廻る世界、渡る魂   作:月影うみ

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天然 × 天然 = 大惨事

「せーのっ」

「「「「MORE MORE JUMP! バレンタイン特別生配信〜!」」」」

 

2月14日、午後4時。

みのりの合図に合わせて四人の少女たちが元気よく声を揃えると、

配信画面の端には、色とりどりのペンライトや歓声のスタンプが猛スピードで滝のように流れていった。

今日は一年に一度のバレンタインデー。

大人気アイドルグループ『MORE MORE JUMP!』の特別配信とあって、待機枠の時点から視聴者数は凄まじいことになっていた。

 

「みんなー! ハッピーバレンタイン! 今日は特別配信を見に来てくれてありがとう! 私たちの声、ちゃんと届いてるかなー?」

「うんうん、コメントもバッチリ動いてるわね。よかった!」

 

みのりが満面の笑みで手を振り、愛莉が手元のモニターを確認しながらホッと息をつく。

画面の向こうの熱気に応えるように、遥がカメラに向かって微笑みかけた。

 

「それじゃあ、まずは自己紹介からいこうか。みのりからお願い」

 

「はーいっ!夢はきーっと、みのりんりん! アイドル界のこたつになりたい。

MORE MORE JUMP! 花里みのりでーす!! 次! 遥ちゃん!!」

 

「うんっ! はるか遠くどこまでも! 希望の歌が届きますように。

MORE MORE JUMP! 桐谷遥です! 愛莉お願い!」

 

 

「任せて! 今日も皆に愛をデリバリー! ラブリー! フェアリー! あいりー!

MORE MORE JUMP! 桃井愛莉です!! それじゃあ最後! 雫!!」

 

「ええ。一滴の幸せ、届けます。MORE MORE JUMP! 日野森雫です!」

 

四人それぞれのキャッチフレーズとテンポの良い掛け合いが飛び出すたび、コメント欄の流速がさらに跳ね上がる。

一通り挨拶を終えたところで、愛莉が「もうみんなサムネや告知で分かってるかもしれないけどね!」と勿体ぶりながらパンッと手を叩いた。

 

「今日はなんと、私たち四人だけじゃなくて、スペシャルなゲストさんが来てくれています!」

「さっそく登場してもらいましょう! Luna君、どうぞー!」

 

カメラのフレーム外から、スッと一人の少年が歩み出る。

銀青の髪、吸い込まれるような蒼の瞳。中性的な美貌に、

今日は少しゆったりとしたカジュアルなニットを合わせた月影うみ――モデル『Luna』が画面に映り込んだ。

 

『今、君って言った!? ゲスト男!?』

『は? この顔で!?』

『待って、Lunaじゃん!!』

『あっ、お正月にモアジャンと一緒に巫女服で写真撮ってた子だ!』

『えっ、あの時の巫女さん男だったの!?』

『てか顔面偏差値バグってない?』

 

MORE MORE JUMP!のファン層からすれば、Lunaの存在は「一部のファンは知っている」

「お正月のバズった写真で顔だけは知っている」「全く知らない」という層が入り混じっている状態だ。

そのため、コメント欄は驚きと困惑、そして圧倒的なビジュアルに対する感嘆がないまぜになって大加速していた。

 

「皆様初めまして、Lunaです。……本日はお招きいただきありがとうございます」

 

礼儀正しくカメラに向かって頭を下げるうみ。

その見事な所作に、愛莉がパンッと手を合わせて声を張った。

 

「ということで! 今、人気急上昇中のモデル、Luna君に来てもらいましたー!!」

「「「わーっ!!」」」

 

四人の盛大な歓迎を受けつつ、うみは少しだけカメラに視線を向ける。

 

「多分、俺のこと知っている人は少ないと思うので、少しだけ喋らせてくださいね。

普段は主に、ファッション誌などでモデルの仕事をさせてもらっています。

なのでファッション誌をよく読む人なら、どこかで見たことあるかもですね」

 

そこで、うみはふと言葉を区切り、首をコテッと傾けた。

 

「……あれ? そういえば俺、写真以外のメディアに出るの、今日が初めて?」

 

本人にとっても完全に想定外だった事実への気づき。

『えっ、映像初出し!?』『おしゃべり初出しが外部ってマジ!?』とコメント欄がさらにざわつき、みのりたちも「ええっ!?」と目を丸くする。

しかし、当のうみは「まあ、それは置いておいて」と咳払いを一つし、隣ではしゃぐ四人に向かって、やれやれと深い深いため息を吐いた。

 

「……確かに、『配信に出る』とは約束しましたよ。

しましたけど、よりにもよって今日だとは思いませんでしたよ。

いくらなんでも、男性をこの日に呼ぶのはアイドル的にどうなんですか?」

 

至極真っ当なツッコミであり、うみとしては彼女たちの炎上対策やイメージを心底案じての苦言だった。

しかし、愛莉はケラケラと笑って胸を張る。

 

「大丈夫よ! Luna君は女の子みたいなものだもの!」

「なんてこと言うんですか!?」

 

間髪入れずに入ったうみの悲鳴のようなツッコミに、画面越しで爆笑が渦巻く。

 

