町と町、あるいは村々をつなぐ街道を、一台の馬車がのんびりとしたペースで進んでいた。
馬車を護衛するのは、ブルックの町を拠点とする数名の冒険者たち。
そして御者台には、二メートルを超える筋骨隆々の巨体に派手な化粧を施した服飾店店長・クリスタベルと、
ブルックの町にある『マサカの宿』の看板娘であるソーナの姿があった。
「ソーナちゃぁ~ん、もうすぐ泉があるから、そこで少し休憩にするわよぉ~」
「了解です、クリスタベルさん!」
隣町の親戚への見舞いを終え、ブルックの町への帰路についていた一行は、街道の傍にある泉で昼食の準備を始めた。
ソーナは空の入れ物を手に、水を汲むために泉の畔へと小走りで向かう。
そして、いざ水を汲もうと入れ物を泉の水面に浸けた、その瞬間だった。
――ボコッ! ボコボコボコッ! ゴバァァァァッ!!
突如として、泉の中央が不自然に泡立ち始め、一気に水が間欠泉のように噴き上がり始めたのだ。
「きゃあっ!?」
「ソーナちゃん!」
突然の事態に悲鳴を上げて尻餅をつくソーナを、クリスタベルが一瞬で駆け寄り、庇うようにして後方へ飛び退いた。
その間にも噴き上がる水の勢いは増していき、ついには高さ十メートルを超える巨大な水柱へと成長した。
ただの休憩ポイントであるはずの泉で起きた、前代未聞の異常現象。
クリスタベルやソーナ、そして護衛の冒険者たちは、降り注ぐ水飛沫も忘れて、ただ呆然と巨大な水柱を見上げるしかなかった。
すると、その水柱の頂点から――。
「……え?」
巨大な『黒の球体』が、勢いよく空高くへと放り出されたのだ。
***
「……おっ」
激しい水流に揉まれ、ぐわんぐわんと回転を続けていた、影の球体内部。
その暴力的な洗濯機状態が、唐突にふわりとした無重力の浮遊感へと変わったことを、うみは敏感に察知した。
「地上に出たっぽいね」
うみは事もなげにそう呟くと、空間を覆っていた影をスッと解除した。
視界が開け、光が差し込む。
うみたちの身体は現在、泉の上空数十メートルの高さに放り出されていた。
眼下には澄んだ泉と、何故かこちらをポカンと見上げている人間たちの姿が確認できる。
(このまま落ちたらびしょ濡れだ……)
うみは空中で冷静に状況を判断すると、隣で目を回しているシアと、なんとか体勢を保とうとしているユエの襟元を掴んだ。
「着地は各々で!」
そして、二人を泉ではなく、陸地側へ向けてポイッと放り投げた。
「……んっ」
放り出されたユエは、空中で瞬時に風の魔法を発動、自身の落下速度をふわりと殺して完璧な着地を決める。
一方のうみ自身も、『反射線』を展開。
不可視の足場を生み出し、水柱の真上から陸地の上空へと横方向にトンッと弾かれるようにして跳躍する。
そのまま呪力によって身体を強化し、落下による勢いと衝撃を難なく相殺して、一切の音を立てずに地面へと降り立った。
その首元には、激流に飲まれた時から必死にしがみついていたミレディが、未だにガッチリと張り付いている。
だが、長時間の洗濯機状態で完全に三半規管をやられていた兎人族の少女だけは、例外だった。
「あばばばばばっ!?」
空中でバタバタと手足を動かしながらも全く姿勢を制御できず、シアはそのままの勢いで地面へと激突。
ズモァッ! という情けない音と共に、見事に顔面から土に突き刺さった。
「……大丈夫?」
土に生えたウサギの足を見下ろし、うみは心底呆れ気味に声をかけた。
着地の衝撃と痛みで強引に意識を覚醒させたシアは、スポンッと自力で地面から顔を抜くと、土埃と涙でぐしゃぐしゃになった顔でうみを睨みつけた。
「ひどいですぅ! もっと優しく降ろしてくださいよぉ!」
「着地は各々でって言ったでしょ?」
涙目で抗議するシアに対し、うみは全く悪びれずに首を傾げる。
隣では、風魔法で優雅に着地したユエが、泥だらけのシアへ冷ややかなジト目を向けて完全にスルーしていた。
そんな賑やかなやり取りを繰り広げる三人の傍らで。
クリスタベルやソーナ、そして冒険者たちは、完全に思考が停止していた。
突如噴き上がった巨大な水柱。そこから飛び出した漆黒の球体。
球体が消えたかと思えば、空から人間離れした美貌の少年と美少女が現れ、一人が顔面から地面に突き刺さる。
わずか数十秒の間に叩き込まれた情報量の多さとシュールすぎる光景に、彼らの脳は処理を放棄し呆けてしまっていたのだ。
「さて……」
うみは呆然と立ち尽くすギャラリーを一瞥すると、彼らが我に返る前に、スッと『カゴ』の空間から手頃なサイズの革鞄を取り出した。
「んふふ~……うみくぅん~。……う~ん。せっかくの密着特等席なのに、この身体じゃ温もりが感じられない……って、あれ? もう着いてる?」
うみの首元にしがみついていたミニ・ミレディが、状況もわきまえず一人で勝手に残念がりながらほわほわと声を上げた、その瞬間。
「ごめんだけど、今はちょっとしゃべらないで」
うみは光の速さでミレディを引っぺがすと、喋る隙も与えずに鞄の中へと強引に押し込み、バックルをガッチリと閉めた。
周囲に現地人がいるこの状況で、『自意識を持って喋るゴーレム』などという存在を晒すわけにはいかない。
ミレディを鞄に封印し終えた直後、ようやく脳の再起動を終えたギャラリーの一人が、ハッと息を呑む音を立てた。
「あ、あの時の……!」
声を上げたのは、宿の看板娘であるソーナだった。
彼女は、うみとユエ、そして顔面泥だらけのシアの顔を交互に見比べた後、カァァッと顔を真っ赤にして口元を両手で覆った。
(あの時の、アブノーマルなごきょうだい……っ!)
