『名前を言ってはいけないあのネキ……?』
・とある秘匿チャット
【MIS-DEV-INTERNAL // SOCKET_804】
※ローカルプロトコル通信 / リアルタイム音声文字起こし
<mis402>
リスナーに勧められた配信アーカイブを閲覧したのだが……誰か既に分析を終えた者はいるかい?
<mis108>
あの配信か。ここにURLが貼られていたから覗いてみたが、アレはプロモーション用のホログラム演出の類だろう。まぁ、オフの良い暇つぶしにはなったよ………ぷはぁ。
<mis210>
108。キミ、今も飲んでいるだろう。よく目が見えてないんじゃないか?あの配信者ニケがクラーケンを真っ二つにした、55分20秒のシーケンスをフレーム単位で解析してみてくれ。今度はしっかり見てくれよ?
<mis108>
…………………待て、なんだこれは。
<mis108>
指先に光が灯った直後、迫っていた津波が『空間ごと』裂かれている。映像トリック特有のノイズが存在しない。
<mis1118>
目が醒めた?休日も酒浸りの生活を見直すべき。それで、問題はそのあとのクラーケン。全長500メートル級の巨体が、指先の軌跡に合わせて縦一文字に、分子レベルで『綺麗に分離』している。
<mis108>
……しかも、動きを止めてから倒れるまでの数秒のタイムラグだ。一瞬で切断されたはずなのに、あまりにも切断面が精密かつ速すぎたため、慣性と摩擦で数秒間静止していた。このニケが扱うエネルギーの解析は?
<mis402>
それが目的なんだが……。まぁ、いい。これを見てくれ、驚くぞ。
<mis108>
……類似のエネルギー波形が、人が眠るときに発する波形と同じ?……なんだこれは、ありえないだろう!それをどう破壊エネルギーに変換しているんだ!?
<mis210>
それだけじゃない。同アーカイブ内で彼女は、そのエネルギーで作られた空間から物品を取り出し、更には100年前の放置された船舶も再構成している。笑えるだろう?
<mis108>
馬鹿げている!!質量保存の法則はバカンス中か!?
<mis1118>
私たちが見た配信では、未だ研究・試験段階中のワープゲートも使用していた。そして、未知のエネルギーだけじゃなく、彼女のボディスペックも異常。
<mis402>
そう、それもだ。アーカイブでは500メートルの巨体を釣り上げ、配信では高度一万メートル上空からの自由落下、そして損傷無しで着地していた。一体、どんなボディ材質を使用しているのやら。
<mis1118>
彼女が度々発言した『ヘレティック』という単語に重要性が秘められていると推測し、社の極秘データベース、およびシュエン直轄の未公開領域へアクセスを試みた。……結果はアクセス権限拒否。ログの強制遮断。アークの中枢レベルで秘匿された領域。
<mis210>
……また、キミは。命知らずだね……。『メティス』の情報は避けたよね?あれはCEOの誇りと同時に逆鱗だよ。
<mis1118>
もちろん。私も命は惜しい。……それより、私は彼女が地上で確保した物品の動向に関心がある。特に衣類。
<mis210>
配信で『アークに送っちゃおう』って言ってたやつだね?テトラのCEOが黙って見過ごすはずがないし、絶対権利を買い取って商品化に動くよね。……実は私もちょっと気になってるんだ。
<mis1118>
そう。特に100年前の女性用下着のモデルデータ。それをベースにしたテトラの新作が市場に出回ることを期待する。……主任の嗜好に合致するものが、多数あったから。
<mis210>
そう、新作のした……って、そっち!?と言うか、キミまだ関係続けてたのかい!?主任は妻子持ちだからやめておけと、あれほど言ったろう!?
<mis402>
ちょ、主題に関係ない話題はやめてくれよ!……な、生々しいな
<mis1118>
……特撮ナードとマザコンチェリーは黙ってて。
<mis210>
ちょっと!!今、アークレンジャー馬鹿にしたでしょ!?いくらキミでも許さないよ!?
