時は少しさかのぼり、メルド率いる一行が迷宮を脱出した頃。
自身の計画のため、単身奈落に乗り込んだ月影うみは――。
「……まさか水攻めとは。恐れ入った」
――なぜか、頭の先から足の先までびしょびしょの水浸し状態になっていた。
事は、数分前に遡る。
崩落する石橋の上からハジメを上層の安全圏へと投げ飛ばし、自らは「冒険に出発だね♪」と極めてご機嫌な様子で奈落の闇へと落ちていったうみ。
落下しながら、眼下の状況を確認していた。
(ふーん、奈落っていうだけあって、底はまだまだずっと先みたいだね)
周囲の壁面構造や、微かに知覚できる魔力反応。それらの情報から、着地までにはまだ相当な時間がかかると判断した。
うみは、落下に伴う強烈な風圧や、頭上から降ってくる石橋の瓦礫の雨を『無下限呪術』のニュートラルで弾きながら、優雅な空の旅を楽しんでいた。
だが、底までの距離と落下時間を計算したうみは、「まだしばらくかかりそうだな」と、
わずかに気を緩め――できるだけ脳を休めるため、無下限呪術を解いてしまったのだ。
それが、この場における唯一にして最大のミスだった。
術式を解いた直後。うみの横を通り過ぎようとしていた迷宮の壁面、その巨大な亀裂の奥から、間欠泉の如き猛烈な水流が突如として噴き出したのだ。
「え、ちょっ――」
無下限を切っていたうみは、回避する間もなくその濁流をモロに食らった。
「わっ!?」
空中にいたため踏ん張ることもできず、そのまま抗う間もなく水流に押し流される。
そして、濁流ごと壁際にぽっかりと口を開けていた別の横穴へと、スポンと吸い込まれてしまったのである。
そこからはもう、暗闇の中の激流ウォータースライダーだった。
(〜〜〜ッ!! ちょっと、抜け出せないんだけど!!)
声に出すことすらできず、息を止めて濁流に揉まれること数分。
やがて天然の(あるいは悪意ある)スライダーから空中にポンッと吐き出されたうみは、地底湖のような冷たい水の中にドボンと落下したのである。
***
「はぁ……最悪。まさか無下限を持ちながらこんな物理的な罠に引っかかるとは」
深くため息をつきながら、うみは浅瀬へと歩み寄り、ザバザバと音を立てて上陸した。
銀青の髪からは水滴がボタボタと滴り落ち、王城から支給されていた動きやすい服も、たっぷりと水を吸って鉛のように重たくなっている。
「とりあえず、着替えないと」
うみは濡れて張り付く上着を脱ぎ捨てると、足元の色濃い影へとスッと右手を沈み込ませた。
『カゴ』の技能ではなく、彼の持つ術式の一つである『十種影法術』のインベントリ。
そこから引きずり出したのは、漆黒のパーカーに、同色のジャケットとスラックス。地球にいた頃から着慣れている、少しアレンジの加わった呪術高専の制服だ。
手早く水を拭い、乾いた漆黒の制服に袖を通す。肌になじむ呪術師の装いに、うみは小さく息を吐いて首を鳴らした。
そして最後に、びしょ濡れになってしまった黒い目隠しを拾い上げる。絞れば使えないこともないが、うみはそれを見つめて少し考える素振りを見せた。
「……」
やがて、うみはその濡れた目隠しを、ポンと影の中へと放り投げた。
「まあ、もう着けてなくてもいいか」
この一ヶ月間、夜な夜な行っていた六眼の慣らし作業。その甲斐あって、うみの脳は、トータスという異世界の情報量に完全に順応していた。
目隠しなしで視界を開いていても、もう脳が焼き切れるような負荷はない。何より、誰の目もないこの奈落の底で、わざわざ視界を制限してやる義理もないのだ。
暗い地底湖の畔。
そこには、平均的なステータスの『錬金術師』の少年の姿はもうない。
闇の中で微かに発光するかのように美しい、宝石のように澄み切った氷青の瞳――『六眼』を顕わにし、漆黒の制服を纏った、一級呪術師『月影うみ』の完全な姿が、そこに静かに佇んでいた。
水を滴らせる銀青の髪を手で軽く払いながら、うみの脳裏に、先ほどの光景がフラッシュバックする。
崩落する石橋の上。階段側からその光景を捉えていたうみの視線の先にあった、魔法の出所。
混乱に乗じてハジメを狙い撃ちし、口元に昏い愉悦を浮かべていたクラスメイト――檜山大介の醜悪な顔がよぎった。
「檜山の白崎さんに対する執着とハジメへの拒否感は知っていたつもりだけど、まさかここまでするとは思わなかった……いや、これは言い訳か」
うみは苦い顔をして独り言を漏らし、短く頭を振った。
(人の悪意の化身である真人があれなんだ。今回の一件は十分あり得た範囲の話のはずだ。
ある程度の予測をして、警戒することだってできたはずなのに……)
自分への戒めのように、思考が巡る。
西崎高校での任務に就いてからの約半年ほどの日常と、トータスに来てからの約一か月の生活。
ハジメや恵里、クラスメイトたち、それからリリアーナやメルドといった人たちと過ごす時間には、
呪術師として過ごす時間とは違う、生ぬるい温かさがあった。
「……平穏に浸かり過ぎたか」
ぽつり、と。自嘲気味な呟きが冷たい地底の空気に溶ける。
その温さに無意識のうちに当てられ、呪術師としての思考が少し鈍っていたのだ。
(少し、思考を切り替える必要があるな……)
うみは静かに目を閉じ、意識を内側へと沈めた。