思い出し恥ずかしさなのか、はたまた持ち前の桃色妄想が暴走したのか、ソーナは一人で鼻息を荒くして身悶えしている。
その隣で、クリスタベルもまた「あら? あなたたち確か……」と、ブルックの町で見かけた顔であることに気がついたようだ。
(あの子は確か宿の……このよくわからない反応は相変わらず……。デフォルトなのかな?)
うみは、一人で鼻息を荒くして身悶えしているソーナを見て、内心で呆れたように首を傾げた。
すると、うみと目が合ったソーナはビクンッと体を震わせ、さらに顔を赤くした。
彼女の脳内では、目の前の謎めいた美貌の少年少女たちが、
これから大自然の中で何か『アブノーマル』な行為に及ぶという妄想が完全に出来上がってしまったらしい。
「はっ! お、お邪魔しましたぁ! ど、どうぞ、私達のことは気にせずごゆっくり!」
そんな謎のセリフを叫びながら踵を返そうとするソーナだったが、その首根っこを、隣にいたクリスタベルがヒョイと摘み上げた。
そして、そのままズシン、ズシンと重い足音を立てて、うみたちの元へと歩み寄ってくる。
「あらぁ~? あなたたち確か、ブルックの町で見かけた……」
身長二メートル強。全身を筋肉の鎧で覆い、劇画のように濃い顔立ちでありながら、仕草はやたらとクネクネしている。
普通であればその威圧感と強烈すぎる個性にドン引きするところだろうが、うみは全く動じることなく、その巨漢を見上げていた。
(……ラルゥさんみたいな人って、どこの世界にもいるんだなぁ)
事実は小説より奇なりとはよく言ったものだが、世界を越えても変わらない人間の多様性というものに、彼は妙な感心すら抱いていた。
「あっ、店長さん! お久しぶりですぅ!」
そこで、泥だらけの顔を拭っていたシアが、知り合いらしい振る舞いでクリスタベルに声をかけたことで、場はスムーズに会話へと移行した。
うみは適当な嘘――迷宮のトラップを踏んで、気づいたらここまで飛ばされてきた――を交えつつ、クリスタベルたちに事情を説明した。
結果として、この泉がブルックの町から一日ほどの場所にあることが判明する。
「それなら、ちょうど私たちもブルックに帰るところだし、馬車に便乗させてあげるわよぉ~」
「ありがとうございます。助かります」
クリスタベルの厚意に甘え、うみたちは馬車に同乗させてもらうことになった。
***
馬車は順調に街道を進み、夕刻には無事にブルックの町へと到着した。
ギルドに立ち寄ってハルツィナ樹海産の素材の換金を済ませ、
旅の消耗品などの諸々の用事を手早く終わらせたうみたちは、以前も滞在した『マサカの宿』へとチェックインした。
迷宮からの脱出に始まり、野外でのシュールすぎるエンカウント、そして町での用事。
慌ただしくも濃密だった一日を振り返りつつ、うみはあてがわれた三人部屋の扉を静かに閉め、小さく息を吐いた。
「ふぅ……」
部屋という完全にプライベートな空間に入ったことを確認し、うみはスッと『カゴ』から手頃なサイズの革鞄を取り出した。
バックルに手をかけ、鞄を開く。
すると、中からずっと押し込まれていたミニ・ミレディが、ここぞとばかりに歓喜の声を上げようとした。
「ぷはぁーっ! やっと出られ――」
「しーっ。ごめん、もうちょっとだけ我慢して」
うみは光の速さでミレディの口元を塞ぎ、ピシャリと制止した。
そして、そのまま静かに片手で印を結び、呪詞を口にする。
「――闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え」
詠唱が完了した直後。
部屋の壁、床、天井という境界を這うようにして、外側から漆黒のベールが滑り落ちるように帳が降ろされた。
今回うみが設定した帳は、「外から中の様子が見えない」ことと、「内部の音が外に一切漏れない」ことに特化した仕様である。
口を塞がれたミレディは、言いつけを守って大人しくしているものの、
突然部屋を包み込んだ謎に、頭の上に「?」を浮かべてパタパタと腕を動かしている。
そんなミレディの様子をよそに、窓の外に張り付いていた『気配』に気づいていた二人が呆れたように口を開いた。
「あ、またですか……」
シアが、以前この宿に滞在した際にも遭遇した奇行を思い出し、少し引き気味にウサミミを垂れ下げて呟く。
「……懲りない」
ユエもまた、窓の向こう側――帳によって遮断されている外側に向けて、冷ややかなジト目を向けていた。
二人の反応に、うみは苦笑いしながら肩を竦める。
「まあ、そのうち女将さんが回収していくでしょ」
窓の外から部屋を覗こうとしていた気配――この宿の看板娘であるソーナの執念深い行動に対し、
うみは直接的なお仕置きをするでもなく、極めて合理的かつ冷徹に「完全放置」を決め込んだ。
結界が正常に機能していることを確認し、うみは思い出したかのように手元のミレディへ視線を落とした。
「あ、もう喋っていいよ」
「ぷはぁっ! 仲間外れはよくないと思うの! 一体何がしたいのさ!?」
