【仮題】ドリジャ男性観破壊RTA   作:花火師

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ステイゴールド引けました
脳焼かれました

初投稿でーす


第8話

「――そろそろ時間、ですね」

「そうだね」

 

 レース場の控室。着替えを終えたジャーニーの声に時計を見れば、確かにもう間もなく彼女のデビュー戦が始まる。

 

 思えば――僕にとっては一瞬の数ヶ月だった。

 

 覚えていることは、正直ほとんど無い。それでも、不思議とどれも満ち足りていると分かる。

 

 ジャーニーとの“旅”のためにと買ったノートは、もう一冊埋まりかけている。毎朝それを見返すたびに、確かに積み重ねてきた時間があるのだと実感できた。

 

 ウマ娘にとって本番は、ここからの3年間。

 

 その前段階に過ぎない数ヶ月で、これだけの充足を得られたのなら――きっとこの先は、もっと面白くなる。

 

「おや、随分と楽しそうな顔をしていますね」

「やっぱり分かる?」

「トレーナーさんは、随分と顔に出ますから」

 

 それは……否定できないな。

 

「ま、顔に出るのは僕の美点だからさ。それはそれとして――良かったよ、緊張してないみたいだ」

「えぇ。おかげさまで、とても良い状態で今日を迎えられましたから」

 

 心の底から自信に満ちた目。

 

「貴方は、自信を持って私を送り出すだけで良い」

 

 そう言って、ジャーニーが僕の腕を取る。

 

 その指先に、ほんのわずかな震え。

 

 ――ああ。

 

 緊張してるのは、僕の方か。

 

「はははっ……大人だってのに、情けないな」

「そんなことはありませんよ。当然のことかと」

 

 くすりと、ジャーニーが笑う。

 

「そうかよ」

 

 ……このガキ、”俺”が狼狽えてる時に限って妙に元気になるな。

 

「んじゃ、まぁ。どうせお前が勝つんだろうし――”俺”から言うことは一つだ」

「――なんでしょうか」

 

 一歩、踏み込むようにして告げる。

 

()()記憶に残る勝利をして来い」

 

 それこそ、この空っぽの頭でも、消えずに残るくらいのやつを。

 

「…………分かりました」

 

 ほんの一拍。

 

「必ずや、()()()記憶に残る――最高の“旅路の始まり”を」

 

 その声は、静かだった。

 

 けれど、さっきまでの余裕の笑みは消えている。代わりにあるのは何かを成すと決めた者の顔。

 

 ……いや、ちょっと待て。

 

 ただ“皆の記憶に残るレースをして来い”って言っただけなんだけどな? アスリートにかける言葉としては割と普通の事じゃないか?

 

 なんでそんな、覚悟決まった顔してるんだこいつ。

 

「さて、そろそろパドックに行きますか」

 

 

 

 パドックに立つジャーニーは、相変わらず落ち着いていた。

 

 ……こっちはというと、緊張を自覚した瞬間からずっと手が震えているというのに。最近の子は肝が据わってるなぁ――

 

 いや、違うな。

 

 周囲を見回せば、他の子たちは普通に緊張している。つまり、すごいのはジャーニーの方だったって訳だ。

 

「――それで、あの子がステイゴールドに憧れてるって言う?」

「そうそう、ドリームジャーニー。いやぁ、数カ月前の取材記事から思ってたけど、やっぱり小柄だな」

「あれでレースって、大丈夫なのか?」

「小柄だからって侮るなよ……とはいえ、心配になるのは分かるけどな」

 

 聞こえてくる観客の声は、概ね好意的。

 

 数カ月前の記事の内容なんて、そもそも取材があった事すら一切覚えていないけど、少なくとも悪い方向には転がっていないらしい。よくやった、過去の僕。

 

 担当するからには勝ってほしいし。できれば、ステイゴールドみたいに皆に愛される存在になってほしい。

 

 それにファン投票で出走が決まるレースもあるからな。こうして名前を覚えてくれる人間が一人でも多いに越したことはないだろう。

 

「……ドリームジャーニーが居るってことは、あの子のトレーナーも居るのか!?」

「うお、どうした急に」

「お前知らないのかよ! いやマジで一回あの記事見ろって! 貸すから!!」

 

