廻る世界、渡る魂   作:月影うみ

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ライセンの試練

熱気と微かな焦げ臭さが、未だ澱んだ空気に漂っていた。

先ほどまで入り組んだ石造りの迷路であったはずの空間は、今や見る影もない。

うみが放った呪力の奔流によって、行く手を阻む壁も、いやらしいからくりも、悪意に満ちたトラップの数々も、すべてが文字通り「蒸発」させられていた。

後に残されたのは、直径数メートルにわたって円筒形に綺麗にえぐり取られた、一直線に伸びる広大なトンネルだけである。

超高熱に晒された石壁は融解し、滑らかなガラス質へと変貌して鈍い光を反射している。

 

「あんなに人を小馬鹿にした煽り文を用意した迷宮の主が、なんだか少しだけ可哀想になってきました……」

 

まだ熱を帯びているガラス張りのトンネルを歩きながら、シアが顔を引き攣らせて呟いた。

精魂込めて作ったであろう迷路を、スタート地点からゴールまで物理的にぶち抜かれるなど、設計者からすれば悪夢以外の何物でもないだろう。

 

「……ん。迷宮への冒涜」

 

隣を歩くユエも、呆れたように小さく息を吐く。

しかし、その冒涜の張本人であるうみは、ポケットに両手を突っ込んだまま、至極当然のことでもしたかのように涼しい顔で歩いていた。

 

「えー? 楽でいいじゃん。壁にぶつかったら壊して進むなんて基本中の基本でしょ?」

「基本が根本から間違ってますぅ! うみくんの基準で世界を測らないでください!」

「……うみ、規格外すぎる。でも、好き」

「いや、そこは甘やかさないでくださいよユエさん!」

 

ウサミミをパタパタと揺らして抗議するシアと、結局うみの行動なら大抵のことは全肯定してしまうユエ。

そんな賑やかなやり取りを交わしながら直通ルートを歩ききると、三人はやがて少し開けた空間へと辿り着いた。

いや、正確には「空間の跡地」と呼ぶべきか。

本来ならば多数のゴーレムが待ち受けるあの大部屋だったのだろうが、部屋の大半と、その奥にあったはずの重厚な扉は、呪力砲の余波によって跡形もなく消し飛んでいる。

瓦礫の山と化したその場所には、もはや防衛機能など残っていないかに見えた。

 

——ガシャンッ!

 

だが、静寂を破るように、重々しい金属音が響いた。

運良く呪力砲の直撃を免れた壁の窪みから、あるいはかろうじて残った残骸の中から再構築されたのか。

数体のゴーレム騎士が、鈍く眼光を光らせながら這い出してきたのだ。

そして彼らは、床に降り立つことなく、そのまま壁を垂直に登り、あろうことか天井へと逆さまに張り付いて、ガシャンガシャンと足音を立てて走り始めたのである。

 

「なっ!? ひぃっ!? て、天井走ってますよ!? 重力さん、お仕事してくださぁ〜い!」

 

完全に物理法則を無視した光景に、シアが目を丸くして素っ頓狂な悲鳴を上げる。

ユエもまた、頭上を見上げて「……びっくり」と小さく目を瞬かせていた。

しかし、うみは全く慌てることなく、六眼を通してゴーレムたちの挙動と魔力の流れを冷静に分析していた。

 

「なるほど、重力操作の術式が組み込まれてるのか」

 

天井を逆さまに走りながらも、その重厚な甲冑が落ちてこない理由。

それは、彼ら自身にはたらく重力の方向が変化しているからに他ならない。

 

(重力をいじる、か。……ってことは、ここで手に入る『神代魔法』は重力魔法ってとこかな)

 

うみは内心で一人納得して頷いた。

重力という、世界を形作る「理」そのものに干渉する魔法。

それがどれほど並大抵ではない力であるかは、魔法の専門家ではない彼にも容易に想像がつく。

 

ガァンッ!

 

天井を走っていたゴーレムの一体が、突如として足を止め、頭をうみたちの方へ向けて真横に跳躍した。

重力操作によって自らを「砲弾」のように撃ち出し、凄まじい勢いで突っ込んでくる。まともに食らえば粉砕は免れない一撃だ。

 

「うみくん! きます!」

「うん。シア、思いっきりよろしく」

「えっ?」

 

うみは足を止めることなく、スッと指先を払った。

術式により生じた『蒼』による引力が、砲弾のように飛来するゴーレムの軌道を強引に捻じ曲げる。

真っ直ぐうみを狙っていたはずのゴーレムは、吸い寄せられるようにシアの正面へと軌道を変えられた。

 

「おっと! そぉいっ!!」

 

シアは即座に状況に適応し、手にした『千鈞』を一気に膨張させ、フルスイングで迎え撃った。

ドガァァァンッ!! という快音と共に、空中のゴーレムはまるで野球のボールのようにカチ上げられ、壁に激突して木端微塵に砕け散る。

 

「ナイバッティング」

「バッテ? えへへ〜、よくわからにですけど任せてくださいっ!」

 

さらに、壁を這って回り込もうとしていた別のゴーレムには、ユエが低燃費の水魔法を放ち、的確に関節を断ち切って床へと墜落させた。

三人は、飛びかかってくる少数のゴーレムを歩みを止めることなく迎撃しながら、広間を駆け抜けていく。

 

「……ふむ。この子らも核はないし、感応石で出来てる。塵にしない限り再生し放題だね」

「めんどくさいですぅ!」

 