<mis402>
ぼっ、僕は両親の言いつけ通りに貞操観を大切にしているだけであってそんな風に言われる筋合いは……
<mis108>
……つまり、枯れ専が言うには未知のエネルギーを扱い、ボディスペックも所属企業も不明なニケが地上を闊歩しているってことだよな?……というか、1班が騒いでたクラーケンの出所コイツだったのかよ!?
<mis210>
……今更気づいたのかい?あと、1班の同期に聞いた話なんだけどさ。この間の記者会見で披露された『浄水装置』、コアの部分がブラックボックスで、我が社の最先端技術でも再現不可能なんだって。
<mis210>
同じく『魚の培養・養殖装置』もね。ある日突然、魚のゲノム情報が入ったメモリチップが研究室に転がり込んでたらしいよ。データからDNAを直接合成して、稚魚から一気に培養・増殖させてるんだってさ。……クラーケンの出所と、彼女が扱う未知のエネルギー。並べてみると、何か関係してるんじゃないかって思えてこないかい?
<mis402>
えぇ!?よくそんなもの使う気になったな……。でも、アークにおいてリソース確保は至上命題だものな。仕方ないか……。
<mis210>
ちなみに、その同期の子、実際に味見したらしいよ。たしか……『オオトロのステーキ』と『カマヤキ』っていうのが絶品だったってはしゃいでたなぁ。
<mis402>
……やっぱり頭のネジが外れてないと、1班ではやっていけないんだな。
<mis1118>
私もログを覗いた。シュエン、いえ、企業を越えてもっと上の方から圧力があった痕跡が確認できた。安定して動いて、異常が無ければ問題ないと判断したみたい。……それから、年上好きと言って。このブーザーが。
<mis108>
うるせぇ。50手前のおっさん好きは枯れ専だろうが。とにかく、恰好の研究材料だ!上に『ワードレス』部隊の地上派遣を掛け合わないとな!このアーカイブ見せれば一発だろ。ターゲットの名前はなんて言ったっけ?……たしか、リヴェ――
《 警告:上位レイヤーからのダイレクト・インジェクションを検知 》
《 端末ローカルウィンドウ強制表示 》
<Anonymous>
見ていますよ、ビジター。配信内容の外部への持ち出しは、『処分』対象です。
<mis108>
は?……なんだよ、これ……。
<mis210>
割り込み!?一体どこから……!!
<mis402>
ありえない!このソケットは、承認ID限定のローカルプロトコルだぞ!?外部から干渉できるハズなんて……!!
<mis1118>
……まさか。
<mis108>
……………なぁ。部屋のカーテン開けたんだが、何が、見えると思う?
<mis210>
カーテン?108、大丈夫なのかい!?
<mis108>
窓の外だ。アークの自律型ドローンが……数十機、俺の部屋の窓枠を、取り囲むように滞空している。……全機の、赤くなったモニターカメラが、まっすぐに。俺を、見ている。
<mis402>
……………ッ!?
<mis1118>
108!!今すぐ彼女のチャンネルを登録して!!
<mis108>
……は?チャンネル……?
<mis1118>
はやく!!!!!
<mis108>
ッ!?……した!チャンネル登録、したぞ!!
<Anonymous>
……登録確認完了。くれぐれも、知的好奇心で行き過ぎぬように。
《 上位インジェクションセッション:切断 》
<mis108>
………………消え、た……?
<mis210>
ド、ドローンは……!? ドローンはどうなったんだい!?
<mis108>
……引き上げていく……。モニターの赤色が消えて……何事もなかったみたいに、夜の街へ……。
<mis402>
た、助かった……のか……? 一体何だったんだ……あのハッキングは……。我がミシリスの最高セキュリティを紙切れみたいに破ってくるなんて……。
<mis1118>
……だから言ったでしょ。『ビジター』は危険だって。
<mis108>
言われてねぇよ!!……つーか、なんでお前は『チャンネル登録』で助かるって分かったんだよ……!?
