作:よく

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ウトガルド城2

 なにか、物音がした。

 いつのまにか寝ていたようだ。

 とろとろとした微睡から、ふっと目が覚めた。

 

 夜闇の中、人影が広間から出ていくのが、ぼやけて見える。何度か瞬きして、それがライナーだということに気づいた。

 

 そういえば、原作でもこんな展開があった。

 これからライナーは、ユミルが余計なことを言わないように、釘を刺しに行くのだろう。

 私はぼんやりと、その後ろ姿を眺めた。

 

――明日が来ればライナーは敵になる。

 

 どれほど生き延びようが、ウォール・マリア最終奪還作戦で、私は死ぬ。

 もうライナーと会うことも、ないのだ。

 

 惜しいな、と思った。無性にこの瞬間が貴重なように思えた。それを自覚した途端、切なさが胸を刺す。

 

 私は、考えるよりも先に立ち上がって、しまった。

 

 その勢いのまま、寝ているみんなを起こさないように、そっと広間を出て、螺旋階段を上る。そこには夜明け前の濃藍の闇が、どっぷりと広がっていた。

 

 なにも話すことはない。どうせ敵になる。そもそもライナーは仇敵で、私たちは友人同士ですらない。せいぜいが時折、ぽつぽつと言葉を交わす。たった、それだけの関係だった。

 

 そう思って何度か、足を止めた。

 

 だが、引き返そうとする度に、これが最期になる、と思うとライナーの方へ一歩一歩、進まざるを得なかった。

 

 やがて薄闇にライナーの後ろ姿が見えた。

 やはり、足がぴたりと止まる。でも、悔いは残したくない。

 私は躊躇いながらも進んだ。

 

 石でできた階段は音を立てないように気を付けても、こつこつと足音が鳴る。それで気づいたのか、ほどなくライナーが歩みを止めた。

 私も足を止める。

 

「……ライナー」

 

 ライナーがゆっくりと振り向くのがシルエットだけで分かった。

 

「……ミノリか」

 

 静かな声だった。

 光源となるのは、高い位置にある窓からこぼれる薄ぼんやりとした月明かりだけで、ライナーの表情は分からない。

 階段をさらに上る。

 そうして、手を伸ばせば彼の体に手が届くだろう距離まで近づいて、ようやくライナーの顔が薄っすらと見えるようになった。

 

「悪いな、起こしちまったか?」

 

 私は首を振った。

 

「ううん、気にしないで」

 

 しばらくの間、どちらも口を開かなかった。

 

「……なにかあったのか?」

 

 なにか、ライナーに伝えたかった。でも、なんと言葉にしたらいいのか分からない。

 私は曖昧に微笑んだ。

 

「話、が、……ある。……いい?」

 

 言葉を選びながら言う。

 

「構わねえが、……どうしたんだ?」

 

 私はなんともなしに髪をいじった。

 ライナーは私から帰る場所を奪った元凶だ。ウォール・マリアを破壊し、大勢を――私を庇護してくれた人をも――殺した。

 

 だが、それと同じか、或いはそれ以上に私は罪深い。

 同期も、仲間も見捨て、いずれ全人類の八割をも見殺す。

 ライナーを糾弾する資格なんて、ない。

 

 なによりも、彼に抱いているのは憎悪だけではなかった。

 

 結局のところ、絆されていたのだ。

 

「……。あなたに……、情けを、かけられることは……いやだった」

 

 私は長い沈黙をやわやわと破った。

 

 ライナーは目を見開く。

 

「……。そう、だったのか」

「うん。……でも」

 

 言葉を切り、深く息を吸った。

 

「ライナー。私を……何度も助けてくれたり、話しかけてくれたり……してくれた、よね」

 

――どうせ、死ぬのだ。

 

 だから、()が生きていたことを、誰か一人でも覚えていてほしかった。

 

「……ありがとう」

 

 どうか、私が心の柔い所に刺さったまま、抜けないでいたら、いい。

 そんな打算を込めて毒を吐く。

 

「あのとき、慰めてくれて、……寄り添ってくれて、ありがとう」

 

 でも、言ってから気づいた。

 これは本心でもあった。

 