後方で、粉砕したはずの残骸が再び形を成して追いかけてくるのを確認し、シアが悲鳴を上げる。

だが、うみは飄々としたままだった。

 

「まあ、この数なら無視して突っ切ればいいだけだよ。ほら、ゴールだ」

 

圧倒的な数で押し寄せてくるならともかく、ごく少数となったゴーレムなど、今の三人の前では全く脅威にならない。

うみたちは余裕でゴーレムの追撃を振り切り、消し飛んだ扉の先——ポッカリと開いた通路の終わりへと到達した。

 

そして、トンネルを抜けた三人の視界に、常識を覆す異様な光景が飛び込んできたのである。

 

そこは、超巨大な球状の空間だった。直径は優に二キロメートルは超えているだろう。

果ての見えないその空洞には、様々な形と大きさの鉱石ブロックが無数に浮遊し、スィー、スィーと不規則な軌道を描いて移動している。

完全に重力を無視した、異様な光景だ。

しかし、足を踏み出そうとしたうみは、己の足裏にかかる重力には何の変化もないことに気づく。

 

「……なるほど。空間全体の重力を消してるんじゃなくて、あのブロックみたいな特定の物質だけを捜査の対象にしてるのか。

術式対象を絞ると操作性とかも上がるのかな?」

 

うみが『六眼』で即座に原理を看破する中、シアとユエは目の前の奇観に言葉を失っていた。

 

「じ、重力さんが……とうとうストライキを起こしたみたいですぅ……」

「……ぜんぶ、浮いてる」

 

途切れた通路の先、十メートルほど向こうに、手頃な大きさの正方形のブロックがゆっくりと流れてきていた。

 

「とりあえず、あそこに飛び移ろうか」

 

うみの声に頷き、三人は同時に床を蹴って跳躍した。

超人的な身体能力を持つ彼女たちにとって、十メートル程度の跳躍など造作もない。

美しい放物線を描き、ブロックへと着地しようとした、まさにその瞬間だった。

 

「えっ!?」

 

目の前の正方形のブロックが、三人を嘲笑うかのように、スィーッと唐突に移動速度を上げ、軌道を変えたのだ。

目測は完全に狂い、三人は着地点を失ったまま、底の見えない虚空へと落ちていく。

 

「わぁぁっ!? おち、落ちますぅー!」

「……っ!」

 

シアが悲鳴を上げ、ユエが咄嗟に風魔法を唱えようとした――それよりも早く。

うみの瞳が、静かに青く輝いた。

 

うみは『天衣無縫』を起動してフワリと虚空に浮遊した。

同時に、落下しかけていたユエとシアの身体もまた、見えない力で引き上げられるように宙で停止する。

 

「ひゃっ!? え、う、浮いてる……?」

「……うみの技能」

 

うみが『念動』の技能で、二人の身体を浮かせる。

虚空に浮かぶうみと、念動力で宙に浮く二人。

重力を無視した空間で、彼ら自身もまた重力を嘲笑うような真似をやってのけている。

 

「これは性格悪すぎるでしょ。……おっと」

 

うみがため息をついた直後、後方の通路から、先ほど倒し損ねたゴーレム騎士の生き残りが数体、飛び出してきた。

彼らは重力操作を駆使し、自らを空飛ぶ砲弾と化して空中の三人に迫る。

だが、空中戦となってもうみの余裕は全く揺るがない。

 

うみは二人を宙に浮かせる『念動』と、自身の浮遊を可能にする『天衣無縫』を維持したまま、スッと空間を滑るように軌道を変える。

突っ込んでくるゴーレムたちを闘牛士のように最小限の動きでヒラリと躱し、あっさりと追撃を振り切った。

 

「よし、あそこなら安定してそう」

 

うみは比較的大きく、動きの遅いブロックを見繕うと、念動で二人を誘導し、そこへ着地させた。

自身も静かに降り立ち、周囲を警戒する。

すると、先ほどの追撃を生き延びた数体のゴーレムや、空間の下方から新たに浮上してきたゴーレム騎士たちが、三人が乗るブロックの周囲に集まってきた。

しかし、彼らはすぐには襲ってこず、大剣を胸の前に構えたまま、まるで儀仗兵のように三人の周囲をグルグルと旋回し始めたのだ。

 

「……何? あの動き。気持ち悪い」

「囲まれてますね……でも、襲ってこない?」

 

ユエとシアが警戒する中、うみは呆れたように肩をすくめた。

 

「逃げてぇ!!」

 

シアが血相を変え、ウサミミを逆立たせて絶叫した。

自発的ではない。命に関わる決定的な危機にのみ反応する、彼女の固有魔法『未来視』の自動発動による警告。

しかし、シアが叫ぶよりもコンマ数秒早く、うみの呪術師としての直感もまた、上空からの異常なまでの『質量と熱の接近』を捉えていた。

 

「っ!」

 

シアの警告の速さに内心で舌を巻きつつ、うみは即座に両脇のユエとシアを抱え込んだ。

 

自身に強烈な引力を作用させ、三人の身体はブロックから超高速で弾き出されるように跳び退く。

直後。

ズゥガガガンッ!!!