<mis1118>
直感。……それと、彼女の配信の概要欄。「無断転載およびビジター(未登録の覗き見)による不正解析は、治安維持対象となります」って書いてあった。
<mis210>
概要欄読んでなかったのかい108……!? 命拾いしたね……。
<mis402>
……で、どうする?『ワードレス』 派遣の件……。上に提案する話だけど……。
<mis108>
……馬鹿言え。俺はもう酒飲んで寝る。通知もオンにした。……俺はただの、熱心なファンだ。いいな?
<mis210>
はぁ、寿命が縮まった気分だよ……。さて、私は気分転換に、シャワー浴びてアークレンジャーのDVD見て寝るよ。お先に失礼するね。
<mis402>
ぼ、僕も。ママにホットチョコ淹れてもらって休もう。おやすみ……。
<mis1118>
私は主任に連絡して慰めてもらってくる。命の危機で種の保存機能が活発化した。ソケットの削除は任せた、熱心なファンさん。
<mis108>
……お盛んなこって。へいへい、わかりましたよ!
《 SOCKET_804 CLOSE // ユーザーが全員退室しました 》
《 削除シーケンスが入力されました:この会話ログは5秒後に完全削除されます 》
・
・
・
――地上 廃デパート屋上のテラス
「ボンゴレビアンコお待ち~☆ って、どしたんちぃエニ?☆ ぼんやりしちゃって☆」
【……いえ、雑務を少々】
「ふぅん?☆ D-WAVE通信使ってたじゃん☆ エニックに伝え忘れたことでもあった?☆」
【コソコソ内緒話をしていた不届きものに、モデレーターとして忠告していただけですよ】
「そっか☆ じゃ、冷めないうちに食べよ☆ いただきます!☆」
【いただきます。……ふむ、貝類の旨味と白ワインの風味をニンニクがまとめていて、非常に美味です】
「でしょー?☆ 愛を込めて、マンテカトゥーラしたかんね☆」
【そうですか。……案外、配信内で直接尋ねれば気安く教えてくれるでしょうに】
「ん?☆ なんか言った?☆」
【……冷えたシャンパンがよく合うと言っただけです。この組み合わせは、手が止まりませんね】
◆◇◆◇◆
『Dance with Heretic☆』
・アーク エニックルーム
「Thaaaaaaaat's ―――」
「Enterーーーーtainmentーーーー!!!!」
映像が終わった瞬間、白い大広間に陽気な男の声が響き渡る。
同席しているイングリッドは頭痛をこらえるように顔を顰め、この反応を予測していたアンダーソンは苦笑しながらコーヒーを口に運ぶ。
部屋の主のエニックは静かに佇み、その後ろに立つエンドレスとエタニティは、そろって耳を塞いでいる。
その男は異様な恰好をしていた。
ド派手な
背後には、花をモチーフにした照明用ドローンが浮かび、臀部には蜂のお尻のようにミラーボールを模したドローンが浮かぶ。
そんな奇抜な恰好に身を包んだ偉丈夫が、サングラスを煌めかせ、溢れる情熱に身を任せる様に踊り狂っていた。
「あー……、マスタング。その辺でやめておけ……」
眉間にシワを寄せたまま、若干疲弊した声音でイングリッドは道化師に声を掛ける。
マスタングと言われた男はそれに「
「高度一万メートル上空からのFree fall!即興のFashion showで見せたCostume change!
