棘 作:よく
眼下には崩壊した家屋が点々と広がっている。整備する人がおらず赤茶けた土を晒す地面には、ときおりぽつぽつと濃い緑の草むらが生い茂っていた。
私が立つウォール・ローゼの外。そこは、つい五年前までは人類の生存圏だった。そこが奪われた日、私はなにもしなかった。同じように今日を見過ごす――。
私は無心で固定砲の整備をした。
やがて、唐突に雷光が迸った。次いで落雷のような轟音が風に乗って耳を打つ。生温い風が吹き荒び、目を細めて顔を腕で覆った。
風はすぐに止む。
私は固定砲整備の手を止めて、南を見た。
底抜けに明るい青空のもと、ウォール・ローゼより高い位置に巨人の頭があった。
――超大型巨人だ。
私は瞑目した。
原作通りの、知っていたことだった。
大勢、死ぬ。
私は、まだ、死にたくなかった。鮮烈な思いが胸を貫いて、歯を食いしばった。
生きたいのならば、今日をなんとか乗り越えなくてはならない。
「超大型巨人だ――」
「どうして!?」
「どうすればいい!」
周囲はどよめく。だというのに私は悲鳴の一つも上げられなかった。
ライナーやアニと同じ班でなくてよかった。彼らに感づかれないように、知らないふりをするのは難しかっただろう。
そう安堵する一方で、同じ班のメンバーに原作キャラは一人もいなかった。今、嘆き驚き恐怖している同期の何人が生き残るのだろうか。
――考えないほうが、いい。
私はかぶりを振った。
やがて超大型巨人は蒸気とともに姿を消す。ややあってから、駐屯兵団の兵士が姿を見せた。
「超大型巨人出現時の作戦は始まっている! 持ち場に移動しろ!」
私たちは足早に駐屯兵団本部に向かった。
装備を整えて、ガスを補充する。周囲の同期たちは声を抑えながらも不安げに言葉を交わしている。二百人余がそうしているので周囲は騒々しかった。
とうとう、始まった。始まってしまった。
なにか無性に叫び出したい気持ちを抑えて唇を固く引き結んだ。頭の奥は、にぶく痺れているが、手はいつも通りに動いた。
手早く立体機動装置を装備しなおして、それから、広場に整列し、上官の演説を聞く。原作で観た通りのものだった。
上官が姿を消すと、周囲に動揺が走った。どこかしこから「死にたくない」、「なんで今日なんだ」といった声が聞こえる。
同じ気持ちだった。
でも、仕方がないのだ。
マーレの戦士たちは調査兵団のいない今日を狙って攻撃をしかけた。
誰が悪いとかは多分、なくて。でも大勢が死ぬ。私も死んだっておかしくない。私はそれを知っていて止めなかった。必要だからと。
胃液がせりあがってくる。
私は浅く呼吸をした。それから、現実逃避を止めて、持ち場へと駆ける。
私の担当は――補給支援担当だった。
補給所は町に点々と存在している。私たちの班はそのうちの一つである、駐屯兵団支部に配置されていた。
まだ巨人が侵攻しきっていないのか、運が良かったのか。理由は定かではないが、道すがら、巨人に出くわすことはなかった。
私たちは支部に辿り着くと、倉庫に向かい、ガスや替え刃の詰まった木箱を運び出した。
巨人の襲来に備え、補給がしやすいように、倉庫から丈夫な建物に移す必要がある。
「巨人と戦わないで済んだな」
班員が荷を運びながらぽつりと言った。
「ああ、そうだな。何事もなく終わればいい」
「……そうはいかないだろうな」
班員の一人がそう言うと、表面上は維持していた楽観的な雰囲気が消え失せた。沈み込むような沈黙が訪れる。
この中の、何人が生き残るのだろう。私も、どうなるかわからない。
溜息を堪える。
今、考えるべきことではなかった。
「仕事、しよう」
私は無理やり明るい声を出した。
班員たちの視線が集中する。彼ら彼女らはきょとんとした顔をしていた。
