廻る世界、渡る魂   作:月影うみ

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考え無しクロスオーバー……やってしまったなぁ


年が明けました。うみくんは今日も全開です

大晦日の底冷えする空気が、吐く息を白く染める。

東京高専から電車で数駅下った先にある、都下でそこそこ有名なこの神社は、

日付も変わろうかという頃合いにも関わらず、年越しの初詣客でごった返していた。

玉砂利を踏む音、新年の挨拶、おみくじを開いて一喜一憂する声。

そんな平和な喧騒から少し外れた社務所の脇で、月影うみは静かに息をついた。

 

「……今年も、よろしくお願いします」

 

手渡された破魔矢を受け取った参拝客が、うみの顔を見てポカンと口を開け、次いで顔を真っ赤にして去っていく。

無理もない。うみは今、どういうわけか『巫女装束』という出立ちでこの神社の手伝いをしているのだから。

 

(引き受けた手前文句はないけど……なんで巫女服? 白張なかったんかな……)

 

事の発端は、数日前にかかってきた一本の電話だった。

ここは、うみが汐見荘の子供たちを連れて毎年参拝していた縁で、住職と顔なじみの神社だ。

一年前は本編の事後処理で、二年前は百鬼夜行での負傷の療養で京都にいたため、うみが足を運ぶのは三年ぶりだった。

 

電話は神社の神主からのもので、

『毎年手伝ってくれている巫女の榎本さんが倒れてしまって人手が足りてなくてね……少しだけでも手伝いをお願いできないかな?』と泣きつかれたのだ。

毎年、弟妹たちに良くしてもらってることもあり、義理堅いうみは「そういうことなら」と快諾。

結果として何故だか巫女服を着せられて参拝客を捌き続けている。

 

「ねえ、ちょっとあれ……」

「えっ、嘘。Luna君じゃない!?」

「でもなんで巫女服を着てるのかしら……?」

 

参拝客の列が途切れた隙に一息ついていると、少し離れたところからコソコソとした、

しかし隠しきれない驚きを含んだ声が耳に届いた。

振り返ると、少しアレンジされた可愛らしい『巫女装束』を身に纏った少女たちが四人、こちらを指差して目を丸くしている。

 

(あの人たち……どこかで見たような……)

 

記憶を探ろうと首を傾げた瞬間、四人とバッチリ目が合ってしまった。

向こうは「あっ、目が合った!」とさらに慌てている。

見つめ合ったままというのも不自然なので、うみは少し考えてから、とりあえず挨拶することにした。

 

「おはようございます。えっと、確かアイドルの……」

「も、MORE MORE JUMP!です! あ、あの! Luna君で合ってますよね!?」

 

うみの言葉を遮るように、一番小柄な少女——花里みのりが、食い気味に身を乗り出してきた。

その後ろで、ピンク色の髪の少女――桃井愛莉が「ちょっとみのり!」と慌てて追いかけ、引き留めようとしている。

 

「ええ、そうですよ。初めまして」

「やっぱり! あの、Luna君は何でここにいるんですか!?

私たちは、遥ちゃんの知り合いが倒れちゃったって聞いて、お手伝いに来たんですけど……」

 

みのりの言葉に、うみは少しだけ目を見張った。

 

「倒れちゃった……ああ、榎本さんのヘルプってことですか? なら俺と一緒ですね。

といっても俺の場合はここの神主さんに泣きつかれたんですけど」

「えっ、Luna君は神主さんとお知り合いなんですか?」

 

二人にゆっくりと追いついてきた青い髪の少女——桐谷遥が、驚いたように尋ねる。

 

「ええまあ。家族で初詣に来るときは毎年ここですし。弟妹たちが良くしてもらってるので」

「そうだったんですね。榎本さんは、私が前のグループにいた頃からお世話になっている方で……

私が手伝いに行くって言ったら、みんなが一緒に来てくれたんです」

「遥が困ってるなら、私たちも一緒に手伝うわよ。でもまさか、Luna君まで手伝いに来てるなんて思わなかったけど」

 

遥の言葉に、愛莉が腕を組んで誇らしげに言う。

なるほど、と納得したうみに、愛莉がまじまじと視線を向けた。

 

「それにしても、Luna君の巫女姿、すっごく似合ってるわね。男の子だなんて信じられないくらい」

「あはは……なぜだかこれしか用意されてなくて。皆さんもとても綺麗ですよ」

 

愛莉と遥は褒められ慣れているのか、「ふふ、ありがとう」と嬉しそうに微笑む。

一方、みのりは「は、遥ちゃん! あのLuna君に直接褒められちゃったよ!?」と、遥の腕を掴んでわたわたと震えていた。

和やかな空気が流れる中、うみはふと首を傾げる。先ほど視界の端に映った時は、たしか四人組だったはずだ。

 

「あれ、もう一人の方は……」

「あ、ご、ごめんなさい! 参拝客の方に道を聞かれてしまって……きゃっ!」

 

少し離れた場所から、慌てた様子で小走りにかけてきた長身の少女——日野森雫が、何もない平坦な玉砂利の上で見事に足をもつれさせた。

前のめりに倒れ込む彼女の身体。愛莉たちが「雫!」と悲鳴を上げた、その直後のことだった。

 

「っと。危ないですよ」

 

悲痛な声を上げて見開かれた愛莉と遥の視界の先には、倒れ込む親友ではなく、彼女を抱きかかえているうみの姿があった。

 

「あら……?」

 

地面に倒れ込むはずだった自分の身体が支えられていることに、雫は不思議そうに瞬きをする。

声のした方へゆっくりと顔を向けると、月明かりに煌めく銀青と吸い込まれそうな蒼が映った。

 

「まあ……とっても綺麗な髪と瞳……雪の精霊さん、かしら……?」

「精霊ですか? あはは、そんな高尚なものじゃないですよ。ケガしてませんか? 日野森さん」

「ええ。Luna君が助けてくれたもの。ふふっ、ありがとう」

 

うみも雫の不思議なペースに巻き込まれるように、ふにゃりと柔らかい笑みを返す。

圧倒的な顔面偏差値を持つ二人。しかもどちらも生粋の『天然』である。

そんな二人が至近距離で見つめ合いながら微笑み合うと、周囲にぽかぽかとした花が舞うような空間が形成された。

そのあまりにも絵画のように美しく、かつ一切の毒気がない空間に、周囲の参拝客たちまでポカンと口を開けて見惚れている。

 

一方、残された愛莉と遥、そしてみのりは、ようやく状況を飲み込んで別の意味で呆然としていた。

愛莉が、つい今しがたまでうみが立っていた自分たちの目の前の空間と、数メートル先のうみを、信じられないものを見るような目で交互に見比べる。

 

「ちょ、ちょっと待って!? Luna君、今どうやってそこまで……!?」

「えっ、あ、瞬間移動……!?」

「ええっ!? Luna君さっきまでここにいたのに、なんであんなところに!?

