「――何をしているのです? これは一体、何事ですか?」
リシーが正気を取り戻し、ようやく話が進みそうになったその時。
凛とした声と共に、眼鏡をかけた理知的な細身の男性――ドット秘書長と、数人のギルド職員が現れ、うみ達へ厳しい視線を向けていた。
(……助かった!)
本来なら「面倒なことになった」とため息を吐くところなのだが、様々な精神的ダメージでHPをゴリゴリと削られていたうみにとって、
ドットの登場はまさに話の流れをぶった斬ってくれる救世主であった。
うみは内心で深い安堵の息を吐き出すと、己の生み出した羞恥の空間など微塵もなかったかのように、
スッといつものフラットな表情へと戻った。
「ちょっとうちの家族が絡まれちゃって。降りかかる火の粉を払っただけですよ」
「……火の粉を払った、ですか」
ドットは片手の中指でクイッと眼鏡を押し上げながら、壁に深々とめり込んでピクリとも動かないランク黒の冒険者レガニドと、
白目を剥いて泡を吹いているプームを交互に見やった。
「証人も大勢いる事ですし、嘘はないのでしょう。少々やり過ぎな気もしますが……まぁ、死んでいませんし許容範囲としましょう」
「まあ、正当防衛だしね」
「ええ。ですが、彼らが目を覚まし一応の話を聞くまでは、フューレンに滞在してもらうとして、
身元証明と連絡先を伺っておきたいのですが……それまで拒否されたりはしないでしょうね?」
言外に『これ以上は譲歩しませんよ』と伝えるドットに対し、うみはあっさりと肩を竦めた。
「連絡先は、案内人さんに聞いてください。まだ宿は決まってないですけど、彼女の薦める宿に泊まるつもりなんで」
「えっ!?」
突然話を振られたリシーがビクッと肩を跳ねさせ、やっぱり私が案内するんですね、と諦めの表情で肩を落とした。
うみはそのまま懐からステータスプレートを取り出し、ドットへと差し出す。
もちろん、提示する前に『隠蔽機能』を起動済みだ。表面には名前、年齢、性別、天職である『錬金術師』、そして冒険者ランクを示す青色の点だけが表示されている。
「ふむ、いいでしょう……“青”ですか。向こうで伸びている彼は“黒”なんですがね……そちらの方達のステータスプレートはどうしました?」
うみのステータスプレートに表示されている冒険者ランクが最低の“青”であることに、ドットは僅かな驚きの表情を見せた。
しかし、レガニドを圧倒したのは二人の女性陣だと報告を受けていたため、ユエとシアのステータスプレートの提出を求めてきた。
「ああ、二人の分は失くしたんで、今はないです」
うみはさらりと、一切の動揺を見せずに嘘をついた。
この場で二人のプレートを新規に作成すれば、隠蔽前の技能欄に二人の固有魔法などが確実に表示されてしまう。
それどころか今や、神代魔法も表示されるはずだ。
大騒ぎになるのは目に見えており、教会や王国に目をつけられるリスクは極力避けたかった。
「……紛失、ですか。しかし、身元は明確にしてもらわないと困ります。よければギルドで立て替えて再発行しますが?」
ドットの口ぶりからして、どうしても身元証明は必要なのだろう。
だが、うみもここで折れるわけにはいかなかった。
「いや、パーティの代表者である俺が提示してるんだから、それで十分じゃないですか?」
「規則ですので」
「それに、再発行した直後のプレートって、ステータスも技能も全公開設定ですよね。
冒険者にとっての生命線を、こんな衆人監修の元で晒せと?」
「うっ……それは……」
うみの至極真っ当で理路整然とした反論に、ドットはぐっと言葉を詰まらせた。
しかし、ギルドの秘書長という責任ある立場上、彼も引き下がることはできない。
議論が平行線を辿り、(なんだか面倒くさくなってきたな……)とうみが内心でため息を吐きかけた、その時だった。
「……うみ、手紙」
「ん? ああ、あの手紙か」
服の袖を軽く引いたユエの言葉で、うみはブルックの町を出る際、ギルド受付のキャサリンから渡された手紙の存在を思い出した。
