【仮題】ドリジャ男性観破壊RTA 作:花火師
「ああ……投稿は、何度目なんだ……?」
「当然ッ! 「初投稿」だッ! 祖先から受け継ぐこの文言! それが流儀ィ!!」
「はは、これじゃあ格好がつかないなぁ……」
意気込みだけは上々だったが、現実はそう甘くない。スーツの上に赤いちゃんちゃんこを羽織った、実績も大してない変人に指導を受けたいウマ娘など、そうそういるはずもない。
そもそも話を聞いてもらえないし、仮に聞いてもらえてもその後音信不通、あるいは当日キャンセル。かれこれ通算数十連敗。最初の頃こそ流石に堪えたが、今ではすっかり慣れてしまった。
「やっぱりこの服装がダメなんだろうか」
とはいえ、このちゃんちゃんこは気に入っている。できれば手放したくはない。まぁ、まだ春先だ。チャンスはいくらでもある。今年無理に見つけなくてもいい。時間だけは、いくらでもあるのだから。
……とはいえ。
「やよいちゃんに怒られるのは、ちょっとなぁ」
頭を掻きながら小さくため息をつく。流石にあの子に怒られるとバツが悪い。
やっぱり頑張らなきゃだな。
「はぁ……それじゃあ今日も模擬レースでも見に行くとしようか――ん?」
その時、不意に何かに“引かれた”。
理由は分からない。だが確かに、モノを覚えることに向かない自分の脳の中の何かが、自分の中のどこかが「そっちだ」と告げている気がした。
どうせ時間はある。それに、少し面白そうだ。
そんな軽い理由で、その導きに身を任せることにした。
目を閉じて歩く。どこへ辿り着くのか分からない感覚は、まさに「ちょっとした冒険だな」というやつだ。
小さく笑みが零れる。
数分後、足を止めて目を開けると、そこはトレセン学園の図書室だった。
「……ここは、図書室か」
1人で納得する。さっきまでの“導き”は、三女神様からの「少しは勉強しろ」という無言の圧だったのかもしれない。どうやら自分には知識が足りないらしい。
司書にでも声を掛けて、何か適当な本を見繕ってもらおうか。
そう思って周囲を見回した、その時。
小柄なウマ娘の姿が目に入った。
目測だが150センチも無いだろう。中等部の生徒だろうか。
「…………1番上、か」
どうやら高い位置にある本を取りたいらしい。背伸びをしているが、あと少し届かない。
なるほど、あれはどうやっても届かないやつだ。彼女は、脚立を用意してから本を取るべきだった。
が、これもまた三女神様の”お導き”という奴なのだろう。ちょうど良く近くには図書館というラベルが貼られた脚立がある。それを手に取り、気の向くままに足を進める。
「…………そこの、素敵なグラスコードの君」
「先ほどは、本当にありがとうございました。急ぎ必要な資料だったので、とても助かりました」
「いや、僕は脚立を渡しただけだよ」
「その優しさは、誰にでも持てるわけではありませんよ」
あの後、流れで資料運びを手伝い、こうして彼女――ドリームジャーニーにもてなされている。今日も担当は決まらなそうだな、などとぼんやり考えながら、差し出されたコーヒーを口に含む。
これは、随分と良い豆だな?