 虚ろな瞳と死臭を思い出すとき、同時にライナーの手が私の背を撫でたことを思い出せる。

 私を地獄に突き落としたのがライナーでもあったのだとしたら、手を差し伸べてくれたのもライナーだった。

 

 ライナーはわずかに目を見開いた。彼の黄土色の瞳には、なにか、明るい色が宿った。

 

「俺は当然のことをやったまでだ。だが、なんでまたいきなり――」

 

 ライナーがなにかを言いかけた。

 私は背伸びをして腕を伸ばし、束の間、彼の唇の前に人差し指を立てた。ライナーは目を白黒させて、口を噤む。

 

「聞いて、……ね」

 

 私が腕を下ろすと、ライナーは口ごもりながら「あ、ああ」と言う。それから彼は私を測るかのように、じっと見下ろした。

 私はその視線に気づかないふりをして、思うがままに言葉を重ねる。

 

「……あなたなら、()()()故郷に帰れる、から」

 

 言ってから、なにかに突き動かされるように階段を一段上った。

 

 ライナーはこの先もずっと生きるのだ。苦しみながら、それでも――。

 

 憐みのような、切ないような、苛立たしいような。そんな形容し難い感情が、いきなりこみあげてきて、ふいに目の前が滲んだ。

 私はうつむいて何度も瞬きをしてから、ライナーの顔を見上げ、ぎこちなく笑みを浮かべた。

 

「……諦めないで」

 

 沈黙が落ちる。どこからか、吹き抜ける風の反響する音だけが響いた。

 ライナーはわずかに眉を寄せていた。その硬い表情から感情をうかがい知ることは難しい。

 やがて彼は重く口を開いた。

 

「なぜ、そんなことを急に言ったんだ」

 

 私は微笑む。

 

「最期、だから、ね」

 

 ライナーは顔を歪めたあとに、ぐっと歯を食いしばった。

 

「まだ壁が破られたと決まったわけじゃない」

「――え?」

 

 そう呟いてから、今はまだ差し迫った脅威が見えている状況でないことに思い至る。あくまで可能性にとどまっている。

 襤褸を出してしまった。だが、どうせ、すぐに敵になるのだ。

 怪しまれはしないだろう。

 

「お前も故郷に帰りたいと言っていたよな。諦めるには早すぎるだろ!」

 

 算段を立てる私をよそにライナーは私を励ました。必死だった。

 

 こんな状況になったのは、マーレの戦士のせいなのに。ここを生き延びたとしても、ライナー・ブラウンが頼りにしている戦士長によって命を落とすというのに。

 思わず吹き出した。

 ライナーは呆気にとられたように私を見る。それすらもおかしくて、涙が滲むまで笑った。

 

「おい……」

 

 ライナーは不服そうに顔を歪めた。

 

「なんで、笑うんだ」

「ごめ……ふ、くく……つぼに、はいっちゃった……」

 

 私は笑いの波が引くまで、声を押し殺して笑った。

 

「ふふ……おかし……」

 

 私は「はあ」と息をはいた。

 

「ごめん、ライナー、笑っちゃって」

 

 ライナーもため息をつき、自らの頭を掻いた。

 

「なんなんだ一体……」

 

 私は目尻に浮かんだ涙の粒をぬぐってから、もう一度「ごめん」と言った。

 

 ライナーは困惑と呆れとが入り混じっていた顔を真剣なものにした。

 

「ミノリ」

「ん?」

「お前は、お前だって故郷に絶対に帰れる。……俺たちならできる」

「……。へえ……」

 

 束の間、ある種の()がずれる。だが以前のように激情は燃え上がらない。ただ、眼前に立つ、己すら偽らなければ心を守れない十代の少年が、憐れだった。

 

「だから、お前も諦めないでくれ」

 

 その余裕が剥ぎ取られる。

 

「――」

 

 息を呑んだ。

 

「それ、は……」

 

 回答時間を引き延ばすかのようにそう言って、それでも、二の句が継げない。

 

「ミノリ。死にたく、ねえんだろ」

 

 無理だ。

 

 私は、死ぬのだ。それに諦念を抱かないことは、不可能に近い。

 

「……ん」

 

 誤魔化すように顔を伏せる。

 

 不必要で無意味な嘘はつきたくなかった。確約できない約束は好きではなかった。

 

