【仮題】ドリジャ男性観破壊RTA   作:花火師

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今回も短めです
ということは初投稿


第6話

「トレーナーさん……?」

「ん? あぁ、こんにちは、ジャーニー」

 

 放課後。仕事もひと段落して、さて少しゆっくり待つかとコロコロコミックを片手にホットミルクを啜っていた――その最中である。

 

 なぜか、圧をかけられていた。

 

 静かに、しかし確実に。逃げ場を塞ぐような視線。この子、最近こういうの隠さなくなってきたな、などと場違いな感想が浮かぶ。

 

 とはいえ、原因が分からない。

 

 彼女本人に何かしたか? いや、朝の様子を見る限りそれはない。むしろ上機嫌だったはずだ。

 

 妹さんに何かしてしまった? 論外。今日は一日トレーナー室に籠もっていた。

 

 となると……八つ当たり? いや、それも違う。少なくとも彼女は、好意を向けている相手にそれをぶつけるようなタイプではない。

 

 ――そもそも、僕がその“相手”に含まれているかは、さておき。

 

「……トレーナーさんは、私のトレーナーさんですよね?」

 

 静かに、確認するような声音。

 

「では、今日、誰か私以外のウマ娘をここに招き入れましたか……?」

「え、うん」

 

 ――あ、まずい。

 

 空気が、もう一段階重くなる。さっきまでの“圧”が前座だったみたいに、じわじわと締め付けてくる。

 

 なるほど、原因はそこか。

 

 頭の中で状況を整理する。ライスシャワーがここに来た、それをジャーニーが察知した。匂いか、あるいは誰かから聞いたか。いずれにせよ、“自分以外が踏み込んだ”と認識したのだろう。

 

 ……思春期の子が自分の部屋に勝手に入られて怒る、あれに近い。

 

 いや、ここ学校の一室なんだけどね? しかもどっちかと言えば僕の部屋なんだけどね?

 

「……まぁ、いいです」

 

 クスリ、と笑われる。

 

 その瞬間、嘘みたいに圧が引いた。

 

 ……ああ、このガキ。”俺”の焦る顔を見て遊んでやがったな? ったく、いい趣味してる。

 

「ふふふっ、本当に解りやすい人だ……ただ――」

 

 引いたはずの気配が、今度は別の形で寄ってくる。

 

 彼女は一歩、距離を詰めた。

 

「次からは、一言いただけると嬉しいですね。私、少しだけ……気になってしまうので」

 

 柔らかい声音。けれど、その奥にあるものは、さっきまでの圧と同じ温度を持っている。

 

 いや、だからここどちらかというと俺のテリトリー……まぁ、言わぬが花、か。

 

「……了解。気をつけるよ」

 

 苦笑しながら頷くと、彼女は満足そうに小さく頷いた。

 

「はい。それで良いのです」

 

 そう言って、ようやくいつもの距離に戻る。

 

 ……なんというか。

 

 怒られるよりよっぽど、性質が悪い。

 

「あ、そうそう。ライスシャワーちゃんに資料へ書き込みをしてもらったんだ。参考になると思うよ」

 

 相談に乗ったお礼に、と言って随分と丁寧に書き込んでくれた。あの子、ひょっとして本でも書いてるんじゃないかと思うくらい、文章が上手い。

 

「あぁ、なるほど。お越しになったのはライスシャワーさんでしたか。でしたら、そう仰っていただければ」

 

 僅かに目を細めて、彼女は微笑む。その表情、状況によっては怖いだろうなぁ。

 

「……まぁ、来た理由がちょっとね、プライバシーだったから」

 

 言える訳がない。生徒とトレーナー間の恋愛相談に乗っていた、なんて。

 

 

 


 

 

 

「おや、誰かと間違えちゃったのかな、素敵なグラスコードのお嬢さん」

「え――」

 

 勇気を出して声をかけた。決して、間違いなんかじゃない。

 

 落ち着く、甘いミルクのような香り。あの日と少し違う服装でも、すぐに分かった。あの時、優しい人だと感じた彼だと。

 

 けれど。彼の表情を見た瞬間、理解してしまう。

 

 本当に、覚えていないのだと。

 

 前と同じように、見やすい場所を空けてくれる。前と同じように、柔らかく笑う。その仕草も、言葉も、何一つ変わっていないのに――そこに“私”はいない。

 

 やがて彼が口を開く。前と同じ調子で、前と同じ空気で。だから私も、同じように返す。まるで、最初から決まっていたかのように。

 

 焼き増しのような時間。

 

 それでも、不思議と嫌ではなかった。

 

「――僕はね、モノを覚えるのが苦手なんだ。病気というか、先天的な特性でね」

 

 思わず、彼の顔を見る。

 

 その目は、初めて出会った時と同じだった。あのレースで、“何か”を見ていた時の目。

 

「余程努力しなきゃ、昨日のことだって忘れてしまう――多分、お嬢ちゃんの事も」

 

 ――現に、忘れられている。

 

 胸の奥が、ほんの少しだけ軋む。

 

「だけどな」

 

 彼は、ふっと笑った。

 

「あの娘……ステイゴールドちゃんは、たった一目しか見てないってのに、“俺”の脳に焼き付いた」

 

 迷いのない声音。

 

「だから、好きなんだよ」

 

 ――ああ。

 

 その言葉に、なぜか納得してしまった。

 

 この人はきっと、“全部を覚える”ことはできない。

 

 でも、その代わりに。

 

 忘れられないものだけを、誰よりも強く抱え続ける人なのだ。

 

 彼に、覚えられたいと思った。この人の心に私を刻み込めたのなら、どんなに素敵だろうかと。誰よりも強く、誰よりも私の旅路を覚えてくれる人になるのではないかと。

 

「――なら」

 

 そんな熱に浮かされた私は、あの時、私は何と言ったのだったか。

 

 確か、少しだけ背伸びをして。子供らしくないことを、精一杯の真面目さで――

 

「――████████████████」

 

 そんなふうに、言った気がする。

 

 

 

「だというのに、貴方という人は……」

 

 真面目な顔で資料を睨む彼。初めて会った時より幾分か若くなった気もするし、老いたような気もする。幼かった私のことなど、本当に欠片も覚えていないのだろう。

 

 それでも。

 

 あの時、焼き付いた光を語った時と同じ目で、今は私の“旅”を見ようとしている。

 

「……本当に、困った人ですね」

 

 呆れたように、けれどどこか楽しげに息を吐く。忘れられることなど、最初から分かっていたはずだ。

 

 それでも尚、彼を選んだのは――

 

 忘れないものだけを、あまりにも真っ直ぐに抱え続けるその在り方を、そしてその優しさを信じたから。

 

「ならば、もう一度刻み込みましょう」

 

 小さく、誰にも聞こえないように呟く。

 

 今度こそ、忘れられないように。

 

 この人の中に、“私の”――いえ、”私との旅”を。




御旅屋トレーナーの秘密③:当 然 ク ソ ボ ケ 。
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