 ……よし。

 

 一旦、ちゃんちゃんこは脱いでおこう。

 

 急に過去の僕に文句を言いたくなって来たぞ~マジで何をやらかした過去の僕。どうしよ、何にも覚えてない。

 

「……まぁいいか。落ちこんだ気分は、ジャーニーの勝利で上書きすればいい」

 

 軽く肩を回して、気持ちを切り替える。

 

 パドックのジャーニーを数枚撮影。続けて、レースの撮影の準備。

 

 こういうのも、覚え直しておいて正解だったな。ライスシャワーちゃんの動画とか先輩に言われて撮ってたはずなのにやり方微妙に忘れてた。うーん、やっぱり僕の頭は空っぽ。

 

 ――その時だった。

 

 ふと、鼻をかすめる匂い。

 

 懐かしい。いや、“覚えている”と断言できる数少ないものの一つ。

 

「……なるほど」

 

 思わず、笑みが漏れる。

 

 本人か、それとも一門の誰かか……まぁ、どっちだって良い。どっちにしたって今回のレース、ただのデビュー戦じゃ済まなさそうだ。

 

 さて、と。ここからは真面目な話だ。

 

 今回の出走メンバー。ラップタイムや過去のデータを並べて見れば、ジャーニーが頭一つ抜けている――とは、残念ながら言えない。

 

 むしろ、明確に上が2人。これはスピードよりもスタミナを重視したトレーニングをしてきた以上、織り込み済みだ。

 

 とはいえ、純粋な速さだけで見れば3番手。つまり順当にいけば3着になってしまう――というのは、机上の空論だ。

 

 レースってのは単純な数字の足し算じゃない。

 

 位置取り、展開、駆け引き。互いが互いに影響を与え合う、集団競技。

 

「――だからこそだ」

 

 視線の先、パドックに立つ一際小さな背中。

 

「ジャーニーのあの脚質は、ハマれば一気にひっくり返せる」

 

 追い込み。

 

 終盤、一気に後方から差し切る脚。スタミナも、パワーも、そして当然スピードも要求される厄介な脚質だ。

 

 だがその代わりに――

 

 レース全体を見てから動ける。今回の鍵はそこだ。

 

 仕掛けのタイミングを外せば、そのまま沈む。だが、噛み合えば上位2人ごと全員飲み込める。

 

 つまり、このレースはジャーニーがいつ動くかで決まる。

 

 まぁ、そこまで過剰に心配する必要はない気もするんだけどね。

 

 なんせあれだけの舞台で、あれだけ落ち着いている。この状況ならそれだけで、十分すぎる武器になる。

 

 枠は3枠。9人立てなら、位置は悪くない。

 

 ただし距離はマイル。本来の適性より短い分、展開1つで振り落とされる可能性もある。

 

「お――」

 

 楽観出来るほどは、甘くない。そう思った、その時だった。

 

 ふと、ジャーニーと目が合う。

 

「クハッ――良いねぇ、やる気満々だ」

 

 思わず、口元が緩んだ。

 

 ……結局のところ。あの顔を見せられたら不安なんて、綺麗サッパリ吹き飛んでしまった。

 

 

 

『――2番人気の3番3枠ドリームジャーニー、ゲートインです』

『全くと言って良いほど緊張が見られませんね。初出走とは思えない程の貫禄があります』

『そうですね、初レースと言えば後に重賞を取るウマ娘でも緊張が見られるものですが……これは楽しみです。続いて5番人気の4番4枠――』

 

 ファンファーレが鳴り、ゲートへとウマ娘達が入る。この期に及んでジャーニーだけ緊張してないのやっぱりすごいと思うんだ。僕なんてもうガクブルよガクブル。

 

 観客たちの歓声も徐々に小さくなって行く。嵐の前の静けさを思わせるこの雰囲気、嫌いじゃない。

 

『ゲートイン完了、出走の準備が整いました』

 

 おっと、念のため撮影出来てるかの確認……よし、ちゃんと動画撮影出来てるな!