「分かった、から……」

 

 玉虫色の言葉を吐き出す。

 

 数秒の沈黙が落ちる。

 常ならば気にならないそれが気まずくて、私は顔を上げた。

 ライナーは唇を引き結んでいる。その苦いものが滲んだ表情は次の言葉を探しているようだった。

 

「……ね、なにしてたの?」

 

 私は流れを変えるように言った。ライナーは少し眉根を寄せてから、ふっと息をはく。

 

「……ああ、なにか使えるもんはないか、探してた」

 

 いつも通りに近い声音だった。

 

「そうなんだ」

 

 目が冴えている。

 どうせすぐに巨人が襲来して屋上に行く羽目になる。わざわざ一階の広間に戻る必要はないだろう。

 

 それに、目を逸らすことは、許されない。

 

「手伝う、よ」

「休んでた方がいいんじゃねえか?」

「大丈夫だよ」

「だが」

「……目、冴えちゃったから」

 

 ライナーは少し間をおいて「……そうか」と言った。

 

「なにかいいもんでも見つかるかもしれんからな。一人でも多いほうが、助かる」

 

 私はライナーの後を付いて古塔を進んだ。やがて、わずかに空いた隙間から灯りの漏れる扉の前に着いた。

 

「俺たちと同じことを考えているやつが、いるみてえだな」

 

 きっと、嘘だ。

 

 ライナーは偶然来たのではない、ユミルを追ってきたのだ。

 だが、私もそう思ったことを、おくびにも出さず「そうだね」と、言った。

 

 ライナーはその部屋に足を踏み入れる。彼の背中越しに、ユミルが木箱に手を突っ込んでいるのが見える。

 その姿を見て、足が止まった。だが目を逸らすわけにはいかない。

 

「ユミル……なにしてんだ?」

 

 ユミルがちらりとライナーを見た。

 

「なんだよ、ライナー……夜這いか?」

 

 ユミルはいつものように悪趣味な冗談を口にした。

 

 顎の巨人はポルコ・ガリアードに、そして、ファルコ・グライスに継承しなければならない。そのためにユミルを見捨てる。必要な犠牲だと信じている。

 彼女の冗談を聞くのもこれが最期になるのかもしれない。

 

「驚いたな……女の方に興味があるようには見えなかったんだが……」

「あぁ……お前も、男の方に興味があるようには見えんな」

 

 二人の会話は膜一枚隔てた遠くから聞こえるようだった。

 ユミルはライナーの陰にいた私に気づいたのか、視線が合った。私は気づかぬうちに少しばかり伏していた顔を上げる。

 ユミルの表情が僅かに強張る。一拍置いて、彼女は意地悪そうな笑みを浮かべた。

 

「――いや、撤回するよ。次席サマは男だけじゃなくて……ドベのミノリにもご執心だったな。

 それにしたって、女を連れて、お誘いか? お盛んだな」

 

 ライナーは一瞬、言葉に詰まったあとに、ちらりと私の方を振り返った。そして「お前な……」とユミルに向かって呆れながら言った。

 

 わざとらしいほどに、いつも通りの冗談だった。意識して深く息をする。それから部屋に足を進め、ライナーの隣に立った。

 

「いきなり三人で、なんて……ずいぶんと……大胆な発想だね」

 

 私は明るく作った声で言い、ちらりとライナーを見上げた。

 

「……ね、ライナー?」

 

 言うと、ライナーは気まずそうに視線を逸らした。

 ややあってからユミルが、ぷっと吹きだした。

 

「――お前、言うじゃないか」

 

 ユミルはにやっと笑って言った。

 

「そう?」

 

 ライナーは気まずそうに咳ばらいをした。

 ユミルはもう一度皮肉っぽく笑うと、木箱を探り出す。

 

「私はこうやって、腹の足しになりそうなもんを漁ってんのさ

 多分これが最後の晩餐になるぜ」

 

 ライナーはちらりと私を見てから、ユミルに視線を戻す。

 それでも、ライナーはユミルの言葉に答えることはなかった。黙り込んだ後、やがて「コニーの村の件だが……」と口を開く。

 

「お前……わざと……はぐらかしたよな?