わわわ、Luna君って雫ちゃんの言う通りで本当に精霊さんなの!?」

 

目を白黒させる愛莉と遥に、両手をバタバタと振って混乱の極みにあるみのり。

当のうみはというと……

 

(やっば……いやまだ人間の範疇だったはず。まだ誤魔化せる……)

 

内心焦りながらも、雫を立たせながら、さも当然というような涼しい顔で三人へと振り返った。

 

「ああ……俺もそれなり*1に鍛えてるので。そこらのアスリートよりは動けますよ」

「「いや今のそんなレベルだったかなぁ(かしら)!?」」

 

遥と愛莉の見事なツッコミを華麗にスルーし、うみは社務所のストーブで温めておいた予備のペットボトルのお茶を彼女の手に持たせた。

 

「外での案内、冷えたでしょう。これ、よかったら飲んでください」

「まあ、温かい。ありがとう、Luna君」

「俺はあっちの参拝客の列を整えてきますね。皆さんも無理しないでくださいね」

 

アイドルたちは――みのりは「えっ、じゃあ精霊さんじゃないの……!?」と未だにワタワタと混乱しており、

愛莉と遥は「絶対アスリートとかいうレベルの動きじゃなかったわよね……?」と狐につままれたような顔で――見送っていた。

 

それからしばらくの間、うみは休む間もなく押し寄せる参拝客を捌き続けた。

日付が変わる時間が迫り、底冷えのする空気がいっそう冷たさを増した頃。ようやく波が引き、小さく息を吐いて社務所へ戻ろうとした時だった。

 

「あっ!見て絵名! ほんとにLunaきゅん居るよ!!」

「ちょっと瑞希、待ちなさいよ! ってやば、本物きれいすぎでしょ!」

 

興奮気味の甲高い声。見れば、私服姿の少女二人が、わちゃわちゃと競い合うようにこちらへ小走りで向かってくるところだった。

栗色のボブヘア――絵名と呼ばれた少女と、ピンク色の髪を可愛らしくまとめた――瑞希と呼ばれた子。二人は目を輝かせながら、うみの前でピタリと止まる。

 

「あのっ、写真いいですか!? あとサインも!」

「ボクもボクも! 一緒に撮りたい!」

 

目をキラキラさせてスマホを構える二人に、うみは少しだけ目を瞬かせた。

 

「写真……ええっと、ちょっと待ってくださいね」

 

二人から少し距離をとって、うみは白衣の袂からスマホを取り出し、冥冥の連絡先へと通話ボタンを押す。

こんな時間であっても、あの人は起きてるだろうという謎の確信があった。

 

ワンコールで繋がる。

 

『やあ、Luna。どうしたんだい?』

「こんな時間にすみません。今ちょっとファンであろう子写真とサインをお願いされまして。

SNSに載る可能性が高いですけど……大丈夫ですか?」

『――ふむ。構わないよ。君の名前(Luna)もそれなりに有名になりはしたが、

今はまだ知名度が欲しい時期だからね。大いに拡散してもらいなさい。

ただし、君の価値を下げないよう、最高の愛想を振りまくこと(ファンサービス)は忘れずにね」

「言い方最悪ですよ……まあ了解です」

 

通話を切り、うみは目の前で期待に胸を膨らませている二人の少女のもとへと戻り、笑顔を浮かべた。

 

「お待たせしました。どっちも大丈夫らしいです」

「「やったーーっ!!」」

「あ、でもさすがに色紙とか持ってない……」

「大丈夫! ボク、色紙とペン持ってるから!」

「……いつも持ち歩いてるんですか?」

 

うみは内心で小さく困惑しつつも、「では、先に写真を撮りましょうか」と、二人の間に少し身を屈めて入り込んだ。

自撮りモードのスマホ画面に、巫女姿のうみと、嬉しそうな絵名、瑞希の顔が収まる。

 

「はーい、いくよー! はい、チーズ!」

 

パシャリ、とシャッター音が鳴る。

 

「わあ、めっちゃいい感じ! ねぇLuna、これこのままSNSに上げてもいい!?」

 

撮ったばかりの写真を食い入るように見つめながら、絵名が興奮気味に聞いてくる。

 

「ええ、もちろん。宣伝になりますから」

「ふふっ、ありがとう!」

 

うみは瑞希から色紙とペンを受け取ると、ペンのキャップを外した。

 

「ええと、宛名はどうします?」

「あ、じゃあ『えななん』で!」

「ボクは『瑞希』でお願い!」

「えななんに瑞希……ですね」

 

うみは二人の名前を復唱しながら、さらさらとサインを書き始めた。

その作業をしながら、うみはふと先ほどの瑞希の言葉に引っかかりを覚えた。

 

(あれ? プライベートで来てるから告知とかはないはずだけど……)

 

「そういえばさっき『ほんとに居る』って言ってましたけど、あれってどういうことですか?」

「ああ、実は今日、絵名が友達の愛莉ちゃんにMORE MORE JUNMP!が巫女さんするって聞いて、

それなら初詣がてらみんなで会いに行こうってなってさ」

「そしたら、ここに来る途中で通りがかった人たちが、『Lunaが巫女やってた』って話してるの聞いてね。

まさかほんとにいるなんて思わなかったわ!」

 

なるほど、と納得しながら、うみは書き終えた色紙を二人に手渡した。

 

「そうだったんですね。桃井さんなら授与所の担当なので、そっちにいると思いますよ。あと花里さんも」

「そうなんだ! じゃあ私、愛莉に声かけてくるね。瑞希はどうする?」

「ボクはここで待ってるよ。まふゆと奏も置いてきちゃったし」

「オッケー、じゃあすぐ戻るから!」

 

絵名はうみに軽く頭を下げると、足早に授与所の方へと向かっていった。

残されたのは、うみと瑞希の二人だけ。

和やかな空気が流れる中、瑞希は少し首を傾げ、うみの顔をじっと見つめ始めた。

 

「それにしても……」

「? どうかしましたか?」

「いやぁ、まさかほんとに男の子だとはって思ってさ」

 

しみじみと呟く瑞希に、うみは少しだけ目を丸くした。

 

「疑われてた!?」

「いやぁだって、すっごいカワイイじゃん! 巫女服も似合ってるし、違和感なさすぎだし」

「くっ……! これが日ごろの行い(仕事)の代償か……!」

 

軽く頭を抱えて悔しがるうみの姿に、瑞希はくすくすと笑い声を漏らす。

しかし、ふと少しだけ声のトーンを落とした。

 

「でもさ、大変じゃない?」

「大変……?」

「ほら、Lunaきゅんって結構女の子っぽい格好のときとかあるでしょ?

中には『男のくせに』みたいなこととか言ってくる人とかも、いるんじゃない?」

 

うみは少しだけ瞬きをしてから、巫女の袖を軽く揺らしてくすりと笑った。

 

「あー……。まあ、SNSとか見ると言われたりしてる時はありますね」

「…………」

「でも、別に気にしてないですよ」

「……え?」

 

うみのあっけらかんとした言葉に、瑞希の瞳が微かに揺れる。

 

「だって、そういうこと言ってくるのって一部の人だけですからね。

俺のファンやってくれてる人たちの方が多いですし、いちいち気にする必要ないというか」

 

うみの言葉に、瑞希の瞳が大きく見開かれる。

 

「まあ、そういう否定的な人が多数派だったら、ちょっとしんどいかもしれないですけどね。周りに味方より敵が多いからしんどいんですよ」

 

(えっ……嘘、気づかれてる……!?)