「死にたくない、なら、動こう?」
言いながら、替え刃の詰まった箱を持ち上げた。重い。これを、兵団支部まで持っていかないといけない。
「お、おお」
「そう、だな」
重苦しい雰囲気が少し軽くなった。
班員たちも私と同じように荷を持ち、動き始めた。
「……ミノリってさ」
班員の一人がふと、そう言った。
「なに?」
「ドベだけど、割と、頼りになるよな」
一言余計だが、褒めているのだろう。
「……どうも」
私は肩をすくめて言った。
一番、最初に行動を始めたのに、班員たちに遅れて私は荷箱を床にどさりと置いた。
それから、なんともなしに周囲を見渡す。
駐屯兵団支部は丈夫そうな石造りの建物だ。だが、原作であったように数人の巨人が群がれば、あっという間に瓦解するだろう。
怖気が走った。
こんな狭い建物の中では立体機動装置は使えない。脱出経路となり得るのは窓と扉だけだろう。
原作では前線が全滅していた。覚悟を、しなければならない。
本部にあるような、大規模なガスの補給設備はここにはない。代わりに事前に充填してあったガス管を、何度か中衛部の訓練兵に補給した。
だが、だんだんと補給に来る間隔が長くなる。補給に訪れる人数も減っていく。嫌な予感が首をもたげる。
そうしてしばしの時間が経ったころだった。
突然、腹の底からびりびりと震えるような音が響く。なにかが壊れるかのような音だった。それから建物全体が揺れた。
ざっと体が冷えた。
次の瞬間、壁にひびが入り、崩れた。
瓦礫が床に落ちる。土煙が舞う。
薄暗い部屋に光が差し込んだ。それから、その明るい光景に影が差す。
崩れた外壁に目を凝らす。そこには、ぬっ、と巨人の瞳が覗いていた。
時が止まったかのようだった。
巨人がここまで来てしまった。ついに前線が殲滅したのだ。
「――巨人、襲来!」
私は考えるよりも先に叫んだ。そして巨人から距離を取った。
巨人が緩慢に、だが人間からすれば逃げる暇もないような速さで、腕を伸ばした。壁のすぐそばにいた一人が掴まれる。その人「うわっ」とか「ぎゃあ」だとかの叫び声を上げた。
――好機だ。
「逃げる、よ!」
私は声を張り上げた。
「どこから!?」
扉から出た方が移動しやすいが、もう、外は巨人が群がっているだろう。私は「窓!」と端的に言った。
角部屋であることが功を奏した。巨人が壊していない壁にも窓がある。
窓ガラスが割れる音が響いた。それから、班員が割れた窓から脱した。私もそこに飛び込んで、アンカーを撃った。
空を切り、向かいの建物へと飛ぶ。
眼下には、三、四体の巨人がいた。
はっとした。あと何秒かあそこにいたら、さらに巨人が襲い掛かって来ていた。命拾いをした。
その巨人たちは私たちを一瞥したのちに、駐屯兵団支部の外壁を突き破り、今まさに手にした人を喰わんとする巨人の方に向かった。食いやすい獲物を選んだのだ。
後ろから、「死にたくない」、「助けてくれ!」と聞こえる。その切実な声が、頭の中に反響して、風切り音が遠のく。
ふいに前を行く班員の一人が振り返った。焦りと恐怖と、それでも善性の滲んだ顔だった。
だけど、もう、全てが遅いのだ。
「助けに――!」
「――前見て、……死にたい、の?」
努めて淡々と言った。この機を逃せば、私は、私たちは死ぬ。
助ける気はなかった。
班員は何度かなにかを言いかけた後に、前を向いた。
「ッ――! あ、ああ……そうだよな……」
やがて、背後から断末魔が聞こえてくる。
私たちはひたすらに前に進んでいく。
ふと、まともな死に方はできないな、と、そう思った。
私たちは這う這うの体で近くの屋根の上に逃げることができた。
