D-WAVE!ーチルアウト☆ヘレティックー   作:太刀黄泉

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新ラプラスと、新マクスウェル実装おめ!


♪ウィンドショッピング♪‐SeCToR-C【お宝見っけ☆】

煌めく桜色が晴れた頃。

吹き抜け(アトリウム)の回廊、天然のスポットライトが届かない薄暗い日陰の中に、その全長20センチの小さな身体は静かに佇んでいた。

 

身にまとっているのは、重厚なボルドーのベルベットミニドレス。

極上のワインを思わせる、紫みを含んだ深く冷たい赤。

静謐な日陰の闇を吸い込むようなそのボルドーの質感は、彼女のなめらかな暗褐色肌と、目が眩むほどに美しいコントラストを描いている。

 

首元まで覆うハイネックとタイトな長袖アームカバーによって、肌の露出は極限まで抑えられており、ボルドーベロアの隙間から覗く、ほんのわずかな肩出しラインの暗褐色肌が、まるで至高の芸術品のように瑞々しく際立っていた。

 

ドレスのフロントには純白の縦ラインが真っ直ぐに走り、それが頭上の白い角帽、そしてハーフアップに結び直されてサイドが上品な縦ロールとなった、真っ白な長髪と完璧にシンクロしている。

 

さらに、彼女のトレードマークである白い角帽の上からは、ドレスとお揃いのボルドー生地で作られたクラシック・ボンネットが重ねて被せられていた。

帽子の隙間から気高く突き出た白い角と、顔周りを縁取るアンティーク調の生成りレースの幅広な網目。

 

そして首元でピンクルビーの宝石を鈍く輝かせる、黒ベロアのリボンチョーカー。

 

徹底された色彩設計と最高峰の仕立ては、彼女を『大富豪の書斎の奥にひっそりと飾られた、天文学的な価値を持つ幻のアンティークドール』へと仕立て上げ、恐ろしいほどの気品と妖艶さを纏わせている。

 

【……リヴェラ。私は別に、あなたの派手な衣装を羨んでいたわけではありません。……ただ、この場の色彩統計データにおける私のモノトーン衣装の調和率を、ほんの少し計算していただけです。……このような、不必要に格式高い装いを上書きする必要など、どこにもありません】

 

「あーしの目みて言ってもろて☆」

 

リヴェラがニンマリと笑顔を浮かべ、手のひらを――人差し指をそっと差し出す。

 

ちぃエニはボンネットの下からさらに激しく目を泳がせ、無表情のままフリーズしていたが、やがて観念したように、おずおずと小さな手をリヴェラの指先に重ねた。

 

リヴェラがそのまま優しく、けれど迷いのない力強さで手を引くと、20センチの浮遊ドールは回廊の薄暗い日陰を抜け、吹き抜け(アトリウム)からさす陽光――天然のスポットライトのど真ん中へと引き寄せられる。

 

 

まばゆい光を浴びた瞬間、彼女の纏う色彩が爆発した。

 

 

さっきまで日陰の闇を深く吸い込んで漆黒に見えていたボルドーのベルベットが、陽光の下で劇場の幕のように気高く鮮烈なワイン色へと鮮やかに発光する。

 

なめらかな暗褐色肌はシルクのような艶を放ち、ハーフアップにされた純白の縦ロールが、太陽光を吸い込んでふんわりと内側から発光するように輝いた。

 

この尊すぎる手繋ぎと、光の下での劇的なビジュアルの変化を水晶玉(カメラ)が捉えた瞬間、それまで見惚れて静まり返っていたコメント欄が一気に限界突破して大爆発を起こす。

 

:待って今の光の変わり方エグい!!!

:日陰から出てきた瞬間、本物の妖精さんになったんだが!?

:目ぇ泳いだままおずおず手重ねるの尊すぎて死ぬwww

:ボルドーのベロアミニドレスとかファビュラスの極みだろ!!

:アイボリーの幅広レースをアームカバーの袖口に合わせるセンスよ。白髪とのグラデーションが美術品レベルだわ

:あっ!首元のルビー、完全にネキのピンクじゃん! 

:お堅い衣装の真ん中に自分の色デコるの、独占欲強くて最高にギャルww

:顔は無表情なのに手元がドレスの裾きゅって握りしめてるの細かすぎて死ぬ

:カメラから顔隠そうとしてボンネットぐっと下げたな!?

:気恥ずかしさのバグ出ちゃってんじゃんwww…‥可愛すぎかよ!!!

:おい見ろ! 縦ロールの白髪がプルプル揺れてるぞ! 相当キてんなwww

 

 

「よかったじゃん、ちぃエニ☆ みんな、褒めてるよ~?☆ ほら、いつまでも固まってないでお返事したら?☆」

 

ちぃエニと入れ替わるように、回廊の日陰へとフレームアウトしたリヴェラが、水晶玉(カメラ)の後ろからニヤニヤしながらヤジを飛ばす。

無茶振りにジットリと無表情で睨み返すちぃエニだが、リヴェラの表情が変わらないのを悟ると、諦めたように瞼を閉じる。

 

再び瞼を開いたちぃエニは、その場でくるっとターン。

ふわりとミニドレスの裾が広がり、それは鮮烈なワイン色の大輪の花を思わせた。

 

水晶玉(カメラ)を正面に捉えると、小さな指先をドレスの裾へのばし、そっと摘まみ――。

 

リスナーたちへ向け、カーテシーを披露(ファンサ)した。

 

:……妖精さん?