『ギルド関連で揉めたときにお偉いさんに見せれば役立つかもしれない』と言われていた、得体の知れない封筒だ。
「身分証明の代わりになるかわからないですけど、知り合いのギルド職員に、困ったらギルドのお偉いさんに渡せって言われてたものがあるんで」
「? 知り合いのギルド職員ですか? ……拝見します」
ステータスプレートの再発行を頑なに拒むうみの態度に疑問を覚えつつも、ドットは差し出された手紙を受け取り、中身を流し読みし始めた。
――そして、数秒後。
「……ッ!?」
ドットの理知的な顔に、ギョッとしたような驚愕の色が浮かんだ。
彼は手紙の内容とうみの顔を、何度も何度も、目を皿のようにして交互に見比べる。どうやら手紙の真贋を必死に見極めているようだった。
やがて、ドットは手紙を折りたたむと丁寧に便箋に入れ直し、コホンと咳払いをしてうみ達に視線を戻した。
「……この手紙が本当なら確かな身分証明になりますが、私一人では少々判断が付きかねます。
支部長に確認を取りますから、少し別室で待っていてもらえますか? 十、十五分くらいで済みますので」
「いいよ」
ドットの予想以上の反応に、うみは内心で(あの反応……中央に居たってだけのレベルじゃないな)と呆れ半分に感心しつつ、あっさりと了承した。
ドットは傍の職員を呼んで別室への案内を言付けると、手紙を持ったまま颯爽とギルドの奥へと消えていった。
指名された職員がうみ達を促し、別室へと移動しようと歩き出したところで。
「あ、あの~……私はどうすれば?」
おずおずと声が掛かった。案内人のリシーである。
ギルドでお話があるなら私のお役目は御免ですよね? と、その瞳が雄弁に語っている。
当然だ。これ以上、トラブルメーカーの集団とは関わりたくないのだろう。
だが、うみは立ち止まると、リシーへ向けて少し困ったような、苦笑交じりの表情を向けた。
「ごめんね。もうちょっとだけ付き合ってくれる?」
「……っ!」
先ほどの意図的に作られたあざとさとは違う、等身大の少年としての純粋なお願い。
直前まで脳内を支配していた『おねだり』の破壊力に加え、不意に突きつけられた「素の困り顔」というギャップ。
その想定外の二段構えの攻撃に、リシーの理性が保つはずもなかった。完全に撃沈である。
「……は、はぃ……」
リシーはカァッと顔を耳まで赤くしてコクコクと首を縦に振り、完全に絆された様子でカフェの奥の座席へと向かっていった。
そんな二人の様子をていた身内たち――ユエと、うみの腕に抱えられたミレディからは、
「ホンマコイツは……」と言わんばかりの非難の視線が、容赦なくうみに突き刺さる。
シアもまた呆れたような苦笑いを浮かべていた。
しかし、当のうみ本人はというと、なぜ自分がまたそんな冷たい目で見られているのか本気で理解できず、
頭の上に「?」を浮かべて不思議そうに小首を傾げるばかりであった。
***
うみ達が応接室に案内されてから、きっかり十分後。
コンコン、と扉がノックされた。うみの返事から一拍置いて扉が開かれる。
そこから現れたのは、金髪をオールバックにした鋭い目付きの三十代後半くらいの男性と、先ほどのドットだった。
「初めまして。冒険者ギルド、フューレン支部支部長イルワ・チャングだ。うみ君、ユエ君、シア君、それにミリィ君……でいいかな?」
簡潔な自己紹介の後、イルワはうみ達の名を確認しながら歩み寄り、握手を求めてきた。
うみも立ち上がり、フラットな態度で握手を返す。
「ええ。名前は手紙に?」
「その通りだ。先生からの手紙に書いてあったよ。随分と目をかけられている……というより注目されているようだね。
将来有望、ただしトラブル体質なので、出来れば目をかけてやって欲しいという旨の内容だったよ」
「トラブル体質って……まあ、この短期間で色々あったのは否定しないけど。……それで、肝心の身分証明の方はどうなりました? 問題ないですか?」