脳内で、平和な現代日本で暮らす「ただの高校生」としての甘い認識、
クラスメイトという枠組みに対する無意識の信頼……それらを構成していた概念が、まるで自らの頭の中で【パズルのピース】へと変換されていく。
そして次の瞬間、それらのピースはバラバラに崩れ落ち、解体された。
ガチャリ、ガチャリと。
不要なピースが弾け飛び、代わりに深い闇の底から湧き上がってきたのは、血と呪いに塗れた世界で生き抜いてきた『一級呪術師』としての記憶と経験のピース。
それらが新たな【思考のピース】となって脳内の空白を埋めるように高速で飛び回り、次々と最適な形へと組み上がっていく。
カチリ、と。 最後のピースがはまる。『月影うみ』の思考の温度が数度下がる。
うみがゆっくりと目を開けると、その身に纏う空気が、冷たく研ぎ澄まされたものへと変わっていた。
そこにはもう、クラスメイトたちに見せていたフワフワとした『不思議君』の面影はない。
過酷な呪術界を生き抜いてきた一級呪術師としての合理性と、盤上の全てを俯瞰して最適解を導き出す静かな凄みが、澄み切った蒼い瞳の奥に宿っていた。
「さてと。まずは現状把握からだね」
うみは地底湖の畔で小さく息を吐き、両手で翼を模した影絵を作った。
「――『響蝠』」
足元の影がうねり、そこから無数の小さなコウモリの式神が飛び立った。
その数は数十を超え、バサバサという羽音と共に階層中のあらゆる通路や空洞へと散らばっていく。
『響蝠』が放つ超音波によるエコロケーションが、複雑に入り組んだ迷宮深層の地形、
そこに潜むモノたちの情報を正確にマッピングし、うみへと直接フィードバックしていく。
六眼による圧倒的な情報処理能力をもって、うみは流れ込んでくる莫大な情報を一瞬で取捨選択し、必要なデータだけを抽出した。
(なるほど。ざっと探った感じ、この階層から上に行くための階段や魔法陣みたいなものは一切ない。
完全に下への一方通行の造りってわけか)
自力で上層へ戻るなら、壁や天井を物理的に破壊して進むしかない。
そしてもう一つの重要な情報。
(魔物のレベルは……基本的にどいつもこいつも、さっき上で見たベヒモスと同格――準二級クラスばかり。
ただ、中に一匹だけ、少し毛色の違う二級クラスの呪力……いや、魔力反応があるね)
響蝠が拾い上げた反応から、うみは階層の戦力分布を完璧に把握した。
二級クラスの反応の正体は、爪が異常に発達した巨大な熊の魔物であったが、今のうみにとってはさして警戒するほどの対象ではない。
情報収集を終えようとした、その時。
(ん? この反応は魔物じゃないよな。すごい密度の反応だけど……行ってみるか)
うみは響蝠の反応を頼りに、入り組んだ通路を足早に進んだ。
到着したのは、一見すると何の変哲もない行き止まりの岩壁だった。
だが、六眼を通して見れば、壁の奥から高純度の魔力が漏れ出しているのがはっきりと分かる。
「この奥か」
うみは呪力を込めた拳で、岩壁をドンッ!と殴りつけた。
あっけなくひび割れ、崩れ落ちた岩の向こう側に、小さな空洞が現れる。その中央に鎮座していたのは、バスケットボールほどの大きさがある、青白く発光する美しい鉱石だった。
鉱石の表面からは、ポタリ、ポタリと、発光する液体が滲み出し、下部の窪みに溜まっている。
「鑑定」
うみは半透明のウィンドウを呼び出し、その鉱石の情報を確認した。
========================================
名称:
ランク:EX
カテゴリ:(鉱石) (神秘)
品質:100
属性:光8 / 水8
特性:『魔力無尽』『神水生成』
超特性:なし
解説:数千年の時を経て、極めて濃密な魔力が結晶化した幻の鉱石。
大気中の魔力を吸収し、
あらゆる傷や病を癒し魔力を回復させる霊薬『神水』を生成する。
========================================
「へぇ、これはいいね。これ単体で品質100、属性値もおそらく上限。
こいつが作るっていう神水もおそらく同等クラスの素材だろうし……てEXって何さ。
明らかに最高クラスなんだろうけど、こういうのってSとかが定番じゃないの?」
HPもMPも全回復する究極のポーション生成機。錬金術師としても、呪術師としても、これほどありがたいアイテムはない。
「よし、回収回収。他にもないかな」
うみは神結晶を傷つけないように壁から引き剥がすと、そのまま技能『カゴ』の空間へと放り込んだ。
そして、さらに奥へ進もうと踵を返した――その瞬間。
うみの感覚が、背後から凄まじい速度で接近してくる『何か』を捉えた。
殺気と魔力の塊が、弾丸のような速度でうみの背中を狙って突撃してくる。
「――おっと」
うみは振り返りもせず、最小限の動きで体を半歩横へずらした。
突風が頬を撫でる。うみの元いた空間を、白い毛玉のような何かが通り抜けていった。
(岩壁に激突するコースだけど……)
うみがそう予測した直後、その『何か』は信じられない動きを見せた。
岩壁に激突する寸前、何もない虚空を「ダンッ!」と力強く踏みしめ、空中で見事に体を反転させたのだ。
そして、そのまま宙を蹴って、二度目の突撃を仕掛けてくる。
(宙を蹴った……何かの技能かな?)
