生まれ変わった世界は   作:月影うみ

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51話

――11月17日。

呪術高専・地下修練場。

 

「――領域展開」

 

乙骨憂太の静かな声が響いた直後、修練場の無機質な空間がドロリと塗り替えられた。

空には巨大な結び目のような奇妙な物体が浮かび、荒涼とした大地には無数の刀が墓標のように突き刺さっている。

乙骨憂太の領域、『真贋相愛』。

 

「これが憂太先輩の……」

 

荒野の中心に立つうみは、周囲の刀を見回しながら感嘆の息を漏らした。

 

「ちなみに、この領域ってどれくらい持つんですか?」

「僕でも呪力消費が激しいからね。長くても数分ってところかな」

「なるほど。それじゃあ、早速お願いします」

 

少し離れた位置に立つ乙骨が指先を向けると同時、うみはスッと足を前後に開いた。

 

「それじゃあ、いくよ。うみくん」

「はい」

 

「『シン・陰流』――簡易領域」

 

うみの足元を中心に、半径2メートルほどの円形の結界が展開される。

直後、領域に付与された不可視の『必中効果』が、うみの全身を容赦なく襲った。

だが、その見えない衝撃はうみの肉体に届く直前、簡易領域の境界線でバチバチと火花を散らして弾かれ、霧散する。

 

「……うん、防げてる。出力も安定してるね」

 

「とりあえず、簡易領域が解けるまで計測します」

 

言葉と同時、うみは結界を維持したまま地面を蹴り、乙骨へと一直線に肉薄した。

 

「ただ突っ立って耐えるだけじゃ、実戦のデータにならないんで――軽くやり合いましょう!」

「おっと……!」

 

唐突な踏み込みに、乙骨も即座に反応して足元の刀を一本引き抜き、応戦する。

四方八方から降り注ぐ領域の『必中効果』を簡易領域で防ぎ続けながら、正面からは特級術師である乙骨の鋭い斬撃と体術を捌く。

本来なら脳の処理が追いつかないようなマルチタスクだが、うみは持ち前の呪力操作と身体能力で、互いに怪我のないギリギリのラインで激しい模擬戦を成立させていた。

 

(……簡易領域を展開したまま、これだけ動けるなんて)

 

刀を合わせながら、乙骨は内心で舌を巻く。

 

そして、数分後。

 

「……そろそろ限界ですね」

 

ピキッ、とガラスにひびが入るような音を立てて、うみの簡易領域が崩壊した。

乙骨が咄嗟に刀を引き、必中効果を止める。うみは軽く息を吐き出しながら後方に跳んだ。

 

「通常運用でだいたい3分ってところか。休憩入れてもう一回お願いしてもいいですか?」

 

「もちろん。僕の領域も一回解くね。」

 

乙骨が領域を解除し、修練場は元の無機質な空間へと戻る。

二人は一度その場に座り込み、息を整えた。

 

「それで、次のテストはどうするの?」

 

乙骨の問いかけに、うみは軽く汗を拭いながら答える。

 

「今のはいつも通りの、『オートカウンター』有りでの運用だったので、次はそれを切ります」

 

「迎撃機能を切る? それじゃあ、僕の攻撃に対して完全に無防備になるよ?」

 

「ええ。その代わりに迎撃で使ってたリソースを領域の出力と維持に回して、後はこれです」

 

言葉と共に、うみは自身の足元の影にスッと手を沈め、二振りの呪具――使い込まれた双刀を引き抜いた。

 

「双刀……?」

 

不思議そうに小首を傾げる乙骨に、うみは手の中で双刀をクルリと回して構え直す。

 

「飛んでくる攻撃は自力で叩き落します。

幸いにも、俺の目なら術式の起こりはハッキリ『視える』し、領域の必中効果さえ簡易領域で中和されていれば、可能かと」

 

「なるほど……言うのは簡単だけど、とんでもない芸当だね」

 

数分のインターバルの後。

息を整えた乙骨が、再び『真贋相愛』を展開する。

 

「いきますよ、憂太先輩!」

 

再び簡易領域を展開し、うみが肉薄する。

今度は、先ほどよりも結界の境界線が濃く、強固に固定されているのが乙骨の目にもはっきりと分かった。

うみはその状態のまま再び乙骨へと踏み込み、刀や蹴りの応酬を繰り広げる。

激しい動きの中で多方向からの必中効果を受け続けるが、今度は5分が経過しても結界が揺らぐ気配は全くない。

 

「……すごいね。これなら、僕の領域の維持限界の方が先に来るかもしれない」

 