「ああ、先生が問題のある人物ではないと書いているからね。あの人の人を見る目は確かだ。
わざわざ手紙を持たせるほどだし、この手紙を以て君達の身分証明とさせてもらうよ」
イルワの言葉に、うみは内心で小さく息を吐いた。どうやらキャサリンの手紙は、ギルド支部長相手に身分証明として通用するほどの絶大な効力を持っていたらしい。
彼女を〝先生〟と呼んでいることからも、かなり深い関わりがあることが窺えた。
うみの隣に座っていたシアが、ウサミミをピクリと動かして、おずおずと尋ねた。
ブルックの町でキャサリンに特によくしてもらっていた彼女にとっては、気になって仕方ないのだろう。
「あの~、キャサリンさんって何者なのでしょう?」
「ん? 本人から聞いてないのかい?」
イルワは少し意外そうに目を丸くしてから、苦笑いを浮かべた。
「彼女は、王都のギルド本部でギルドマスターの秘書長をしていたんだよ。その後、ギルド運営に関する教育係になってね。
今、各町に派遣されている支部長の五、六割は先生の教え子なんだ。私もその一人で、彼女には頭が上がらなくてね」
「王都の秘書長……!」
「その美しさと人柄の良さから、当時は、僕らのマドンナ的存在、あるいは憧れのお姉さんのような存在だった。
その後、結婚してブルックの町のギルド支部に転勤したんだよ。子供を育てるにも田舎の方がいいって言ってね。
彼女の結婚発表は青天の霹靂でね。荒れたよ。ギルドどころか、王都が」
「はぁ~、そんなにすごい人だったんですね~」
「……キャサリンすごい」
シアとユエが感心したように声を上げる。
一方のうみも、腕の中でミレディが『へぇ〜、そんな大物が田舎に引っ込んでたんだねぇ〜』と感心するのを聞きながら、内心で驚いていた。
(何かしらの役職持ち……中間管理職くらいかなとは思ってたけど……まさか秘書長とは)
驚きつつも、うみはすぐに思考を切り替えた。
「まあ、それはそれとして。身分証明が済んだなら、俺たちはもう行っていいですよね?」
本来の目的である身分証明の用件は終わったのだ。これ以上長居する理由はない。
しかし、うみが立ち上がろうとしたその時。イルワが、瞳の奥をスッと光らせて言った。
「実は、君達の腕を見込んで、一つ依頼を受けて欲しいと思っている」
「……悪いけど、他に優先するべきことがあるから」
うみは依頼書を一瞥することなく、即答した。
彼らの目的は七大迷宮の攻略であり、そのために西の大砂漠を目指している最中だ。
ギルドの依頼を受けるのは、あくまでその道中での資金稼ぎや情報収集といった『ついで』の範囲内である。
わざわざ本来のルートを外れてまで、厄介事に関わるメリットは感じられない。
「ふむ、取り敢えず話だけでも聞いて貰えないかな? 聞いてくれるなら、今回の私闘の件は不問とするのだが……」
「……」
イルワの言葉の裏にある意図を、うみは即座に読み取った。
(話を聞かなければ、今回の件を規則通りに処理して時間を取られるってことか……)
周囲の人間による証言で、今回の一件が罪に問われることはないだろう。
だが、いささか過剰防衛の傾向はあるので、正規の手続き通り、当事者双方の言い分を聞いてギルドが公正な判断をするという手順を踏むなら相応の時間が取られるだろう。
結論の分かりきった手続きのために時間をかけるのは非効率的。
しかし、その手続きを通らなければブラックリスト入り、といったところだろうか。
これは、依頼一つでそれらすべてを片付けるという取引だ。
面倒な事を回避できるなら話を聞くくらいはいいか、と判断したうみは、再びソファに腰を下ろした。
「……流石、大都市のギルド支部長。いい性格してるよ」
「君も大概だと思うけどね」
イルワは苦笑しながら、依頼内容を語り始めた。
「さて、今回の依頼内容だが、そこに書いてある通り、行方不明者の捜索だ。
北の山脈地帯の調査依頼を受けた冒険者一行が、予定を過ぎても戻ってこなかったため、
冒険者の一人の実家が捜索願を出した、というものだ」