 できればその調子で続けてほしい……。あいつが……家族のことで余計な心配をしねぇように……」

 

 コニーのことを慮っているのか。それとも、巨人の正体に感づかれたくないから。ライナーがなにを思って言ったのか判別がつかない。だが、多分、ライナー自身も分からないだろう。

 

 ユミルは「なんの話だ?」と曖昧に話を終えた。それから缶詰を手に嬉しそうに声を上げる。

 

「こりゃいけそうだ。鰊は好みじゃないが……」

 

 言ってからユミルは、はっとした。

 

「他にもあるか? 見せてくれ」

「……。ほらよ」

「こりゃ缶詰か?」

 

 ライナーはユミルに手渡された缶詰を見ると息を呑む。

 

「……なんだ、この文字は? 俺には読めない。『にしん』……って書いてあるのか……?

 お前……よく……この文字が読めたな……ユミル」

 

 二人は見つめ合った。緊迫した雰囲気だった。

 

「――二人とも、なにを……言っているの? 鰊……? って、なに?」

 

 数秒の沈黙。そののちに二人分の視線が突き刺さる。私は首を傾げた。

 

 そのときだ。

 

「――全員起きろ!」

 

 声が響いた。

 

「屋上に来てくれ! 全員、すぐにだ!」

 

 私たちは顔を見合わせ浅く頷くと、屋上へと走った。

 

 

 

 満月があまねくを照らし、外は思いのほかに明るい。だからこそ周囲の絶望的な様子がよく理解できた。

 ウトガルド城は四方を巨人に囲まれている。

 

 誰からともなく困惑した声が上がった。

 やがてコニーが指で指し示しながら「オイ……! あれを見ろ」と言った。

 

「でけぇ……なんだ……あいつは……」

 

 コニーの指の先には、獣の巨人がいた。

 

 彼はミケ分隊長の命を奪い、ラガコ村の住人を巨人にした。そして、最終的には私の命を奪うかもしれない相手だ。

 喉を掴まれるかのような恐怖が湧きでた。

 

 私はごくりと唾を飲んでから、思わず、ライナーとベルトルトを一瞥した。

 ユミルがのちに言うように、マーレの戦士たちの表情には、希望や期待といったものが薄っすらと滲み出ている。

 

 結局のところ、彼らにとっての真の意味での仲間は、マーレの戦士たちなのだ。

 知っている。なのに。

 

 なんで。

 

 突然、地震かのように古城そのものが揺れる。その衝撃に咄嗟に近くの胸壁で体を支えた。巨人が塔に体当たりをしたのだろうか。

 

 ゲルガーさんは下を確認すると、「オイオイ!?」と苛立たしげに言った。

 

「なに……入って来てんだよ……。ふざけんじゃ……ねぇ……」

 

 ゲルガーさんはブレードを引き抜き、構えた。

 

「ふざけんじゃねぇぞ!! 酒も飲めねぇじゃねぇか、俺は!!

 てめぇらのためによぉ!!」

「新兵、下がっているんだよ。

 ここからは――立体起動装置の出番だ」

 

 ナナバさんもブレードを構えながら言う。

 

「行くぞ!」

 

 その号令で、四人の兵士が戦場に身を投げた。

 

 ゲルガーさんとナナバさんの鮮やかな連携で、巨人が一体、やすやすと倒された。

 

「すげぇ……」

 

 コニーがそう呟くように、これほどの巨人の数であっても、横槍さえ入らなければ、なんとかできそうな手際だった。

 

 しかし、屋上までやってきたリーネさんが「巨人が塔に入って来てる」と告げたことで、新兵の間に緊迫した雰囲気が漂い始めた。

 

「急いで中に入ってバリケードを作って防いで! 防げなかったときは……最悪……この屋上まで逃げてきて……。

 でも……それも必ず助けてやれるってことじゃないからね? 私たちも生きているか、わからないから……」

 

 調査兵の先輩方は、今夜、惨たらしく命を落とすのだ。

 

「でもやることはいつもと同じさ。

 生きているうちに最善を尽くせ!」

 

 それが最善だと信じて、先輩方を見捨てる。

 

「いいね!?」

 

 みんなは「了解!」と声を揃えて応じる。

 私は一拍遅れて「了解」と言った。

 

 

 