うみが手を離すなり、ミレディが抗議の声を上げながら説明を求める。
うみは『念動』を発動し、部屋のベッドや机などの家具を邪魔にならないよう壁際へスススッと自動で追いやりながら、呆れたように答えた。
「ここの看板娘、なぜか俺たちの部屋を熱心に覗きたがるんだよね。今も外に気配があったから、結界を張っただけ」
「覗き!? なにそれ、この宿のセキュリティどうなってんのさ!?」
呆れ返るミレディの声が、防音の帳に守られた室内へと空しく響き渡る。
かくして、外の不審者を完全にシャットアウトした三人と一人は、ようやく誰にも邪魔されない安息の時間を手に入れた。
「……ていうか、うみくん。この結界、全然魔力を感じないんだけど……?」
落ち着きを取り戻したミレディが、部屋を覆う漆黒のベールを不思議そうに見上げながら首を傾げた。
魔法の専門家である彼女からすれば、魔力反応が一切ない結界など常識外れもいいところだ。
「まあ、魔法じゃないからね。詳しい説明は省くけど、『呪術』っていう俺の世界の魔法みたいなものだと思ってくれればいいよ」
うみはあっさりと流しながら、空いた部屋の中央にスッと『カゴ』から愛用の錬金釜を取り出し、テキパキと設置を始めた。
「呪術? なにそれ気になる! ……って、今度は何始めるのさ?」
「錬金術。取り急ぎ、ミレディ用の武装を作っておこうと思ってね」
「えっ、ほんと!? 見る見る!」
ミレディは嬉々としてうみの手元を覗き込んできた。 かつて行動を共にしたあの偏屈なジジイの錬金術。
いっつも煙草をふかして文句ばかり言っていたあのジジイのことは毛嫌いしていたため、彼女はその技術をまともに見たことがなかった。
だが、目の前の少年が、自分のためにその技を振るってくれるとなれば話は別だ。
「まあ、武装の前に作らないといけないものがあるんだけどね」
うみは『カゴ』から薄青色の透明な鉱石を取り出した。
====================================
名称:
カテゴリ:(鉱石) (神秘の力)
品質:85
属性:風5・光3
特性:『魔力親和・大』『空気を孕む』
解説:大気中の僅かな魔力と結びつきやすい性質を持つ、薄青色の透明な鉱石。
単体では大きな力を発揮しないが、他の魔力関連の特性や技能を付与する際の
「器」として非常に優秀な適性を持つ。
====================================
ミレディのゴーレムボディは魔力駆動のようだが、彼女自身には魔力を自動で回復する手段がないように見える。
そこでうみは、かつてユエに贈った『蒼輝の首輪』のノウハウを活かし、外付けの魔力タンクを作ることにした。
(とはいえ、ただ吸収し続けるだけだと上限を叩いた時に爆発しそうだしなぁ……。
俺の『吸魔』の技能を付与するとして、安全弁も用意しないと)
思考を巡らせるうみは、ふと自身のステータスを思い返す。
これまで魔力を直接操作し続けていた結果なのか、
いつの間にか彼の技能欄には『魔力操作』がつかされており、その派生技能である『魔力放出』が生えていた。
これを使わない手はない。
うみは杖を振るい、生成魔法を用いて空魔石に自身の技能『吸魔』と『魔力放出』を付与。
それを魔力備蓄・念話の特性を付与した素材と共に錬金釜へ放り込み、魔力を流し込んでかき混ぜる。
十分ほどの後、淡い光と共に黒の革紐に空魔石がはめ込まれたシンプルなチョーカーが完成した。
================================
名称:星廻の魔石飾
ランク:S-
カテゴリ:(装飾品) (神秘の力)
品質:95
属性:風・光
特性:『魔力備蓄』『吸魔』『魔力放出』『念話』
解説:ミレディ・ライセン専用の魔力補填デバイス。
大気中から魔力を自動吸収し、貯蔵する。
タンクが上限に達した際は、余剰分の魔力を大気中へ排出する。
================================
「はい、完成。これを着けてれば魔力切れの心配はないよ。回路への接続は自分でやってね」
「おおー! すごい!こんなにあっさり作っちゃうんだね!」
パチパチと拍手するミレディにチョーカーを渡しつつ、うみは本題を切り出した。
「それで、武器はどうする? 何か希望はある?」
「えっとねぇ……このボディは貧弱だから、絶対に前には出たくないの! だから、後衛から安全に、私の重力魔法を活かして戦いたいなぁ」
ミレディの要望を聞き、うみは顎に手を当てて思考を巡らせる。
(確かミレディは、ゴーレム騎士を数十体単位で個別に操れるほどの並列思考能力があったはず)
彼女のポテンシャルを活かした最終的なコンセプトを描きつつ、
うみは『カゴ』から魔力を通すほど硬くなる『シュタル鉱石』と、
魔力を定着させ遠隔操作を可能にする『感応石』を取り出した。
「ちなみに、ミレディの演算能力なら感応石の操作数自体は問題ないと思うけど……遠隔操作で出せる『最高速度』ってどれくらい?