『女の子みたいなものwwww』

『愛莉ちゃん無茶苦茶言ってて草』

『ツッコミもできるっと……よし、10点』

『↑突然の採点ニキいて草』

『アイドルが男ゲスト呼んで「実質女子」は力技すぎるだろw』

『でも実際めっちゃ可愛いし……』

『不服そうな顔すこ』

 

 

「不服ですよ……! 全くもう……」

 

ブツブツと文句を言いながらも、うみがちゃんとフレームの中央に収まってくれるあたり、

彼の根の真面目さと面倒見の良さが表れていた。

そんなうみを微笑ましく見つめながら、雫が手を合わせてふわりと笑う。

 

「ふふっ。でも、今日はこうしてLuna君と一緒に配信できるの、楽しみだったのよ」

「そうそう! みんなも気づいてると思うけど、今日の配信、いつもとちょっと違うでしょ?」

 

みのりが得意げにカメラを引きの画角に切り替える。

映し出されたのは、最新のシステムキッチンと大理石のカウンターが備え付けられた、

どう見ても一般家庭ではない超高級仕様のキッチンスタジオだった。

 

『キッチン広っ!?』

『え、ここどこ? どっかのスタジオ?』

『なんか後ろにワインセラー見えない?w』

 

「えへへ、すごいでしょ! 今日はなんと、Luna君の事務所の方が手配してくれた、

とっても素敵なスタジオをお借りしているんです!」

「Luna君の事務所の社長さん、とっても親切な方よね!」

 

みのりと愛莉が嬉しそうに報告すると、うみは少しだけ気まずそうに目を逸らした。

そして、視聴者とモアジャンの四人に向かって、訂正するようにポツリと呟く。

 

「あぁ、いえ……手配というか……うちのボスの私物なんですよね。ここ」

「「「「……え?」」」」

 

四人のアイドルの動きがピタリと止まる。

 

「し、私物……? ここが……!?」

「はい。なんか、税金対策で買ったらしいんですけど」

 

ポカンと口を開けるみのりと、引き攣った笑いを浮かべる遥をよそに、うみは事も無げに続ける。

 

「買ったはいいけど碌に使ってなかったらしくて。キッチンが広いから丁度いいって、鍵だけ渡されたんです」

 

うみがサラッと落とした規格外の事実に、コメント欄も一瞬の静寂の後、大いにザワつき始めた。

 

『税金対策の不動産……だと……!?』

『社長何者だよwwww』

『闇が深そう(小並感)』

『石油王でも飼ってんのか』

 

(……やっぱり、冥さんの金銭感覚って世間からズレてるんだな)

視聴者たちの反応を見て、自分の異常さは完全に棚に上げたまま、うみは内心で深く頷いた。

そして、モニターの向こうで笑っているであろう上司に溜め息をつきつつ、エプロンの紐に手をかけた。

 

「ねえ、みんな」

 

タブレットでコメント欄を追っていた遥が、ふと声を上げた。

 

「『お正月の巫女さんの写真見たけど、どういうつながり?』『元々知り合いだったの?』って質問がたくさん来てるよ」

その言葉に、うみは手元にあった黒のシンプルなカフェエプロンの紐を前で結びながら、「ああ」と小さく頷いた。

 

「あれは偶然ですね。俺は神主さんに頼まれて手伝いに行ってたんですけど、

皆さんも別口でヘルプに来てて。そこで初めてお会いしたんです」

「そうそう! その時に雫が転びそうになったのを、Luna君がサッと助けてくれてね!」

 

愛莉の補足に、雫が両手を合わせてふわりと微笑む。

 

「ええ。その節はありがとう、精霊さん」

「ふふっ。俺が精霊なら日野森さんは女神さまですかね?」

 

さらりと飛び出した、少女漫画も真っ青の歯の浮くような台詞。

しかし、うみのトーンには一切の「狙い」や「下心」がなく、本当に心の底からそう思った事実を口にしただけの、純度100%の『天然』だった。

対する雫も、全く照れることなく「まあ。嬉しいわ」と花がほころぶように微笑んでいる。

 

「……ねえ遥。神社の時も思ったけど、この二人、同族の気配がしない?」

「うん……圧倒的な顔と天然が合わさって、画面の破壊力がすごいことになってる」

 

愛莉と遥がひそひそと囁き合う中、コメント欄もこの『天然コンビ』の誕生に大いに沸いていた。

 

『顔面偏差値カンスト空間』

『目が、目がァアアア!』

『てか、これだけアップになっても二人とも肌綺麗すぎない?』

 

「あ、今のコメント」

みのりがタブレットを指さした。

「『Luna君って、今日お化粧してるの?』だって! あー、これ私も気になってた!」

「確かに。最近は男性でもメイクするの一般的になってきてるし、モデルさんなら尚更よね」

 

愛莉が興味津々に身を乗り出す。

うみはエプロンを身に着け終わると、不思議そうに自分の頬を少し指で掻いた。

 

「化粧ですか? いや、何もしてないですよ。強いて言えば、外出る時に日焼け止めを塗るくらいですかね」

「…………え?」

「あら? 私と一緒ね」

 

愛莉とみのりが絶句する横で、雫がパァッと嬉しそうに顔を輝かせる。

「ふふっ。お揃いですね」

「ええ、お揃いね」

 

うみと雫が顔を見合わせて微笑み合う。

二人の間には、ぽかぽかとした空間が形成されていた。

 