隕石でも落ちてきたのかと錯覚するほどの、鼓膜を破るような轟音。

先ほどまで三人が立っていたブロックが、上空から落下してきた『赤熱化した巨大な何か』の直撃を受け、木っ端微塵に爆砕されたのだ。

熱波と衝撃波が、空中に逃れた三人の肌をチリチリと焼く。

 

「……ナイス、シア」

 

別のブロックにふわりと着地し、うみが素直に称賛の言葉を口にする。

自身の感知だけでも回避は間に合っただろうが、シアの警告がコンマ数秒のアドバンテージを与えてくれたのは間違いない。

 

「……ん、お手柄」

「え、えへへ、魔力をごっそり持って行かれましたけど……お役に立ててよかったですぅ……」

 

ユエからも褒められ、青ざめながらも嬉しそうに照れるシア。

だが、安堵している暇はない。

 

ゴゴゴゴゴゴ……ッ!!

 

ブロックを粉砕した巨大な質量が、猛烈な勢いで上昇し、三人の目の前へとその全貌を現した。

 

全身を分厚い甲冑に包み、赤熱化した右手のヒートナックルと、左手に鎖付きの巨大なモーニングスターを装備した、全長二十メートルはあろうかという超巨大なゴーレムである。

うみ達が身構える中、周囲を旋回していたゴーレム騎士達がヒュンヒュンと音を立てながら飛来し、巨体ゴーレムの周囲に整列するように並びだした。その姿は、まるで王を前にして敬礼しているかのようだ。

 

「お、親玉って感じですね……」

「……すごく、大きい」

「……アルティメットで零号機なメカ丸みたい」

 

シアとユエが威圧感に気圧される中、うみは一人、先輩の発明を思い出しながら、どこかズレた関心を示していた。 一触即発。動いた瞬間、命を賭けた殺し合いが始まる。 そんな張り詰めた空気を破ったのは――

 

「やほ~、はじめまして~、みんな大好きミレディ・ライセンだよぉ~」

 

――巨体ゴーレムの、あまりにも場違いでふざけた挨拶だった。

 

「「……は?」」

 

凶悪な見た目と殺意の塊のような装備から発せられた、やたらと軽い声。

状況との凄まじい落差に、ユエとシアは包囲されていることも忘れてポカンと口を開けて硬直した。

 

「あのねぇ~、挨拶したんだから何か返そうよ。最低限の礼儀だよ?

全く、これだから最近の若者は……もっと常識になりたまえよ」

 

巨体ゴーレムは、やたらと人間臭い動きで「やれやれだぜ」と言う様に肩を竦めてみせる。

だが、そのふざけた口上をBGMにしながら、うみは静かに『六眼』で目の前の存在を分析していた。

その視界は、目の前の巨体が騎士ゴーレム同様、遠隔操作の傀儡であることを映していた。

 

(それにしてもわざとらしい。……本当に、悟さんみたいだ)

 

道中に散らばっていた人を小馬鹿にした煽り文を見た時点から、もしかしたらとは思っていた。

文字だけならただの「天性のウザいやつ」という可能性もあったが、こうして実際に直接声を聞いたことで、その予感は確信に変わる。

方向性こそ違えど、間違いなく同類だ。

何かを覆い隠すために、もしくは覚悟の表れか。

ひたすらに明るく振る舞い、意図的に歪なテンションを作り上げている。

 

(何かしら抱え込んでる人ってのは、なんで誰も彼も、こんな――)

 

思考を途中で打ち切り、うみの口から小さく独り言が漏れた。

 

「……いや、そうならなきゃやってらんないのか」

「ちょっとぉ! 聞いてる!? 」

 

自分の世界に入り込んでいたうみに対し、ミレディが声を張り上げて抗議してくる。

「私が精魂込めて作った迷路を、スタートからゴールまで跡形もなく蒸発させてくれた件について怒ってるんですけどぉ!?」

 

思考から引き戻されたうみは、彼女の悲痛な(?)叫びに対し、一切悪びれない表情ですっとぼけた。

 

「……へぇ、そんなことする人いるんだ。ひどい人もいたもんだね」

「君のことだよっ!! どの口が言ってるのさ!」

 

完璧なツッコミを返すミレディ・ゴーレム。

だが、うみはその漫才のような空気をスッと打ち切り、フラットな声で本題に切り込んだ。

 

「……それで? 本当にミレディ・ライセンなの?」

「ん~?」

「オスカー・オルクスの記録だと、ミレディは人間の女だったはずなんだけど……なんでそんな姿で生きてるわけ?

迷宮を見た感じ、ここで手に入る『神代魔法』って重力系統のやつかと思ってたんだけど。

まさか、残留思念か何かを定着させる魔法なのかな」

 

うみが道中のゴーレムから導き出した予想を口にすると、ミレディは一瞬言葉を詰まらせたようだったが、すぐにニヤついた声音で返ってきた。

 

「おおう、オーちゃんの迷宮の攻略者だったんだねぇ。……ってことは、事情は理解してるよね?

神代魔法って、やっぱり神殺しのために探してるのかな?」

「質問してるのはこっちなんだけどなぁ……。それに、神殺しとか興味ないから。……で、どうなの?」

「あはは、ゴーレムへの定着はラーくんに手伝ってもらっただけだよぉ~」

 

うみは言葉の裏を探るようも、対象の嘘に反応するであろう技能『真偽判定』からの反応は一切なし。

技能を手に入れてからここまでニートしている技能のため、うみ自身も「これ本当に機能してんのかな」と半信半疑ではあるが、

少なくとも彼女が口にした「ゴーレムへの自我の定着は別人の手によるもの」という言葉自体に嘘はないとみていいだろう。

 

「ふーん。上手くはぐらかすね。で、結局君自身の神代魔法はなんなの? 俺、元の世界に帰るための魔法を探してるんだけど」

「ん~? その様子じゃ、ここにあるのが目当ての魔法じゃないと思ってるのかなぁ?