迷宮のゴーレムはそれなりに機敏だったけど、強い奴相手だとあの速度じゃ普通に対処されるからね」
「んー? サイズや重さにもよるけど、だいたいの物はあのゴーレムの三倍くらいの速さまでは持っていけるよぉ!」
「う~ん、なるほど。そこそこ強い奴には通用するだろうけど……。
特級クラス相手だと単体じゃ厳しそう。……うーん、まあとりあえず作ってみるか」
「おっ、どんなのになるの?」
うみは錬金釜に素材を放り込みながら、構想を口にする。
「まずは、メイン火力になる、ミレディの倍くらいのサイズがある巨大な十字手裏剣だ。普段は遠隔操作で飛ばして、敵に当たる瞬間に『重力魔法』をかけて質量を跳ね上げる」
「おぉー! 超質量でズドン! だね!」
======================================
名称:重星の断刃
ランク:S-
カテゴリ:(武器) (金属)
品質:90
属性:無
特性:『魔力硬化』『遠隔同調』
解説:シュタル鉱石と感応石を融合させた巨大な十字手裏剣。
対応する感応石からの魔力操作に呼応して空間を飛び回る。
重力魔法で質量を増加させることで、数百トンの鉄槌へと変貌する質量兵器。
======================================
「そういうこと~」
うみが短く返事をしている間に、釜の中では既に次の錬成が終わっていた。
うみは釜から加工済みのシンプルなブレスレットを取り出し、ミレディへと渡す。
「で、こっちが対応する感応石ね」
=================================
名称:導きの感応釧
ランク:A
カテゴリ:(装飾品) (金属)
品質:85
属性:無
特性:『魔力同調』『遠隔操作』
解説:高純度の感応石を用いて作られたブレスレット。
対となる武装と魔力的なパスを繋ぎ、直感的な遠隔操作を可能にする。
=================================
「これに魔力を通してさっきの手裏剣を操作するんだけど……まあ、使い方は分かるか」
「うんっ! 任せてよぉ!」
うみはテキパキと次の製作にかかるべく素材を放り込みながら説明を続ける。
「ちなみに、感応石のパスを通して手裏剣の方にも魔力を流せるようにしてある。
あっちのベースになってる『シュタル鉱石』は魔力を通せば通すほど硬く鋭くなるから、
重力魔法を使う余裕がない時でも、魔力を流すだけで十分強力な武器として使えるよ」
「おー!いいねいいねぇ!」
「それとこっちはサブウェポンだね」
うみは最後に『纏雷』の技能を付与した素材を投入して錬金を進める。
少しの後、錬金釜から取り出されたのは、五本の金属製の杭だった。
=================================
名称:迅雷の刺杭
ランク:A+
カテゴリ:(武器) (金属)
品質:90
属性:雷
特性:『遠隔同調』『纏雷』
解説:大型の矢のような形状をした局地制圧用のビット兵器(五本セット)。
空中に配置した杭同士を魔力で結び、その線や構築された平面上に
強力な雷撃のパルスを走らせる。
=================================
「こっちの杭みたいなのは、五本でワンセット。こいつらを遠隔操作で敵の周囲にビットみたいに飛び回らせて使う。
そして、任意の杭同士を直線で結んだ平面上に、雷撃を走らせる。
雷撃の起動方法は単純に魔力を流すだけ。二本で直線状に撃つも良し、三本で三角形の面を作るも良し、使い方次第だね」
「おおっ! 痺れさせて動きを止めて、ドカンってわけだね!」
「まあ、そううまく行けばいいけどね。ぶっちゃけ、雷撃自体はそこまで強力なものじゃないし、当たればラッキー程度のおまけだよ」
「えっ、そうなの?」
きょとんとするミレディに対し、うみは実戦を想定した戦術を説く。
「そんなに複雑な仕組みじゃないからね。強いやつ相手なら二、三度もやれば仕組みを見抜いて対応してくるだろうし。
雷撃で直接足止めできるのはそれが限度だと思う」
「えぇ〜、じゃあ微妙じゃない? せっかくの武器なのに」
「いや。むしろ仕組みが割れてからが本番なんだよ。このサブウェポンの真の目的は、相手に『情報負荷』を強いることだからね」
「情報負荷?」
「相手が二、三度食らって『この杭の間に雷撃の結界が張られる』っていうルールを完全に理解したとする。
そうすると、相手は飛び回る五本の杭の位置関係を常に把握してなきゃいけなくなる。
そうなれば、否が応でも他への注意はそれるし、動きもわずかに鈍くなる。そこに本命を撃ち込むんだよ」
「…………!」
「ちなみに、俺なら初撃を入れた直後に自分から仕組みをネタバラシして、一方的な心理戦に持ち込むかな。
まあ、どう使うかは時と場合とミレディの判断次第だけどね」
ただのコンボ兵器ではなく、相手の心理と思考の隙を突くことを前提とした悪辣な戦術。
ミレディの希望をこれ以上なく完璧に、かつ理詰めで具現化した構想。
話を聞き終えたミレディは、ワナワナと体を震わせた後、バンッ! と歓喜の声を上げた。