メイクなしで、世の女性の羨望の的となる美貌を持つ日野森雫。

そして、同様にすっぴんでその雫と並び立っても全く遜色のない、透き通るような美貌を持つ月影うみ。

 

『人類への冒涜だろこれ』

『美容垢が息してない』

『俺たちの課金はいったい……』

『遺伝子レベルの格差社会』

『愛莉ちゃんの顔が死んでて草』

 

「……遥。私、なんだか急に悲しくなってきたわ……」

「元気出して、愛莉……。次元が違うだけだから……」

 

魂が抜けかけた愛莉の肩を、遥が優しくポンポンと叩く。

しかし、プロのアイドルとしてこのまま空気を停滞させるわけにはいかない。愛莉はパンッと両頬を叩いて気合を入れ直した。

 

「よーし! それじゃあ気を取り直して、クッキング始めるわよ!」

 

愛莉の仕切りに、うみは事前に聞いていたことを思い出しながら小さく頷いた。

 

「確か、今日作るのは『生チョコトリュフ』でしたよね」

「そうそう! 溶かして混ぜて丸めるだけだから、みのりでも安心なのよ!」

「愛莉ちゃん!? それじゃあ私がダメダメみたいだよ!?」

 

(……事前にちゃんとやる内容が共有されてる。なんて真っ当で素晴らしい現場なんだ……)

 

いつもなぜかギリッギリまで情報を隠す、五条や冥冥(悪い大人たち)の顔を思い浮かべながら、

うみは『一般的な仕事の進め方』に密かに感動を覚えていた。

 

そんなうみの内心など知る由もなく、みのりが必死に弁明を始める。

 

「Luna君! わ、私!ちゃんとお料理できるからね!? ほんとだよ!?」

「ふふっ。分かってますよ」

 

必死なみのりを微笑ましく思いながらも宥めつつ、いよいよチョコ作りがスタートした。

みのりが意気揚々と包丁を握り、まな板の上の板チョコに向かう。カチャン、カチャンと少し危なっかしい音が響く。

 

「あ、花里さん。もしよかったらこれ使ってください」

 

うみが横からスッと手を伸ばし、どこからか取り出した厚手のジッパー付き保存袋を差し出した。

 

「え? なにこれ、袋?」

「あ、それ知ってる! レシピ動画とかで、最初から細かく刻むんじゃなくて、袋に入れて叩いてるの見たことあるよ」

 

みのりが首を傾げると、横から遥がポンと手を打った。

愛莉も腕を組んで頷く。

「私もお菓子作りでよくやるわ。一度砕いてから刻むと、

チョコに触れてる時間が減るから体温で溶けづらくなるのよね。でも、わざわざ袋を使うのって、洗い物を減らすため?」

「それもありますけど、一番の理由は温度管理が難しくなるからですね」

 

「温度管理?」

みのりが目を丸くすると、うみは少し手元を動かしながら解説を始めた。

 

「はい。実はチョコレートって、一度溶かしてからもう一度固めるまでの温度で、

完成した時の舌触りや口どけが全然変わっちゃうんです。だから体温で溶かしてしまうと、出来が結構変わっちゃうんですよね」

「へえっ! 温度で舌触りまで!? ……それは初めて知ったわ」

 

お菓子作りをよくする愛莉も、目から鱗が落ちたように感心している。

そんな中、雫が不思議そうに小首を傾げた。

 

「まあ。でも、どうして温度でそんなに変わってしまうのかしら?」

「うーん……これ以上深掘りすると、化学の話になっちゃいますよ?」

 

うみは苦笑いを浮かべ、肩をすくめた。

「さすがにバレンタインの配信で話すことじゃないですしね。まあ、皆さんがどうしても気になるようなら、今度動画でも出しましょうか。短くても一時間くらいの動画になりそうですけど……」

 

『それはもう配信じゃんw』

『一時間の化学講義(バレンタイン特番)』

『もしかしてLunaって頭いい?』

『顔が良くて頭までいいのかよ』

 

「ま、とにかく実践してみましょう。こうやって……」

 

ガンッ、ガンッ!

 

うみは包丁の峰……背中の部分を使って、袋の上からリズミカルに叩き、あっという間に板チョコを粗く砕いてみせた。

 

「こうしておけば、刻む時間も減って一石二鳥です」

「おおー! なるほど!」

「Luna君、すごい物知りね!」

 

みのりと愛莉が感嘆の声を上げる。

うみは「ある程度砕けたら、あとは荒くていいので……」と、まな板の上に砕いたチョコを取り出し、迷いのない手つきで包丁を握り直した。

 

トトトトトトッ!

