俺達は、森の中を駆け巡っていた。
あの少女から聞いた、救助対象が進軍したと思わしき方向へ向かったからだ。
流石にリリィの身体能力に負けることはないため、自分が先陣を切り走り続けている。
見える森から偶にヒュージが飛び出してくるが、撫で斬りにして先へと進んでいく。
そうしていると、後から声が聞こえた。
「あのひと強すぎません………?」
「ま、まあ味方なら頼りにはなるし……」
「なーんか怪しくて気に入らないわぁ」
「こら、亜羅椰!」
「ホントのことでしょ?」
うーん相変わらずの信用のなさで泣けてきちゃう。
助けた相手に泣かれることはあったけど、こうまで疑念を向けられるとちょっと気まずいどころではない。
仕方のないことだが、この世界での俺の信用は、今の時点ではゼロに等しい。
普通に考えて証拠があっても信じられないのが当然だが、それでも悲しいものは悲しのだ。
そう考えてると血縁の事があって選定の剣を引き抜いたとはいえ、一から国を再建した我が王凄かったんだなぁ。
そう考えていると、隣から声が掛かった。
「……ごめん、うちのレギオンが……」
「天野さん……まあ傷つくけど、仕方ないよ」
申し訳なさそうな顔をしながら、そう言ってきたのは彼女らのレギオンのリーダー────天野天葉さんだ。
世界でも有数のマギ保有量を誇り、その戦闘力はこの世界で最上位層と称して異論なき人だ。
彼女は大概お人好しのようで、こんな信用できない奴のために謝ってくれている。
ありがたいが、それと同時に後の視線が強くなった気がする。
「………天葉姉様……」
「樟美?」
「……ううん、なんでもないよ、いっちゃん」
これは、嫉妬……なのだろうか。
かなりの目線の強さで、すこし申し訳なく思う。
彼女にとって天野さんは、とても大切な人なのだろう。
だからこそ、どこの馬の骨ともしれぬやつと話しているのが気に食わないというやつなのだろう。
本当なら、こんなやつに時間を掛けさせて申し訳ないが、今は我慢してもらうしかない。
これが終われば自分は援護に徹するので、目の前にして現れることは少なくなるはずだ。
それまでは堪えてもらおう。
「ッ!─────向こうか」
そうこう考えていると、気配を感じた。
おそらくは先ほどのリリィが言っていた、彼女たちのリーダーなのだろう。
かなり気配が弱まっており、危険な状態だとわかる。
俺は天野さんに近づき、状況を報告することにした。
「天野さん」
「ん?」
「おそらく向こうだ、かなり負傷しているのか気配が弱い」
「───ッ!?わかった……アールヴヘイム!夕七!」
「「「「「「!」」」」」」
彼女が号令を出せば、そうやってすぐさま真剣な表情へと変わる。相当な修羅場をくぐらなければこうはならないだろう。
凄まじことだ。
「救助対象のリリィを発見次第保護!行くよ!」
「「「「「「「はい!(ええ)」」」」」」」
そう指示をだすと、彼女はこちらに振り向き言った。
「先導をお願いできる?」
「了解、任せておけ」
そう言われては、任される他ない。
そして俺は、風を切って走り出した。
◆◆─────────────────◆◆
その時、三条の街外れで一人、森の中で倒れ伏すリリィがいた。それはアールヴヘイムや涼真の救援対象である彼女──吉原菜乃葉が倒れ伏していた。
仲間の姿はなく、誰もいない。巨大な触手によって彼女のからだは地面に縫い付けられ動けないでいた。
「……はあ………はあ………」
彼女の目の前には、悍ましき魔力で構成された触手を携える怪物────特型ヒュージ『ドレインズ』亜種の姿があった。
部隊と分断され、こんな場所に連れ込まれてしまった。
その原因は偏に瑚桃をドレインズから助けるためだったが、自分が窮地に陥ってしまっては世話がないと彼女は思った。
しかしどれほど悪態をつこうが状況は好転はしない。
依然として彼女は触手に囚われたままであり、マギは吸われるばかりである。
(………なるたる不覚ッ……こんなやつに捕まるなんてッ!)
しかし、彼女の目から光は消えていなかった。
全ては風舞姫お姉様の無念を晴らすためと、新潟を奪還するためである。
(まだ死ねない!新潟を奪還するまでは絶対に……!!)