うみは再び体を捻り、二度目の突撃も紙一重で回避する。
対象が空中で勢いを殺し、着地したところで、うみは即座に『鑑定』を発動した。
『鑑定』は、物質だけでなく魔物の名称や所持技能すら暴き出すことができる仕様だ。
===============================
名称:蹴りウサギ
所持技能:天歩[+空力][+縮地]
===============================
現れたのは、額に一本の鋭い角を生やした、巨大なウサギの魔物だった。
白くモフモフとした可愛らしい見た目とは裏腹に、その脚部の筋肉は異様に発達している。
「『天歩』ね。……技能の方も『鑑定』」
===============================
名称:天歩
解説:空気を蹴ることで空中の移動を可能にする『空力』と、
瞬時に間合いを詰める『縮地』の複合技能。
三次元的な超高速機動を可能とする。
===============================
(なるほど。空気を蹴って飛ぶ……真希先輩や、宿儺がフィジカルだけでやってやつか)
うみは頭の中で即座に情報を処理し、一つの結論を導き出した。
(必中効果があるわけでもないし、ただの物理的な高速突撃。つまりは――)
「キィッ!」
蹴りウサギが鋭い鳴き声を上げ、三度目の突撃を仕掛けてくる。
今度は回避行動すら取らず、その場に立ち尽くす。
ピタッっと蹴りウサギの身体が、うみの数センチ手前で見えない壁に阻まれるかのように完全に静止した。
「――無下限を突破する手段はないと」
「キュ、キュウウッ!?」
突撃の勢いを完全に殺され、見えない壁に額を押し付けられた状態の蹴りウサギは、何が起こったのか理解できず、空中で足をバタバタとジタバタさせている。
そのマヌケな姿を間近で観察しながら、うみは呆れたように息を吐いた。
「こんなに愛らしいのに、あのベヒモスと同格かぁ。もうちょっと弱かったら家で飼うところなんだけど……」
うみはそのまま、蹴りウサギの頭をガシッと掴んだ。
「キィッ!?」
「ごめんね?」
掴んだ頭を、一切の容赦なく地面へと全力で叩きつける。
ガンッ!!という音と共に地面が小さなクレーター状にひび割れ、蹴りウサギが「キュウッ!」と短い悲鳴を挙げる。
「そんでこのまま――」
うみはた無下限呪術を解き、別の術式を起動した。
史上最悪の呪いの王、両面宿儺からコピーした術式――『御厨子』。
「――『解』」
うみの手から、不可視の斬撃が放たれる。
スパンッ!と、軽快な音と共に、地面に倒れ伏していた蹴りウサギの胴体が真っ二つに切断された。
「……んー。やっぱり宿儺みたいな、バカみたいな出力は出ないなぁ。
呪力量に差があるから仕方ないことだけど……硬いやつには呪詞必須だね」
切断されたウサギを見ながら、うみは小さくため息をつく。 コピー元が規格外すぎるというのもあるが、
現状のうみの『御厨子』は、鋭さはあるものの威力がまだ及んでいない。
「まあ、いっか。……この角と毛皮、錬金術のいい素材になりそうだからもらっていこう」
うみは解体して『カゴ』に収納しようとしたが、ふと手を止めた。
「いちいちナイフで皮を剥いだり肉を切り分けたりするの、めんどくさいな……。
そうだ、『捌』の対象を絞ったら、一気に解体できたりしないかな?」
『捌』は、対象の呪力量(魔力量)や強度に応じて威力を調整し、一太刀で対象を卸す斬撃だ。
うみはウサギに触れ、術式の対象を「肉」「骨」「毛皮」などの部位ごとに分割するような精密なイメージで放ってみた。
「――『捌』」
シュバババッ!と、目に見えない無数の細かな斬撃が蹴りウサギの死体を包み込む。
次の瞬間、蹴りウサギは、角、毛皮、肉、骨、そして魔石へと、
まるで熟練の職人が解体したかのように完璧に部位ごとに切り分けられていた。
「おっ、大成功。便利だねこれ」
うみは満足げに素材を『カゴ』へと収納していく。
その時、うみの脳裏に、ある悪魔的な閃きがよぎった。
「そういえば……俺、人相手には危なくて試せてない術式の応用とか、オリジナル魔法の実験が山ほど溜まってるんだよね」
うみはぐるりと、暗い迷宮の通路を見渡した。
ここには、強靭な肉体を持った(しかも倫理観を問われない)魔物がうじゃうじゃいる。
「……しばらく、この辺のやつらに練習台になってもらおうかな」
うみの澄み切った蒼い瞳に、呪術師特有のイカれた輝きが宿る。
そこまで考えたところで、うみはふと一つの現実的な問題に気付いた。
『カゴ』の中を確認する。
「水は『神水』があるからいいとして……食糧問題か。多少は持ち合わせがあるけど、長居するなら全然足りないな」
うみの視線が、先ほど綺麗に解体した蹴りウサギの『肉』へと落ちる。
「……確か、この世界の魔物の肉は、人間が食べると有毒で死ぬらしいけど……」
うみは顎に手を当てて思考を巡らせる。
魔物の肉の毒。そして、あらゆる傷や病を癒し、ステータス異常すら回復させるという『神水』の存在。
「……神水を飲みながら食べれば、プラマイゼロでいけたりしないかな? 毒を回復で強引に上書きするみたいな感じで」
それは、己の肉体を実験台にするような狂気のサバイバル発想だった。
家入硝子が聞けば間違いなく顔を引き攣らせて説教するであろうそのアイデアを、うみは至極真面目に検討し……やがて首を振った。
「まあ、手持ちの食糧がなくなった時の『最終手段』ってことにしておこう。とりあえず、肉も回収だけはしとこ」
うみはウサギの肉も『カゴ』へと放り込むと、パチンと指を鳴らした。
「よし。それじゃあ、神結晶探しと、術式・魔法の研究時間のスタートだ」
漆黒の高専制服を翻し、一級呪術師・月影うみは、未知なる深淵の迷宮へと軽やかな足取りで消えていった。
***
それから、約一週間の時が過ぎた。
「――っと。まずは足元を崩して、連携できないようにしないとね」
暗い迷宮の通路。
二本の尾を持つ巨大な狼の魔物――『
うみは独り言のように呟きながら、スッと地面に片手をついた。
「――『蜘蛛の糸』」
ピキィィィンッ!