 

リズミカルで軽快な音が、キッチンスタジオに響き渡る。

あっという間に細かく刻まれていく大量のチョコレート。

その淀みないプロ顔負けの包丁捌きに、アイドル四人の動きがピタリと止まった。

 

「……えっ?」

「Luna君……包丁使うの、すごく上手ね……」

 

驚きを隠せない遥と愛莉に、うみは手を止めることなく淡々と答える。

 

「まあ料理はよくするので。これくらいなら」

 

『包丁捌きガチ勢で草』

『手際よすぎwww』

『顔が良くて頭良くて、料理まで……お前はいったい何を持ちえないのだ』

 

コメント欄がうみのハイスペックさに大盛り上がりする中、タブレットを見ていた雫が、ふと一つのコメントを拾い上げた。

 

「あら。『誰にあげるチョコ作ってるの?』という質問が来ているわ」

「あ、私は家族と、学校のお友達だよー!」

「私はメンバーで交換する分と家族にだね」

「私もみんなと交換する分と、あとは自分の家族にね! で、雫は?」

 

みのり、遥、愛莉が順番に答えると、雫は待っていましたとばかりに頬に手を当て、熱っぽい声で宣言した。

 

「私はもちろん、しぃちゃんにあげるの」

突然の『しぃちゃん』という名前に、事情を知らないうみが不思議そうに首を傾げる。

 

「しぃちゃん……?」

「ええ! 私の妹なのだけれどね。とっても可愛くて、私の天使なの!」

 

妹の話になった途端、先ほどまでのおっとりした様子から一転。熱烈な愛情が溢れ出す。

その様子に愛莉や遥が「また始まったわね……」と苦笑いする中、うみだけは違った。

彼は包丁を置き、深く、深く、心の底から同意するように大きく頷いたのだ。

 

「……わかります。弟や妹って、生きてるだけで可愛いですよね」

「っ……! ええ、本当にその通りだわ……!」

 

うみの特大の共感に、雫がバッと顔を上げる。

「うちの子たちも何やっても可愛いというか……。もう、存在そのものが尊いというか……」

「まあ……! Luna君にも弟さんや妹さんがいらっしゃるのね。分かるわ。

しぃちゃんも、ツンツンしているところも全部ひっくるめて愛おしいのよ……!」

 

弟妹への愛という強固な共通点を見出した二人は、完全に意気投合した。

 

『急なシスコン&ブラコン発動で草』

『Lunaもそっち側なのかよww』

『圧倒的美形二人が弟妹の尊さについて語り合う空間』

『溺愛兄姉同盟の結成である』

『とことん相性いいな。この二人』

 

「ちょっと! そこで同盟組まないでよ! 完全に二人の世界に入ってるじゃない! ほらLuna君、手止まってるわよ!」

 

愛莉がすかさずハリセンでも持っていそうな勢いでツッコミを入れ、ぽかぽか空間を強制終了させる。

「あ、すみません」とうみは苦笑いしながら作業に戻り、雫も「ふふっ、ごめんなさい」と微笑んだ。

 

「それで? 私たちは答えたから、あとはLuna君ね」

愛莉に話を振られ、うみは刻んだチョコレートをボウルに移しながら答える。

 

「俺ですか? 俺は……学校の先輩たちと、先生かなぁ」

「あら? 弟さんや妹さんたちにはあげないの?」

先ほどのトークでうみの家族愛を確信していた雫が、不思議そうに首を傾げた。

すると、うみは事も無げにサラリと言ってのける。

 

「家族には午前中に渡してきましたよ。今日は配信で遅くなるのは分かってましたし」

 

『朝活チョコ作り!?』

『どんだけ手際いいんだよ』

『ここで作ったやつ渡せばよくね?w』

『↑多分帰るの遅くなるからじゃね?』

 

コメント欄の疑問を代弁するように、みのりが不思議そうに尋ねる。

 

「えっと、ここで作ったチョコを持って帰って渡すんじゃダメだったの?」

「俺、今は学校の寮で暮らしてるので、この後から実家に戻るとなると……明日は普通に学校ですからね」

 

うみが手を動かしながら説明すると、コメント欄もモアジャンの四人も「なるほど」と納得した。

 

『あー、寮暮らしなのか』

『わざわざ朝イチで実家帰ったのか……愛が重い』

 

そんなやり取りを経て、順調にクッキングは次の工程へと進む。

砕いたチョコレートを湯煎にかけ、温めた生クリームを少しずつ加えていく。

うみは慣れた手つきでヘラを動かし、チョコレートに艶が出るまで丁寧に混ぜ合わせていった。

 

「うん。いい感じですね」「わあ……すっごくいい匂いだね!」

 

甘い香りにみのりが目を輝かせる。

うみは小ぶりなスプーンを手に取ると、ボウルの端からほんの少しだけ、とろけるチョコレートをすくい取り、自分の口に運んだ。

 

(……うん、滑らかさは申し分ない。でも……)

 

甘さの加減について、うみは少し首を捻った。

 

(俺はこれくらいで丁度いいと思うけど、先輩たちはどうだろ?)