高い位置から見ればよく分かる。周囲は巨人に囲まれていた。どこかしこから血の生臭い臭いがしていた。前線が崩壊し、巨人がなだれ込んでいることは明示的だった。
班員たちの顔色は悪い。
「てッ撤退するぞ!」
長い沈黙の末に一人が口火を切った。裏返った声だった。
「どこにッ!?」
「本部だ!」
「――そうだ! 本部ならガスもあるし建物も丈夫だ」
私は、知っていた。
補給本部とて、無事ではない。防衛線は突破され本部は袋の鼠となる。
同時に生き残る可能性が高いのも本部であった。
ミカサやジャン、アルミンの活躍で巨人を倒し、窮地から脱することになるからだ。
「……わかった」
私は同意した。
行きは巨人もおらず素早く移動することができたというのに、今はそうはいかなかった。
壊された建物、闊歩する巨人たち――。それらは障壁となり立ちふさがる。
補給が崩壊した今、ガス切れが一番怖い。本部までの道のりを、私はガスを節約しながら進んだ。自然と殿を務めることになった。
道中、一人が物陰から伸びた手に掴まれた。
その人は悲鳴さえ上げられずに喰われた。
本部まであと少しというところで、もう一人がガス切れで動けなくなった。
どさりと地面に落ちる音が響く。「待って――!」と、掠れた声がした。それから、その人に巨人がしゃがみこみ、手を伸ばした。
最後尾にいた私はそれらがよく見えた。
だが、進み続けた。
どれくらい飛んだのか、分からない。なんとか本部までに辿り着いた頃には息が上がりきっていた。
本部の中に駆け込む。扉をくぐった瞬間、私はその場に座り込んだ。
私は、生きていた。多くを見捨てて。
疲労感とよく分からない感情で、全身がぶるぶると震えた。
つい先ほどまで六人いた班員は、三人になっていた。
だが三十四班――エレンとアルミンの所属する班――を思えば、まだ、ましな方だった。あそこはアルミン一人を残して、全滅している。
そこまで考えておかしくなって、顔を歪めた。
――まし。
三人も死んでいるというのに、私はそう思った。
それに、あのとき、私は。
私は、人が掴まれて死ぬ瞬間に、好機だとそう、思った。
思わず、嘔吐いた。
掻き毟りたくなるくらい、胸が重く苦しい。
それから解放されたいのなら、あのとき、私が代わりに死ねばよかったのだろうか。でも、本心から死んでもいいとは思えなかった。
私は頭を、髪がぐちゃぐちゃになるまで掻き毟った。
訳も分からずに滲んだ涙を腕で拭って、それから、震える膝に鞭を打って立ち上がった。
死にたくないのなら、動くしかなかった。
本部には、既に多くの訓練生が避難している。私たちと同じように、巨人に襲われ、だが生き残ったのだろう。誰彼も疲れ切った顔をしていた。
「二十七班だ。ガスの補給がしたい」
生き残った班員の一人がそう言うと、しゃがみこんだ訓練兵の一人が力のない声で「ああ……」と口にした。
「補給室に、行けばいい」
言いながら下を指で刺した。
私たちは地下への階段を下る。
一歩一歩降りるたびに数人分の足音が、かつん、かつん、と響いた。しかしその音はやけに遠く、自分の心臓の音だけが、耳の奥ではっきりしていた。
補給室には間もなく、巨人が来る。そうすれば補給室で補給していた人の多くが死ぬ。補給が断たれたことによって中衛部も大勢死ぬ。
だが、どうするというのだ。私にはなにもできない。私はたった一体の巨人すら討伐することのできない、無力な存在だった。
それに、万が一うまく行ってしまったら、まずい。今日、ミカサは絶望しなければならなかった。
ガス切れにならないといけないのだ。
『私はもう……諦めない。死んでしまったらもう………あなたのことを、思い出すことさえできない。
だから――。なんとしてでも、勝つ!