うみの手を中心に、放射状かつ格子状の不可視の斬撃が地面を駆け巡る。
石畳が細切れに切り裂かれて崩落し、突撃しようとしていた狼の群れは足場を失って次々と体勢を崩した。
「よし、次」
うみは空いた手で『カゴ』からガラスの試験管――元々はポーションなどが入っていた空き瓶――を取り出し、親指でポンッと栓を弾き飛ばした。
中に入っていたのは、赤黒い液体。この階層で狩った魔物から採取した『血液』だ。
中身の血液を宙へ放り、うみは両手を打ち合わせるように構える。
「――『百斂』」
呪力による極限の圧縮。宙に浮かぶ血液が、手のひらサイズにまで凝縮され、限界まで圧力を高めていく。
「『穿血』――!」
パァンッ!!という破裂音と共に、圧縮された血液が音速を超える一本の赤い矢となって射出された。
「ギャンッ!?」
赤い閃光が双尾狼の頭部を正確に打ち抜き、絶命させる。
「よしっ。穿血も捌もいい感じに形になってきた」
しかし、群れのすべてを仕留めきれたわけではない。生き残った一、二匹の狼が、仲間の死を乗り越えてうみへと牙を剥いて飛びかかってきた。
「っと、まだ精度はイマイチか。でも――」
うみは全く慌てることなく、飛びかかってきた狼の顎を半歩のステップで躱す。
そして、自身の体内を巡る『魔力』を、操り両の掌へと一気に収束・放出させた。
ギュンッ!と、淡い光を放つ魔力が空中で硬質化し、短い刃の形を成す。
「『スコーピオン』――なんてね♪」
すれ違いざま、魔力の刃が双尾狼の首筋を綺麗に切断した。
地球のオタクなら誰もが知る、遅効性SFアクション漫画に登場する変幻自在のエネルギー刃。
魔力を直接操作し、体外で瞬時に硬質化させることで、それを完全に再現してみせたのだ。
「ふふっ、これならもう武器いらないじゃん♪」
残る一匹の狼が威嚇の唸り声を上げる中、うみの目に危険な『探究心』が宿る。
「……『枝刃《ブランチブレード》』もいけるかな?」
『スコーピオン』の応用技。体内で
うみは自身の左腕の内部で魔力を練り、そこから直接刃を突き出させようとイメージを固め、発動した。
ズシュッ。
「――いっっっったぁぁぁぁっ!?」
迷宮の通路に、うみの情けない悲鳴が響き渡った。
魔力で形成された刃は確かに発生したが、それは当然の物理法則に従い、うみ自身の腕の肉と皮膚を内側から見事に切り裂いていた。
「こんの――!!」
激痛に顔を引き攣らせながらも、うみは残っていた狼を右手からの魔力刃で八つ当たり気味に斬り捨てる。
戦闘を終えるや否や、うみは慌てて『カゴ』から青白く発光する液体――『神水』の入った瓶を取り出し、切り裂かれた左腕にバシャバシャとふりかけた。
ジュゥゥ……という音と共に、深い裂傷が一瞬にして塞がり、痛みも引いていく。
「はぁー……痛かった。そりゃそうだよね! なんとなく分かってたよ!!」
うみは綺麗に治った左腕を見つめながら、己の無謀な実験にブチギレていた。
「くそぉ……。やっぱり体がトリオンで出来てるから可能な技だったか……」
深いタメ息をつきながら、うみは神水の瓶をしまおうと『カゴ』のインベントリを開いた。
「ありゃ?」
半透明のウィンドウに表示された、アイテムのリスト。
今まではそこにあった食料の表示がなくなっている。
「あちゃー……ついに切れたかぁ」
奈落に落ちて一週間。ついに懸念していた現実的な問題が、うみの前に立ち塞がった。
「まあこうなったら、脱出までの間は魔物を食べるしかないんだけど……試すかぁ」
うみは『捌』で解体し、血抜きを済ませていた双尾狼の肉塊を『カゴ』から取り出した。
錬金術師の常として、素材の採取と解体だけはマメに行っていたのだ。
「さすがに生肉はなしだよなぁ」
うみは『天象儀の枝杖』を取り出し、先端の青い球体に魔力を通す。
「――『清らかなる水よ』」 水属性の魔法陣を展開して肉の表面を綺麗に洗い流し、続いて別の詠唱を紡ぐ。
「――『小さき火種よ』」 火属性の魔法陣で肉の塊を炙り焼きにしていく。
香ばしい匂いが漂うが、あくまでただの炎魔法で焼いただけ。味付けなど一切ない。
「……いただきます」
うみは少しだけ焦げ目のついた狼の肉を口に運び、咀嚼した。
「……美味しくない」
ゴムのような硬い食感と、鼻に抜ける強烈な血生臭さ。
美食とは程遠い味に眉を顰めながらも、うみは生存に必要なカロリーを摂取する作業として、黙々と肉を腹へと収めていく。
「ふぅ……ご馳走様」
完食し、口直しに『神水』の入った瓶をラッパ飲みして胃に流し込んだ、その直後だった。
「……っぐ!?」
突如として、うみの全身を焼けるような激痛が駆け巡った。
「あー……さすが毒。結構しんどい……っ」
顔を歪め、脂汗をダラダラと流しながらも、うみは自身の体内で起きている惨状を『六眼』で冷静に観察していた。
魔物の肉が持つ変質した魔力が、細胞を破壊し尽くそうとする端から、先ほど胃に流し込んだ『神水』の圧倒的な回復力が、その破壊を上回る速度で細胞を再生させていく。
破壊と再生の凄まじいループ。
(……やってることが悟さんの脳みそと一緒じゃん)
無下限呪術の演算によって損傷した脳を、反転術式で治癒し続けるという、現代最強の呪術師が行っている常軌を逸した荒業。
それを今、意図せずして自身の全身で体感しているのだ。