 

うみは隣で自分のボウルと格闘している雫へと声をかけた。

 

「日野森さん。これ、甘さ見てもらっていいですか?」

 

うみが、自分が今使ったばかりのスプーンでチョコをすくい直し、ごく自然な動作で雫の口元へと差し出した。

 

「ええ、いいわよ。……あむっ」

ちゅっ、と。

雫が全くためらうことなくスプーンの先を咥え、チョコレートを味わう。

そして、ふわりと花が咲くように微笑んだ。

 

「ん……とっても滑らかで美味しい。甘さもちょうどいいと思うわ」

「よかったです。ならこのままでいきますね」

 

ホッと息をつくうみに、今度は雫が、自分が持っていたスプーンでチョコをすくい、うみの口元へと差し出した。

 

「ふふっ。じゃあ、私のも味見してもらえるかしら?」

「あ、はい。……ん」

 

今度はうみが、雫の差し出したスプーンからチョコをパクりと口に含んだ。

 

「……うん、美味しいです。日野森さんの方もバッチリですね」

「ええ。ありがとう、Luna君」

 

ふふっ、と微笑み合う二人。

 

そして――。

その数秒間、スタジオ内に時を止めたような沈黙が落ちた。

 

「「「…………え?」」」

 

みのり、遥、愛莉の三人は、信じられないものを見るような目で、固まったまま二人を凝視している。

画面の端を猛スピードで流れていたコメント欄も、不気味なほど完全にストップしていた。

そして、数秒のタイムラグの後。

 

『ああああああああああああ!?!?!?』

『ファッ!?!?!?』

『何してんの!? ……何してんの!?!?!?!?!?!?』

『おい今の!!』

『くぁwせdrftgyふじこlp』

『推しが!!男と!!あーんを!!』

『いや待て、あまりにも自然すぎて一瞬スルーしかけたが!?』

『息をするようにすな!!!!』

『てか今、同じスプーン使ってなかった!?』

 

爆発したかのように、滝のような絶叫コメントが画面を覆い尽くした。

 

「ちょっ……! あんたたち二人!! なっ、何やって……!?」

顔を真っ赤にしてパニックに陥る愛莉。遥も口元を押さえて目を見開き、みのりに至っては「あわわわ」と顔を覆っている。

しかし、当人たちは周りの異常な反応が全く理解できない様子で、キョトンと同時に首を傾げた。

 

「何って……味見ですけど?」

「ええ。とっても美味しくできていたわよ? 愛莉ちゃんたちも食べてみる?」

 

「そういうことじゃないわよ!! バカ!! 天然!! 」

 

愛莉の怒号が響き渡る中、怒られた理由が全く分かっていない当の二人は、コソコソと顔を寄せ合った。

 

「……どうしちゃったんでしょうね、皆さん?」

「ええ、そうね。不思議だわ……」

 

顔を見合わせ、至近距離でヒソヒソと囁き合ううみと雫。

しかし、無情にも彼らがつけている高性能マイクは、そのナイショ話をバッチリ拾って配信に乗せていた。

 

『顔近い顔近い顔近い!!!』

『マジかよこの子らwwww』

『怒られてる最中に密着すなww』

『愛莉ちゃんが倒れちゃう!w』

『……なんか、過剰に反応してる俺らが悪いような気がしてきた』

『わかる。俺たちの心が汚れてるだけなんだ……』

『おい正気に戻れ!!呑まれるんじゃあない!!』

『あかん、コメント欄が浄化されていくww』

 

全く悪気のない、純度100%の天然による無自覚な追い討ちに、コメント欄はさらなる大混乱の渦に飲み込まれていくのだった。

 

***

 

――少し時間を遡り、配信開始前。東京都立呪術高等専門学校、談話室。

 

「ほーらほら始まるよー! みんな集まってー!」

「しゃけ!」

 

五条のやけにテンションの高い呼び声に応じ、談話室の大型モニターの前には高専の面々が集まっていた。

ソファの中央には五条が陣取り、その隣には狗巻。後ろにはパンダが控え、さらに虎杖、伏黒、釘崎の一年ズも顔を揃えている。

 

「……で、なんでわざわざ全員集めてんだよ。真依たちまで呼んで。各々で見りゃいいだろ」

 

少し離れた席で腕を組んで座っていた禪院真希が、呆れたようにため息をついた。

その視線の先には、真依・西宮・三輪の姿もある。

しかし、五条は悪びれる様子もなくニパッと笑う。

 

「いいじゃーん! うみが雑誌以外の仕事に出るの、これが初めてなんだよ?

記念すべき初外部メディア出演を盛大に見守ってあげないと!」

 

「絶対ただ面白がってるだけだろ……」

「ツナツナ」

 

真希のジト目と狗巻の同意をよそに、五条は上機嫌だ。

「ていうか、結局何の仕事なんの仕事なんですか? 配信に出るってことしか聞いてないですけど」

 

伏黒が呆れたように尋ねるが、五条はニヤニヤと笑うだけだ。

「まあまあ、見てのお楽しみってことで! お、始まるよー」

 

五条がリモコンを操作すると、画面が点灯し、配信が表示される。

モニターの中では、ちょうど四人の少女たちが元気よく挨拶をしているところだった。

 

『はーいっ!夢はきーっと、みのりんりん! アイドル界のこたつになりたい。MORE MORE JUMP! 花里みのりでーす!!』

 

「あれ? この子たち、お正月にうみと一緒に写真撮った子たちじゃない?」

釘崎が画面を指差す横で、虎杖が画面を見ながら感心したように声を上げた。

 

「ほんとだ。そういや、うみが『俺よりずっと有名な人たちです』って言ってたから気になって調べてみたんだけどさ。

このグループ、マジで結構有名らしいぜ。最近じゃワンマンライブまでやってるらしいし」

 

「マジで? 結構ガチのアイドルじゃん」

「ツナマヨ」

 

虎杖の言葉に、パンダや狗巻も驚いたように身を乗り出す。しかし、そこで伏黒が冷静な、いや、少し呆れたような声で指摘した。

 

