

青年が、折れかけた腕を震わせながら愕然と俺を見つめる。

 

「――お兄さんの手番。早く指さないと時間切れ(タイムアウト)で強制敗北ですよ?」

 

『……ひ、ヒィ……! g7のポーン、g5へ……!!』

 

青年が震える手でコンソールを弾き、必死に手を紡ぐ。

 

「そうすれば、チェスなんてただの〇×ゲーム」

 

うみは不敵に微笑み、目隠しの奥の瞳を細めて最後の手順を告げた。

 

「d5のナイトで、f6のポーンをテイク。キングとクイーンの『ロイヤルフォーク』です」

 

白のナイトが盤面を蹴り、青年のポーンを粉砕した。

 

『グッ……!?』

 

ポーンをテイクされた軽いダメージフィードバック。

だが、青年にとってそれ以上に絶望的なのは、盤面に完成した最悪の陣形だった。

 

「――ほら、チェックです。逃げてください」

 

『あ……アアァァァッ……!!! e8のキング、f8へ……!!』

 

青年は恐怖に顔を歪めながら、必死に自らのキングを逃がす。

 

「――俺の手番。f6のナイトで、d7のクイーンをテイク」

 

白のナイトが再び跳躍し、青年の最強の駒であるクイーンを粉砕した。

 

『ガァァァァァッ!?』

 

ポーンやナイトとは比較にならない、骨をも容易に粉砕する大ダメージ。

クイーンを失った強烈なフィードバックにより、青年の左腕の骨が嫌な音を立ててあり得ない方向へと折れ曲がった。

 

『ヒッ……!!』

 

「次で確実にチェックメイトですけど、どうします?」

 

うみが冷たく告げると、青年は完全に心をへし折られ、

チェス盤の床を血塗れの手で叩きながら、ヘッドマウントディスプレイをかなぐり捨てた。

 

『ク、クソゲーがァ!! チェスは終わりだ!! ルール変更!! 次はサバゲーだァァァ!!!』

 

青年が領域の術式を強引に乱し、ゲームのルール変更を宣言した、その瞬間。

 

足元のチェス盤がブレて消失し、代わりにコンクリートの壁やドラム缶、

入り組んだ廃墟のような遮蔽物がリアルタイムで地面から次々と突き出し、

荒廃したサバゲーフィールドへと地形が書き換えられていく。

 

同時に、青年の手元に黒い呪力で象られたアサルトライフルが出現し、

うみの手元にも同様のサブマシンガンが自動的に生成されて転がった。

 

(へぇ。ゲームの変更なんてできたんだ……

条件は何だろう? 一番それっぽいのは時間経過かな)

 

『ハ、ハハハハ! このゲームでは、僕の脳内に最新のオートエイムシステムが直結している!

視界にコンマ一秒でも映り込めば、トリガーを引くだけで自動的に必中のヘッドショットが――』

 

青年が銃を構え、勝ち誇った笑みを浮かべてシステムの説明を口にしている、そのまさに最中だった。

 

ドンッ!!

 

「……え?」

 

青年の視界から、うみの姿が完全にかき消えた。純粋な呪力強化による爆発的な踏み込み。

 

「なんで自分が動く(プレイアブルな)タイプのゲームにしちゃったかなぁ」

 

背後から降ってきた、ひどく冷めた声。

 

「っ――!?」

 

青年が驚愕に目を見開き、慌てて銃口を後ろへ振り抜こうとしたが、すべてが遅すぎた。

うみはすでに青年の真後ろに滑り込んでおり、相手が引き金を引くよりも早く、

その手元からアサルトライフルを滑らかに強奪していた。

 

そのまま、奪い取った銃口を青年の額へと真っ直ぐに突きつける。

 

「チェスみたいにルールで行動を縛られてるならまだしも、

生身を動かすアクションゲームにしちゃったら、

お兄さんが勝てるわけないじゃん」

 

「どれだけオートエイムが優秀でも、打てなきゃ意味ないんだから」

 

「――バンッ」

 

引き金を引く。

銃口から放たれた弾丸が、青年の脳天を正面から貫いた。

 

「……実弾なのね」

 

『わぁーい! 泳者、月影うみ。5得点獲得だよ!』

 

空中に現れたコガネが、脳天気にプロペラを回しながら告げる。

パリンッ、と音を立てて周囲のゲーム空間が元の防波堤へと戻った。

 

「これで5点か…まだまだ長いなぁ」

 

---

 

それから、1時間。

 

「お疲れ様です。……はい、これで35点ね」

 

ドガァァンッ!!