「でも結構しんどいですね。

宿儺の領域がどんなのかわかんないですけど、これじゃあさすがにじり貧かなぁ」

 

うみは互いに距離を取ったところで構えを解き、領域を解除した。乙骨も必中効果の出力を完全に落とし、二度目の領域を解く。

 

「憂太先輩相手なら、10分くらいはいけそうですかね?」

 

「僕の領域の出力に対してなら、それくらいは耐えられるだろうね。

……ただ、これを宿儺の領域に換算するとどうなるか」

 

「甘く見ても3分持てばいい方じゃないですか? 現実見るなら1分持つかってとこでしょうけど」

 

「まあそうだよね。決して悲観的な数字じゃない。でも……」

 

「やっぱり心もとないですよねぇ」

 

うみは自身の双刀を影にしまいながら、小さくかぶりを振った。

どれだけ突き詰めようとも所詮は簡易。呪いの王の領域の前では僅かな時間稼ぎにしかならないだろう。

 

「あーあ。俺も領域が使えれば、こんなに悩まなくていいのに」

「うみくんは領域、使えないんだっけ?」

「はい。生得領域を具現化するってのがどーにもイメージつかないんですよね〜。

呪力操作の精度には自信あるんですけど」

 

うーん、と唸りながら頭を掻くうみ。

あの五条悟が「呪力操作に関しては、右に出る者はいない」と評したほどのぶっちぎりの精度を持ちながら、

生得領域の具現化という感覚的な壁に阻まれ、領域展開だけはどうしても形にできないらしい。

そんな後輩の愚痴を聞きながら、乙骨は苦笑いを浮かべた。

 

「まぁ、焦らなくてもそのうち掴めるようになるよ。……それで、さっき言ってた『試したいこと』って?」

 

乙骨の問いかけに、うみはパッと顔を上げ、無防備な状態で真っ直ぐに乙骨を見据えた。

 

「実は、まだ理論の段階で実際にするのは初めてなんです。

身近で領域使える人って悟さんか金ちゃん先輩か憂太先輩くらいですし。

憂太先輩とはお互い出張で時間合わなかったし、金ちゃん先輩の領域は普通のとは違うから参考にならないし。

悟さん相手に試して失敗しようものなら廃人まっしぐらなので。」

 

「あはは……確かに、五条先生の『無量空処』で失敗したらシャレにならないね」

 

「でしょ? だから、憂太先輩にお願いしたかったんです。

先輩の領域なら、必中にする術式を選べるのであんまり危なくないやつを必中にしてもらえば、

失敗しても大丈夫なので」

 

「なるほど、僕が安全牌ってわけだ」

 

苦笑する乙骨に、うみは「そういうことです」と悪びれずに頷く。

 

「まあそんなわけなのでお願いします」

 

「わかった。危ないと思ったらすぐに止めるからね」

 

乙骨が再び『真贋相愛』を展開し、うみを対象に威力を極限まで絞った安全な必中効果を設定する。

 

――そして、数分後。

 

「うみくん……さっきのは……」

 

領域を解き、元の無機質な修練場に戻った乙骨が、信じられないものを見るような目でうみに駆け寄った。

 

「ふふん♪ 弱者()が、最強(悟さん)に追いつこうと必死に組んだ虎の子ですからね!」

 

うみは額に浮かんだ汗を手の甲で拭いながら、得意げに胸を張った。

 

「まだ安定はしてないですけど、これなら何とかなるって確証は得られました」

 

乙骨はまだ絶句したままだ。

口で言うのは簡単だが、それは領域展開という呪術の奥義の『理』そのものを根底から覆すような出鱈目な所業だ。

対象の呪力操作の精密さと、術式への深い理解がなければ絶対に不可能。

少なくとも、乙骨の知る限りそんな真似ができる術師は他にいない。

 

「とはいえ、今のままじゃ実戦投入にはちょっと不安が残るんで。

宿儺と戦う時が来るまで、安定させるために手伝ってもらっていいですか?」

 

うみが両手を合わせてお願いすると、乙骨は呆れと感心が入り混じったようなため息を吐いた。

 

「……もちろん。手伝うよ」

 

「ありがとうございます!」

 

うみは満足げに頷き、スポーツドリンクのボトルをあおった。

乙骨はそんな後輩の横顔を、どこか畏怖すら混じった複雑な表情で見つめる。

 

「うみくん……君、なんでそこまでして領域対策を?」

 

乙骨の問いに、うみはボトルから口を離し、ふと真剣な――どこか遠くを見据えるような表情になった。

 