イルワの説明によれば、事の発端は北の山脈地帯での魔物の群れの目撃情報だった。
強力な魔物が出没する地域のため、高ランクの冒険者パーティが調査に向かうことになった。
だが、そのパーティにクデタ伯爵家の三男、ウィル・クデタという青年が半ば強引に同行を申し込んだらしい。
家出同然で冒険者に憧れていた彼に、伯爵が密かにつけていた連絡員の消息も絶えたことで、事態は急転。
「伯爵は、家の力で独自の捜索隊も出しているようだけど、手数は多い方がいいと、ギルドにも捜索願を出した。
それが、つい昨日のこと。最初に調査依頼を引き受けたパーティーはかなりの手練でね。
彼等に対処できない何かがあったとすれば、並みの冒険者じゃあ二次災害だ。
相応以上の実力者に引き受けてもらわないといけない。
だが、生憎とこの依頼を任せられる冒険者は出払っていてね。
そこへ、君達がタイミングよく来たものだから、こうして依頼しているというわけだ」
イルワの説明を聞き終え、うみは呆れたように息を吐いた。
「大前提として、俺達にその『相応以上の実力』がないとダメですよね?
生憎と、俺はランク“青”なんですけど。それに、俺たちの目的地は西。北の山脈なんて行ってる暇はないよ」
うみは淡々と事実を並べて断りを入れる。
だが、イルワは全く取り合わなかった。
「さっき“黒”のレガニドを瞬殺したばかりだろう?
それに……ライセン大峡谷を余裕で探索出来る者を相応以上と言わずして何と言うのかな?」
「……」
その言葉を聞いた瞬間、うみの目がスッと細められた。
(何故それを……? ライセン大峡谷を抜けてきたなんて、誰にも話してないはず。
手紙? だとしたらなんであの人が…………まさか?)
うみは、ゆっくりと、無言で隣のシアへと視線を向けた。
シアはビクゥッと肩を震わせ、盛大に目を泳がせている。
「……ねえ、シア?」
「え~と、その、ついキャサリンさんとお話が弾みまして……てへ?」
「……」
うみは笑顔のまま、シアへ向けて静かなプレッシャーを放つ。
「っ!? ゆ、ユエさんもいましたよ!」
「……シア、裏切り者」
責任を擦り付けられたユエが、スッと目をそらしながらシアを糾弾する。
どうやら、キャサリンにすっかり懐いていた二人が、旅の予定をペラペラと話してしまったらしい。
そして、その情報が手紙を通じ、イルワに伝わったということだ。
「……怒るよ?」
「「……ごめんなさい」」
うみの静かな、しかし有無を言わさぬ一言に、ユエとシアはシュンとして大人しく頭を下げた。
うみの腕に抱えられたミレディも、まるで『やれやれ、これだからこの子たちは』と言わんばかりに大げさに首を振っている。
うみは二人の頭を軽く撫でてやると、「次は気をつけなよ?」と優しく釘を刺し、再びイルワへと向き直った。
「生存は絶望的だが、可能性はゼロではない。伯爵は個人的にも友人でね、できる限り早く捜索したいと考えている。
どうかな。今は君達しかいないんだ。引き受けてはもらえないだろうか?」
懇願するようなイルワの目。そこには、ただのギルド支部長としての責任感以上の、個人的な感情が込められているように見えた。
「……そう言われてもね。俺たちには他に優先するべきことがあるし」
うみは、面倒そうに肩を竦め、言葉を紡ぐ。
「だいたい、今回の一件は聞く限り、ウィル少年の自業自得でしょ。
冒険者って仕事を甘く見て、ただでさえ危険な場所に、足手まといになるのが分かってて強引についていったんだからさ。
それで自分からピンチになってるんだから、同情してまで助けに行く理由がない」
うみはきっぱりと断る。
しかし、イルワは食い下がった。
「報酬は弾ませてもらうよ? 依頼書の金額はもちろんだが、私からも色をつけよう。
ギルドランクの昇格もする。君達の実力なら一気に“黒”にしてもいい」
「いや、お金は間に合ってるし、ランクにも興味はないから」
「なら、今後、ギルド関連で揉め事が起きたときは私が直接、君達の後ろ盾になるというのはどうかな?