「えっ、なにそれ最高! 相手の意表を突けるし、絶妙にウザいし、最高にイカしててイイね! うみくん天才!?」
「でしょ」
キャッキャとはしゃぐミレディと、得意げに頷くうみ。
しかし、そんな二人のやり取りを少し離れたベッドの上から見ていたユエとシアの目は、ひどく冷ややかだった。
「……性格悪い」
「ええ……えげつないですね。絶対に敵に回したくないコンビですぅ……」
二人のドン引きした呟きもどこ吹く風。
うみはいくつか武装の細かい調整を終わらせると、ふぁあと欠伸をするシアと、目をこすっているユエの姿を見て小さく頷いた。
(今日はこれが最後かなぁ)
内心でそう区切りをつけつつ、うみは『カゴ』から新たな素材を取り出して錬金の準備を始めた。
「あれ? まだ何か作るの?」
錬金釜を覗き込んでくるミレディに対し、うみは「個人的な実験だよ」と答えつつ、釜の中にいくつかの鉱石をポンポンと放り込んだ。
そして、当然のようにナイフを取り出すと、なんの躊躇いもなく自身の腕をサックリと切り裂いた。
「ちょちょちょ!? 何してんのさ!?」
突然の狂気的な自傷行為に、ミレディが大パニックに陥ってじたばたと騒ぎ立てる。
しかし、そんな彼女をよそに、ユエがスッと近づいてきてうみの腕にすり寄ると、傷口から流れる血をちろちろと舐め始めた。
「……ネコですか?」
「シア、ユエは吸血鬼だよ?」
シアの呆れ気味な的確なツッコミに対し、うみは少しズレた訂正を入れつつ、
片腕をユエにガッチリとホールドされてしまったので仕方なく空いているもう片方の腕で杖を器用に回し、釜の中へと『呪力』を流し込んでいく。
今回の実験の主題は、『自身の血液を触媒にした場合、呪力の定着率は上がるのか』という検証である。
このブルックの町には、諸々の用事や準備のために数日間滞在する予定だ。
迷宮探索のような急な戦闘の危険がない以上、呪力が空になっても問題はない。
うみは、現在満タン状態である自身の莫大な呪力を、ほぼスッカラカンになるまで限界まで注ぎ込み続けた。
やがて、釜の中から赤黒い光が溢れ出し、錬成が完了する。
光が収まった釜の底には、僅かに赤黒い呪力を帯びた一つの『インゴット』が転がっていた。
「……う~ん」
完成したインゴットを手に取り、うみは『六眼』を通してその構造を視る。
前回の短刀の錬成では、注ぎ込んだ呪力に対して定着した量はわずか0.3%程度だった。
しかし今回は、血液を触媒にしたことで親和性が跳ね上がり、約1%もの呪力がしっかりと定着していることが確認できた。
(初回を鑑みればすごい定着率ではあるけど、これを呪具にするには、まだまだ先になりそうだな)
うみはインゴットを眺めながら、今後のプランを構築していく。
この僅かに呪力が定着したインゴットを、さらに次の錬成の素材として使う。
そこにまた血液と莫大な呪力を注ぎ込む。
この『インゴットループ』を余裕がある時に何度も繰り返していけば、最終的には呪具の素材になりえるはずだ。
「よし、今日はここまで」
限界まで呪力を使い果たしたことによる凄まじい倦怠感に襲われながらも、うみは確かな手応えに満足げに笑った。
部屋の真ん中を占拠していた錬金釜を手早く『カゴ』へと片付け、壁際に寄せていたベッドなどの内装を元の配置へと戻していく。
そして、「今日はさすがに疲れたし、寝ようか」と三人に声をかけ、三人部屋に備え付けられた三つのベッドのうちの一つへとドサリと寝転がった。
すると、待ってましたとばかりに、ユエとシアが当たり前のようにうみの両脇へと潜り込んできた。
三人で一つのベッドをシェアする、いつも通りの光景。
しかし、その様子を見ていたミレディが、耐えきれないとばかりに声を上げた。
「すとーっぷ!!」
「「「急にどうしたの?」」」
慌てて制止の声を上げたミレディに対し、ベッドの上の三人は本気で疑問に思うような、きょとんとした表情を浮かべた。
「おかしくないかなぁ!?」
「「「何が?」」」
「と、年頃の男女が……そ、その……一緒に、なんて……!」
恥じらいながらも指摘をするミレディ。
だが、そんな彼女の常識的な抗議に対し、うみは内心で冷静なツッコミを入れていた。
(年頃って……。平均年齢が百を越えるであろう世界の『年頃』って、一体どのレベルからなんだよ)
自分たちよりもはるかに長く生きているはずの存在が口にする『年頃』という概念の曖昧さに首を傾げつつ、うみは平然と返した。
「姉や妹と一緒に寝るのに、何かおかしいことある?」
「そういう問題じゃないでしょ!?」
うみのブレない家族観に、ミレディがさらに混乱してツッコミを入れる。
すると、わちゃわちゃと騒ぎ立てるミレディに対し、ユエが布団の中から冷ややかな視線を向けた。
「……ミレディ、うるさい。私たちはこれが普通」
「なっ……! じゃあ私も一緒に寝るし!!」
現状唯一の『恋敵』と認識している相手からの牽制。
それに煽られ、対抗心を燃やしたミレディが、自暴自棄になったようにベッドへとダイブしてきた。