:【朗報】地上に妖精さんはいる

:キレそう(可愛すぎて)

:好き!!!!!(クソデカボイス)

:ネキのカーテシーとはまた、別の良さがあるな……

:わかる。おしゃまな感じでホッコリする

:ワイトもそう思います

:誰だお前

 

 

「うんうん☆ ちぃエニってさ、グレー寄りのきれいなブルベ冬肌だから、この深いボルドーが絶対に映えると思ったんだよね☆ あーしのコーデセンス、マジ神ってるわ☆」

 

そう自画自賛しながら、リヴェラはサイドポニーのツートンカラーの髪を揺らし、回廊の日陰からアトリウムに降り注ぐ、天然のスポットライトの下へと舞い戻った。

カツン、と漆黒のピンヒールが床を鳴らし、20センチのちぃエニのすぐ隣に、167センチの抜群のスタイルが並び立つ。

 

【……私のプロトコルに、他個体の装飾に対する『羨望』などという非合理な関数は存在しません。……ですが、あなたが私の肌色を正確にスキャンし、このボルドーの波長を個別最適化コードとして出力した……その、リソースの割き方とマッチングの精度『だけ』は、例外的に評価します。……断じて、私個人の情緒的欲求が満たされたからではありません】

 

「どういたしまして☆ やっぱ、おしゃれするとバイブス上がるよね☆ ちぃエニもそう思うっしょ?☆」

 

【……黙秘します】

 

まばゆい陽光を一身に浴びてネオンのように弾ける、リヴェラの鮮烈なサンセットオレンジのフリルドレス。

その隣で、柔らかな光のベールを纏って気高く滞空する、ちぃエニの深いボルドーのベロアドレス。

 

巨大な吹き抜け(アトリウム)の下、光と影、暖色と寒色、そして圧倒的な身長差の二人が完璧な調和を描いて一つのフレームに収まった瞬間、コメント欄が賑やかに加速していく。

 

:ブルベis何

:俺知ってる。ガムのフレーバーでしょ

:あれか。うまいよな

:ばかやろうwww

:ブルベ=ブルーベース。要は寒色系が似合う肌ってことね。ただし、ここに『冬』が付くと話は変わるの。暖色系も一部かみ合って、特にボルドーとか相性ばっちり!

:ちな、対義語はイエベ、イエローベースな。ネキはイエベの春とみた

:あー、だからあのオレンジドレスが爆映えしてるのか!

:っていうか、並んだ画面の破壊力ヤバすぎだろ

:待って、これ「春の女神」と「冬の妖精」じゃん……

:それだ!!! ウチらのアングラサイトに神話降臨したわ!!!

:春の女神と冬の妖精のバディ最高かよ……!!

 

「あっは☆ 『春の女神』と『冬の妖精』だって☆ 詩人かwww うぇーい☆ 女神デース☆」

 

【リスナーの皆様、あまりリヴェラを調子づかせないでください】

 

リヴェラは目敏く見付けたコメントに気を良くし、ちぃエニに頬を寄せ水晶玉(カメラ)に向かって、ウインクと指ハートを作る。

リスナーを嗜める発言をしたちぃエニも、しれっと無表情で指ハートを作っていた。

 

『女神』と『妖精』の戯れ(ファンサ)は、しばし続く――。

 

 

「じゃ、おめかし枠はここまでってことで☆ ちぃエニ、着替えて探検に戻ろ――」

 

えっ……】

 

水晶玉(カメラ)に向け話していたリヴェラの隣から、か細く聞こえた呟き。

リヴェラが顔を向けると、まるで「私ではありませんよ?」とでもいうように、ボンネットの角度を調節したり、自身の絹の様な白髪を梳く様に触っているちぃエニが浮かんでいた。

―その目は明後日の方向へ向いていたが。

 

「――と、思ったんだけど、このままでいっか☆ ラグジーな場所だし、TPO的にオッケーっしょ☆」

 

【!……チャンネル主のあなたが言うのなら、仕方ありませんね。モデレーターである私に、異はありません】

 

「あ☆ でも廃墟だし、TPOとか意味ないか☆ やっぱ着替えよ――」

 

【発言を翻すとは何事ですか。リスナーの皆様の信頼と信用を落とす行為は控えるべきです】

 

「ちょwww☆ 冗談ですやんwww☆」

 

憤慨するようにぷにぷに頬を押してくるちぃエニを、やんわりといなしながら、リヴェラはサイドポニーを弾ませて楽しげに笑った。

漆黒のピンヒールをカツカツと鳴らして、吹き抜け(アトリウム)から照らす天然のスポットライトから歩き出す。

 

「てなワケで、あーしらはこのファビュラスな衣装のまま、廃デパート探検してこうと思いまーす☆」

 

20センチのちぃエニも、ボルドーのベロアドレスをふわりと滞空させ、まだ少し不服そうに頬を膨らませたまま、リヴェラの肩の高さに寄り添うようにして静かに付き従った。

 

二人が向かったのは、回廊のなだらかな曲線に寄り添うようにして、上階へとうねる巨大な螺旋階段だ。

天窓から差し込む陽光が、漆黒の手すりやステップの複雑なシルエットをフロアへと落とし、電気の消えた廃墟の中に美しい光と影のコントラストを描き出している。

大理石のステップを、ピンヒールがカツ、カツと硬く厳かに穿っていく。

鮮烈なサンセットオレンジのフリルを揺らして一段ずつ階段を上っていくリヴェラと、そのすぐ隣を、光のベールを纏った純白の縦ロールをなびかせてふわりと並んで浮遊していくちぃエニ。

 

水晶玉(カメラ)が捉える二人の移動風景は、それ自体が完成されたアートのようで、コメント欄の実況も止まらない。

 

:並んで移動してるだけで画面の破壊力おかしいんだが?