ちなみに私の神代魔法はホントに別物だよぉ~」

「だから、それがなんなのかって聞いてるんだけど。あんまりもったいぶるなら、このまま帰るけど?」

「えーっ!? ここまで来て帰っちゃうの!? まさかのラスボス戦スルー!?

せっかく私が用意した感動のフィナーレなのに!? 君、空気読めないってよく言われない!?」

「言われないけど。俺、術師の中では割とまともな方だし」

 

うみが真顔で即答すると、ミレディ・ゴーレムはあからさまにたじろいだような素振りを見せた。

 

「うわぁ……なんか同類っぽい匂いがすると思ったけど、

君、自分で自分のこと常識人だと思い込んでる一番めんどくさいタイプだねぇ……」

「そっちには言われたくないかな。……で? 答えないなら本当に帰るけど」

 

踵を返そうとするうみに、ミレディは慌てたように言葉を継ぐ。

 

「ん~ん~、待って待って! 知りたい? 私の神代魔法が何か、そんなに知りたいのかなぁ?」

 

再びニヤついた声音で焦らしてくるミレディに、うみが内心でため息をつきかけた、その時。

 

「知りたいならぁ~、その前に……今度はこっちの質問に答えなよ」

 

ミレディの纏う空気が、今までの軽薄な雰囲気が嘘のように一変し、真剣さを帯びた。

 

「……目的は何? 何のために神代魔法を求める?」

 

嘘偽りを許さない真摯な問い。

だが、その重い空気に当てられることなく、うみはあくまでマイペースに、真っ直ぐに答えた。

 

「さっき言った通り、元の世界に帰るため。呪術師ってのは万年人手不足なんだ。

いつまでもこんな所で遊んでるわけにはいかないからね。世界を越える術式を探してる。君の言う神には興味ない」

 

異世界を救う大義名分などない。ただ、自分が居るべき場所に帰るための力が欲しい。

そのブレない意志に、ユエも静かに隣で頷いている。

ミレディ・ゴーレムはしばらくうみをジッと見つめた後、何かに納得したように小さく息を吐いた。

 

「……そっか。なるほどねぇ~」

 

そして次の瞬間には、再びウザいピエロの仮面を被り直し、高らかに宣言する。

 

「よし、ならば戦争だ! 見事、私を打ち破って神代魔法を手にするがいい!」

「結局そうなるんだ。どんな魔法なのかも返答無いし」

 

うみがやれやれと苦笑し、臨戦態勢をとる。

 

「にひひ、教えてあ~げない!」

 

ミレディのそのふざけた言葉が空間に響き渡るか渡らないかの内に、うみは既に動いていた。

スッとポケットから取り出したのは、この世界の通貨である硬貨が一枚。親指の爪で弾かれた硬貨が、キィンと澄んだ音を立てて頭上高くへと宙を舞う。

うみは右腕を真っ直ぐに前方へ向け、その身にバチバチッと赤黒い稲妻を奔らせた。

 

放物線を描いて落ちてきた硬貨が、ちょうど顔の高さまで到達した、その瞬間。 極限まで収束された電磁エネルギーを纏う指先で、その硬貨をパチンと弾き飛ばす。

 

オレンジ色の閃光が弾けた。

 

ドゴォォォォンッ!!

 

マッハ3に迫る超音速で射出された一撃は、『六眼』によって看破された巨大ゴーレムの『核』がある胸部へと一直線に突き進み、直撃する。 凄絶な爆音と共に爆煙が巻き起こり、ミレディ・ゴーレムの巨体が大きく揺らいだ。

 

「やりましたか!?」

「……シア、それはフラグ」

 

シアが喜色を浮かべ、ユエが即座にツッコミを入れる。

その言葉通り、煙の中から何事もなかったかのようにミレディ・ゴーレムが姿を現した。

表面の装甲こそ派手にひび割れ、一部が剥がれ落ちていたが、その奥からは傷一つない漆黒の装甲が鈍く光を放っていたのである。

 

「……なるほど。さすがに急所だけあって硬いね」

「いやぁ~、いきなりの先制攻撃にはヒヤッとしたよぉ! でも残念、私のアザンチウム装甲は砕けないよぉ~!」

 

勝ち誇るミレディの声にも、うみは焦る様子もなく冷静に漆黒の装甲を分析していた。

その時、ミレディ・ゴーレムが左腕の巨大なモーニングスターを予備動作なしで猛烈な勢いで射出した。

同時に、残存していた十体ほどのゴーレム騎士達も大剣を振りかざして一斉に突撃を開始する。

 

「おっと」

 

うみは軽くステップを踏み、迫り来る巨大な鉄球を躱す。

ユエとシアも、それぞれ左右に跳躍して散開し、見事にそれを回避した。

空中で体勢を立て直しながら、うみは自身の『六眼』で盤面を俯瞰する。

無傷のミレディ・ゴーレムと、それを護るように殺到してくる十体以上のゴーレム騎士たち。

 

(まあ確かに硬いけど……なんてことはないかな。他にも手はあるし)

 

如何に強固な装甲を持とうと強力で多彩な手札を持つうみの前ではほとんど意味がない。

『十劃呪法』を起動して、装甲を弱体化する。

『蒼』の引力を核の周辺の一点に集中させて、装甲ごとねじ切る。

その他諸々。

どれを選んでも、やろうと思えば単騎で一瞬のうちに完封できる手札をうみは持っている。

 

