棘 作:よく
暗闇の中で薪が燃えている。その赤々とした光が、ゆらゆらとジャンやライナーやコニーたちの姿を浮かび上がらせていた。
終日、遺体を回収した。やがて夜になり、私たちは拾い集めた亡骸を一か所に集めて、焼いた。
日本の火葬とは違い、焼ききるまで相当な時間がかかる。或いは、遺体は薪が足りずに焼け残るかもしれない。
明日はその片付けから始まるのだろう。疲労感が水のようにじわりと広がった。
私は見捨てた同期や兵士たちの肉が焼ける匂いを吸い込んだ。ひどく焦げ臭かった。
ふいに、一人の人影がゆらりと立ち上がった。ジャンだ。
「おい……お前ら……」
ジャンは言いながらコニーやサシャたちに一歩一歩近づく。
私はそれを少し離れたところから見ていた。
「所属兵科は何にするか決めたか?
――オレは決めたぞ。オレは……」
ジャンは一度そこで言葉を切る。ぱちっ、となにかが爆ぜる音が響いた。
「……。オレは……。調査兵団になる」
ジャンは誰の物とも知らない燃えカスを握りしめてそう言った。
この一言の為に、私はマルコを見捨てた。
だから。私は、安堵した。
醜いね。
許されないね。
◇
毎日、死体を拾って、瓦礫を攫って、戦場だった場所を片付ける。そうして数日が経ち、あるとき、エレンが裁判にかけられるという噂が流布した。
噂は事実なのだろう。エレンはきっとリヴァイから蹴り飛ばされた。
そこから、さらに数日が経った。
新兵勧誘式の日は慌ただしかった。
被検体の巨人が何者かによって倒された――。
その一報とともに、憲兵団による立体起動装置の検査が実施されることが決定したのだった。
早朝からの戦場の処理がひと段落すると、南方訓練兵団の訓練兵全員はトロスト区の兵舎に招集された。
こうして同期が一か所に集まると、いかに大勢が死んだのかがよく分かる。見ない顔が、多い。あまりにも大勢が唐突に死んだので、数日経ってから死を知ることも多かった。その度に訓練兵たちは嘆き悲しんだ。
私には悲しむ資格なんて、なかった。だというのに訃報を聞く度に罪悪感で胸が疼いた。
ぼんやりとそのようなことを考えていたら、気づけば憲兵団の兵士が目前にいたので私は姿勢を正した。
「――名前と所属は」
「二十七班所属、ミノリ・タイレ、です」
「最後にシャフトを交換したのはいつだ」
「六日前の掃討作戦の、後です」
「登録のとおりだ」
「よし、次!」
こうして、何事もなく検査は終わった。
思わず肩から力が抜けた。
私はなにもしていない。だが、捜査の対象になるというだけで、やはり緊張するものだ。
どこからかコニーとアルミンとアニの話し声が聞こえる。
三人は所属兵科について話していた。
アルミンはもう調査兵団に入ることを決めている。コニーは悩んでいる。アニはやらなくてはいけないことを、やるだけなのだろう。
あの死体を焼いた夜から数日経ったが、私はジャンのようには思えなかった。駐屯兵団になるという意思は、訓練兵団に入団したときから変わらない。
だから、駐屯兵団になって、生きて、それで。
それで。
それから、何をすればいいのだろうか。
――……なあ、お前、何かやりたいことないのか?
