転生したら石神親子のお隣さんだったガキンチョ♀   作:魚骨

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1 はじまり、はじまり

 わたしの名前はかがみ ひいろです。漢字では「花々見 一色(こういうふうに)」書きます。六歳です。

 

 この前、お母さんがいなくなりました。どうしていなくなってしまったのかは教えてもらえませんでした。あんまり良くないことで、悲しい気持ちのわたしがもっと悲しくなるかもしれないからだそうです。

 怒られそうだから言わなかったけれど、わたしは子どもだけど大人だし、お母さんはいつもわたしにいじわるをするので、本当はそんなに悲しくなかったです。理由を聞いてもきっと悲しくなかったと思います。

 お母さんの代わりに、わたしのお世話をしてくれる人がいないといけないと、大人のひとに言われました。わたしは一人でも平気です。お母さんがいたときも、自分のことは自分でしていました。

 でも、そう言っても聞いてもらえませんでした。

 

 大人のひとたちが話し合って、わたしはお父さんと一緒に暮らすことになりました。写真とテレビでしかみたことのないお父さん。お母さんはお父さんのことが大好きだったけど、二人は一緒に暮らしていません。こういうときは普通、お祖父さんやお祖母さんのところで暮らすことが多いそうですが、わたしのお祖父さんとお祖母さんはわたしが生まれるずっと前に死んでしまっています。血のつながっている人も他にいません。なので、お父さんと暮らすことになりました。お父さんは東京に住んでいるので、わたしも東京に住むことになりました。友だちや保育園の先生と離れるのはちょっとヤでした。

 

 東京に行く新幹線で聞いたことですが、本当は、お父さんはわたしと一緒に暮らすのは嫌だったそうです。お父さんと呼ばれるのも嫌だと言っていました。確かにお父さんは、お父さんじゃなくて、お兄さんという感じでした。

 そういうことがあったので、お父さんはわたしに一人で暮らす力があると分かると、お金を置いていなくなってしまいました。

 

 わたしは「ピリピリしているお父さんとずっと一緒にいるのはしんどいなあ」と思っていたので、「いなくなってくれてよかったなあ」くらいに思っていたのですが、ご近所の人たちはそうではないようでした。

 というのも、一昨日のことです。夕方、スーパーからの帰りで両手に買い物袋を持って歩いていると、男の人に話しかけられました。男の人は、わたしの持っていた袋を代わりに持ってくれました。彼は「隣に住んでいる石神百夜」と名乗り、

 

「同い年くれーの千空っつう子どもがいんだ」と言いました。確かに、お隣にかかっている表札に「石神」と書かれていたのをわたしは覚えていました。

 

 百夜さんの話によると、わたしは「いつ見てもひとりでいる女の子」としてご近所で噂になっていて、女の子は保育園や幼稚園に通っている様子はないし、親御さんも見かけないし、と心配されていたそうです。

 わたしはびっくりしました。後ろから急に話しかけられたことにもびっくりしましたし、ご近所でそんな風に噂になっていることにもびっくりしました。

 

 でも一番びっくりしたことは別にありました。

 お父さんが嫌がったので、引っ越しのご挨拶はしていませんでしたし、それ以外で顔を合わせることもなかったので、百夜さんとお話をしたのはこれが初めてでした。

 

 けれど、わたしは名乗られる前から、彼の名前を知っていました。声を知っていました。姿を知っていました。

 それはわたしが「まだ大人だった頃」の思い出です。

 

 わたしは自分が大人だったときのことを覚えています。

 大人のわたしは死んでしまって、今のわたしになりました。考える頭は子どもだけど、大人の記憶を使えます。だから、わたしは自分一人で大抵のことはなんとかできるのです。あるいは自分一人でなんとかできるように、わたしは自分の奥に眠っていた記憶を呼び起こしたのかもしれません。

 

 まあそんなのはどっちだって構いません。ともかく、それらの大人の記憶の中に、「石神百夜」はいました。

 わたしの知る彼は、良き父親であり、大人であり、宇宙飛行士でした。といっても、彼と大人のわたしが知り合いだったとか、そういうことではありません。

 

――彼は、大人のわたしが好きだった漫画のキャラクターでした。わたしは漫画で彼のことを「読んだ」ことがありました。

 

 この世界が『Dr.STONE』の世界だなんて、考えもしていませんでした。部屋の前に着くまで百夜さんは色々と話しかけてくれましたが、わたしは心臓がドキドキして一言も話せませんでした。玄関のドアを閉める前に、百夜さんは「何か困ったことがあったら、力になるからなんでも言ってほしい」というようなことを言いました。わたしは小さな声で「ありがとうございます」と返すので精一杯でした。玄関のドアを閉めた後も、まだずっとドキドキしていました。

 

 そしてその次の日、つまり昨日、早速「困ったこと」が起きました。近くに住んでいる人たちがわたしと姿の見えないお父さんのことを通報して、児童相談所の人が様子を見に来たのです。

 

「一色ちゃんは保育園や幼稚園に行っていないのかな?」

 

 いかにも「怪しいぞ」という目を向けてくる児童相談所の人に、わたしは「はい、行っていません」と正直に答えました。

 