さてどうするか。このまま一気に終わらせてしまおうかと思考を巡らせた、その時だった。

 

視界の端に、懸命に大槌を構え、戦場を駆けようとするシアの姿が映った。

大峡谷で出会ってから今日まで。時に泣き言を漏らしながらも必死に足掻いてきた少女。

その姿を見た瞬間、ふと、うみの脳裏にいつかの日の記憶が過った。

 

***

 

――それは、まだ彼が呪術師としての活動を始めて間もない頃のこと。

 

呪術高専の寮、うみの自室。休養日だった彼は、一人で専門書を読み漁っていた。

ドタドタドタッ! 廊下から、やたらと騒がしい足音が近づいてくる。

バンッ!と勢いよく扉が開かれ、 「うみ!!」 と、やたらとハイテンションな声が部屋に響いた。

 

「悟さん。あんまりうるさくすると正道さんにげんこつもらいますよ」

 

呆れながら振り向いたうみの視線の先には、全身真っ黒な服に目隠し姿の男――五条悟が立っていた。

しかし、その頭にはすでに見事なこぶができている。

 

(もうすでにもらってた……)

 

うみが内心でツッコミを入れていると、五条は「そんなことより見て見て!」と、得意げに一枚の紙を突き出してきた。

 

「教員免許ゲットだぜー!!」

「……悟さんが、教師!?」

 

うみは、この世の終わりでも見るような目で五条を見つめた。

 

「ちょっとちょっとー? なにその顔!」

「だって、悟さん感覚派じゃないですか。俺は眼と脳みそのおかげで何とか理解できてますけど、ぶっちゃけ悟さんって、教えるの向いてないですよ?」

 

ストレートすぎる辛辣な一撃に、五条は崩れ落ちた。

うみはそんな五条をスルーして、さらに疑問を投げかける。

 

「ていうか、悟さんって術師の中で一番強いんですよね?」

「そりゃもちろん。僕は最強だからね」

 

すぐに復活した五条は、不敵に胸を張り、得意げに言い放つ。

うみはさらに、呆れたように首を傾げて疑問をぶつけた。

 

「教師なんてやってる余裕あるんですか? 高専にはすでに先生もいるのに、そこに悟さんが入る意味ってあるんですか?」

 

それを聞いた五条は、少しだけ真面目なトーンに切り替え、ふっと穏やかな笑みを浮かべてうみを見据えながら、

「いいこと教えてあげる」と前置きをして話始める。

 

「世の中、僕一人だけが強くてもダメらしいんだ。僕に救えるのは、他人に救われる準備のある奴だけだからね」

 

五条はふと、遠くを見るような、どこか懐かしむような眼差しになった。

 

「だから僕は、強くて聡い仲間を育てる。……うみには期待してるんだ。なんたって僕の最初の生徒だからね!」

「重いです。期待が」

 

うみは即座に切り捨てつつも、少しだけ口角を上げた。

 

「期待は置いといて、やれるだけのことはします。そのために術師になったので。それに俺は――」

 

言葉を切り一拍置き、うみは言葉を紡いだ。

 

「――――――」

 

紡がれた言葉を聞いた五条は一瞬ぱちくりと目を丸くし、やがて嬉しそうな笑顔を浮かべた。

 

「……楽しみにしてるよ」

 

***

 

ドゴォォォォンッ!!!

 

「っ!」

 

足場へ着弾したモーニングスターの凄まじい轟音と振動が、うみの意識を記憶の底から現実の戦場へと乱暴に引き戻した。

土煙が舞う中、うみは、周囲を警戒するユエ、そして戦場を駆けようとするシアへと順に視線を移す。

 

(シアが聡いかどうかは置いといて……)

 

「……誰か一人が強いだけじゃダメ……ですよね?」

 

ここにはいない師へ向けて、小さく独り言をこぼす。

うみは単騎での完封をやめ、シアを成長させるためのサポートに回ることを決意した。

 

『シアをメイン火力にして、俺とユエでサポートする』

 

散開した二人の脳内に、うみからの念話が響いた。

 

『周りの雑魚は俺が全部引き受けるから、二人はミレディに集中』

『了解ですぅ!』

『……ん、任せて』

 

空中で姿勢を制御しながら、うみは左耳につけていたイヤーカフ――収納系の魔道具に指を触れた。

瞬間、うみの周囲の空間に、無数の真っ黒な金属片がばら撒かれる。

 

「――群蝶」

 

騎士ゴーレムたちは塵にでもしない限り、どれだけ破壊しようと再生する。

ゆえに、磁力により拘束・無力化の可能な手段を取る。

 

無数に展開された『群蝶』の一つ一つを『念動』により、個別かつ精密に操作し、

高速で飛び回るゴーレム達の装甲の隙間や関節部へ次々と正確に打ち込んでいく。

その常軌を逸した並列処理能力の代償として、一時的に他の術式や技能・魔法が使えなくなるという縛りが発生するが、

この程度の相手ならばそのハンデも無いに等しい。

 

「ユエ、シア! 足場は作るから好きに暴れて!」

 

ゴーレムに『群蝶』を打ち込みながら、うみは余った金属片を空中に集めて、点々と続く足場を作り出した。

 

「いきます!」

 

シアがその黒い金属片を次々と蹴りつけ、凄まじい脚力でミレディ・ゴーレムへと肉薄する。

同時に、ユエが放った水刃がミレディの膝関節を強襲し、その巨体の体勢を大きく崩した。

 

「オラオラオラァッ!!」

「うわわっ、ちょっと野蛮すぎない!?」

 

体勢を崩したミレディの頭上から、シアが手にした『千鈞』の待機モードを解除し、戦闘モードへと一気に膨張させて嵐のような連続打撃を叩き込む。

アザンチウム装甲こそ砕けないものの、呪具によるパワーバフとその圧倒的な質量と衝撃にミレディ・ゴーレムは防戦一方となる。

 

「……よし、セット完了」

 

ほどなくして、十体のゴーレム騎士すべてと、周囲の壁やブロックに『群蝶』を打ち込み終えたうみが、スッと指を鳴らした。

 

――ギギギギンッ!!!