「……俺の役割のために、ですかね」

 

「役割?」

 

「ええ。俺の、役割です」

 

うみはそれ以上詳しく語ろうとはせず、ただ静かに微笑んだ。

 

◆◆◆

 

――数時間後。東京第1結界(コロニー)。

 

「……あれだけ来てたんだから、一個や二個くらい落ちてると思うんだけどなぁ」

 

崩壊したビル群と、荒れ果てたアスファルトの上を歩きながら、うみは瓦礫の隙間を縫うように視線を巡らせていた。

昨日までの激戦の痕跡が色濃く残るこの場所には、羂索の謀略によって投入され、そして呪霊たちの餌食となった他国の軍人たちの装備が散乱している。

 

ひしゃげたアサルトライフル、破れたタクティカルベスト。

だが、うみが探しているのはそれらではない。

 

瓦礫の下敷きになっていた軍用車両の残骸のそばで、うみは足を止めた。

しゃがみ込み、ひっくり返った兵士のポーチを漁り、中から目的のものを引っ張り出す。

 

「お、あったあった。……うん、ちゃんと使えそうだ」

 

手のひらに収まるサイズの、黒く無骨な円筒形の代物。

うみは泥を軽く払い落とすと、それを満足げに影へと放り込む。

 

「どうせ一個目しか通用しないだろけど……

念のため、あと二、三個くらいは拾っておこうかな」

 

◆◆◆

 

――翌11月18日。呪術高専・医務室。

 

「すまないね。私の反転術式じゃあ、これが限界だった」

 

コロニーでの『探し物』を終え、医務室のドアを開けたうみの耳に、家入硝子の静かな声が飛び込んできた。

視線を向けると、来栖華が目を覚ましており、傍らには乙骨憂太の姿がある。

 

『いや、本来なら死んでいた所をよく繋ぎ止めてくれた』

 

来栖の頬に浮かび上がった口――『天使』が、家入の言葉に冷静に返す。

どうやらちょうど今、目を覚ましたところらしい。

 

「あれ、来栖さんもう起きてる!」

 

うみがひょっこりと顔を出すと、ベッドの傍らにいた乙骨が優しく微笑んだ。

 

「おかえり、うみくん。探し物は見つかったの?」

「ええ、まあ。ばっちりです」

 

うみは乙骨に答えながらスタスタと来栖のベッドのそばまで寄った。

痛々しい包帯姿の彼女を覗き込み、少し心配そうに眉を寄せる。

 

「大丈夫ですか? どこか麻痺とか残ってない?」

 

「……ええ。とくに問題なく動かせる」

 

「そっか、よかった。さっすが硝子さん、腕がいい」

 

うみはニコッと笑って家入を振り返る。家入は「フン」と鼻を鳴らして煙を吐き出した。

和やかな空気が流れたのも束の間、一呼吸置き、乙骨が静かに、しかし真剣な面持ちで来栖たちに向き直った。

 

「早速で悪いんだけど、今後の方針のために聞きたいことがある」

 

その声のトーンに、室内の空気がスッと引き締まる。

 

「まず第一に、来栖さんはもう戦闘に参加できる状態じゃない」

 

乙骨は淡々と事実を告げた上で、天使の目を真っ直ぐに見据えた。

 

「そこで天使に聞きたいんだけど……宿儺のように、他の人に乗り移ることはできるかな?」

 

乙骨の単刀直入な問いに、天使は即座に答えた。

 

『結論から言えば無理だ』

 

来栖の頬の口が、事実だけを冷静に告げる。

 

『そもそも、私を含む多くの術師が羂索の誘いに乗ったのは、

誰も死後呪物になる方法など知らなかったからだ。それは今も変わらない』

 

「……それじゃあ」

 

乙骨が僅かに目を伏せると、天使は静かに言葉を継いだ。

 

『ああ。私たちの仕事は、五条悟の解放までだ』

 

「……そっか。わかった」

 

乙骨は小さく息を吐き、静かに頷いた。

 

◆◆◆

 

医務室を後にし、他のメンバーが待つ待機室へと向かう薄暗い廊下。

並んで歩きながら、うみは少しだけホッとしたように息を吐いた。

 

「とりあえず、これで悟さんの解放は問題なしですね」

「うん。天使が協力してくれる以上、獄門疆・裏の封印は確実に解ける」

 

乙骨も同意するように頷くが、その表情はまだ硬い。

五条悟の復活は最大の希望だが、それですべてが終わるわけではない。

 