そう決意を固め、彼女は力を入れる。
最後の力を振り絞り、触手の拘束より逃れようとしたが、それでも触手は頑強で離しはしない。
それどころか、強烈に締め付けてマギをさらに吸い上げる始末だ。
「あああああ────っ!!!」
見れば、彼女の目からは涙が溢れてきていた。
それは痛みか?────いいや違う、彼女はそこまで弱くない。
理由は後悔だ。
珠緒や仲間たちを犠牲にしてまで戦い続け、三条を救おうとしたのというのに、それを台無しにしてしまった。
勇者になるどころか、新潟も三条も救えず、今自身はこうして終わりを迎えようとしている。
申し訳ないどころではすまない。
自分を信じてついてきてくれた仲間たちを、自分はみすみす死なせてしまった。
悔いしか残っていない。
このままでは終われないと思っても、それでも身体は動いてくれない。
(………ごめんなさい……風舞姫お姉様………)
最後に出てきたのは、自身の姉に対する謝罪であり懺悔。
貴女を残して逝ってしまう自分を許してくださいと、情けなくもそう思ってしまった。
そうして彼女は、森の中で絶望に包まれていた。
突如として、金の閃光が走る。
それは悍ましき魔力で構成していた触手を容易に断ち切り、両断する。一瞬にして彼女の拘束は解けた。
何が起こったのか分からず、彼女は顔を上げる。
そこには、ある一人の男が立っていた。
黒い外套にところどころに鎧を身に着けた、青年だ。
片手がなく、もう片方の存在する手には金の穂を持つ黒色の槍を握っている。
不思議と目を引くその槍は美しい。
まるで神が作り出したようなその武器に魅入られていたが、菜乃葉に声が掛かったことで中断される。
「無事か?喋ることはできるか?戦乙女」
「……え、ええ」
「ならよし、すぐに救援がくる。それまで我慢してくれ」
そう言うと、その人物はドレインズ亜種の方向へと向く。
ドレインズは警戒しているのか仕掛けては来ないが、殺意と敵意は発し続けていた。
しかし、それを意にも介さないように青年は見つめている。
それが気に障ったのか、ドレインズは怒ったようにマギを変化させ触手へと変える。
それを十数本、青年へと放った。
当たる。先ほどの現象を起こしたのが彼なのかもしれないが、それでもあんなに脱力した状態では避けきれない。
故に菜乃葉は、立ち上がろうとする。
一つでも触手を逸らせれば、彼の生存確率は上がる。
そう決めて、足を踏み出そうとするが、手で持って制止された。
まるで任せておけと言われているようで、いつもなら何を馬鹿なことをとでも言うのだろうが。
今は、その言葉に込められた絶対の自身がわかった。
まるでこいつに勝つのは当然とでも言うように、その姿は自信に満ちていた。
そして、触手が彼に向かって殺到し─────
彼の姿がかき消え、同時にドレインズがバラバラとなって吹き飛んでいた。
「………えっ?」
そんな言葉が出てくるのも、やむ無しだろう。
こちらを蹂躙してきた厄介なヒュージの亜種が、瞬きの間に分割されていたのだ。
流れ作業のように行われたそれが、どれだけ規格外なことかはヒュージと戦うものであればわかるだろう。
まさに異質、そのもの。
それだけではなく、彼女にはその青年の背が、あるものに見えていた。
強大なものに立ち向かい、得てして伝説になっていった者たちの姿が重なる。
それは────
そんな思考も、やってきたのは影により中断される。
「菜乃葉さん!」
「────夕七!?どうして………」
現実へと引き戻された思考は、そんな声を鮮明に伝えていた。そして、それは同時に疑問も生んだ。
「どうして、ここに………」
「あの人が、気配を感じたっていって、それでついてきたの」
「そう……なの」
そうして視線は、あの青年に戻る。
周囲を警戒しているのか、すこし集中しているようで、目をつぶっている。
そうして続々と、アールヴヘイムの面々が到着した。
一様に皆、少し困惑しているようだ。
「えっと、ヒュージは?」
「倒した」
「ええ………」
さすがのアールヴヘイムでも、これは予想外だったらしい。
天葉を筆頭にして、理解できないという顔をするその少女達を認識しているのかしていないのかはわからないが、青年は歩いてこちらに近づいてくる。
「すこし、治療するぞ」
そう言って、強引に開始したそれは、光だった。
温かくて、安らかで、それでいて力強い。そんな輝き。
その輝きは、負傷した部位へと集まって修復を開始した。
それに加えて、毒に冒されていた菜乃葉の体も調子を取り戻していく。
異能かZだろうか……それとも別のなにかか。
その最中に、気になって聞いてしまった。
無関係のはずのこの人が、今まで見たこともないこの人がなぜ自分を助けてくれるのか。
それが気になったのだ。
「………なぜ、わたくしを助けたのですか?」