 月明かりに慣れたからか城内は薄暗く感じる。

 

 ライナーは松明を手に、先陣を切って駆けていた。勇ましかった。兵士の人格なのだろう。

 ちらりとベルトルトを見ると、冷や汗の流れる顔に焦りが浮かんでいた。

 

 私たちは探索をライナーに任せ、彼が頼んだように倉庫で武器になるものを探し始めた。

 

 程なくして、階下から「ここだ!」とライナーの声が響く。巨人と遭遇したのだ。

 ベルトルトは手近にあったピッチフォークを取ると駆けだした。

 

「おいおい!? やばいぞ! なにか……使えるもんは……!」

「どうしよう……!? このままだと、ライナーとベルトルトが……!」

 

 ユミルは松明をクリスタに渡しながら「クリスタ、お前はこれを持ってろ」と言った。

 

「これだ」

 

 そしてユミルは砲門に蜘蛛の巣が張っている大砲を足蹴にする。

 

「これを持ってく」

「使いもんになるのかよ!?」

「さあね。ま、弾はねえが、それでもぶつけりゃ少しは足止めになるだろうよ」

 

 ここで万が一にでもライナーとベルトルトが喰われたら困る。とても、困る。

 急ぐ必要があった。

 

「わかった」

 

 私は大砲に駆け寄り大砲を押した。

 

「ミノリ!?」

「お、ミノリは割と頼りになるな」

 

 ユミルも大砲の後ろに並んだ。

 

「ああ、クソ! 分かったよ! 持って行きゃいいんだろ!」

 

 コニーも大砲を押し始めた。

 

 私たちはクリスタの持つ松明の灯りを頼りに、ライナーの声が聞こえた方に向かう。

 大砲は、重い。三人がかりで運んでいるというのに、気づけば背中にじっとりと汗をかいていた。

 

 やがて、踊り場に辿り着いた。階下ではライナーとベルトルトが二人がかりで、巨人を顔面に突き刺したピッチフォークで押さえつけている。間に合ったようだ。

 

「ライナー! ベルトルト!」

 

 ユミルが鋭く呼んだ。

 

「オイ……それ……。火薬は!? ……砲弾は!?」

「そんなもんねぇよ! ()()()()くれてやる!」

 

 ユミルが「そこをどけ!」と言うのに合わせて、私たちは大砲を思い切り押した。

 

 大砲は階段を転げ落ちると、扉を壊し巨人にぶち当たる。すさまじい音が響いてから、辺りには木屑が舞い散った。

 

「上手く……いったみてぇだな……。奇跡的に……」

「ああ……。ありゃ、起き上がれねぇだろ。あいつのサイズじゃな」

 

 舞う木屑や埃が落ち着くと、先程までライナーとベルトルトがいた付近で、巨人が大砲の下敷きになっているのが見えた。

 

「どうする? こんなナイフしかねぇけど……うなじ、削いでみるか?」

 

 コニーが小ぶりなナイフを手に言った。

 

「やめとけ……掴まれただけでも重傷だ……」

 

 ライナーが言って、汗をぬぐった。

 

 私はそんなみんなの様子を上階の踊り場から見ていた。

 

 間もなく、ライナーは巨人に噛まれる。防ごうと思えば防げるだろう。

 しかし、彼が正体をばらすときに傷口から蒸気が立ち昇らなければ、エレンの反応が遅れてしまう。それにライナーは継承者なので怪我も治る。

 手出しをするつもりは、はなからなかった。

 

「と……とりあえず、上の階まで後退しよう!

 入ってきたのが一体だけとは限らないし……」

 

 クリスタはそう言ったあとに、息を呑んでから「コニー!」と叫んだ。

 

 階下からもう一体、巨人が現れる。

 大砲に下敷きにされた巨人を乗り越え、コニーに手を伸ばしたそれを、ライナーは身を呈して止めた。ライナーの腕は巨人に噛まれ、血がこぼれる。

 ライナーはその怪我をものともせずに巨人を担ぎ上げると、窓に身を乗り出した。

 

「ライナー、まさか……そいつごと……飛び降りる気か!?」

「これしかねぇだろ!!」

「待て!」

 