両脇をユエとシアに固められているため、必然的にミレディの着地点はうみのお腹の上となる。
「ぐふっ……」
「へへーん! これで私も一緒だよ!」
腹の上に陣取るミレディの重みに小さく呻きつつ、うみはもう抵抗する気力すら残っていなかった。
「……なんでもいいから寝かして」
呪力枯渇による疲労と、カオスな状況に完全に身を委ね、うみは賑やかな声を聞きながら深い深い眠りへと落ちていくのだった。
***
それから数日があっという間に過ぎ去り、ブルックの町を出発する朝がやってきた。
カラン、カラン――。
冒険者ギルド・ブルック支部の扉が開き、四つの人影が足を踏み入れる。
うみ、ユエ、シア、そして――彼らの足元をトコトコと歩く、可愛らしいゴーレム。
彼女の表向きの名前は『ミリィ』。言わずと知れたミレディ・ライセンその人である。
「錬金術師であるうみが作り上げた自律型ゴーレム」という設定で堂々と外を歩いている。
現在の世界に錬金術師などという天職を知る者はいないため、完全に「言ったもん勝ち」である。
ただし、喋るのはオーバーテクノロジー過ぎるため、外での発声は禁止している。
そのため、ミレディが混ざる会話は各々の装備に施された『念話』で行っている。
その愛らしい見た目と動きは、この数日で町中の子供たちの心を鷲掴みにし、すっかりマスコット的な立ち位置に収まっていた。
四人がギルドに姿を現した瞬間、カフェスペースにいた冒険者たちの視線が一斉に集中した。
ユエとシアの美貌に見惚れる者もいるが、それ以上に、最も熱を帯びた崇拝の視線は先頭を歩くうみへと向けられている。
この町には、業の深い三大派閥――「ユエちゃんに踏まれ隊」「シアちゃんの奴隷になり隊」「お姉さまと姉妹になり隊」が存在し、日々しのぎを削っている。
しかし現在、それらの凶悪な派閥を完全にねじ伏せ、ブルック最大の勢力として君臨しているのが、他ならぬ「うみくん
この数日間の滞在中、うみは町に出るたびに熱烈なファンたちに囲まれていた。
無駄な血を流さず穏便に退けるため、彼は例の「純度100%のアイドルムーブ」を多用せざるを得なかったのだ。
当然、その姿は仲間にバッチリ見られており、彼の『黒歴史』はパーティ内で完全に共有されている。
初めて見られた時には、ユエからは「……大丈夫。どんなうみでも、好き」と熱っぽい視線を向けられ、
シアからは「可愛いから大丈夫ですよ!」と、慰めになっているのかいないのか分からない謎の励ましを投げかけられていた。
そしてミリィことミレディはと言えば、
『あはははは! なにアレお腹痛い!! 傑作すぎるでしょ! (……ま、まぁ、ちょーっとありかなぁなんて思ったりしたけどさ?)』
と、容赦のないイジりの念話を飛ばしたかと思えば、後半は急に小声になって照れと恋慕の情を滲ませていた。
ちなみにこの念話、個別回線がないため全員の念話石に無差別に届く仕様である。
「……直接頭に響くんだから、小声にしても意味ないですよ?」
そしてシアに呆れ顔で、極めて冷静なツッコミを入れられる始末である。
当のうみはといえば、仲間に黒歴史を知られたダメージで激しく消耗し、「あはは……ありがとう」と弱々しく苦笑いで、
(可愛い人のトレースなんだから、可愛いのは当たり前。本物はこの十倍はある……俺がやる分には、ただの黒歴史……)と遠い目をしている。
そんなうみの強固な脳内フィルターは、今日も絶賛稼働中だった。
ユエからの熱烈な好意は「なんて優しい妹なんだ」、ミレディからの好意は「からかい半分で慰めてくれるいい友達だな」と、
全ての好意が完璧に『親愛・友愛』へと自動変換され処理されている。
(……まあ、うみくんこんなですから、想いが漏れたところで意味ないんですけどね)
鉄壁のフィルターっぷりを見せつけるうみに、もはやパーティ随一の常識人枠になりつつあるシアは、
内心で呆れ半分、哀れみ半分の感情を抱いていた。
そんな数日間を経て築きあげられた周囲の信者たちからの熱視線を、何のことなしとスルーしながら、うみたちは受付へと向かった。
「おや、今日は四人一緒かい?」
カウンターの向こうで、受付のキャサリンが人の良さそうな笑みを浮かべて声をかけてきた。
人情に厚い彼女は、人造ゴーレムである設定のミリィのことも一人としてカウントしてくれているらしい。
「ええ。今日この町を出るんで、その前に挨拶と、次の目的地関連でいい依頼がないか見に来たんですよ」
「そうかい。行っちまうのかい。そりゃあ寂しくなるねぇ……。あんた達が来てから賑やかで良かったんだけどね」
「勘弁してください。毎日毎日、黒歴史を掘り返されて俺のメンタルはもうボロボロですよ……」
うみが心底疲れた顔で愚痴をこぼすと、キャサリンは「まあまあ、活気があったのは事実さね」と苦笑した。
「で、何処に行くんだい?」
「フューレンです」
キャサリンの問いに、うみが答える。
次の大きな目的地は、西の大砂漠に位置する七大迷宮『グリューエン大火山』だ。
その道中には大陸一の【中立商業都市フューレン】があるため、一度そこに寄ってみようという話になっていた。