「……ていうか、そんなガチのアイドルが、よりにもよってバレンタインに男呼ぶのはどうなんだ? 炎上とかしないのか?」

「あー……確かに。アイドルってそういうの厳しいイメージあるよな」

 

虎杖も伏黒の懸念に頷き、談話室に少しばかりの心配な空気が漂った、その時だった。

画面の中のうみが、深いため息をつきながら彼女たちに向かって口を開いたのだ。

 

『いくらなんでも、男性をこの日に呼ぶのはアイドル的にどうなんですか?』

 

「「「言ったァー!!」」」

 

虎杖、釘崎、パンダが見事にハモって画面を指差した。

自分たちの抱いた疑問と全く同じことを、当の本人も画面の中でツッコんでいたのだ。

 

「あははっ!さすがうみ!!めっちゃストレート!」

「おかか!」

「ほんとあいつ言葉を濁すってことしねぇよな」

 

五条が手を叩いて爆笑し、伏黒はやれやれと肩をすくめる。

その後、愛莉の『Luna君は女の子みたいなものだもの!』という力技の弁明と、

うみの『なんてこと言うんですか!?』という悲鳴に、談話室はドッと笑いに包まれた。

 

「あははは! 確かにアイツ顔綺麗だけど、女の子扱いは笑える!」

「ウケる。でも実際、並んでも全然見劣りしてないのはすげーわ」

 

虎杖と釘崎がゲラゲラ笑う中、画面の端を猛スピードで流れるコメント欄を眺めながら、真依が感心したように呟いた。

 

「……あのピンクの髪の子、やるわね」

「何がだ?」

 

真希が視線を向けると、真依はフッと口角を上げる。

 

「今のやり取りよ。今のでアウェーな空気を完全にひっくり返して、

うみを視聴者に受け入れさせたわ。コメント欄の空気、一気に良くなったもの」

 

「あー、なるほど。確かにうみへの風当たりは全然ねーな」

 

虎杖が画面を見直して納得する中、配信の話題は、彼らが今いる『スタジオ』へと移っていく。

 

『あぁ、いえ……手配というか……うちのボスの私物なんですよね。ここ』

 

うみがサラッと落とした事実に、モニター越しにそれを見ていた高専メンバーたちの動きがピタリと止まった。

 

「「「…………」」」

 

「えっ、マジ!? 冥さんこんなとこ持ってんの!?」

静寂を破ったのは、目を真ん丸にした虎杖だった。

「てか、税金対策って……五条先生もそういうのやってんの? あと、うみも結構稼いでるし、やってたりして……」

 

「んー? 僕は全部プロに丸投げだからよくわかんないなー。

うみは……そういえばこの前、スマホで不動産の情報覗いてたなぁ。そのうちなんか買うんじゃない?」

 

「高校生で不動産って……」

「生々しすぎるわよ……」

 

虎杖と釘崎がドン引きする中、真希が呆れ果てたようにこめかみを押さえた。

 

「……なんだかんだで、アイツもきっちり異常側だよな」

 

真希の至極真っ当なツッコミをよそに、画面の中では神社の手伝いの話題を経て、

コメント欄の質問から『化粧』の話題へと移っていた。

 

『化粧ですか? いや、何もしてないですよ。強いて言えば、外出る時に日焼け止めを塗るくらいですかね』

 

画面の向こうでうみが事も無げに放った一言に、女性陣の動きがピタリと止まった。

 

「……は?」

釘崎が、手に持っていたジュースの空き缶をベコッと握り潰す。

対面側では、西宮が頭を抱え、三輪が机に突っ伏して崩れ落ちていた。

 

「嘘でしょ……あの肌で、すっぴん……? 毎日高い化粧水使ってスキンケアしてる私の努力はいったい……っ!」

「……次会ったら、あの子の綺麗な顔面に風穴開けてやろうかしら」

 

三輪の涙声に重なるように、ギリッと歯を食いしばる真依から本気の殺気が漏れ出している。

画面の中では雫まで『あら? 私と一緒ね』とすっぴん宣言をしており、

その圧倒的な遺伝子の暴力に女子陣の心は完全にへし折られていた。

 

「おい落ち着けお前ら。こういう理不尽なんて今に始まったことじゃねーだろ」

「「「これはそういう理不尽じゃない!!(です!!)」」」

 

真希のなだめる声も虚しく、見事にハモった女子たちの悲鳴が響き渡る。

 

「あはは。女の子は大変だねぇ」

「おかか」

「てか、相変わらず手際いいよなぁ」

 

女子たちの嘆きを五条や狗巻が笑って流す中、配信のチョコ作りがスタートし、

うみの見事な包丁捌きにパンダや虎杖が感心した声を上げる。

そして話題は「誰にチョコをあげるか」へと移り――雫の妹への溺愛っぷりに、うみが特大の共感を示した。

 

『……わかります。弟や妹って、生きてるだけで可愛いですよね』

『っ……! ええ、本当にその通りだわ……!』

 

画面の中では、思いがけない共通点を見つけた二人が完全に意気投合し、花が舞うようなぽかぽかとした空間を作り出している。

 

「……なんか、すっごく楽しそうですね、うみくん」

画面をジッと見つめながら、三輪がポツリと呟く。

その声には、彼の隣で笑い合う見目麗しい少女への、隠しきれない焦燥と嫉妬が滲んでいた。

 

「大丈夫よ、霞。ああいう配信はあくまでエンタメなんだから。

仕事として話を合わせてるだけだってば。(……まぁ、弟妹への愛はほんとだろうけど)」

西宮が小声で付け足しつつ、慰めるようにポンポンと三輪の背中を叩いた。

「そ、そうですよね……お仕事ですもんね……」

 

自分に言い聞かせるように三輪が頷く中、画面の中のうみは深く頷きながら言葉を続けた。

 

『うちの子たちも何やっても可愛いというか……。もう、存在そのものが尊いというか……』

 

バンッッ!!