:階段を上るオレンジのネキと、その横をぷかぷか浮くボルドーの妖精さん……尊い

:背景の廃墟デパートも含めて、美しすぎて鳥肌立ったわ

:ガチの映画のワンシーンじゃん

:スクショが止まらないんだが

 

 

――4階

 

「へぇ、ここはメンズ向けのフロアなんだ☆」

 

仕立て(テーラー)の高級スーツ、高級な紳士靴、メンズのデザイナーズブランドが並んでいますね】

 

「そうだ☆ アンディおじさんとバーニーおじさんに何か見繕っちゃおうか?☆」

 

【……まさかと思いますが、あなたは現行の副司令官たちの事を言っているのですか】

 

「うん☆ あっちのスリーピーススーツと、向こうのフェドラハットのセットとかどう?☆ バーニーおじさんのステッキはどれがいいかな~☆」

 

【……銀の動物細工が施されたものはいかがでしょう】

 

「いいね!☆ この”鷹”のヤツにしよ☆ バーニーおじさん”らしい”もんね☆」

 

:待って、アンダーソンとバーニンガムのこと言ってる?

:現役の副司令官とコネあるの!?

:エニックだけじゃないのかよwww

:どんな配信者ギャルニケやねんwww

:人脈ごんぶと過ぎて草

:あのハンプティ・ダンプティにそれはもったいねぇよwww

 

 

――5階

 

【このフロアは、毛皮製品や生活用品を取り扱っていたようですね】

 

「ウケるwww☆ ディスプレイに綿埃飾ってるんだけどwww☆」

 

【密封されているとはいえ、毛皮は有機物です。酸化と加水分解が進み、脆化(ぜいか)現象が起きたのでしょう】

 

「ま、”レタッチ”すればいいんだけどね☆ ところで、このカトラリーセット見てよ☆ デザインかわいくね?☆」

 

【……この手触り、悪くないですね。老舗の陶器ブランドのものですか。リヴェラ、包んでください】

 

:その毛皮コート、オクトパスのやつじゃん!

:さっきの紳士服フロアにもあったぞ

:マジで昔っからあったんだな、オクトパス

:ネキの不思議パワー反則過ぎなwww

:包んでくださいワロタwww

:このAI、ショッピング満喫してるじゃん

:なお、実態は窃盗の模様

 

――6階

 

「このフロアはさっきまでと違って、だいぶゆったりな感じだね☆」

 

【家具を扱うフロアのようですね。顧客がじっくり選ぶために、空間を広く使っているのでしょう】

 

螺旋階段を上がり、二人はかつての高級家具売り場フロアへと足を踏み入れる。

吹き抜け(アトリウム)からの光で、回廊付近は明るいがその先は濃い暗闇が広がっていた。

 

だが、すかさず二人の背後を滞空する水晶玉(カメラ)が、スタジオ機材並みの真っ白な高輝度ライトをパッと前方に照射した。

白々と暴き出された静寂のフロアを、悠々と二人は進んでいく。

 

並んだ高級ベッドや焦げ茶色のキャビネットの影が、水晶玉(カメラ)からの強い光を浴びて床へと長く伸びていた。

フロアの中央付近、リビング用の高級ソファがいくつもディスプレイされているスペースの片隅に差し掛かったところで、リヴェラは不意にピンヒールの足を止める。

 

「ここ天井から雨漏りしてんじゃん☆ うーわ、せっかくの高級家具が腐食してんだけど☆ もったいなー☆」

 

彼女の視線の先――天井の小さな亀裂から、100年分の雨水がぽつり、ぽつりと滴り落ちていた。 その真下に置かれていた最高級の革張りソファは、長年の湿気を吸い込んで無惨に色褪せ、ブヨブヨに腐食してしまっている。

 

:見る影もないな

:ネキの言う通りだわ

:ん?サイドテーブルに何かあんね

:写真立て、か?

 

「これ?☆ 何が映ってるんだろ☆」

 

リヴェラはそう言いながら、腐食したソファのすぐ隣に置かれた、小さなサイドテーブルへ近づいた。

水滴の跳ね返りを浴び続けたその卓上には、1枚の木製のフォトフレームが、うつ伏せに倒れている。

その倒れたフォトフレームをひょいと指先で拾い上げて、ひっくり返した。

 

すかさず、彼女の肩の横をふわふわと浮遊していたちぃエニが、ボンネットを揺らしてその写真を覗き込む。

水晶玉(カメラ)もまた、ズーム機能を作動させてリヴェラの手元をアップで捉えた。

 

しかし、ガラスの隙間から染み込んだ100年分の雨水と汚れのせいで、写真の表面は酷く滲んでドロドロになっていた。

色彩は完全に失われていたが、朧げで頼りない輪郭が奇跡的に残り、恐らく人物が映っていたのだろうと推測できた。

 

【劣化が酷過ぎますね。被写体の判別も難しいです】

 

:ゴミやんけ

:……ギリギリうっすらだけど、なんか座ってる人?に見えないか?