「はぁっ……はぁっ……どっちの方がしんどいんだろ、これ」
そんな場違いなことを考える余裕を残しつつ、うみはその場に座り込んで激痛の嵐が過ぎ去るのを待った。
数分後。
魔物の毒が完全に中和・同化されたのか、ようやく痛みが引いていった。
「痛かったなぁ……」
うみは額の汗を拭い、大きく息を吐き出す。
その時、額に触れた前髪の感触が、いつもより少しだけ長いことに気がついた。
「ん……?」
うみは手で髪を梳いてみる。 肩につくくらいで揃えていたはずの長さが、明らかに肩甲骨の間くらいまで伸びている。
「え、髪伸びてる。魔物の栄養ってそんなに豊富なの? それとも毒を分解する過程で代謝がおかしくなったのかな?」
そんなことを考えながら、それ以上に気になる「自身の内部の変化」を確認するため、
半透明のウィンドウを呼び出し、カゴからステータスプレートを取り出した。
「絶対なんか異常きたしてるでしょ、これ」
============================
月影うみ 17歳 男 レベル:9
天職:錬金術師
筋力:1370
体力:1440
耐性:1295
敏捷:1520
魔力:300
魔耐:250
技能:錬金術・鑑定・言語理解・カゴ・纏雷・胃酸強化
============================
「……ふぇ?」
間抜けな声が迷宮に漏れた。以前確認したときからおおよそ20~30の範囲で、各ステータスが伸びている。
そして、何よりも――
「技能が……増えてる?」
『纏雷』と『胃酸強化』。
『纏雷』は二尾狼が持っていることを『鑑定』により確認している。
=========================
名称:纏雷
解説:体表や武具に雷属性の魔力を纏わせる技能
=========================
==========================================
名称:胃酸強化
解説:消化器官を強化し、通常では消化できない物質や毒物をも消化・分解可能にする技能
==========================================
「『胃酸強化』は、多分毒の分解をするために体が免疫を作った結果だろうけど……
こっちの『纏雷』は確か、狼が持ってたやつだよね……?」
うみは自分の手を見つめ、ポンポンと頬を叩く。
魔物を食らうことで、ステータスが上昇し、その魔物の持つ技能までもを取り込める。
「……あれ? もしかしてこれ、食べれば食べるだけ強くなるチートシステム?」
うみは顎に手を当てて思考を巡らせる。
ゲーマー的な観点から見れば、これは紛れもなく破格の成長システムだ。ステータスの底上げに加え、新たなスキルツリーを自力で開拓できる。
「……まあ、食べれば強くなるのは分かったけど」
うみはそこで思考を切り替え、冷徹な一級呪術師としての合理的な結論を出した。
「美味しくないし、痛いし。物理ステータスは呪力でどうとでもなるから、無理に食べる必要はないね。
……欲しい技能を持ってる奴が出た時とおなか減った時だけ、食べることにしよう」
不味い肉を食べてまでステータスの微増にこだわる理由は、うみにはない。
あくまで生命活動に支障をきたさず、使い勝手のよさそうな技能持ちが出た時にのみ、
この狂気のサバイバル食を活用することに決めたのだ。
「……とりあえず、新しく手に入れた技能の検証だね。この解説文からするに……鹿紫雲さんみたいなことができるようになってるってことかな」
鹿紫雲一。四百年前に最強を誇ったという、雷の呪力特性を持つ戦闘狂の術師。
トータスの魔法や技能は、明確なイメージを固めることで発動しやすくなるということを、この一ヶ月の訓練でうみは学んでいた。
うみは自身の体内に宿る魔力を意識し、それがバチバチと弾ける『雷』へと変換されるイメージを強く構築する。
「――『纏雷』」
バチィッ!という鋭い放電音と共に、うみの全身を赤黒い雷光が包み込んだ。
「おお、出た出た。……赤い雷か。ハジメが好きそうだなぁ」
うみは感心したように自身の体を見下ろす。試しにその状態で軽くステップを踏み、迷宮の通路をダッシュしてみた。
「……んー。そんなに速くなるわけじゃないのか。純粋な身体強化なら、呪力で肉体を覆った方が圧倒的に上。
まあ、打撃に属性付くのはお得だけど。俺のメインウェポンだし」
鹿紫雲『幻獣琥珀』のように、肉体を電気信号に変えて超次元の速度を得るような芸当はできないらしい。
あくまで体表に雷を纏うだけだ。
「でも……これだけ明確に雷を操作できるなら。もしかして、あれができるのでは?」
うみの脳裏に、某
「キィッ!」
その時、通路の奥から白い毛玉――蹴りウサギが、うみを発見して鋭い鳴き声を上げた。
「……ちょうどいいところに」
うみは楽しげに口角を上げると、足元の影へとスッと手を沈め、地球から持ち込んでいた一枚の硬貨――五百円玉を取り出した。
親指と人差し指でコインを弾き、宙へと高く放り投げる。
キンッ、と澄んだ音が鳴り、回転しながら落ちてくるコインを見上げつつ、うみは右腕を真っ直ぐに蹴りウサギへと向け、『纏雷』を発動させる。
「――『
落ちてきたコインを、雷を纏った親指でパチンと弾き飛ばす。
ドゴォォォォンッ!!!