 

「ブラザーーーーーッ!!」

突如、談話室の扉が勢いよく開き、大粒の涙を流す筋骨隆々の男――東堂葵が乱入してきた。

「「「はっ!?」」」

 

面々が呆気にとられているが、東堂はそれをガン無視して叫び続ける。

「素晴らしいぞブラザー・うみ!! 弟妹への溢れんばかりの愛……! 俺には痛いほど伝わった!!流石は俺の――」

 

暑苦しく叫び続ける東堂の片手には、バッチリと配信画面が映し出されたスマホが握られている。

それに気づいた虎杖が、隣の釘崎にコソコソと耳打ちをした。

 

「なぁ釘崎……アイツ、もしかして誰にも声かけてもらえなくて一人で見てたんじゃね?」

「やめなさい虎杖。いいから無視よ、無視」

 

全員が暗黙の了解で東堂の存在を完全にスルーし、再び正面の大型モニターへと視線を戻す。

画面の中では、ちょうどチョコ作りの大詰めを迎えていた。

 

『日野森さん。これ、甘さ見てもらっていいですか?』

うみが自分が使ったばかりのスプーンで、ごく自然な動作で雫の口元へチョコを差し出す。

『ええ、いいわよ。……あむっ』

 

「「「……………………え?」」」

 

スタジオの三人と同様に、談話室の空気もピタリと凍りついた。

しかし、信じられない光景はまだ終わらない。

 

『ふふっ。じゃあ、私のも味見してもらえるかしら?』

『あ、はい。……ん』

『……うん、美味しいです。日野森さんの方もバッチリですね』

『ええ。ありがとう、Luna君』

 

「「「……………………は?」」」

 

時を止めたような沈黙が落ちた。

そして、数秒のタイムラグの後。

 

「「「はあああああああああああああああっ!?!?!?!?」」」

 

「か、間接キスゥウウウウ!?!? 生配信で!? アイドル相手に!?」

釘崎が頭を抱えてソファの上を転げ回る。

 

「いやいやいや待て待て待て! 今、同じスプーンだったよな!?

うみが食ったやつをあっちが食って、あっちが食ったやつをうみが食ったんだよな!?」

虎杖がモニターを指差し、目を見開いたままパンダに確認を求めている。

 

「あぁ……見事な手際だったな。相手側も含めて羞恥が一切ないのがポイント高い」

「すじこぉ……!!」

パンダが腕を組みながら深く頷き、狗巻が信じられないものを見たというように頭を抱えていた。

 

「っ…………あ……きゅぅ」

 

そして、被害を一番真っ向から受けたのは――三輪だった。

プツン、と。彼女の中で何かが切れる音がしたかと思うと、三輪はゆっくりと白目を剥いて、そのままズルズルと横へ倒れ込んだ。

 

「霞!? しっかりして!」

「ちょっと桃! なんとかさっきみたいにフォローできないの!?」

「わ、私に言わないでよ!? 私にだってさすがにこれは無理だよ!!」

 

先ほどの慰めなど微塵も通用しない規格外の破壊力に西宮がパニックに陥り、

真依が「あの子はほんと……なんでこうも次々と……」と頭を抱えている。

 

阿鼻叫喚の地獄と化した談話室に、ただ一人。

 

「あーはっはっはっは!! 傑作!! 特にこのなんもわかってない顔!!ほんっと最高!!」

腹を抱えてソファから転げ落ちんばかりに大爆笑する五条の声だけが、無情にも響き渡っていた。

そんな大パニックの向こう側、画面の中では愛莉の怒号が響き渡っている。

 

『そういうことじゃないわよ!! バカ!! 天然!! 』

しかし、怒られた理由が全く分かっていない当の二人は、コソコソと顔を寄せ合った。

 

『……どうしちゃったんでしょうね、皆さん?』

『ええ、そうね。不思議だわ……』

 

顔を見合わせ、至近距離でヒソヒソと囁き合ううみと雫。

無情にも彼らがつけている高性能マイクは、そのナイショ話をバッチリ拾って配信に乗せていた。

 

その様子を見た真希は、心底呆れたように天を仰ぐ。

「……マジかよ。あの二人、自分が何やらかしたか全くわかってねぇぞ」

 

「……まさか、うみと同格の『天然』がこの世に存在していたとは……世も末だな」

 

ひとり冷静な伏黒でさえも、画面の向こうの純度100%の同調っぷりに思わず頭を抱えている。

 

全く悪気のない、規格外の天然同士による無自覚な追い討ち。

画面の向こうのコメント欄も、そして高専談話室も、さらなる大混乱の渦に飲み込まれていくのだった。

 