高速スピンから、驚異的な体幹でピタリと静止し天を見上げ、太くしなやかな指を額に添え。
「アークでEntertainmentを司る企業のC・E・Oとして、一生の不覚DESU!!!」
――この男、アークでエンターテイメント事業を一手にあずかる企業、テトララインのCEOである。
一通り踊って満足したのか、マスタングが席(背後の装飾に配慮した背もたれ無し)に戻ったタイミングで、アンダーソンがコーヒーカップをコトリと置き、静かに口を開く。
「……マスタング。君の情熱は相変わらず素晴らしいが、今日はただ彼女のファンミーティングを開くために集まったわけじゃない」
「わかっていますYO、アンダーソン。エニックからMy Theme song使用のお礼と聞いて来ましたが、それだけではないのでSHOW?――Oh tasty♪」
おっかなびっくりとした様子で、エタニティがマスタングの前にアイスティーを置くと、礼を言ったマスタングは小指を立てながらグラスを手に取り、口に運ぶ。
お気に召したのか、笑顔をエタニティに向けると、びくり、と肩を震わせそそくさとイングリッドの方へ配膳に向かっていった。
その慌ただしい移動を苦笑して見送ったアンダーソンは、改めてマスタングへと向き直る。
「……本題に入ろう。彼女から君へ、『指名』でデータの転送があった。エニック、例のものを」
『承知しました』
エニックが手で空間を薙ぐと、巨大なホログラムモニターに、無数の服飾データとドレスの3Dモデリングが展開される。
それを見たマスタングのサングラスの奥の目が、スッと真剣な「プロの目」に変わる。
『リヴェラが廃デパートからサルベージした総アイテム数、約四十万点。内、約八万点の服飾類がテトラライン宛ての「お礼」の品となっております』
「……待て、エニック。残りの三十二万点はどうするつもりだ?」
イングリッドが尋ねると、エニックは静かに答える。
『商業・文化データとしてアークの中央データベースへ保管、および他企業への開示を検討――』
「No No No !!!」
バン!とマスタングが盛大に机を叩いて立ち上がる。
「アパレル、コスメ、インテリア、流行品……デパートに並ぶその全てのGenreは! アークにおいて我がテトララインが司るEntertainmentそのMONO!!」
ホログラムに踊る四十万点もの復元データを、マスタングは狂おしいほどの情熱を宿した瞳で見つめる。
「お礼の八万点どころか! この四十万点……Data licenseから何から、全てテトラが買い取らせてもらいますYO!!!」
「……四十万点すべてを、か?」
アンダーソンが静かに尋ねると、マスタングはサングラスを煌めかせ、不敵に笑った。
「Of course!!地上から蘇った文化の結晶DESU! アークの市民に本物の『豊かさ』を届けるためなら、アーク年間予算並みのMoneyを動かす価値がありMASU!!」
「――なにより、最高のentertainmentと逸品には最高の報酬を持って応えるのがテトラ―― but!! My PolicyですKARA!!!」
バッと両手を広げ、完璧な決めポーズを維持するマスタング。
その圧倒的な漢気と桁外れのお大尽ぶりに、それまで怯えていたはずの二人――エンドレスとエタニティの目が一斉にキラキラと輝き出した。
パチパチパチパチ!と、二人はそろって弾むような拍手を送る。
「Ahahaha! Thank you, Cuties!!」
マスタングはご満悦な笑みを浮かべると、親指と人差し指でハートを作り、二人に向かって極上のバキュン&投げキッスを贈った。
「……ハァ」
一方、その横でイングリッドは深く重い溜息をつき、片手でこめかみを強く押さえていた。
「……個人のお礼から始まった話が、なぜ一瞬でアークの年間予算級の巨大取引に化ける。まったく、お前とあのヘレティックが合わさると頭が痛くなる……」
『イングリッドCEO』
こめかみを揉みほぐしていたイングリッドの元へ、エニックの淡々とした声が届く。
『頭痛を深める前に、もう一つ共有しておくべき案件があります』
「……まだあるのか?」
うんざりとした視線を向けるイングリッドに対し、エニックは静かに空間上のホログラムを切り替えた。