仕事モードに入ったキャサリンが、手元の資料を素早く確認していく。
「おや、ちょうどいいのがあるよ。フューレンへ向かう商隊の護衛依頼だ。
中規模の商隊で、ちょうど空きが後一人分あるけど……どうだい? 受けるかい?」
「こういうのって同伴いいんですか?」
「ああ、問題ないよ。あんた達なら一人分の料金で優秀な護衛が三人もつくようなもんだ。先方も断る理由はないさね」
キャサリンから差し出された依頼書を見つめ、うみは少し逡巡した。
(馬車かぁ。正直、浮遊艇で言った方が速いんだけど……)
護衛任務で他の者と足並みを揃えるのは、うみにとって手間でしかなかった。
しかし、そんなうみの内心を察したのか、背後の仲間たちが口を開く。
「……急ぐ旅じゃない」
「そうですねぇ。たまには他の冒険者さんたちと一緒というのもいいかもしれません。ベテランの方のノウハウとか、知れるかもしれませんし」
『そうそう! それに馬車旅ってのも案外いいものだよ』
ユエとシアの尤もらしい意見に続き、ミリィからも、かつてを懐かしむような賛成票が念話で投じられる。
うみは、確かに七大迷宮の攻略には時間がかかるし、急いて事を仕損じるよりはいいかと納得した。
「……まあ、たまにはいっか。じゃあ、それ受けます」
「あいよ。先方には伝えとくから、明日の朝一で正面門に行っとくれ」
依頼の手続きを終えると、キャサリンはうみの後ろに立つユエたちに目を向けた。
「あんた達も体に気をつけて元気でおやりよ? この子に泣かされたら何時でも家においで。あたしがぶん殴ってやるからね」
「……ん、お世話になった。ありがとう」
「はいっ、キャサリンさん。良くしてくれて有難うございました!」
キャサリンの人情味あふれる言葉に、ユエとシアの頬も緩む。
特にシアは、自分が亜人族であることを忘れそうになるほど差別なく接してくれたこの町の温かさに、深い感謝を抱いていた。
「あんたも、こんないい子達泣かせんじゃないよ? 精一杯大事にしないと罰が当たるからね?」
「……言われなくても大事にしますよ。家族なんで」
苦笑いで返すうみに、キャサリンは一枚の封筒を差し出した。
「これは?」
「あんた達、色々厄介なもの抱えてそうだからね。町の連中が迷惑かけた詫びのようなものだよ。
他の町でギルドと揉めた時は、その手紙をお偉いさんに見せな。少しは役に立つかもしれないからね」
「…………」
バッチリとウィンクを決めるキャサリンに対し、うみはジト目を向けた。
『お偉いさんに効く手紙』など、一介の田舎町のギルド受付がホイホイ出せるものではない。
「……あの地図といい、資格といい、これといい。さては隠す気ないでしょ」
「さて、どうだろうね? まあ、いい女に秘密はつきものさね」
「……はぁ。まあ、ありがたく貰いますけどね?」
素知らぬ顔で煙に巻くキャサリンに深く追求するのは諦め、うみは手紙を『カゴ』へと収納した。
「素直でよろしい! 色々あるだろうけど、死なないようにね」
謎多きギルド職員キャサリンに見送られ、うみたちはギルドを後にする。
***
そして翌日早朝。
一行は商隊のリーダーである依頼主との対面を果たすべく、ブルックの町の正面門へと向かった。
門前にはすでに、商隊のまとめ役らしき人物と、十四人ほどの護衛の冒険者たちが集まっていた。
どうやら最後の到着だったうみたちが姿を現した瞬間、冒険者たちが一斉にざわついた。
「お、おい、まさか残りの三人って……!」
「マジかよ! ユエちゃんとシアちゃんだ! 俺たちめっちゃツイてるぜ!」
「バカ、近寄るな! 粗相をしてみろ、股間をスマッシュされて終わるぞ……!」
「あぁっ……! う、うみくんっ……! 今日も尊い……!」
ユエとシアの美貌に狂喜する者、過去の噂から股間を押さえて怯える者、そして紛れ込んでいたうみくん親衛隊の声。
うみは、その阿呆な反応と崇拝の視線を(こんなところにまで……)と死んだ魚の目で完全にスルーしながら、一行の中心人物へと近づいていく。
「君達が最後の護衛かね?」
「ええ。これが依頼書です」
声をかけてきたまとめ役らしき人物に、うみは依頼書を提示する。
それを受け取り確認した男は、納得したように頷き、自己紹介を始めた。
「私の名はモットー・ユンケル。この商隊のリーダーをしている。
君達のランクは未だ青だそうだが、キャサリンさんからは大変優秀な冒険者と聞いている。
道中の護衛は期待させてもらうよ」
「期待には応えますよ。俺がうみで、こっちがユエ、シア、俺の造ったゴーレムのミリィ」
うみがごくフラットな態度で身内を紹介した直後だった。
モットーの視線が、値踏みするようにシアへと向けられた。
兎人族で青みがかった白髪の超絶美少女。商人の性として、珍しい「商品」に口を出さずにはいられなかったのだろう。
だが、彼は商人としての鋭い観察眼で、シアの首にあるのが正式な奴隷の首輪ではないことに気がついていた。
「ふむ……首輪はないようですが、その兎人族はあなたの所有物ということでよろしいですか?