 

血気盛んに襲い掛かってきた呪詛師が崩れ落ちる。

コガネが『5得点獲得だよ!』と嬉そうにアナウンスを鳴らした。

 

街を歩き回る道中、うみの姿を見てポイント稼ぎの獲物と勘違いし、襲い掛かってきた現代術師や呪詛師たち。

彼らは皆、圧倒的な暴力の前に、文字通り赤子のように捻り潰されていった。

 

(あんまり強いのはいないなぁ…1000年前の術師や呪霊も見ないし。

ここにはいないのかな)

 

うみは服の埃を払いながら、周囲に転がる術師たちを眺めた

 

(100点稼いでルールを追加するには、あと65点。

まだまだ探して狩らないとダメかぁ……ちょっと面倒になってきたな)

 

うみがため息をついた、その時だった。

 

(……ん?)

 

ピリッ、と。

索敵のために街の周辺へ飛ばしておいた響蝠が今までと違う反応を拾った

市街地から少し離れた山間部――恐山に近い霊場の方角。

 

(今までの術師と呪力の質が違う。多分、1000年前の術師。それに……)

 

「なんか、いっぱいいる?」

 

うみは興味を引き付けられ、進路を山間部へ向けた

 

霊場に近い、寂れた山道の開けた広場。

そこは、異様な静けさと気味の悪い呪力に包まれていた。

 

「……うわ、悪趣味」

 

木の上に音もなく降り立ったうみは、眼下に広がる光景を見て素直な感想を漏らした。

 

広場の中央には、古めかしい装束を纏った、青白い肌の男が立っていた。

そしてその周囲には――数十人にも及ぶ、人間たちが、虚ろな目をして立ち尽くしていたのだ。

彼らの首筋には、植物の根のような不気味な呪力の管が突き刺さり、中央の男へと繋がっている。

 

中央の男は現れたうみを見上げて不気味に嗤った。

 

「ほう。気配一つ立てずに私の『傀儡』の包囲を抜けるとは。なかなか骨のある若僧だな」

 

「傀儡……生きたままの人を操るのが趣味ですか? 悪趣味なんでやめたほうがいいですよ」

 

うみが冷たく言い放つと、男は愉快そうに喉を鳴らした。

 

「ふん。強がりを。貴様も私の素晴らしいコレクションに――」

 

ドンッ!!

 

男の言葉が終わるより早く、うみの姿が枝の上からブレて消えた。

 

「なっ――」

 

男が驚愕する間もなく、うみはすでに男の背後に滑り込んでいた。

そして、剥き出しになった刃が一閃する。

 

ザシュッ!!

 

男の首が、呆気なく胴体から滑り落ちた。

遅れて血が噴き出し、頭を失った身体がどさりと地面に崩れ落ちる。

 

(どんな術式だったんだろ。幸吉先輩の人間バージョンとかかな?)

 

刀の血を振り払いながら、うみはコガネのアナウンスを待った。

 

だが。

 

「……あれ?」

 

コガネの(アナウンス)は鳴らない。

 

ボトッ。

 

広場で虚ろな目をして立ち尽くしていた術師の内の一人が、

突如として首から血を噴き出して倒れ伏し、絶命した。

 

『わぁーい! 泳者、月影うみ。5得点獲得だよ!』

 

パァン、と明るい音を立ててコガネが現れた

 

「……は?」

 

(なんで、こいつの首を飛ばしたタイミングじゃなくて、

あっちの術師が倒れたタイミングでアナウンスが鳴るんだ?)