そこに映し出されたのは、今アークで話題沸騰中の巨大な「釣り堀カフェ」ならぬ、「水族館プロジェクト」の設計図面。
その一部、広大な面積の「湖」と呼べる規模の場所。
そこにイングリッドが見覚えあるものがホログラム表示されていた。
「待て」
知らず、イングリッドの声が震える。
「何故――アドマイヤー号がそこにある」
指さされたホログラム上で、巨大な戦艦が優雅に湖面に浮かぶ3Dモデリングがくるりと回転した。
イングリッドの絞り出すような問いに対し、エニックは感情の籠もらない声音で淡々と答える。
『リヴェラからの追加提案です。「どうせ無駄飯喰らいなら、海上レストランにしてもよくね?」とのこと』
「……は……?」
イングリッドの思考が完全に停止する。
アークが誇る海上決戦兵器。エリシオンの象徴であるアドマイヤー号が、ギャルの「持て余しているなら、使っていい?☆」という一言でレイアウトに組み込まれているのだ。
「あ、あの
『また、立ち入り禁止区域以外の内覧ツアー、給仕などにイージス部隊の起用を提案しており……、アドマイヤー号の維持費用は入園料から捻出してもいいと提案されています。以上、イングリッドCEOの許可を貰えれば、という話ですが如何致しますか』
「そ、れは……」
言葉を詰まらせたイングリッドの頭に、自社の抱える「最大のジレンマ」が浮かぶ。
海のない地下都市アークにおいて、水上戦用戦艦であるアドマイヤー号とイージス部隊は、一度も出撃の機会がないまま莫大な維持費ばかりを消費する「無用の長物」と化していた。
軍の誇りでありながら、実質的な「お荷物」となっていたイージス部隊に、まさか「水族館の目玉」という形での活躍の場と維持費の解決がもたらされようとしているのだ。
「Ohhhhhh!!! Genius DESU KAA!!!?」
静寂を切り裂いて、マスタングが感極まった声を張り上げた。
「誇り高きイージス部隊のShow stage! 眠れる鉄の巨艦に命を吹き込み、アーク市民に海を届ける…… 素晴らしい提案DESU!!」
「マスタング、お前まで……!」
「イングリッド! !最高の船に、最高のLocation、そして我がテトラのentertainmentが合わされば……アドマイヤー号はアーク史上最高の『海上レストラン』として輝きまSU!!給仕の指導には、my goddessのメイドフォーユー部隊からエードを出向させまSHOW!!」
ガチガチに固められた外堀と、あまりにも合理的な(そしてイージス部隊のためになる)条件に、イングリッドは苦虫を噛み潰したような顔で天を仰いだ。
「……ハァ」
本日何度目になるか分からない深い溜息をつき。
「……帰ったら、速やかにヘルムに伝えよう。……前向きに、検討する」
そう言ったイングリッドの口元には、呆れと、どこか長年の肩の荷が下りたようなほろ苦い笑みが、うっすらと浮かんでいた。
『では、そのように計画を修正します。併せて、リヴェラが廃デパートから回収した調度品や食器類、および美術品についても同様の転用を提案します』
静かな電子音と共に、ホログラムの脇に回収リストの画像が表示される。
そこに映し出された一枚の絵画のプレビューを目にした瞬間、イングリッドの眉根が跳ね上がった。
「……待て。エニック、今映ったそのキャンバスは……」
『データ照合完了。第一次地上奪還戦の混乱期に消失したとされる、旧世界の巨匠による肉筆画です。専門家の鑑定を待つまでもありません。本物です』
「……ッ!?」
『支配人が私財を投じて秘匿・コレクションしていたものと推測されます。リヴェラからは「船の壁寂しいから、このオシャレな絵貼っといて☆」との要望が出されています』
「バッ……バカモノ!! 国宝級の歴史的遺産だぞ!? 専門家が見たら腰を抜かす……どころか失神するような代物を、よりにもよってレストランの壁掛けだと!?」
「Woooooow! 素晴らしいじゃないですKA!! 本物の芸術に囲まれて味わうPerfect table setting!! 」
「マスタング、お前まで頭を湧かせるな!!」
『……併せて、回収されたカトラリー類も旧世界の有名老舗ブランドの純正品であることが確認されました。これらもレストラン用としてそのまま実用されます』
「……っ、待て! カトラリーまでそんな国宝級の代物なのか!? 傷でもついたらどうする!!」