ふいにいつかのエレンの声がリフレインする。
ねえ、エレン。
ないよ。
私、今も、やりたいことなんてない。
このまま私は罪悪感を捨てられぬまま駐屯兵団に入団する。虚偽で塗り固められた安寧を生き、一生を終える。
それは、家畜のような生き方なのだろう。
堪えようのない砂を噛むかのような虚しさが胸に広がった。
私は、なんのために生きているのだろうか。
日が落ちるころ、新兵勧誘式が始まった。
訓練兵が一様に整列する前で、調査兵団団長、エルヴィン・スミスが朗々と演説をする。
彼はウォール・マリア奪還のためには、この四年間の、五倍の歳月と五倍の犠牲が必要だと語りかけている。だが、実際にはそれだけでは済まされないこととなる。
九人。
数か月後に行われるウォール・マリア最終奪還作戦では、それ以外の全員が死ぬ。これは、ほとんど全滅と言っても過言ではないだろう。
「調査兵団に入るためにこの場に残る者は近々、殆ど死ぬだろう」
従って、エルヴィン・スミスの言っていることは、事実だった。
みんな、死ぬのだ。
「自分に聞いてみてくれ。人類のために心臓を捧げることができるのかを」
だから、調査兵団に入団するのは正気の沙汰ではない。それに駐屯兵団に入ると、訓練兵になったときからそう決めていた。
「――以上だ。
ほかの兵団の志願者は解散したまえ」
重い沈黙が訪れた。
それから大勢がこの場を後にする。その足音が辺りに響いた。
私も、足を一歩引いて、後ろを向いて。
――見て見ぬふりをするのか。
そう、思って、しまった。
ふいに、鼻の奥に死臭が蘇った。
篝火では照らし得ぬ暗闇の向こうから、無数の虚ろな瞳が私を見ている。
じっと、見ている。
私の作った犠牲、見殺しにした命たち。トーマス。ミーナ。マルコ。名前も知らない大勢の人々。今も脳内に刻み込まれているもの。
それを忘れて、のうのうと生きられるのか。
やめろ。
地鳴らしが起きると知っていながら生きるということは、今まで以上の犠牲を容認しながら生きることと同義だった。
――この犠牲を忘れてのうのうと生きるのか。
考えるな。
駐屯兵団に入団したからといって、安寧に日々を過ごせるわけがない。だって、ずっと、この罪悪感を抱えて生きていかなければいけないのだから。
それに、駐屯兵団に入団すれば、また同じだ。
壁の内側で安全に暮らして、調査兵団が死んでいくのを遠くから眺めて、地鳴らしが起きるのを知りながら、なにもせず。
ずっと、見ないふりをする。
そんな生き方、納得できない。
あーあ。
私は自由に選べる。見ないふりをすることも、見届けることも。
――知っていて、なにも変えないというのなら、せめて近くで見る責任が、私には、ある。
誰に強制されたわけでもない。でも、私は、そう選ぶ。
息が、詰まる。足は一歩も動かない。私はぎゅっと目を閉じた。
やっぱり瞼の裏には無数の虚ろな瞳があって、きっと、いつか、生きていたら、そこに八割の人類の瞳も足される。
重い息を吐く。それから――目を、開けた。
私は、調査兵団に入団する。
私はもう一度振り向いた。
そして、足を踏み出す。
歯の根が合わないほどに震えていた。それでもエルヴィン・スミスを見上げる。目を逸らしたくはなかった。
「――君たちは、死ねと言われたら死ねるのか?」
エルヴィン・スミスの声に誰かが「死にたくありません!」と答えた。
「そうか……。皆……良い表情だ。――では今! ここにいる物を、新たな調査兵団として迎え入れる! これが本物の敬礼だ!
心臓を捧げよ!」
私は震えながら歯を食いしばって、右の拳を胸に、左の拳を背中に当てた。
「――第104期調査兵団は敬礼をしている総勢二十二名だな」
エルヴィン・スミスの視線が、残った者たちを見渡す。
その中に、私もいた。
「よく恐怖に耐えてくれた……君達は勇敢な兵士だ。心より尊敬する」
場違いにも笑みが浮かんだ。
私は勇敢でもないし、尊敬されるような存在でもない。なにかを変える勇気を持たず、ただ、目を逸らせなかっただけの傍観者なのだから。
◇
私は、死ぬのだ。
――でも。
私は、選んだ。
ここまでで一区切りです。お読みいただきありがとうございました。