同時刻。
謎の獅子と川村楪、月岡椛両名率いるセインツが接敵していた頃。ロネスネスも、同様に謎の感覚に直面していた。
刀型のCHARMを振り、こちらに向かってきていたヒュージを屠る。
先程から、何かがおかしいと船田姉妹は感じている。
ヒュージの動きだけではなく、感じたことのない気配が四方から広がっている。
同じく戦うものとしての直感も、異常を訴えて来ていた。
「……姉様」
「ええ、わかっているわ純」
言葉にせずとも、この戦場の異常を二人は感じ取っていた。
空気の淀み、通常と異なる雰囲気。
ヒュージ戦闘に於いてイレギュラーが起きることなど日常茶飯と言えるが、これはそれともまた違っていた。
不気味、そう評するのが適切だろうか。
戦うものとして、幾度となく乗り越えてきた感覚以上のものを感じている。それは、他のレギオンメンバーも同じだった。
「燈、十分警戒しなさい」
「もちろんですわー!純お姉様!」
純を慕う司馬燈も、同じような感覚を携えている。
いや、強化リリィとしての彼女の感覚は、まさにこの戦場の異質さを直に伝えてきていた。
確かにヒュージの動き以外には今のところ変わったところはない。しかしそれは見せかけだけのものだ。
まるで表面だけを綺麗に整えたハリボテのような、そんな気がするのだ。
不揃いな表面の中から、今にも闇が顔を出しそうというような。
『■■■■■■■───────────ッッッ!!!』
「「「!」」」
咆哮が響いた。
それは空気を揺らし、空間を裂くような声。
人ならば、畏敬や畏怖を抱いてしかるべきな怪物の鳴き声。
抗うことすら無駄だと、心が決めつけようとするほどの威圧感。
「………ファーヴニル、ですか」
「ふん、よくもまああれだけ偉そうにふんぞり返れますこと」
初がそう言うと、燈も続けて言い放つ。
彼女達は臆するどころか、さらに戦意を滾らせてその竜を睨む。
恐れを知らないのか────いいや、違う。
彼女たちが臆することは、人類が臆したと同義だ。
人類の守護者たる彼女たちが負ければ、どちらにしろ終わりであるのだから。
それに、御台場のリリィがこの程度で怖気づくことはない。
猛き彼女たちに、恐怖は不要なのだから。
「────純、初」
後から、声が掛かった。
それは同じレギオンの仲間であり、上級生で昔は姉のように素直に慕っていた長沢雪だ。
彼女たち姉妹の後見人でもある。
偵察と掃討に出ていた彼女が帰還したということは、既にやることは終えたということだろう。
「雪様、どうでしたか?」
「……やはりおかしいわね、ヒュージが陽動のような動きをしている」
「そうですか……やはり……」
持ち帰ってきたその情報もまた、とても重要だった。
対ヒュージ戦闘に於いて、それ以外もだが、情報は武器だ。
最初から戦場のすべてを把握するなど、無理難題なのだから。
その情報は、違和感を決定づけるものだった。
ヒュージの動きがおかしいのはわかっていた。しかし確たる証拠もなしに憶測だけで動くのは危険なため、こうして偵察を出したのだから。
「……一度、柳都女学館に戻るべきかしら」
「我々だけで殲滅できないのは不本意ですがそうしましょうか、姉様」
「アールヴヘイムとセインツとの情報共有もしなければならないわね」
逸ることはない、長期戦になることは慣れている。
飛び出して死ぬなど愚の骨頂であり、そんな愚かなことをするほど、彼女たちは弱き武士ではないのだから。
そうして、後続のレギオンに任せて彼女たちは撤退する。
筈だった。
「?─────ッ!?純様!」
しかし、その声によって中断することとなる。
それは、CHARMを射撃モードにして周囲を警戒していた紫の言葉であり、かなり緊急性を含んでいた。
咄嗟に目を向ければ、あり得ないものを見たような顔をして、スコープを覗き込んで離さない。
それを怪訝に思った純は、彼女に尋ねた。
「何かありまして?」
「そ、その………ファーヴニルの上に──────
───人が………」
「「「「!?」」」」
それまで言動を見守っていたメンバーも、それに目を見開き驚愕の顔を作った。
その視線は、アルトラ級の方へと向く。
最早その竜の上など豆粒ほどにしか認識できないが、それでもリリィの身体能力なら辛うじて見ることはできる。
そうして見えたのは、現実離れした光景だった。
そう、先程彼女が言ったように、そこには────
「子供と………なに、アレは……」
「角……?」
竜の頭の上で、我が物顔で立つ二つの影だった。
一つは人だとまだわかる、しかしもう一つは一切わからない。
まるでヤギのような捻れた角に、どこか神聖さを感じる容姿。加えてそれは、人間離れした美貌を携えていた。
印象的には、ヒトでは到底ない。
むしろ、これは………
「神……様?」
神話の生ける伝説に近しいだろうか。
そんな滑稽な感想が出てきたのも仕方がないだろうか。
こんなことを口にすれば笑われるだろうが、その感想はこの場の全員に通じているものだった。
人間ではない、それは確実だ。
なぜならそれは、ヒトと言うには美しすぎる。
生物としての無駄が、なさすぎるのだ。
まさに不変の生命と言って相応しい。
そんなバカげた感想を抱くほどに、その存在は完成されていた。
「……総員、撤退しますわ」
「純?」
「なるべく早く、ここから離れると言っているのです」
唐突に、彼女らの隊長がそんなことを言い放つ。
おかしい、いつもならばこんな指示を出すにしても、もっと余裕綽々に言ってみせるのが彼女だ。