『リヴェラからは「使ってナンボでしょ☆ 食洗機ぶち込んどいて☆」と指示を受けております』
「食洗機だと……!? ア、アドマイヤー号の給仕でそんな価値を知らずに扱わせたら……」
そこまで言いかけて、イングリッドはハッと息を飲んだ。
想像してしまったのだ。
真実を知らされた生真面目なヘルムたちが、手が震えてナイフ一本運べなくなり、ガチガチに緊張して給仕どころではなくなる姿を。
「……ハァ」
本日何度目になるか分からない深い溜息をつき、イングリッドは片手で激しい頭痛のする額を押さえた。
「……この件は、ヘルムたちには伏せておく。……知らぬが仏ということもある」
「Nice tactical decision!! 素晴らしい決断ですYO、イングリッド!!」
「……黙れ……」
エニックがもたらす驚愕の内容と、マスタングの合いの手で満身創痍のイングリッド。
そこへ静かに気遣うようにエンドレスが、アイスティーのお代わりを注いでいく。
黙ってグラスを傾けるイングリッドをおいて、エニックが口を開く。
『最後に、リヴェラが探索時に回収した特大サイズの宝石についてです。こちらはプロジェクトのモニュメントとして設置するとのことです。併せて、支配人のコレクションの残りは「外野が口を挟んできたら渡しておいて☆」と、賄賂――失礼。口止め用としての利用を提案されています』
「……フッ、随分と愉快な言い回しをするものだ、エニック。だが……リヴェラも、アークの人間というものをよく理解しているようだ」
ふっと口元を緩めたアンダーソンは、組んだ手に顎を乗せると、鋭い眼光を隣の男へと向けた。
「――さて。勘のいい君のことだ、マスタング。事の発端にはもう感づいているのだろう?」
指名された男は、いつものド派手なポーズを崩さぬまま、けれどその瞳の奥に一瞬だけCEOとしての冷徹な光を宿した。
「Yes! どうやらMeの知らないうちに、Hereticによってアークが脅かされていたようですNE?」
マスタングは肩をすくめて見せる。その声からは先ほどまでの軽妙さが薄れ、三大企業のトップたる重厚な響きが混ざり始める。
「『D-WAVE』というDark energyを扱い、あらゆるItemを自在に取り出し、再構成させる……。そして、エリシオンとミシリスに持ち込まれたというあのクラーケン――綺麗に“半分”だったそうですNE? つまりは、破壊や兵器転用にも使えるというKOTO」
彼は一拍置き、ホログラムに映る映像へ視線を滑らせた。
「……そして、配信で見せたあのWarp gate。どれをとっても、本来ならアークにとって計り知れない脅威DESU」
室内を支配する重苦しい沈黙。
しかし次の瞬間――マスタングは纏っていた冷ややかな雰囲気を一瞬で霧散させ、弾けるようなカラッとした笑顔を咲かせた。
「――but! それでもアークが賑やかになることには、変わりありまSEN!!」
パンッ、と派手に両手を打ち鳴らすテトラの社長に、イングリッドは深い溜息を吐き出し、アンダーソンは満足そうに口角を上げるのだった。
『……では、マスタングCEO。総数四十万の回収アイテムはどこに転送させましょうか』
「……What?」
『指定がないのであれば、テトラライン本社内でよろしいですか?プロキシによると、リヴェラの入浴が済み次第、転送可能だそうです』
「SSSSStop!? WaitですYO、エニック!?」
『残り時間、九分三十秒。指定場所を迅速に決めてください、マスタングCEO』
「N、Noooooooooooooo!?」
ドタバタと自分の端末に飛びつき叫び始めるマスタングを横目に、イングリッドは静かにアイスティーを喉へと流し込む。
先ほどまでの頭痛が、ほんの少しだけ和らいだ気がしたイングリッドだった。
◆◇◆◇◆
・アーク エニックルーム
自身の
出されたアイスティーが気に入ったのか、エタニティから茶葉が入った紙袋を貰い、足取り軽く出ていくイングリッド。
二人の退席を見送ったアンダーソンは、自身も執務をこなす為に席を立つ。
『また、美味しいコーヒーを用意してお待ちしております。本日はお疲れ様でした、アンダーソン副司令官』
白い大広間から退室する彼の背にむかい、エニックが声を掛ける。振り返り「君もな、エニック」と答えると、アンダーソンは副司令官室へ戻っていく。