:なんか左に寄り過ぎじゃね?

:たしかにスペース余ってるよな

:じゃあ右にもう一人、それか何かが映ってたんやろか

 

コメント欄で推測が始まるのをよそに、少しの間リヴェラはフォトフレームを見つめていたが――。

 

「……完全に水没しててわっかんね☆ 先行こ、先☆」

 

サイドテーブルの上へ戻すとき――拾い上げたときの雑な手付きとは明らかに違っていた。

 

まるで壊れやすいガラス細工でも扱うかのように、息を呑むほど静かに。

100年前の遺物に対して――あるいは、そこに写る『誰か』に対する深い敬意を示すかのように、ひどく丁寧な手付きで元の場所へと添え直した。

 

【……リヴェラ?】

 

隣でその一瞬の「手付きの静けさ」を見ていたちぃエニが、無表情のまま、金色の瞳を怪訝そうに細める。

その声に微笑を返して、リヴェラは先を促す。

 

「次の階は、この先の階段から行けるみたい☆ 最上階はどうなってるんだろうね☆ 取れ高あるといいんだけど☆」

 

:いや、取れ高しかなかったでしょうよ

:え?女神ジョーク?

:てか、なんで写真立てなんかあったんや?

:空間に生活感と、格調高さを出すための定番のテクなんやで

 

 

――最上階

 

さらに上へと続く豪奢な内階段を上がった先で、二人は広々としたエントランスへと出た。

 

その瞬間、視界が一気にひらけ、頭上から降り注ぐ極彩色の光が二人のドレスを鮮烈に染め上げる。

 

ライト機能をオフにした水晶玉(カメラ)が見上げれば、天井には見事なドーム状のステンドグラスの天窓が据えられており、太陽の光を万華鏡のような色鮮やかな光の粒子に変え、その先を追っていけば、寄木細工の高級な木製の床へと降らせていた。

 

正面に広がる通路の先にはガラスの扉があり、そこはかつて地上時代の人類が贅を尽くしたであろう、屋上のテラスレストランへとそのまま続いている。

 

そしてエントランスと、通路の壁一面を覆う巨大な大窓の向こうには、太陽の光に白々と焼かれた、誰もいない地上の広大な廃墟の街並みがどこまでも果てしなく広がっていた。

 

:うわああ……最上階きれいすぎるだろ……

:ステンドグラスの光浴びてる二人がマジで神々しい

:窓の外の廃墟とのギャップがすげぇ。ここ、本当に地上なんだな

:綺麗なのに、誰もいないのがなんか切ねぇわ……

 

「こうしてみると、意外と形を保ってるよね☆ まぁ、こっからでも下のラプチャーの残骸はチラホラ見えるんだけどさ☆」

 

【都市の規模から考えるに、この被害状況は奇跡と言えるでしょう。避難が迅速に済んだ証拠です。あるいは、よほど当時の指揮官の采配が優れていたのだろうと推測します】

 

――コツ、コツと木製の床にピンヒールを響かせ、通路を進みながら眺めていた大窓から、視線をガラス扉で隔てられた、テラスレストランへ向ける二人。

経年劣化があるとはいえ、そこは整然と日除けのパラソルやテーブルが並んだ、憩いの場――のはずだったのだが。

 

「なんこれ?☆ テーブルとか端っこに集まり過ぎじゃね?☆」

 

【……あぁ、あちらを。どうやら緊急のヘリポート作成のために場所を開けたようです】

 

ちぃエニに促され、水晶玉(カメラ)がその先に視線を向けると、ぽっかりと開いたスペースに掠れた『H』のマークを捉えた。

白のペンキで描かれたのであろうそれは、走り書きのように歪んでおり、リスナーたちに当時の緊迫した状況を思い起こさせた。

 

:……俺、いつ死体見るかドキドキしてたけど安心したわ

:民間人ともども軍も避難できたんだな

:これは有能

:今の時代の指揮官も見習えよwww

:そういやここのサイトに、ラプチャーに対人火器で突撃して、爆散した指揮官にブチキレたニケの音声ログあったなwww

:それ聞いたことあるかも。「これだから人間は!!」ってヤツwww

 

「んー、最上階はこんなモンかぁ☆ ……お?☆」

 

T字路となっていた、テラスレストランへ続くガラス扉の前。

右を向けば、手前の入り口はパウダールーム(お手洗い)、奥の木製の扉はサロンだろうか。

 

くるりと左を向くと、『STAFF ONLY』と上品なプレートに収められた立て看板と、通路を隔てる様に置かれた重厚なパーテーションロープが目に入る。

絨毯が敷かれたその先は右の通路と違い、テラスに接する壁がガラス張りではなく、暗闇が続いていた。

 

「……こーれ、行くしかなくなーい?☆」

 

【この先は、恐らく支配人室でしょう。取れ高になりそうなものは無いと思いますよ】

 

「じゃ、ちぃエニはここで待ってる?☆」

 

【行かないとは言っていません】

 

「あっは☆ ちぃエニも悪い子になっちゃったねぇ☆」

 

【……うるさいですよ】

 

:あーっ!お客様!いけません!お客様!困ります!困ります!あーっ!困ります!あーっ!