なんとしてでも生きる!!』
――このミカサの覚悟がなければ、果たして彼女は最愛の人の首を切る選択肢を選べるのだろうか。
最期の口づけの、その先に、生きるだけの希望を持つことができるのだろうか。
できる、とは言い切れなかった。
巨人のいない未来。ミカサの選ぶ選択肢。
そのために、私は、助けないことを選んだ。
多分、打開できるだけの力があったとしても、こうする。
本部に来るまでに死ぬ命たちも、補給室で死ぬ命たちも。必要な犠牲なのだ。
本当に、そうなのだろうか。私はただ、怖いだけなのか。
なにも、分からない。
私は思案に暮れながらも黙々と足を進めた。
やがて、段々と補給室に近づくにつれて騒々しい音が聞こえてくる。なにか、叫び声のようなものも。
私は班員と顔を見合わせて、走った。
ほどなくして補給室の入口が見えてくると、部屋の中を見るよりも先に「巨人だ!」と絶望しきった叫びが聞こえてきた。
知っていたことだった。見過ごしたことだった。
それでも、走らずにはいられなかった。
薄ぼんやりとした暗がりの中、補給室への入り口が明るく見えた。そこをくぐり、息を呑む。
補給室では、七体の巨人が補給室で暴威をふるっていた。
「――嘘だろ」
遅れてきた班員の一人が茫然と呟いた。
補給室の入口には、訓練生たちが立ち尽くしていた。
誰も近づけない。いや、そもそも、近づく気などないのだろう。そんな疲れ切った顔をみんなしていた。
「どうすれば……」
「終わった……」
叫ぶ力もないのか、力ない声が密やかに響く。
ここには絶望だけが広がっていた。
補給室では訓練兵が走り逃げ惑っている。巨人はそれにゆっくりと手を伸ばす。たったそれだけの動作で、命をかけた逃避行は終わる。掴まれた訓練兵は苦悶の声を上げながら、内臓を零し、惨めに死んでいく。その断末魔の叫びが地下に反響し、響いた。
補給室には未だ数人の訓練兵が生き残っているが、彼ら彼女らが死ねば、間もなく、ここにも巨人がやってくるだろう。それに、訓練兵たちの叫び声と、巨人の地響きのような足音は段々とこちらの方へと近づいている。
「――ッ」
そうして、私は、気づいてしまった。
ここで、食い止めなければ私たちは、死ぬかもしれない。
原作では巨人は地下に留まっていたが、現実である以上、私というバタフライエフェクトが存在している以上、どうなるかは分からない。
私は、弱い。補給室に武器を手に乗り込むことはできない。勝算がない。
――と、考えることで命を守ろうとしているのか。
分からなかった。
指先が氷のように冷たく震えている。私はそれを隠すように拳を握った。
いずれにせよ、
うまく息を吸えない。私は啜るように呼吸をしてから、口火を切った。
「みんな……ガス、ないから巨人を倒すことはできない。……だから。……バリケード、を、作ろう」
それだけが、私にできる、唯一の誰かを救える方法だった。
この場にいる十人弱の訓練兵の視線が私に突き刺さる。胃が重石を詰め込まれたかのように重くなる。嫌な沈黙が場に落ちた。
「そんな――。お前ッ! あいつらを……閉じ込めるつもりなのか!?」
荒々しい声が静寂を打ち破る。
その人は言うなり、私の襟首を掴んだ。視線を逸らしたかった。だが、その怒りと絶望で揺れる瞳を真正面から見つめた。
なにか喋ろうにも喉は凍り付いたように動かない。私は口をパクパクとさせて、深呼吸をして、ようやく、「そう」と掠れた声で答えることができた。
「……
努めて冷酷に言った。
「それまでに、なんとかしなければ、ならない」
言い切ると同時に、襟首を掴む手の力が強くなる。
「クソッ! お前……。お前は……! あそこには、俺の友達もいるんだぞ! そいつも見殺しにしろって言うのか……!?」
絞り出すような声だった。なにも言えない。私は歯を食いしばるしかなかった。
もう、なにもしたくなかった。私がなにかしなくても、きっと地下にある補給室に巨人は留まる。多分、未来のエレンがそうなるように操作している。
だけど、だからといって見過ごすことはできなかった。