 

「まずはしっかりとスタート出来るか……」

 

 観客席はすっかり静寂に満ちている。誰もがスタートの瞬間を息を呑み、待っている。

 

 そうして数秒が経ち――バタン、という独特の音と共にゲートが開いた。

 

『スタート、ゲートが開きました。各ウマ娘、良好なスタートです』

「よし」

 

 トレーニング通りの良好なスタート。位置取りもしっかりと出来て――最後方に着いたか。

 

 見た感じ逃げが1に先行が3、差しが4で追い込みがジャーニー1人ってところだろうか? こりゃキツいかもしれん。

 

 終盤、人数が多く団子になりやすい先行と差しの間を上手い事抜けれなければ、前塞がれてそんまま沈む事になる。

 

 残念なことに、今のジャーニーには前を塞がれた際、それをものともしないパワーは備わっていない。故に重要なのはタイミング……結局のところ、やはりジャーニーが如何に良いタイミングで仕掛けるかが重要な訳だ。

 

 レース直前に考えていたよりもそれが難しいってだけで。

 

『ハナに立ったのは5番ミニナーシサス、1バ身程離れて4番ブロンズシュシュ外から2番ベータキュビズム、そこから程なく9番トゥトゥヌイが追走。3バ身程離れて6番ワクワクリボンと7番ランツクネスト、1バ身離れて1番アクアオアシス、8番プライムシーズンはさらにその後ろ、並ぶようにして3番ドリームジャーニー』

『先頭から後方まで、そんなに間が空いていませんね』

 

 好都合だ、間延びした展開では最後に抜き切れるか不安が残る。見たところ囲まれる様子もない。

 

 間もなく夏が訪れる東京レース場。感じる熱は、太陽から降り注ぐソレだけでは無いだろう。レース場を走る9人のウマ娘、彼女達へと惜しみの無い声援が送られている。

 

『大ケヤキを抜け第4コーナーへ! 並びは変わらず先頭にミ5番ミニナーシサス――4番ブロンズシュシュと2番ベータキュビズムが追う! 9番トゥトゥヌイが上がって来た!』

 

 レースの展開が早い――あぁ、そうか。今まで見たレースがほぼ長距離、あっても中距離だから感覚が違っていた。このレースはマイルだ、もう終盤に差し掛かっている。

 

「頑張れ……!」

 

 無意識に拳を握っていた。

 

 そして――来る。

 

『後方! 最後方からドリームジャーニーが動いた!!』

 

 外へ。

 

 他が膨らまないようにとペースを落とす者も居る中、多少膨らもうが構わないと言わんばかりに、強引にラインを取る。

 

 あれでいい。内で詰まるくらいなら、外をぶち抜け。

 

 数カ月間、それだけを考えて鍛え続けたスタミナで押し切れ。

 

『最終直線! 先頭はミニナーシサス! しかし後ろと差はない! 外からはドリームジャーニー!!』

 

 ジャーニーよりも速かった2人は――沈んだか。

 

 あるいは、仕掛けるのが遅れたか。どちらにせよ、もう間に合わない。

 

『残り200! ドリームジャーニー迫る! ブロンズシュシュも伸びる!』

 

 ジャーニーの射程には既に捉えている。

 

 心臓が高鳴る。

 

 あと少し、もう少し。

 

 全身を血潮が巡るのが解る。

 

 もう少しだけで良いから、前に出てくれ――!

 

「――ッ!」

 

 その時だった。

 

 ――チリ、と。

 

 脳の奥が、焼けるような感覚。

 

「ははっ……」

 

 見えた。

 

 ジャーニーと重なる様に、まるで引かれたような真っ直ぐ一本の、黄金の線。

 

 迷いのない軌道。

 

 勝利へと続く、一本の道。

 

 気付けば立ち上がっていた。

 

「行け!! ジャーニー!!」

 

 聞こえるはずもないのに、大声で叫ぶ。

 

『捉えた! ドリームジャーニー差し切る! 脚色衰えない!』

 

 最後の最後に、再加速。

 

『そのまま――ゴールイン!!』

「――よくやった!!」

 

 ――勝った。

 

 ジャーニーが。ドリームジャーニーが。

 

 俺の担当が、勝った。

 

『1着は3番ドリームジャーニー! 2着は4番ブロンズシュシュ、3着は5番ミニナーシサス!』

 