「それで、どこまで話しましたか……」
「君が遠征支援委員会で委員長をしている、というところまでかな」
「ああ、そうでしたね……それで、トレーナーさんは遠征支援委員会がどのようなものか、ご存知ですか?」
少しだけ考える。
「……それがあまり、無知で申し訳ない」
どう思い返しても、名前くらいしか知らない。そこから想像はできるが、それを“知っている”とは言わないだろう。
「いえ、こちらの広報不足もありますから。どういった委員会か、お話しても?」
「お願いできるかな」
小さく頷くと、彼女は柔らかく微笑んだ。
「ふふふ、はい。とはいえ名前の通り、遠征をサポートするための委員会です。レース場は日本各地だけではなく、世界中に数多く存在していますよね?」
「そうだね」
日本だけでも中央ならば中山、阪神、小倉、札幌。地方に目を向ければ、佐賀や浦和、盛岡――挙げればきりがない。
「そういったレース場へ向かうための交通や宿泊施設の手配から、レース前後の予定に合わせた旅程の提案、観光地などの休養に適したスポットの紹介まで……遠征にまつわるあらゆるサポートを、私たちが担っています」
語るその目には、確かな誇りが宿っていた。
「それはなんとも、素敵な活動だね」
「お褒め頂き光栄です」
形式的な返答ではあったが、その声にはわずかな照れが混じっている。
「いや、心からそう思ってるよ」
カップを揺らしながら、言葉を続ける。
「旅というのは、本来素晴らしいものであるべきだ。新しいものに出会って、何かを得て、何かを手放して――そうして人は進んでいく。その手助けをするっていうのは、とても価値のあることだと思う」
「…………ありがとうございます」
一瞬、言葉を失ったように間を置いてから、彼女は小さく視線を下げた。
「ですが、広報不足なのか……なかなか足を運んでくれる方は多くなくて」
悲しいが、よくある話だ。こういう整った仕組みほど、最初の1歩を踏み出すのに妙な勇気がいる。
「最初の1歩が重い、ってやつだね」
「ええ……必要だと分かっていても、個人でどうにかしようとする方も多くて」
「まぁ、分からなくもないかな」
軽く肩をすくめる。
「旅っていうのは、どこか“自分でやるもの”って感覚があるから。他人に任せるっていうのに、少し抵抗があるのかもしれない」
「……ですが、それで不利益を被ることもあるのです」
その言葉に、思わず目を細める。
「そうだね。だからこそ、君みたいな存在が必要なんだろう」
一拍置いて、続ける。
「“良い旅”にするための、導き手が」
「導き手、ですか」
空になったコーヒーカップをソーサーの上に置く。
「コーヒー美味しかったよ、ありがとう」
「……こちらこそ、色々とお手伝いいただき、励ましの言葉まで……ありがとうございます」
「もし担当が出来て、必要になったらここを頼ることにするよ」
「ええ、是非いらっしゃってください。なんでも、ご相談に乗りますから」
柔らかく微笑むその様子を一瞥して、踵を返す。
「それじゃあ、今日はこの辺で」
「はい。またいつでも」
扉に手を掛ける。
ふわりと。スモーキーで、どこか重厚な香りが鼻を掠めた。
思わず、足が止まる。
「……ああ」
重く、深く、どこかで燻り続けているような――
確かめるようにゆっくりと、振り返る。
そこには、先程と変わらず彼女がいるだけ。
「……なるほど、これは良い」
わずかに、口元が緩む。
理由は分からない。けれど、妙に納得している自分がいた。
――面白い。
ただ、それだけを思う。そして今度こそ、扉を開ける。
何かの始まりを予感させるあの香りは、僕の脳でもしばらくは覚えていられそうだ。
「なにが”何かの始まりを感じさせる”だ。今日も今日とてプー太郎じゃないか」
今日も今日とて当日キャンセルと言ったところか。やっぱり知識が足りないのか、それとも服がダメなのか、はたまた実績不足か……全部、ですかねぇ。
「はぁ、今日こそ図書館に行って勉強でもするべきかな」
さっ、切り替え切り替え。このくらいで折れちまうプライドなんてとっくの昔に捨てたもんでね。
ターフに背を向けて、さて校舎に入るかと――
「――おや、トレーナーさん昨日はありがとうございまし――どうか、なさったのですか?」
――思った所で、聞き覚えのある声が背後から聞こえた。
「……ああ、ドリームジャーニーさん、で合ってるかな?」
「はい、合っていますよ……それで、どうかなさったんですか?」
「あー……まぁ、暇だから少し学園内を歩いてたんだよ。担当も居ない暇人だからね、僕は」
わざわざ当日キャンセルの件は言う必要はないだろう。僕の落ち度だ、変にあの子の評判を落とすようなことを吹聴するのは気が引ける。
「なるほど……もし、よろしければなのですが、私のトレーニングを見ていただけませんか?」
「おっと、僕なんかで良ければ……とはいえ、君ならば引く手も数多だろう?」
良い鍛え方をしてるのは一目で解る。優秀な先輩方が彼女を放っておくとは、正直思えない。