「あとは……どうやって恵先輩を助け出すか、ですね」

 

「それに関してはいくつか考えがあるよ」

 

「そーなんですか? 俺は全然ダメです。釈魂刀以外が思いつかなくて……」

 

「うん。詳しくはみんなと合流してからね」

 

そこから二人は無言のまま歩みを進め、やがて目的の部屋の前で立ち止まる。

 

「よし。じゃあ、みんなのところに行きましょうか。これからどう動くか、決起集会といきましょう」

 

うみが努めて明るい声で言い、勢いよく待機室のドアを開け放った。

 

◆◆◆

 

「……なるほど。とりあえず、悟の封印は確実に解けるんだな」

 

待機室で報告を聞いた真希が、腕を組みながら確認するように息を吐いた。

 

「うん。天使から確約は取れたよ」

 

「これでひとまずスタートラインに立てましたね」

 

乙骨の報告と、うみの前向きな言葉に、待機室の空気が少しだけ安堵に緩む。

部屋の隅で腕を組む脹相も、静かに息を吐いていた。

 

その時だった。

 

「あ、悠二先輩!」

 

入り口の扉が開き、虎杖悠仁が姿を見せた。

うみの声に、虎杖は短く「おう」とだけ応える。その顔には、以前のような迷いや焦りはない。ただ深く、暗い決意だけが静かに燃えていた。

 

虎杖はそのまま三人の輪に近づき、真剣な眼差しで切り出した。

 

「……いくつか案がある。伏黒を助ける方法について」

 

その言葉に、乙骨が静かに頷く。

「うん、僕も。……でも、」

 

「何であれ、どのみち宿儺を戦闘不能まで追い込まねぇと話になんねぇだろ」

 

乙骨の言葉を遮るように、真希が現実的で厳しい事実を突きつける。

 

重い沈黙が室内に降りた。

その時、部屋の隅にいた脹相が静かに歩み寄り、一冊のノートを虎杖へと差し出した。

 

「悠仁、これを。九十九の遺した、魂の研究記録だ。何かの役に立つだろう」

 

「魂の研究記録……」

 

その言葉に、うみがピクリと反応した。

彼はスッと虎杖と脹相のそばへ歩み寄り、興味深そうにノートを覗き込む。

 

「それ、俺も一緒に見させてもらっていいですか?」

 

うみの申し出に、虎杖は小さく頷いてノートを受け取った。

 

「ちなみに、悠二先輩が言ってた『伏黒先輩を助ける案』っていうのは?」

 

うみが尋ねると、虎杖は自身の拳を見つめながら静かに口を開いた。

 

「どうにも、今の俺は宿儺の術式が使えるみたいなんだ」

 

「えっ」

 

「だから、俺の打撃で宿儺と伏黒の魂の境界を叩く。

……あいつの術式を上手く使えば、伏黒から宿儺を切り離せるかもしれない」

 

まだ不確かな、だが確固たる覚悟に裏打ちされたその言葉。

うみはノートから視線を上げ、感心したように目を丸くした。

 

「なるほど。術式なら対象の選択ができる分、釈魂刀で切るより安全なのか……」

 

うみは顎に手を当て、視線を虚空へと彷徨わせた。

 

「それに、術式なら……悠二先輩に解説してもらえば俺でも……ブツブツ……」

 

完全に自分の思考世界へと旅立ってしまったうみを、虎杖は苦笑いで見つめる。

 

「相変わらずだな、あいつ……」

 

呆れたような、しかしどこか肩の力が抜けたような声。

自分の世界に行ってしまった後輩を横目に五条悟を解放するための準備に取り掛かる

 

いつの間にか髙羽史彦も合流しており、虎杖が禍々しい呪力を放つ立方体――『獄門疆・裏』を床に置いた、その時だった。

 

『……待て。ここで解くつもりか? 五条悟の封印を』

 

パイプ椅子に座った天使が、呆れたような冷ややかな声で口を挟んだ。

 

「え、うん。ダメなの?」

 

虎杖が不思議そうに振り返ると、隣にいた髙羽が腕を組んで深く頷いた。

 

「確かに人を迎えるにはここじゃ味気ないかもな……。少し飾り付けしようか。折紙ある? こういう輪っかの作ろう……」

 

『そうじゃなくて』

 

手で輪っかを作る仕草をしながらトンチンカンな気遣いを発揮する髙羽の言葉を、天使がピシャリと遮る。

 

