【仮題】ドリジャ男性観破壊RTA   作:花火師

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当然のように初投稿でございますよ


第9話

 ドリームジャーニーがメイクデビューを勝利した。

 

 その事実が、珍しく自宅に帰って熟睡した後ですら、目覚めた”俺”の心の中心に居座り続けていた。

 

 録画を見返した訳でも、意識して覚えようとした訳でもない。それでも、あの直線だけは別だ。最後のあの伸び、あの一瞬の爆発だけは、まるで焼き付けられたみたいに鮮明に残っている。

 

「やるなぁ、”俺”の担当」

 

 思わず零れた言葉と一緒に、口元が緩む。

 

 ――だからまぁ、当然のように機嫌は良い。

 

 久々に自宅で葉巻なんて嗜んで、鼻歌交じりにのんびり歩きながらトレセン学園へ向かっているくらいには。

 

 ちなみに今日は休日だ。いやほんと。

 

 ほら、僕の家からトレセン学園まで徒歩で8時間かかるからさ、当日に出ようとすると普通に詰む。だから前日に出発して、のんびり歩いて、ついでに職場で一泊して――みたいな無駄に優雅な工程を踏んでいるだけであって、決して仕事熱心とかそういう話ではない。

 

 流石に夜通し歩いてそのまま勤務は、僕でも死ぬ。

 

 ……いや、本当に死ぬ。

 

「もうちょっと近い場所に引っ越すべきなのかなぁ……」

 

 なんて呟いてみるものの、すぐに首を振る。

 

 今更引っ越したところで、新しい家の場所なんて覚えられる気がしないし、何よりあの荷物量を動かすのが面倒すぎる。考えただけで嫌になる。

 

 結局、現状維持が一番楽だ。

 

 にしてもこうも覚えられないなんて、全くもって難儀な脳ミソだこと。これで正常動作ってんだから、笑える話だよね。

 

 

 


 

 

 

 初めての本番のレースを走り終え、一晩明かした休日。今日はオルがゴルシさんとナカヤマさんと一緒に遊びに行っているため1人きりだ。

 

 だからこそ、という訳ではないが――今日は香水の補充に出た。最近は以前よりも使用頻度が増えている。理由は言うまでもないが、それを言葉にする気はない。

 

 行きつけの店でいつもの香水を補充し、ついでに幾つか新しい香りを試す。知らない新しい香りを確かめる時間は、今後の事を改めて整理するのに丁度良い。

 

 その帰り道だった。

 

「おや、奇遇ですねトレーナーさん」

 

 日が傾き、街が橙に染まり始めた頃。トレセン学園へ向かう彼の姿が視界に入る。スーツに赤いちゃんちゃんこという相変わらず奇抜な格好は、遠目でもよく目立つ。探すまでもなく見つかるのは、利点と言えば利点だろう。

 

「奇遇だね、ジャーニー。休日は楽しめたかい?」

 

 声をかけると、自然にこちらへ視線が向く。こちらに気付いていたのか、それとも今気付いたのか。驚いた様子がないのは、どちらとも取れる。

 

「ええ、充実した1日でしたよ。トレーナーさんは?」

「僕も随分と楽しんだよ。久々に自宅に帰ってのんびりしたしね」

 

 にこやかな表情。言葉通り、満足のいく休日だったのだろう。

 

 ――そんな時だった。

 

「トレーナーさん……煙草、お吸いになるんですか?」

 

 ほとんど無意識に、言葉が漏れていた。

 

 普段の、落ち着くミルクのような香り。その奥に、ほんの僅かだが異質なものが混ざっていた。乾いた、少し重たい――私の使う香水とも違う、スモーキーな香り。

 

「ん? あぁ、そうか。ウマ娘ってヒトよりは嗅覚が優れてるんだっけね……でも惜しい、僕が吸ってるのは葉巻だよ。良かったことがあった時だけ、ちょっぴり吸うんだ」

 