***

 

――それから約一時間後。

嵐のような大混乱を乗り越え、キッチンスタジオのテーブルには、綺麗にラッピングされた生チョコトリュフが並べられていた。

 

「えー……色々と、本当に色々とありましたけど! なんとか生チョコトリュフ、完成しましたー!」

「「「わーっ!」」」

 

みのりが元気よくカメラに向かって拍手をし、遥と雫、そしてうみがそれに合わせる。

愛莉だけは、疲労困憊の様子で、力なくパチパチと手を叩いていた。

彼女の血の滲むような努力のおかげで、なんとかこの配信を形にすることができたのだ。

 

「Luna君、今日はどうだったかしら? 楽しんでもらえた?」

 

雫が首を傾げて微笑むと、うみは小さく頷いた。

「はい、すごく楽しかったです。でも、今はどちらかというと安堵の方が強いですね」

 

「えっ、どうして?」

不思議そうに尋ねるみのりに、うみは少しだけ肩の力を抜いて答えた。

 

「生配信に出るのも、他の誰かと一緒に活動するのも初めてだったので、少し気を張ってたんです。

でも、何事もなく無事に終われそうでホッとしてます」

 

「ふふっ、確かにそうね。私たちも、ななみんさん以外の外部の方とこうして配信でコラボするのは初めてだったから。

何事もなく終えられて本当によかったわ。ね、遥ちゃん?」

 

雫が、心底安心したように微笑みながら、隣の遥へと同意を求める。

「う、うん……そうだね」

話を振られた遥は引き攣ったような、どこか虚無を見つめるような笑顔で、小さく頷くことしかできなかった。

 

『遥ちゃん困っちゃってるよw』

『なにも!!!な゛かった…!!!!』

『↑血まみれで腕組んでそう』

『そこの満身創痍の愛莉ちゃんを見てからもう一度言ってみなさいな』

『愛莉ちゃんがこんなになってるの初めて見た。基本的に疲労の色とか見せたことないのに』

『これが天然と天然の化学反応!! おみそれしました』

『化学反応は草。ブ〇ーロックかよww』

『300人の天然を集めて世界一の天然を生み出す計画とはたまげたなぁ』

『平和な世界線に生きてる二人が羨ましいよ』

 

全く自覚のない当人たちに、コメント欄からの総ツッコミが嵐のように流れる。

 

「え、えっと! そろそろお時間ということで! 今日はみんな、見てくれて本当にありがとう!」

みのりが慌てて進行を元に戻す。

 

「ハッピーバレンタイン! またねー!」

「またねっ!」

 

四人がカメラに向かって手を振り、うみも軽く頭を下げる。

そして、愛莉が配信停止のボタンを押そうと手を伸ばした――その瞬間だった。

 

「あ、そうだLuna君。さっき言っていた弟さんや妹さんのお話、

もっとゆっくり聞きたいのだけれど……連絡先を交換してもいいかしら?」

「あ、はい、勿論です。じゃあ……連絡ツール、何使ってます? ナイトコードとかやってますか?」

「ええ、アカウントはあるわよ」

 

ピタッ。

愛莉の指が、配信停止ボタンの1ミリ手前で硬直する。

 

「あ、じゃあナイコのID交換しましょうか。……そうだ、俺、新しく『弟妹について語る用』のサーバー立てるんで、

もし日野森さんの知り合いにも語れそうな人がいたら誘ってくださいよ。みんなで語り合いましょう」

「まあ、素敵なアイディアね! ええ、ぜひ!」

 

『連絡先交換キタァァァァァ!』

『生配信でアイドルと連絡先交換する男wwww』

『最後までやりやがった!!』

『ていうかナイコかよww』

『シスコン・ブラコン専用サーバーはイカれてるww』

『狂気のサーバー爆誕してて草』

『愛莉ちゃんがフリーズしてるww』

 

「っっっっこの、ド天然コンビがあああああっ!! そういうのは後にしなさいよ!! バカ!!!」

「ひぃっ!? あ、愛莉ちゃんストーップ!まだ配信切れてないからぁぁぁ!あ、えと、みんな!バイバーイ!!」

 

ドタバタとした騒音と愛莉の怒号が響き渡る中、みのりが慌ててボタンを押し、画面はぷつりとブラックアウトした。

 

***

 

「…………」

「…………」

 

暗転したモニターの前で、静まり返っていた。

三輪は完全に意識を手放し、西宮に膝枕されている。

真依は虚無の表情で宙を見つめ、一年ズとパンダは呆然と口を開けていた。

 

「……とんでもなかったな。あの二人」

「あぁ……ピンクのやつが不憫だったな」

「すじこ……」

 

虎杖の呟きに、パンダと狗巻が深く頷く。

 

「あっはっはっはっは!! 最高! 今日のアーカイブ、絶対保存しとこーっと!」

 

腹を抱えて笑い転げる五条と、

「ブラザー!!俺もそのサーバーに入れるよう取り計らってくれぇぇぇ!!」と叫び続ける東堂の声だけが、

無情にも談話室に響き渡る。

 

かくして、MORE MORE JUMP!バレンタイン配信 with Lunaは伝説として後世に語り継がれることとなったのであった。

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