 

『群蝶』に付与された磁力操作が一斉に起動する。

強烈な磁場が発生し、空中を跳躍していたゴーレム騎士たちが、

目に見えない力によって強引に軌道を捻じ曲げられ、壁や虚空のブロックへと凄まじい勢いで叩きつけられた。

ガッチリと磔にされ、ピクピクと動くことしかできなくなったゴーレム達。完全な無力化である。

 

「さて、こっちは終わったよ」

 

『念動』を解き、涼しい顔で告げるうみ。

その光景に、ミレディ・ゴーレムは露骨に焦りの声を上げた。

 

「ちょっ、なにそれぇ! 破壊ならまだしも無力化とか聞いてないんだけど!?」

 

驚愕するミレディだったが、すぐに気を取り直したようにニヤリと笑う。

 

「でもでもぉ、操れるのが騎士だけとは一言も言ってないよぉ~」

 

ミレディの言葉と同時に、三人が乗っていた浮遊ブロックが突如として凄まじい勢いで回転を始め、別のブロックへと激突しようと軌道を変える。

 

「きゃあああっ!?」

「……っ!」

 

足場を奪われ、虚空へと放り出されるユエとシア。そこへ狙いすましたように巨大なモーニングスターが襲い掛かる。

だが、うみは全く慌てることなく、指先を小さく振るった。

 

「おっと」

 

『蒼』の引力で、落下していく二人の身体を空中で強引に吸い寄せる。

そのまま、迫り来るモーニングスターの軌道から滑らせるように、別の安定したブロックへと優しく着地させた。

 

『二人とも無事?』

『うみくん! 助かりましたぁ!』

『……ん。ありがとう』

『さぁ、こういう硬い相手をどうにかしたい時はどうする?』

 

体勢を立て直した二人の脳内に、うみからの念話が響いた。

戦闘中、しかも巨大なゴーレムの追撃が迫る状況下で始まった、あまりに場違いで冷静な戦上会議。

 

『……関節などの硬くない部分を狙う。内部破壊を狙う。凍らせて脆くする』

 

ユエが牽制を放ちながら、セオリーを淡々と答える。

 

『よし、じゃあ全部やってみようか。でも、二人の手札じゃ内部破壊は厳しいから、残りの二つを試してみよう』

 

うみの誘導を受け、二人は即座に戦術をシフトさせた。

ユエが放つ無数の極圧の水刃が、ミレディの関節部の隙間――アザンチウムで覆われていないであろう駆動部を執拗に狙い撃つ。

シアもまた『千鈞』の戦闘モードによる圧倒的な質量とパワーバフを活かし、ユエが狙う関節部へと重く鋭い打撃を集中させ、着実にダメージを蓄積させていく。

 

「ちょっとぉ! ちまちまちまちま鬱陶しいなぁ!」

 

波状攻撃に苛立ったミレディが、巨大なヒートナックルを力任せに振り回す。

しかし、決定打には至らないものの、波状攻撃は確実にミレディの動きを鈍らせていた。

自己修復機能が厄介ではあるが、着実に削りを入れている。

 

「小賢しいんだよぉ! パワーでゴーレムが負けるわけないよぉ~!」

 

怒りに任せ、ミレディが全身のバネを使い、特大のヒートナックルを全力で叩きつけてきた。

狙いは、空中で指示を出しているうみだ。

 

「それはどうだろうね」

 

回避できるタイミングは十分にあった。しかし、うみはあえて逃げず、自身の右腕を真っ直ぐに引いた。

平時における全開の呪力強化。その強化倍率は数十倍にも及ぶ。

極限まで練り上げられた呪力を纏った拳は、もはや破壊兵器へと変貌していた。

 

ドゴォォォォォンッ!!!

 

空間そのものが震えるような轟音。

二十メートル級のゴーレムが放つ、数トンはあろうかという赤熱の巨大拳。それと、うみの華奢な拳が真っ向から激突した。

結果は――。

 

「はあああっ!?」

 

ミレディの驚愕の声と共に、ゴーレムのヒートナックルが強引に弾き飛ばされた。

それだけではない。

莫大な運動エネルギーの反作用により、ミレディ・ゴーレムの巨体そのものが大きく後方へとたたらを踏み、完全にバランスを崩したのだ。

 

「肉弾戦で押し負けるとか意味わかんないんだけど!? なにその化け物フィジカル!?」

 

信じられないものを見るかのように叫ぶミレディ。

一方、空中で体勢を立て直したうみは、少しだけ痺れる自身の右拳を見つめながら小さく舌打ちをした。

 

(……悟さんや宿儺なら、今ので腕は持っていってた。まだ、足りない)

 