現実である以上どうなるか、分からない。
私は死にたくなかった。
それに、バリケードを作らなければここにいる訓練兵の何人が生き残ることができようか。
「うん。……有効活用、しないと、いけない」
私の襟首を掴む訓練兵は声にならない叫びをあげた。次の瞬間、頬に衝撃がぶち当たり、視界に火花が散った。遅れて痛みが頭を揺らした。
頬を張られたのだ。
それに気づいたとき、私は尻餅をついていた。
殴られて当然だった。私はそれほどのことを口にした。
何度か浅く呼吸をしてから、ゆっくりと立ち上がる。
私を殴った訓練兵は泣き崩れていた。見るのが苦しくてぎゅっと目を閉じる。暗闇の中、むせび泣く声が、頭の芯まで重く響いた。
それから目を開き、私を殴った訓練兵を一瞥し、黙り込んだ訓練兵たちを見据える。
唇が濡れていた。痛みもある。切れているのだろう。私は唇を腕で拭い、それから口を開いた。
「――だから、やろう」
訓練兵たちから「わかった」とか「やろう」とかの答えが聞こえるまでに、十数秒の沈黙を要した。
「……まず。……扉、閉めよう」
私が固い声で言うと、訓練兵たちはのろのろと動く。
私たちは、数人がかりで両開きの大きな扉に手をかけて、押した。
同時に、補給室から声がした。
「見捨てるのか!?」
「いやだ、死にたくない!」
「助けてくれ!」
必死な声だった。
扉を押す訓練兵たちは顔を歪め、視線を落とし、それでも扉を押した。私にはそんな反応をする資格もなかった。
ぎぎぎ……と軋んだ音を立てて扉は閉まっていく。やがて、隙間が僅かなものとなったところで、私は「あとは、私が……やるから」と言った。
扉の正面に立った。意識して深呼吸をする。それから、顔を上げる。
扉の隙間から、無数の虚ろな、絶望した瞳が見ている。
「……ぁ」
じっと、見ている。
私は。
木材特有の節くれだった手触りを、汗で濡れた手で感じる。扉は重い。しかしながら、この程度の隙間であれば私一人の力で押せる。
出来ないとは言い訳できない。
――私は、自らの意志で、最後の一押しをした。
必死に手を伸ばす同期。
そんな隙間から見える光景は細く、細くなり、やがて、扉は重い音を立てて、閉まった。
バタンという大きな音を最後に、沈黙が訪れた。
静寂の中、耳の奥ではずっと、扉が閉まる音と誰かの悲鳴が耳鳴りのように鳴り続けていた。
全身の力が抜けて、しゃがみこみかけた。私は咄嗟に扉に手をついてしっかりと立った。
まだ、やらなければいけないことがある。
私は震える手を強く握りしめる。掌にはまだ、木の感触が残っていた。
あまり大勢を呼んで巨人がこちらに大挙するのも恐ろしい。今いる人数だけでバリケードを作ることとなった。幸いにしてバリケードの素材となるものは沢山あり、想定よりも簡単に作ることができた。
何事もなく無事に終わったので私は安堵した。
安堵、してしまった。
延命措置は終わり、最早、できることはない。
私たちは地上階に戻った。
そこも、地獄であった。
恐らく補給室に巨人が侵入したのと同じころに、本部の周囲に巨人が群がったのだろう。壁に空いた穴から巨人が腕を伸ばしている。窓から大きな眼球がこちらをじっと見ている。
訓練兵たちは巨人から身を守るために、机を倒し、囲いを作り、その中に隠れている。だがそれがなにになるというのだろうか。
手持ち無沙汰になった私は、自らの立体機動装置を見た。節約して移動した故にガスは僅かに残っている。
ミカサやジャンのところにガスを持って行くことはできなくはないだろう。
私一人だと勝算は低いが、大勢で――多少はガスが残っている者は探せばいるはずだ――タイミングを合わせて行けばどうにかなるかもしれない。そうすれば多少は命を救える。
――駄目だ。
私は自らの考えをすぐさま否定した。
ガスを持っていけば、主席のミカサにガスを補給する流れになるだろう。
そうすればミカサは追い詰められない。それは、絶対に、駄目だった。
私は自らの膝を抱え込んで座りこむ。
私に、できることは、なに一つとしてなかった。