けたたましい轟音と共に、音速の三倍を超える速度で射出されたコインが、オレンジ色の閃光となって迷宮の通路を駆け抜けた。
一直線に放たれた光の筋は、突撃してこようとしていた蹴りウサギを跡形もなく消し飛ばし、さらに背後の岩壁を深く抉り取ってようやく消滅した。
「……おぉー! 完璧じゃん! 威力も申し分なし!」
自身の放った一撃の威力を確認し、うみは満面の笑みでガッツポーズを作った。
「これ、いずれハジメと合流できたら絶対自慢しよう」
上機嫌でそんなことを呟きながら、うみは再び歩き出した。
「さて、もう結構長いことここにいるし、そろそろ下に降りるかね。いつまでも遊んでるわけにはいかないし」
響蝠のエコロケーションがマッピングした情報によれば、この階層の奥には、さらに下へと続く巨大な縦穴があるらしい。
うみは制服のポケットに両手を突っ込み、悠然と迷宮の深部へと移動を開始した。
しばらく入り組んだ通路を進むと、少し開けた広間に出た。
そこで、うみの行く手を塞ぐように、巨大な影が立ちはだかった。
「グルォォォォォッ!!」
咆哮と共に姿を現したのは、体長三メートルを超える巨大な熊の魔物だった。
その両腕には、異常に発達した鋭い三本の爪が伸びている。
(そういえばいたな。二級のやつが……実験が楽しすぎて忘れてた)
うみは立ち止まることもなく、歩きながら半透明のウィンドウを呼び出し『鑑定』をかけた。
========
名称:爪熊
所持技能:風爪
========
「『風爪』……鑑定」
==========================================
名称:風爪
解説:爪に風属性の魔力を込めて振り下ろすことで、対象を切り裂く真空の刃を飛ばす技能。
==========================================
「……なんだ、ただの飛ぶ斬撃か」
技能の解説を読んだ瞬間、うみの興味は完全に失せ、深いタメ息を吐き出した。
「『解』と一緒だし、六眼のおかげで呪力切れが存在しない分、『御厨子』の方が圧倒的に使い勝手が上じゃん。
……食べる価値なし、だね」
うみにとって、わざわざ美味しくないものを食べてまで取り込むほどの魅力的な技能ではなかった。
「ガァァァッ!」
自身が品定めされ、見下されていることに気づいたのか。爪熊が激昂し、巨大な爪を振りかぶって突進してくる。
だが、うみは全く避ける素振りを見せない。
爪熊の剛腕がうみの頭部を砕こうと振り下ろされた――その瞬間。
うみはスッと前傾姿勢になり、爪熊の懐へと滑り込むように肉薄した。
そして、その巨大な腹部に、ペタリと掌を触れる。
「――『捌』」
シュババババッ!!
接触した掌から、爪熊の強度と魔力量に応じた無数の不可視の斬撃が放たれる。
「グ、ガ……ッ!?」
爪熊は悲鳴を上げる間もなく、その巨体がパズルのように崩れ落ちた。
毛皮、肉、骨、巨大な爪、そして魔石。
この一週間の研究で、うみは『捌』の対象を絞ることで、
相手に触れさえすれば「討伐」と「解体」を完全に同時に行えるという恐るべき効率化に気づいていたのだ。
「まあ、二級ならこんなもんだよね」
うみはあっけなく部位ごとに切り分けられた爪熊の残骸を見下ろし、肩を竦める。
「肉はいらないけど、この毛皮と爪は錬金術に使えそう……肝心の錬金釜がないんだけど」
必要な素材だけをヒョイヒョイと『カゴ』へと放り込み、うみは再び歩き出す。
広間の奥には、響蝠が探り当てていた下層へと続く大穴が口を開けていた。
「さーて、次の階層にはどんな面白いものが待ってるかな」
うみは、未知なる深淵へと続く暗闇の中へ、躊躇うことなく身を躍らせた。
***
大穴を飛び降りたうみを出迎えたのは、光を一切通さない完全な暗黒の階層だった。
通常の人間や冒険者であれば、松明などの光源がなければ一歩も進むことができないだろう。
しかし、うみの歩みは全く鈍らない。
「暗いねぇ……。まあ、俺には関係ないけど」
『六眼』の視界には、岩壁に満ちる微かな魔力の残滓や、空気に混じる呪力の流れがはっきりと色を伴って視認できているのだ。
まるで赤外線スコープのように、あるいはそれ以上の解像度で、うみはこの暗闇の中の地形を完全に把握していた。
(さて、どんな魔物がいるかな……ん?)
静寂の闇の中。うみは不意に、背後から自分を見つめる『視線』を感じた。
(……いるな。物理的な気配は消してるみたいだけど)
うみは足を止めることなく、常時展開している『無下限呪術』の出力を確認する。
どれだけ不意を突かれようと、無下限がオンになっている限り、物理的な攻撃がうみに届くことはない。
(奇襲なら勝手に無下限で止まる。……さて、お手並み拝見といこうか)
うみがわざと隙を晒すように立ち止まった、その瞬間。
ピキッ……!
「……え?」
うみの右腕の手首から先が、突如として石のような灰色に変色し、硬直したのだ。
「なっ……!?」
物理的な衝撃は一切なかった。無下限の「無限」も反応していない。
ただ、『見られた』だけで、肉体が石化し始めたのである。
「……なるほど。物理的な干渉じゃなくて、視線っていう概念を介した状態異常か。
まあさすがに見られてるだけで害って判断はできないし納得かな」
うみは一切慌てることなく、左手で『カゴ』から神水の瓶を取り出し、石化の進行している右腕にバシャリとふりかける。
ジュゥゥ……という音と共に、灰色の石化がみるみるうちに解け、元の白い肌へと戻っていく。
「ふぅ、危ない危ない。……でも、これって」
うみは、暗闇の奥――自分に視線を向けている存在を捉え、ニヤリと笑った。
「これ、無下限を貫通できる超チート技能じゃん!」
うみのテンションが一気に跳ね上がる。 無下限をスルーしてその効果をもたらす能力。
それ即ち、視界さえ通っていれば必中となり、回復手段を持たぬ相手には必殺となる手札。
「鑑定!」
暗闇の奥に潜む魔物へ向けて、鑑定で探りを入れる。
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名称:バジリスク
所持技能:石化の魔眼・夜目・気配感知
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「『石化の魔眼』!! 完璧! これ絶対欲しい!!」
うみは歓喜の声を上げると、闇の奥に潜む巨大なトカゲのような魔物――バジリスクに向かって、躊躇なく右手を突き出した。
「――『解』」
シュバッ!!