内心でそんな規格外すぎる比較をして悔しがっているうみだが、彼が作り出した「最大の隙」を、聡明な仲間たちが見逃すはずがなかった。

 

「今だ。やっちゃえ」

 

うみの号令と同時、ユエとシアが即座に動く。

ユエが放った水刃が、ヒートナックルを弾かれて完全に無防備となっていたミレディの右腕の関節部に直撃。蓄積していたダメージと相まって、太い腕をあっさりと切断する。

さらに、反対側へと回り込んでいたシアが限界まで膨張させた『千鈞』を横薙ぎにフルスイング。モーニングスターを構えたまま固まっていた左腕を、肩口から豪快に粉砕した。

 

「なっ!? 調子に乗ってぇ!!」

 

両腕を失い、武器すらも奪われたミレディ・ゴーレム。

身動きも取れず、防御手段すら失った彼女は、追い詰められた末に奥の手を切る。

 

「だったら……これだよぉ!!」

 

空間全体が、低く不気味な鳴動を始めた。

上空――超巨大な空間の天井に敷き詰められていた、一つ十トンは下らないであろう数百の巨石群が、重力操作の解除により一斉に落下を始めたのだ。

 

「ひゃああっ!? 降ってきますぅー!!」

 

逃げ場のない大質量の豪雨。

 

「回避!」

 

うみの指示が飛ぶ。

ユエは魔法で瞬時に足場を作り出しながら華麗に宙を舞い、シアは『未来視』の予測と圧倒的な脚力で、大質量の合間を縫うように落下してくる足場をアクロバティックに躱していく。

うみ自身も落下してくる巨石を容易く回避しながら二人の動きを見守っていた。

 

だが、ミレディの執念がそれを許さない。

数百の巨石群の圧倒的な物量と密度が、徐々に逃げ場を塞いでいき、ついにユエとシアの頭上に隙間なく密集して襲い掛かったのだ。

 

「……っ!」

「ひぅっ!?」

 

完全に退路を断たれ、死の質量を見上げる二人。

 

少し離れた位置からそれを見たうみは、

(このレベルの物量だと、まだ二人には捌ききれないか)と冷静に状況を判断し、フォローのためにスッと行動を起こした。

 

(悟さん曰く、無下限呪術は『無限』を顕在化させる術式。そして、無限は『世の中の至る所』にある)

 

本来、術者自身の周囲にしか展開しない不可侵の空間。

だが、理屈の上では、無限が至る所に存在し、それを現実に持ってくるのが術式であるならば。

 

(――なら、理論上可能なはず)

 

うみは右手を顔の前に掲げ、中指と人差し指を交差させる掌印を結んだ。

自身の周囲に展開するいつもの感覚とは全く異なる演算。その絶大な脳負荷を制御し、術式の発動を補助するための印。

極限まで回転する『六眼』が、ユエとシアの周囲の空間を捉える。

 

ゴゴゴゴゴゴォォォンッ!!!

 

凄まじい轟音と共に、ユエとシアを押し潰さんとする巨石の雨が降り注ぐ。

しかし――。

 

「……は? え? なんで……?」

 

土煙の向こう側で、絶対の自信を持っていたミレディが、理解不能な光景に素で戦慄の声を漏らした。

ユエとシアの眼前数センチ。落下してきた巨石群がピタリと『停止』していたのだ。

正確には極限まで減速しているのだが、傍目には見えない何かに阻まれ、数百の巨石が宙で完全に静止しているようにしか見えない。

どう見ても不可解極まりない、常軌を逸した現象。

 

「……なるほど。こりゃしんどい。長くはもたないか」

 

少し離れた場所で掌印を維持したまま、演算による想定以上の脳負荷に小さく息を吐きつつも、うみは新たな手札の感触に小さく頷いた。

 

驚愕のあまり、ミレディは巨石群に掛けていた重力操作すらも無意識に解除してしまっていた。

すると、ユエとシアの頭上で静止していた巨石群が、ふわりと重力を失って空間の上方へと散開していく。

それを見届けたうみは、静かに掌印を解いた。

 

ミレディが晒した決定的な硬直。その隙を、聡明な吸血姫が見逃すはずがなかった。

 

「……凍って。『凍柩』」

 

ユエの凛とした詠唱と共に、ミレディの周囲の空間が急速に冷え込む。

先ほどの波状攻撃の際、関節の隙間や周囲のブロックに執拗に撃ち込み、散布していた大量の水分。

それが一瞬にして絶対零度の氷へと姿を変え、ミレディの巨体を背後の巨大な浮遊ブロックごとガチガチに閉じ込めた。

 

「なっ!? 何で上級魔法が!?」

 

この迷宮では強力な魔法の発動は制限されているはずだ。

だが、ユエは元となる水を事前に用意することで消費魔力を極限まで抑え、強引に上級魔法を成立させたのである。

驚愕するミレディだったが、すぐに気を取り直した。

 

「でもでもぉ! こんな氷、力技で砕いて……っ!」

 

ゴーレムの圧倒的なパワーがあれば、氷の拘束などすぐに破れる。

 

ミレディがそうタカを括り、力を込めようとした――その瞬間だった。

 

「――天を裂き、地を穿つ」

 

静寂を取り戻しつつあった空間に、涼やかな、しかし絶対的な存在感を放つ詠唱が響いた。

見やると、少し離れた浮遊ブロックに降り立ったうみが、右手を天に掲げて魔法の準備をしていた。

 