「ん?」
それを聞いたその人は、なぜかとても不思議そうな顔をする。いや、そんな顔をされても不思議なのはこっちなのだがと彼女はそう思う。
それに、アールヴヘイムの面々もそれが気になっていたのか、少し聞き耳を立てている。
この人物が、わざわざ自分の前に立ってまで守った理由は何かと聞いたのだ。
リリィならば、無辜の民を守るのは当然だろう。
それが使命だからだ。
しかし彼は違う。見たところ防衛軍でもなければリリィでもCHARMユーザーでもない。
そんな彼が、なぜ自分を助けたのかと、彼女はそう聞いた。
────聞いてしまった。
「なぜって……困ってる人がいるなら助けるだろ」
「………は?」
その答えは、歪だった。
まるで当然かのように発された言葉に、当然偽りはなく。
ただそこには慈愛と、庇護が含まれるばかり。
人ならば、大なり小なり欲がある。
食欲、睡眠欲、性欲の三大欲求に加えた数々の欲。
人を助ける時も、何か見返りや感謝を求めて助けることが殆どだ。それが人間として当然の姿でありなにも異常ではない行動。
リリィだって、なにかの理由なしには戦えない。
友人との約束と絆、そして誓い。
それらが戦い、人を守る原動力となるのだ。
戦い自体を楽しむものもいるが、それでもそんな者は一握りだろう。
だが、彼にはそれがない。
確かに原動力はあるのだろう。強い意志が見え隠れするその瞳が物語っている。
だが、彼は人を助けるために戦うのに理由を必要としていない。誰もが理由があって人を助ける。
使命、大切だから、家族だから。
そんな理由が、ある筈なのだ。
でも────
「?どうしたんだ?君達」
彼からは、まったくそれが感じ取れなかった。
高潔たるそのものは、誰かのために戦うのに理由はいらない。ただ助けるために、救うために走る。
助けを求められた、たったそれだけで走っていってしまう。
その者がどんな人物だろうが関係ない。
たとえそれが人間でなくとも、彼は助けに行くだろう。
それを聞いた彼女は咄嗟に目を逸らした。
駄目だ、焼かれてしまう。
このまま直視し続ければ、いずれ自分はこの輝きに焼かれて燃え尽きる。
太陽に近づき、翼を焼き切られたイカロスのように。
恒星を直視しては目が保たないのと同じように。
だからこそ、ここで見てはいけない。
もう、直視してはいけないのだ。
「(………どうしたんだホントに?)終わったぞ、いつでも動ける」
「あっ……ええ、ありがとう」
そう返事をするのがやっとだった。
そうして彼は、天野天葉の方へと歩いていく。
「治療、終了した」
「う、うん………ありがとね」
「?なにかあったのか?さっきからよそよそしい気がするんだが」
「いや!大丈夫だよ!うん……」
天葉もまた、返事に困った。
先ほどの返答は、まさに異質。悪く言えば異常だ。
普通の人間は、あんなふうになにも感じずにただ当然と言い放てない。
だからこそ、そういう人種は目には異質に映るし迫害されることもある。
伝承上の人物だってそうだ。
彼等はいつだって、最後には裏切られ悲惨な末路を迎えていた。そういう者たちのことを世間は────
(………英雄)
英雄と、そう呼ぶのだと思った。
◆◆───────────────────◆◆
なにかやらかしてしまっただろうか。
先程から反応が鈍い。余計なことを言っただろうか。
ただ質問に答えただけなのに空気が最悪な件について。
なんて下らない考えが巡っていく。
このまま待ってても空気は良くならなそうなので、話題を切り替えることにした。
「あー………助けに行くんだろ?他の人」
「………はっ!そ、そうだね!行くよみんな!」
「「「「「「は、はい!(……ええ)」」」」」」
強引すぎたかと思ったが、なんとか天野さんが乗ってくれたおかげでこの危機を脱することができたらしい。
これからは返答には気をつけなければないないだろうか。
俺の返答が気に入らなかったのだろうかとか、そう考えてしまうが今は置いておく。
早めに助けに行かなければ全滅もありうる局面だ。
さっさと行くに限る。
そうして、俺たちは再び救援へと走り出した。
「……大丈夫?菜乃葉さん……」
「ええ、大丈夫よ夕七……ただ、少しくらっとしただけ。協力はするわ、気は進まないけれどね」
「……ありがと、今は気にしないでおきます?」
「……そうね、戦いの前に雑念は禁物よ」
後ろで話してた話題は聞かなかったことにする。
わりぃ、やっぱ(嫌われるの)つれぇわ……。
今話で英雄くんの異質さを表現できてたらいいですね。
まあ英雄なんて大なり小なりそんなもんかもですけど。
民衆のために散々戦わされて、最後には死ぬってのが英雄譚の定石ですし。
この作品はハッピーエンドの予定ですが、それでも英雄を主人公にするなら避けては通れないと思ったので書きました。