 

まるで自分の秘密をすべて見透かされているかのような響きに、瑞希の心臓が大きく跳ねた。

今日初めて会ったばかりの相手。ただの雑談だったはずなのに。

言葉を失い、硬直する瑞希。そんな様子を見て、うみは何か閃いたようにポンと手を打った。

 

「そうだ! 瑞希さん、うちでデビューしませんか?」

「……はえ?」

「瑞希さんのビジュアルなら絶対即戦力ですよ!

何より俺を見てればわかると思いますけど、かっこいい服だろうがカワイイ服だろうが着放題ですよ!

ファンがたくさんつけば、周りのノイズも気にならないでしょうし」

 

……というのは半分本音。もう半分は別のところにあった。

冥冥の事務所は設立半年も経っていない新興事務所であり、現在所属しているタレントはうみ一人しかいない。

(この人が入ってくれれば、負担が分散できる! ビジュアルも完璧だし、冥さんも絶対喜ぶはず……!)

 

「……あははっ! そっか、そういう解決方法もあるんだ。……そうだね、考えとくよ」

 

そんなうみの腹黒い思惑など露知らず、瑞希はようやく我に返ってパチパチと瞬きをし、今日一番の、心からの笑顔を咲かせた。

「ぜひ前向きに検討してくださいね」と念押しするうみの笑顔も、ある意味で今日一番輝いていた。

 

「もう……急に走ったりしたら危ないよ。あれ? 絵名は?」

 

そこへ、ゆっくりと別の声が近づいてきた。

紫色の髪を揺らす、優等生然とした美しい少女——朝比奈まふゆが、不思議そうに周囲を見回しながら瑞希に声をかける。

さらにその後ろからは、「はぁっ……はぁっ……待って、みんな……速すぎ……」と、

長い銀髪の少女——宵崎奏が、息も絶え絶えにふらふらと歩いてきていた。

 

「絵名なら愛莉ちゃんのところに行ったよ」と瑞希が答えるのを横目に、うみはじっとまふゆを見つめていた。

 

(……この人、めっちゃ呪力が濃い。総量は非術師のそれだけど、なんだこの濃度は。どうしたらこんなことに……)

 

うみはスッと目を細めた。

しかし、目の前には今にも倒れそうなほど息を切らしている少女がいる。

うみは(まあ、それはいったん置いといて)と内心で思考を切り替え、気遣うように奏の方へと声をかけた。

 

「大丈夫ですか?」

「あ、はい……ただの、体力不足、なので……」

「初めまして。お騒がせしてすみません」

 

ふらつく奏に寄り添うように前に出て、まふゆが完璧な、一枚の絵画のように美しい笑顔で会釈をした。

誰もが「礼儀正しい良い子だ」と疑わないであろう、お手本のような微笑み。

だが、うみはその完璧すぎる笑顔と、彼女から発せられる重く冷たい呪力との凄まじいギャップに、内心で僅かに困惑していた。

ふと視線をずらすと、隣にいる瑞希が、まふゆを見て微かに表情を引き攣らせているのが見えた。

 

(なるほど。少なくとも、瑞希さんたちの前ではこういう感じじゃないのか……)

 

「いえ、気にしないでください。それより……」

 

うみは表面上は柔らかな笑みを崩さず、奏を気遣うように視線を向けた。

 

「もしよかったら、そこの社務所で少し休みますか? あと二、三十分くらいは誰も使わないはずですし」

「えっ……でも、迷惑じゃ……」

「大丈夫ですよ。……それに」

 

うみはスッと目を細め、まふゆへと視線を移した。そして、周囲に人がいることを考慮し、ほんの少しだけ声のトーンを落として付け加えた。

 

「そちらの方も、いつまでもそれだと疲れるでしょうし」

「…………!」

 

まふゆがピシリと音を立てて固まった。

周囲に人がいるため完全に剥がしきってはいないものの、その瞳からは先程までの温かみがスッと消え失せる。

 

「……どうして、分かったんですか?」

 

優等生の仮面の下から覗いたのは、酷く平坦で、冷え切った本来の彼女の声だった。

警戒心を露わにするまふゆに、うみは困ったように頬を掻く。

 

(どうしてって言われても、呪力云々は話せないしなぁ)

 

「うーん……視えてるものと、感じるものに差がありすぎるから……ですかね?」

「視えてるものと、感じるもの……?」

 

要領を得ないうみの返しに、まふゆが僅かに眉をひそめ、さらに踏み込もうとした――その時だった。

 

「お待たせー!」

 

絵名の明るい声と共に、彼女が小走りで戻ってきたのだ。

 

「あっち結構忙しそうだったから、挨拶だけしてすぐ戻ってきた! あ、まふゆと奏もやっと来たんだ。……って奏、大丈夫!?」

「はぁっ、はぁっ……だ、大丈夫……」

「いやそれは無理あるでしょ。あ、Luna、愛莉が『あとでモモジャンと一緒にSNS用の写真撮ってくれない?』って言ってたよ!」

「そうですか。わざわざ伝えてくれてありがとうございます」

 

絵名が戻ってきて会話に参加したことで、まふゆの追求は宙に浮く形となった。

しかし、まふゆは『優等生の仮面』を被り直すことはせず、どこか戸惑ったような、平坦な表情のままでうみを見つめている。

そんなまふゆの様子に、絵名がいち早く気づいて目を丸くした。

 

「あれ? ちょっとまふゆ、あんた人前なのにそっちなの?」

「えっ……」

 

絵名の素直すぎる指摘に、まふゆが微かに肩を揺らす。

すると、一部始終を見ていた瑞希が、絵名の耳元に顔を寄せてヒソヒソと囁いた。

 

「それがさぁ、絵名。今、Lunaきゅんに見抜かれちゃったとこなんだよねー」

驚愕してうみとまふゆを交互に見る絵名。瑞希は面白そうにくすくすと笑い、奏はまだ息を整えながらも不思議そうに首を傾げている。

(ああ、やっぱり普段からこういう関係性なんだな)

気を許し合っている彼女たちのやり取りに、うみはどこか微笑ましいものを感じてふっと表情を緩めた。

 

モデルのうみと、個性豊かな少女たち。美男美女がわちゃわちゃと集まるその空間は、傍から見ればとんでもなく華やかで、嫌でも目を引く光景だった。

 

――そして、そんな空間に、空気を切り裂くような、そしてうみのよく知る声が轟いた。

 

「用事って巫女服着て女子といちゃつくことかよ!!」

 

***

 

時計の針を数十分ほど前に巻き戻す。

 

「うっわ、やっぱ年始だけあってすげー人だな」

高専から電車で数駅下った先の駅前。

雑踏の中、ダウンジャケットのポケットに両手を突っ込んだ虎杖悠仁が、周囲を見回しながら息を白く染めた。

その隣では、伏黒恵がマフラーに顔を埋めながら「そうだな」と短く同意する。

そして少し離れた前方を歩く釘崎野薔薇は、スマホを片手にイライラとした様子で足早に進んでいた。

 