(……やっぱり、この迷宮の魔力分散作用は厄介だな)

 

詠唱の合間、ミレディを拘束している氷の状態を分析しながら思考を回す。

ユエが起点となる水を用意し、消費魔力を抑える工夫をしたことで上級魔法『凍柩』は成立した。

しかし、この大峡谷以上の異常な環境下では、どうしても最終的な出力が落ちてしまう。

二十メートル級の巨体を覆う氷としては、やや「薄い」。

ミレディの巨躯のパワーなら、すぐに抜け出されるだろう。

 

(凍らせて脆くするってセオリー自体は完璧だけど、

これじゃあシアの膂力でも、装甲を砕いた上で奥の核まで届かせるのは厳しい。

……仕方ない、外殻は俺がやる)

 

うみの眼光が鋭さを増す。

 

「――万物を焼き焦がす光の矢よ」

 

二節目の詠唱を紡ぐ。

 

(縛りはどうしようか……)

 

峡谷の底で魔法を使った際にも、魔法の霧散を防ぐために「発動とは別に莫大な魔力を消費する」という縛りを用いた。

あの時は総魔力量の半分ほどを持っていかれた。

この迷宮のそれは外のものよりも強力なため、あの時以上の縛りが必要だろう。

 

今のうみにはまだ七〜八割ほどの魔力が残っている。

この劣悪な環境下で、出力を一切落落とさずに、魔力分散作用を完全に無視した最大火力を叩き込むための代償は――。

 

(……考えるのめんどくさいし、残りの魔力全部でいいか)

 

どのみち次手で終わる。そう判断して、うみは躊躇うことなく魔法の発動に必要な分を除く『残存魔力のすべて』を、環境要因を無視するための縛りの対価として設定した。

瞬間、うみの足元に幾何学的な魔法陣が急速に展開され、同時に彼の周囲の空間に、白から薄い青色へとグラデーションを描く眩いスパークがバチバチと激しく弾け始めた。

 

「――我が手に集いて、裁きを下せ――」

 

三節目の詠唱が完了する。極限まで圧縮され、限界突破すら超えた高密度の雷が、今にも弾け飛ばんばかりに荒れ狂う。

しかし、その圧倒的な力を前にしても、氷に閉じ込められたミレディは余裕の態度を崩さなかった。

 

「あはは! 無駄無駄ぁ! 私のアザンチウム装甲は硬いだけじゃないんだよぉ~!

魔法耐性だってバッチリなんだから、そんな魔法じゃ傷一つ……」

「……うん。確かに、ただ魔法をぶつけるだけじゃ厳しいかもね」

 

ミレディの強がりを、うみはあっさりと肯定した。

そして、ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 

「いいこと教えてあげる」

「え?」

「氷って、一気に高圧の電流を流すと爆発するんだよ」

 

うみの言葉に、ミレディの表情――ゴーレムの赤い瞳が、あり得ないものを見るように見開かれた。

水と電気。それが引き起こす急激な通電と加熱による、氷のプラズマ爆発。

装甲の硬さも魔法耐性も関係ない。装甲に密着した氷そのものを、超高圧力の「爆弾」に変えるという外法。

 

(あ、そういえば魔法の名前決めてなかったな)

 

極限の魔法を放つ直前だというのに、うみの内心はどこまでもマイペースだった。

今までの人生で雷と言われて真っ先にイメージされるのは鹿紫雲一の呪術か神武解の能力か。

 

(……どっちにも及ばないしなぁ。これくらいでいっか)

 

「なっ、ちょ、爆発って……!?」

 

焦乱するミレディの悲鳴を置き去りにして、うみは天に掲げていた右手をミレディへと向けて振り下ろし、静かにその名を紡いだ。

 

「――〝琥珀〟」

 

天より降り注いだ光の柱のごとき雷撃が、ミレディの巨躯へと直撃した。

 

カッ!! と。

空間の色が飛ぶほどの閃光。

直後。

 

ドゴォォォォォォォォォォンッ!!!!!

 

流し込まれた莫大な電気エネルギーが氷を構成するすべてをプラズマ化させ、衝撃波と爆発的膨張を引き起こす。

逃げ場を失った超高圧の爆発エネルギーは、物理法則の暴力となって巨体ゴーレムに炸裂する。

 

「ぎゃあああああっ!?」

 

無類の防御力を誇るアザンチウム装甲が、プラズマ爆発の凄まじい衝撃に耐えきれず、大きなひび割れと共に広範囲にわたって粉々に吹き飛ぶ。

そして、その奥深くに隠されていた赤い感応石の『核』が、完全に無防備な状態で外気を晒した。

 

「シア!」

「りゃぁあああああああっ!!!」

 

うみの合図と同時。

遥か上空から、自由落下に任せて急降下してきたシアが、すべての力と全開の身体強化魔法を展開し、『千鈞』を剥き出しになった『核』のド真ん中へと叩き込んだ。

 

ドゴォォォォォンッ!!!

 

本日最大級の轟音。

大槌の一撃によって、ミレディ・ゴーレムの命脈である核が完全に粉砕された。

 

ミレディ・ゴーレムの巨体が、ゆっくりと、その目から光を失いながら崩れ落ちていく。

 

「……やり、ましたぁ!」

 

空中で一回転して着地したシアが、荒い息を吐きながら満面の笑みでサムズアップを作る。

魔力を使い果たし、少しだけ疲労を感じながら地上へ降り立ったうみと、ユエもまた、それに応えるように微笑み、親指を立てた。

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