 

コガネの得点判定は絶対。つまりうみが殺したのは、

『目の前の男』ではなく、『あっちの術師』だったということになる

 

うみが不可解な現象に目を細めた、その時だった。

 

ゴトッ、と。

 

うみの足元で、斬り落とされたはずの男の首が、不気味に動き出した。

 

「なっ……」

 

首は、まるで意思を持っているかのように転がり、自らの胴体へと這い上がっていく。

そして、切断面にピタリとくっつくと――

グチャリ、という気味の悪い音と共に、傷跡一つなく完全に元通りに再生した。

 

「……ほう。今の速度、なかなか素晴らしい。私の傀儡に加えるのが楽しみになってきたぞ」

 

男が、首をコキキと鳴らしながら嗤う。

 

「……ほんと、悪趣味」

 

うみは再び木の上に距離を取ると、首を回して状況を整理した。

 

「……身代わりか。さっきの術師がお前のダメージを肩代わりしたってわけだ」

 

「ご名答」

男は両手を広げ、周囲の虚ろな傀儡たちを見せつけるように嗤った。

 

「私の術式は、他者の脳髄に呪いの根を張り、生きたまま自我を奪い使役するもの。

――そして、私が致命傷を受けた際には、この『生きた肉の盾(ストック)』たちにダメージを肩代わりさせ、

何度でも無傷で蘇ることができる」

 

男は、足元に転がっている絶命した術師を一瞥し、薄気味悪い笑みを浮かべた。

 

「今の一撃でストックを一つ消費してしまったが……それでも、私の残機はまだ『63』ある。

貴様のようなガキの細腕で、あと64回も私を殺し切れるかな?」

 

勝ち誇ったように見下ろす過去の呪詛師。

どんな強力な術式を持っていようと、

64回も連続で致命傷を与え続けなければ倒せない相手。

しかし、相手を殺すということは、操られている無関係な一般人や他の術師を、

『自らの手で殺す』ことを意味する。

 

(術師を殺すのはまだいい。ここにいる術師は大体が人を殺すために来てるだろうし。

ただ、非術師は別。できるだけ殺すのは避けたい)

 

うみは見回す。男に繋がれている傀儡の中には、明らかに非術師と思われる人間が多数混ざっていた。

彼らを犠牲にしてまでこの男をチマチマと殺し続けるのは、気が引ける。

 

(とりあえず、あの呪力の管を斬って、リンクを外せるかどうかか……)

 

「シッ!」

 

うみは地を蹴り、背後に立っていた術師の首筋に繋がっている太い呪力の管へと一気に肉薄した

 

刀が管を鋭く切り裂く。

 

ブシュッ!!

 

「……え?」

 

管が切断された瞬間。

繋がれていた術師の口から、大量の血が噴き出した。

 

『わぁーい! 泳者、月影うみ。5得点獲得だよ!』

 

間髪入れずに鳴り響く、コガネの無機質なアナウンス。

術師の身体は糸が切れた操り人形のように崩れ落ち、ピクリとも動かなくなった。

 

「ははははっ! 無駄だ無駄だ!」

男が愉快そうに腹を抱えて嗤う。

 

「管を切れば、その時点で脳の髄まで破壊される仕組みだ!

彼らの命は、私の術式に繋がれた時点で完全に私が握っているのだよ!」

 

(……なるほど。これをどうにかできるとしたら、件の天使の術式くらいか)

 

「……ここに来たのが悠二先輩じゃなくてよかった」

 

うみはそっと目を細め、傀儡たちを静かに見渡した。

 

虚ろな目のまま、首筋に呪力の管を刺されて立ち尽くす人々。

術師も、非術師も、関係なく。

全員が、あの男の「身代わり」として消費されるためだけに生かされている。

 

(俺にあれをどうこうできる手札はない。

こいつを放置したら被害は増える一方……)

 

「……ごめんね」

 

誰に言うでもなく、ぽつりと零れた。

ただ、空気に溶かすように。

 

「あ?」

 

男が、間の抜けた声を漏らした。

勝ち誇った笑みのまま、僅かに眉根を寄せる。

 

「何を言っている、ガキ。まさか諦めたか?」

 

うみは答えなかった。

ただ静かに目を閉じ、両の腕を伸ばした。

 

「術式順転」

 

収束の引力が、指先から溢れ出し、空気そのものを軋ませる。

 

周囲の砂粒が、枯れ葉が、岩肌がうみの腕めがけて一斉に吸い寄せられ始める。

傀儡たちの衣服が、引き寄せられるようにばたばたと揺れた。

 

男の笑みが、初めて引き攣る。

 

「な……なんだ、その呪力は……!?」

 

――蒼

 

うみが、腕を思い切り振り抜いた。

 

ただそれだけの動作だった。

振り被った腕を、前方へ向けて叩きつけるように。

 

その瞬間。

 

ゴォォォォォッ!!!!