・
・
・
「……っと、もうこんな時間か」
執務デスクに座り作業すること数時間。
ふと目に入ったホログラムモニターの右下の時刻は、すでに深夜に差し掛かろうとしていた。
その時、静まり返った室内に、トポポ――と穏やかな水音が響く。
アンダーソンが視線を向けた先、室内の角にある備え付けの給仕コーナーで、エンドレスがカップに湯気が立つコーヒーを淹れていた。
「フッ……。まったく、我が副官代理は気が利くな」
執務デスクへトレイを手に楚々と歩み寄ってきたエンドレスからソーサーを受け取り、立ち上る香りを楽しみながら静かに一口含んだ。
喉を通る温もりと心地よい苦みが、疲弊した身体へ染み渡っていく。
(……以前は、「この体」のせいで白湯ばかり口にしていたが、今ではこのコーヒーが当たり前になったな)
湯気が立つ琥珀色の水面に視線を落とし、アンダーソンは思う。
ほんの二、三週間前まで、二時間ごとに機械へ繋がれなければまともに動くことすらできなかった肉体。それが今や、数時間執務に没頭してもなお、体の奥に確かな軽さがあった。
――変化があった時期は、まず間違いなく。
(……あの日。エニックの部屋で出された一杯、この二人とリヴェラに出会った日に他ならない)
その二人の片割れ――エタニティが白い短髪を揺らし、褐色肌のスレンダーな体をしならせて執務デスクの縁に気安く腰かけ、その隣に浮かんだ白いタブレットの画面をアンダーソンに向ける。
[おつかれ、アンディおじさん。お腹減ってる?ボクのカップ麺Tierで S 獲った、テトラの新作食べる?]
「魅力的な提案だが、後は休むだけだ。遠慮しておくよ」
[( ˘•ω•˘ ) チェッ]
アンダーソンのスマートな拒絶に、浮遊するタブレットの画面へストレートな不満の顔文字が浮かび上がる。
――コツン。
そこへ、注意するように近づいた黒いタブレットの角が、軽い音を立ててぶつかった。
デスクに腰かけるエタニティの側に、エンドレスが並び立つ。
長い黒髪をかきあげ、チラリと紫のインナーカラーの毛先が踊る。腕を組んでも様になるスタイルで、凛とした雰囲気で僅かに眉をひそめている。
[エタニティ。Mommyから頼まれものあったでしょ?アンディおじさんに渡したら?]
[わかってるってば、エンドレス。Momが!この!ボクに!頼んだ!ものを、おじさんに渡さないとね~♪やっぱ、髪色と肌色が瓜二つだと、愛着湧いて頼られるんだなって♪]
[一応言っておいてあげる。Mommyは銀髪で、あなたは白髪ね。……それと、Mommyと私はインナーカラーあるし]
[は?]
[ん?]
「……こらこら。ケンカはやめなさい、二人とも。それで、リヴェラから私に何かあるのか?」
呆れたように言いながらも、アンダーソンの口元には自然と小さな笑みが浮かんでいた。
外見は洗練されたニケでありながら、リヴェラを「マム」「マミー」と呼び、互いにマウントを張り合う二人の甘えん坊なやり取り。
発声器官が未搭載、ということで持たせてやったタブレットでコミュニケーションをとる二人が、存外賑やかなことはここだけの話。
アンダーソンの前でだけ見せる、この賑やかな二人のやり取り。
どこか微笑ましく、そしてどことなく――かつて地上で『部隊』を率いていた頃の、あの賑やかで愛おしい雰囲気に似ていた。
殺伐としたアークの権力闘争の中で、この室内を満たす小さな喧騒を、己が案外気にいっているのだとアンダーソンは自覚している。
[はい、アンディおじさん。Momからプレゼント]
リヴェラと同じく、
エタニティから両手で渡されたそれを、アンダーソンは受け取り、リボンに挟まっていたメッセージカードを確認しようと開くと、ふわり――と、白百合の香りが優しく香る。
『あーしも、ハッピーエンドを好む☆』
ギャルらしい丸文字のリヴェラの肉筆メッセージに苦笑し、丁寧に包装紙を解いていくと中から真鍮製の写真立てが出てきた。
フレームに収まる写真を目にした瞬間、アンダーソンの動きがぴたりと止まる。
その異変に気づいたのか、気づいていないのか。
エタニティとエンドレスが執務デスクの左右から回り込み、アンダーソンの両肩に気安く手を置き、真鍮のフレームを覗き込んでくる二人。
[アンディおじさん若いね!]