 コニーはそう言うと、持っていたナイフで巨人の顎の筋肉を切る。かぱりと顎が力を失った。開いた口から、ライナーは腕を引き抜く。

 そして窓辺にただずむ巨人をユミルとベルトルトが蹴落とした。

 

 

 

 私たちは上階へと退避し、改めてバリケードを設置した。

 これで巨人がまた入り込んでいたとしても、多少は時間が稼げるだろう。

 間もなくウトガルド城は倒壊する。しかし巨人が入り込んでいないと確定したわけでもない。無駄な努力ではないはずだ。

 

 背後からライナーの呻く声が聞こえる。振り向くとクリスタが傷口を酒で消毒していた。

 

 ゲルガーさんのことを思えば――それにライナーの傷は放置していても治るから――酒は使わないほうがいい。だが、そんなことを言って怪しまれるのもいやだ。私はなにも言わなかった。

 

「多分……骨折してるよね?」

「ああ……。ついてねぇことにな」

 

 ライナーの傷口の状態は悪い。切れ味の悪い刃物で無理矢理、抉られたかのような傷口は、磨り潰されたような肉が覗いていた。

 痛そうで、思わず顔が歪んだ。

 でも、怪我を負うと知っていながら止めなかったのは私だった。

 

「あとは添え木と包帯が……そうだ……」

 

 クリスタはそう言うと立ち上がり、スカートの裾を裂いた。

 ライナーは、ぽかんと口を開けてそれを見ていた。

 

「こんな汚い布しかなくて、ごめん……」

「イヤ……助かる」

 

 ライナーはどうせ『結婚しよ』とか考えている。とどのつまり今の彼は、兵士なのだ。

 その証左にベルトルトが「昔のライナーは……戦士だった」と言っても、ライナーはなんら反応を示すことはなかった。

 

 突然、なにかが壊れるような音がしたあとに、今度はウトガルド城がドオと音を立てて揺れた。みんなから悲鳴や困惑する声が上がる。

 獣の巨人の投石だ。

 衝撃で天井から埃や建材の破片が降ってくる。それを手で払った。

 

 揺れが収まってから、私たちは屋上に向けて走り出した。

 

「今のは!?」

 

 屋上に登ると、そこはもう一部が抉られていた。

 石造りの建物がこうも簡単に壊されているのを見ると、獣の巨人の投石の威力の高さを伺い知ることができる。

 それに襲われたリーネさんとヘニングさんは当然のように即死だった。

 

 二人の遺体はナナバさんとゲルガーさんによって屋上に安置された。

 その亡骸はひしゃげていた。

 目を逸らしたかった。だが、私はそれをじっと見た。

 

「巨人多数接近……!! さっきの倍以上の数は……」

 

 コニーの声が聞こえた方を見ると、彼の血の気が引いた顔の先に、たしかに巨人の群れがいた。

 

「なんだと……!?」

「巨人が作戦行動でもとってるようなタイミングだね」

 

 ふいに遠くから獣の巨人の雄たけびが風に乗って微かに聞こえた。

 

「まるで……最初っから、遊ばれてるような気分だ……」

 

 調査兵の先輩方はまた、立体起動装置で巨人たちに立ち向かっていった。

 

 塔に群がる巨人の一体をナナバさんが倒した。力を失い倒れたそれが崩れ落ち、隣の小さな副塔にぶつかった。ややあってから副塔が音を立てて崩れる。私たちのいる主塔も大きく揺れた。

 すさまじい、揺れだった。支えになるものが何もなくて転びかけた体を、誰かが二の腕を掴んで引き戻した。

 ライナーだ。

 

「……ありがとう」

 

 私はそう言って立ち上がる。最後にもう一度二人の遺体を見てから、胸壁のほうへと進もうとした。

 だが、ライナーが私の二の腕を引いた。

 

「おい、なにしに――」

「――見る、だけだから……」

 

 ライナーと視線が合う。彼は眉間にしわを寄せていたが、数秒視線が交わってから、諦めたかのように表情から僅かに険が取れる。やがて、腕を掴む手から力が抜けた。

 

 私は胸壁まで進み、それの凹部分に手をつき身を乗り出した。

 眼下では右足を喰いちぎられたナナバさんが、巨人に玩弄されている。ゲルガーさんが頭から喰われている。

 