 

凝縮されていた引力が一気に爆発し、巨大な蒼白い奔流となって広場を薙ぎ払った。

土が根こそぎ抉れ、岩が砕け、木々がまとめて引き裂かれ、

傀儡たちの身体が、紙切れのように呑み込まれていく。

 

「――ッ!?」

 

男が絶叫する間もなかった。

その身体もまた、蒼の奔流に飲み込まれた

 

ドガァァァンッ!!!

 

轟音。

衝撃波が夜の山間部を揺らし、遠くの木々がまとめて倒れ伏す音が響いた。

 

静寂。

砂煙が晴れると、広場の正面は跡形もなかった。

 

木が、岩が、人が、男が――全てが、消し飛んでいた

 

うみの足元だけが、嘘みたいに静かに、無傷のまま残っている。

 

『わぁーい! 泳者、月影うみ。79得点獲得だよ!』

 

コガネが、脳天気にプロペラを回しながらアナウンスを鳴らした。

 

「……これで、124点か」

 

うみは振り抜いた右腕をゆっくりと下ろし、眼前に広がる破壊の跡を一瞥した。

 

「ごめんね」

 

もう一度だけ、誰もいない広場に向かって、小さく言った。

返事は、ない。

 

---

 

「……さて」

うみは煙の晴れた広場に立ち、コガネを見上げる。

 

「コガネ、ルールを追加したい」

 

『イイヨー! 今が124点だから一個だけね!』

 

「追加したいルールは――」

 

その瞬間だった。

 

『リンゴンリンゴンリンゴン!!』

 

コガネが奇声を上げた

 

「わっ。なに、どしたの?」

 

『泳者による死滅回游への総則(ルール)追加だよ!』

 

『 <総則(ルール)>10

泳者は他泳者に任意の得点(ポイント)を譲渡することができる』

 

コガネのアナウンスが、夜の山間部に明るく響き渡った。

 

「コガネ。今100点動かしたの、誰?」

 

『えっとね!』

 

コガネがぷかぷかとプロペラを回しながら、空中にリストを展開した。

 

『日車寛見 得点001 変更01回 滞留結界 東京第1』

 

「……日車寛見。知らない人だな。」

 

(東京第1ってことは悠二先輩か恵先輩が絡んでるかな

とりあえずこれで殺し合いの強制はなくなった。ルール追加のためにいったん連絡を――)

 

うみはそこまで考えて気づき、静かに天を仰いだ。

 

(ミニメカ丸……もらってきてない)

 

ミニメカ丸――吉が回游中の連絡手段として作り出した、遠隔通信用の小型傀儡

 

結界内では電波の遮断が起きているため、

術式を持つ人間が、外との連絡を取るにはこのミニメカ丸が必須となっている

 

しかし、半ば脱走するように高専を抜け出してきたうみはミニメカ丸を持っていない。完全に孤立している

 

うみは額に手を当てた。

連絡手段が、一切ない。

外部と繋がるには、コロニーを出るしかない。

しかし、死滅回游の規則上、コロニーから外へ出ることはできない。

 

「……コガネ」

 

『なーに?』

 

「ルール追加。内容は、コロニーへの自由な出入りを認めること」

 

コガネが数秒、ぱちぱちと目を瞬かせた。

 

『それは却下だよ! 総則第7条に抵触しまーす』

 

「だよね~」

 

うみは顎に手を当て、頭を回す

 

(どんな条件付けたら認めさせれるかなぁ

現状で問題なのは、さっきのルールじゃ総則10も相まって、

外に出たままいればよくなってることだろうし……)

 

「じゃあ、コロニーを出た場合、一日以内にいずれかのコロニーへ入ること、

コロニーに入った場合、半日以上そのコロニーに滞在すること、

この二点を条件に加える」

 

コガネがしばらく沈黙した。

プロペラがくるくると回る音だけが、静まり返った山間部に響く。

 

『……承認されたよ!』

 

コガネが、ぱっと明るい声で告げた。

 

「よし」

 

うみはその場で踵を返し、来た道を歩き始めた。

 

(これであとはコロニーを渡り歩いて点を稼げばいい……)

 

コロニーの境界線をまたぎ、結界の外へと足を踏み出した。

 

冷たい風が、頬を撫でる。

 

「とりあえず、一個ずつ回ろうか」

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