しかし今の彼女はそうではない。
怯えているのか、なんなのかはわからないが、全く余裕を感じられない。
それを怪訝に思った雪は、純の顔を覗き込もうとして。
光が、竜の方角より瞬いた。
「「────ッ!?総員退避!!」」
純と初が、全力で叫んだ。
必死の叫びであり、絶対の現実を前にした際の抗いでもあったのだろうか。
或いは、そこに至り初めて、アレの危険性を身を以て感じたのだろうか。
何にせよその一手は、間違いなく彼女たちの命を救ったのだ。
黒きが放たれる。
十字に一度瞬いたかと思えばすぐさま悍ましい閃光が走る。
本流となって、生命を許さぬように直進するそれは、当たれば確実な終焉が待っているだろう。
リリィの身体能力だろうが、一切を認識することができないほどにそれは早く、彼女達の元へ殺到する。
回避を許さぬように、許可など必要もなく。
ただその一撃は、彼女たちの元へとたどり着き────
同時に放たれていた黒い数本の熱線によって、地面を砕き滅しながら彼女たちを飲み込んだ。
筈だった、だが。
ロネスネスの後から突き刺さったその金の極光が、その黒い熱線を突き破った。
死を、意志を奪うことを許さぬように。それを真っ向から打ち砕いた。
それを見て、彼女たちはただ呆然と思う。
思考が染まるのはただ一つの感想。それ以外は要らぬというように、脳から他は追い出される。
希望だと、そう思った。
今自分たちは確実に死んでいただろう、しかし現にまだ先ほどの一撃を受けてなお生きている。
奇跡だと思う。しかし、それは違う。
あの光が、運命を拒絶したのだ。そんなことは許さぬと言うように、ただ救うという意志を込めて。
死せる運命を、私達から取り上げたのだとそう思ってしまった。
それを無駄にしないように、彼女たち姉妹は指示を出す。
「「山を陰にしつつ撤退!!射線に入らないで!!」」
「「「「「「────ッ!了解!!」」」」」」
完全な指示だった。
射線を把握し、追撃を許さないように猛スピードで駆け出す。まさに正しい判断だろう。
ここで戦う道など選べば、全滅は免れないのだから。
そして、彼女たちが見えなくなったころ。
地面に突き刺さっていた極光の正体────黄金の穂と黒い柄をもつ槍はひとりでに動いた。
主の元へと帰還するかのように、あるべき場所へと帰っていった。
◆◆────────────────────◆◆
その頃の柳都女学館では。
「どう?!純たちは無事!!?」
「……うん、問題ない。無事に撤退できたみたいだ」
「………よかったー……」
校舎から少し出たところで、天葉と樟美、そして涼真が話していた。涼真は遠くをのぞき込み、その方向の気配を探っている。
まあだが、どうやら無事らしい。
どうしてこんなことをしているのかと言えば、樟美のファンタズムだった。
先ほどの現象の残り香だったのか、それとも従来のファンタズムの効果かはわからないが、確実にある光景を見たのだ。
「大当たりだったね、江川さん」
「は、はい……ありがとうございます、涼真さん……信じてくれて」
「お安い御用さ」
ロネスネスが、謎の光によって致命傷を負う姿。
理不尽にも吹き飛ばされ、体をズタズタにされて複数人が死ぬ未来を幻視したらしい。
それを見た当時は吐き気が止まらない様子で、動揺によって上手く喋ることすらできなかったが、それでも必死にこちらに伝えてくれていた。
江川さんがいなければ、攻撃を相殺することはかなわなかっただろう。
まさしくファインプレーである。
「……しかし、なんだったんだ?あの光……」
「ヒュージの攻撃じゃ……なかったよね?」
「はい……ヒュージじゃなくて、もっと悍ましい何かだったと思います……」
「………」
悍ましいなにか、それは間違っていないだろう。
しかしそれだけではない、と思う。
アレは同時に何かを抱えていて、加えて言えばもっと無垢な何かだろうか。
単純なものではなく、もっと複雑な人の性などが絡んでいるような感覚がする。
悪性と傲慢。様々なものが綯い交ぜになっているような。
だが、考えるべきはこの場所でではない。
それは、主力が揃う場所でこそ考察すべきことだ。
なるべく早く共有しなければないないだろう。
それに、直接対峙したロネスネスの方がわかることも多いはずだ。
そう考えていると、江川さんが急に裾を引っ張ってきた。
何かと思い顔を近づけてみると────
「ありがとうございました……信じてくれて、本当に」
そう小声で言ってきた。
俺にとっては当然のことでも、彼女にとっては重要なことだったのだろうか。
あれだけ憔悴しながらも、俺に対して助けてと訴えてきた彼女が少しでも気が楽になったのならばそれでいい。
そして、手を空中に伸ばす。
何かを掴み取る動作をして────
戻ってきた槍を回収し、彼女たちに話しかける。
「……さ、行きますか?」
そう言うと、彼女らはしょうがないというような顔で、少し笑った。
少しは信頼してくれたのだろうか。
そう思いながら、ロネスネスの動向に注意を向けながら会議室へと向かっていった。
やはり、ナニカの悪意は消えていないようだと思いながら。
また英雄らしくあらねばならないだろうと、ある種の確信を抱いていた。
ロネスネスに放ったあの一撃は、軽いジャブのようなものですが、それでも衝撃だけでマギの防御を貫通します。
直撃すればヘリオスティアでも受け切れずに容易に突破されてしまいます。
因みに放った理由は目についたから。
次回は多分掲示板型式と作戦会議ですね。