 目を逸らすことは許されなかった。

 

「ああ゛ッ……! やだ! お父さん……やめて!」

 

 もがくナナバさんの肢体を、巨人の大きな手が掴んだ。

 

「お父さん! ごめんなさいッ……。ごめんなさいもうしません!」

 

 巨人の手に掴まれたナナバさんが、巨人の口の前に運ばれた。巨人が大きく口を開く。私はそれをじっと見た。 

 ナナバさんの「いやだ!」という断末魔が響く。それから、がちんという乾いた音と、水っぽいなにかが潰される音がした。

 

「ミノリ」

 

 耳鳴りのように断末魔が反響してる。それだけが、音だった。

 吸い込まれそうな恐怖と罪悪感が、忍び寄る。しゃがみこんでしまいたかった。それでも歯を食いしばって、私はじっと、巨人の群れを見ていた。

 

――ふいに、強い力で肩を引かれた。

 

「おい、ミノリ、もういいだろ」

「なにが……。なにも、よくない……」

 

 私は首を振りながら言って、胸壁に身を乗り出そうとした。だがライナーが肩を掴んでいるから、半身を引いた形で、私は、私の望んだものを見た。

 ナナバさんとゲルガーさんは咀嚼され、最早、肉片になっていた。

 

「私には、責任がある……」

「は。なに言って――」

 

 するりと、言葉がこぼれた。震えた声だった。

 

「――目を逸らす、ことは……許されない」

 

 ライナーの手が強張った後に、力が抜けた。

 

 巨人が二人を貪る。肉片をも残さず、ナナバさんとゲルガーさんは、死んだ。

 私は胸壁に両手をついて、その結末を最後まで見届けた。

 そして、ようやくライナーの手が肩からゆっくりと離れた。

 

 山間から一筋の光がこぼれる。朝日が昇りはじめたのだ。

 

「最後に……陽を拝めるとはなぁ……」

 

 コニーが疲れ切った声で言っていた。

 その方向をゆるゆると向くと、ユミルがコニーからナイフを受け取っていた。

 ユミルは冷や汗を流し、困惑や動揺を浮かべている。しかし同時に、なにか、覚悟のようなものが表情に滲んでいた。

 

――ああ。もうそんな頃合いか。

 

 ユミルはライナーと一言二言会話していた。それから、ユミルと視線が合った。彼女はちょっと目を見開いた。

 

「お前、相変わらずひどい面、してんな」

 

 私は「……そう」と返す。その声は我ながら沈んでいる。

 

「ユミルは……いい表情()、だね」

 

 今度は意識して明るい声で言った。

 

「……。なにをするのか、分からない、けど……、……武運を」

「お前……」

 

 ユミルは一瞬硬直した後に、呆れたような笑みを浮かべた。

 

「相変わらず嘘をつくのが上手いな」

 

 私は肩をすくめた。

 

「あなたには、言われたくない、かな」

「ああ、そうかい」

 

 ユミルはそう言ったあとに、数秒ナイフに視線を落とした。それから私に視線を合わせる。彼女の黒々とした瞳は、意志の強そうな、それでもどこかやわらかい光の透けて見えた。

 それから、彼女は唇の端に笑みを浮かべる。

 

「ありがとよ」

「ッ――!」

 

 感謝される資格なんてない!

 やめて、と、声を荒らげかけて、私はぐっと歯を食いしばった。

 

「……。……うん。どう……いたしまして」

 

 ウトガルド城は最早、崩壊する寸前だった。四方を囲む巨人たちが壁を叩き壊し、古城を石塊に変えている。足元からは絶えず揺すられるような振動があった。

 

 ユミルは私と話し終えるとクリスタの方へと向かう。彼女はナイフの刃先を手慰むように触りながら、口を開いた。

 

「クリスタ……お前の生き方に口出しする権利は私にない。

 だからこれはただの……私の願望なんだがな」

 

――夜が、明けた。

 

 黎明の淡い光がユミルの横顔を照らす。

 

「――お前……胸張って生きろよ」

 

 クリスタが困惑した声を上げる。ユミルはそれに取り合わず、クリスタから距離を取った。

 ユミルは助走をつけて、胸壁から飛び降りる。

 

「ユミル? 待って!!」

 