 遅れて、どっと歓声が押し寄せる。

 

 ……それを聞いた瞬間、力が抜けた。

 

 黄金の 旅路を告げる 一閃に 名もなき夢が 名を持ち始む――俺にしては良い出来だと思う。それはそれとして下手くそだな、もう詠まない。

 

 にしてもまぁ、こっちはただ観客席で叫んでただけだってのに、全身がやけに重い。

 

 メイクデビューでこれだ。今後、重賞なんて出ようものなら――そのうちレース中に倒れるかもしれない。

 

 苦笑が漏れる。

 

 ふと、掲示板に目をやる。

 

 ――着差、3/4バ身。

 

 ギリギリだ。

 

 本当に、紙一重。ほんの僅か、何かがズレていれば届かなかったかもしれない。

 

 だからこそ――

 

「……よく、差し切ったな」

 

 小さく、呟く。

 

 視線をターフへと戻す。

 

 トップスピードから徐々に減速し、軽やかな小走りへ。勝者としての余韻を纏いながら、ジャーニーが観客席へと手を振っている。

 

 歓声に応えるその姿は、さっきまでレースをしていたとは思えないほど落ち着いていて――

 

「……やっぱり、大した”ガキ”だ」

 

 その時だった。

 

 ふと。ジャーニーの視線が、こちらへ向く。

 

 ――目が、合った。

 

 

 


 

 

 

「――予想以上に、ギリギリだった」

 

 大きく息を吸い込み、肺の奥まで酸素を行き渡らせる。熱を帯びた体に、ようやく余裕が戻ってきた。

 

 初めての本番のレース、得られたものはかなり大きい。走り終えた後の、肌を撫でる風。その中でじわりと広がる達成感。

 

 ――アネゴがレースの後、ああして笑っていた理由。その一端に、ようやく触れられた気がする。

 

「ドリームジャーニー、すごかったな……」

「うん、最後の末脚、ヤバいだろあれ」

「俺、これから応援しようかな」

「俺も応援するわ、これからが楽しみすぎる」

 

 観客席から届く声。

 

 自然と、ほんの少しだけ口元が緩む。

 

 ……悪くない。ならば応えよう。

 

 視線を巡らせ、一人一人に向けるように手を振る。応援は様々な形で力になる――ならば、それを得る努力を惜しむ理由はない。

 

 言い方は悪いが、媚を売っておいて損はないのだから。

 

 そうして一通り観客席を見渡した、その時。

 

 ――見つけた。

 

 トレーナーさん。

 

 いつの間にか、あの赤いちゃんちゃんこは脱いでいる。スーツだけの、珍しい姿。

 

 それだけでも十分に珍しいというのに、柵から身を乗り出し、こちらへ手を伸ばすようにして手を振るその姿は、なおさらだった。

 

 そして。

 

 ――笑っていた。

 

 その瞳には、確かに“私”が映っている。それだけは、疑いようがない。

 

 だというのに、その笑顔はあの時のアネゴのレースを見ていた時と、同じ輝きを宿していた。

 

 強く、焼き付くような光。

 

 ――ああ。

 

「私は、勝った、のか」

 

 その瞬間、ようやく実感が降りてくる。

 

 私は、勝った。

 

 そして――

 

 彼の中に、ほんの少しでも刻み込めたのだと。胸の奥が、静かに満ちていく。

 

 ここでようやく。私は一歩、アネゴに近づけたのだと、そう思えた。

 

 

 

「おかえり、ジャーニー」

 

 地下通路に足を踏み入れると、すぐに声がかかった。

 

 ……待っていたのか。

 

「ただいま戻りました……ふふっ」

 

 思わず、笑みが零れる。

 

 さっきまで脱いでいたはずの赤いちゃんちゃんこ。それをしれっと着直しているその姿が、あまりにもいつも通りで。

 

「良い走りだったよ。本当にお疲れ様」

「ありがとうございます。私も、多くのものを得られました」

 

 満足だった。彼と共に得た、初勝利。何度やり直したとしても、これ以上は望めない。そう断言できるほどに。

 

「ははっ、満足そうだね。良かっ――」

 