フューレンのギルド支部長の後ろ盾だ、ギルド内でも相当の影響力はあると自負しているよ?
君達は揉め事とは仲が良さそうだからね。悪くない報酬ではないかな?」
「……いくら何でも入れ込みすぎじゃないですか?」
うみの冷静な指摘に、イルワは初めて表情を崩した。
そこには、深い後悔と自責の念が浮かんでいた。
「彼に……ウィルにあの依頼を薦めたのは私なんだ。調査依頼を引き受けたパーティーにも私が話を通した。
異変の調査といっても、確かな実力のあるパーティーが一緒なら問題ないと思った。実害もまだ出ていなかったしね。
ウィルは、貴族は肌に合わないと、昔から冒険者に憧れていてね……だが、その資質はなかった。
だから、強力な冒険者の傍で、そこそこ危険な場所へ行って、悟って欲しかった。冒険者は無理だと。
昔から私には懐いてくれていて……だからこそ、今回の依頼で諦めさせたかったのに……」
イルワの独白を聞きながら、うみは少しだけ思案した。
(なるほど、責任か。それならここまで食い下がるのも納得……)
うみにとって、貴族の三男の生死などそこまで気にすることではない。
だが、『フューレンのギルド支部長の後ろ盾』というカードは、今後を考える上で非常に魅力的だった。
彼らの目的は七大迷宮の攻略であり、それは神の教えに反する『反逆者』の足跡を辿るということだ。
聖教教会や王国と敵対する可能性は極めて高い。
そんな時、大都市のギルドという巨大な組織に強力なコネクションがあることは、動きやすさに直結する。
(引き受けてもいい。……ただし、俺たちが一番面倒に思ってる問題を解決できるなら)
「……そこまで言うなら、考えなくもないですけど。二つ条件があります」
「条件?」
「ええ、そんなに難しいことじゃないです。
一つ目。俺の仲間のステータスプレートを作って欲しい。もちろん、そこに表記された内容について他言無用を確約すること。
二つ目。ギルド関連に関わらず、アンタの持つコネクションの全てを使って、俺達の要望に応え便宜を図ること。この二つです」
イルワは少しだけ顔をしかめた。
「それはあまりに……」
「出来ないなら、この話はなしです。もう行かせてもらいます」
うみが立ち上がろうとすると、イルワもドットも焦った表情を見せた。
二つ目の条件は、実質的にフューレンのギルド支部長をうみたちの手駒にするようなものだ。
責任ある立場として、即答できる内容ではない。
「……何を要求する気かな?」
「そんなに気負わないでくださいよ。無茶な要求はしません。
ただ俺達は少々特異な存在なんで、教会あたりに目をつけられると……いや、これから先、ほぼ確実に目をつけられると思うんですけど。
その時、伝手があった方が便利だなっとそう思っただけです。面倒事が起きた時に味方になってくれればいい。
ほら、指名手配とかされても施設の利用を拒まないとか……」
「指名手配されるのが確実なのかい?