:久しぶりに聞いたぞ、それwww

:何があるのか、楽しみじゃんね

 

パーテーションロープを端に寄せ、オレンジの小悪魔とボルドーの妖精は、暗闇に続く絨毯の上を進んでいく。

木製の床が奏でる、コツコツとした足音は、絨毯に変わり、フスフスと音を潜めた。

二人のいたずらっ子の後をついてきた水晶玉(カメラ)が、再び白光を前方に照射する。

 

照らし出された廊下には、壁際に配置された飾り棚があり、その上には、100年前の職人が手掛けたであろう美しい花瓶(当然、活けた花は朽ちている)や、小さなブロンズの彫像が二人を出迎えた。

 

道なりに進んでいくと、今度は壁に掛けられ重厚な金の額縁に収められた絵画が目に入る。

当時の高名な画家の美しい油絵たちは、残念ながら劣化が進んでいて、今は見る影もない。

整然と左右の壁に一枚の歪みもなく並ぶ姿が、なんとも物悲しい雰囲気を漂わせていた。

 

:すげぇ……、博物館じゃん!

:さっきの棚、もろ高級!ってのが伝わる質感だったな

:うわ!きったねぇ絵www

:ん!?さっきの絵、第一次大戦中に消失したっていう作品じゃね!?

:本当だ……。ドキュメンタリー番組で解説された特徴まんまじゃん……

:は!?レプリカじゃなくて本物飾ってるの!?たかがデパートだろ!?

 

【リヴェラ。コメントに触発されて爪で引っ搔こうとしないでください。その絵画は褐変現象とクラクリュール現象を起こしており、表面が剥がれ落ちます。……さぁ、目的地に着きましたよ】

 

「このパリパリいけそうな感じ、気になっちゃう☆ て、ことで支配人室に到着~☆」

 

:マジでやめろ

:ちぃエニ、ナイス!

:お、いかにもって扉じゃん

 

リヴェラは金のネームプレートが鈍く光る重厚なマホガニーの扉の前で足を止めた。

 

100年分の風化を拒むかのように、深い光沢を宿した焦げ茶色の木肌。その立体的な枠装飾のフチには、うっすらと白いホコリが線を描いている。

 

「ちわ~☆ ヘレティックでぇ~す☆」

 

【……どんな掛け声ですか。それに、デパートの全電源が喪失している以上、防犯用の物理シリンダーが強制ロックされているはず――】

 

ちぃエニがお堅い警告を言い切るより早く、リヴェラは経年劣化で少し黒ずんだ、ひんやりと冷たい真鍮の丸ノブに手を伸ばした。

 

どうせカギがかかっている。誰もがそう思い、ヘレティック(リヴェラ)の怪力による物理破壊の出番を確信した、その瞬間だった。

 

――カチャリ、と。

 

あまりにもあっけなく、真鍮のノブが滑らかに回転した。

 

カギがかかっていない。100年前のあの日、全電源が落ちるよりも前に『開け放たれたまま』だった重厚な扉が、自重に逆らうようにギギギ……と重く内側へ動いていく。

 

【……え?】

 

「サンキュー不用心☆ おじゃましま~す☆」

 

扉を開けると、そこは「光と影が反転した、真空の特等席」だった。

 

引き締まった実務的な空間。その正面に据えられた巨大な大窓から、地上の白々と焼けた自然光が容赦なく斜めに差し込んでいる。

 

室内には100年分の埃が静かに沈殿しており、その大窓からの強い横光によって、部屋の中央にある重厚なマホガニーの執務デスクや、背もたれの高い革張り椅子が、まるで切り絵のような美しい「漆黒の逆光シルエット」としてドラマチックに浮かび上がっていた。

 

背後からついてくる水晶玉(カメラ)が、スタジオ機材並みの真っ白な高輝度ライトを室内に追従させる。

正面からの寂涼とした自然光と、後ろからの鋭いライト光が空間で激しく交錯した瞬間、100年分の埃の粒子が光の境界線でキラキラと金粉のように舞い踊り、誰もいない部屋を幻想的にライトアップした。

 

:うわ、逆光でボス部屋感エグい……雰囲気ありすぎだろ

:なんか凄腕の店長室って感じの凝縮感あるな

:ホコリが光ってて綺麗なのに、主がいないの切ねぇわ……

 

リスナーたちが、そのラグジュアリーな静寂に息を呑むも、つかの間。

 

「あったじゃん、ちぃエニ☆ 取れ高になりそうなもの!☆」

 

リヴェラの弾む声に反応したように、水晶玉(カメラ)が向くと――。

 

 

壁一面を覆う飾り棚が、本来の定位置から大きく横へ移動した状態で固定されていた。

 

分厚い鉄扉が、外向きに開かれたまま静止している。

 

:おいおいおいおい

:これって

:ビンゴ!