「ちょっと! アンタたち歩くの遅いわよ! 早くしないと日付変わっちゃったじゃない!」

「そうは言うけどよ、釘崎。なんで俺たちわざわざこんな人多いとこに初詣に来てんだ? 高専の近くにも神社くらいあったろ」

 

虎杖の素朴な疑問に、釘崎は「はぁ?」と大げさに呆れた声を上げた。

 

「あんたホント馬鹿ね! ここの神社は屋台がいっぱい出るのよ! りんご飴にじゃがバター、それに……」

「……食い気かよ。まあ、これだけ屋台が出てりゃ悪くはねぇけど」

「でしょ? ほら、さっさとお参り済ませて屋台巡りするわよ!」

 

呆れる伏黒を尻目に、意気揚々と先陣を切る釘崎を、虎杖が「おー!」と追いかける。

そんな三人組の耳に、ふと聞き慣れた声が届いた。

 

「あれ? 虎杖くんたちもここだったんだ」

「しゃけ!」

「げっ、こんな人混みで会うとはな」

 

振り返ると、そこには乙骨、狗巻、真希の三年生組の姿があった。

さらにその後方から、わちゃわちゃとした声が近づいてくる。

 

「あっ! 真希さーん!それに野薔薇ちゃん達も!」「ちょっと霞、走らないの。転ぶわよ」

「もー、人が多いんだからはぐれちゃうでしょ!」

 

三輪、真依、西宮の元京都校組。

そして、「お、全員集合か? 熱いな」と笑う秤と、綺羅羅までもが合流した。

極めつけは、人混みの中でも嫌でも目立つ長身と白髪、そしてその後ろを歩く面々だ。

 

「やっほー! みんな揃って奇遇だねー! これも何かの縁だし、一緒にお参り行こっか!」

「アンタの声が聞こえたから避けようとしたのに、なんでドンピシャでエンカウントするのよ!!」

「大晦日くらい、静かに休ませてくれ……」

「さっさと参拝済ませて酒飲むぞ」

「おお!ブラザーではないか!! こんなところで偶然とは、やはり俺たちは魂のレベルで惹かれ合っているということだな!」

 

満面の笑みで手を振る五条悟。その背後には、青筋を立てる歌姫、心底ダルそうな日下部、すでに飲む気満々の硝子。そして虎杖を見つけて暑苦しく迫る東堂葵の姿があった。

その濃すぎる面々に、伏黒と真希が同時に「絶対分かってて集まっただろあの人(あいつ)」と深いため息をついた。

 

成り行きで超・大所帯となった一行が玉砂利を進む中、話題は自然と「今日いない人物」へと集約されていく。

 

「それにしても、これであとアイツがいれば全員揃ったのにな」

「虎杖の言う通りね。私もうみを誘ったんだけど、『用事があるって』断られたのよ」

「釘崎さんたちも誘ってたんだ。僕たちも誘ったんだけど、釘崎さんと同じ理由で断られちゃったんだよね」

「……ちょっと。私たちも同じこと言われたんだけど。まったく、どんな用事なんだか」

 

乙骨の言葉に真依が呆れたようにため息をつくと、周囲の面々も次々と首を縦に振った。

どうやら、この場にいるほぼ全員が別々にうみを初詣に誘い、そして見事に全員『用事』を理由に振られていたらしい。

 

「うみくん残念だったなー……。一緒に振袖と袴で写真撮りたかったのに……」

三輪が肩を落とす中、五条も「僕も断られちゃったんだよねー。悲しいなぁ」と嘘泣きをしているが、

その眼はすでに境内の奥、『ある一点』を正確に捉えていた。

目隠しの下で「面白いもの見ーつけた」とばかりに、ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべている。

 

「ん? なあ、あれって……」

 

虎杖の言葉に、全員の視線が彼が指さす境内の一角へと向けられる。

異常なまでの熱気を帯びた参拝客の人だかり……その少し外れを覗き込んだ瞬間――呪術師たちの足がピタリと止まる。

 

そこには、美しい銀青の髪を揺らし、楚々とした『巫女装束』を身に纏った月影うみがいた。

 

「あ、ホントだ。うみじゃん。巫女服? ……って、隣にいるの……誰?」

釘崎が目を細めた先。うみは、ピンク色の髪を可愛らしくまとめた少女と二人きりで話し込んでいた。

そして次の瞬間、うみが少女の顔を覗き込むようにして、笑顔で何かを囁いた。それに少女はパッと顔を輝かせている。

 

「えっ……? うみくん……女の子と……?」

三輪の口から、ヒュッと息を呑む音が漏れた。周囲の気温が微かに下がった気がした。

 

そこへ、新たに二人の少女が歩いてくるのが見えた。

一人は息も絶え絶えな儚げな少女。うみはすぐさま歩み寄り、距離を詰めて優しく気遣うように声をかけている。

 

「……また、増えた……?」

三輪の手の中で、先ほど引いたばかりのおみくじが、ギリッ……と嫌な音を立てて握り潰された。

 

さらにうみは、もう一人の紫髪の美しい少女に向き直ると、今度はその顔をじっと意味ありげに見つめ始めたではないか。

 

ゴゴゴゴゴゴ……

 

そんな効果音でもつきそうな雰囲気が俯いた三輪から放たれる。

 

「ちょ、霞!? 落ち着きなさい、まだ何か事情が……!」

「そうだよ霞! ほら、うみくんのことだし、また妹とかだって!」

 

真依と西宮が慌ててフォローに回るが、ハイライトの消えた三輪の瞳には届かない。

 

極めつけとばかりに、そこへさらに別の少女が小走りで合流し、

うみを中心に美男美女がわちゃわちゃと談笑する、とんでもなく華やかな空間が完成してしまった。

 

モデルのうみと、個性豊かな美少女たち。

遠目から見たその光景は、術師たち(特に一部)にとって、最悪な形で時系列順に見せつけられる結果となったのだ。

 

そして、限界に達した釘崎の絶叫が境内に響き渡る。

 

「用事って巫女服着て女子といちゃつくことかよ!!」

 

そして、時計の針は現在に追いつく。

 

***

 

空気を切り裂くような、そしてうみのよく知る声が境内に轟いた。

 

「あ、先輩たちだ」

「「え? 先輩?」」

 

うみのマイペースな呟きに、隣にいた瑞希と絵名が目を丸くする。

 

「はい。学校の先輩達です。あ、先生もいるみたいですね」

 

うみがニコリと笑って手を振ると、遠くから白髪の教師が「やっほー!」と楽しげに手を振り返してくる。

そんな会話をしている間に、呪術師たちの集団はあっという間にうみたちの目の前までやってきた。

先頭に立つ釘崎が、ズンズンと足音を立ててうみに詰め寄る。

 

「ちょっと! 私たちの誘い断っといて、何こんなところで女子に囲まれてんのよ、う――」

「っと」

 