『獄門疆の中では物理的時間は流れていないという。

つまり獄門疆の中では、時間の経過が原因で餓死したり老衰することはない。本人が自死を選ばない限りはね』

 

「使い方によってはタイムマシーンとして使えそうだな」

腕を組んだ秤が感心したように頷くが、天使はそれも即座に否定した。

 

『そういうものではないという話だ。物理的時間が流れていないから、

ハロウィンからの19日間を五条悟がどう感じたか、私たちに理解することはできない』

 

天使の口調が、少しだけ重くなる。

 

『一瞬のように感じてるかもしれないし、逆に100年以上待ちぼうけを喰らっている状態かもしれない』

 

「ふむ……そんで!? 」

 

『私が懸念しているのは五条悟の精神状態だ。彼は現代最強の術師なんだろう?』

 

「つまりは、五条がもし錯乱しているようなことがあれば、

こんな狭い空間で封印を解くのは非常に危険……ってことでしょ」

 

家入硝子が、タバコを咥えたまま核心を突く。

その言葉の意味を理解した虎杖と秤の脳裏に、同じ光景がよぎった。

 

(もし、あの五条先生が、錯乱した状態で解放されたら――?)

「「そ……それは確かに……、デンジャラスだな……」」

 

想像の中の、ギザ歯を剥き出しにして暴れ回る五条悟。

二人は冷や汗を流しながら、見事なハモりで同意した。

 

「なぁ、うみ。お前はどう思う?」

 

虎杖が、いまだブツブツと呟き続けているうみに声をかける。

 

「えっ?」

 

思考の海から引き戻されたうみは、きょとんと目を瞬かせた後、顎に手を当てて唸った。

 

「う〜ん……。まあ、あの人もとからイカれてるからなぁ」

 

身もふたもない返しに、その場にいた何人かが無言で深く頷いた。

 

◆◆◆

 

――翌11月19日。

埼玉県、木呂子鉱山。呪術高専第四修練場。

 

周囲に人気のない、荒涼とした採石場の跡地。

五条悟が錯乱していた場合の余波を想定し、この広大で隔離された場所が選ばれたのだった。

 

広場の中心には『獄門疆・裏』が安置されている。

少し離れた場所から、高専の面々が固唾を呑んで見守る。

 

「……いくよ」

 

来栖の口から、天使の厳かな声が発せられる。

彼女の背に光り輝く純白の翼が広がり、空へと向かって巨大な術式陣が展開された。

一切の術式を消滅させる、天使の絶対的な術式。

 

「『邪去侮の梯子』――!!」

 

天から降り注いだ圧倒的な光の柱が、獄門疆・裏を完全に飲み込んだ。

眩い閃光に、全員が思わず腕で顔を覆う。

 

「どうなった!?」

「先生ーー!! 近づいて平気ーー!?」

 

光が収まると同時、虎杖たちが土煙の上がる中心部へと慌てて駆け寄る。

だが、土煙が晴れたそこには、何もなかった。

 

「……あれ?」

「先生?」

 

五条悟の姿はおろか、安置されていたはずの獄門疆・裏すらも綺麗に消え失せている。

 

「獄門疆と一緒に消えたってこと?」

「……私のせい……!?」

 

虎杖の言葉に来栖が顔面蒼白になって滝のような汗を流した。

 

『こうしてこの世界にまた一つ新たなトリビアが生まれた……。

獄門疆裏に天使の術式をあてると……五条悟ごと消える』

 

高羽の間の抜けたナレーションが響く中、

「……五条悟って魔の者だったんじゃないですか?」と来栖が言葉をこぼす

 

「あ、開き直った」

「まあ五条の性格はそんなもんだよ」

 

責任逃れを始める天使に、虎杖や家入が呆れたようにツッコミを入れる。

緊張感の欠片もない状況に、うみは思わず天を仰いでため息を吐いた。

 

「あの、普通に表の方から出てったんじゃないですか?」

 

うみが至極真っ当なツッコミを入れた、その直後だった。

 

ズズン……ッ!!

 

突然、足元を激しい揺れが襲った。

 

「地震!?」

「このタイミングって偶然じゃねえよな」

 

虎杖たちが慌てて身構える中、しばらく続いた激しい揺れは、やがてスッと収まった。

静寂が戻った採石場で、うみは少し呆れたように、しかしどこかホッとしたような口調で呟いた。

 

「……まあ、さすがにそういうことですよね?」

 

五条悟の復活に伴う、規格外の余波。

それを理解した全員の顔に、言葉にならない緊張と、確かな希望が広がる。

 

――最強(五条悟)が帰ってきた

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