 臭かったかな、とトレーナーさんはバツが悪そうに笑う。

 

 ――良かったことがあった時だけ。

 

 その言葉に、思わず頬が緩む。トレーナーさんの言う良かったことが何を指しているのかなど、考えるまでもない。

 

「いえ、そんなことは。むしろ好ましい匂い――すみません、忘れてください」

 

 しまった、と思った時にはもう遅い。

 

 不用意だった。あまりにも不用意すぎる発言だ。これでは距離感を誤ったどころの話ではない。昨今聞くようになった逆セクハラに当たってしまう。

 

 しかも、忘れてくださいと口走ってしまったのも痛い。こっちはトレーナーさんに忘れられないためにアレコレやっているというのに

 

「はははっ、大丈夫、忘れるのは得意だから。任せてよ」

 

 気にしてないよ、と言わんばかりの軽い調子の一言。

 

 ――この人は、本当に覚えていないのか。それとも、覚えていて、覚えていない振りをしているのか。

 

 そんな疑念が過るが、結局いくら目を凝らしたところで目の前の表情は変わらず穏やかで、いつも通りで。

 

 それでも。流石に、少しだけ効いた。私の前で忘れるのが得意とか言わないで欲しい。軽くどころかしっかり目にトラウマになっているんですから。

 

 

 


 

 

 

「では、失礼します」

「ゆっくりしっかり休んでね」

「もちろんですよ、では」

 

 そう言ってジャーニーはトレーナー室を出て行った。こうしてたった一人トレーナー室に残された僕は、しばらく天井を仰ぎ見た後、ゆっくりと頭を抱える。

 

「もうG1かぁ……」

 

 初担当が二戦目で重賞、それもG1に出走。流石にプレッシャーが凄まじい。

 

 そもそも最初からジュニア級の大目標として設定されていた“朝日杯FS”。ジュニア級から出走できる数少ないG1レースだ。ここで結果を出せたのなら、ジャーニーは間違いなく一気に注目を浴びる。

 

「距離はメイクデビューと同じ……とはいえ、適性がなぁ……」

 

 1600m。ジャーニーにとっては、やはり短い。脚質的にも、本人の性質的にも。

 

 とはいえ――ジャーニーのポテンシャルなら、この朝日杯FSを獲ること自体は不可能じゃないだろう。優秀なトレーナーが付けば、の話ではあるが。

 

「果たして、僕は彼女の才能を活かしきれるかな……」

 

 今になって、改めて分かる先輩の凄さ。ライスシャワーちゃんのステイヤーとしての資質を、あの人は迷いなく伸ばし切った。

 

 なら僕は?

 

 ヒトよりも明らかに劣るこの頭で、ジャーニーの才能を正しく導けるのか。

 

 クラシック三冠路線を見据えた調整をしつつ、それでいてマイルG1を勝ちに行く仕上げなんてそんな器用なことが、僕に出来るのか。

 

「……でもなぁ……任せてくれって、言っちゃったしなぁ」

 

 ぽつりと漏らして、天井から視線を外す。

 

 いや、うじうじ考えている暇はない。なんせ、任せてくれと言ってしまったのだから。

 

 ――なら、やるしかないかぁ。

 

「とりあえず、先輩を頼るか……」

 

 確かライスシャワーちゃんも、早い段階でマイルを走った後にダービー路線へと繋げていたはずだ。その時の事を改めて聞きに行こう。

 

 ……使えるものは、全部使う。

 

 それが今の僕に出来る精一杯。当然、睡眠時間もまた削る。ジャーニーに怒られそうだけど、彼女にも無理をさせることになる気がするから僕も無理しなきゃならん。当然だね。

 

 ふへへ、徹夜地獄がこれから続くって考えたら楽しくなって来たぜ。やってやろうじゃねぇかよクソッタレ。




トレセン学園の秘密①:ドブラック
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