……ふむ、個人的にも君達の秘密が気になって来たな。キャサリン先生が気に入っているくらいだから悪い人間ではないと思うが……。
そう言えば、そちらのシア君は怪力、ユエ君は見たこともない魔法を使ったと報告があったな……。
その辺りが君達の秘密か…そして、それがいずれ教会に目を付けられる代物だと……。
大して隠していないことからすれば、最初から事を構えるのは覚悟の上ということか……そうなれば確かにどの町でも動きにくい……故に便宜をと……」
イルワの推察の速さに、うみは内心で感心した。
(流石、大都市のギルド支部長。話が早くて助かる)
イルワはしばらく考え込んだ後、意を決したようにうみに視線を合わせた。
「……犯罪に加担するような倫理にもとる行為・要望には絶対に応えられない。
君達が要望を伝える度に詳細を聞かせてもらい、私自身が判断する。
だが、できる限り君達の味方になることは約束しよう……。これ以上は譲歩できない。どうかな」
「……まあ、そんなところでしょうね。それでいいです。
報酬は依頼が達成されてからで。条件はウィル少年の連行。または遺品の回収ってことでいいですか?」
うみのあまりにドライな確認に、イルワは思わず口元を引きつらせた。
「連行って……君ねぇ。彼を罪人か何かのように言うのはやめてくれないか。あくまで救出、もしくは捜索だ」
「似たようなもんでしょ。彼が同行したパーティから死人が出てれば、犯罪者みたいなもんですよ。法で裁けない分、より質が悪い」
イルワの苦言にも、うみは悪びれる様子もなく肩をすくめる。
手厳しい正論を吐きつつも、危険な依頼を引き受けてくれたうみ。
そして、彼が前払いではなく、あえて『依頼達成後』に報酬を要求した意図。
うみにとって一番重要なのはそのプレートの作成なのだが、最初に作成した者に情報を握られるリスクがある。
だが、依頼を達成し、イルワに「借り」を作った後で作成させる方が、彼らの秘密を守る上で情報統制が利き安全だという打算があったのだ。
イルワはその意図の両方を察したのか、小さく息を吐き出すと、苦笑交じりの安堵の表情を浮かべた。
「本当に、君達の秘密が気になってきたが……それは、依頼達成後の楽しみにしておこう。
君の言う通り、どんな形であれ、ウィル達の痕跡を見つけてもらいたい……うみ君、ユエ君、シア君……宜しく頼む」
イルワは深く頭を下げた。
「ええ。任せてください」
「……ん」
「はいっ」
うみ達はイルワの言葉に頷き、応接室を後にした。
***
さて、突然にはなるが、諸君は畑山愛子という人物を知っているだろうか?
大都市フューレンでうみたちが支部長との駆け引きを繰り広げていたのと同じ頃、所変わって別の場所――彼女の現状について、少しだけ語らせてもらおう。
畑山愛子、二十五歳。社会科教師。
彼女にとって教師とは、専門的な知識を生徒達に教え、学業成績の向上に努め、生活が模範的になるよう指導するだけの存在ではない。
もちろん、それらは大事なことではあるのだが、それよりも〝味方である〟こと、それが一番重要だと考えていた。
具体的に言えば、家族以外で子供達が頼ることの出来る大人で在りたかったのだ。
それは、彼女の学生時代の出来事が多大な影響を及ぼしているのだが、ここでは割愛する。
とにかく、家の外に出た子供達の味方であることが、愛子の教師としての信条であり矜持であり、自ら教師を名乗れる柱だった。
それ故に、愛子にとって現状は不満と後悔の極みだった。
いきなり、異世界召喚などというファンタスティックで非常識な事態に巻き込まれ呆然としている間に、
クラス一カリスマのある生徒に話を代わりにまとめられてしまい、気がつけば大切な生徒達が戦争の準備なんてものを始めている。
何度説得しても、既に決まってしまった〝流れ〟は容易く愛子の意見を押し流し、生徒達の歩を止めることは叶わなかった。