「でもまあ、もう少しで小学生なので」

 

 わたしは先日買ったばかりのランドセルを背負い、笑顔でくるりと一回転しました。それで相手の雰囲気が和らいだところで、「お父さんがいないのは最近仕事が忙しくて、朝は早くて夜は遅いので、近所の人が見かけていないだけです」と嘘を吐きました。まあ、仕事が忙しいのは本当のようなので、まるっきり嘘というわけではありません。大人のわたしの知るところによると、嘘を吐くときは本当のことを混ぜるといいそうです。

 

 児童相談所の人はその他に、お父さんはお風呂に入れてくれるかとか、ご飯を食べさせくれるかとか、ひどいことをされていないかとか、そういうことを訊きました。わたしはその全部に「大丈夫です」と答えました。「お風呂には一人で入っています」なんて本当を言うより、「毎日ご飯を作ってもらっています」なんて嘘を吐くより、その方がいいと思ったからです。大人のわたしは「大丈夫」を適当な誤魔化しに使える便利な言葉としてよく使っていました。

 

 幸い、通報されたのはこれが初めてでしたし、家の中は綺麗にしていて、わたしはもう身体にあざがあったり、やつれたりしている訳でもなかったので、そのときは「野菜もしっかり食べてね」とか「お父さんのお仕事が早く落ち着くといいね」くらいの注意でおしまいでした。けれど絶対に次はないだろう、という気がしていました。

 わたしはこの生活が気に入っていました。お母さんから離れることができましたし、元々一人でいるのは嫌いではありませんし、お金の心配も(当面は)ありません。アパートから少し歩けばスーパーがあり、図書館があり、銀行があり、身近に必要なものが一通りあります。

 

 けれど「小さな子どもが一人で暮らす」なんてことは社会通念上、認められないというのも分かっています。たとえ本人がそうしたいと思っていたとしても。

 よく都会の人は冷たいというけれど、あれは大嘘のようです。児童相談所の人は「近所の人たちが一色ちゃんのことを心配していて、様子を見てあげてって頼まれたの」と、「近所の人が」ではなく「人たちが」と言いました。少なくとも二人以上の人がわたしのことを気にかけて、児童相談所に通報したのです。わたしの心の中では「ありがとう」と「余計なことを」が剣を持って戦っていました。

 

 とりあえず今回は何とかなりましたが、根っこの問題はそのままです。お父さんは姿を見せず、そのうちにまた、心配したご近所さんが児童相談所に電話をすることでしょう。そして一度目よりも詳しくわたしとお父さんは調べられます。

 そうなれば、お父さんが「お父さん」に相応しくないことなんてすぐに分かってしまいます。この生活はおしまいです。

 

 困ったな、とわたしは思いました。

 わたしとしてはこの生活を続けるため、お父さんには「お父さん」のままでいてほしいのですが、お父さんにはこのまま「お父さん」を続ける理由がありません。むしろ「お父さん」をやめるためにわざとやっているのかもしれませんし、もしくは何も考えていないのかもしれませんが、ともかく彼に協力してもらうのは無理です。わたし一人で何とかしなくてはいけません。

 

 一日中ずっと考えて、一つ、アイデアが浮かびました。

 何はともあれ、「この子はちゃんとしていて、周りには見守る大人がいる」……ご近所さんにそう思わせて、心配されないようにすればいいのです。

 

「こんばんは」

 

 夕方、といっても夏だからまだ明るいというだけで夜に近い時間ですが、わたしはお盆を抱えて、お隣のインターフォンを押しました。一分ほど待ちましたが、ドアは開きません。まだ帰っていないのでしょうか。

 もう一度ピンポン、と押したところで、「反対側のお隣さん」のドアが開きました。

 出て来たのは百夜さんです。後ろを振り返って「じゃー行って来るわ」と歯を見せて笑っています。じっと見ているとばっちり、目が合いました。ドキッと心臓が大きくジャンプしました。

 

「こ、こんばんは」

 

 ドキドキを隠すようにお辞儀をすると、百夜さんはちょっとだけびっくりしたような顔をしたあと、「おー、こんばんは」と手をひらひらさせました。そうするのが当然、といった風に、わたしのそばへ寄ってきます。わたしは困ったな、と思いながら、

 

「昨日はありがとうございました」

 

 ともう一度お辞儀をしました。百夜さんは「昨日?」とちょっと不思議そうに顎を撫でましたが、すぐに「ああ! あんなの大したことねーよ」とにこにこ笑顔に変わります。

 

「んなことより、そんなとこで何してんだ?」

「えーっと、それは……」

 

 わたしはつつ、と目を逸らし、自分の部屋のドアを見ます。ちょっと迷って、用意していた台詞を思い出しながら話しました。

 

「今日はお父さんが外で食べてくる日だったんですけど、そのこと、忘れてて……夕ご飯のおかずを作りすぎてしまったんです。それで、お隣のお姉さんにおすそ分けしようかなと思って」

 

 でもまだ、帰ってきてないみたいで。そう言うと、百夜さんは数回、瞬きをしました。びっくりしているようにも、困っているようにも見えました。

 

「あー、その部屋の子なら、しばらくどっか行くっつってたような……」

「……えっ?」

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