 

 

誰がどう見てもそう答える、『隠し金庫』の入り口がリスナーたちの目に飛び込んできた。

 

 

しかし、肝心の入り口は、重厚な鉄板のシャッターで完全封鎖されている。

 

【……そのようで。それにしても、典型的な隠し金庫ですね。すこし感心してしまいました】

 

「あーしも、ここまでコテコテなのは初見だわ☆ じゃあ、早速開けちゃいますか☆」

 

【”物理ハッキング”ですね。では少し離れます】

 

「ノンノン☆ ドレスが汚れちゃう☆ それに――指先一つで余裕なんで☆」

 

リヴェラの指先にピンクルビーの光が灯り、鉄板のシャッターに向けひとふり。

 

桜色の光が尾を引いて消えた、次の瞬間。

 

重厚な鉄板が、微塵切りになり崩れ落ちた。

 

:ワザマエ!

:うわ!すげーホコリ!!

:前が見えねぇwww

:見てるだけなのに苦しい

:のどがイガイガしてくるんだがwww

:……なんか、いやな予感してきた

:……俺も

:?なんで?

:鍵がかかってない支配人室のドア、開きっぱなしの隠し金庫の入り口、閉じたシャッター……。あとは、わかるな?

:……あっ(察し)

 

リスナーたちが不穏な推測をしている間に、埃が晴れていく。

水晶玉(カメラ)の高輝度ライトが白白と照らす隠し金庫の中、真っ先に暴かれたもの。

 

 

中央の台座に凭れた、劣化してなお派手なストライプ柄タキシードを纏った白骨遺体があらわれた。

 

その枯れ枝のような両腕は、胸の前で、色褪せたベルベットの布に包まれた「何か」を、まるで命そのものであるかのように今なお大事そうに抱え込んでいる。

 

【……なるほど。そういうことですか】

 

その凄絶な遺留品を一瞥し、ちぃエニが声のトーンを落として、静かに言葉を紡ぎだした。

 

【避難する前か、その途中だったのか定かではありませんが、この人物は、何か大切なものを持ち出そうとした。しかし、爆破のタイミングと重なり、防犯システムのシャッターが作動。……鍵が掛かっていなかったこの部屋の扉の違和感。戻ろうとしていたのでしょう、光差すヘリポートに】

 

:ぎゃああああああああああああ

:嫌な予感が当たっちまった

:……あぁ、バリケード作るときの爆破で電源逝ったのか

:あと一歩、無念だったろうな

:南無

:成仏してクレメンス

 

故人を悼む静寂が広がる中、金庫内に軽快なピンヒールの音が響く。

 

「なんか持ってんね☆ ちょっち見せて~☆」

 

【リヴェラ、あなたはなにを……!】

 

オレンジのミニドレスを揺らしたリヴェラが、ガイコツのそばにしゃがみ、大事に抱えていた「何か」を腕の内からするりと奪い取ってしまう。

 

リヴェラが立ち上がる途中、はらり、と色褪せたベルベットの布がはだけ――。

 

 

ライトを反射してまばゆい輝きを放つ、大ぶりの青い宝石が露出した。

 

 

完璧なひし形のカット面に、リヴェラも思わず。

 

「ガチャ石じゃーん!☆」

 

【ガチャ?馬鹿なことを言わないでください。……しかし、見事なカット面の宝石ですね。ここまでのものは、アークでも記録にありません】

 

:でかすぎんだろ……!!

:これ抱きしめてたのか。家宝だったんかねぇ……

:ガチャ石wwww

:故人の品の感想に、課金石は草

 

「てか、なんか悲しい話してたけどさ☆ そんなことないと思うけどな☆ あっち見てみ☆」

 

リヴェラがちぃエニと水晶玉(カメラ)のその向こう側を意識させるように指で示す。

 

画面が辿るように動いた先、支配人室の左側の壁に掛かる巨大な額縁。

そこには、たった今悲劇の考察の主題にされた人物――この廃デパートの支配人が描かれていた。

 

閉鎖された空間で保存状態がよかったのか、色褪せているが、派手なストライプ柄のタキシードを着た50代と思われる恰幅の良い男性が、顎を引いて見下すように、ニヤリと下品な笑顔を浮かべてこちらを見ている。

 

「絶対物欲100%(パー)だって☆ あの顔はやってるっしょ☆」

 

【……自画像に描かれているスーツのステッチおよび、胸ポケットのエンブレムの輪郭が、纏っている衣服の劣化パターンと完全に一致します。計算上、その遺体は100年前の支配人本人です】

 

「それに、この金庫も☆ ほら、ライトで照らしてみ☆」

 

画面が向き直り、ちぃエニと共に水晶玉(カメラ)が金庫内へ入っていく。リヴェラの言う通りに壁を照らすと、ガラスで隔てられた飾り棚の中には、ベルベットの布の上に様々なものが納められていた。

宝飾品、骨董品、刀剣類や甲冑、果ては金のインゴットの山。

もはや宝物庫と言うべきラインナップが映っていく度に、コメントが加速していく。

 

:なんじゃこりゃあ……!!

:金庫じゃなくて、博物館なんよ

:あの強欲おっさん、やってんねぇ!

:どんだけ貯めこんでたんだよwww

:テトラのコインラッシュの展示でも見たことないぞ!?

:これ、総額何億クレジットになるんだ……?

 

ライトが暴いた元支配人のコレクションに、ちぃエニは台座に凭れるガイコツを一瞥し、呆れたような声で。

 

【……これは悲劇でも何でもない、強欲な人間の愚かな末路で間違いありません。私の前言を撤回します】

 

:ドンマイ、ちぃエニ!