うみはスッと距離を詰めると、釘崎が自分の名前を口にする直前で、その口元を自らの手でふわりと塞いだ。

 

「むぐっ!?」

「ごめんなさい、野薔薇先輩。ここでは『Luna』でお願いします」

 

直接口を塞がれた釘崎は、一瞬カァッと顔を赤くして「んっ、んんーっ!(わ、分かったわよ!)」とジタバタと抗議の声を上げる。

それを見ていた虎杖が、ポンと手を打った。

 

「あ、もしかして今モデルの仕事中だったか!? わりぃ、邪魔したな!」

「いえ。今日は個人的なお手伝いで来てるんです。さすがに顔隠して巫女ってのはおかしいので隠してないんですけど……だから、分かる人にはバレちゃうみたいで」

 

うみが苦笑交じりに口から手を離すと、釘崎は「ぷはっ! あんたねぇ……!」と文句を言いつつも、どこか調子が狂ったように視線を逸らした。

その後ろから、伏黒が呆れたようにため息をつく。

 

「あー……じゃあ、その人らはファンか何かか?」

 

伏黒の視線が、うみの背後にいる面々に向けられた。

 

その言葉に、瑞希が真っ先にピンと手を挙げて反応した。

 

「はいはーい!! ボクと絵名はLunaきゅんのファンです!」

「ちょ、瑞希! あんた急に大声出さないでよ。……えっと、はい。さっき偶然お見かけして、お声がけさせてもらったんです」

 

絵名が少し恥ずかしそうに頬を掻きながら答える。

その横で、奏がぽつりと呟いた。

 

「Luna……? ああ、瑞希たちがたまに話してる……この人のことなんだ」

「初めまして。瑞希と絵名がいつも応援しているみたいで」

 

事情を知らない奏が小さく首を傾げ、まふゆが「優等生の仮面」を完璧に貼り付けたまま丁寧にお辞儀をする。

 

「おー! すげえじゃんLuna! ちゃんとモデルやってんだな!」

「いやそれは当たり前だろ」

 

無邪気に感心する虎杖に伏黒がツッコミを入れる。

そんな賑やかな身内の空気を察したのか、瑞希が一歩下がって軽く手を振った。

 

「身内の邪魔しちゃ悪いし、ボクたちはそろそろ行くね。MORE MORE JUMP!のみんなにも会いに行かなきゃだし」

「そうですか。それなら、日野森さんは甘酒のところにいますよ。桃井さんと花里さんは絵名さんが知ってるから大丈夫ですね。

ただ、桐谷さんは案内と連絡の係なので今どこにいるかまでは……」

「おー! 情報助かる! ありがとね、Lunaきゅん!」

 

うみの的確すぎる案内に、瑞希が嬉しそうに笑う。

絵名も「ありがと! じゃあまたね」と手を振り、奏とまふゆもそれぞれ会釈をしてその場を離れようとした――その時。

 

「あ、そうだ! Lunaきゅん、さっきの話、ボクちょっと考えとくからねー!」

 

去り際、瑞希がくるりと振り返り、パチンと可愛らしく意味深なウインクを飛ばした。

うみが「はい、ぜひ前向きに」と笑顔で手を振り返して見送った。その直後だった。

 

ガシッ、と力強くうみの肩が掴まれた。

 

「うみくん……さっきの話ってなに……? あの可愛い女の子たちと……いちゃいちゃ……?」

「うわっ、びっくりした。霞先輩?」

 

特級呪霊すら裸足で逃げ出しそうな雰囲気を至近距離で浴びているにも関わらず、うみは全く動じない。

それどころか、何か良いことを報告する子供のようにパァッと顔を輝かせ、少しだけテンション高めに答えた。

 

「ああ、さっきの子、事務所に誘ったんですよ。もしかしたら仕事仲間ができるかもしれません!」

「……え? 事務所……?」

「はい! 今、うちの事務所の所属タレントって俺一人だけですからね。そろそろもう一人くらい増やした方がいいんじゃないかと思って」

 

うみが嬉しそうにそう言うと、三輪の背後から立ち上っていたドス黒いオーラがピタリと止まる。

「ああ、なるほど……」と、術師たちも妙に納得したような顔をした。

 

「あははっ、そういうちゃっかりしてるとこ、冥さんに似てきたねー」

「似てません。俺は純粋に仕事仲間が欲しいだけです」

 

後ろから面白そうにくすくすと笑う五条のからかいを、うみは心外だとばかりに即座に否定した。

 

そんな周囲の空気の変化の中、うみは「あ」と何かに気づいたようにハッとして、パンと小さく手を合わせた。

そして、先ほどまでの騒ぎを完全にリセットするような、清々しい笑顔を向ける。

 

「すみません、忘れてました。――皆さん、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」

 

しんっ、と。

境内の喧騒の中、術師たちの間だけが一瞬の静寂に包まれた。

 

「「「この流れで!?」」」

「マジかお前……」

「いや、まあ間違っちゃいねぇんだけどよ……」

 

虎杖や釘崎が盛大にツッコミを入れ、伏黒や真希が深いため息をつく。

しかし、うみの底抜けにぽやぽやとした笑顔を前にすると、それ以上追及する気も失せてしまうらしい。

「……はぁ。あけましておめでとう」「ことよろー」「おめでとう」と、次々に呆れ混じりの挨拶が返され始めた。

 

そんな中、うみは未だに自分の両肩を掴んだまま、

状況の変化に処理が追いつかずフリーズしている三輪の顔を、下からひょいっと覗き込んだ。

 

「霞先輩♪」

「へ……?」

「今年もよろしくお願いしますね。あと、その着物、とっても似合ってますよ。綺麗です」

「…………ッ!!!」

 

ポン、と。

三輪の背後のドス黒い残滓が一瞬にしてピンク色の湯気へと変わり、彼女の顔が茹でダコのように真っ赤に染まる。

「あ、あわわわ……」と呟きながら、三輪はそのままズルズルと地面に崩れ落ちた。

 

「……ほんっと、新年一発目から全開ね……」

「はぁ、全くこの子は……」

 

野薔薇と真依が呆れ果てた顔で見下ろす中、うみは「霞先輩? 貧血ですか?」と本気で心配そうに首を傾げている。

そんなカオスな状況の中、乙骨が苦笑しながらうみに声をかけた。

 

「あはは……。ところでうみくん、その手伝いは何時くらいまでいる予定なの?」

「例年だとあと二、三時間くらいでピークが引くらしいので、それまでですね」

「そっか。じゃあ、もう少しだね」

「はい。なのでみなさんはお参りが終わったら先に戻っててもらって大丈夫ですよ」

 

そんなやり取りをしていると、わちゃわちゃと賑やかな足音が近づいてきた。

 

「あ、Luna君! いたいた!」

「お疲れ様ー! 私たち、明日も朝から用事あるしそろそろ帰らなきゃなんだけど……」

 

巫女の姿をしたMORE MORE JUMP!の四人だ。愛莉がスマホを片手に、少し期待するような目でうみを見上げる。

 