「……いえ、私は見ての通り小柄だからか期待をかけてくれる方がおらず……担当が付いていないんです。そこで、トレーナーさんから意見を頂ければ励みになるかと」
「なるほど、お揃いって訳か。そりゃあ良いね、お願いするよ」
何より、こうして教えを乞われるのはトレーナー冥利に尽きるってモノだ。こういうのしたくて今更トレーナーになったんだもんな僕。あー……うん、底抜けに嬉しいね。
「はい。是非、忌憚なき意見を……よろしくおねがいしますね」
「おお……! これは、思っていた以上かもしれん……!」
脚を多く回すピッチ走法、それも小柄故の極端なまでの回転数。あれだけの回転数であれば、スタミナの消耗もさぞ激しかろう……が、彼女は平然としている。
努力もある。だが、それ以上に“作り”が違う。
内臓からして、常人とは別物だ。
「なんちゅー素質……」
これを見逃すトレーナーが、果たして中央にいるのか? いや、いるはずがない。ならばなぜ、彼女には担当が付かない。
僕に見せていないだけで、とんでもない気性難か。そもそもこの素質を披露する機会が無いか。あるいは実力を隠しているか。それとも――
「ふぅ……それで、トレーナーさんから見て、私の走りはどうでしたか?」
1周を終え、彼女が問う。
”期待をかけてくれる者がいない”と彼女は言っていた。そんな単純な話で済ませていいはずがない。
どうして彼女に担当が居ないのか、考えられる最後の理由。それは――
……いや、今はいいか。今はトレーナーとして頼まれた責務を果たすべき。
「正直、予想以上だったよ。小柄だからと君を見逃す理由が、心底分からないくらいだ」
「そうですか、ふふふ……ありがとうございます」
わずかに弾む声。
「……もしかして、ここまで独学で?」
「ええ……幸いにも、環境には恵まれていますから」
まさかとは思ったが独学で、既にこの域か。
原石、などという言葉では生温い。既に“磨かれ始めている”。
「それなら、名義貸しの手もあるんじゃないかい?」
トレーナー不足のトレセン学園の現状では、珍しくもない選択肢だ。形だけ契約し、実質は自己鍛錬で上を目指す。
彼女なら、それでも十分に戦えるだろう。
「そうですね。考えなかった訳ではありません」
やはり、既に検討済みか。
ならば――
「ですが」
一拍。
彼女は、こちらを真っ直ぐに見据えた。
「必要なのでしょう? “良い旅”にするための、導き手が」
「……ああ、なるほど」
思わず、笑みが漏れる。そういうことか。
このガキ、最初から、こちらに投げてやがった。
問いも、言葉も、この流れすらも。
目が合う。
意図も、覚悟も、もう十分に伝わっている。
「なら」
自然と、言葉が出た。
「”俺”をその旅の――君の旅の導き手にさせてくれないか」
間を置かず、彼女は答える。
「――ええ。私のようなウマ娘で良ければ」
その言葉に、迷いはなかった。にしても即答とは、彼女にまんまとハメられてしまったようだ。
嬉しそうに彼女の耳と尻尾が動く。まるでそうと決まれば早速契約書を書いてしまおうと言わんばかりに校舎に向かって歩き始める。
「では、そうと決まれば早速契約書を書きに行くとしましょう、大事な契約ですから」
あ、本当に言った。思わず苦笑が漏れる。
「随分と手際がいいね」
「こういうことは、勢いも大切ですから」
振り返りもせず、さらりと返してくる。その背中は小さい。だが、不思議と見失う気はしなかった。
「ああ、それと」
ふと足を緩め、彼女が振り返る。
「私のことは、ジャーニーとお呼びください。親しい人は皆そう呼びます。是非、トレーナーさんも」
……最近の女の子は、距離の詰め方が少し急すぎやしないだろうか。とはいえ、向こうの要望だ。断る理由もない。
「わかった。それじゃあ――よろしく、ジャーニー」
名前を呼ぶ。それだけのことが、不思議なもんで妙にしっくりくる。
「はい。よろしくお願いします、トレーナーさん」
彼女は、小さく微笑む。その表情を見て、ふと思う。
ああ、なるほど。今回のこれは、きっと悪くない旅になる。理由なんて、特にない。ただそう確信できる何かが、胸の奥に静かに残る。
こういう予感は、大抵当たる。少なくとも、自分の長い人生の中では外した記憶があまりない。
だからこそ、この出会いは、きっと大事にするべきものなのだろう。とりあえず、今日のことは多めに日記に記しておくとしよう。
忘れてしまわないように。いや、僕のこのバカな頭でも、今日の事はきっとそこまで忘れはしないのだろうが――それでも。
「それと、ずっと気になっていたのですが。その赤いちゃんちゃんこは、どうして着ているんですか?」
「これかい? いやぁ、5年前に着てから妙に気に入っちゃってね。愛用してるのさ」
「なるほど……お答えいただきありがとうございます」
納得したように頷くジャーニー。
担当が出来たとはいえ、結局担当からの目線だろうと俺の第一印象は、最後まで変人のままらしい。
さもありなん。
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