:てかさ、戻るつもりならドアあけっぱなしでもよくね?

:このお宝の山だぜ?大方誰にも気付かれたくなかったんだろ

:家宝でもなんでもなかったじゃねぇか!

:……いや、あながちそうとも言えないぞ

:どういうこと?

:人類史上最大のダイヤモンド原石の値段知ってるか?俺たちが使ってるデバイスくらいのサイズ(10cm)で2600億クレジットだったんだと

:ファッ!?

:マジかよ

:で、ここからなんだけどな?宝石の世界では「サイズが大きくなればなるほど、価値は掛け算ではなく『累乗』される」という法則があってな

:……ネキが持ってるの、30cmくらいないか?

:さっき、ちぃエニと大きさ比べてたよな……

:あの大きさのものが一塊で、かつ、美しいひし形にカットされてるんだ。低く見積もって、数兆クレジットはするだろうな

:そりゃ、おっさんも命かけるわ

 

ちぃエニの反省(?)と、リスナーたちが宝石の価値を理解し始めた時、リヴェラは手慰みに、宝石を弄んでいた。

褐色の指先の上で、コマのように回転する宝石。

その暴挙にリスナーも悲鳴を上げる。

 

:ばかばかばかばか

:何してんだお前ぇ!!!!

:やめろぉ!

 

「このお宝の山は根こそぎもらっていくとして、今回はここまでかな☆ ちぃエニ、エニックに繋いどいてくれる?☆」

 

【承知しました。……あの、このドレスとカトラリーセットは】

 

「ん?☆ もち、ちぃエニのだよ?☆ ……あ、マスタングに曲のお礼で、ドレスとか送っちゃおうか☆ 他にデパートにあったもの、アークにあげちゃお☆」

 

【そうですか。……本当に、根こそぎ持っていくのですね。まぁ、あなたにはそれが可能なんですが】

 

「だって、ここに置いとくより今の人間が使った方がよくね?☆ ……オジサン、アークでユウコーカツヨーしてあげるからね~☆ 嬉しかろ~☆」

 

片手で宝石をお手玉に(ポンポン)しながら、ガイコツに話しかけるリヴェラ。

 

――カクンッ

 

まるで、「そんなぁ……」と言わんばかりに、元支配人のガイコツの頭が下を向いた。

 

:今、このガイコツ動いたぞ!?

:タイミング神すぎんだろwww

:何だろう、すごく可哀想に見えてくるんだが

:テトラ服飾部門ワイ、過去のドレスが貰えると聞いて思わず立ち上がる

:企業宛てだ、座ってろ

:てか、その宝石呪われてそうだよな

:おっさんの執念しみついてそうwww

 

「えー、呪われてそうとかウケるんだけどwww☆ じゃあさ、塩かけて、レモンしぼって……あ☆ お酒とグレープフルーツもぶち込んで、ソルティドッグに漬けとけばよくね?☆ 呪いもほろ酔いでいい感じになるっしょ!☆」

 

【リヴェラ、その宝石がもし多孔質、あるいは水分を含んだ鉱石だった場合、高濃度のアルコールにつけると脆化……、ゴミになる可能性があります】

 

「ガチャ石だし、ヘーキヘーキ☆」

 

【あなたは何を言っているのですか】

 

「じゃ、気前よく譲ってもらったことだし今日はここまで!☆ おつへれ~☆」

 

【……お疲れ様でした。皆様、またお会いしましょう】

 

水晶玉(カメラ)に向け、手を振るリヴェラとちぃエニ。

その二人の間には台座に凭れて、落ち込んだように見える、元支配人のガイコツ。

そんなカオスな絵面で迎えたエンディングは、Lo-FiのゆったりとしたBGMと共に暗転し、今回の配信が終わるのだった。

 

:おつへれ~

:面白かった!

:またアークが賑やかになるな

:そういや、推定ミシリスのやつら戻ってこなかったな

:アーカイブ見てひっくり返ってるんじゃね?

:ありえるwww

 

 

【――D-WAVEリンクオフライン。ローカル環境へ移行完了。……お疲れ様でした、リヴェラ】

 

「ちぃエニも、おっつ~☆」

 

ちぃエニがボルドーのミニドレスの裾を揺らし、配信が終わったことを告げる。

リヴェラも答えながら、用済みとばかりに後ろ手で大ぶりの青い宝石――ジュエルを、ピンクルビーの渦(クローゼット)へ放り投げた。

 

国家予算並みの価値を持つ宝石を雑に扱う様子に、ちぃエニは金色の双眸を細めるも、リヴェラの次の言葉でもとに戻る。

 

「今日の寝床はさっきのテラスにするとして、夕飯どうする?☆ 魚介類のストックあるし、ボンゴレビアンコでいい?☆」

 

【――検索完了。貝類を使用した麺料理ですか、いいですね。ドリンクは相性がいいとされる、よく冷えたシャンパンをリクエストします】

 

「オッケー☆ 辛口(ブリュット)用意するわ☆ ……ちぃエニ、すっかり食いしん坊になっちゃったね☆」

 

【……リヴェラが、変に味覚の良さを教え込むからでしょう。私は悪くありません】

 