もし売るおつもりがあるなら、かなりの値をつけさせていただきますが」
「却下。それと、シアは物じゃない」
モットーの探りを入れるような売買交渉に対し、うみは間髪入れずに即答で切り捨てた。
突然の交渉に、シアは「うっ」と嫌そうにうみの背後に隠れ、ユエはモットーへ冷ややかな視線を向ける。
「随分と懐かれている。大事にされているようだ。なら私の方もさらに勉強させてもらうが……」
それでもなお、商人魂から食い下がろうとするモットー。
これ以上交渉を長引かせるのも面倒だと判断したうみは、彼が心底諦めるような決定的な言葉を放つことにした。
「この子は、俺の家族だ」
言葉と同時に。
うみの身体から、負の感情をベースとしたどす黒い『呪力』が微かに漏れ出した。
それは実体を持った物理的な重圧となり、鋭い刃のようにモットーの肌を粟立たせる。
「俺の家族に手を出すなら……相手が神だろうと、死んでもらうことになるけど?」
静かな、しかし絶対的な殺意を孕んだ凄まじいプレッシャー。
それは、聖教教会から異端の烙印を押されかねない、完全アウトな神殺しの宣言でもあった。
だが、呪力による理屈を超えた恐怖を浴びたモットーは、
うみが「絶対にシアを手放さない」こと、そして「これ以上踏み込めば本気で殺される」ことを心底理解した。
「……仕方ありませんな。ここは引き下がりましょう。
もう間も無く出発です。護衛の詳細はそちらのリーダーとお願いします」
額に冷や汗を浮かべたモットーは、すごすごと商隊の方へと戻っていった。
それを見送ったうみだったが、周囲が再び異様な熱を帯びてざわついている事に気がついた。
「すげぇ……家族のために、神さえ敵に回すか……痺れるぜ!」
「さすがだな……。自分の女に手を出すやつには容赦しない……ふっ、漢だぜ」
うみの宣言を聞いていた周囲の冒険者たちが、勝手に痺れて盛り上がり、阿呆な会話を繰り広げているのだ。
そんな馬鹿な連中にうみが深い溜息を吐き出そうとした瞬間、背中から柔らかい感触が押し付けられた。
肩越しに振り返ると、そこには嬉しそうに顔を緩ませたシアがいた。
「ふふふ~、神ですら死んでもらうだなんて……。
とーっても大事にされてるのが伝わってきて、お姉ちゃんはすっごく嬉しいですよぉ~」
「……はいはい。てか、周りがうるさい……なんでこんな……。」
完全に自分の世界に入ってデレデレと抱きついてくるシアに対し、
うみは特に照れることもなく「はいはい」と頭を撫でて受け流す。
「……カッコよかった」
そうしていると、トコトコとユエが寄ってきて、うみの袖を引いた。 さらに足元では。
『私は!? ねぇ、うみくん私は!?』
と、ミレディが、今のがシアではなく自分だったらどうなんだ、とぴょんぴょん跳ねて必死にアピールしている。
傍から見れば、その様子はまるで創造主に構ってほしいゴーレムの微笑ましい姿でしかない。
うみは呆れつつも、「言わずもがなだろう」とばかりに言葉には出さず、ミリィの頭を優しくポンポンと撫でてやった。
この男は、一度『身内』と認定した者に対してはとことん甘いのである。
まあ、その性質ゆえに心を乱される『被害者』が後を絶たないのだが。
早朝の正門前。
背中には幸せそうなウサミミ美少女を背負い、右手には金髪紅眼の美少女を侍らせ、足元には懐いた手作りのゴーレムがはしゃいでいる。
少し歪ではあるが、そこには絵に描いたような仲睦まじい『家族』の光景があった。
商隊の面々や冒険者たちは、そのあまりにも尊い光景に、心底ほほえましいものを見るような温かい視線を送っている。
そんな平和? な空気に包まれながら、うみは小さく息を吐き、静かに出発の時を待つのであった。