不可視の斬撃が暗闇を切り裂き、バジリスクの巨体を一瞬にして三枚に下ろした。
無下限を抜ける厄介な能力も、発動させる間を与えなければ何の意味もない。
「よしっ、討伐完了! さっそくいただきまーす!」
うみは解体したバジリスクの肉片を素早く調理すると、不味さに顔をしかめながらも一気に胃へと流し込んだ。
「……んぐっ」
最初に魔物を食べた時と違い、胃の腑がカァッと熱くなり、重い不快感が襲ってくる。
痛みはほとんど感じないが、おそらくは胃酸強化の影響で、身体の反応が緩和されているのだろう。
「相変わらず味は最悪だけど……これであの技能が手に入るなら安い……!」
数分後。胃の熱が完全に引いたのを確認し、うみは期待に胸を膨らませてステータスプレートを確認する。
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月影うみ 17歳 男 レベル:11
天職:錬金術師
筋力:1420
体力:1480
耐性:1340
敏捷:1580
魔力:320
魔耐:280
技能:錬金術・鑑定・言語理解・カゴ・纏雷・胃酸強化・夜目・気配感知・石化耐性
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「……………………」
ステータスプレートを見つめたまま、うみは数秒間、完全にフリーズした。
「……あれ?」
表示されている追加技能は、『夜目』『気配感知』『石化耐性』。
いくら探しても、目当ての『石化の魔眼』の文字はない。
「……え、嘘!? なんで?」
うみは信じられないといった様子で、追加された技能を一つ一つ確認していく。
「『夜目』……六眼があるから完全上位互換だし。『気配感知』……呪力感知と魔力感知と六眼の空間把握能力で十分すぎるから産廃じゃん……。
『石化耐性』は……まあ、嬉しいけど。バジリスクみたいなのが居たときに役に立つし」
そこまで自己分析したところで、うみは天を仰いだ。
「はぁ……そう上手くはいかないってことかぁ」
このサバイバル食システムにおいて、魔物の持つ全ての技能が確定でドロップするわけではないらしい。
「……まあいいか。ないならないで、今までと何が変わるわけじゃないし。さっさと降りよう」
***
そこから、うみは次なる階層へと足を踏み入れた。
足元も壁もドロドロとした黒いタールに覆われた、不気味な階層だった。
「うわ、壁も地面もドロドロじゃん。絶対歩きづらい」
環境に文句をたれながらも、足元を埋め尽くすドロドロへと鑑定をかける。
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名称:フラム鉱石
ランク:D
カテゴリ:(鉱石) (燃料)
品質:40
属性:火2 / 土1
特性:『引火性』『高熱燃焼』
超特性:なし
解説:艶のある黒い鉱石。熱を加えると融解しタール状になる。
融解温度は摂氏50度ほどで、タール状のときに摂氏100度で発火する。
その熱は摂氏3000度に達する。燃焼時間はタール量による。
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「……つまりは火はだめだね。……『纏雷』も怪しいからやめとくか」
引火を避けるため、炎魔法や『猫火』などの使用は控えた方が良さそうだ。
「これも何かに……名前が『フラム鉱石』だし、こいつで『フラム』を作ればいいか。ふぐ以上の大爆発を期待しよう」
フラム鉱石を氷魔法で冷却し、固めてカゴに放り込む。
ある程度回収ししたところで、うみは『無下限呪術』を足元にも作用させる。
タールの表面から数ミリ浮いた状態を維持しながら、涼しい顔で歩を進めていると、
タールの沼の中から音もなく、巨大なサメの魔物が奇襲を仕掛けてきた。
「――おっと」
だが当然、無下限の絶対的な壁に阻まれ、サメはうみの目前でピタッと空中に静止する。
そして、うみはそのサメに対して、無言で鑑定を仕掛ける。
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名称:タールザメ
所持技能:『気配遮断』『耐熱』
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「『気配遮断』か……まあ、あれば便利ではあるよね。俺も完全に消せるわけじゃないし」
うみは『解』を放ち、あっけなくサメを両断した。
「……サメって食用としては微妙っていうけど、魔物だと余計に美味しくないのかなぁ」
嫌そうな顔をしながらも、あって損はない技能のため、うみはサメの肉を調理することに。
タールのない安全な場所まで少し戻り、火属性の魔法で炙り焼きにする。
「いただきます……ん、マズい。でも、あの狼の肉に比べたらまだマシかな……」
胃酸強化が仕事をして、胃の腑がカァッと熱くなる程度。
そしてステータスプレートを確認する。
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月影うみ 17歳 男 レベル:14
天職:錬金術師
筋力:1500
体力:1550
耐性:1400
敏捷:1650
魔力:350
魔耐:300
技能:錬金術・鑑定・言語理解・カゴ・纏雷・胃酸強化・夜目・気配感知・石化耐性・気配遮断
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「お、ちゃんと『気配遮断』引けた」
追加されたスキルを確認し、うみはほっと息を吐きつつ、その詳細へさらに『鑑定』をかける。
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名称:気配遮断
解説:発動中、自身の気配を極限まで薄める技能。
任意での発動および解除が可能。
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「あー、よかった。ちゃんと
鑑定結果の解説文を読み、うみは心底安落したような表情を浮かべた。
「これが
常に存在感が消え、誰からも認識されなくなる自分を想像して身震いしつつ、うみは小さく頷いた。
***
――それから、数十日の時が経過した。
うみは奈落の底へ続く階段のない迷宮を、時折手に入れた新たな技能や術式の研究を交えながら、
ひたすらに下へ下へと降り続けていた。