「てかさ、酔っぱらうのクセになってるでしょ?☆ 飲むといっつも気持ちよさそうに、ふわふわ浮いて寝てるしwww☆」

 

リヴェラがサイドポニーを揺らしながら、ちぃエニの顔を覗き込むと、フイっと目を逸らしたちぃエニは捲し立てる様に口を開く。

 

【……ところで、この遺体はどうしますか。商品を譲って貰った手前、このままというのは筋が通らないと思うのですが】

 

「もち、埋葬するつもりだよ?☆ こんなキュークツなところより、外のほうがいいっしょ☆……でも、その前にやることがあるんだよね☆」

 

ちょい待ってて☆ と、リヴェラは支配人の白骨遺体にウインクすると、オレンジのフリルミニドレスの裾を翻し、隠し金庫の外へ歩き出す。

 

【……やること、ですか?】

 

「あーしにとってのお宝、見つけたかもなんだよね☆」

 

リヴェラは楽しげに笑うと、ちぃエニを置いてきぼりにするような軽快な足取りで、支配人室を飛び出した。

 

 

「おっさんを外に連れ出してあげるのは、その『ついで』な☆」

 

 

 ――コツン、ポツン、と。

最上階の喧騒が嘘のように遠のいた6階の高級家具売り場に、雨漏りのしずくと、彼女の静かな足音だけが戻ってくる。

 

【……このフロアに、リヴェラにとって宝物と呼べる品があるのですか?】

 

「もしかしたら、って感じなんだけど――っと、これこれ☆」

 

そう言ってリヴェラが駆け寄ったのは、雨漏りで劣化した革張りのソファー――の横の小さなサイドテーブル。視線はその上に載る、木製のフォトフレームに向けられていた。

 

【そのフォトフレームが、宝物……?】

 

ちぃエニの怪訝な声に反応せずに、両手で丁寧に木製のフォトフレームを取るリヴェラ。

指先が、水分を吸って少し変色したクラシカルな木肌の温もりを拾い上げる。

 

表面のガラス面をひと撫でした後に、その指先にピンクルビーの光が灯る。

 

温かな光が全体を包み、ふんわりと煌めく。

 

金庫を守っていた重厚な鉄板シャッターを粉々に切り裂いた規格外のエネルギーは、今は大切な思い出をそっと掬い上げるように優しく、繊細に明滅していた。

 

光が蛍のように離れていくと、リヴェラの手元のフォトフレームに劇的な変化が起きていた。

 

100年分の雨漏りでドロドロに色褪せ、泥水が固着していたはずの表面から、まるで時間が巻き戻るかのように鮮烈な色彩がサァーッと蘇る。

 

そこにくっきりと露わになったのは、一枚の『真新しい』ポートレートだった。

 

写っているのは二人。

 

ひじ掛け付きの高級な革張りチェアへ深く腰掛け、不敵に足を組んでニヒルなキメ顔を浮かべた、高級スーツ姿の若き日のアンダーソン

 

その椅子の背もたれにそっと白い手を添えて、仕立ての良い高級なドレスを纏って少しかたく見える微笑を浮かべた、伝説のニケ・リリーバイス

 

ヘレティック(リヴェラ)の手元に納まる奇跡の一枚に、横からのぞき込んでいたちぃエニの金色の双眸が、驚愕で激しく見開かれた。

 

「あっは☆ アンディおじさん若っ☆ リリーバイスは笑顔かたーい☆ あーしのカン、冴えてる~!☆ これはレアモノ確定っしょ!☆」

 

【………リヴェラ。その、写真は……。そして、何故これがデパートに……】

 

楽し気に笑うリヴェラの声で、意識を戻したかのようにちぃエニは声を絞り出す。

 

「んー?たぶん、軍の広報のヤツじゃね?☆ 当時の広報担当グッジョブ!☆」

 

ほら☆ とリヴェラが指をさしたポートレートの右下、そこには人類連合軍の認証ロゴがさり気なく箔押しされていた。

それを確認したちぃエニは、即座に最高意思決定AIの権能を揮い、膨大なアークの歴史(ログ)の中から答えに辿り着く。

 

【――該当記録有り。……なるほど、タイアップ商品の企画で撮影されたものですか。……発足が内定していたゴッデス部隊、その中核を担う二人を使ったのは、プロパガンダの意味もあったのでしょう】

 

「細かいことはいいのっ☆ 推しの公式グッズあざます!☆ ………こんなのあったんだぁ

 

【リヴェラ?何か言いましたか――】

 

つぶやきに反応したちぃエニが顔をあげ、言葉を続けようとして止まる。

 

ちぃエニが見つめる先、リヴェラの表情。

 

そのピンクルビーの瞳をキラキラと輝かせ、まるでヒーローを見る子供のような眼差しで、ポートレートを眺めていたのだ。

 

 

(人類の敵であるヘレティックが、何故――そんな瞳で二人を見るのです)

 

 

(リヴェラ。あなたは、一体何者なのですか)

 

 

水晶玉のライトが照らす中、ポートレートを見つめるリヴェラを、ちぃエニは静かに見つめていた。

 

 

人類の敵の胸中を解析するように。

 

 

あるいは。

 

 

春の女神(ヘレティック)』が浮かべた無垢な笑顔に見惚れたかのように。

 




……あれ?新ドレイクは?
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