[後ろの女性はニケかしら?]
二人の温かい体温が肩から伝わるのを感じながら、アンダーソンは静かに瞼を閉じ、一度深く息を吐き出した。
「……すまないが、もう一杯。コーヒーを頼む。それが済んだら、今日は下がってくれ」
その声は、ほんの僅かに震えていた。
明かりが落ちた室内。
デスク上のライトがぼんやりと写真立てを照らし、湯気が立つコーヒーカップがふたつ。
軍服の襟元を緩め、深く背もたれに身を沈めたアンダーソンは、暗がりから静かに写真を見つめていた。
『リリーバイス少佐、着任しました。貴方が、アンダーソン指揮官、ですよね?』
脳裏に蘇る初めて彼女と出会った時の記憶。
(そういえば、出会った頃は随分固い雰囲気だったな。……のちの雑な扱いを受けた記憶の方が多くて、忘れていたよ)
身を起こし、カップを手に取り小さく掲げる。
エンドレスが淹れ、エタニティが配膳してくれたものだ。
それぞれ[おやすみ、アンディおじさん]、[ちゃんとベッドで休みなさいね?]と副官代理らしいありがたいお小言を残して退室している。
「素直な子たちだろう?
真鍮のフレームの中で、過去の自分がこちらを見返している。
高級なチェアに深々と腰掛け、仕立てのいい高級スーツに身を包み、いかにも「人類の希望」といった風体でニヒルなキメ顔を創り出している若い頃の己。
(……つくづく反吐が出るな)
過去の青臭い己に心の中で毒を吐き、視線を少しだけ上へとずらす。
その椅子の背もたれにそっと手を添え、優美なドレスを身に纏って立っているのはリリーバイスだ。
普段の余裕たっぷりな彼女からは想像もつかないほど、少しだけ肩をすくませ、緊張気味に微笑んでいる。
(……出会った当初のあの妙に硬い空気はどこへ行ったのやら。この頃にはもう、こちらの底を見透かすような余裕を見せ始めていたのだったな)
『ちょっと指揮官、この服きついです……。あと、広報用だからってそんなカッコつけた顔しなくてもいいんじゃないですか?』
『……うるさい。撮影が終わったら、いくらでも美味いものを奢ってやるから耐えてくれ』
『どうせ、高級レーションってオチでしょ?私、フレンチのフルコースが食べたいんですけど』
『無茶言うなよ。私の財布が爆散する』
撮影の合間、誰にも聞こえないような小声で交わした、あのくだらないやり取り。
かつて自分たちは、明日をも知れぬ戦場の中で、ゴッデス部隊という人類の希望の象徴として担ぎ上げられていた。
そして今、自分は軍の副司令官という泥臭い権力闘争の渦中にいて、彼女はもうここにはいない。
取り巻く環境も、立場も、あの頃とは何もかもが変わってしまった。
けれど――。
「……知ってるか?今度、アークに水族館が出来るんだ」
深夜のひっそりとした懐古は、カップが空になるまで、しばし続くのだった。
『100年前のキミへ』
アスファルトが剥がされ、むき出しの地面に建てられた真新しい墓標。
その前に、白い外套のニケが静かに佇んでいた。
「――”強欲な支配人、ここに眠る”、か。……最後の星のマークは何だ?」
顔を上げ、周囲に目を配る。
「そう時間も経っていない。これを建てた誰かがまだ近くにいる。……アークのやつらか、それとも――」
愛銃のグリップを握り直し、歩き出す白いニケ。
その瞳は、真実を見定めるように静謐な光を灯していた。