「――『蒼』」
暗闇から群れを成して襲いかかってきた甲虫の魔物たちを、うみは小さなブラックホールのような引力で一箇所にまとめ上げる。
そして――
「――『龍麟』『反発』『番の流星』――」
呪詞により出力を上昇させた御厨子にて一網打尽にした。
「ふぅ……相変わらず湧いてくるなぁ」
この数十日間、うみは深層の過酷な環境と、次々と現れる強力な魔物たちを相手に、己の術式と新たな技能を磨き続けていた。
道中、毒を吐く巨大なカエルや、麻痺の毒針を持つサソリなど、状態異常を駆使する厄介な魔物とも遭遇した。
「……下に向かえば向かうほど食べたくない見た目になってくのはなんとかしてほしいなぁ」
うみは倒した毒を吐くカエルと麻痺毒のある針を持つサソリの肉を『捌』で解体し、火属性の魔法で素早く炙り焼きにする。
「見た目が悪くなるほど味がよっくなってくのもどうにかしてほしい……」
期待と少しの理不尽さを胸にステータスプレートを確認する。
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月影うみ 17歳 男 レベル:22
天職:錬金術師
筋力:1780
体力:1830
耐性:1600
敏捷:2050
魔力:870
魔耐:690
技能:錬金術・鑑定・言語理解・カゴ・纏雷・胃酸強化・夜目・気配感知・石化耐性・
気配遮断・吸魔・念動・無詠唱・真偽判定・磁力操作・毒耐性・麻痺耐性
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そこに新たに刻まれていたのは、『毒耐性』と『麻痺耐性』の文字だった。
「やっぱり、状態異常を付与する系の技能は、そのままじゃなくて『耐性』技能に変換されちゃうみたいだね。
まあ、パッシブ防御が完璧になっていくと思えばお得だけど」
うみは現状のステータスプレートを眺めながら、ぽつりとこぼす。
「それにしても……この数十日で、手札が結構増えたなぁ」
普段の食料は、これまでに食べた中で「一番味がマシだった」タールザメなどの肉をストックして飢えを凌いでいる。
そもそも、うみは魔物食による物理ステータスの向上など求めていなかった。
物理的なステータスは呪力による強化でどうとでもなるため、不味い肉を無理に食べてまでステータスの微増にこだわる理由がないのだ。
彼が未知の魔物を口にするのは、「お腹が空いた時」か、戦闘中に『鑑定』をかけて「その魔物の持つ技能を欲しいと思った時」のみ。
つまり、新たに獲得した技能たちは、うみが『鑑定』で厳選し、不味さを我慢してでも意図的に喰らって奪い取った「戦利品」である。
例えば、三十層付近のぬかるんだエリアでは、強固な魔力障壁を張ってこちらの魔法を防ぐ巨大なヒルを。
また別の無機質な岩穴が続く階層では、周囲の岩石を宙に浮かせて飛び道具として操るポルターガイスト型の魔物を。
熱気を帯びた鉱脈が剥き出しになった階層では、磁力を持った鉱石を主食とし、体表に金属の鎧を纏う甲虫を。
一切の光が届かない暗闇の階層では、獲物の心音や発汗といった動揺を正確に読み取り、死角から襲い掛かってくる四つ足の魔獣を。
そして、奈落のさらに深く――五十層に差し掛かる少し前のエリアでは、息をするように魔法を乱射してくる多頭の蛇の魔物を。
うみは、それら未知の階層で遭遇し、厳選して喰らい、奪い取った5つの新しい技能にまとめて『鑑定』をかけていく。
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【吸魔】
・触れたものから魔力を吸収し、自身の魔力として還元する。
【念動】
・視界内の物質を魔力によって遠隔操作する。
【磁力操作】
・魔力によって磁力を発生させ、金属を自在に操る。
【真偽判定】
・対象の発言や行動から、感覚的に嘘偽りを看破する。
【無詠唱】
・魔法の発動に必要な詠唱プロセスを完全に省略できる。
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「『吸魔』と『念動』。この二つだけでも、探索の難易度が激下がりする大当たりスキルだね。
『念動』で周囲のすべてが武器になるし、『吸魔』ちゃんと使えれば、魔力切れもない……呪力切れも基本ないし、後は無尽蔵の体力か……」
うみは楽しげに指を折りながら、さらに特筆すべき三つの技能の使い道に思いを馳せる。
「『磁力操作』。これは使い方が難しそうだけど……
錬金術で丈夫な金属片を作り出せば『
次に、『真偽判定』。
「……『アンタ、つまんない嘘つくね』。うん、完璧。これがやりたくて食べたまである。地上に戻ったらどや顔で使おう」
誰もいない迷宮の奥深くで、一人ご機嫌に某首狩りウサギのセリフの練習をするうみ。
そして最後は、『無詠唱』。
うみは指先に小さな炎を、一切の動作も言葉もなしに灯してみせる。
「詠唱がないのに出力が100%だ。一切の隙なしで完全な魔法が扱える……わけだけど」
うみの澄み切った蒼い瞳に、呪術師としての冷徹な光が宿る。
呪術において、自らに不利な条件を科すことで能力を底上げする『縛り』。
「『本来不要な詠唱をあえて強制する』……つまり、この『無詠唱』という絶大なアドバンテージを、あえて恒久的に捨て去る。
この縛りを科せば、魔法の出力を跳ね上げることができる。どれくらいになるかは試してみないとだね」
詠唱をなくすか、理不尽なほどの圧倒的火力を得るか。
うみは迷うことなく後者を選んだ。手数や機動力は、無下限呪術や体術でいくらでも補えるからだ。
自身の戦力の底上げを確信し、うみはさらに歩みを進める。
――そして、ついにその場所へ辿り着いた。
オルクス大迷宮の深層、第五十階層。
うみの六眼が、これまでの無機質な迷宮とは明らかに異質な空間を捉える。
「……お?」
視線の先には、壁と一体化したような巨大な両開きの扉が立ちはだかっていた。
うみは興味深そうに近づき、扉に刻印された複雑な魔法陣の構造を視覚で読み取っていく。
「御大層なアラートの術式まで施した上に……」
うみの視線が、扉の左右に鎮座する二体の巨大な石像へと移る。
単眼を持つ巨人の像――キュクロプス。ただの石像ではない。
内部に膨大な魔力を内包し、侵入者を排除するべく今まさに稼働しようとしている、強力なゴーレムだ。
うみは口角を吊り上げ、楽しげにぽつりと呟いた。
「こんな警備員まで用意して、一体何を守ってるのかな?」