ならば、せめて傍で生徒達を守る! と決意したにもかかわらず、保有する天職『農作師』の能力の希少さ、有用さから戦闘とは無縁の任務を言い渡される始末。
必死に抵抗するも、結局は引き受けることになってしまい、毎日、遠くで戦っているであろう生徒達を思い、気が気でない日々を過ごす。
そうしてようやく一段落済んで王宮に戻れば、待っていたのは――とある生徒の訃報だった。
その報せを聞いた時、ふとした瞬間に愛子の脳裏を過ったのは、異世界に召喚された直後の、あの王城の広間での光景だった。
正義感と使命感に踊らされ、戦争という現実から目を背けて狂騒する生徒たち。
そんな狂った空気の中で、ただ一人、冷や水を浴びせるように『死ぬ覚悟、殺す覚悟』を問いかけ、戦場というものの理不尽な現実を突きつけた少年の姿。
あの狂信的な空間の中で、生徒の中で唯一、大人の自分と同じように冷静に『現実』を見ていた彼が、自分にはできなかったことを成した彼が、迷宮の底へ落ちていったという事実。
この時、愛子は、どうして強引にでもついて行かなかったのかと自分を責めに責めた。
結局、自身の思う理想の教師たらんと口では言っておきながら自分は流されただけではないか! と。
もちろん、愛子が居たからといって何か変わったかと言われれば答えに窮するだろう。
だが、この出来事が教師たる畑山愛子の頭をガツンと殴りつけ、真の意味で目を覚ますきっかけとなった。
〝死〟という圧倒的な恐怖を身近に感じ立ち上がれなくなった生徒達と、そんな彼等に戦闘の続行を望む教会・王国関係者。
愛子は、もう二度と流されるもんか! と教会幹部、王国貴族達に真正面から立ち向かった。自分の立場や能力を盾に、私の生徒に近寄るなと、これ以上追い詰めるなと声高に叫んだ。
あの時、唯一現実を見ていた彼が守ろうとした『自由意志』と、自分自身の『真っ当な大人』としての責任を、今度こそ果たすために。
結果、何とか勝利をもぎ取る事に成功する。戦闘行為を拒否する生徒への働きかけは無くなった。
だが、そんな愛子の頑張りに心震わせ、唯でさえ高かった人気が更に高まり、戦争なんてものは出来そうにないが、せめて任務であちこち走り回る愛子の護衛をしたいと奮い立つ生徒達が少なからず現れた事は皮肉な結果だ。
結局押し切られ、その後の農地巡りに同行させることになり、「また流されました。私はダメな教師です……」と四つん這い状態になってしまったことは記憶に新しい。
ちなみに、この時、愛子の護衛役を任命された専属騎士達が、生徒達の説得を手伝うのだが、何故か生徒達を却って頑なにさせたという面白事情がある。
生徒達の危機意識は、道中の賊や魔物よりも、むしろ愛子の専属騎士達に向いていた。その理由は、全員が全員、凄まじいイケメンだったからだ。
これは、愛子という人材を王国や教会につなぎ止めるための上層部のハニートラップみたいなものだ。
それに気がついた生徒の一人が生徒同士で情報を共有し「愛ちゃんをイケメン軍団から守る会」を結成した。
だが、ここで生徒側に一つ誤算が生じていた。
それは、ミイラ取りがミイラになっていたということを知らなかったことだ。
その証左に、生徒達への騎士達の説得の言葉を紹介しよう。
神殿騎士専属護衛隊隊長デビッド
「心配するな。愛子は俺が守る。傷一つ付けさせはしない。愛子は…俺の全てだ」
神殿騎士同副隊長チェイス
「彼女のためなら、信仰すら捨てる所存です。愛子さんに全てを捧げる覚悟がある」
近衛騎士クリス
「愛子ちゃんと出会えたのは運命だよ。運命の相手を死なせると思うかい?」
近衛騎士ジェイド
「……身命を賭すと誓う。一人の男として」
この時、生徒達は思った。「一体何があった!? こいつら全員逆に堕とされてやがる!」と。
つまり、最初こそ危機意識の内容は愛子がハニートラップに引っかかるのでは?だったのだが、
このセリフを聞いた後では「馬の骨に愛ちゃんは渡さん!」という親的精神で、生徒達は愛子の傍を離れようとしなかったのである。
そんなこんなで現在。