 鮮血が空を舞う。

 次の瞬間、暁光に黄色い光が散った。

 

 

 

 顎の巨人(ユミル)は、はじめ、ウトガルド城の屋上にいる私たちを慮るように戦っていた。

 しかし、クリスタが「死ぬな、ユミル!」、「自分のために生きろよ! こんな塔を守って死ぬくらいなら、もう、こんなもんぶっ壊せ!!」と声を張り上げると、外壁を壊し、切石をぶつけながら戦い始めた。

 

 ほどなくして塔が傾ぐ。(はらわた)が浮くような感覚が身を襲った。

 このままだと、落ちる――。

 だが、巨人と戦っていたユミルが、塔の屋上まで後退して「イキタカ、ツカアレ」と、しゃがれた声で言った。

 私たちは慌てて彼女の頭によじのぼる。全員がユミルに乗ると、彼女が顎の巨人らしい瞬発力で、倒壊するウトガルド城にしがみついた。

 

 そして、今日一番凄まじい音を立てて、ウトガルド城は崩れ落ちた。

 

 ユミルはその身の軽さで、なんなく地面に着地した。だが、その反動は殺しきれず、私は転がりながら地面に降り立った。

 よろよろと立ち上がると、土埃で何度も咽ながら呼吸をする。

 

 急すぎる展開にみんなは言葉を失い、立ちすくんでいた。やがてコニーが「信じらんねえ……」と呆然と呟いた。

 

「巨人どもを塔の下敷きにしようだなんて……なんっつーこと考えんだよ……」

 

 滲み出て広がった安堵感を、塗りつぶすように、瓦礫で出来た地面が揺れた。ぼこ、と、物音がした方を見やると、石塊の下から無垢の巨人が這い出てきていた。

 

「巨人が……起き上がってきてるぞ、オイ!」

「そんな……」

「オイ、ブス! 早くとどめ刺せよ!」

 

 コニーが言い放つと、ユミルは無垢の巨人に向かって跳躍した。そして、素早い動作で一体の巨人のうなじを喰いちぎる。

 しかし、巨人は何体もいる。次第にユミルは嬲られていった。

 

 私は、それを見ていることしか、できない。

 

「ああ……。そんな……、そんな……」

 

 クリスタは茫然とそう呟くと、ユミルの方へと駆けだした。

 

「待ってよユミル……。まだ……話したいことあるから……!」

 

 みんなは一瞬の硬直の後に、クリスタの後を追った。

 私は。無駄な行為と身に染みて知っているのに、駆けだした。

 

「――まだ! 私の本当の名前!! 教えてないでしょ!!」

 

 先を行くクリスタが震える声で叫ぶ。ややあってから瓦礫の陰から巨人が現れた。クリスタの足が止まる。ライナーたちが息を飲むのが聞こえた。無垢の巨人がクリスタに手を伸ばす。風を切る音ともに、影が鋭く舞い込む。

 

――巨人がうなじから血を吹いて崩れ落ちた。

 

 巨人を瞬殺せしめたその影は、洗練された立体機動で近くの瓦礫に降り立った。

 

「クリスタ……みんなも下がって」

 

 はためく自由の翼。ぬばたまの髪。玲瓏な双眸――。

 

「あとは私たちに任せて」

 

 ミカサだった。

 

 立体機動装置独特の動作音が鳴る。次の瞬間、幾人もの調査兵が巨人のうなじを同時に削いだ。

 

 

 

 程なくして全ての無垢の巨人がハンジさん率いる調査兵によって倒された。

 ラガコ村の住人は、コニーの母を除いて、死んだのだ。

 

 それらの残骸が、あちこちで蒸気をくゆらせている。

 

 体の芯に重い疲労が沈んでいた。

 巨人に誰かが喰いちぎられる、水っぽく湿った音が、頭の中で反響している。四人の死が網膜に焼きついている。

 私はなにをするでもなく空を仰いだ。晴れ渡る空を蝕むように、灰色の重い雨雲が点々と存在している。じきに天気が崩れるだろう。

 

 視線を落とすと、困惑した調査兵の中心で、クリスタがユミルに本当の名前を告げている。

 

 だが、ひと段落したわけではない。

 むしろ、ここからだった。

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