 言葉が、途中で止まる。

 

「どうかしました――あぁ、先日の――」

 

 トレーナーさんが、わずかに表情を引き締めて振り向いた。

 

 彼の向くその先。カメラとボイスレコーダーを手にした、見覚えのある人物。

 

「ドリームジャーニーさん! デビュー戦お疲れさまでした!」

 

 ……熱心なことだ。その熱が、どこへ向いているのかはさておき。

 

 アネゴ本人ではなく、その“話題性”へ。そう見えるからこそ――なおさらだ。

 

 それにしても、よくもまぁ、こうして顔を出せたものだ。

 

「いやはや、本日もステイゴールドさんを彷彿とさせる素晴らしい走りでした! ぜひ今後の意気込みを――」

 

「……あー」

 

 トレーナーさんが口を開く。露骨に不機嫌な顔。思い出したのだろうか?

 

 ――ああ、なるほど。

 

 これは“思い出した”のではない。単純に、気に食わない顔だ。

 

「――トレーナーさん」

 

 短く、呼ぶ。

 

 遮る分にはそれだけで、十分だった。彼をこれ以上喋らせるべきではない。言いたいことが、顔に出過ぎている。

 

 さて。軽く息を整え、切り替える。

 

「…………改めてとなりますが」

 

 視線をまっすぐ記者へ。

 

「私は、ステイゴールドに憧れを抱く者。いわば彼女のフォロワーとして、今後もトゥインクル・シリーズを駆けていくつもりです」

「おお……! やはり――」

「ですが」

 

 被せる。

 

 一拍、間を置いて。

 

「その上で。ドリームジャーニーとして、更なる高みを目指していきます」

 

 静かに、しかし確実に。

 

「どうか、ご期待ください」

「……ッ!」

 

 空気が、わずかに張り詰める。

 

 ――これでいい。

 

 トレーナーさんは忘れているようだが――この記者には、これくらいの圧をかけておくべきだ。

 

 あの記事は、彼にも確かに影響を残しているのだから。

 

「あ、ありがとうございます! ドリームジャーニーさんの今後のご活躍、期待しております!」

 

 記者はどこか気圧された様子で、足早に去っていく。

 

 足音が遠ざかる。

 

 十秒ほどして、その背中が完全に見えなくなった頃。

 

 隣で、ようやくトレーナーさんが口を開いた。

 

「……なぁ、ジャーニー。すまんが”俺”、アイツ嫌いだわ」

「はぁ……でしょうね」

 

 小さく、ため息をひとつ。

 

 ――やはり、遮って正解だった。

 

 素直なのは彼の美点だ。けれど、その素直さは使いどころを誤れば、ただの隙になる。

 

 よく止めた、と内心で自分を評価する。

 

 ……さて、少々無駄な時間を食ってしまった。

 

「この後は……もうしばらくしたらライブですね」

「そうだね、体の調子は大丈夫そう?」

 

 心配そうに私の全身を見ながら言う。

 

「ええ、大丈夫ですよ。今からだって踊れます」

 

 最後、全力を出したとはいえ痛みも違和感もない。息も整った。踊れと言われれば今からでも1曲くらいは十分歌って踊れる。

 

「良かった良かった。それじゃあライブの控室まで送るよ――そうだ、終わった後昼食とか一緒にどう? 奢るよ」

「行きます」

 

 ――即答した。

 

 自分でも少し驚くくらい、間髪入れずに。

 

 ……まずい。ほんの一瞬遅れて、理性が追いつく。

 

 流石に返事が早すぎる。これでは食い気が出過ぎだと思われる。もう少しこう、間を置くべきだったのではないか。あるいは一度遠慮してから――

 

 

 

「ライブ、良かったよ」

「ありがとうございます……それはそれとして、あのオタ芸は誰から習ったんです?」

「誰って……確かトレセンでウマ娘の誰かから、かな」

 

 最前列の真正面。

 

 視界のど真ん中で、意味の分からない挙動。キレだけは無駄に良い動きで光り輝くサイリウム。

 

 歌もダンスも、一切崩さなかった自分は褒められていいと思う。




御旅屋トレーナーの秘密④:運動神経は良い方らしい。
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