愛子達農地改善・開拓組一行は、馬車に揺られながら新たな目的地である湖畔の町ウルへと向かっていた。
「愛子、疲れてないか? 辛くなったら遠慮せずに言うんだぞ?」
「いえ、平気ですよ。デビッドさん。というかついさっき休憩したばかりじゃないですか」
広々とした八人乗りの大型馬車の中、デビッドが心配そうに愛子に話しかけ、愛子が苦笑いで返す。
「ふふ、隊長は愛子さんが心配で堪らないんですよ。……かという私も貴方が心配です。ホント遠慮をしてはいけませんよ?」
「その節はご迷惑をお掛けしました。でも、もう大分慣れましたから本当に大丈夫です。有難うございます。チェイスさん」
過去の馬車酔いの醜態を思い出し、僅かに頬を染めながらチェイスにお礼を言う愛子。
その頬を染める姿に悶えるように手で口元を隠したチェイスが、さり気なく愛子の手を取ろうとして――「ゴホンッ!」という鋭い咳払いと眼光にその手を止められた。
止めたのは、愛子の斜め前に座っている女子生徒の一人、園部優花である。〝愛ちゃんをイケメン軍団から守る会〟の筆頭である。
「おやおや、睨まれてしまいましたね。そんなに眉間に皺を寄せていては、せっかくの可愛い顔が台無しですよ?」
イケメンスマイルで微笑むチェイスに対し、優花は今にも「ペッ!」とツバを吐きそうな表情を向けた。
「愛ちゃん先生の傍で、他の女に〝可愛い〟ですか? 愛ちゃん先生、この人、きっと女癖悪いですよ。気を付けて下さいね?」
「そ、園部さん。そんなに喧嘩腰にならないで。それと、せっかく〝先生〟と呼んでくれるようになったのに〝愛ちゃん〟は止めないんですね……」
「ダメです。愛ちゃん先生は〝愛ちゃん〟なので。生徒の総意です」
「ど、どうしよう、意味がわからない。頑張れ私ぃ、威厳と頼りがいのある教師になるための試練よ!」
一人で「ふぁいとー!」する愛ちゃん先生に、優花とチェイスのやり取りでギスギスしていた空気がほんわかする。
愛子自身はやけに騎士達が積極的なのは上層部から何か言われているのだろうと考えており、本気で惚れられていることには全く気付いていない。
優花は小さく息を吐き、窓の外へと視線を向けた。
彼女がここまで気を張り、愛子を守ろうとするのには理由がある。
窓ガラスに映る自分の顔を見るたび、脳裏にフラッシュバックするのは、あのオルクス大迷宮の暗がりだ。
トラウムソルジャーの凶刃が振り下ろされ、完全に死を覚悟したあの瞬間。
鈍い破砕音と共に、それを粉砕してくれたのは、普段は掴みどころのないクラスメイトだった月影うみだった。
『深呼吸して、ね?』
ポン、と優しく頭を撫でてくれた彼の手の感触と、あの飄々とした背中は、今も優花の胸の奥に鮮明に焼き付いている。
少しだけ気になる存在に変わりかけた、矢先の出来事だった。
彼はクラスメイトの一人を助けるために自ら奈落へ飛び込み、帰らぬ人となってしまった。
(月影くんが……繋いでくれた命だから)
彼が繋いでくれた命を、無駄にはしたくない。
だからせめて、何かしらを成そうと立ち上がった結果が、〝愛ちゃんをイケメン軍団から守る会〟なのである。
優花は胸の奥に仄かに芽生えかけていた感情を固く封じ込め、その恩義と使命感だけを原動力にして、再び前を向いた。
それから更に馬車に揺られること四日。
イケメン軍団のアプローチと生徒達の牽制戦を繰り返し、遂に一行は湖畔の町ウルに到着した。
旅の疲れを癒しつつ、ウル近郊の農地の調査と改善案を練る作業に取り掛かる。
そうして農地改革が軌道に乗り、最近巷で囁かれている〝豊穣の女神〟という二つ名がウルの町にも広がり始めた頃。
再び、愛子の精神を圧迫する事件が起きた。
生徒の一人が失踪したのである。
名前は、清水幸利。
迷宮でのうみの死を間近で目撃し、自身の無力さと理不尽な死の恐怖に人一倍苛まれていた生徒だった。
愛子は奔走する。大切な生徒のために。
その果てに、衝撃の再会と望まぬ結末が待っているとも知らずに。