「ああ、絵名さんから聞いてますよ。ここで大丈夫ですか? それとも場所変えます?」

「んー、ここの方が神社っぽくていいかも! 誰かに撮ってもらいたいけど……」

 

愛莉がキョロキョロと周囲を見回すと、うみは「あ、じゃあ」と釘崎と西宮の方へ振り返った。

 

「野薔薇先輩、桃先輩。すみませんが、ちょっとシャッターお願いしてもいいですか?」

「はぁ? なんで私が……」

「まあまあ、いいじゃない。貸して」

 

文句を言いつつもスマホを受け取った釘崎と、野次馬根性で横から覗き込む西宮。

うみは快く頷くと、アイドル四人の中央へと自然に歩み寄る。

 

「じゃ、撮るわよ」

 

釘崎がカメラを構えた――その瞬間だった。

先ほどまでの呪術師たちに向けていた『ふわっとした空気』が一変する。

 

スッ……と、うみの纏う空気が鋭く、そして透明に澄み渡った。

アイドルである四人と並んでも一切引けを取らない。

 

「……うわぁ、すげぇ」

「……なんか、遠い世界の人みたいね」

 

その完璧な仕事ぶりに、虎杖が感心したように呟き、釘崎が少しだけ複雑そうに息を吐きながらシャッターを切る。

 

「はい。撮れたわよ」

「ありがとうございます、野薔薇先輩」

 

うみがスマホを受け取り、愛莉に手渡す。四人はすぐに身を寄せて画面を覗き込んだ。

 

「わあ、すっごく綺麗に撮れてる!」

「さすがLuna君ね、カメラ向けられた瞬間に一気に顔が変わったわ」

 

みのりが目を輝かせ、愛莉が感心したように言う。

うみも自然にその輪に加わって、一緒に画面を覗き込んだ。

 

「いい写真ですね。……折角ですし、俺もそれ貰っていいですか?」

「もちろん! じゃあ後でアカウント宛に送っておくね」

 

愛莉が手早くスマホを操作する中、ふと何かを思いついたように遥が口を開いた。

 

「ねえ、Luna君。もしよかったら今度、私たちの配信にもゲストで来てくれないかな?」

「えっ! いいねそれ! きっとみんなも喜ぶよ!」

 

遥の提案に、みのりも大賛成とばかりに身を乗り出す。

うみは少しだけ首を傾げてから、小さく頷いた。

 

「俺はいいと思いますけど、一応事務所所属なので、そちらに直接メッセージを入れてもらう形にはなりそうですね。

……まあ、間違いなく許可出ると思いますけど」

 

「本当!? じゃあ後で事務所宛に連絡しておくわね!」

 

愛莉が嬉しそうに言い、雫も「ふふ、楽しみにしてるわ」と優しく微笑んだ。

 

「それじゃあLuna君、またね! 今日はありがとう!」

「お疲れ様でした。気をつけて帰ってくださいね」

 

わちゃわちゃと賑やかな足音を立てて去っていく四人を深々と頭を下げて見送ったうみは、

ふっといつもの柔らかい表情に戻って術師たちの方へ振り返った。

 

「あの人たちもファンか何かなのか?」

 

伏黒が尋ねると、うみは小さく首を横に振った。

 

「いえ、あの人たちは俺と同じで手伝いに来てたアイドルグループの方々ですよ。

皆さん、俺よりずっと有名な人たちです」

「えっ、アイドル!? そういえばなんかオーラあったわね……」

 

感心する釘崎たちに軽く会釈をして、うみは神社の奥へと体の向きを変えた。

 

「それじゃあ、俺は仕事に戻りますね」

「あ、ちょっと待ってうみ」

 

立ち去ろうとしたうみを、五条がひらひらと手を振って呼び止める。

 

「今日って、夕方以降空いてるよね?」

「ええ、空いてますけど……何かあるんですか?」

「高専で新年会やるからねぇ! もちろん強制参加!」

「新年会……なるほど。準備はいつくらいから始めます? 俺、昼間は孤児院に顔出そうと思ってるんですけど……」

「んー、買い出しもあるし三時とか四時くらいかなー」

「わかりました。じゃあ、それまでには戻りますね」

 

うみがぽんと手を打って快諾すると、術師たちに見送られながら、再び参拝客の列へと戻っていく。

かくして、波乱を含んだ初詣は終わりを告げ、一行は東京高専での賑やかな新年会へと向かうのだった。

 

***

 

午後六時。

普段の休日なら静まり返っているはずの東京高専の食堂は、煌々と明かりが灯り、熱気と良い匂いに包まれていた。

キッチンに立っているのは、私服の上に自前のエプロンをきっちりと結んだうみである。

 

トトトトトトッ!

 

小気味良い包丁の音が響き渡る。「おー! すげぇ良い匂い! うみ、何作ってんだ?」

 

我慢しきれずにキッチンを覗き込んできた虎杖に、うみは鍋のアクを取りながら振り返った。

 

「冷えたでしょうから、まずは温かいものをと思って。

関東風のお雑煮と、あとは豚汁、他色々ですね。出汁巻き卵も焼いておきましたから、先につまんでてください」

「マジか! うっひょー、最高!!」

 

大皿に綺麗に並べられた出汁巻き卵を見た瞬間、虎杖の目が輝く。

「ほら悠仁先輩、運ぶの手伝ってください」とうみに言われ、虎杖と、同じく匂いにつられてやってきたパンダがホクホク顔で料理を大広間のテーブルへと運んでいく。

 

「ツナマヨ!」

「おお、棘。お前も食べるか? うみの出汁巻き、絶品だぞ」

「しゃけぇ……♪」

 

テーブルではすでに、狗巻や乙骨、秤たちがこたつに入ってくつろいでおり、真希や釘崎たち女子陣も温かいお茶を飲みながら談笑していた。

そして上座には、五条や日下部、硝子、さらには歌姫といった大人組も集結している。

 

「お待たせしました」

 

うみがエプロンを外しなら大広間へ出てくると、一気に歓声が上がった。

大人数の手によって、大皿に綺麗に並べられた出汁巻き卵や小鉢類、そして人数分のお椀によそわれたお雑煮と豚汁が、次々と大広間のテーブルへと運ばれていく。

 

「うわぁ……お出汁がすっごくいい匂い……!」

「うみくん、こんな大人数分をあっという間に作ったの? すごいね」

 

三輪が感動したように目を輝かせ、乙骨が感心したように声をかける。

 

うみは「汐見荘で作ってた量に比べれば少ないですからね」と笑った。

 

「「「いただきまーす!」」」

 

一斉に手が伸びる。

澄んだ出汁に焼いた角餅と小松菜、鶏肉が上品に盛り付けられたお雑煮。

そして、根菜がたっぷりと入って冷えた身体に染み渡る豚汁。

一口食べた瞬間、あちこちから「美味い!」「はぁぁ、生き返る……」といった声が漏れた。

 

「……うん、美味いわね。出汁がしっかり効いてる。やるじゃない」

「真依先輩の口に合ってよかったです」

 

素直に褒める真依に、うみが嬉しそうに微笑む。

一方、大人組のテーブルでも……。

 

「……美味いな」

「あいつ、いったい何ができねえんだ?」

 

日下部と硝子が、豚汁をすすりながらしみじみと呟いていた。

歌姫も「本当にいい子よねぇ……誰かさんの影響を受けないで真っ直ぐ育ってくれてよかったわ」と、

隣で「僕の分のお餅は三つね!」と騒いでいる五条を完全に無視してうみを褒め称えている。

 

圧倒的な手際と、優しくも確かな味付け。

 

孤児院で培われたうみの『長男力』は、東京・京都・そして大人組を含めた呪術師たちの胃袋を、

いとも容易く、そして完全に掌握してしまっていた。

 

平和で温かい、新年会の始まりだった。

――この後、とある『事故』によって、その平和な空気が混沌へと叩き落とされることになるとは、この時の誰も予想していなかった。

 

***

 

宴が始まってから一時間が経ち、食堂内の空気はすっかり打ち解けた熱気に包まれていた。

あちこちで酒盛りが始まり、特に大人組のテーブルでは日本酒やビールが次々と空けられている。

 

「はぁ、美味しかった……。うみくん、お代わりいい?」

「はい、今持ってきますね」

 

空になったお椀を受け取ったうみは、一度キッチンへと下がり、再び大皿料理や飲み物の補充のために動き回る。

その最中、うみは少し喉が渇いたなと思い、近くのテーブルに置かれていたグラスに手を伸ばした。

 

一方、大人組のテーブルでは。

 

「……ん?」

 

自身のグラスをぐいっと煽った歌姫が、怪訝な顔で眉を寄せた。

 

「あれ……? これ、ただの水じゃない」

「歌姫、もう酔っ払って水と酒の区別もつかなくなったのー?」

「違うわよ!……ちょっと、誰か私のグラス知らない!?」

 

歌姫が困惑して周囲を見回し、大人たちが首を傾げている頃。

 

「……うみくん?」

 

少し離れた場所で、三輪が不思議そうに声をかけていた。

見れば、うみが立ち止まったまま、焦点の定まらない目でぼーっと虚空を見つめている。

 

「どうしたの? さすがにずっと動き回ってたから疲れちゃっ――」

 

気遣うように顔を覗き込んだ、その瞬間だった。

スッ……と、うみの身体が傾いた。

 

「えっ? ちょ、うみく――きゃっ!?」

 

ふらりと前傾姿勢になったうみは、そのまま三輪の身体を両腕でぎゅっと抱きしめ、首元にすりすりと顔を埋めた。

 

「なっ……!?」

「えへへ……霞先輩だぁ。ぎゅー♪」

 

至近距離から浴びせられる、限界まで甘さを煮詰めたような声。

そして、彼の吐息からふわりと漂う、強烈で甘いアルコールの香り。

 

「ひっ……!? あ、あわわわわわ……!」

 

間近で見つめられ、抱きしめられた三輪の頭から、一気に限界突破の湯気が吹き上がる。

いつもの彼女からは想像もつかないほど、完全にキャパシティを超えていた。

 

「ちょ、霞!? しっかりしなさいよ霞!!」

 

完全にショートして白目を剥いた三輪が、うみに抱きつかれたままズルズルと崩れ落ちそうになる。

それを見かねた真依と西宮が、慌ててうみの両腕を掴んで引き剥がそうとした。

しかし、それが不味かった。

 

「……んん?」

 

無理やり顔を上げさせられたうみが、とろんとした目で真依を見つめる。

そして、今度は彼女の腕にするりと絡みつき、その肩にふにゃりと顔を乗せた。

 

「……真依、お姉ちゃん……?」

「ッ~~~!!??」

 

『お姉ちゃん』

普段はほとんど甘えを見せない後輩からの、甘えきった無防備すぎるその呼びかけは、真依にとってあまりにも唐突すぎる劇薬だった。

うみの銀青の髪が首筋をくすぐる感触と、至近距離から見上げられるウルウルとした瞳。

 

「なっ、ななな、何言って……っ、あんた……!」

 

表面上は強がろうとするものの、真依の顔は耳の先まで茹でダコのように真っ赤に染まり、うみを突き放す腕の力は完全に抜け落ちていた。そのまま全身の機能が停止し、フリーズする。

 

「ま、真依!? ちょっと、どうしたのよ! うみくん、離れなさい!」

 

親友の異常事態に焦った西宮が、小柄な身体で必死にうみを引っ張る。

すると、うみは「むー」と小さく唇を尖らせて西宮の方を向き、今度は彼女に飛びついた。

 

「桃先輩は……小さくて、ふわふわで……すっごく、かわいいです……えへへ」

「っっ!!」

 

可愛いものが大好きな西宮にとって、六眼持ちの絶世の美少年(ぽやぽや状態)から至近距離で「かわいい」と微笑まれる破壊力は計り知れない。

 

「か、かっ、可愛すぎ……!! むり、尊い……!」

 

西宮は鼻血でも吹き出しそうな勢いで天を仰ぎ、そのまま真依と寄り添うように崩れ落ちた。

 

「おいおいおい!? うみのやつ、急にどうしたんだ!? なんか変だぞ!?」

「知らないわよ! とりあえず引きはがしなさい! あの人らが持たないわよ!」

 

女子三人衆がたった数十秒の間に次々と撃沈していく異様な光景に、虎杖が目を丸くし、釘崎が怒声を上げる。

その光景と、騒ぎの中心から漂ってくる強烈なアルコールの匂いに、大人組のテーブルにいた歌姫の顔からスッと血の気が引いた。

 

「ま、まさか……あの子……!?」

 

そんな青ざめた歌姫の横から、ニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべた五条が顔を覗き込んできた。

 

「あれれ〜? もしかして歌姫、かわいい教え子にお酒飲ませちゃったのかなー? だとしたら大問題だよねぇ?」

「っ……! う、うるさいわね! わざとじゃないわよ!」

「はいはい、言い訳は後で聞くから。ほら、先生なんだから責任取って止めてきなよー。生徒たちが危ないよ?」

 

五条の煽りにギリッと奥歯を噛み締めながらも、歌姫は言い返す言葉もなく立ち上がった。

「あーもう! ほらうみくん! 落ち着きなさい!」

 

ズンズンと歩み寄る歌姫の背中を見て、虎杖や釘崎たち周囲の生徒は安堵の息を吐いた。

(よかった、大人が動いてくれた……!)

(歌姫先生なら、あの異常状態のうみもビシッと止めてくれるはず……!)

生徒たちの期待を背負い、歌姫は西宮に抱きついたままのうみの肩を掴んで引き剥がす。。

 

「全く、いったいいつの間にお酒なんて……って」

 

振り返ったうみと目が合った瞬間、歌姫はハッとした。

焦点の合っていないウルウルとした瞳が、トロンと自分を見つめ返している。

そして次の瞬間、うみは無言のまま、上機嫌な笑みを浮かべて歌姫に飛び込み、お腹にぐりぐりと頭を擦り付け始めたのだ。

 

「なっ……!? ちょ、うみくん……っ!?」

「んふふ~♪」

 

生徒たちは知らない。いや、この場にいる生徒の誰もが知る由もなかったのだ。

実は、歌姫には隠された真実がある。

彼女はうみとの初対面時、そのあまりの礼儀正しさと可愛らしさに完全にノックアウトされ、

「私がこの子を守る」と誓ってしまったほどの生粋のうみファンガールなのだ。

最近はうみが立派に成長したこともあり、「大人としての、そして教師としての尊厳」でなんとかその感情を抑え込んでいたのだが。

 

現在のうみは、原酒のアルコールにより精神年齢が5〜10歳ほど退行している状態である。

そんな彼から、ストレートに甘えられたらどうなるか。

 

「……っっっ!!」

 

歌姫の身体が、ピクピクと痙攣するように震え始めた。

「教師としての尊厳」という名のダムが、音を立てて決壊する。

 

「うみ……くん……? せ、先生に……あまえて、るの……?」

「んー……歌姫さん、いい匂いする……」

「かわいい~~~~~~っっ!!!」

 

歌姫の絶叫が、大広間に轟いた。

「ちょっ、歌姫先生!? なんで先生までやられてんのよ!!」

「無理よ!! こんなにかわいいんだもん!!」

「『かわいいんだもん!!』じゃないですよ!子供ですか!!」

 

「あーっはっはっはっは!! 最高!! 傑作!!」

 

そんなカオスな状況の中、大人組のテーブルから腹を抱えて笑い転げる声が響いた。

見れば、五条がテーブルをバンバンと叩きながら、目尻に涙を浮かべて大爆笑している。

 

「アンタ絶対分かっててけしかけたわねこのクソ教師!!」

「ヒドイ言われよう! でもほら、歌姫が嬉しそうだからオールオッケーでしょ?」

「全然オッケーじゃないわよ!!」

 

パニックに陥るどころか、うみの頭をわしゃわしゃと撫で回し、

「ああもう、よしよし、うみくんいい子ねぇ〜!」と完全に限界ファンガールへと変貌してしまった歌姫と、

それをゲラゲラと笑いながらスマホで撮影し始める五条。

それを前に、釘崎は「どうしたら止まんのよ!!」と頭を抱えた。

 

「あーあ……。もうめちゃくちゃじゃねーか」

 

そんな絶望的な状況の中、深くため息をつく呆れたような声が響く。

見れば、こたつで一部始終を眺めていた秤が、やれやれと首を振っていた。

そして、隣で面白そうに笑っている星綺羅羅に顎をしゃくった。

 

「ほら綺羅羅。止めてきてやれよ」

「んふふ、しょうがないなぁ。任せて任せて。うみちゃーん? こっちおいでー」

 

秤の指示と釘崎の悲痛な叫びに、綺羅羅は余裕の笑みでうみに向かって両手を広げた。

すると、歌姫のお腹に頭をぐりぐりしていたうみがピタリと動きを止め、ふらふらと綺羅羅の方へ歩き出す。

 

「あー……綺羅ちゃん先輩だぁ……」

「うんうん、おいでー」

 

うみはそのまま綺羅羅の腰にギュッと縋り付き、甘えるように顔を埋めた。

 

「よしよし、いい子だねー」

「んんー……」

 

綺羅羅は嫌がるそぶりも見せず、むしろ嬉しそうにうみの頭を撫でて甘やかしている。

その手慣れた様子に、周囲の人間たちはポカンと口を開けていた。

 

「おー……すげー手馴れてんな」

「まあ、星先輩に対してはいつもあんな感じだったからな。多少今のが過剰かもしれんが……」

 

いち早く安全圏に避難し、一部始終を眺めて楽しんでいた伏黒に虎杖が話しかけ、伏黒が答える。

騒動の中心では、暴走していたうみがようやく活動限界を迎えたらしい。

 

「……すぅ……すぅ……」

 

綺羅羅に縋り付いたまま、うみから規則正しい寝息が聞こえ始めた。

 

「あ、寝ちゃったみたい」

「……やれやれ。とりあえず、これからは何があろうと酒を飲ませねぇようにしねえとな」

 

くすくすと笑う綺羅羅と、呆れたように立ち上がった秤。

足元には、茹でダコ状態でショートした三輪、真依、西宮。そして「うみくーん! 戻ってきてー!」と叫びながら未練たらたらに床を這っている歌姫が転がっている。

 

こうして、一部にとっては甘すぎる地獄のような新年会は、甚大な被害を残したまま夜更けへと突入していくのだった。

 

***

 

翌朝。

 

「……ん……。あれ、朝……?」

目覚めたうみは、のそりと布団から起き上がった。

 

「……あれ? 俺の部屋……?」

 

見慣れた自室の風景。

しかし、どうやって自分の部屋に戻ってきたのか、全く思い出せない。

 

「えっと……昨日は皆で新年会してて……」

 

そこまでは覚えている。

だが、その後の記憶がすっぽりと抜け落ちている。自分が部屋に戻る記憶どころか、宴会後半の記憶すら霧がかかったように曖昧だ。

 

(……なんで?)

 

首を傾げながらも、時間的に皆がいるであろう食堂へと足を向けるのだった。

すでに何人かが起きて朝食の準備や片付けをしているようだったが、うみが足を踏み入れた瞬間、その場の空気がピタリと凍りついた。

 

「おはようございます。……皆さん、なんか様子変じゃないですか?」

 

うみが不思議そうに声をかけると、たまたまお茶を飲んでいた三輪、真依、西宮の三人が、

「「「ひぃっ!?」」」と奇声を上げて一斉に目を逸らした。全員、顔が耳まで真っ赤だ。

隅の方では、歌姫が両手で顔を覆って「生徒の前であんな姿を……私、先生失格だわ……」とブツブツ呟いている。

 

「えっ?あの、どうしたんですか?」

「こ、こっち来ないで! まだ心の準備が……!」

「うみくん、今はちょっと……っ!」

 

完全に不審者を見るような扱いを受け、うみは心底訳が分からず困惑した。

そんな彼の肩を、背後からポンと叩く手があった。

振り返ると、そこには呆れたような顔をした伏黒と、深く頷く虎杖、そしてジト目を向ける釘崎が立っていた。

 

「……お前、昨日のこと何も覚えてないのか?」

「昨日? それが途中からなんか記憶が曖昧で……何かあったんですか?」

 

キョトンとした無自覚な表情に、女子陣から再び「ひっ」と小さな悲鳴が上がる。

伏黒は深いため息をつき、うみの両肩をガシッと掴んで、真顔で告げた。

 

「うみ。いいか、お前……成人しても、絶対に酒だけは飲むなよ」

「おう。俺からも頼むわ……ちょっと昨日のを見るとな」

「ホントにだめよ。死人が出るわ」

 

「え? いや、だから何があったんですか!?」

 

記憶のないうみの叫びは、術師たちの呆れ顔の中に虚しく吸い込まれていく。

かくして、彼が前夜の全貌を知るのは、少し後になって五条から面白おかしく動画を見せられた時のことである。

 

それから数日間、うみが自室に引きこもることになったのは、また別の話。

*1
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